このウェブサイトをはじめてご訪問くださった方へ・・・
  このド素人的ホームページは昭和ひと桁族・満86歳超の吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」で、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめても、と自我自賛しています(笑)。(2018年1月1日記)  
 以下一連の画像は編集者・吉田祐起が学徒動員で配属中の広島電鉄本社(左端・現在のビル)で担任教師の朝礼訓示を受けて所属電気課事務所に廊下伝いに向かって薄暗い一階廊下を歩いていた時にピカドンを体験した想い出の画像のひとコマです。鮮明な記憶はピカッと閃光が走った瞬間に薄暗い壁面に映画のスクリーンのように手を上げて仰け反る人のシルエットが映りました。その瞬間に頭に閃いたのは電車庫内で車線の入れ替え時によく発するトロリー線へのビューゲル脱着で発するスパークだろう・・・でした。文字通りの「ピカドン」でした。「倒壊した場所の下敷きになって一旦は死を覚悟して手を合わせて念仏を唱えました。と、倒壊後しばらくして頭上に明かりをみて、それを目掛けて夢中でよじ登りました。この写真の最上部に這い上がった時は遥か上から下を見下ろす感じでした。顔面血だらけになっていることを手にみて思わず「・・・母ちゃ~ん、血が出てるよ~・・・」と泣いたものでした(苦笑)。下界から聞こえてくる言葉は「日赤病院に行け!」でした。棒切れをステッキに1キロ程度の距離を途中で腰に付けていたタオルで顔面の吹き出る鮮血を何度も拭いては絞り・・・で日赤に向かいました。タオルを絞る時のあのヌルヌルした感触は現在でも鮮明です。蛇足の弁ですが、当時の日赤広島病院長は重藤富士夫さんで吉田家親戚筋でしたが、その人を特別に意識するほどの余裕もないままに応急措置を受ける列に加わりました。衛生兵さんがボクの姿をみて「ボク、お出で・・・」と手を添えて引き抜いて医師のもとに連れ出して治療を受けました。「この子は助かる・・・」と思ってのことだったと後日に痛感したものです。後日に分かったのは「顔面3箇所の深い裂傷」でした。日が暮れるのを意識してステッキ代わりの棒切れを頼りに何の当てないまま大手町の自宅に向かいました。鷹野橋交差点でした前方から二番目の姉が「ユウキ!!!」と叫びながら走り寄ってきてました。棒切れステッキを放り出して地べたにへたりこみ「姉ちゃん!」でした。足の不自由なボクにとって、一番楽な姿勢でした・・・と、長くなるので止めときます・・・。
         Image result for 広島電鉄本社ビルImage result for 戦時中の広島電鉄本社車庫Image result for 広電本社ビル被爆時写真「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果Related imageImage result for 広島電鉄本社ビル
(画像説明(左から):左端は現在の電鉄本社ビル、2、は当時の電車車庫、3は紙屋町交差点の電車、4はヨシダが廊下づたいにその右の2階建て所属事務所(電気課)に向かう途中に被爆して倒壊した建物。這い出たのがその最上段で顔面深い裂傷で血まみれ状態。5、6は現在の本社玄関前掲示板にある画像で、最右端の2階建てビルの一角が所属の電気課事務所でして、当時の課長さんは戦後に独立して会社社長になられました。ついでのことに電鉄の現在の「社章」は当時の塗装工さんが優勝して採用されたもの。ヨシダの上司は佳作の賞金をポ~んと僕らのクラスに下さいました。(2018.7.21.12:30記)  

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     「吉田祐起」の画像検索結果
 吉田祐起初期のプロフィール自分史プロフィール 
     満86歳11か月(毎月変わります) 
  
 "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 上段の写真はフィリピンで最初の下宿生活から飛び出して大学構内の借家住まい時代。下段写真は環境を選んで中流の住宅団地一軒家住まい始めた当時。おりしもこの写真は2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、この直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパン・タイムズ紙「Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'にどか~んと掲載されたものです。右の背広姿の写真は2014年9月11日のパスポート更新の際に写したもの。直近の写真は数ヶ月前に引越しした5,6、軒隣りの同じメイン・ストリートに面したチョッと大きな借家の個室。並木のメイン通り写真と一緒に機会をみて掲載します。 
               コンテンツ(順不同)
著書・執筆実績・懸賞論文(冊子・雑誌・単行本等)記録
拙著・執筆実績(目次)
 著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
専門業界誌(紙)寄稿論文記録
一般出版物寄稿エッセイ 
SAM NEWS誌寄稿エッセイ
ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
特ダネ情報(No.1-No.82)
フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!
"A-bomb and Me"(原爆と私)
原爆生存者としての各種証言論文等
・「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
・「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
・フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
・「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著
グーグルから拾った「今日のできごと」
ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
インタネット情報&ヨシダブログ
過去の日本語版トップサイト一覧表
グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像~ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い~        

          Since 10th March, 2001
                                     English             
       
    2018年 9月30日(日)         

ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 が証明します。単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」 とは、他愛もない編集長の自負です(笑)。
        過去の日本語版トップサイト一覧表
     English top site records(End of the day)
  「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上左の写真3枚はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant, Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の右端写真は米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその
賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところですが、現在では「人生第五毛作」を視野に入れています。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住を決意して来比し現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生を演出中です。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。
 これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは86歳超のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。
 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ていますのでご理解くだ さい。

お詫び:ご覧のように、本サイトは日本語と英語がごちゃ混ぜって感じで恐縮ですが、編集者の可能な限りの情報ご提供の心として、どうかあしからず寛容の心でお目通しくださることを願います。(2018年6月18日) 

 お気付きのように、日本語版トップサイトに掲載しているToday@VOA”と”NYTimes & Others "Obituaries:Who lived more than 100-year-oldは英語版そのままをこの日本語版にそのまま掲載しています。タイトルだけでも日本語訳を加えたいのですが、時間が許しませんし、画面がやたらと混雑しますのでそのままの掲載をご容赦ください。なお、本コラムでは100歳以上でなく、逆に若くして他界した人物で稀有な人生を送ったと思われる人物も加えていりますのでご了承ください。
 

 

 

      ヨシダが選んだ「きょうのできごと」("Today@VOA"休刊日”に限定) 
 (情報源が英語版のものに限り、そのままの英語で表示することをお許しください。)
  米国時間差で本日から週末入り。代わって編集しているのが以下のコラムです。                  ウィキペディアからヨシダが選んだ  9月30日のできごと
ウィキペディア(日本語版)(9月30日:1975年 - 昭和天皇が史上初めてアメリカ合衆国を公式訪問。10月14日まで。」(1975-Emperor Showa made official visit to the United States for the first time in Japanese-U.S history, until Oct. 14.)Wikipedia(English edition)(September 30:"None"
The article concerned:"
HIROHITO EXTOLS JAPANESE‐U.S TIES"
                                   "The Emperor and Empress Visit the United States"
The photos concerned:""
                           (The 49-photo-attached file/244.05KB)

     「1975 japanese emperor-empress first visit the usa」の画像検索結果関連画像「1975 japanese emperor-empress first visit the usa」の画像検索結果「1975 japanese emperor-empress first visit the usa」の画像検索結果関連画像
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  「1957, The Emperor and Empress Visit the United States」の画像検索結果「1975 japanese emperor-empress first visit the usa」の画像検索結果   「1975 japanese emperor-empress first visit the usa」の画像検索結果         関連画像
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  「1975 The Emperor and Empress Visit the United States」の画像検索結果「1975 The Emperor and Empress Visit the United States」の画像検索結果 「1975 The Emperor and Empress Visit the United States」の画像検索結果「1975 The Emperor and Empress Visit the United States」の画像検索結果
                     「1975 天皇皇后初の訪米」の画像検索結果  「天皇・皇后ご訪米写真集 (1975年)」の画像検索結果 The article as it originally appeared.
                 "The Emperor and Empress Visit the United States"

                     Today@VOA 
                                       No.536(9.29. 2018)
"On September 28, 1991, Miles Davis, one of the most important figures..."
   "マイルス・デイヴィス(Miles Davis)"    "Miles Davis"   "Miles Davis(Photos)"
                               "1991 Miles Davis dies(HISTORY)" 
                               (The 37-photo-attached/ 249.73KB)                                 

On This Day in American History
On September 28, 1991, Miles Davis, one of the most important figures in jazz, dies in a California hospital at age 65. Davis’ career spanned decades. Over that time, Davis not only changed his style numerous times, but he led the evolution of jazz from bebop in the 1940s early in his career, to a electric rock-jazz fusion in the 1970s. His seminal album, “Kind of Blue” from 1959, was named a “National Treasure” by the U.S. Congress in 2009.

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                     No.535(9.28. 2018)
  "On September 27, 1959, then Soviet Union premier, Nikita Khrushchev..."
                "1959 Khrushchev ends trip to the United States(HISTORY)" 

      NYTimes "Obituaries: Who lived more than 100-year-old"                                      (New York Times, August 15,  2018) 
       "David Wolkowsky, known as ‘Mr. Key West,’ dies at 99(Miamiherald)"
  "David Wolkowsky, known as ‘Mr. Key West,’ dies at 99(Miamiherald)"   
  (Note:This is not from New York Times, but from Miamiherald, and that because of no articles of "who lived more than 100-year-old" for some time...) 
               "This Man Is an Island"         (Yoshida-Edited File)
                                 (The 42-photo-attached/216.72KB)
     「David Wolkowsky, known as ‘Mr. Key West,’ dies at 99」の画像検索結果   「David Wolkowsky, known as ‘Mr. Key West,’ dies at 99」の画像検索結果   「David Wolkowsky, known as ‘Mr. Key West,’ dies at 99」の画像検索結果
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    「David Wolkowsky」の画像検索結果「David Wolkowsky」の画像検索結果関連画像
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       "David Wolkowsky, known as ‘Mr. Key West,’ dies at 99(Miamiherald)"     

                        編集者のダイアリー・コーナー                                                 2018年 9月30日(日)
(注)本欄記事掲載の順序の変更をしています。従来は新しい記事が直前掲載記事の後にくる形でしたが、今回から逆に「新しい記事を絶えず最上段に積み上げる」という方式に変更しています。(2018.9.12.)
今9月下旬の本欄の添付画像を140枚余の削除をしての対応。なにせ、ヨシダ編集長の狙いは「絵物語的表現法」ですので、欲張りが過ぎるのです。サービス精神旺盛の裏返しって結果です。本旬今月9月のコラムの打ち止めにして明日から始まる「10月度上旬」への備えに入ります。(14:00)
知財を盗んで肥大化する中国は「20年後は世界で最も貧しい国になる」のか?=鈴木傾城」(MONEY VOICE)2018.9.30.の冒頭の言葉は「 米中の覇権争いが取り沙汰されるが、イノベーションも言論の自由も市場の健全性もない中国が覇権を握ることは決してない。この先の受難を中国の経営者たちが置かれている現状とともに解説する」です★「中見出し」は、■イノベーションなき中国が世界覇権を握る日は決してやってこない、ジャック・マーは何を恐れてアリババを退くのか?、■中国の有力経営者に起きている受難とその裏側、■中国の経営者には必ず「汚職」がついて回る、■公安当局に拉致されて獄中死するかもしれない?、■決してイノベーションを起こせない中国、■トランプが報復関税をかけるのは当然か…、■ヒラリー・クリントンは2012年に何と言ったのか?、イノベーションも言論の自由も市場の健全性もない中国が覇権を握ることはない・・・と続き、「末尾の言葉」は、「・・・ 20年後は中国は世界で最も貧しい国になる。」と。(添付画像=7枚)(13:00)
  「知財を盗んで肥大化する中国は「20年後は世界で最も貧しい国になる」のか?=鈴木傾城」の画像検索結果           「hillary clinton said "china with no innovation nor freedom of speech nor free market, never win」の画像検索結果    「20年後は中国は世界で最も貧しい国になる」の画像検索結果
   「writer」の画像検索結果     「鈴木傾城」の画像検索結果「鈴木傾城著書」の画像検索結果「鈴木傾城著書」の画像検索結果 Etc.
「グローバルで勝てる」英語力を身に付ける 世界で自分をアピールする、その方法とは?」(東洋経済ONLINE2018.9.30.英語特集 制作 :東洋経済企画広告制作チーム)を読んで、曲がりなりにも現在のヨシダが老後の趣味と生き甲斐を兼ねた生き方処方箋に密かな満足感を意識します。「中見出し」は、■英語で得られる情報量は日本語とはケタ違いに多い――まず、あらためていまビジネスパーソンが英語を身に付けるべき理由を教えてください、 ――英語力を身に付けるために、大切なことは何でしょうか、■知識を増やすことだけではなく自分の意見を持つことが大切、――グローバルな環境で、堂々と振る舞うのに、英語力以外には何が必要と思われますか?、■トライアル&エラーこそがイノベーションを生む。今日から動く、――まずは何から始めればよいのでしょうか、 ――最後に、先生がお考えになる真のグローバル人材について教えてください・・・と続きます★「末尾の言葉」は、「・・・ 英語ができないだけで自信を失っているのはもったいない。英語を使って、一歩日本を飛び出せば、違う世界や価値観があり、自分を輝かせる方法がいくらでもあることを実感できるはずです」と。ホント!海外生活10年近くのヨシダにとって格別に共感する記事です。(添加画像=8枚)(9:30)
 「「グローバルで勝てる」英語力を身に付ける 世界で自分をアピールする、その方法とは?」の画像検索結果「global english」の画像検索結果「global english」の画像検索結果「global english」の画像検索結果
   「石倉洋子氏/上智大学外国語学部英語学科卒。バージニア大学大学院経営学修士(MBA)、日本人女性初のハーバード・ビジネス・スクール経営学博士(DBA)取得」の画像検索結果  関連画像 「石倉洋子氏/上智大学外国語学部英語学科卒」の画像検索結果 「石倉洋子氏/上智大学外国語学部英語学科卒。バージニア大学大学院経営学修士(MBA)、日本人女性初のハーバード・ビジネス・スクール経営学博士(DBA)取得」の画像検索結果
(Today@VOA)は本日から週末入りでお休みです。代わって掲載しているのが上掲の「ウィキペディアからヨシダが選んだ  9月30日のできごと」です。(4:00)
昨夜日付変更予定時間(午後時過ぎ)前に突然、予告もなしにcPanelが断絶!編集作業が不能、かつサイトそのものも見られなくなりました。今朝、3時過ぎに回復!即座に編集作業!ってところです★

          英語と私―わが人生に英語が果たしてきている役割りを語るー
(ご丁寧に英語版まで作っていたのですが、そのファイルが行方不明で目下探索中。なにせ、編集ソフトの量は膨大ですので!・・・膨大とは大げさな!でもホント!)

          私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ           
 本コラムは2010年11月30日に新設したコラムでしたが、その存在に編集者自身がど忘れしていました。継続していきたいと考えていますが、当時より多忙を極める現在の編集者・ヨシダですので、追記は滅多にできない状態ですが、本欄に常設することにしました。(2018年1月26日記)

 毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?
      (本欄は当該日(28日)の前日から月末まで掲載します。)
 プライベートなことでかつ、単純で大人気ない(?)とも思えるようなことをヨシダは執拗に意識して現在に至ります。ほかでもありません、「28日」という日は吉田祐起の誕生日(昭和6年<1931>10月28日)のそれに当たることから、この日を中心にわが人生の歩みが刻まれている、という自覚や認識です。
 つまり、年に12回の誕生日を意識して「満86歳○ヶ月」とウェブサイトにも掲載し、自身もそれを意識して送っているのです。あと、何日で28日・・・といった具合にもです。これって、ちょっと、ユニークはモノの考え方だと自負します。
  時が経つことで、洋の東西を問わず、意味深長なのが「光陰矢の如し」という言葉。英語でも"Time flies like an arrow" と人々は口にします。矢の如く早くに時が去った、と感じることは、その分、人生を短く送っていることを意味するのであって、まさか、時が早く去って歳をとったか ら ヨカッタとは誰も思わないハズです。
 強いてそれ(矢の如く去った)をポジティヴに解釈すれば、苦しい時もあったけど、あっと言う間に過ぎ去った、苦しいことを 克服 してきた、開放された、といったくらいの解釈も成り立つでしょうが、それとて、味わうべき喜怒哀楽の人生がその分、短く去ったことを意味する結果でしかな い、というのがヨシダ流のモノの考え方です。
 折角この世に生を受け、与えられた人生ならば、その喜びを文字通り、日々味わいつつ、感謝しつつ過ごす(消化する)という考え方のほうが、その逆の苦しい人生、早くに過ぎ去って欲しいもの・・・よりもずっと、ハッピーだと思うのです。
  さらに、こんなことも頭に描かれると思います・・・。例えば、何かを達成するとか、成し遂げるものを持っているとします。ヨシダ流の処し方は、優先順位の 見 極めです。沢山ある仕事の優先順位を頭にしっかりと入れて処す方法。ストレスもなくなります。計画的にというのは誰でも言いますが、その処し方の基本はなんと言ってもターゲットとする日の設定でして、ヨシダの場合は毎月の28日がそれになっているという感じです。
 その日(28日)が来たら、ウン、オレはあれもやった、これもやり遂げた、出来なかったことは次の月の28日をひと区切りに・・・といった按配です。これって単純なモーチベーションに過ぎませんが、案外と効果的です。
  結果的には、折角与えられた人生期間を感謝の念をもって着々と消化して事を成し遂げる、といった図式です。同じ1年サイクルで巡ってくる自身の誕生の 「日」をハッピー・バース・デイ!と心の中で呟きながら日々の経過を味わいつつ・・・といったシナリオです。こうした考え方がヨシダが永年、心に入れてい るキーワードに繋がるのです。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」がそれです。
 ところで、これも他愛もないことですが、10月 28日はかのマイクロソフトのビル・ゲイツさんの誕生日(1955年)を早くに認識してきたものです。人間のスケールからすれば、ドダイ比較対象する何も のもないのですが、誕生日だけは同じ!と言える(思える)のがイイ味ってところです(笑)。ヨシダはビル・ゲイツさんと同じ誕生日って思うだけでも、思わ ないよりずっとマシって按配です。
 なお、「
6.横河民輔(1864:横河電機創業者」は本欄「
 ふと、この記事を書きながら好奇心旺盛なヨシダは即座にヨシダの認識するその他の著名人を平素世話になるグーグルさんから拾い出しました。多くある人物の中からヨシダの好みに従って人物名と写真を列記して誕生日の味わい方を増幅さす次第です。

 1.ヘンリー3世(1012:イングランド王)、2. Maria Anna of Neuburg(1667:スペイン王カルロス2世の2度目の王妃 、3.John Laurens(1754:南北戦争時代米軍人・政治家)、4.徳川慶喜(1837:江戸幕府第15代将軍・最後の将軍)、5.嘉納治五郎(1860.教育家)、6.横河民輔(1864:横河電機創業者)、7.Ormer Locklear(1891.スタント飛行士・俳優)、8.エルザ・ランチェスター(1902:イギリス生まれの米女優)、9.Douglas Seale(1913.英国舞台映画俳優)、10.Pearl Hackney(1916.英女優・コメディアン・ Eric Barker妻)、11.Richard Laurence Millington Synge(1914.英人科学者:1952年ノーベル賞受賞) 、12.東富士欽壹(1973:大相撲第40代横綱)、13.ジェイコブ・D・コックス(南北戦争北軍将軍・共和党・第28代オハイオ州知事・第10代アメリカ合衆国内務長官)、14.ビル・ゲイツ(1955:マイクロソフト創立者)、15.吉田祐起(1931.本サイト編集者)
 ヨシダって好奇心旺盛でしょう。こんなことに時間を使うから超多忙人間(?)。日々をかみ締めながら生きるから「光陰矢の如し」は無縁たる所以です(笑)。

末尾はフィリピンで下宿生活を始めた当時のものです!ハイ!直近のモノと何時か差し替えます。
 ヨシダって好奇心旺盛でしょう。こんなことに時間を使うから超多忙人間(?)。日々をかみ締めながら生きるから「光陰矢の如し」は無縁たる所以です(笑)。
    「Henry III」の画像検索結果「Maria Anna of Neuburg」の画像検索結果「John Laurens」の画像検索結果Kanō Jigorō c1937.jpgOrmer Locklear (1920).jpgエルザ・ランチェスターElsa Lanchester
 「Douglas Seale」の画像検索結果「Pearl Hackney」の画像検索結果 Richard Laurence Millington Synge.jpgAzumafuji 1950 Scan10025-2.JPGCox, Jacob D. M.C. Ohio (Secty of Interior in Grant Adm.).jpg

  なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンガ主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアでもあります(笑)。   
     「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
            では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
                              
                  (954.86KB)                2018年 9月30日(日)   
            “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                      
吉田祐起
                   (本日で満86歳11ヶ月になりました!) 

       (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローザ市在住)
                 yoshidayuuki@rocketmail.com  
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