このウェブサイトをはじめてご訪問くださった方へ・・・
  このド素人的ホームページは昭和ひと桁族・満86歳超の吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」で、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめても、と自我自賛しています(笑)。(2018年1月1日記)  
 以下一連の画像は編集者・吉田祐起が学徒動員で配属中の広島電鉄本社(左端・現在のビル)で担任教師の朝礼訓示を受けて所属電気課事務所に廊下伝いに向かって薄暗い一階廊下を歩いていた時にピカドンを体験した想い出の画像のひとコマです。鮮明な記憶はピカッと閃光が走った瞬間に薄暗い壁面に映画のスクリーンのように手を上げて仰け反る人のシルエットが映りました。その瞬間に頭に閃いたのは電車庫内で車線の入れ替え時によく発するトロリー線へのビューゲル脱着で発するスパークだろう・・・でした。文字通りの「ピカドン」でした。「倒壊した場所の下敷きになって一旦は死を覚悟して手を合わせて念仏を唱えました。と、倒壊後しばらくして頭上に明かりをみて、それを目掛けて夢中でよじ登りました。この写真の最上部に這い上がった時は遥か上から下を見下ろす感じでした。顔面血だらけになっていることを手にみて思わず「・・・母ちゃ~ん、血が出てるよ~・・・」と泣いたものでした(苦笑)。下界から聞こえてくる言葉は「日赤病院に行け!」でした。棒切れをステッキに1キロ程度の距離を途中で腰に付けていたタオルで顔面の吹き出る鮮血を何度も拭いては絞り・・・で日赤に向かいました。タオルを絞る時のあのヌルヌルした感触は現在でも鮮明です。蛇足の弁ですが、当時の日赤広島病院長は重藤富士夫さんで吉田家親戚筋でしたが、その人を特別に意識するほどの余裕もないままに応急措置を受ける列に加わりました。衛生兵さんがボクの姿をみて「ボク、お出で・・・」と手を添えて引き抜いて医師のもとに連れ出して治療を受けました。「この子は助かる・・・」と思ってのことだったと後日に痛感したものです。後日に分かったのは「顔面3箇所の深い裂傷」でした。日が暮れるのを意識してステッキ代わりの棒切れを頼りに何の当てないまま大手町の自宅に向かいました。鷹野橋交差点でした前方から二番目の姉が「ユウキ!!!」と叫びながら走り寄ってきてました。棒切れステッキを放り出して地べたにへたりこみ「姉ちゃん!」でした。足の不自由なボクにとって、一番楽な姿勢でした・・・と、長くなるので止めときます・・・。
         Image result for 広島電鉄本社ビルImage result for 戦時中の広島電鉄本社車庫Image result for 広電本社ビル被爆時写真「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果Related imageImage result for 広島電鉄本社ビル
(画像説明(左から):左端は現在の電鉄本社ビル、2、は当時の電車車庫、3は紙屋町交差点の電車、4はヨシダが廊下づたいにその右の2階建て所属事務所(電気課)に向かう途中に被爆して倒壊した建物。這い出たのがその最上段で顔面深い裂傷で血まみれ状態。5、6は現在の本社玄関前掲示板にある画像で、最右端の2階建てビルの一角が所属の電気課事務所でして、当時の課長さんは戦後に独立して会社社長になられました。ついでのことに電鉄の現在の「社章」は当時の塗装工さんが優勝して採用されたもの。ヨシダの上司は佳作の賞金をポ~んと僕らのクラスに下さいました。(2018.7.21.12:30記)  

  「yuuki yoshida」の画像検索結果「yuuki yoshida」の画像検索結果
     「吉田祐起」の画像検索結果
 吉田祐起初期のプロフィール自分史プロフィール 
     満86歳11か月(毎月変わります) 
  
 "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 上段の写真はフィリピンで最初の下宿生活から飛び出して大学構内の借家住まい時代。下段写真は環境を選んで中流の住宅団地一軒家住まい始めた当時。おりしもこの写真は2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、この直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパン・タイムズ紙「Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'にどか~んと掲載されたものです。右の背広姿の写真は2014年9月11日のパスポート更新の際に写したもの。直近の写真は数ヶ月前に引越しした5,6、軒隣りの同じメイン・ストリートに面したチョッと大きな借家の個室。並木のメイン通り写真と一緒に機会をみて掲載します。 
               コンテンツ(順不同)
著書・執筆実績・懸賞論文(冊子・雑誌・単行本等)記録
拙著・執筆実績(目次)
 著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
専門業界誌(紙)寄稿論文記録
一般出版物寄稿エッセイ 
SAM NEWS誌寄稿エッセイ
ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
特ダネ情報(No.1-No.82)
フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!
"A-bomb and Me"(原爆と私)
原爆生存者としての各種証言論文等
・「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
・「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
・フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
・「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著
グーグルから拾った「今日のできごと」
ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
インタネット情報&ヨシダブログ
過去の日本語版トップサイト一覧表
グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像~ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い~        

          Since 10th March, 2001
                                     English             
       
    2018年10月 7日(日)         

ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 が証明します。単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」 とは、他愛もない編集長の自負です(笑)。
        過去の日本語版トップサイト一覧表
     English top site records(End of the day)
  「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上左の写真3枚はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant, Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の右端写真は米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその
賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところですが、現在では「人生第五毛作」を視野に入れています。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住を決意して来比し現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生を演出中です。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。
 これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは86歳超のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。
 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ていますのでご理解くだ さい。

お詫び:ご覧のように、本サイトは日本語と英語がごちゃ混ぜって感じで恐縮ですが、編集者の可能な限りの情報ご提供の心として、どうかあしからず寛容の心でお目通しくださることを願います。(2018年6月18日) 

 お気付きのように、日本語版トップサイトに掲載しているToday@VOA”と”NYTimes & Others "Obituaries:Who lived more than 100-year-oldは英語版そのままをこの日本語版にそのまま掲載しています。タイトルだけでも日本語訳を加えたいのですが、時間が許しませんし、画面がやたらと混雑しますのでそのままの掲載をご容赦ください。なお、本コラムでは100歳以上でなく、逆に若くして他界した人物で稀有な人生を送ったと思われる人物も加えておりますのでご了承ください。
 

 

 

      ヨシダが選んだ「きょうのできごと」("Today@VOA"休刊日”に限定) 
 (情報源が英語版のものに限り、そのままの英語で表示することをお許しください。)
  米国時間差で本日から週末入り。代わって編集しているのが以下のコラムです。   
                ウィキペディアからヨシダが選んだ 10月 7日のできごと
ウィキペディア(日本語版)(10月 7日:1949年 - ドイツ人民評議会でドイツ民主共和国憲法草案を可決。ドイツ民主共和国(東ドイツ)が発足。」

Wikipedia(English edition)(Oct.  7:"1949Cold War: The communist German Democratic Republic (East Germany) is formed."
The article concerned:
"
1949 East Germany created"
The photos concerned:""
                           (The 49-photo-attached file/265.26KB)

 「1949 – Cold War: The communist German Democratic Republic (East Germany) is formed.」の画像検索結果「1949 – Cold War: The communist German Democratic Republic (East Germany) is formed.」の画像検索結果「1949 – Cold War: The communist German Democratic Republic (East Germany) is formed.」の画像検索結果

     関連画像「1949 – The communist German Democratic Republic (East Germany) is formed.」の画像検索結果「1949 – The communist German Democratic Republic (East Germany) is formed.」の画像検索結果
    「1949 – The communist German Democratic Republic (East Germany) is formed.」の画像検索結果関連画像「1949 – The communist German Democratic Republic (East Germany) is formed.」の画像検索結果
    「1990」の画像検索結果「East Germany flag」の画像検索結果    「ceased」の画像検索結果      「existence word」の画像検索結果  「East Germany ceased to exist」の画像検索結果
  「German reunification」の画像検索結果「East and west Germany become one」の画像検索結果          関連画像
        関連画像     関連画像     関連画像
            「East and west Germany become one」の画像検索結果   関連画像  「East and west Germany become one」の画像検索結果   関連画像
   関連画像「East and west Germany become one」の画像検索結果「East and west Germany become one」の画像検索結果「East and west Germany become one」の画像検索結果
  「East and west Germany become one」の画像検索結果「East and west Germany become one」の画像検索結果   関連画像「East and west Germany become one」の画像検索結果
    「East and west Germany become one」の画像検索結果「East and west Germany become one」の画像検索結果「East and west Germany become one」の画像検索結果     「East and west Germany become one」の画像検索結果
    「East and west Germany become one」の画像検索結果「East and west Germany become one」の画像検索結果 「East and west Germany become one」の画像検索結果     関連画像
    「East and west Germany become one」の画像検索結果「East and west Germany become one」の画像検索結果「East and west Germany become one」の画像検索結果
   「East and west Germany become one」の画像検索結果  関連画像「East and west Germany become one」の画像検索結果
    「East and west Germany become one」の画像検索結果       「East and west Germany become one」の画像検索結果「East and west Germany become one」の画像検索結果
                                 "1949 East Germany created"

                     Today@VOA                                                                                      No.541(10.6. 2018)
"On October 5, 1947, President Harry Truman gives the first presidential speech ever to be broadcast on television. "   
                          "
1947  First presidential speech on TV(HISTORY)
                              (The 28-photo-attached/213.48KB)  

On This Day in American History
On October 5, 1947, President Harry Truman gives the first presidential speech ever to be broadcast on television. The thrust of the speech was to urge Americans to reduce their consumption of grains so that the United States could help starving Europeans struggling to rebuild after World War II. Truman was reportedly worried that if the U.S. didn’t provide food to Europeans, the Marshall Plan would unravel. He urged Americans to not eat meat on Tuesdays and to avoid egg and poultry on Thursdays. He also urged Americans to try to save a slice of bread each day.

  Image result for On October 5, 1947, President Harry Truman gives the first-ever televised presidential address from the White House.Image result for On October 5, 1947, President Harry Truman gives the first-ever televised presidential address from the White House. Image result for On October 5, 1947, President Harry Truman gives the first-ever televised presidential address from the White House.  Image result for On October 5, 1947, President Harry Truman gives the first-ever televised presidential address from the White House.
       Related image  Related imageImage result for Truman’s food-conservation speech   Image result for Truman’s food-conservation speech
  Image result for Europe is in the midst of a famine in the aftermath of World War II.Image result for Europe is in the midst of a famine in the aftermath of World War II.Image result for Europe is in the midst of a famine in the aftermath of World War II.Image result for Europe is in the midst of a famine in the aftermath of World War II.   Related image
     Image result for to cut back on their use of grain in order to help starving Europeans.   Related image   Related imageImage result for to cut back on their use of grain in order to help starving Europeans.
     Related image  Related image 
   Image result for 1939Image result for Franklin Roosevelt who was the first president to appear on TV–from the World’s Fair in New York City on April 30, 1939.Image result for Franklin Roosevelt, the World’s Fair in New York City Image result for Franklin Roosevelt, the World’s Fair in New York CityImage result for Franklin Roosevelt who was the first president to appear on TV–from the World’s Fair in New York City on April 30, 1939.
   Image result for the World’s Fair in New York City with televisionImage result for Franklin Roosevelt who was the first president to appear on TV–from the World’s Fair in New York City on April 30, 1939.Image result for the World’s Fair in New York City with television        Related image
                  "1947  First presidential speech on TV(HISTORY)"
                                         No.540(10.5. 2018)

     "On October 4, 1927, sculptors begin carving Mount Rushmore..." 
                          "
1927 Work begins on Mount Rushmore(HISTORY)" 
                           "1927 Work begins on Mount Rushmore(Photos)" 

 
   NYTimes "Obituaries: Who lived more than 100-year-old"
                                                 No.15                                          
                                 (New York Times, October 5,  2018)         
     "Rosa Bouglione, Doyenne of a French Circus Family, Dies at 107"
                                         (NYTimes Obituaries
  "
Rosa Bouglione, Doyenne of a French Circus Family, Dies at 107(photos)"
                                    "
Rosa Bouglione(photos, No.2)"
                                 (The 36-photo-attached/174.774KB)
     「Rosa Bouglione, Doyenne of a French Circus Family, Dies at 107」の画像検索結果   「Rosa Bouglione, Doyenne of a French Circus Family, Dies at 107」の画像検索結果 「Rosa Bouglione, Doyenne of a French Circus Family, Dies at 107」の画像検索結果
      「her fiancé, Joseph Bouglione,」の画像検索結果    「Cirque d’Hiver」の画像検索結果   関連画像     「Cirque d’Hiver」の画像検索結果
         関連画像「“the undisputed queen of the circus world.”」の画像検索結果
   関連画像「Rosa Bouglione」の画像検索結果 「Rosa Bouglione」の画像検索結果          「Rosa Bouglione」の画像検索結果
          「Rosa Bouglione」の画像検索結果 「Rosa Bouglione」の画像検索結果「Rosa Bouglione」の画像検索結果   「Rosa Bouglione」の画像検索結果
           関連画像    関連画像      関連画像
      「Rosa Bouglione」の画像検索結果「Rosa Bouglione」の画像検索結果   関連画像「Rosa Bouglione」の画像検索結果 
     「Rosa Bouglione」の画像検索結果「Rosa Bouglione」の画像検索結果「Rosa Bouglione」の画像検索結果「Rosa Bouglione」の画像検索結果       
        「Rosa Bouglione」の画像検索結果           関連画像 「Rosa Bouglione」の画像検索結果          「Rosa Bouglione」の画像検索結果
   「Rosa Bouglione」の画像検索結果「Rosa Bouglione, 107, Matriarch of French Circus Family Who Was Born for the Role.」の画像検索結果      関連画像「Rosa Bouglione」の画像検索結果
        "Rosa Bouglione, Doyenne of a French Circus Family, Dies at 107"
                                         No.14
       "Do Muoi, Vietnam's Leader in Economic Transition, Dies at 101"
                                         (NYTimes Obituaries
                              "New York Times, October 3,  2018"

        "Do Muoi, Vietnam's Leader in Economic Transition, Dies at 101"                                         (New York Times, August 15,  2018) 

                      編集者のダイアリー・コーナー                                                 2018年10月 7日(日)
(注)本欄記事掲載の順序の変更をしています。従来は新しい記事が直前掲載記事の後にくる形でしたが、今回から逆に「新しい記事を絶えず最上段に積み上げる」という方式に変更しています。(2018.9.12.)
「体育の日」に考える、充実した日常生活に資するスポーツの習慣」(DIAMONDonline2018.10.7.三井住友アセットマネジメント 調査部 脇坂理恵)の「中見出し」は■東京五輪に伴って祝日が移動 体育の日は20年からスポーツの日に、■スポーツ関連への総支出増加は女性によるところが大きい、■いかに健康に長生きするかが充実した老後を過ごす大きな要因、■がんをたたく新たな治療法の開発で京大教授がノーベル賞を受賞・・・と続き、「末尾の言葉:・・・日本人の3大死因は、悪性新生物(がん)、心疾患、脳血管疾患とされています。今年のノーベル賞受賞ともなったがん治療がより幅広く確立していくことで、より長生きできる可能性も高まっていると言えます。そこに、さらに私たち一人ひとりが運動やスポーツの習慣をつけることで、“より充実した健康な日常生活”を送れるようになると考えられます。まずは初めの一歩!あなたは何から始めてみますか?」で終わります。さて、あなたの健康維持努力は?・・・ですが、僻み的ブログを承知の上のこと。すべてのこの種の記事は健常者を対照にしたもの。寝たきりとか、歩くこともできない障害者に対する健康管理手法を示唆する記事は目につきません。蚊帳の外って感じです。でも、無理はないでしょう、健常者にとっては障碍者の身体状況や可能性等などに関しては想像すらできないし、ために、そうした身体状況における健康維持体操の可能性や対応性そのものが想像外にあるからです。沢山の記述欲望があるなかで、身障者対象の「自己流健康管理体操のあり方」って感じの記述は自分史の中に織り込むことも考えています。なにせ、したいこと、すべきことの多い自身であることよ・・・って気分です。(添付画像=3枚)(11:30)
    「「体育の日」に考える、充実した日常生活に資するスポーツの習慣」の画像検索結果 「「体育の日」に考える、充実した日常生活に資するスポーツの習慣」の画像検索結果「「体育の日」に考える、充実した日常生活に資するスポーツの習慣」の画像検索結果
玉城デニー圧勝の裏に創価学会員の大量離反、参院選や改憲に影響も」(DIAMONDonline2018.10.7.)の冒頭の言葉は、「・・・ 今回の知事選の舞台裏と安倍政権の今後への影響について、政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏に聞いた」です★「中見出し」は、■弱体化しつつあった「オール沖縄」を再結束させた翁長前知事の遺志、■無党派層の取り込みが勝敗を決したカギに、■与党が劣勢を挽回しようと悪あがき ニセの情勢調査が飛び交った、■安倍首相の憲法改正の障害は 創価学会・公明党の動き・・・と続き、「末尾の言葉:・・・今回の知事選の敗北が未曽有の長期政権となる安倍政権にどのような影響を与えていくことになるのか。なんにしても沖縄知事選で負けたことが、今後の政権運営に大きなマイナスだったことは間違いないだろう。」で終わります★なにごとも、「長期政権」には落とし穴ありってところでしょうか?「初心忘れるべからず」ですネ。(添付画像=6枚)(7:30)
  沖縄知事選で佐喜真氏に圧勝した玉城デニー氏「玉城デニー圧勝の裏に創価学会員の大量離反、参院選や改憲に影響も」の画像検索結果「玉城デニー圧勝の裏に創価学会員の大量離反、参院選や改憲に影響も」の画像検索結果
        「創価学会員の大量離反」の画像検索結果      関連画像      関連画像
米上院、カバノー最高裁判事承認 保守傾斜へ」(日本経済新聞2018.10.7.)と"Senate Confirms Kavanaugh to Suporeme court, Ending a Clash With Lasting Fallout(New York Times)"が目に入りました。CNNが連日連夜報道していたもの。史上風前の与野党僅差。しかも、その差は与党議員2人の私的行事参加のためのやむなき(?)棄権のためとか。(添付画像=6枚)(6:30)
   「日本経済新聞」の画像検索結果「米上院、カバノー最高裁判事承認 保守傾斜へ」の画像検索結果「newyork times」の画像検索結果
 「us senate seats up in 2018」の画像検索結果「us senate seats up in 2018」の画像検索結果
今日から明日の米国週末入りで(Today@VOA)は2日間の休刊。代わって編集しているのが、「ヨシダが選んだ「きょうのできごと」("Today@VOA"休刊日”に限定)」です。考えてみるに、自らが多忙人間を演出する性格(?)。ま、その分、適当な緊張感保持でボケ防止って按配でして、満足感を招来することは確かです。
若くして脳が「劣化」する人たち」(DIAMONDonline2018.10.6.久賀谷 亮)は現在の超多忙人間をこの年齢にして自らが求めている実態にかんがみ、これでヨシ!って気分です★冒頭の言葉曰く、「「大人の脳は成長しない」はウソ!?脳が衰える人、成長を続ける人の違いとは?26万部突破のベストセラーシリーズ著者にして、イェール大で学んだ米国医師が明かす「エイジング研究」の最前線とは? 最新刊『脳が老いない世界一シンプルな方法』の本文から一部抜粋してお送りする★「中見出し」は、■若くして脳が「劣化」する人たち―オートファジーとテロメア短縮、■「大人の脳は成長しない」は嘘だった―脳の可塑性と深層学習・・・と続き、「末尾の言葉」は 「そのとおり。テロメアの短縮を食いとめたり、長さをもとに戻す手立てはある。『脳の老化は不可逆的である』などという決めつけは不要じゃ。できることは無数にあるし、それほど難しいことでもない」デス!★(添付画像=6枚)(6日  )
「若くして脳が「劣化」する人たち」の画像検索結果
       「writer」の画像検索結果       「久賀谷 亮」の画像検索結果  「久賀谷 亮」の画像検索結果「久賀谷 亮」の画像検索結果ウェブサイト編集の技術的問題ですが、cPanelの定期リニューアル時に発生したと思われる「画像添付編集」で発生した問題に、「画像間横同士の密着が時おり不能で空白が生じる問題」。契約業者(Hosting)に問い合わせするも回答がないために、お馴染みの女性専門家に来てもらいました。ところが、相当時間トライした結果、解決策が出ないままになりました。ど素人のヨシダが出来ない筈だ、と変なところで納得、満足(?)って気分。その分、見栄えが良くないですが、当分の間は現状やむなしってところです。(6日17:00)

          英語と私―わが人生に英語が果たしてきている役割りを語るー

(ご丁寧に英語版まで作っていたのですが、そのファイルが行方不明で目下探索中。なにせ、編集ソフトの量は膨大ですので!・・・膨大とは大げさな!でもホント!)

          私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ           
 本コラムは2010年11月30日に新設したコラムでしたが、その存在に編集者自身がど忘れしていました。継続していきたいと考えていますが、当時より多忙を極める現在の編集者・ヨシダですので、追記は滅多にできない状態ですが、本欄に常設することにしました。(2018年1月26日記)

 財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じで、こんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。なお、蛇足の弁ですが、最終自分史執筆を頭に入れた「人生第五毛作」としての言わば人生総仕上げみたいなものとして「人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!」の執筆完成を期している次第です。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

 (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  
 
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                           (白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より)         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して、好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真記事はヨシダの記事が同誌に多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
  
http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
     「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果
               「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果 関連画像
(最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス!クリックすると、その全文ラヴ・ストーリー(?)がご覧いただけますよ。笑)    
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、10年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが86歳超のヨシダですこの格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。
  なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンガ主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアでもあります(笑)。   
     「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
            では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!  
                              
                  (929.42KB)                2018年10月 7日(日)   
            “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                      
吉田祐起
                       (満86歳11ヶ月) 

       (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローザ市在住)
                 yoshidayuuki@rocketmail.com  
            URL(日本語版):http://www.abombsurvivor.com/index_japanese.html
                              URL(英語版):http://www.abombsurvivor.com   
    
(このトップサイトはインタネット接続状況を考慮しかつ、先取り精神(?)をもって午後7時頃には翌日のものと差し替えることにしています。当該日のサイトは「2018年 10月 6日をクリックするとご覧いただけますのでご利用ください。)                                                                              (660px)