このウェブサイトをはじめてご訪問くださった方へ・・・
  このド素人的ホームページは昭和ひと桁族・満86歳超の吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」で、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめても、と自我自賛しています(笑)。(2018年1月1日記)  
 以下一連の画像は編集者・吉田祐起が学徒動員で配属中の広島電鉄本社(左端・現在のビル)で担任教師の朝礼訓示を受けて所属電気課事務所に廊下伝いに向かって薄暗い一階廊下を歩いていた時にピカドンを体験した想い出の画像のひとコマです。鮮明な記憶はピカッと閃光が走った瞬間に薄暗い壁面に映画のスクリーンのように手を上げて仰け反る人のシルエットが映りました。その瞬間に頭に閃いたのは電車庫内で車線の入れ替え時によく発するトロリー線へのビューゲル脱着で発するスパークだろう・・・でした。文字通りの「ピカドン」でした。「倒壊した場所の下敷きになって一旦は死を覚悟して手を合わせて念仏を唱えました。と、倒壊後しばらくして頭上に明かりをみて、それを目掛けて夢中でよじ登りました。この写真の最上部に這い上がった時は遥か上から下を見下ろす感じでした。顔面血だらけになっていることを手にみて思わず「・・・母ちゃ~ん、血が出てるよ~・・・」と泣いたものでした(苦笑)。下界から聞こえてくる言葉は「日赤病院に行け!」でした。棒切れをステッキに1キロ程度の距離を途中で腰に付けていたタオルで顔面の吹き出る鮮血を何度も拭いては絞り・・・で日赤に向かいました。タオルを絞る時のあのヌルヌルした感触は現在でも鮮明です。蛇足の弁ですが、当時の日赤広島病院長は重藤富士夫さんで吉田家親戚筋でしたが、その人を特別に意識するほどの余裕もないままに応急措置を受ける列に加わりました。衛生兵さんがボクの姿をみて「ボク、お出で・・・」と手を添えて引き抜いて医師のもとに連れ出して治療を受けました。「この子は助かる・・・」と思ってのことだったと後日に痛感したものです。後日に分かったのは「顔面3箇所の深い裂傷」でした。日が暮れるのを意識してステッキ代わりの棒切れを頼りに何の当てないまま大手町の自宅に向かいました。鷹野橋交差点でした前方から二番目の姉が「ユウキ!!!」と叫びながら走り寄ってきてました。棒切れステッキを放り出して地べたにへたりこみ「姉ちゃん!」でした。足の不自由なボクにとって、一番楽な姿勢でした・・・と、長くなるので止めときます・・・。
         Image result for 広島電鉄本社ビルImage result for 戦時中の広島電鉄本社車庫Image result for 広電本社ビル被爆時写真「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果Related imageImage result for 広島電鉄本社ビル
(画像説明(左から):左端は現在の電鉄本社ビル、2、は当時の電車車庫、3は紙屋町交差点の電車、4はヨシダが廊下づたいにその右の2階建て所属事務所(電気課)に向かう途中に被爆して倒壊した建物。這い出たのがその最上段で顔面深い裂傷で血まみれ状態。5、6は現在の本社玄関前掲示板にある画像で、最右端の2階建てビルの一角が所属の電気課事務所でして、当時の課長さんは戦後に独立して会社社長になられました。ついでのことに電鉄の現在の「社章」は当時の塗装工さんが優勝して採用されたもの。ヨシダの上司は佳作の賞金をポ~んと僕らのクラスに下さいました。(2018.7.21.12:30記)  

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     「吉田祐起」の画像検索結果
 吉田祐起初期のプロフィール自分史プロフィール 
     満86歳11か月(毎月変わります) 
  
 "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 上段の写真はフィリピンで最初の下宿生活から飛び出して大学構内の借家住まい時代。下段写真は環境を選んで中流の住宅団地一軒家住まい始めた当時。おりしもこの写真は2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、この直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパン・タイムズ紙「Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'にどか~んと掲載されたものです。右の背広姿の写真は2014年9月11日のパスポート更新の際に写したもの。直近の写真は数ヶ月前に引越しした5,6、軒隣りの同じメイン・ストリートに面したチョッと大きな借家の個室。並木のメイン通り写真と一緒に機会をみて掲載します。 
               コンテンツ(順不同)
著書・執筆実績・懸賞論文(冊子・雑誌・単行本等)記録
拙著・執筆実績(目次)
 著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
専門業界誌(紙)寄稿論文記録
一般出版物寄稿エッセイ 
SAM NEWS誌寄稿エッセイ
ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
特ダネ情報(No.1-No.82)
フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!
"A-bomb and Me"(原爆と私)
原爆生存者としての各種証言論文等
・「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
・「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
・フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
・「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著
グーグルから拾った「今日のできごと」
ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
インタネット情報&ヨシダブログ
過去の日本語版トップサイト一覧表
グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像~ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い~        

          Since 10th March, 2001
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    2018年10月19日(金)         

ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 が証明します。単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」 とは、他愛もない編集長の自負です(笑)。
        過去の日本語版トップサイト一覧表
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  「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上左の写真3枚はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant, Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の右端写真は米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその
賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところですが、現在では「人生第五毛作」を視野に入れています。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住を決意して来比し現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生を演出中です。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。
 これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは86歳超のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。
 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ていますのでご理解くだ さい。

お詫び:ご覧のように、本サイトは日本語と英語がごちゃ混ぜって感じで恐縮ですが、編集者の可能な限りの情報ご提供の心として、どうかあしからず寛容の心でお目通しくださることを願います。(2018年6月18日) 

 お気付きのように、日本語版トップサイトに掲載しているToday@VOA”と”NYTimes & Others "Obituaries:Who lived more than 100-year-oldは英語版そのままをこの日本語版にそのまま掲載しています。タイトルだけでも日本語訳を加えたいのですが、時間が許しませんし、画面がやたらと混雑しますのでそのままの掲載をご容赦ください。なお、本コラムでは100歳以上でなく、逆に若くして他界した人物で稀有な人生を送ったと思われる人物も加えておりますのでご了承ください。
 

 

 

      ヨシダが選んだ「きょうのできごと」("Today@VOA"休刊日”に限定) 
 (情報源が英語版のものに限り、そのままの英語で表示することをお許しください。)
  米国時間差で本日から週末入り。代わって編集しているのが以下のコラムです。   
                ウィキペディアからヨシダが選んだ 10月15日のできごと
                  ウィキペディアからヨシダが選んだ 10月14日のできごと

                                          Today@VOA
                                           No.550(10.19. 2018)(Scheduled)
                                     No.549(10.18. 2018)
 
"
On October 18, 1867, the United States takes possession of Alaska..."

          "1867  U.S. takes possession of Alaska(HISTORY)"
                             (The 23-photo-attached/217.95KB

                                        No.548(10.17. 2018) 
"
On October 17, 1989, San Francisco is rocked by the biggest earthquake since 1906."

So many earthquakes in this areas so that the Editor took much time finding  the exact one among the many with an ARTICLE an photos concerned below in red letter!!
               "
M 6.9 October 17, 1989 Loma Prieta Earthquake"
                       
"1989 Loma Prieta Earthquake(Wikipedia)"
                                           (Others)

                       "1906 San Francisco earthquake(Wikipedia)"
                   "
The Great 1906 San Francisco Earthquake(YSGS)"
                  "
San Francisco Earthquake of 1906(HISTORY)"
                     "San Francisco Earthquake of 1906(PHOTOS)"
                             (The 40-photo-attached/240.58KB


今朝3:45着信の(Today@VOA)は「No.549(10.18.2018)"On October 18, 1867, the United States takes possession of Alaska..."(参考記事)"1867  U.S. takes possession of Alaska(HISTORY)"」です。あっと言う間に仕上げて掲載しました。余裕綽々って気分です(笑)。(6:00)

         英語と私―わが人生に英語が果たしてきている役割りを語るー
(ご丁寧に英語版まで作っていたのですが、そのファイルが行方不明で目下探索中。なにせ、編集ソフトの量は膨大ですので!・・・膨大とは大げさな!でもホント!)

          私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ           
 本コラムは2010年11月30日に新設したコラムでしたが、その存在に編集者自身がど忘れしていました。継続していきたいと考えていますが、当時より多忙を極める現在の編集者・ヨシダですので、追記は滅多にできない状態ですが、本欄に常設することにしました。(2018年1月26日記)

 財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じで、こんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。なお、蛇足の弁ですが、最終自分史執筆を頭に入れた「人生第五毛作」としての言わば人生総仕上げみたいなものとして「人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!」の執筆完成を期している次第です。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

 (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  
 
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                           (白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より)         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して、好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真記事はヨシダの記事が同誌に多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
  
http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
     「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果
               「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果 関連画像
(最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス!クリックすると、その全文ラヴ・ストーリー(?)がご覧いただけますよ。笑)    
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、10年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが86歳超のヨシダですこの格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。
  なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンガ主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアでもあります(笑)。   
     「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
            では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!  
                              
                  (710.23KB)                      2018年10月19日(金)   
            “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                      
吉田祐起
                       (満86歳11ヶ月) 

       (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローザ市在住)
                 yoshidayuuki@rocketmail.com  
            URL(日本語版):http://www.abombsurvivor.com/index_japanese.html
                              URL(英語版):http://www.abombsurvivor.com   
    
(このトップサイトはインタネット接続状況を考慮しかつ、先取り精神(?)をもって午後7時頃には翌日のものと差し替えることにしています。当該日のサイトは「2018年 10月18日をクリックするとご覧いただけますのでご利用ください。)                                                                              (660px)