このド素人的ホームページは昭和ひと桁族・満86歳超の吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」で、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめても、と自我自賛しています(笑)。
(2018年1月1日記)
         

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   吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満86歳4か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパン・タイムズ紙「Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'にどか~んと掲載されたものです。写真中央は2014年9月11日のパスポート更新の際に写したもの。右の写真は2017年10月21日に写した「ステテコ&半そで」の年中姿でデスクに向かう満86歳一週間前のものです。
               コンテンツ(順不同)
拙著・執筆実績(目次)
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
専門業界誌(紙)寄稿論文記録
一般出版物寄稿エッセイ
SAM NEWS誌寄稿エッセイ
ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
特ダネ情報(No.1-No.82)
フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!
"A-bomb and Me"(原爆と私)
原爆生存者としての各種証言論文等
・「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
・「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
・「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著
グーグルから拾った「今日のできごと」
ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
インタネット情報&ヨシダブログ
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グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像~ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い~ 

                   English               
       
    2018年 3月11日
(日)        
          Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 が証明します。
単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」 とは、他愛もない編集長の自負です(笑)。
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 上左の写真3枚はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant, Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の右端写真は米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところですが、現在では「人生第五毛作」を視野に入れています。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住を決意して来比し現在に至るものですが、ご覧のように
経営者マインドそのままの人生を演出中です。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。
 これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは86歳超のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。
 
注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたのでご理解くだ さい。

  

            (編集室からのお知らせ)
 長期間にわたって実施してきた「きょうのできごと編集手法」をガラッと変えることにしました。日々の冒頭の編集者の弁は”「本日のできごと」で編集者として関心を強くするのは・・・”、といった前置きで多くの中から特定のものを指適すいるのが常の編集者ですが、その編集者が個人的に関心を強くするもの1編をもって当該日の「できごと」とすることに勝手ながら変更することにしました。「英語版きょうのできごと」である「
VOA@com」が(も)そうでして、同編集部担当者個人の選択肢であることなどをもっての、今回のヨシダ編集部ルールとさせていただく次第ですので、ご理解のほど懇願します。
       ヨシダが選んだ「きょうのできごと特集号」(仮称)(新企画)   
      3月11日のできごと(ウィキペディア)(2件一括掲載)
(第1件)
1942年 - 第二次世界大戦・フィリピンの戦い: マッカーサー将軍がコレヒドール島から退却
●(米国版)"This Day In History: President Franklin Roosevelt Ordered Gen. Douglas MacArthur Out Of The Philippines(American History History)"
★本日のこのできごと(マッカーサーがコレヒドール島から退却)を取り上げるのはほかならぬ、ヨシダがこの地フィリピンを終の棲家として生きていることからです。もうひとつの理由はマッカーサーという人物像に対するある種のヨシダの深い想い入れがあるからです★ほかでもありません、ヨシダが愛誦してやまない英語の詩文5編のひとつに「青春(YOUTH)」がありますが、そのことに関してマッカーサー元帥が登場する書物があるのです。「「青春」という名の詩」と題する書籍(産業能率大学出版部刊・宇野収著)の中に興味ある記述があるのです。日本軍がマッカーサー司令部に突入した時の元帥の部屋の壁に取り残されたままの詩文の額縁が「YOUTH」だった・・・というくだりです。ヨシダの解釈は逃げるのにど忘れした元帥でなく、「われらアメリカ人軍人は人生感そのものにも、深い味わいを抱いているんだぞ~!」といったデモンストレーションとしたのではないか。という解釈です。★なお、本できごとの日本語版の当該文章は「・・・退却・・・」とありますが、英語版のそれは「・・・ルーズヴェルト大統領がフィリピンから脱却するように命じた・・・」とあります。この事実の裏話があります。元帥は民間軍人に留まってでも戦い抜きたいと言明したとかです。大統領命令を受けての元帥の心情が元帥の言葉に観られます。曰く、”I shall return!"(必ず戻ってくる!)がそれです。・・・といったエピソードに加えて前言したヨシダのフィリピンへの深い縁と想い入れ感を抱きつつ添付画像を選びました。(136.7KB) 
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              (YOUTH)   (青春    
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         「I shall return」の画像検索結果「I shall return」の画像検索結果「I shall return」の画像検索結果「I shall return」の画像検索結果
                 " 1944 MacArthur returns(HISTORY)(マッカーサー戻る)"
     「1994」の画像検索結果        「1944 MacArthur returns(HISTORY)(」の画像検索結果    「1944 MacArthur returns(HISTORY)(」の画像検索結果「1944 MacArthur returns(HISTORY)(」の画像検索結果
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(第2件)
2011年 - 日本の三陸沖にて、東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生。
●(米国版:日本時間12日) 2011 – An earthquake measuring 9.0 in magnitude strikes 130 km (81 mi) east of Sendai, Japan, triggering a tsunami killing thousands of people. This event also triggered the second largest nuclear accident in history, and one of only two events to be classified as a Level 7 on the International Nuclear Event Scale.
     「japanese wikipedia」の画像検索結果 「2011年 - 東日本大震災・福島第一原子力発電所事故: 福島県にある東京電力福島第一原子力発電所の1号機が水素爆発」の画像検索結果「2011年 - 東日本大震災・福島第一原子力発電所事故: 福島県にある東京電力福島第一原子力発電所の1号機が水素爆発」の画像検索結果   「2011年 - 東日本大震災・福島第一原子力発電所事故: 福島県にある東京電力福島第一原子力発電所の1号機が水素爆発」の画像検索結果  「2011年 - 東日本大震災・福島第一原子力発電所事故: 福島県にある東京電力福島第一原子力発電所の1号機が水素爆発」の画像検索結果
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                                   編集者のダイアリー・コーナー
             2018年 3月11日(日)
永年継続した「きょうのできごと」をご覧のように「新企画版」にして二日目。編集しながら「これでヨシ!」って心境です。編集するのが苦にならず、楽しみに変じてきました。なにせ、自身が関心を強くする「できごと」を選択するのですから・・・。
このところ、久々にヨシダの年中できごとでもあった「咳」が久々に戻って(?)きた感じでちょっと難儀しています。でもまあ、気が向けばベッドにゴロっと横になり気分に任せるストレッチングってな状態で切り抜けています。
永年継続した「きょうのできごと」をご覧のように「新企画版」にして二日目。編集しながら「これでヨシ!」って心境です。編集するのが苦にならず、楽しみに変じてきました。なにせ、自身が関心を強くする「できごと」を選択するのですから・・・。
くだんの「きょうのできごと」で掲載が前後した感じですが本日は年代に準じて2件のできごとを一括掲載することになりました。日本人にとって忘れ難い「東北地方太平洋沖地震東日本大震災)」がそれです。・・・と、これは編集者のホンネの証言ですが、前者「マッカーサーのフィリピン退却」のできごと編集に早々と手を付けていた結果のことであることを告白します。同日のウィキペディアの末尾にある「 2011年 - 日本の三陸沖にて、東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生」を見落として常態でした・・・。
このところ、久々にヨシダの年中できごとでもあった「咳」が久々に戻って(?)きた感じでちょっと難儀しています。でもまあ、気が向けばベッドにゴロっと横になり気分に任せるストレッチングってな状態で切り抜けています。
トランプが失言すればするほど国際社会は中国主導になるDIAMONDonline:2018.3.10.〔1.23付〕真壁昭夫:法政大学大学院教授)にヒットしてみるに先月23日付の古い記事。でも、ヨシダが平素から辛口ブログをしているトランプ大統領評にミートすることから取り上げます★「中見出し」は■世界経済のリスクになりうるトランプ大統領の「不適切」発言、■トランプ政権発足後1年間の評価 孤立感高まるトランプ大統領、■現実味を帯びる中間選挙での共和党敗北シナリオ、■トランプ政権のレームダック化懸念・・・と続きます。「末尾の言葉」は、ヨシダが危惧してきたことにも通じます。曰く、「・・・ 中国の覇権強化が続く中で米国のプレゼンスが低下すると、中国主導で極東地域などの安全保障の議論が進められる、多国間の経済連携が議論されるなど、世界の不安定さは増していくだろう。それは、世界経済の下振れリスクを高める要因だ。トランプ政権が世界の政治・経済・安全保障に与える影響はより一層高まる恐れがある」がそれです★それにしても選挙後のトランプ批判が「大統領弾劾」にまで高まったものの、落ち着いてくると引き潮のごとくに少なくなりました。弾劾発言で恥をかくからってもの。一方のヨシダは経営者的視点のトランプ観をもって、未だに弾劾論者を否定しません。中間選挙で共和党敗北ともなれば再燃するのが弾劾論議になるでしょう。ヨシダの酷評は、「トランプ大統領御大は所詮は同属会社社長・・・」です。被害者はアメリカ国民であり、本記事が言う世界そのものになるでしょう★ふと、見るに、大統領御大の専用機の中でのお食事メニュー!絶句します。(添付画像=22枚)(1:30)
  「トランプが失言すればするほど国際社会は中国主導になる」の画像検索結果   「トランプは精神科受診を!」」の画像検索結果   関連画像「トランプは精神科受診を!」」の画像検索結果
      「アメリカ、カナダ、ドイツなどの著名な精神医学の専門家70人超が、トランプ大統領(71)の担当医に対して、精神面の検査を要請する書簡を送っていたことが分かり」の画像検索結果「トランプは精神科受診を!」」の画像検索結果「トランプ大統領ha」の画像検索結果
   「アメリカ、カナダ、ドイツなどの著名な精神医学の専門家70人超が、トランプ大統領(71)の担当医に対して、精神面の検査を要請する書簡を送っていたことが分かり」の画像検索結果関連画像 「トランプ大統領精神病???」の画像検索結果
    関連画像「アメリカ、カナダ、ドイツなどの著名な精神医学の専門家70人超が、トランプ大統領(71)の担当医に対して、精神面の検査を要請する書簡を送っていたことが分かり」の画像検索結果    「トランプ大統領ha」の画像検索結果「トランプ大統領精神病???」の画像検索結果
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あらためて、「3.11の東日本大震災」に言及します。永年にわたり「日英語トップサイトに」掲載しているヨシダのオフィスで写した写真がありますが、この写真を写して間もない頃に「3.11の東日本大震災」が発生したのです。グローブ社の技術者が来て、インタネット・ケーブルの差し替え工事をしていた時のことです★突然に停電になりました。実に稀有な出来事でした。近所の人たちが野外に出て、??て常態だったのが印象。と、その直前までにつけっ放しテレビはCNN。なんと、母国での大震災の模様の報道に転じていました!異様な雰囲気!即座にNHKワールドにスイッチを転じると、なんと、ノンビリとなにやら文化教室みたいな録画放映。思わず、「NHK!何してる!大災害なのに!」と呟きました。しばらくして、ようやくに画面が災害報道に転じたものでした。・・・と、この出来事が現在に至る在比ヨシダの「母国東日本大震災」の現在に至る強烈な印象です。(20:00)

           私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ            本コラムは2010年11月30日に新設したコラムでしたが、その存在に編集者自身がど忘れしていました。継続していきたいと考えていますが、当時より多忙を極める現在の編集者・ヨシダですので、追記は滅多にできない状態ですが、本欄に常設することにしました。(2018年1月26日記)

          「末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけま すが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

    財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じで、こんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。なお、蛇足の弁ですが、最終自分史執筆を頭に入れた「人生第五毛作」としての言わば人生総仕上げみたいなものとして「人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!」の執筆完成を期している次第です。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

 (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  
 
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                           (白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より)         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して、好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真記事はヨシダの記事が同誌に多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
  http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
  「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果 関連画像 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス!クリックすると、その全文ラヴ・ストーリー(?)がご覧いただけますよ。笑)    
(追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できることを誇りであり名誉と受けとめています。それは離日前までの9年間の経営コンサルタント顧問契約締結の栄に浴した創業100年に近い東京新橋の老舗運送会社のことです。全国に数十箇所の営業所を有する企業でして、私はそれらを巡回してレクチャーして回ったものですが、数百人社員すべてに拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」を配布されました。著者の下手なサイン入りのものでして、離日後も現在に至って、毎期の新入社員(総合職員)に対しては同書を読んだ感想文を会社指示フォームに従って書いて会社に提出される仕組み。そのレポートが現在にしても著者ヨシダの手元にEメールで送付され、その行間を割っての著者感想意見等を書き込んでリターンするという仕組みを継続して現在に至ることです。破格の名誉と受けとめて毎期のレポートを楽しみにしているものです。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、10年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが86歳超のヨシダですこの格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

  なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンガ主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアでもあります(笑)。   
     「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
            では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
                                      
                 (620.83KB)                 2018年 3月11日(日)   
            “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                      
吉田祐起
                             
  (満86歳4ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローザ市在住)
                 yoshidayuuki@rocketmail.com  
            URL(日本語版):http://www.abombsurvivor.com/index_japanese.html
                              URL(英語版):http://www.abombsurvivor.com
        

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