このド素人的ホームページは昭和ひと桁族・満86歳超の吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」で、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめても、と自我自賛しています(笑)。
(2018年1月1日記)
         

  「吉田祐起」の画像検索結果
   吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満86歳2か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパン・タイムズ紙「Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'にどか~んと掲載されたものです。写真中央は2014年9月11日のパスポート更新の際に写したもの。右の写真は2017年10月21日に写した「ステテコ&半そで」の年中姿でデスクに向かう満86歳一週間前のものです。
               コンテンツ(順不同)
拙著・執筆実績(目次)
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
専門業界誌(紙)寄稿論文記録
一般出版物寄稿エッセイ
SAM NEWS誌寄稿エッセイ
ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
特ダネ情報(No.1-No.82)
フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!
"A-bomb and Me"(原爆と私)
原爆生存者としての各種証言論文等
・「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
・「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
・「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著
グーグルから拾った「今日のできごと」
ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
インタネット情報&ヨシダブログ
過去の日本語版トップサイト一覧表
グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像~ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い~ 

                   English               
           2018年1月27日(土)
       
          Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」 とか、ファイル数にしたら227千余編にもなるんだゾ~!っと、ヘンなところで自負しています(笑)。
        過去の日本語版トップサイト一覧表
     「
English top site records(End of the day)
「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant, Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところですが、現在では「人生第五毛作」を視野に入れています。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように
経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。
 これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは86歳超のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。
 
注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたのでご理解くだ さい。

          ウィキペディアから拾った1月27日のできごと
            (英語版きょうのできごと;January 27
               (過去のきょうのできごと一覧表)
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
   1「Bataille de Bouvines, Battle of Bouvines」の画像検索結果「france flag」の画像検索結果「Philippe II defeated」の画像検索結果「Bataille de Bouvines, Battle of Bouvines」の画像検索結果「defeated」の画像検索結果「1212 england flag」の画像検索結果      「イングランド王ジョン」の画像検索結果
   2「1549年- フランシスコ・ザビエル鹿児島沖に到達」の画像検索結果「1549 Francisco de Xavier  ship」の画像検索結果 「1549 Francisco de Xavier  ship anchared off kagoshima」の画像検索結果 「1549 Francisco de Xavier  ship」の画像検索結果「1549 Francisco de Xavier  anchared off kagoshima」の画像検索結果「1549 Francisco de Xavier  Kagosima map」の画像検索結果
   3 「太閤検地: 羽柴秀吉」の画像検索結果「太閤検地」の画像検索結果「太閤検地」の画像検索結果「太閤検地」の画像検索結果「太閤検地: 羽柴秀吉」の画像検索結果
   4 「1656 Baruch De Spinoza」の画像検索結果「1656 Baruch De Spinoza」の画像検索結果 「1656 Baruch De Spinoza」の画像検索結果    関連画像
   5「Battle of Ushant」の画像検索結果「Battle of Ushant」の画像検索結果「Battle of Ushant map」の画像検索結果「vs」の画像検索結果 「neither nor」の画像検索結果
   6「1789, us depertment of states」の画像検索結果「1789, us depertment of states」の画像検索結果「アメリカ合衆国国務省」の画像検索結果「department of state」の画像検索結果「the justice department of the united states」の画像検索結果
  10「welsh flag」の画像検索結果「wales」の画像検索結果    関連画像「1865, welsh immigrants reached argentina」の画像検索結果「1865, welsh immigrants reached argentina」の画像検索結果「1865, welsh immigrants reached argentina」の画像検索結果
      「1865, welsh immigrants reached argentina」の画像検索結果   「1865, welsh immigrants reached argentina」の画像検索結果    関連画像        関連画像
   11「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果    「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果 「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果
  12  「Vincent Willem van Gogh killed himself 」の画像検索結果   「Vincent Willem van Gogh killed himself 」の画像検索結果「Vincent Willem van Gogh killed himself 」の画像検索結果「Vincent Willem van Gogh killed himself 」の画像検索結果     「Vincent Willem van Gogh killed himself 」の画像検索結果
  17「Japan and the United States, Commerce and Navigation Treaty」の画像検索結果 「1858」の画像検索結果    「Japan and the United States, Commerce and Navigation Treaty」の画像検索結果  「日米通商航海条約 破棄」の画像検索結果  「1939」の画像検索結果「cancellation」の画像検索結果
    「by」の画像検索結果  「Franklin Delano Roosevelt with flag in 1939」の画像検索結果「日米通商航海条約 破棄」の画像検索結果「after」の画像検索結果「after 6-month word」の画像検索結果「lapse word」の画像検索結果
   19 「1949 de Havilland Comet」の画像検索結果「1949 de Havilland Comet」の画像検索結果  「1949 de Havilland Comet」の画像検索結果    「1949 de Havilland Comet」の画像検索結果
    27「1972年 - アメリカの有人月宇宙船アポロ16号が地球に帰還。」の画像検索結果「1972年 - アメリカの有人月宇宙船アポロ16号が地球に帰還。」の画像検索結果「1972年 - アメリカの有人月宇宙船アポロ16号が地球に帰還。」の画像検索結果    「1972 apolo 16 returned earth」の画像検索結果  「1972 apolo 16 returned earth」の画像検索結果
     「1972 apollo 16 returned earth」の画像検索結果「1972 apolo 16 returned earth」の画像検索結果関連画像7 「apollo 16 returned earth」の画像検索結果  「apollo 16 returned earth」の画像検索結果
   33「1992年 - バルセロナオリンピック大会の水泳女子200m平泳ぎで中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得。日本人史上最年少の金メダル。」の画像検索結果「1992年 - バルセロナオリンピック大会の水泳女子200m平泳ぎで中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得。日本人史上最年少の金メダル。」の画像検索結果「1992年 - バルセロナオリンピック大会の水泳女子200m平泳ぎで中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得。日本人史上最年少の金メダル。」の画像検索結果  「1992年 - バルセロナオリンピック大会岩崎恭子表彰台」の画像検索結果「1992年 - バルセロナオリンピック大会岩崎恭子表彰台」の画像検索結果「1992年 - バルセロナオリンピック大会の水泳女子200m平泳ぎで中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得。日本人史上最年少の金メダル。」の画像検索結果
(1)1214年 - ブーヴィーヌの戦い。フランス王フィリップ2世がイングランド王ジョンを破る。
(2)1549年天文18年7月3日) - フランシスコ・ザビエルの船が鹿児島沖に到達し錨を降ろす。8月15日(旧暦7月22日)に上陸。
(3)1582年天正10年7月8日) - 太閤検地: 羽柴秀吉が近江で初めて検地を行う。
(4)1656年 - バールーフ・デ・スピノザが破門される。
(5)1778年 - アメリカ独立戦争: ウェサン島の海戦
(6)1789年 - アメリカ合衆国国務省の前身であるアメリカ合衆国外務省が設立される。アメリカ合衆国憲法下における初の連邦機関。
(7)1794年フランス革命暦II年テルミドール9日) - フランス革命: テルミドールのクーデター
(8)1830年 - フランス7月革命勃発。
(9)1846年(弘化3年6月5日) - 浦賀奉行が通商拒否・退去通告。
(10)1865年 - ウェールズ人入植者 (en:Welsh Argentine) がアルゼンチンチュブ州に到着。
(11)1866年 - 大西洋横断電信ケーブルの敷設作業が完了。
(12)1890年 - オランダの画家・ゴッホがピストルで自殺。2日後に病院で死亡。
(13)1916年 - 横浜港に入港した布哇丸の乗客がコレラを発症。日本全国に広まり、この年だけで約7500人の死者を出す。
(14)1924年 - 5月4日から行われていたパリオリンピックが閉幕。
(15)1930年 - 中国で紅軍長沙を占領。長沙ソビエト政権樹立。
(16)1932年 - 文部省が、世界恐慌や前年の北日本の凶作の影響により、農漁村の欠食児童が20万人を超えると発表。
(17)1939年 - アメリカ合衆国が日米通商航海条約の破棄を通告。半年後の1940年1月26日に失効。
(18)1945年 - 労働党党首クレメント・アトリーイギリスの首相に就任。
(19)1949年 - 世界初のジェット旅客機デ・ハビランド DH.106 コメットが初飛行。
(20)1950年 - 広島県深江沖で漁網にかかった機雷が爆発。死者行方不明46人。
(21)1953年 - 朝鮮戦争: 板門店休戦協定が調印され、現在の軍事境界線が設定される。
(22)1953年 - 東京新橋バー『メッカ』から天井裏から落ちてきた血を切っ掛けとして、証券ブローカーの刺殺体を発見(バー・メッカ殺人事件)。
(23)1955年 - オーストリア連合国による占領が終了し、主権を回復。永世中立宣言はこの年の10月26日
(24)1965年 - 第二次大戦後初の日本からのサハリン墓参団が出発。
(25)1970年 - 東京都光化学スモッグ注意報・警報の発令体制が開始。
(26)1972年 - F-15戦闘機(イーグル)が初飛行。
(27)1972年 - アメリカの有人月宇宙船アポロ16号が地球に帰還。
(28)1974年 - ウォーターゲート事件: 米下院司法委員会リチャード・ニクソン大統領の司法妨害に対する第1の弾劾を可決。
(29)1976年 - ロッキード事件: 田中角栄前首相(当時)が逮捕される。
(30)1989年 - 大韓航空機墜落事故大韓航空機がリビアトリポリ空港の手前の住宅地に墜落。乗員乗客199名のうち74名と地元住民6名が死亡。
(31)1990年 - ベラルーシソビエト連邦からの独立を宣言。1991年承認される。
(32)1990年 - ソビエト連邦ミハイル・ゴルバチョフ大統領が訪ソ中の池田大作創価学会名誉会長と会談。1991年春に訪日する意向を表明した[1][2]
(33)1992年 - バルセロナオリンピック大会の水泳女子200m平泳ぎで中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得。日本人史上最年少の金メダル。
(34)1994年 - マイクロソフトWindows NT 3.1を発売。
(35)1995年 - 九州自動車道が全線開通。青森 - 鹿児島宮崎間が高速道路によって結ばれる。
(36)1996年 - アトランタオリンピック開催中のアトランタのオリンピック公園で爆破事件 (en:Centennial Olympic Park bombing) が発生し、2名死亡、111名負傷。
(37)2001年 - ディズニーリゾートラインが開業。
(38)2002年 - リヴィウ航空ショー墜落事故
(39)2012年 - ロンドンオリンピックが開幕。8月12日まで。
(40)2013年 - 隅田川花火大会が、雷雨の影響で史上初の中止に。        
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             編集者のダイアリー・コーナー
            2018年1月27日(土)
                                                               (2017年1月27日(金)  
本欄日付の2段構えのウェブサイト編集で新しい試みとする意図は「1年前の同じ月日のウェブサイトのリンク」を上掲のようにあしらって、自他共に自覚しつつ、「反省を踏まえた前進!一歩下がって、二歩前進!」を心掛ける次第です。
1月27日のできごと」で特に関心を強くするのは「(17)1939年 - アメリカ合衆国が日米通商航海条約の破棄を通告。半年後の1940年1月26日に失効」です。ヨシダが小学校入学した頃のことです。当時のわが家はハワイ生まれのお袋が経営していた広島市で随一と言われたクラシック音楽喫茶で店名は「ベニヤ」でした。親父は広島市で初めて個人タクシーを経営していて広島市役所の市長専用車みたいに贔屓してもらっていたのを歴代の市長の薦めもあって、事業を辞めて市長専用車運転手公務員として勤務していた時代★そのお袋がそ~とボクの耳に言った言葉が現在に至って鮮明です。「祐起よ~、大きな声じゃあ言われんけど、アメリカのルーズベル大統領は偉いんじゃあ。小児麻痺(当時はポリオとは呼びませんでした)に罹る人間は偉くなるんじゃ・・・」と。自己暗示にかけたボクでした(笑)★1939年のこの「できごと」に接して思うことは、当時の日本は軍国主義をもって海外進出に躍起だったと想像します。そのことへのアメリカの危惧が招来したのがこのできごと(日米通称公開条約破棄)に通じたのだろうな・・・と歴史勉学に疎いヨシダの想像です。大東亜戦争勃発への前哨戦でもあったと想像します。
日本経済が労働者不足でむしろ「黄金時代」を迎える理由」(DIAMONDonline:2018.1.26.塚崎公義:久留米大学商学部教授)は経営者時代を60余年貫いたヨシダにとっては興味ある記事です。「中見出し」は、■年が明けて以降も、景気は確実に回復・拡大、■バブル崩壊後の長期不振の主因は日本人の勤勉と倹約、■少子高齢化による労働力不足でバブル崩壊後の諸問題が解決へ、■「省力化投資」も活発化し日本企業の生産性が向上、■労働力不足と言わず、「仕事潤沢」と呼ぶべき・・・と続きます★・・・と、末尾の「中見出し」を瞬間、太文字にしたものですが、瞬間に流石は経営者体験者だ、とニンマリです。「末尾の言葉」が、「・・・そうした事態を招かないためにも、「労働力不足」を「仕事潤沢」と呼び換えて、これは望ましいことなのだと印象づける必要がある。日本経済の黄金時代を、日本人自身の誤った選択で壊してしまわないために」がそれです★産業ロボットの著しい進化がそれを裏付けます。機械的な動作の産業ロボットから対人的なサービス分野までのロボット化がそれですネ。外国人労働者で労働力不足を補うのでなく、ロボット化ですれば支払い労賃が産業ロボット化投資にシフトして更ななる需要を呼ぶというシナリオですね。(添付画像=6枚)(4:00)
   「日本経済が労働者不足でむしろ「黄金時代」を迎える理由」の画像検索結果「日本経済が労働者不足でむしろ「黄金時代」を迎える理由」の画像検索結果  「日の出」の画像検索結果   
    「writer」の画像検索結果 「塚崎公義:久留米大学商学部教授」の画像検索結果「塚崎公義:久留米大学商学部教授」の画像検索結果
「無人化」を目指すトラック隊列走行の現実味 人材難の物流業界は期待と安全面の懸念交錯」(東洋経済ONLINE)2018.1.27.高見 和也 : 東洋経済 記者)はヨシダにとって昔とった杵柄みたいな分野。ひとまず、「中見出し」だけを列記します。■狙いは物流業界の人手不足解消、早ければ2022年に後続車が無人の隊列走行を目指す、後続車は無人でもレベル2相当、物流業界からは安全性に懸念の声も・・・と続きます★・・・と、この記事が予言することに関連したヨシダの業界紙記事(物流Weekly:平成21年1月1日号:木曜日)で広告なしの全ページ面ぶち抜きの派手な記事があります。離日直前の業界紙最後の寄稿記事は現在にして興味深いものがありますので、その一部を本記事と関連させて原文どおり以下に再現します★「・・・末尾に、わが国トラック運送業界労使の皆さまにエールを送ります。労働集約型企業の本業界労使に一抹の活路を見出す言葉に接しました。米連邦準備理事会(FRB)元副議長のアラン・ブラインダーの弁「二十五年後には平均的なコンピュータープログラマーと大工のどちらが稼げるか?それは恐らく大工だ」と。平凡なホワイトカラーの仕事は世界のどこかで代替されてしまうのだと指摘しているのです。大工とドライバーとではエライ違いと、考えないでください。2025年には、産業ロボットが三百五十二万分の労働力をカバーする時代が到来すると経産省団体が示唆していますい。トラックドライバーのロボット化はあり得ないと考えて良いでしょう。人間が生活し経済活動を続ける限り、物流は絶えません。まともなドライバーにとって、失業は無縁です・・・」と★ちなみに、同紙元旦号へのヨシダ寄稿記事は毎回、全面ぶち抜きだったのが思い出です。同紙の姉妹業界誌(物流LOGISTICS)への拙著寄稿記事は(も)圧巻でして、コピーしてウェブサイトへ掲載するには些か大変な仕事になるとして断念してきたものです★くだんのこの新聞記事の一部に、些か肩を竦めざるを得ない記述があるのですが、当時のヨシダは異国への終身移住を決める縁を得たフィリピン人女性の言うことを全面的に信頼して書いたことから、後日になって些か肩を竦める気分があるのですが、クリックすると全文が読める程度のコピーを添付します。「大量の吉田祐起在日中業界紙(誌)寄稿論文の内の最後の1ページ(枚)」をクリックするとご覧いただけます。当該箇所はフィリピン移住決心を招来した在日英語教師フィリピン女性から知らされた内容のままでして些か気がひけるのを禁じ得ない内容でもあるのです。知らされた通りの記述で針小棒大の一部記述になっている箇所を恥じ入りつつ、です(苦笑い)★ちなみに、くだんの発言の主「米連邦準備理事会(FRB)元副議長のアラン・ブラインダー氏(当時)」を検索するに、「 アラン・ブラインダー(Alan Stuart Blinder、1945年10月14日 - )は、ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区生まれのアメリカの経済学者。プリンストン大学教授(the Gordon S. Rentschler Memorial Professor of Economics and Public Affairs in the Enonomics Department)、同大学経済政策研究センター長。専門は金融論、マクロ経済学。ニューケインジアンに属していると言われている(ウィキペディア)」とあります。同氏関連画像を添付して当時の偲びます。(添付画像=6枚)(11:30)
       「Alan Stuart Blinder」の画像検索結果「Alan Stuart Blinder」の画像検索結果「Alan Stuart Blinder」の画像検索結果
     「Alan Stuart Blinder」の画像検索結果     「Alan Stuart Blinder」の画像検索結果  「Princeton University」の画像検索結果


          末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけま すが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

    財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じで、こんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)
   
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                         (白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より)         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して、好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真記事はヨシダの記事が同誌に多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に私の写真に並べて添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
    http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
     「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス!クリックすると、その全文ラヴ・ストーリー(?)がご覧いただけますよ。)    
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。と、そんなことから下記の一連の関連画像を添付しました。
   「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果 
(追記)
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも間接的に提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。離日前9年間に及んだ東京新橋のクライアントさんの新入社員総合職に対するユニークなお手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「読者感想文&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、9年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが86歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

  なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンガ主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアでもあります(笑)。   
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                2018年1月27日(土)   
            “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                      
吉田祐起
                    
(満86歳2ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローザ市在住)
                 yoshidayuuki@rocketmail.com  
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