このド素人的ホームページは昭和ひと桁族・満86歳超の吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」で、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめても、と自我自賛しています(笑)。
(2018年1月1日記)
         

  「吉田祐起」の画像検索結果
   吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満86歳2か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパン・タイムズ紙「Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'にどか~んと掲載されたものです。写真中央は2014年9月11日のパスポート更新の際に写したもの。右の写真は2017年10月21日に写した「ステテコ&半そで」の年中姿でデスクに向かう満86歳一週間前のものです。
               コンテンツ(順不同)
拙著・執筆実績(目次)
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
専門業界誌(紙)寄稿論文記録
一般出版物寄稿エッセイ
SAM NEWS誌寄稿エッセイ
ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
特ダネ情報(No.1-No.82)
フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!
"A-bomb and Me"(原爆と私)
原爆生存者としての各種証言論文等
・「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
・「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
・「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著
グーグルから拾った「今日のできごと」
ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
インタネット情報&ヨシダブログ
過去の日本語版トップサイト一覧表
グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像~ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い~ 

                   English               
           2018年1月18日(木)
       
          Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」 とか、ファイル数にしたら227千余編にもなるんだゾ~!っと、ヘンなところで自負しています(笑)。
        過去の日本語版トップサイト一覧表
     「
English top site records(End of the day)
「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant, Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところですが、現在では「人生第五毛作」を視野に入れています。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように
経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。
 これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは86歳超のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。
 
注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたのでご理解くだ さい。

          ウィキペディアから拾った1月18日のできごと
            (英語版きょうのできごと;January 18
               (過去のきょうのできごと一覧表)
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
(748.24KBs/37.4 KB/line)
     1 「Flavius Magnus Magnentius,」の画像検索結果 「Flavius Magnus Magnentius,」の画像検索結果「murdered」の画像検索結果「ローマ皇帝コンスタンス1世」の画像検索結果「ローマ皇帝コンスタンス1世」の画像検索結果 「captured」の画像検索結果 「ローマ皇帝王冠」の画像検索結果
      3「ランカスター家のイングランド王ヘンリー7世」の画像検索結果「ランカスター家」の画像検索結果「ランカスター家のイングランド王ヘンリー7世」の画像検索結果「word married」の画像検索結果 「ヨーク家のエリザベス」の画像検索結果 「ランカスター家」の画像検索結果「ヨーク家のエリザベス」の画像検索結果「family unification」の画像検索結果
      4   「天正地震」の画像検索結果「天正地震」の画像検索結果「天正地震」の画像検索結果「帰雲城」の画像検索結果「帰雲城」の画像検索結果
      関連画像   関連画像  関連画像「帰雲城」の画像検索結果「帰雲城」の画像検索結果
      6「ウクライナのペレヤースラウ」の画像検索結果「Переяславська рада」の画像検索結果  「Переяславська рада」の画像検索結果「result」の画像検索結果   
     「subordination」の画像検索結果    「from」の画像検索結果「ポーランド」の画像検索結果「ポーランド」の画像検索結果     「to」の画像検索結果     「russia」の画像検索結果
       7「1701年 - フリードリヒ1世」の画像検索結果  「König in Preußen」の画像検索結果「the first」の画像検索結果「König in Preußen flag」の画像検索結果
   8   「1778 James Cook first landed hawaii」の画像検索結果      「1778 James Cook first landed hawaii」の画像検索結果「1778 James Cook first landed hawaii」の画像検索結果「1778 James Cook first landed hawaii」の画像検索結果
        「1778 James Cook first landed hawaii」の画像検索結果 「1778 James Cook first landed hawaii」の画像検索結果「1778 James Cook first landed hawaii」の画像検索結果
     9 「プロイセン王ヴィルヘルム1世」の画像検索結果  「1701年 - フリードリヒ1世」の画像検索結果「in」の画像検索結果「ヴェルサイユ宮殿」の画像検索結果 「crowned」の画像検索結果「the first」の画像検索結果「Deutscher Kaiser」の画像検索結果
       10「幸徳秋水」の画像検索結果「word bombed」の画像検索結果「明治天皇」の画像検索結果 「幸徳事件(大逆事件)」の画像検索結果 「幸徳秋水」の画像検索結果
     「大逆事件」の画像検索結果 「大逆事件」の画像検索結果「大逆事件」の画像検索結果「大逆事件」の画像検索結果
  12 「1919 Paris Peace Conference」の画像検索結果「1919 Paris Peace Conference」の画像検索結果「1919 Paris Peace Conference」の画像検索結果「1919 Paris Peace Conference」の画像検索結果
  13  「1924年 - 東京市で市営バス(現在の都営バス)が運行開始。」の画像検索結果  「1924年 - 東京市で市営バス(現在の都営バス)が運行開始。」の画像検索結果「1924年 - 東京市で市営バス(現在の都営バス)が運行開始。」の画像検索結果  関連画像
   15      「1943 Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果「1943 Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果「1943 Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果
  17「1946年 - 名古屋の雑貨商・熊沢寛道が、南朝方の子孫だと名乗りを上げる(熊沢天皇)」の画像検索結果関連画像関連画像「1946年 - 熊沢寛道(熊沢天皇)」の画像検索結果https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcSrZDwBPiQBeCzBdNKwDD4b1_ySlcXg8vNYBPtPiZUNXuV9OKF-qw
  19  「1952年 - 韓国の李承晩大統領が李承晩ラインを宣言。」の画像検索結果   「1952年 - 韓国の李承晩大統領が李承晩ラインを宣言。」の画像検索結果 「1952年 - 韓国の李承晩大統領が李承晩ラインを宣言。」の画像検索結果 「1952年 - 韓国の李承晩大統領が李承晩ラインを宣言。」の画像検索結果
   25   「沖縄国際海洋博覧会」の画像検索結果          「沖縄国際海洋博覧会」の画像検索結果 「沖縄国際海洋博覧会」の画像検索結果  「sold」の画像検索結果「沖縄国際海洋博覧会」の画像検索結果
   26「1977 Granville railway disaster」の画像検索結果「1977 Granville railway disaster」の画像検索結果「1977 Granville railway disaster」の画像検索結果  「1977 Granville railway disaster」の画像検索結果    「1977 Granville railway disaster」の画像検索結果
       (最下段1列の画像は編集許容量の都合で削除しています。)
(1)350年 - マグネンティウスローマ皇帝コンスタンス1世を殺害し自ら帝位に就く。
(2)1020年寛仁3年12月21日) - 藤原頼通関白に就任する。
(3)1486年 - ランカスター家のイングランド王ヘンリー7世ヨーク家エリザベスと結婚し、薔薇戦争で対立していたランカスター家とヨーク家を統一。
(4)1586年天正13年11月29日) - 天正地震飛騨国帰雲城が埋没するなど日本中部で被害甚大。
(5)1615年慶長19年12月19日) - 大坂冬の陣で和議が成立する。
(6)1654年 - ウクライナペラヤースラウ会議が行われ、結果ウクライナはロシアの保護下に入る。
(7)1701年 - フリードリヒ1世が初代「プロイセンの王」に即位。
(8)1778年 - ジェームズ・クックがヨーロッパ人で初めてハワイ諸島に到達。
(9)1871年 - ヴェルサイユ宮殿においてプロイセン王ヴィルヘルム1世がドイツ皇帝に即位、ドイツ帝国が成立する。
(10)1911年 - 幸徳事件大逆事件)で幸徳秋水ら24名に死刑、2名に有期刑の判決が下される。
(11)1915年 - 日本が対華21ヶ条要求を発する。
(12)1919年 - 第一次世界大戦後処理のパリ講和会議が始まる。
(13)1924年 - 東京市で市営バス(現在の都営バス)が運行開始。
(14)1937年 - 独海軍練習艦エムデン号が横浜港に入港。
(15)1943年 - ワルシャワ・ゲットー蜂起: ワルシャワ・ゲットーでユダヤ人のドイツ軍に対する最初の武装反乱が発生。
(16)1944年 - 第二次世界大戦独ソ戦: レニングラードのドイツ軍の包囲をソ連軍が解除し、レニングラード包囲戦が終結。
(17)1946年 - 名古屋の雑貨商・熊沢寛道が、南朝方の子孫だと名乗りを上げる(熊沢天皇)。
(18)1947年 - 全官公庁労組拡大共闘委員会が2月1日午前零時から無期限スト(二・一ゼネスト)に突入すると宣言。
(19)1952年 - 韓国の李承晩大統領が李承晩ラインを宣言。
(20)1954年 - プロ野球・名古屋ドラゴンズの経営から名古屋鉄道が撤退。中部日本新聞社の単独経営となり3年ぶりに「中日ドラゴンズ」の名称に戻す。
(21)1956年 - 銀座弁護士妻子殺人事件
(22)1969年 - 東大安田講堂事件: 東大・安田講堂を占拠した学生を排除するため警視庁機動隊が出動。翌日封鎖を解除。
(23)1969年 - 神田カルチェ・ラタン闘争東大紛争を支援するとして神田駿河台近辺の大学生らが明大通り一帯をバリケード封鎖。
(24)1971年 - 運輸省東北上越成田新幹線基本計画を告示。
(25)1976年 - 前年7月20日から沖縄で開かれていた沖縄国際海洋博覧会が閉幕。総入場者数は約349万人。
(26)1977年 - グランヴィル鉄道事故が発生、死者83名、重軽傷者210名以上の大惨事に。
(27)1984年 - 福岡県三井三池鉱業所の有明鉱坑内で火災が発生(三井有明鉱火災事故)。一酸化炭素中毒で83人死亡。
(28)1990年 - 長崎市長銃撃事件
(29)2002年 - シエラレオネ内戦が終結。
(30)2006年 - 前日のライブドア・ショックにより株式市場全体に売り注文が殺到し、東京証券取引所の全銘柄が取引停止に。
(31)2012年 - Stop Online Piracy Actの抗議活動のため、英語版ウィキペディアのサービスを24時間停止。
(32)2015年 - 前年に辞任した海江田万里前代表の後任を決める民主党の代表選挙が行われ、岡田克也代表代行が細野豪志元幹事長と長妻昭元厚生労働相を退け、新代表に選出された。なお、岡田が民主党の代表になるのは2回目。(748.24KBs/37.4 KB/line)

             編集者のダイアリー・コーナー
            2018年1月18日(木)
             (2017年1月18日(水)   
ウェブサイト編集で新しい試みとすることは「1年前の同じ月日のウェブサイトのリンク」を以下に張って自他共に自覚しつつ、「反省を踏まえた前進!一歩下がって、二歩前進!」を心掛ける次第です。
1月18日のできごと」で特に関心を強くするのは「(17)1946年 - 名古屋の雑貨商・熊沢寛道が、南朝方の子孫だと名乗りを上げる(熊沢天皇)」です。1946年と言えば終戦翌年の混乱期。ヨシダが14歳の時。子供心に記憶することは新聞に出た写真の見覚え程度。その写真は当該できごとの中にあるのが強烈です。当時のヨシダはポリオのために自身の日々の行動に支障をきたしていただけに、勉強には疎かったからか、天皇家の南北朝問題にはまったく認識を持っていませんでしたので、「へ~・・・天皇家さまにそんな歴史があったんか・・・」ってな程度。戦時中だったら問答無用・・・ってなことで熊沢家さまも口をつむんで居られたのだろうな・・・って程度でした★この「南北朝問題」も現在にして「きょうのできごと編集」で理解するようになったもので、お恥ずかしい限りではあるのを承知の上のこのブログです。
・・・と、恐るおそるのことですが、この南北朝問題の発祥とも言えるのが後醍醐天皇。ウィキペディア曰く、「・・・また両朝の並立はひとえに後醍醐天皇の皇位に対する執念が生み出したものであることから、彼を中心に歴史が動いた南北朝時代の序章とでもいうべき1331年(元弘元年)の元弘の乱から建武新政の終焉に至る5年間もまたこの時代に含めるのが一般的である・・・(ウィキペデアイ)。
ほかでもありません、ハワイ生まれで明治、大正、昭和を生き抜き、21世紀の到来を見届けたかのように2001年1月3日に102歳で他界したお袋の口癖は、「吉田家には300年の家系図があったんじゃ。火事で消滅したんじゃが、それを目当てにお前たちの祖祖母が吉田家に嫁いできたんじゃ・・・先祖をず~っと遡ると桓武天皇に辿りつくんじゃ・・・」と(笑)と。ちなみに、戦後に子供心の記憶ですが、「吉田君のお父さんの容貌は古武士みたい・・・」と。生まれ出るのが遅かったから、吉田本家が養子をとって吉田家本家を相続。その後で生まれたのがお父さんだったことから分家したんじゃ・・・がお袋の口癖でした★さらに蛇足のブログで恐縮ですが、その本家も明治維新後に家人たちに対する退職金支払いのために、家屋敷等を売却してそれにあてがったから本家も貧乏したんじゃ・・・とか★と、ウソかマコトかは別にして満更、悪い気は抱きません。むしろ、ヨシダが心の片隅に抱き続けているささやかな自負心ではあるでしょう★・・・と、親父のことで自慢的ブログになりますが、ついでのことでもうひとつ。被爆間もない頃のこと。長姉・初枝姉の旦那が経営していた製材所の助っ人で親父が勤務中に労災死。担ぎ込まれたのが日赤広島病院。当時の日赤広島病院長・重藤文雄さんのこと。吉田家の親戚筋でした。子供時代で詳細は知り得なかったことですが、不自由な足を引きずって病室に入ったら、父ちゃんが拳骨で壁をゴツン、ごつん、と叩いていました。後からの子供心の想像ですが、「残念だ、ざんねんだ!この小児麻痺の子を置き去りにして死ぬなんて・・・」だったのだと想像するのです。父ちゃんのそれは悔しさだっと後年、気付かされたものでした。それにはこんな事実があったのです★お袋から後年知らされたことですが、生活力旺盛な父ちゃんの口癖は「・・・どうやら、ワシがこの子の生涯面倒視をしてやらねばなるまいて・・・」だったとか。事故急死でそれが叶わないことを自覚しての「悔しさ」だったんだな、壁をゴッツン、ゴッツンと叩いていたのは・・・」と★ちなみに、易者という易者の全てが父ちゃんの手相を観て言っていたそうです。「この人は100歳以上を必ず生きる」と。♪人生~って、不思議なものですよね~♪★取り残された若い未亡人の母ちゃんを一度も働かすことなく、かつまた、三歳下の弟を一年間の浪人生活を認めかつ、県外大学進学で学費から旅費・下宿費、多読趣味の書籍購入等々すべてを「気前のイイ兄貴・ユウキ」の負担でやり通したこと!★その兄貴への恩返しに後年、彼が口にしていた「・・・兄ちゃんには世話になった。僕は女房を質に入れてでも兄ちゃんの生涯ケアをする!」と。その彼は後年、病を得てさっさと他界しました。♪人生~って不思議なものですよね~♪ですよね~(笑)★肝心の吉田家親戚の重藤文雄おじさんのこと!なにせ、ひと昔のこと。写真を探索するのに随分と時間をかけてやっとゲットしたものです。下段の4枚がそれですが、「きょうのできごと」編集でなじみのグーグル検索でも困難を極めましたが、貴重な写真になるでしょう★・・・随分と長~いブログになりましたが、自身の人生ひとコマに値するものとして大切にする1ページ足り得ると心得ます★もうひとつ、重藤文夫さんに関するヨシダ幼年時代のこと。文夫さんのお母さんが時折、我が家を訪問されたのを子供心に記憶します。縁側に座ってのお袋と話す光景です。よく聴かされたことは、重藤のおじさんは「博士号取得までは晩酌はされなかった」ってこと。ヨシダの場合のそれは、「酔ったら足をとられるから晩酌はしない!」でした(笑)★でも、後年の経営者人生で「お客さん接待」の名で飲み屋街飲み歩きをよくしたものですが、一度の酔い潰れたとか、二日酔いは皆無でした!エッヘン!とは次元の低いことではありましたが・・・(笑)★長文の本コラムになりましたが、独断独りよがりの本コラムに免じてのご容赦のほど!乱文乱筆ならぬ、ミスプリはくれぐれもご容赦のほど!★追記」重藤おじさんのことをもうひとつ蛇足の弁で!1982年のこと。当時、縁あって(?)知り合っていた東広島市の未亡人とその方の友人で県会議員夫人との話のなかで出たのが「重藤文雄さんの葬儀」のこと。後者のご親戚でもあることから同氏のご葬儀が話題。エッとばかり、ヨシダも葬儀に参列したものです。人生の出会いって不思議なもんですよね~。 (添付画像=11枚)(17日20:30)
    関連画像「被爆直後の日赤広島病院」の画像検索結果 「広島被爆」の画像検索結果 「広島被爆」の画像検索結果「被爆直後の日赤広島病院」の画像検索結果「被爆直後の日赤広島病院」の画像検索結果関連画像
     「1945年の日赤広島病院重藤医院長」の画像検索結果関連画像「日赤広島病院元院長・重藤文夫」の画像検索結果「原爆病院院長 重藤文夫博士」の画像検索結果
・・・と、今朝早くに起きて直前のブログを見るに、なんともクドクドと記したことよ・・・と、些か呆れます。でもま、年寄り筆者の独り言、自作自演の場ってこととして「ま、いっか!」って気分で先に進むことにします。(4:50)
犬を飼う人は長生きする!「トイ」より「猟犬タイプ」がおすすめ」(DIAMONDonline)2018.1.18.井手ゆきえ [医学ライター])が目に留まります。ほかでもありません、此処常夏の国フィリピンではペットドッグ連れの人たちの姿が実に多いのです。ペット嗜好性の云々は貧富には無関係、国民性だということを強く痛感するのです。老若男女しかも、複数のペットを従えて・・・って姿です。手には必ず「ウンチ処理用の何か」を持って、です★筆者の弁はタイトル通りに「愛玩用でなく、猟犬タイプ」が健康にはイイと。ナヨナヨ型のペットより、きびきびした動きの猟犬タイプのほうが、健康にはイイ感じ。「以心伝心?」、精神医学的に?な~るほど!・・・デスね!・・・とすると、ペット型&猟犬型の2匹がベスト?(笑)★「末尾の言葉」は、「・・・ 犬文化が違い過ぎるヨーロッパ圏の調査結果が日本人に適当かは不明だが、今年は意識的に愛犬と運動する時間を増やしてみませんか。貴方と愛犬の健康のために」です。な~るほど・・・と、説得力バツグンですね★ちなみに、我が家のペットは愛玩用ですが、名称を知っていれば写真を添付できるのだが・・・ザンネン!(添付画像=5枚)(6:30)
    「犬を飼う人は長生きする!「トイ」より「猟犬タイプ」がおすすめ」の画像検索結果「猟犬」の画像検索結果「better than」の画像検索結果   「「トイ」vs「猟犬タイプ」」の画像検索結果「井手ゆきえ」の画像検索結果



          末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけま すが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

    財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じで、こんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉) 
   
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                         (白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より)         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して、好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真記事はヨシダの記事が同誌に多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に私の写真に並べて添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
    http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
     「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス!クリックすると、その全文ラヴ・ストーリー(?)がご覧いただけますよ。)    

 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。と、そんなことから下記の一連の関連画像を添付しました。
   「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果 
(追記)
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも間接的に提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。離日前9年間に及んだ東京新橋のクライアントさんの新入社員総合職に対するユニークなお手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「読者感想文&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、9年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが86歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

  なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンガ主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアでもあります(笑)。   
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               2018年1月18日(木)   
            “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                    
吉田祐起
                  
(満86歳2ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローザ市在住)
                 yoshidayuuki@rocketmail.com  
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