このド素人的ホームページは昭和ひと桁族・満86歳超の吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」で、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめても、と自我自賛しています(笑)。
(2018年1月1日記)
         

   「吉田祐起」の画像検索結果
   吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満86歳3か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパン・タイムズ紙「Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'にどか~んと掲載されたものです。写真中央は2014年9月11日のパスポート更新の際に写したもの。右の写真は2017年10月21日に写した「ステテコ&半そで」の年中姿でデスクに向かう満86歳一週間前のものです。
               コンテンツ(順不同)
拙著・執筆実績(目次)
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
専門業界誌(紙)寄稿論文記録
一般出版物寄稿エッセイ
SAM NEWS誌寄稿エッセイ
ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
特ダネ情報(No.1-No.82)
フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!
"A-bomb and Me"(原爆と私)
原爆生存者としての各種証言論文等
・「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
・「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
・「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著
グーグルから拾った「今日のできごと」
ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
インタネット情報&ヨシダブログ
過去の日本語版トップサイト一覧表
グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像~ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い~ 

                   English               
           2018年2月24日(土)
       
          Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 が証明します。
単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」 とは、他愛もない編集長の自負です(笑)。
        過去の日本語版トップサイト一覧表
     「
English top site records(End of the day)
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 上左の写真3枚はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant, Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の右端写真は米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところですが、現在では「人生第五毛作」を視野に入れています。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように
経営者マインドそのままの人生を演出中です。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。
 これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは86歳超のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。
 
注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたのでご理解くだ さい。

  

          ウィキペディアから拾った2月24日のできごと
            (英語版きょうのできごと;February 24
               (過去のきょうのできごと一覧表)
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
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    2  「Carlo III」の画像検索結果「Regno di Napoli logo 」の画像検索結果「1386 ナポリは何処?」の画像検索結果「1386 ハンガリー王章」の画像検索結果「1386 ハンガリー地図」の画像検索結果「killed word」の画像検索結果「by」の画像検索結果  「his」の画像検索結果   「mother word」の画像検索結果「mother of Carlos III」の画像検索結果
    4「1607, Claudio Giovanni Antonio Monteverdi first play」の画像検索結果「1607, Claudio Giovanni Antonio Monteverdi first play」の画像検索結果「1607, Claudio Giovanni Antonio Monteverdi first play」の画像検索結果  「1711年 - ヘンデル」の画像検索結果  「1607 マントヴァ」の画像検索結果
   5 「1711 Rinaldo by händel」の画像検索結果 「1711 Rinaldo by händel」の画像検索結果「1711 Rinaldo by händel」の画像検索結果  「1711 Rinaldo by händel」の画像検索結果     「1711 Rinaldo by händel」の画像検索結果「1711 Rinaldo by händel」の画像検索結果「1711 Rinaldo by händel」の画像検索結果
   7       関連画像「1848年 - 二月革命でフランス王ルイ・フィリップが退位。」の画像検索結果「Louis-Philippe retired」の画像検索結果「1848年 - 二月革命でフランス王ルイ・フィリップが退位。」の画像検索結果「retired word」の画像検索結果 「Révolution française de 1848」の画像検索結果
      10「1868, president andrew jackson impeached」の画像検索結果「1868, president andrew jackson impeached」の画像検索結果 「1868, president andrew jackson impeached」の画像検索結果「1868, president andrew jackson impeached」の画像検索結果「1868, president andrew jackson impeached」の画像検索結果
   14「1901年 - 奥村五百子らにより愛国婦人会が結成される。」の画像検索結果「1901年 - 奥村五百子らにより愛国婦人会が結成」の画像検索結果「愛国婦人会バッジ」の画像検索結果「1901年 - 奥村五百子らにより愛国婦人会が結成される。」の画像検索結果「1901年 - 奥村五百子らにより愛国婦人会が結成される。」の画像検索結果「1901愛国婦人会」の画像検索結果「1901愛国婦人会」の画像検索結果「1901年 - 奥村五百子らにより愛国婦人会が結成」の画像検索結果
    16   関連画像関連画像  「1905  Leopoldo Metlicovitz, Simplon Tunnels」の画像検索結果      関連画像「1905  Leopoldo Metlicovitz, Simplon Tunnels」の画像検索結果
  18「1917 american ambassador to england」の画像検索結果「ツィンメルマン電報」の画像検索結果「Her Majesty's Ambassador to the United States of America logo」の画像検索結果「Zimmermann-Depesche 1917」の画像検索結果「Zimmermann-Depesche 1917」の画像検索結果「ツィンメルマン電報」の画像検索結果「world war I」の画像検索結果
      21     「1933年 - 国際連盟総会で「満州を国際管理下に置くこと」を提案するリットン調査団の報告書を採択。日本全権大使・松岡洋右は連盟脱退を宣言し退場」の画像検索結果      「1933年 - 国際連盟総会で「満州を国際管理下に置くこと」を提案するリットン調査団の報告書を採択。日本全権大使・松岡洋右は連盟脱退を宣言し退場」の画像検索結果    「1933年 - 国際連盟総会で「満州を国際管理下に置くこと」を提案するリットン調査団の報告書を採択。日本全権大使・松岡洋右は連盟脱退を宣言し退場」の画像検索結果 「1933年 - 国際連盟総会で「満州を国際管理下に置くこと」を提案するリットン調査団の報告書を採択。日本全権大使・松岡洋右は連盟脱退を宣言し退場」の画像検索結果
   23        「1942, voa broadcast bigan」の画像検索結果   「1942, voa broadcast bigan」の画像検索結果「1942, voa broadcast bigan」の画像検索結果  「1942, voa broadcast bigan」の画像検索結果  「1942, voa broadcast bigan」の画像検索結果「1942, voa broadcast bigan」の画像検索結果
    24         「1942年 - 日本海軍の伊号第一七潜水艦がカリフォルニア州エルウッドの製油所を砲撃。」の画像検索結果 関連画像「1942年 - 日本海軍の伊号第一七潜水艦がカリフォルニア州エルウッドの製油所を砲撃。」の画像検索結果   関連画像
   35      「1972年 - 山陽新幹線・新神戸駅 - 相生駅間で行われた速度向上試験で当時の世界最高記録286km/hを達成。」の画像検索結果  関連画像 「1972年 - 山陽新幹線・新神戸駅 - 相生駅間で行われた速度向上試験で当時の世界最高記録286km/hを達成。」の画像検索結果 「1972年 - 山陽新幹線・新神戸駅 - 相生駅間で行われた速度向上試験で当時の世界最高記録286km/hを達成。」の画像検索結果                関連画像
  40「1989年 - 昭和天皇の大喪の礼。」の画像検索結果「1989年 - 昭和天皇の大喪の礼。」の画像検索結果「1989年 - 昭和天皇の大喪の礼。」の画像検索結果「1989年 - 昭和天皇の大喪の礼」の画像検索結果「1989年 - 昭和天皇の大喪の礼。」の画像検索結果
   42    関連画像   関連画像  関連画像「1991  「砂漠の剣作戦」」の画像検索結果「1991 湾岸戦争」の画像検索結果「1991 湾岸戦争」の画像検索結果
     43「2008年 - フィデル・カストロがキューバ国家評議会議長を辞任し、弟のラウル・カストロが後任に就任」の画像検索結果        「2008 castoro resigned followed by his brother」の画像検索結果       「2008 castoro resigned followed by his brother」の画像検索結果     関連画像「2008 castoro resigned followed by his brother」の画像検索結果
(1)1184年元暦元年1月11日) - 源義仲征夷大将軍に任じられる。
(2)1386年 - ナポリ王カルロ3世(ハンガリー王カーロイ2世)が暗殺される。
(3)1582年(グレゴリオ暦3月6日) - 教皇グレゴリウス13世による暦法改正の勅(グレゴリオ暦)が出される。
(4)1607年 - モンテヴェルディの最初のオペラ『オルフェオ英語版』がマントヴァで初演。
(5)1711年 - ヘンデルのオペラ『リナルド』がロンドンで初演。
(6)1803年 - マーベリー対マディソン事件連邦最高裁が「憲法に反する法令は無効」とする判決。連邦最高裁の違憲審査制が確立。
(7)1848年 - 二月革命でフランス王ルイ・フィリップが退位。
(8)1863年 - アメリカ合衆国のアリゾナ準州が発足。
(9)1867年 - ドイツ北部のプロイセン王国を中心とする北ドイツ連邦が成立。
(10)1868年 - アンドリュー・ジョンソン米大統領に対する弾劾案がアメリカ合衆国下院を通過。
(11)1873年 - 明治政府がキリシタン禁制の高札を取り除き、キリスト教を黙認。
(12)1881年 - ロシアイリ条約を締結。
(13)1898年 - 日本鉄道の機関士ら400人が同盟罷業し、上野駅 - 青森駅間が運休。日本初の鉄道スト
(14)1901年 - 奥村五百子らにより愛国婦人会が結成される。
(15)1904年 - 日露戦争: 第1回旅順港閉塞作戦
(16)1905年 - シンプロントンネルが完成。
(17)1906年 - 堺利彦らが日本社会党を結成。
(18)1917年 - 第一次世界大戦: アメリカの駐英大使が、イギリスが傍受したツィンメルマン電報を受け取る。
(19)1918年 - エストニアロシア・ソビエト連邦社会主義共和国からの独立を宣言。
(20)1920年 - ナチスが初の党大会を開催。
(21)1933年 - 国際連盟総会で「満州を国際管理下に置くこと」を提案するリットン調査団の報告書を採択。日本全権大使・松岡洋右は連盟脱退を宣言し退場。
(22)1933年 - 国鉄山陰本線が全通。
(23)1942年 - アメリカの外国向け放送VOA(ボイス・オブ・アメリカ)が放送を開始。
(24)1942年 - 日本海軍伊号第一七潜水艦カリフォルニア州エルウッドの製油所を砲撃。
(25)1947年 - 参議院議員選挙法公布。
(26)1949年 - イスラエルエジプトが休戦協定に調印。
(27)1952年 - 冷戦: アメリカと西欧10か国が戦略物資の対共産圏輸出禁止協定に調印。
(28)1957年 - スカンジナビア航空が、北極圏を経由して日本と北欧を結ぶ北回り航路を開設。
(29)1958年 - ラジオ東京テレビ(現在のTBSテレビ)で連続テレビドラマ『月光仮面』の放送開始。
(30)1958年 - 第二次南極観測隊が悪天候のため越冬を断念し、タロとジロら樺太犬15頭を置き去りにして撤退。
(31)1966年 - ガーナクワメ・エンクルマ大統領の外遊中に軍・警察がクーデター。大統領の解任を発表し政権を奪取。
(32)1968年 - ベトナム戦争: テト攻勢が終了。
(33)1970年 - アメリカの公共ラジオ局ナショナル・パブリック・ラジオが発足。
(34)1970年 - 大阪市営地下鉄御堂筋線新大阪駅 - 江坂駅北大阪急行電鉄・江坂駅 - 万国博中央口駅が開業。
(35)1972年 - 山陽新幹線新神戸駅 - 相生駅間で行われた速度向上試験で当時の世界最高記録286km/hを達成。
(36)1976年 - 東京地検がロッキード事件の強制捜査を開始。
(37)1976年 - キューバの新憲法が施行。
(38)1981年 - イギリス王室がチャールズ王太子ダイアナ・スペンサーの婚約を発表。
(39)1996年 - 欧州連合ローマ・カトリック教会において、最後の2月24日の閏日。次回の2000年からは2月29日が閏日となる。
(40)1989年 - 昭和天皇大喪の礼。163か国9,800人が参列。
(41)1989年 - ユナイテッド航空811便貨物ドア脱落事故
(42)1991年 - 湾岸戦争: 多国籍軍による大規模地上攻勢「砂漠の剣作戦」が発動。3日間でクウェートを奪還。
(43)2008年 - フィデル・カストロがキューバ国家評議会議長を辞任し、弟のラウル・カストロが後任に就任。(614.04KB/40.9KB/line)

                                   編集者のダイアリー・コーナー
            2018年2月24日(土)
2月24日のできごと」で特に関心を強くするのは、「(23)1942年 - アメリカの外国向け放送VOA(ボイス・オブ・アメリカ)が放送を開始」と(40)1989年 - 昭和天皇大喪の礼。163か国9,800人が参列」です。前者のVOAは現在の「英語版:きょうのできごと」で縁を深くしていますが、ラジオ時代は終戦後の英語熱華やかな時代にラジオ短波放送でよく耳にしたものです。男性アナウンサーでしたが、なんとも言えない重厚感のある魅力的な声音で楽しみにしていたものです★始めのくだりの台詞は"...This is the Voice of America for freedom and peace. We are broadcasting from Washington, the nation's capitol,  to the people of the Far East. Monday through Saturday we bring you the reports from the USA, a daily half hours of music, comments and special features.... で始まり、放送終了時のメッセージは、"...You've been listening to the Voice of America for freedom and peace. We have brought you the summery of the latest news and special features...  Bidding you "Good night from Washington!" と、現在に至って鮮明に記憶しています★後者の「昭和天皇崩御」は元号が「昭和から平成」になったことで特に印象深くすることがあります。明治にハワイで生まれ、大正から昭和を生き抜き、平成の到来を見届けかつ、21世紀の到来を確かめたかのように、平成元年1月3日に102歳の天寿を全うしたお袋のことを想起します。長男のユウキは昭和・平成・○○の3年号を生き抜くこと確実としていることから、天国のお袋には「母ちゃん!吉田家長男のユウキも3元号を生き抜きつつありまっせ!」と(笑) 。


           私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ            本コラムは2010年11月30日に新設したコラムでしたが、その存在に編集者自身がど忘れしていました。継続していきたいと考えていますが、当時より多忙を極める現在の編集者・ヨシダですので、追記は滅多にできない状態ですが、本欄に常設することにしました。(2018年1月26日記)

          「末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけま すが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

  財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じで、こんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。なお、蛇足の弁ですが、最終自分史執筆を頭に入れた「人生第五毛作」としての言わば人生総仕上げみたいなものとして「人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!」の執筆完成を期している次第です。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

 (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  
   
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                           (白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より)         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して、好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真記事はヨシダの記事が同誌に多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。

  http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
  「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果 「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス!クリックすると、その全文ラヴ・ストーリー(?)がご覧いただけますよ。笑)    
(追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できることを誇りであり名誉と受けとめています。それは離日前までの9年間の経営コンサルタント顧問契約締結の栄に浴した創業100年に近い東京新橋の老舗運送会社のことです。全国に数十箇所の営業所を有する企業でして、私はそれらを巡回してレクチャーして回ったものですが、数百人社員すべてに拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」を配布されました。著者の下手なサイン入りのものでして、離日後も現在に至って、毎期の新入社員(総合職員)に対しては同書を読んだ感想文を会社指示フォームに従って書いて会社に提出される仕組み。そのレポートが現在にしても著者ヨシダの手元にEメールで送付され、その行間を割っての著者感想意見等を書き込んでリターンするという仕組みを継続して現在に至ることです。破格の名誉と受けとめて毎期のレポートを楽しみにしているものです。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、10年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが86歳超のヨシダですこの格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

  なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンガ主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアでもあります(笑)。   
    「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
            では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
                                      
                 (754.92KB)
                 2018年2月24日(土)   
            “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                     
吉田祐起
             
      (満86歳3ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローザ市在住)
                 yoshidayuuki@rocketmail.com  
            URL(日本語版):http://www.abombsurvivor.com/index_japanese.html
                              URL(英語版):http://www.abombsurvivor.com
        

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