このド素人的ホームページは昭和ひと桁族・満86歳超の吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」で、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめても、と自我自賛しています(笑)。
(2018年1月1日記)
         

   「吉田祐起」の画像検索結果
   吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満86歳3か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパン・タイムズ紙「Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'にどか~んと掲載されたものです。写真中央は2014年9月11日のパスポート更新の際に写したもの。右の写真は2017年10月21日に写した「ステテコ&半そで」の年中姿でデスクに向かう満86歳一週間前のものです。
               コンテンツ(順不同)
拙著・執筆実績(目次)
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
専門業界誌(紙)寄稿論文記録
一般出版物寄稿エッセイ
SAM NEWS誌寄稿エッセイ
ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
特ダネ情報(No.1-No.82)
フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!
"A-bomb and Me"(原爆と私)
原爆生存者としての各種証言論文等
・「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
・「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
・「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著
グーグルから拾った「今日のできごと」
ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
インタネット情報&ヨシダブログ
過去の日本語版トップサイト一覧表
グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像~ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い~ 

                   English               
           2018年2月21日(水)
       
          Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 が証明します。
単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」 とは、他愛もない編集長の自負です(笑)。
        過去の日本語版トップサイト一覧表
     「
English top site records(End of the day)
  「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果
 上左の写真3枚はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant, Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の右端写真は米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところですが、現在では「人生第五毛作」を視野に入れています。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように
経営者マインドそのままの人生を演出中です。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。
 これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは86歳超のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。
 
注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたのでご理解くだ さい。

  

          ウィキペディアから拾った2月21日のできごと
            (英語版きょうのできごと;February 21
               (過去のきょうのできごと一覧表)
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
(646.19KB/46.2KB/line)
 1「1547 Edward VI crowned」の画像検索結果「エドワード6世」の画像検索結果  「crowned」の画像検索結果「edward V1 crowned」の画像検索結果「King of England and Ireland map」の画像検索結果「parents」の画像検索結果「Henry VIII and Jane Seymour」の画像検索結果
   4「1613年 -ミハイル・ロマノフ」の画像検索結果「1613年(ユリウス暦2月11日) - ロシアで、ミハイル・ロマノフが全国会議でツァーリに選出され即位。ロマノフ朝が始まる。」の画像検索結果「царь」の画像検索結果「beginning」の画像検索結果「1613年 -ミハイル・ロマノフ王朝」の画像検索結果「ロマノフ朝logo」の画像検索結果「1613年 -ミハイル・ロマノフ」の画像検索結果
    5「ヘンデルのサムソン」の画像検索結果「ヘンデルのサムソン」の画像検索結果       「ヘンデルのサムソン」の画像検索結果  「Samson (Handel), 1743」の画像検索結果「ヘンデルのサムソン」の画像検索結果「Samson (Handel), 1743」の画像検索結果 「ヘンデルのサムソン」の画像検索結果
     6「1804 Richard Trevithick」の画像検索結果「1804 Richard Trevithick」の画像検索結果「1804 Richard Trevithick」の画像検索結果「1804 Richard Trevithick」の画像検索結果「1804 Richard Trevithick」の画像検索結果
        8「1848年 - カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの『共産党宣言』」の画像検索結果「1848年 - カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの『共産党宣言』」の画像検索結果関連画像「1848年 - カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの『共産党宣言』」の画像検索結果「1848年 - カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの『共産党宣言』」の画像検索結果「1848年 - カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの『共産党宣言』」の画像検索結果
    12「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果Erich von Falkenhayn-retouched.jpg「Wilhelm von Preußen」の画像検索結果「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果      「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果
     「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果  関連画像「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果 「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果 「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果
    18「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果
「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果      「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果 「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果
   23「1953年 - フランシス・クリックとジェームズ・ワトソンがDNAの二重螺旋構造を発見」の画像検索結果関連画像  「1953年 - フランシス・クリックとジェームズ・ワトソンがDNAの二重螺旋構造を発見」の画像検索結果  関連画像「1953年 - フランシス・クリックとジェームズ・ワトソンがDNAの二重螺旋構造を発見」の画像検索結果
  25 「Gerald Holtom」の画像検索結果    「Gerald Holtom」の画像検索結果「Gerald Holtom」の画像検索結果26  「黒人運動指導者マルコムXが演説中に暗殺」の画像検索結果  「黒人運動指導者マルコムXが演説中に暗殺」の画像検索結果 「黒人運動指導者マルコムXが演説中に暗殺」の画像検索結果
   30「リチャード・ニクソンアメリカ大統領が中華人民共和国を訪問」の画像検索結果「972年 - リチャード・ニクソンアメリカ大統領が中華人民共和国を訪問。アメリカ合衆国大統領としては初」の画像検索結果「972年 - リチャード・ニクソンアメリカ大統領が中華人民共和国を訪問。アメリカ合衆国大統領としては初」の画像検索結果「リチャード・ニクソンアメリカ大統領が中華人民共和国を訪問」の画像検索結果       関連画像 
   34  「1974年 - 朝日新聞『サザエさん』が中止、作者・長谷川町子病気のため」の画像検索結果 「1974年 - 朝日新聞『サザエさん』が中止、作者・長谷川町子病気のため」の画像検索結果「朝日新聞『サザエさん』」の画像検索結果「朝日新聞『サザエさん』」の画像検索結果「朝日新聞『サザエさん』」の画像検索結果「sick」の画像検索結果「the end」の画像検索結果
  41「2008, Robyn Rihanna Fenty」の画像検索結果「2008, Robyn Rihanna Fenty」の画像検索結果  「Barbados flag」の画像検索結果 「Barbados flag」の画像検索結果「Barbados」の画像検索結果「Barbados」の画像検索結果   「appointed word」の画像検索結果   「norable word」の画像検索結果
       「cultural ambassador word」の画像検索結果     「Rihanna」の画像検索結果     「Barbados」の画像検索結果    「Barbados capital」の画像検索結果  
(1)901年昌泰4年1月25日) - 菅原道真大宰権帥に左遷。
(2)1431年 - ジャンヌ・ダルク異端審問が開始される。
(3)1482年文明14年2月4日) - 足利義政慈照寺(銀閣)の造営を始める。
(4)1613年ユリウス暦2月11日) - ロシアで、ミハイル・ロマノフ全国会議ツァーリに選出され即位。ロマノフ朝が始まる。
(5)1743年 - ヘンデルオラトリオサムソン英語版』がロンドンで初演される。
(6)1804年 - イギリスで、リチャード・トレビシックが発明した蒸気機関車の試運転に成功。
(7)1842年 - ジョン・グリーノウが、アメリカ合衆国における初めてのミシンの特許を取得。
(8)1848年 - カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスの『共産党宣言』が出版される。
(9)1878年 - 最初の電話帳コネチカット州ニューヘイブンで発行される。
(10)1911年 - 改正日米通商航海条約調印。不平等条約を撤廃し関税自主権を確立。
(11)1911年 - 夏目漱石文学博士号授与の辞退を表明。
(12)1916年 - 第一次世界大戦: ドイツ軍がフランスヴェルダン要塞への攻撃を開始。ヴェルダンの戦いが始まる。
(13)1918年 - シンシナティ動物園で飼われていた最後のカロライナインコが死亡し絶滅
(14)1919年 - ミュンヘン革命の中心人物クルト・アイスナーが右翼青年アントン・アルコ・ファーライ暗殺される。
(15)1927年 - 孫文が第三次広東軍政府を設立。
(16)1936年 - 天皇機関説事件: 天皇機関説を唱えた美濃部達吉が右翼に襲撃され負傷。
(17)1942年 - 日本で食糧管理法を公布。
(18)1947年 - エドウィン・ハーバード・ランドが初のインスタントカメラアメリカ光学会英語版で発表。
(19)1946年 - 日本で警視庁婦人警察官の募集を開始。
(20)1948年 - 全米自動車競争協会 (NASCAR) 設立。
(21)1951年 - ベルリンで世界平和評議会第1回総会開催。五大国による平和協定締結を要求する「ベルリンアピール」を採択。
(22)1952年 - 東パキスタン(現在のバングラデシュ)でベンガル語運動家と軍隊が衝突。(言語殉教者の日
(23)1953年 - フランシス・クリックジェームズ・ワトソンDNA二重螺旋構造を発見。
(24)1955年 - 西日本スポーツ西日本新聞社)創刊。
(25)1958年 - ジェラード・ホルトム英語版が平和・反戦のシンボル「ピースマーク」(☮)を作成。
(26)1965年 - アメリカの黒人運動指導者マルコム・Xが演説中に暗殺される。
(27)1968年 - えびの地震
(28)1970年 - スイス航空330便爆破事件
(29)1971年 - ウィーン向精神薬に関する条約が採択される。
(30)1972年 - リチャード・ニクソンアメリカ大統領が中華人民共和国を訪問アメリカ合衆国大統領としては初。
(31)1972年 - ソ連の無人月探査機「ルナ20号」が月に着陸。
(32)1973年 - リビア航空機撃墜事件イスラエル空軍がシナイ半島リビア航空機を撃墜。死者108人。
(33)1973年 - 東京地検が『四疊半襖の下張』を掲載した雑誌編集長野坂昭如らを起訴。(四畳半襖の下張事件
(34)1974年 - 朝日新聞で連載されていた4コマ漫画サザエさん』が、作者・長谷川町子の病気療養によりこの日を最後に休載。そのまま打ち切りとなる。
(35)1979年 - 東大宇宙航空研がX線観測衛星「ひのとり」を打上げ。
(36)1980年 - 家元制度に反対する前衛舞踊家の花柳幻舟が、花柳流家元3世花柳寿輔を襲撃。
(37)1981年 - 東大宇宙航空研がX線観測衛星「はくちょう」を打上げ。
(38)1983年 - 蔵王観光ホテル火災。11人が死亡。
(39)1990年 - 六甲ライナー開業。
(40)2004年 - 初の汎ヨーロッパ政党欧州緑の党ローマで結成。
(41)2008年 - 歌手リアーナが母国バルバドスの名誉文化大使に任命される。バルバドス政府がこの日を「リアーナの日」と制定。(646.19KB/46.2KB/line)   

                                   編集者のダイアリー・コーナー
            2018年2月21日(水)
                            (2017年2月21日(火)   
本欄日付の2段構えのウェブサイト編集で新しい試みとする意図は「1年前の同じ月日のウェブサイトのリンク」を上掲のようにあしらって、自他共に自覚しつつ、「反省を踏まえた前進!一歩下がって、二歩前進!」を心掛ける次第です。
2月21日のできごと」で特に関心を強くするのは、「(12)1916年 - 第一次世界大戦: ドイツ軍がフランスヴェルダン要塞への攻撃を開始。ヴェルダンの戦いが始まる」です★ドイツ軍フランス軍の戦いで両軍合わせて700,000人以上の死傷者。ヴェルダンの戦いはいくつかの教訓を残した。1つ目は、要塞の価値の再認識、 2つ目はフランス自動車隊の活躍、 3つ目は、フランス軍の士気低下 、 4つ目は、「同数同質の敵の防御陣地を、歩兵の徒歩行軍で突破することは至難・・・(ウィキペディア)」★此処でも「きょうのできごと」編集のヨシダの何時もの口癖「古今、洋の東西を問わず人類は殺し合いの繰り返し」で絶句します★
★(以下は昨20日付トップサイトには事前掲載済みでしたが本欄主流のために重複掲載とします。)昨20日付日本経済新聞「春秋」 にヒットして本コラムに編集したかったものの、添付画像制限(編集容量1ページ当たり1000KB=1GB)を超過することから断念したものですが、同日の「春秋」がものすごく興味だったので本日に繰り伸ばしての編集掲載とするしだいです。当該「春秋」の冒頭曰く、「 以前に旧知の日銀マンを訪ねた時のことである。南分館の上層階の一室に通されて「ここから本館を見てください」と窓際にいざなわれた。明治期のれんが造りを斜めに見下ろすと、思わず「あっ」と声が出る。屋根の部分がまさしく「円」という形になっていたのだ・・・」がそれです!★エッ!?と呟いたのはかくいう編集者のヨシダでもあったのです。早速にグーグル検索するに、あるわあるわ!出るわ出るわ!です!この歳にあって、かつ東京には離日までの9年間に至ったクライアントがあったことから、数え切れないほど頻繁に訪れた者として、びっくり仰天しているのです! 話題にすらなっていなかったネタ話です!日銀本店ビルの航空写真を観た時にも格別に目につかなっかものとして実に好奇心を抱きますので、一日遅れの本日の本欄で当該画像を添えて紹介する次第です★円に関して蛇足のブログをひとつ。「1993年一ヶ月間米国トラック運送業界取材旅行」を単身でやって遂げたヨシダ。当時の円相場は100円でした。300万円を投じた人生第三毛作(株式会社ロジタント代表取締役)の処女事業的なものでしたが、円高をひそかに願うのは当時と変わりないのが現代は「海外生活者」という点です。自国の通貨が高くなるということは国力に比例するという論理からすればイイことではあるのですが、いろいろと複雑ですね・・・。(添付画像=10枚:但し、本項に限って昨日と重複掲載になります)
  「建築家の辰野金吾」の画像検索結果  「建築家の辰野金吾」の画像検索結果  「辰野金吾 日本銀行本店」の画像検索結果「辰野金吾 日本銀行本店」の画像検索結果「辰野金吾 日本銀行本店」の画像検索結果 
      「辰野金吾 日本銀行本店」の画像検索結果  「辰野金吾 日本銀行本店」の画像検索結果 「辰野金吾 日本銀行本店」の画像検索結果  「辰野金吾 日本銀行本店」の画像検索結果「辰野金吾 日本銀行本店」の画像検索結果
円高はまだ始まったばかり、当面のメドは?購買力平価からドル円の節目を検証する」(東洋経済ONLINE:2018.2.20.唐鎌 大輔 : みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)は海外移住者にとって朗報で~す!「中見出し」は、■「座して円高を待つ」当面の節目は?、■1ドル=100~105円が主戦場になる、■米国財務省も実質実効相場で見た円安を警戒、■米国金利のフラット化が景気後退を示唆・・・と続きます★終盤直前の言葉は、「・・・ 過去1年間、米国の長短金利差は著しく縮小しており、いわゆるフラット化が劇的に進行してきた。フラット化は、教科書的に言えば、将来的な景気後退の可能性を示唆している。実は昨年来のドル全面安(とそれに伴う円高)はこうしたフラット化傾向と軌を一にしてきたという経緯がある。つまり、何のことはない「米国経済が不安だからドルを売った」というシンプルな動きが進んできただけとも解釈できる・・・」です★1993年に実施した「一ヶ月間米国トラック運送業界取材旅行」で300万円使った際のドル・円レートを想起します。「1ドル=100円」でした。ハイ!海外居住者の名においても円高大歓迎です!(添付画像=9枚)(20日15:00)
     「円高はまだ始まったばかり、当面のメドは?購買力平価からドル円の節目を検証する」の画像検索結果「円高はまだ始まったばかり、当面のメドは?購買力平価からドル円の節目を検証する」の画像検索結果「円高はまだ始まったばかり、当面のメドは?購買力平価からドル円の節目を検証する」の画像検索結果「円高はまだ始まったばかり、当面のメドは?購買力平価からドル円の節目を検証する」の画像検索結果
      「円高はまだ始まったばかり、当面のメドは?購買力平価からドル円の節目を検証する」の画像検索結果 「writer」の画像検索結果「唐鎌 大輔 : みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)」の画像検索結果「唐鎌 大輔 : みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)」の画像検索結果「唐鎌 大輔 : みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)」の画像検索結果
大恐慌からの大戦争。1929年からの歴史は繰り返されるのか?MAG2NEWS:2018.2.20.by )の唯一の画像は「美人兵の武装写真」。その意味することは???がヨシダの関心事です(笑)★「中見出し」は、■通貨安競争後は貿易戦争に、■歴史は繰り返す、■通貨安競争、■貿易戦争に対抗策、■戦争経済に、■日銀手持ち国債を永久国債に、■さいごに・・・と続きます。その中で一番興味を抱くのは■日銀手持ち国債を永久国債にです★ほかでもありません、アベノミクなかんずく、日銀が輪転機をジャンジャン回して巨額の万円札を印刷して市場にばら撒く姿を評してのヨシダ皮肉があったからです。曰く、「その巨額の万円札の行く先はブラックホール!?」がそれでした。そのコラムを此処にリンクしたいものの、随分前のことだし、大量の編集コラムから拾い出すには時間がないのがザンネンです★手品師みたいな金融政策が可能ならば、歴代の日銀総裁もトライしたでしょうがネ・・・★ところで、きわめて物騒な本記事ですが、唯一の添付写真はぞっとするような美人兵士嬢の写真。その意味するものは???と自問自答・・・。色仕掛けの金融政策戦術(?)って感じですネ(笑)。(添付画像=3枚)(20日16:30)
   「戦争がなければ経済が回らない?」の画像検索結果     「大恐慌からの大戦争。1929年からの歴史は繰り返されるのか?」の画像検索結果 「戦争がなければ経済が回らない?」の画像検索結果
話術の奥義とは、「聴衆の無言のメッセージ」を聴く技術であるDIAMONDonline):2018.2.21.田坂広志:田坂塾・塾長、多摩大学大学院教授)■トニー・ブレアの「話術」の秘密、■「無言の声」を聴く力、■仕草で分かる「細やかな感受性」、■「言い換え」と「畳み掛け」の技術、■「間」のコントロール、■「リズム」による引き込み・・・と続きます★「末尾の言葉」は、「・・・スピーチとは、話者から聴衆への「一方通行のメッセージ伝達」ではない。スピーチとは、話者と聴衆との「無言の対話」に他ならない。従って、話術というものを高度なレベルにまで磨いていこうとするならば、話者に求められる資質は、この「無言の対話」を行う力である。 そして、それゆえに、話術とは「聴衆に何を語るか」だけでなく、「聴衆の無言の声から何を聴き取るか」の技術であることを理解すべきであろう」です。薀蓄ある言葉ですね。(参考資料:「ダボス会議で学んだ「最高の話術」の秘密は“聴く力”だった」(2016.7.13.田坂広志:田坂塾・塾長、多摩大学大学院教授))(添付画像=8枚)(13:30)
    「話術の奥義とは、「聴衆の無言のメッセージ」を聴く技術である」の画像検索結果   「talk without words」の画像検索結果        「話術の奥義とは、「聴衆の無言のメッセージ」を聴く技術である」の画像検索結果    
           「writer」の画像検索結果「田坂広志 名言」の画像検索結果「田坂広志:田坂塾・塾長、多摩大学大学院教授」の画像検索結果「田坂広志 名言」の画像検索結果 「田坂広志:田坂塾・塾長、多摩大学大学院教授」の画像検索結果

           私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ            本コラムは2010年11月30日に新設したコラムでしたが、その存在に編集者自身がど忘れしていました。継続していきたいと考えていますが、当時より多忙を極める現在の編集者・ヨシダですので、追記は滅多にできない状態ですが、本欄に常設することにしました。(2018年1月26日記)

          「末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけま すが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

  財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じで、こんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。なお、蛇足の弁ですが、最終自分史執筆を頭に入れた「人生第五毛作」としての言わば人生総仕上げみたいなものとして「人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!」の執筆完成を期している次第です。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

 (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  
   
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                           (白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より)         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して、好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真記事はヨシダの記事が同誌に多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。

  http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
  「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果 「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス!クリックすると、その全文ラヴ・ストーリー(?)がご覧いただけますよ。笑)    
(追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できることを誇りであり名誉と受けとめています。それは離日前までの9年間の経営コンサルタント顧問契約締結の栄に浴した創業100年に近い東京新橋の老舗運送会社のことです。全国に数十箇所の営業所を有する企業でして、私はそれらを巡回してレクチャーして回ったものですが、数百人社員すべてに拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」を配布されました。著者の下手なサイン入りのものでして、離日後も現在に至って、毎期の新入社員(総合職員)に対しては同書を読んだ感想文を会社指示フォームに従って書いて会社に提出される仕組み。そのレポートが現在にしても著者ヨシダの手元にEメールで送付され、その行間を割っての著者感想意見等を書き込んでリターンするという仕組みを継続して現在に至ることです。破格の名誉と受けとめて毎期のレポートを楽しみにしているものです。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、10年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが86歳超のヨシダですこの格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

  なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンガ主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアでもあります(笑)。   
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            では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
                                      
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                 2018年2月21日(水)   
            “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                     
吉田祐起
             
      (満86歳3ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローザ市在住)
                 yoshidayuuki@rocketmail.com  
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