このド素人的ホームページは本日8月28日で満85歳10ヶ月になった吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」でして、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめてもと、自我自賛しています(笑)。 (2017年8月28日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳10か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)(注:編集者自身が実は驚いています!そうだった、こんなものを編集していたんだっけ!と。再編集してもっとかっこイイコラムにしようかな、と思っているところです。2017.6.22.)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
29. グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い

                         English               
                  2017年9月14日(木)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った9月14日のできごと
                       (過去のきょうのできごと一覧表)
                      (英語版きょうのできごと;Sept. 14
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。 
(632.88KB/33.3KB/line )
1「81 Titus Flavius Vespasianus」の画像検索結果「81 roman emperor logo」の画像検索結果「death word」の画像検索結果 「succeeded」の画像検索結果「by」の画像検索結果「brother word 」の画像検索結果「ドミティアヌス」の画像検索結果
3「786年 - ハールーン・アッ=ラシードがアッバース朝第5代カリフに即位」の画像検索結果「786  ​ Hārūn al-Rashīd」の画像検索結果「Enthronement word」の画像検索結果「fifth word」の画像検索結果Allah1.png「アッバース朝」の画像検索結果
5「1193年(建久4年8月17日) - 源頼朝が弟・範頼を伊豆・修禅寺に幽閉。」の画像検索結果「imprisoned word」の画像検索結果「brother word」の画像検索結果「1193年(建久4年8月17日) - 源頼朝が弟・範頼を伊豆・修禅寺に幽閉。」の画像検索結果「修禅寺」の画像検索結果「修禅寺 御朱印」の画像検索結果「修禅寺 範頼」の画像検索結果
8「1758 Battle of Fort Duquesne」の画像検索結果「1758 Battle of Fort Duquesne」の画像検索結果「1758 Battle of Fort Duquesne」の画像検索結果「victory」の画像検索結果「1758 Battle of Fort Duquesne map」の画像検索結果
11 「Jean-François Champollion」の画像検索結果「Rosetta Stone, how and who discovered?」の画像検索結果  「Rosetta Stone, how and who discovered?」の画像検索結果 「Rosetta Stone, how and who discovered?」の画像検索結果
  「Rosetta Stone, how and who discovered?」の画像検索結果 「Rosetta Stone, how and who discovered?」の画像検索結果 「Rosetta Stone, how and who discovered?」の画像検索結果
                「ロゼッタストーン/日本語訳とその解説」(ヨシダ引用)
14         「生麦事件」の画像検索結果「生麦事件」の画像検索結果「生麦事件」の画像検索結果「生麦事件」の画像検索結果
    「生麦事件」の画像検索結果  「生麦事件」の画像検索結果「生麦事件」の画像検索結果関連画像
       「生麦事件」の画像検索結果        「生麦事件」の画像検索結果「生麦事件」の画像検索結果        
15「1862 Battle of South Mountain」の画像検索結果「1862 Battle of South Mountain」の画像検索結果 関連画像「1862 Battle of South Mountain」の画像検索結果  
                     関連画像「1862 Battle of South Mountain」の画像検索結果
17 「1900年 - 津田梅子が東京市麹町に女子英学塾を創立。」の画像検索結果「1900年 - 津田梅子が東京市麹町に女子英学塾を創立。」の画像検索結果「1900年 - 津田梅子が東京市麹町に女子英学塾を創立。」の画像検索結果 「1900年 - 津田梅子が東京市麹町に女子英学塾を創立。」の画像検索結果  「津田塾大学」の画像検索結果
18  「william mckinley assassin & theodore roosevelt president」の画像検索結果   「william mckinley assassin & theodore roosevelt president」の画像検索結果 「theodore roosevelt president oath」の画像検索結果  「theodore roosevelt president oath」の画像検索結果    
21「Seventh Battle of the Isonzo」の画像検索結果「Seventh Battle of the Isonzo map」の画像検索結果     「france flag」の画像検索結果   「vs」の画像検索結果「austria flag」の画像検索結果「Seventh Battle of the Isonzo」の画像検索結果「Seventh Battle of the Isonzo」の画像検索結果
26 「1954年 - 木下惠介監督「二十四の瞳」」の画像検索結果関連画像「1954年 - 木下惠介監督」の画像検索結果関連画像「1954年 - 木下惠介監督「二十四の瞳」」の画像検索結果
  「1954年 - 木下惠介監督「二十四の瞳」」の画像検索結果    関連画像 「1954年 - 木下惠介監督「二十四の瞳」」の画像検索結果 「1954年 - 木下惠介監督「二十四の瞳」」の画像検索結果
 28 8「ソビエト連邦 国旗」の画像検索結果 「1959年 - 「ルナ2号」が月面の「晴の海」に衝突し、」の画像検索結果  「1959年 - 「ルナ2号」が月面の「晴の海」に衝突し、」の画像検索結果関連画像関連画像「1959年 - 「ルナ2号」が月面の「晴の海」に衝突し、」の画像検索結果
    35「1982年 - ブザンソン国際指揮者コンクール」の画像検索結果「1982年 - ブザンソン国際指揮者コンクールで、松尾葉子が優勝」の画像検索結果    「1982年 - ブザンソン国際指揮者コンクールで、松尾葉子が優勝」の画像検索結果   「1982年 - ブザンソン国際指揮者コンクールで、松尾葉子が優勝」の画像検索結果「1982年 - ブザンソン国際指揮者コンクールで、松尾葉子が優勝」の画像検索結果
  「1982年 - ブザンソン国際賞」の画像検索結果      「1982年 - ブザンソン国際指揮者コンクールで、松尾葉子が優勝」の画像検索結果     「1982年 - ブザンソン国際指揮者コンクールで、松尾葉子が優勝」の画像検索結果 「1982年 - ブザンソン国際指揮者コンクールで、松尾葉子が優勝」の画像検索結果「1982年 - ブザンソン国際賞」の画像検索結果
(1)81年 - 前日のティトゥスの死去に伴い弟のドミティアヌスローマ皇帝に即位。
(2)770年宝亀元年8月21日) - 道鏡が下野国薬師寺別当に配流。
(3)786年 - ハールーン・アッ=ラシードアッバース朝第5代カリフに即位。
(4)1180年治承4年8月23日) - 石橋山の戦い以仁王の令旨を奉じて挙兵した源頼朝が平氏方に敗れ、安房国に落ち延びる。
(5)1193年建久4年8月17日) - 源頼朝が弟・範頼を伊豆・修禅寺に幽閉。
(6)1695年元禄8年8月7日) - 江戸幕府が金銀吹き替え(改鋳)の触書を公布。
(7)1752年 - イギリスとその植民地でグレゴリオ暦を導入。9月2日の翌日が9月14日となる。
(8)1758年 - フレンチ・インディアン戦争: デュケーヌ砦の戦いでデュケーヌ砦をイギリスが占領。
(9)1767年明和4年8月22日) - 明和事件江戸幕府によって山県大弐藤井右門らが処刑。
(10)1812年 - 1812年ロシア戦役: ナポレオン軍がモスクワに入城。
(11)1822年 - シャンポリオンロゼッタ・ストーンヒエログリフの解読に成功。
(12)1829年 - オスマン帝国露土戦争の講和条約「アドリアノープル条約」に署名。
(13)1858年安政5年8月8日) - 孝明天皇水戸藩に対し戊午の密勅を下す。
(14)1862年文久2年8月21日) - 生麦事件
(15)1862年 - 南北戦争: サウス山の戦い
(16)1864年元治元年8月14日) - 下関戦争: 長州藩が英米蘭仏4か国連合艦隊と講和。
(17)1900年 - 津田梅子東京市麹町に女子英学塾(津田塾大学の前身)を創立。
(18)1901年 - 6日狙撃されたアメリカ合衆国大統領ウィリアム・マッキンリーが死去。副大統領セオドア・ルーズベルトが大統領に就任。
(19)1905年 - 奥羽本線全通。
(20)1911年ユリウス暦9月1日) - ロシア帝国首相ピョートル・ストルイピンキエフアナキストに狙撃される。ストルイピンは9月18日に死亡。
(21)1916年 - 第一次世界大戦: 第七次イゾンツォの戦い
(22)1930年 - ドイツ国会の選挙が行なわれナチスが第二党に躍進。
(23)1935年 - 旧制第一高等学校東京帝国大学農学部と校地を交換する形で駒場に移転。
(24)1948年 - ニューヨーク国際連合本部ビルが着工。
(25)1950年 - 朝鮮戦争: 北朝鮮軍が釜山周辺を残し朝鮮戦争における最南下線に到達。翌日から仁川上陸作戦で戦線が後退する。
(26)1954年 - 木下惠介監督の映画『二十四の瞳』が封切り。
(27)1955年 - 1950年に放火で炎上した京都市の金閣(鹿苑寺舎利殿)が再建。
(28)1959年 - ソビエト連邦の宇宙探査機「ルナ2号」が月面の「晴の海」に衝突し、に到着した初の人工物体となる。
(29)1960年 - 石油輸出国機構 (OPEC) が設立される。
(30)1961年 - 1961年の西ドイツ空軍F-84機による領空侵犯事件がおこる。
(31)1968年 - ソ連の有人月旅行計画: ソ連の無人宇宙船「ゾンド5号」が打ち上げ。史上初めて月を周回して21日に地球に帰還。
(32)1968年 - プロ野球広島東洋カープ外木場義郎がプロ野球史上10人目の完全試合を達成。同時にセ・リーグタイ記録の1試合16奪三振を記録。
(33)1972年 - 西ドイツポーランド間の国交が回復される。
(34)1975年 - エリザベス・アン・シートンがアメリカ人初の聖人として列聖される。
(35)1982年 - ブザンソン国際指揮者コンクールで、松尾葉子が女性としては史上初の優勝。
(36)1984年 - 長野県西部地震が発生。
(37)1985年 - パラコート連続毒殺事件: 大阪府泉佐野市の自販機の取り出し口に置かれていたドリンク剤を男性が持ち帰って飲み、混入していた除草剤パラコートにより14日に死亡。翌日以降も全国各地で類似の事件が発生する。
(38)1990年 - 本田技研工業NSXの国内販売開始。
(39)1991年 - 台風17号長崎市付近に上陸。日本海沿岸部を縦断し、全国で死者11人。
(40)1994年 - プロ野球オリックス・ブルーウェーブイチローが192本目の安打を放ち、年間安打数の日本新記録を樹立。同シーズンでは最終的に210安打を記録。
(41)1994年 - 住友銀行名古屋支店長射殺事件
(42)1999年 - キリバスナウルトンガ国連に加盟。
(43)2001年 - 任天堂ニンテンドーゲームキューブを日本で発売。
(44)2008年 - 2008年コンゴ民主共和国サッカー暴動が発生。
(45)2013年 - 内之浦宇宙空間観測所よりイプシロンロケットの初号機が打ち上げられる。
(46)2015年 - 熊谷連続殺人事件。(632.88KB/33.3KB/line )

                     編集者のダイアリー・コーナー
(注)本コラムの編集基準は「1ヶ月を上・中・下の3旬に分割」します。3旬に分割しているのは、ワ7ン・サイトの添付画像容量の制限(1000KB=1MB)があるためですが、編集者の欲張り過ぎか、当該記事に対する編集者の納得できる意図の添付画像かは別にして、折角の添付画像を本欄では「一部削除」を余儀なくしています★しかし、「過去の日本語版トップサイト一覧表」では日々の本欄の全てが掲載されていますので、本欄の記録実績は確実に収録されているという編集者の安心感をもって、思い切ってその都度、削除することに徹しています。ヨシダはともすれば、「完全主義者的な性格」が否定できないなと反省する始末です(笑)★ちなみに、自身が執筆(ブログ)したことを「記録に残す(遺す)」ことに、ある種の人生達成感を意識することから、この問題に関しては、そうした対応をしているものです。ご理解のほど念じる次第です。(2017年7月10日記)
お知らせ:編集容量の調整で添付画像を片っ端から削除することを余儀なくします。その「添付画像=○枚」を付していますが、すべては過去の日本語版トップサイト一覧表に収録していますので、ご関心あらばクリックしてご覧ください。なお、本欄の当該月日にもリンクをはって即座にご覧いただける仕組みを考えて即実践しています。これで、心置きなく「添付画像の削除」ができるようになりました(笑)。
                 2017年9月14日(木)
本日「9月14日のできごと」で特に関心を強くするのは、「(35)1982年 - ブザンソン国際指揮者コンクールで、松尾葉子が女性としては史上初の優勝」です。ほかでもありません、クラシック音楽指揮者にの甥で山下一史というのが居るからです。カラヤン最期の愛弟子として知られています。女性指揮者の方が指揮棒をとる姿は観たことがありません。好奇心旺盛なヨシダがグーグルで女性指揮者の勇姿を追ってみました・・・。魅力的ですね~!とは、フェミニスト・ヨシダの弁。おっと!末尾の男性指揮者はWHO? ハイ、前述の人物です。ベートーベン「合唱」の時のモノです。指揮しながら自分も歌って楽しむ姿(?)って画像です。スミマセン、編集者の身内贔屓を出しちゃって・・・。(添付画像=18枚)(13日15:00)
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 「日本人女性指揮者」の画像検索結果「日本人女性指揮者」の画像検索結果  「日本人女性指揮者」の画像検索結果   「日本人女性指揮者」の画像検索結果 「日本人女性指揮者」の画像検索結果「日本人女性指揮者」の画像検索結果関連画像
    関連画像 「外国人女性指揮者」の画像検索結果 「外国人女性指揮者」の画像検索結果 「山下一史」の画像検索結果 「who」の画像検索結果          「?!」の画像検索結果
早朝は3:35受信の「VOA@com」です。待ち構えたような感じでガバッと起きて取りあえずの取っ掛かりデス。題して、「No.264(September 14, 2017)"On September 13, 1814, Francis Scott Key writes a poem that will one day be set to music to become America’s national anthem,"(参考記事;"1814 Key pens Star-Spangled Banner"(HISTORY)」です。リンクのチェックをして再びベッドへ戻ります。(4:30)
人工知能(AI)は敵か、それともブラック労働から私たちを救う解放者か?=東条雅彦」(MONEY VOICE:2017.9.14.ウォーレン・パフェット研究家・東条雅彦)は必読価値ある記事とみます。敗者になるか勝者になるかは対応の仕方でしょうが、知者が勝者になることだけは確実って感じですネ★「中見出し等」は■近づく「第四次産業革命」人工知能はどんな変化をもたらすか?2020年から2030年にかけて起こる変化、■技術の発達によって人間の仕事が奪われる?、■歴史上、産業革命によって社会不安に至った例はない、<産業革命の歴史>、■人工知能が担う「3つのタスク」とは、<【四則演算】人工知能の進化速度>、<【自動運転】人工知能の進化速度>、<【文学作品の理解】人工知能の進化速度>、■人間の労働は今後、よりクリエイティブな方向へシフトする・・・と続きます★「きょうのできごと」編集体験が編集者に招来する人類将来像のひとつ。それは、「地球人口は膨大の一途。一方、本記事に見られる人類の働き方の人工知能化が招来する失業者のさらなる増大・・・」。その延長線上に去来するのは・・・、と想像しただけで、ゾッとする・・・と言ったらどう思われるだろうか?・・・デス。どうやらヨシダの口癖「洋の東西、古今を問わず、人類は殺し合いの歴史・・・」という悲しむべき結果しか想像ができない感じですが・・・。(添付画像=12枚)(10:40)
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               末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

  財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じで、こんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
 
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              (白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より)         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して、好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真記事はヨシダの記事が同誌に多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に私の写真に並べて添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
 http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
  http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス!クリックすると、その全文ラヴ・ストーリー(?)がご覧いただけますよ。)    
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。と、そんなことから下記の一連の関連画像を添付しました。
     「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果 
(追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できることを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から離日寸前までの16年間、東京の上場予定の老舗運送会社さんは9年間にわたる最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークなお手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、9年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。この漫画が主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
    「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果                  では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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2017年9月14日(木)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                         
吉田祐起
                       
 (満85歳10ヶ月)
              (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローザ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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