このド素人的ホームページは本日6月28日で満85歳8ヶ月になった吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」でして、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめてもと、自我自賛しています(笑)。 (2017年6月28日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)(注:編集者自身が実は驚いています!そうだった、こんなものを編集していたんだっけ!と。再編集してもっとかっこイイコラムにしようかな、と思っているところです。2017.6.22.)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
29. グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い

                         English               
                  2017年7月5日(水)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った7月5日のできごと
                       (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;July 5
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
 1 Image result for 1295 france flag Image result for 1295 france map「auld alliance scotland france」の画像検索結果Image result for scotlandImage result for 1295 Auld AllianceImage result for 1295 en:Auld AllianceImage result for 1295 en:Auld Alliance
   Image result for 1295 フランスとスコットランドImage result for 1295 フランスとスコットランド 2関連画像関連画像「1610 John Guy left Bristle for newfoundland」の画像検索結果「1610 John Guy left bristle for newfoundland」の画像検索結果
   「1610 John Guy left Bristle for newfoundland」の画像検索結果「1610 John Guy left Bristle for newfoundland」の画像検索結果 「1610 John Guy left Bristle for newfoundland」の画像検索結果 「1610 John Guy left Bristle for newfoundland」の画像検索結果「1610 John Guy left Bristle for newfoundland」の画像検索結果
   6「オンタリオ州チッパワ」の画像検索結果「battle of chippawa 1814」の画像検索結果「battle of chippawa 1814」の画像検索結果   「battle of chippawa 1814」の画像検索結果「battle of chippawa 1814」の画像検索結果関連画像
 8 「姉小路公知」の画像検索結果「姉小路公知」の画像検索結果「姉小路公知」の画像検索結果「姉小路公知」の画像検索結果「姉小路公知」の画像検索結果「姉小路公知」の画像検索結果 9「William Booth」の画像検索結果
  関連画像  「William Booth」の画像検索結果   「William Booth」の画像検索結果「William Booth」の画像検索結果     関連画像   関連画像
  「William Booth」の画像検索結果    「William Booth」の画像検索結果「William Booth」の画像検索結果「William Booth」の画像検索結果12「1909年 - 日本陸軍代々木練兵場」の画像検索結果 「1909年 - 日本陸軍代々木練兵場」の画像検索結果      関連画像「1909年 - 日本陸軍代々木練兵場天皇閲兵式」の画像検索結果「1909年 - 日本陸軍代々木練兵場」の画像検索結果18「Louis Réard」の画像検索結果「Louis Réard」の画像検索結果「Louis Réard」の画像検索結果「Louis Réard」の画像検索結果 「bikini atoll」の画像検索結果  19   関連画像「1946年 - 原爆投下直後の写真3点が『夕刊ひろしま』に初掲載。」の画像検索結果
 「広島被爆写真」の画像検索結果       関連画像 「広島被爆写真」の画像検索結果 関連画像23    「Gasherbrum I」の画像検索結果   「1958, american nicholas clinch team conquered Hidden Peak」の画像検索結果
 「1958, american nicholas clinch」の画像検索結果「nicholas clinch climber」の画像検索結果「1958, american nicholas clinch team conquered Hidden Peak」の画像検索結果「1958, american nicholas clinch team conquered Hidden Peak」の画像検索結果26関連画像「ニキータ・フルシチョフ」の画像検索結果 「discussed word」の画像検索結果  
  「ideology」の画像検索結果  「tried」の画像検索結果 「breakdown」の画像検索結果27「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果            「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果 
    「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果 「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果   「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果「air canada flight 621」の画像検索結果     「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果
35「1996年 - スコットランドで世界初の哺乳類の体細胞クローンである羊「ドリー」が生まれる。」の画像検索結果  関連画像「1996年 - スコットランドで世界初の哺乳類の体細胞クローンである羊「ドリー」が生まれる。」の画像検索結果「1996年 - スコットランドで世界初の哺乳類の体細胞クローンである羊「ドリー」が生まれる。」の画像検索結果「1996年 - スコットランドで世界初の哺乳類の体細胞クローンである羊「ドリー」が生まれる。」の画像検索結果
(1)1295年 - フランススコットランドが、イングランドに対抗するための同盟(en:Auld Alliance)を結成。
(2)1610年 - ジョン・ガイ英語版が39人の入植者と共にニューファンドランド島へ向けてブリストルを出航。
(3)1687年 - アイザック・ニュートンの『自然哲学の数学的諸原理』(プリンキピア)が刊行。
(4)1809年 - ナポレオン戦争: ヴァグラムの戦い
(5)1811年 - ベネズエラスペインからの独立を宣言。1821年に承認される。
(6)1814年 - 米英戦争: チッパワの戦い
(7)1861年文久元年5月28日) - 第一次東禅寺事件
(8)1863年(文久3年5月20日) - 姉小路公知暗殺される(朔平門外の変)。
(9)1865年 - ウィリアム・ブースがキリスト教伝道会(後の救世軍)を創設。
(10)1884年 - カメルーン全土がドイツの勢力下に置かれる。
(11)1886年 - 東京電燈会社が開業。
(12)1909年 - 日本陸軍代々木練兵場が完成。
(13)1935年 - アメリカで労働者の団結権団体交渉権を保証する「全国労働関係法」(ワグナー法)が施行。
(14)1936年 - 陸軍軍法会議磯部浅一二・二六事件の軍関係者17人に死刑判決。
(15)1937年 - アメリカのホーメルフーズがランチョンミートの缶詰をSPAMの名称で販売開始。
(16)1940年 - 第二次世界大戦: イギリスフランスヴィシー政権が国交断絶。
(17)1943年 - 第二次世界大戦: クルスクの戦い始まる。8月27日まで。
(18)1946年 - ルイ・レアールが「世界一小さな水着ビキニを発表。
(19)1946年 - 原爆投下直後の写真3点が『夕刊ひろしま』に初掲載。
(20)1950年 - 朝鮮戦争: 烏山の戦い
(21)1950年 - 萬代屋(現在のバンダイ)設立。
(22)1955年 - 法制審議会民法部会、夫婦別姓を認める案を論議。
(23)1958年 - 世界第11位の高峰ガッシャーブルムI峰がアメリカのニコラス・クリンチ隊により初登頂。
(24)1960年 - コンゴ共和国(コンゴ・レオポルドヴィル)で兵士による反乱が開始される(コンゴ動乱の勃発)。
(25)1962年 - アルジェリアフランスより独立。
(26)1963年 - 中華人民共和国総書記の鄧小平ソ連首相のニキータ・フルシチョフが会談、イデオロギー論争で対立し7月20日に会談決裂。
(27)1970年 - エア・カナダ621便墜落事故。109人全員死亡。
(28)1971年 - アメリカ合衆国で、選挙権が与えられる年齢を21歳から18歳に引き下げるアメリカ合衆国憲法修正第26条が発効。
(29)1973年 - ジュベナール・ハビャリマナルワンダの第3代大統領に就任。
(30)1975年 - カーボベルデポルトガルより独立。
(31)1977年 - パキスタンムハンマド・ジア=ウル=ハク将軍がクーデターを起こし、ズルフィカール・アリー・ブットー首相ら閣僚を逮捕。
(32)1978年 - 農林省農林水産省に改称。
(33)1986年 - 道路交通法改正。原動機付自転車ヘルメット着用を義務づけ。
(34)1995年 - アルメニアでソ連からの独立より4年目で憲法を採択。
(35)1996年 - スコットランドで世界初の哺乳類体細胞クローンであるドリー」が生まれる。
(36)1998年 - 香港・啓徳空港が閉港。1925年に開港そして運用以来、73年の歴史に幕が閉じられる。
(37)2003年 - 世界保健機関 (WHO) がSARSの制圧宣言を出す。
(38)2003年 - モスクワ郊外のコンサート会場でチェチェン独立派テロリストによる爆破テロ事件発生。市民14人が死亡。
(39)2005年 - 郵政国会: 郵政民営化関連法案衆議院本会議で可決され参議院へ送られる。51人の自民党議員が造反。
(40)2006年 - 北朝鮮によるミサイル発射実験北朝鮮から日本海に向けてテポドン2号ノドンスカッドとみられるミサイルが午前3時過ぎから午後5時過ぎの間にかけて計7発が発射される。
(41)2008年 - 東海北陸自動車道全線開通。
(42)2009年 - 2009年ウイグル騒乱中華人民共和国新疆ウイグル自治区ウルムチ市ウイグル人住民が漢族住民・武装警察と衝突。
(43)2011年 - 松本龍が、舌禍騒動の末防災復興大臣を辞任。(568.907KB)          

                             編集者のダイアリー・コーナー
 (注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「編集者のダイアリー・コーナーのはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記) (追記)上掲のリンクが最新のものに変わらないといけないのですが、どうしたことか、前回(中旬)のままです。インタネット接続の関係だと思うのですが頭を抱えています・・・(6月21日追記)。
                 2017年7月5日(水)
本日「7月5日のできごと」でヨシダが特に関心を抱くのは、「(18)1946年 - ルイ・レアールが「世界一小さな水着ビキニを発表。」と「(19)1946年 - 原爆投下直後の写真3点が『夕刊ひろしま』に初掲載」。ビキニと言えば原爆実験地。水着のビキニとの関係は?デス。好奇心旺盛なヨシダが調べるに、「ビキニ水着とビキニ核実験との関係から被曝への認識を考える」にその回答をゲットします。
「No.209(July 4, 2017)"On July 3, 1863, the Battle of Gettysburg, the most decisive battle of the American Civil War"」の編集も終了したし、一般の取材源もネタ切れだし、早いけどこのあたりで日付変更体制に入ります★ところで、くだんのゲティスバーグで降伏した南軍のリー将軍の晩年に関心を抱いてグーグル英語版でみるに、随分と華麗な人生。日本語版「ロバート・E・リー」と英語版「Robert E. Lee」でみるに、どえらいボリュームと評価格差です★ふと、思うことに同じグーグルでも、本場アメリカのそれと日本語版とでは極端な内容格差が否定できません。「できごと」編集の添付当該画像の質的・量的格差もですが、ヨシダが絵物語的編集でよく使う「言葉画像」に英語を使用するのは日本語版ではお手上げであるからです。別段、気取っての英語画像ではありませんのでし、お知りおきのほど。(4日16:30)
          「Robert E. Lee」の画像検索結果    「Robert E. Lee」の画像検索結果     関連画像
人間っておかしなもので、一旦、習慣になったものが何かの都合でできなくなると欲求不満って気分になるものですね。ヨシダの場合は他ならぬ「日光浴」。朝食を済ませたら、待ってましたとばかりに、野外に出て楽しむのですが、今朝は曇りで端から諦めて自室内に閉じ篭り。ふと、窓(西洋風で上は天上に近いほど縦長)から朝日が差し込むのに誘われて出ました。でも、全体的に曇りで、空を見上げながら雲の流れの方向と切れ目で先の予想(?)。暫くは楽しみましたが断念して室内へ。間もなくざ~っと振り出した雨。でも、片時でも太陽さんに上半身裸をさらけ出してヨカッタ!が実感です★ひと通りのマスメディアの検索を済ませました。これっという記事にヒットしません。「today@VOA」もどうしたことかありません・・・。アッと、そうだ!7月4日は独立記念日だった!時差で日本時間の本日ってところでした(笑)。なにやらもの足りないようなホッとするようなって気分です★ところで、ブログを下げた話題で恐縮ですが、先月28日深夜に突然体験した「下痢症状」。その延長線上で現在に至り続けているのが、「お粥2食から3食」への転換。日本式のお粥ですが、フィリピン産の味の好いスープで煮込んだもので抜群の味を楽しんでいます。一食から二食、さらに、三食に転じています。胃袋さんに感じることは、実にイイ按配!って感じです。数日前からは家長・アーネルが持ち込んだグリーンの野菜ジュースで宿年の便秘もどうやら卒業(?)って感じで嬉しい限りです★考えて見るに、ヨシダはどちらかと言えば神経質的なほどの「トライ主義者」。ベストな生き方、食し方・・・といった按配です。(10:30)
極めて物騒な記事はアメリカ在住の湯浅 卓氏著の「「米朝戦争」の危機はヤバイほど高まっている ICBM発射実験成功のインパクトは大きい」(東洋経済ONLINE2017.7.5.湯浅 卓 :米国弁護士)です。「中見出し」は、■THAAD配備を先延ばし、■トランプ大統領の北朝鮮戦略ベストシナリオ、■中国の対北朝鮮制裁圧力に限界、■偶発的な米朝軍事衝突のリスク・・・と続きます★「末尾の言葉」は、「・・・こうした事態急変で、いつ何時、突発的、偶発的な米朝軍事衝突が起こる可能性もなくはない。トランプ政権による軍事オプションの可能性もゼロではない。 こうした事態急変で、いつ何時、突発的、偶発的な米朝軍事衝突が起こる可能性もなくはない。トランプ政権による軍事オプションの可能性もゼロではない」と★ヨシダ拙い憶測は、弾劾という言葉が横行する昨今のトランプ大統領にとって、人気挽回アッと驚くような決断の断行で・・・といった図式もあり得るのではないだろうか?・・・ということ。世界の世論は現下の北朝鮮の度を越すような傍若無人的挙動への批判が支えてって図式です★ふと、余計な憶測。もし、南北朝鮮が金 正恩主導で統一されたら、その危機感は想像を絶します。隣国ニッポンはその最たる立場になることも危惧されます。(12:50)
  「米朝戦争」の危機はヤバイほど高まっている ICBM発射実験成功のインパクトは大きい」の画像検索結果「米朝戦争」の危機はヤバイほど高まっている ICBM発射実験成功のインパクトは大きい」の画像検索結果「米朝戦争」の危機はヤバイほど高まっている ICBM発射実験成功のインパクトは大きい」の画像検索結果
             Image result for 湯浅 卓 :米国弁護士Image result for 湯浅 卓 :米国弁護士Image result for 湯浅 卓著書


                末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

   財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じでこんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
 
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真はヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に私の写真に並べて添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
 http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)    

 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。と、そんなことから下記の一連の関連画像を添付しました。
     「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果 ま

 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から離日寸前までの16年間、東京の上場予定の老舗運送会社さんは9年間にわたる最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークなお手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、9年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
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2017年7月5日(水)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                         
吉田祐起
                           
 (満85歳8ヶ月)
              (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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