このド素人的ホームページは本日6月28日で満85歳8ヶ月になった吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」でして、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめてもと、自我自賛しています(笑)。 (2017年6月28日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳9か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)(注:編集者自身が実は驚いています!そうだった、こんなものを編集していたんだっけ!と。再編集してもっとかっこイイコラムにしようかな、と思っているところです。2017.6.22.)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
29. グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い

                         English               
                  2017年7月31日(月)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った7月31日のできごと
                       (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;July 31
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
  1「781年富士山噴火」の画像検索結果  関連画像    関連画像    関連画像  「最古の富士山絵」の画像検索結果
 3 「1451 Jacques Cœur」の画像検索結果「Capitalist word」の画像検索結果「1451 Jacques Cœur」の画像検索結果「1451 Jacques Cœur」の画像検索結果 「1451 Jacques Cœur」の画像検索結果    「arrested by word」の画像検索結果  「by」の画像検索結果 「Charles VII」の画像検索結果
     7「("The Shortest Way with Dissenters")」の画像検索結果「("The Shortest Way with Dissenters")」の画像検索結果「("The Shortest Way with Dissenters")」の画像検索結果 関連画像「1703, Daniel Defoe」の画像検索結果「1703, Daniel Defoe」の画像検索結果  「1703, Daniel Defoe」の画像検索結果
  「1703, Daniel Defoe」の画像検索結果 「("The Shortest Way with Dissenters")」の画像検索結果 「("The Shortest Way with Dissenters")」の画像検索結果「("The Shortest Way with Dissenters")」の画像検索結果「Daniel Defoe grave」の画像検索結果「Daniel Defoe grave」の画像検索結果「Daniel Defoe grave」の画像検索結果
10「1905年 - 樺太の戦い: 日本軍が樺太全島を占領下に置く。」の画像検索結果「1905年 - 樺太の戦い: 日本軍が樺太全島を占領下に置く。」の画像検索結果「1905年 - 樺太の戦い: 日本軍が樺太全島を占領下に置く。」の画像検索結果「1905年 - 樺太の戦い: 日本軍が樺太全島を占領下に置く。」の画像検索結果 「日露戦争」の画像検索結果
18「1948  Idlewild International Airport opned」の画像検索結果「1948  Idlewild International Airport opned」の画像検索結果「1948  Idlewild International Airport opned」の画像検索結果「1948  Idlewild International Airport opned」の画像検索結果「1948  Idlewild International Airport opned」の画像検索結果
20「1952年 - 天皇・皇后が戦後初めて明治神宮に参拝。」の画像検索結果   関連画像「1952年 - 天皇・皇后が戦後初めて明治神宮に参拝。」の画像検索結果「1952年 - 天皇・皇后が戦後初めて明治神宮に参拝。」の画像検索結果 「1952年 - 天皇・皇后が戦後初めて明治神宮に参拝。」の画像検索結果
25「1969 Paul VI」の画像検索結果「1969 Paul VI first visit to Africa」の画像検索結果「1969 Paul VI in africa」の画像検索結果  「1969 Paul VI in africa」の画像検索結果 「1969 Paul VI in africa」の画像検索結果 「Uganda」の画像検索結果
33「1985 japanese warship Yamato discovered」の画像検索結果「1985年 - 日本海軍の戦艦「大和」が東シナ海の海底で発見される。」の画像検索結果「1985年 - 日本海軍の戦艦「大和」が東シナ海の海底で発見される。」の画像検索結果「1985年 - 日本海軍の戦艦「大和」が東シナ海の海底で発見される。」の画像検索結果「1985年 - 日本海軍の戦艦「大和」が東シナ海の海底で発見される。」の画像検索結果    「1985年 - 日本海軍の戦艦「大和」が東シナ海の海底で発見される。」の画像検索結果
38 「1991 george bush and gorbachev signed the START I」の画像検索結果「1991 george bush and gorbachev signed the START I」の画像検索結果「1991 george bush and gorbachev signed the START I」の画像検索結果 「end of cold war」の画像検索結果 
 44  関連画像「Lunar Prospector finished 」の画像検索結果「Lunar Prospector finished 」の画像検索結果  「Lunar Prospector finished 」の画像検索結果 「Lunar Prospector finished 」の画像検索結果
45「glay 幕張」の画像検索結果関連画像  「glay 幕張」の画像検索結果  「glay 幕張」の画像検索結果     関連画像
    「glay 幕張」の画像検索結果「glay 幕張」の画像検索結果「glay 幕張」の画像検索結果    関連画像関連画像
                      「glay 幕張」の画像検索結果「glay 幕張」の画像検索結果
(1)781年天応元年7月6日) - 富士山噴火の最古の記録。
(2)1009年 - ピエトロ・ボッカペコーラがローマ教皇セルギウス4世として即位。
(3)1451年 - 資本家ジャック・クールシャルル7世の命により逮捕される。
(4)1588年ユリウス暦7月21日) - イギリス艦隊とスペイン無敵艦隊の間のアルマダの海戦が始まる。
(5)1658年 - アウラングゼーブムガル帝国皇帝に即位。
(6)1667年 - ブレダの和約により第二次英蘭戦争が終結。
(7)1703年 - イギリスの作家ダニエル・デフォーが政治的な扇動を目的としたパンフレットを作成した廉でさらし台に上げられる。
(8)1893年 - ダブリンゲール語連盟が設立される。
(9)1895年 - バスク民族主義党設立。
(10)1905年 - 日露戦争樺太の戦い: 日本軍が樺太全島を占領下に置く。
(11)1919年 - ドイツ議会ヴァイマル憲法を採択。
(12)1924年 - 羽越本線が全通。敦賀 - 青森の日本海縦貫線が完成。
(13)1932年 - ドイツ議会の選挙が行なわれ、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)が230議席を獲得し第一党となる。
(14)1936年 - ベルリンで開かれていたIOC総会で1940年の夏季オリンピック東京開催が決定(日中戦争の影響で日本は1938年に開催権を返上)。
(15)1937年 - 三井造船創業。
(16)1941年 - ホロコースト: ヘルマン・ゲーリングSSナンバー2のラインハルト・ハイドリヒに対し、ユダヤ人問題の最終的解決の計画を速やかに提出するよう指示。
(17)1944年 - アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリF-5B偵察機で偵察飛行中に地中海上空で行方不明になる。
(18)1948年 - ニューヨークでアイドルワイルド空港(現ジョン・F・ケネディ国際空港)が国際空港として開港。
(19)1948年 - 日本で、国家公務員団体交渉権・スト権を否認する「政令201号」公布。
(20)1952年 - 天皇皇后が戦後初めて明治神宮に参拝。
(21)1952年 - 日本テレビがテレビ放送の予備免許を取得。日本での取得第1号。
(22)1954年 - 世界第2位の高峰K2イタリアアルディト・デシオ隊により初登頂。
(23)1959年 - バスク地方の分離独立を目指す民族組織バスク祖国と自由 (ETA) が設立。
(24)1964年 - シー・オービット作戦: 原子力空母「エンタープライズ」を旗艦とするアメリカ海軍第1任務部隊が、原子力艦による初の燃料無補給世界一周航海に出港する。
(25)1969年 - ローマ教皇パウロ6世が、ローマ教皇としては初めてアフリカを訪問。
(26)1970年 - イギリス海軍が兵士へのラム酒支給を打ち切る。
(27)1970年 - 山手線に国鉄の通勤電車では初の冷房車を導入。
(28)1971年 - 加賀市沖不審船事件
(29)1973年 - バーモント州バーリントン発ボストン行きのデルタ航空723便DC-9型機がボストン・ローガン国際空港への着陸に失敗、乗員乗客89名全員が死亡。 (en:Delta Air Lines Flight 723)
(30)1973年 - NHKが本部機能を渋谷の放送センターに移転。
(31)1979年 - 松下電子工業が真空管の生産を終了。日本国内での真空管生産がなくなる。
(32)1982年 - 初代日本共産党議長野坂参三が議長を退任。
(33)1985年 - 日本海軍の戦艦「大和」が東シナ海の海底で発見される。
(34)1986年 - 大井競馬場が日本の公営競技場として初のナイター競走(愛称:トゥインクルレース)を開始。
(35)1987年 - サウジアラビアメッカでイラン人巡礼団が反米デモ。警官隊と衝突し、約1,000人が死傷。
(36)1987年 - 北海道の釧路湿原が28番目の国立公園釧路湿原国立公園)に指定。
(37)1989年 - 静岡地裁島田事件に対して再審無罪の判決。
(38)1991年 - ジョージ・H・W・ブッシュ米国大統領ミハイル・ゴルバチョフソ連大統領、第一次戦略兵器削減条約(START I)に調印。冷戦の実質的終結。
(39)1991年 - リトアニアベラルーシ国境のメディニンカイ(Medininkai)にて、7人のリトアニア警備員がソ連内務省特殊部隊(OMON)によって殺害される。
(40)1991年 - この年の統一地方選挙で日本社会党が敗北した責任をとり、土井たか子委員長山口鶴男書記長の社会党執行部は退陣。同日、後任の社会党委員長に田邊誠衆議院議員が就任。
(41)1992年 - グルジア国連に加盟。
(42)1992年 - バンコクカトマンズ行きのタイ国際航空311便エアバスA310型機がカトマンズ近郊の山中に墜落、乗員乗客113名全員が死亡。 (en:Thai Airways International Flight 311)
(43)1992年 - 南京アモイ行きの中国通用航空7522便Yak-42型機が離陸直後に墜落、乗員乗客126名中109名が死亡。
(44)1999年 - ディスカバリー計画: NASAの月探査機「ルナ・プロスペクター」が運用終了。最後に探査機を月の南極のクレーターに衝突させ、氷の蒸発による水蒸気を観測する実験が行われる。
(45)1999年 - GLAYが「MAKUHARI MESSE 10TH ANNIVERSARY GLAY EXPO’99 SURVIVAL」を開催。幕張メッセに20万人を動員、国内史上最大、有料ライブの観客動員数としては世界記録。
(46)2006年 - レバノン侵攻: イスラエルが48時間の空爆停止を了承。
(47)2006年 - キューバフィデル・カストロ国家評議会議長が腸からの出血、手術のため権限が一時的に弟のラウル国家評議会第一副議長に委譲される。
(48)2007年 - 兵庫県豊岡市で野生のコウノトリが日本で46年ぶりに巣立ちをする。
(49)2008年 - 自衛隊機が中華人民共和国北京首都国際空港へ初着陸。日本国政府専用機以外で中国国内に着陸したのは初めて。 (519.69KB)

                     編集者のダイアリー・コーナー
(注)本コラムの編集基準は「1ヶ月を上・中・下の3旬に分割」します。3旬に分割しているのは、ワ7ン・サイトの添付画像容量の制限(1000KB=1MB)があるためですが、編集者の欲張り過ぎか、当該記事に対する編集者の納得できる意図の添付画像かは別にして、折角の添付画像を本欄では「一部削除」を余儀なくしています★しかし、「過去の日本語版トップサイト一覧表」では日々の本欄の全てが掲載されていますので、本欄の記録実績は確実に収録されているという編集者の安心感をもって、思い切ってその都度、削除することに徹しています。ヨシダはともすれば、「完全主義者的な性格」が否定できないなと反省する始末です(笑)★ちなみに、自身が執筆(ブログ)したことを「記録に残す(遺す)」ことに、ある種の人生達成感を意識することから、この問題に関しては、そうした対応をしているものです。ご理解のほど念じる次第です。(2017年7月10日記)
お知らせ:編集容量の調整で添付画像を片っ端から削除することを余儀なくします。その「添付画像=○枚」を付していますが、すべては過去の日本語版トップサイト一覧表に収録していますので、ご関心あらばクリックしてご覧ください。なお、本欄の当該月日にもリンクをはって即座にご覧いただける仕組みを考えて即実践しています。これで、心置きなく「添付画像の削除」ができるようになりました(笑)。
                 2017年7月31日(月)
本日「7月31日のできごと」でヨシダが特に関心を抱くのは、「(33)1985年 - 日本海軍の戦艦「大和」が東シナ海の海底で発見される。」です。ヨシダの故郷広島市のお隣りの呉市には、旧海軍墓地(長迫公園)に「戦艦大和戦死者之碑」があり、大和が建造された旧呉海軍工廠(現在はアイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド)のドックを望む丘の上にも艦橋の高さの1/10の記念碑が設立されています。圧巻は「大和ミュージアム」です。幾つかの当該画像を添付してご参考に供します。その記念館も見学しそびれました★戦艦大和の当時の目的地はヨシダの終の棲家フィリピンのレイテ島でもあったとかです。惜しくも、この記念館の見学も見学しそびれました。でもまあ、こんなことをして、遅ればせながらその片鱗を覗くことができるのが、なによりもです。(添付画像=6枚)
      「大和ミュージアム」の画像検索結果    「大和ミュージアム」の画像検索結果 「大和ミュージアム」の画像検索結果
    「大和ミュージアム」の画像検索結果「大和ミュージアム」の画像検索結果「大和ミュージアム」の画像検索結果     
★「「日本会議」はどのように誕生し、今日に至ったのか 『ドキュメント 日本会議』」(ダイアモンドオンライン2017・7・31.)は当該書籍のPR記事。別段、その組織の信奉者でもありませんが、ヨシダの認識は右翼団体(?)ってもの。左翼が強く台頭する時代に、その反動で生まれた組織だろうな、くらいの認識です★「中見出し等」は、■要約者レビュー、■本書の要点、■要約本文◆日本会議の源流◇打倒全学連からすべては始まった◇三島事件という衝撃 ◇地方から中央へ ◆右派の思想と行動◇日本会議の誕生 ◇歴史教育批判 ◇靖国参拝と国家護持 ◆日本会議の結成◇創価学会と日本会議◇天皇と国体 ・・・と続きます。(添付画像=6枚)(9:30)
    「「「日本会議」はどのように誕生し、今日に至ったのか 『ドキュメント 日本会議』」」の画像検索結果   「藤生 明(ふじう・あきら)」の画像検索結果「「「日本会議」はどのように誕生し、今日に至ったのか 『ドキュメント 日本会議』」」の画像検索結果 「「「日本会議」はどのように誕生し、今日に至ったのか 『ドキュメント 日本会議』」」の画像検索結果
    「「「日本会議」はどのように誕生し、今日に至ったのか 『ドキュメント 日本会議』」」の画像検索結果


            末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

       毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?
                     (本欄は月末まで掲載します。)
 プライベートなことでかつ、単純で大人気ない(?)とも思えるようなことをヨシダは執拗に意識して現在に至ります。ほかでもありません、「28日」という日は吉田祐起の誕生日のそれに当たることから、この日を中心にわが人生の歩みが刻まれている、という自覚や認識です。
 つまり、年に12回の誕生日を意識して「満83歳○ヶ月」とウェブサイトにも掲載し、自身もそれを意識して送っているのです。あと、何日で28日・・・といった具合にです。これって、ちょっと、ユニークはモノの考え方だと自負します。
  時が経つことで、洋の東西を問わず、意味深長なのが「光陰矢の如し」という言葉。英語でも"Time flies like an arrow" と人々は口にします。矢の如く時が去った、と感じることは、その分、人生を短く送っていることを意味するのであって、まさか、時が早く去って歳をとったか ら ヨカッタとは誰も思わないハズです。
 強いてそれをポジティヴに解釈すれば、苦しい時もあったけど、あっと言う間に過ぎ去った、苦しいこと を 克服 してきた、開放された、といったくらいの解釈も成り立つでしょうが、それとて、味わうべき喜怒哀楽の人生がその分、短く去ったことを意味する結果でしかな い、というのがヨシダです。
 折角この世に生を受け、与えられた人生ならば、その喜びを文字通り、日々味わいつつ、感謝しつつ過ごす(消化する)という考え方のほうが、その逆の苦しい人生、早くに過ぎ去って欲しいもの・・・よりもずっと、ハッピーだと思うのです。
  さらに、こんなことも頭に描かれると思います・・・。例えば、何かを達成するとか、成し遂げるものを持っているとします。ヨシダ流の処し方は、優先順位の 見 極めです。沢山ある仕事の優先順位を頭にしっかりと入れて処す方法。ストレスもなくなります。計画的にというのは誰でも言いますが、その処し方の基本はな んと言ってもターゲットとする日の設定でして、ヨシダの場合は毎月の28日がそれになっているという感じです。
 その日(28日)が来たら、ウン、オレはあれもやった、これもやり遂げた、出来なかったことは次の月の28日をひと区切りに・・・といった按配です。これって単純なモーチベーションに過ぎませんが、案外と効果的です。
  結果的には、折角与えられた人生期間を感謝の念をもって着々と消化して事を成し遂げる、といった図式です。同じ1年サイクルで巡ってくる自身の誕生の 「日」をハッピー・バース・デイ!と心の中で呟きながら日々の経過を味わいつつ・・・といったシナリオです。こうした考え方がヨシダが永年、心に入れてい るキーワードに繋がるのです。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」がそれです。
 ところで、これも他愛もないことですが、10月 28日はかのマイクロソフトのビル・ゲイツさんの誕生日(1955年)を早くに認識してきたものです。人間のスケールからすれば、ドダイ比較対象する何も のもないのですが、誕生日だけは同じ!と言える(思える)のがイイ味ってところです(笑)。ヨシダはビル・ゲイツさんと同じ誕生日って思うだけでも、思わ ないよりずっとマシって按配です。
 ふと、この記事を書きながら好奇心旺盛なヨシダは即座にヨシダの認識するその他の著名人を平素世話になるグーグルさんから拾い出しました。多くある人物の中からヨシダの好みに従って人物名と写真を列記して誕生日の味わい方を増幅さす次第です。

 1.ヘンリー3世(1012:イングランド王)、2. Maria Anna of Neuburg(1667:スペイン王カルロス2世の2度目の王妃 、3.John Laurens(1754:南北戦争時代米軍人・政治家)、4.徳川慶喜(1837:江戸幕府第15代将軍・最後の将軍)、5.嘉納治五郎(1860.教育家)、6.横河民輔(1864:横河電機創業者)、7.Ormer Locklear(1891.スタント飛行士・俳優)、8.エルザ・ランチェスター(1902:イギリス生まれの米女優)、9.Douglas Seale(1913.英国舞台映画俳優)、10.Pearl Hackney(1916.英女優・コメディアン・ Eric Barker妻)、11.Richard Laurence Millington Synge(1914.英人科学者:1952年ノーベル賞受賞) 、12.東富士欽壹(1973:大相撲第40代横綱)、13.ジェイコブ・D・コックス(南北戦争北軍将軍・共和党・第28代オハイオ州知事・第10代アメリカ合衆国内務長官)、14.ビル・ゲイツ(1955:マイクロソフト創立者)、15.吉田祐起(1931.本サイト編集者)
 ヨシダって好奇心旺盛 でしょう。こんなことに時間を使うから超多忙人間(?)。日々をかみ締めながら生きるから「光陰矢の如し」は無縁たる所以です(笑)。
    「Henry III」の画像検索結果「Maria Anna of Neuburg」の画像検索結果「John Laurens」の画像検索結果Kanō Jigorō c1937.jpgOrmer Locklear (1920).jpgエルザ・ランチェスターElsa Lanchester
      「Douglas Seale」の画像検索結果「Pearl Hackney」の画像検索結果 Richard Laurence Millington Synge.jpgAzumafuji 1950 Scan10025-2.JPGCox, Jacob D. M.C. Ohio (Secty of Interior in Grant Adm.).jpghttp://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
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2017年7月31日(月)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                         
吉田祐起
                   
 (本日で満85歳9ヶ月になりました!)
              (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
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