このド素人的ホームページは本日6月28日で満85歳8ヶ月になった吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」でして、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめてもと、自我自賛しています(笑)。 (2017年6月28日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)(注:編集者自身が実は驚いています!そうだった、こんなものを編集していたんだっけ!と。再編集してもっとかっこイイコラムにしようかな、と思っているところです。2017.6.22.)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
29. グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い

                         English               
                  2017年7月3日(月)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った7月3日のできごと
                       (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;July 3
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
1「Constantine the Great」の画像検索結果  「Constantine the Great」の画像検索結果 「Battle of Adrianople (324)」の画像検索結果「Battle of Adrianople (324)」の画像検索結果   「リキニウス」の画像検索結果    「リキニウス」の画像検索結果「Byzantium」の画像検索結果
4「初期の祇園祭の山鉾巡行」の画像検索結果「初期の祇園会の山鉾巡行」の画像検索結果「初期の祇園祭の山鉾巡行」の画像検索結果  「初期の祇園会の山鉾巡行」の画像検索結果 「初期の祇園会の山鉾巡行」の画像検索結果  「初期の祇園会の山鉾巡行」の画像検索結果   「初期の祇園祭」の画像検索結果
 「祇園祭の山鉾巡行」の画像検索結果   「祇園祭の山鉾巡行」の画像検索結果「祇園祭の山鉾巡行」の画像検索結果「祇園祭の山鉾巡行」の画像検索結果6「george washington named commander in chief」の画像検索結果
  「george washington named commander in chief」の画像検索結果「george washington named commander in chief」の画像検索結果「george washington named commander in chief」の画像検索結果「george washington named commander in chief」の画像検索結果「george washington named commander in chief」の画像検索結果
7  
「Battle of Wyoming」の画像検索結果 「Battle of Wyoming」の画像検索結果  「Battle of Wyoming」の画像検索結果  「Battle of Wyoming」の画像検索結果   関連画像 「Battle of Wyoming」の画像検索結果
9    「Treaty of Wanghia」の画像検索結果  「Treaty of Wanghia」の画像検索結果 「Treaty of Wanghia」の画像検索結果     「Treaty of Wanghia」の画像検索結果   「Treaty of Wanghia」の画像検索結果  「Treaty of Wanghia」の画像検索結果  12  「1863 the end of Battle of Gettysburg 」の画像検索結果
      関連画像「1863 the end of Battle of Gettysburg 」の画像検索結果「1863 the end of Battle of Gettysburg 」の画像検索結果「1863 the end of Battle of Gettysburg 」の画像検索結果「1863 the end of Battle of Gettysburg 」の画像検索結果  「1863 the end of Battle of Gettysburg 」の画像検索結果
15「newyork tribune 1886」の画像検索結果「newyork tribune 1886」の画像検索結果「newyork tribune 1886」の画像検索結果「newyork tribune first Linotype」の画像検索結果「newyork tribune first Linotype」の画像検索結果「newyork tribune first Linotype」の画像検索結果「newyork tribune first Linotype」の画像検索結果 「newyork tribune first Linotype」の画像検索結果
 17 「Battle of Santiago de Cuba)」の画像検索結果 「Battle of Santiago de Cuba)」の画像検索結果    関連画像「Battle of Santiago de Cuba)」の画像検索結果「Battle of Santiago de Cuba)」の画像検索結果「Battle of Santiago de Cuba)」の画像検索結果

18 「young turk revolution」の画像検索結果    「young turk revolution」の画像検索結果  「青年トルコ人革命」の画像検索結果  「young turk revolution」の画像検索結果  「青年トルコ人革命」の画像検索結果「青年トルコ人革命 スルタン・アブデュルハミト2世」の画像検索結果
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「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果「mallard train」の画像検索結果  「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果  
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34  「SS United states」の画像検索結果  「SS United states」の画像検索結果     関連画像     関連画像「SS United states」の画像検索結果「SS United states, blue ribbon」の画像検索結果
46「Back to the Future 1985」の画像検索結果「Back to the Future 1985」の画像検索結果「Back to the Future 1985」の画像検索結果  「Back to the Future 1985」の画像検索結果  「Back to the Future 1985」の画像検索結果
50  Image result for スクーンの石が700年ぶりにイングランドからスコットランドに返還 Image result for スクーンの石が700年ぶりにイングランドからスコットランドに返還Image result for returned wordImage result for englandImage result for toImage result for scotland             Related imageImage result for スクーンの石が700年ぶりにイングランドからスコットランドに返還
(1)324年 - アドリアノープルの戦い英語版コンスタンティヌス1世リキニウスを打ち破りビザンチウムへ追い込む。
(2)822年弘仁13年6月11日) - 延暦寺大乗戒壇建立が勅許。
(3)987年 - ユーグ・カペーがフランス王に即位。
(4)1500年明応9年6月7日) - 応仁の乱で中断していた祇園会の山鉾巡行が33年ぶりに復活。
(5)1636年寛永13年6月1日) - 江戸幕府寛永通宝創鋳、浅草近江国坂本銭座が設置。
(6)1775年 - アメリカ独立戦争: ジョージ・ワシントン大陸軍司令官に就任。
(7)1778年 - アメリカ独立戦争: ワイオミングの戦い
(8)1837年天保8年6月1日) - 生田万の乱
(9)1844年 - アメリカ合衆国望厦条約を締結。
(10)1844年 - オオウミガラスが絶滅。
(11)1848年 - デンマーク領西インド諸島(現アメリカ領ヴァージン諸島)総督ペーター・ヴァン・ショルテン英語版が奴隷解放宣言。
(12)1863年 - 南北戦争: ゲティスバーグの戦いが終結。
(13)1866年 - 普墺戦争: ケーニヒグレーツの戦いプロイセン軍がオーストリア軍に大勝をおさめる。
(14)1880年 - 学術雑誌サイエンス』が創刊。
(15)1886年 - アメリカの新聞『ニューヨーク・トリビューン』が、世界で初めてライノタイプによる組版を開始。
(16)1890年 - アメリカ合衆国アイダホ準州が州に昇格し、43番目の州・アイダホ州となる。
(17)1898年 - 米西戦争: サンティアゴ・デ・クーバの戦いアメリカ海軍スペイン艦隊を撃破しキューバ近海の制海権を獲得する。
(18)1908年 - 青年トルコ人革命が始まる。
(19)1912年 - 大阪市新世界ルナパークおよび初代通天閣が開場。(通天閣の日)
(20)1914年 - イギリスチベットシムラ条約調印。
(21)1916年 - 第四次日露協約調印。
(22)1928年 - 全府県の警察部に特別高等課が置かれる。
(23)1931年 - 朝鮮排華事件:朝鮮で中国人が100名以上殺害される。
(24)1934年 - 帝人事件により斎藤実内閣総辞職
(25)1936年 - プロ野球リーグで読売巨人軍が初勝利。
(26)1937年 - 浅草国際劇場が開場。
(27)1938年 - フォルクスワーゲン・タイプ1が発表。
(28)1938年 - イギリスの蒸気機関車マラードが、蒸気機関車の世界最高速度203km/hを記録。
(29)1940年 - 第二次世界大戦地中海の戦い: メルセルケビール海戦
(30)1944年 - 第二次世界大戦・ビルマの戦い: 大本営インパール作戦の中止を命令。投入兵力8万6千人に対し、帰還兵力1万2千人の実体は傷病者の撤収作業。
(31)1944年 - 第二次世界大戦・バグラチオン作戦: ナチス・ドイツに占領されていたベラルーシの首都ミンスクがソ連軍により解放される。
(32)1947年 - 財閥解体: GHQ三井物産三菱商事の解散を指令。
(33)1950年 - 朝鮮戦争: 緒戦の敗北の責任をとって蔡秉徳韓国軍参謀総長が解任、丁一権が後任となる。
(34)1952年 - アメリカの旅客船ユナイテッド・ステーツが就役。処女航海で大西洋最速横断記録(ブルーリボン賞)を更新。
(35)1953年 - オーストリアの登山家ヘルマン・ブールが、世界第9位の高峰ナンガ・パルバットに初登頂。
(36)1962年 - アルジェリア戦争: アルジェリアで実施された住民投票の結果に基づき、フランス大統領シャルル・ド・ゴールがアルジェリアの独立を宣言。
(37)1962年 - プラハで開催されていた第15回世界体操競技選手権で、日本の男子団体が初優勝を飾る。
(38)1967年 - FM東海TOKYO FMの前身)でFM最長番組『JET STREAM』が放送開始。
(39)1969年 - ソ連でN-1ロケット2号機の打ち上げに失敗。発射台に落下し、ロケットの爆発では最大級の爆発を起こす。
(40)1970年 - マンチェスターからバルセロナに向かって飛行中のダン・エア・サービスDH106 コメットがバルセロナ近郊に墜落、乗員乗客112名全員が死亡。
(41)1971年 - ばんだい号墜落事故北海道横津岳東亜国内航空(現・日本航空)のYS-11ばんだい号が墜落。
(42)1976年 - イスラエル軍がウガンダエンデベ空港を奇襲ハイジャックされたエールフランス機の乗客を救出。
(43)1976年 - 国鉄大島連絡船がこの日の運航限りで廃止。
(44)1978年 - アマゾン協力条約英語版調印。
(45)1981年 - ニューヨーク・タイムズ紙が、同性愛者から“原因不明の癌”を発見と報道。エイズの発見。
(46)1985年 - 映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がアメリカで劇場公開。
(47)1988年 - イラン航空655便撃墜事件アメリカ海軍ミサイル巡洋艦ヴィンセンス』がホルムズ海峡イラン航空エアバスA300B2型機を撃墜、乗員乗客290名が死亡。
(48)1988年 - ボスポラス海峡にかかる2つ目の橋であるファーティフ・スルタン・メフメト橋(第二ボスポラス橋)が開通。
(49)1996年 - 1996年ロシア大統領選挙決選投票で、現職のボリス・エリツィンが再選。
(50)1996年 - スクーンの石が700年ぶりにイングランドからスコットランドに返還される。
(51)2004年 - タイ王国初の地下鉄、バンコク・メトロが開通。
(52)2005年 - スペイン同性婚が法的に認められる。
(53)2005年 - 競馬のアメリカンオークスで、日本のシーザリオがレースレコードタイムで優勝。日本調教馬が初の米国G1レース制覇。
(54)2006年 - スペイン・バレンシア地下鉄脱線事故。死者43人。
(55)2006年 - 小惑星2004 XP14が地球から432,308 kmまで接近。
(56)2007年 - 滝川高校いじめ自殺事件が起こる。
(57)2012年 - 平成24年梅雨前線豪雨: 大分県日田市中津市で浸水・土砂崩れ被害が相次ぐ。福岡県朝倉市では1人が死亡。
(58)2013年 - エジプトで、軍部によるクーデターが勃発しムハンマド・ムルシー大統領が解任され、拘束された。(574.27KB)

                   編集者のダイアリー・コーナー
 (注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「編集者のダイアリー・コーナーのはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記) (追記)上掲のリンクが最新のものに変わらないといけないのですが、どうしたことか、前回(中旬)のままです。インタネット接続の関係だと思うのですが頭を抱えています・・・(6月21日追記)。

                 2017年7月3日(月)
本日「7月3日のできごと」でヨシダが特に関心を抱くのは、「(12)1863年 - 南北戦争: ゲティスバーグの戦いが終結。」です。ほかでもありません、毎朝の日光浴で声を出して朗誦する8分間の「英語詩文等の朗誦」のひとつが、かのリンカーン大統領の「ゲティスバーグ演説"Lincoln's Gettysburg's Address"」であるからです。若い時に壮絶な画面をアメリカ映画で観たのを記憶します★1993年の「一ヶ月間米国運送業界取材旅行」の際に、リンカーン・メモリアル・ホールで長時間滞在した時のことを本サイトはいろんなコラムでブログしてきたもの。本日の此処ではアメリカ映画「GETTYSBURG」の幾つかの画像を添付して想い出にふけります。(2日15:00)
 「1863」の画像検索結果「movie gettysburg review」の画像検索結果「movie gettysburg review」の画像検索結果「movie gettysburg review」の画像検索結果    「movie gettysburg review」の画像検索結果
    「movie gettysburg review」の画像検索結果 「movie gettysburg review」の画像検索結果  関連画像   「1898 number 」の画像検索結果   「gettysburg address when?」の画像検索結果
「ユーロ危機再燃」が免れないこれだけの理由 早めに手を打つ必要がある」(東洋経済ONLINE2017.7.2.ケネス・ロゴフ :ハーバード大学教授)が目に付きます。EU&UROに対する当初からの否定論者のヨシダが「さもありなむ」と思う所以です★「中見出し」は、■統一通貨ユーロというおりの中で、■なぜ金融市場はこれほど落ち着いている?・・・と続きます★末尾の言葉は「 ・・・いずれにせよ、ユーロ圏の指導者はユーロが再び重大局面にさらされるのを待つのではなく、今すぐに手を打ったほうがいい」と。裏返せば、今すぐ手を打たなければユーロが再び重大局面にさらされる・・・」を意味するにほかありません。(2日17:30)
   「「「ユーロ危機再燃」が免れないこれだけの理由 早めに手を打つ必要がある」」の画像検索結果「「「ユーロ危機再燃」が免れないこれだけの理由 早めに手を打つ必要がある」」の画像検索結果「ケネス・ロゴフ :ハーバード大学教授」の画像検索結果「ケネス・ロゴフ :ハーバード大学教授」の画像検索結果
焦点:ハンブルクG20サミット、賭けに出るメルケル首相」(REUTERSロイター2017.7.2. Noah Barkin 記者)は不気味です。「中見出し」は■<地獄へようこそ>、■ <気候、貿易、移民> ・・・と。末尾の言葉は不気味です。「・・・ 「何でもありだ。西側諸国に明確な姿勢があるわけではない。国際社会の景色が一変してしまった」と。」★冒頭の言葉は意味深長です。曰く、「・・・ 通例では民衆から隔離された場所で開かれるサミットを、あえてデモ隊が容易に取り囲める都市で開催するのは、トランプ米大統領、ロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領らに対し、開かれた民主主義というメッセージを送る狙いもある。」がそれ★利害が交差するのが常の国際経済組織。そのリーダーのメルケル首相は女傑政治家。グーグルで視る同首相が見せる表情や顔つきは並みのものではありません。トホホ・・・。(2日19:00)
  「「焦点:ハンブルクG20サミット、賭けに出るメルケル首相」(」の画像検索結果  「ハンブルクG20サミット」の画像検索結果    「ハンブルクG20サミット」の画像検索結果「ハンブルクG20サミット」の画像検索結果「ハンブルクG20サミット」の画像検索結果
           関連画像「welcome to hell」の画像検索結果「ハンブルクG20サミット」の画像検索結果
小池系が過半数、自民大敗へ 都議選」(日経速報メール2017.7.2.)は「さもありなむ」って感じです。学校法人「加計学園」のスキャンダルなど、フィリピンから見る母国最大与党の無様を反映さす出来事とみます。「奢る者久しからず」ですね・・・。(2日21:30)
 「小池系が過半数、自民大敗へ 都議選」の画像検索結果「小池系が過半数、自民大敗へ 都議選」の画像検索結果「小池系が過半数、自民大敗へ 都議選」の画像検索結果「小池系が過半数、自民大敗へ 都議選」の画像検索結果 
ハイ!お次の取材記事は「息抜き」のため!助平(?)のヨシダが想像を巡らしたこともあるモノです(笑)。お楽しみのほど★その記事は、江戸城「大奥」は、本当にハーレムだったのか 「男子禁制、女性1000人」知られざる実態は?」(東洋経済ONLINE2017.7.3.山岸 良二 :歴史家・昭和 女子大学講師・東邦大学付属東邦中高等学校非常勤講師)です。「中見出し・質問等」は、■美女100人と船遊びに興じる将軍様、■将軍以外「男子禁制」、まさにハーレム?Q1. そもそも「大奥」って何ですか? Q2. 「大奥」はどこにあったのですか?、 Q3. なぜ「大奥」だけそんなに広いのですか?、 Q4.「大奥」には、何人の女性が暮らしていたのですか? Q5. 大奥にも身分制度はあったのですか?、■出世すれば城下に屋敷、副業も、 Q6. 給料はもらえたのですか? 、 Q7. 「御目見以下」の給料は?、 Q8. 高い地位への昇進は可能だったのですか?、 Q9. 「大奥」は、完全な「女の園」だったのですか?■「お相手」を自由には選べない、Q10. 将軍は「大奥」に毎晩通っていたのですか?、 Q11. 将軍は、相手の女性を自由に「選り好み」できたのですか? 、 Q12. 「夜の時間」は2人きりを満喫できたのでは?、■同室には、「おねだり」防止の監視役がいた、Q13. なぜ、同室に「別の女性」がいたのですか?、 Q14. 将軍の「お手」がついた女性はどうなりますか? 、 Q15.一度気に入られると、ずっと安泰だったのですか? 、■「幕府の財政を圧迫する」要因だった・・・と続きます★末尾の言葉は「・・・ 歴史の知識は、いったん身に付けてしまえば一生、応用が利くものです。ぜひ「大奥」など身近な題材から日本史を学び直し、大人に必要な「知識と教養」をいっきに身に付けてください。すると、日頃見るドラマの世界も、もっと楽しめるはずです。」デス!ハイ!日本人固有の歴史の一端を学びました。ニヤニヤしながらの楽しいベンキョウでした。(9:50)
  「江戸城「大奥」は、本当にハーレムだったのか 「男子禁制、女性1000人」知られざる実態は?」の画像検索結果   「江戸城「大奥」」の画像検索結果   「江戸城「大奥」」の画像検索結果「江戸城「大奥」」の画像検索結果
(以下の添付画像4枚は編集許容量超過のために削除しました。(編集者のダイアリー・コーナー)ではご覧いただけます。)
先ほどのトップサイト編集量は1000KB超過!昨日の例ではOKだったのに、今朝の編集ソフトではダメ!???です。目下、契約先に問い合わせ中ですが、大事をとって、1GB超過編集は避けて終了とします。爾後のものは早いですが、明日「7月5日の編集者だより」に転じます。(10:30)


                末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

   財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じでこんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
 
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真はヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に私の写真に並べて添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
 http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)    

 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。と、そんなことから下記の一連の関連画像を添付しました。
     「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果 ま (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から離日寸前までの16年間、東京の上場予定の老舗運送会社さんは9年間にわたる最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークなお手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、9年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
    「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果  
                  では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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2017年7月3日(月)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                         
吉田祐起
                           
 (満85歳8ヶ月)
              (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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