このド素人的ホームページは本日6月28日で満85歳8ヶ月になった吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」でして、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめてもと、自我自賛しています(笑)。 (2017年6月28日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)(注:編集者自身が実は驚いています!そうだった、こんなものを編集していたんだっけ!と。再編集してもっとかっこイイコラムにしようかな、と思っているところです。2017.6.22.)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
29. グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い

                         English               
                  2017年7月27日(木)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った7月27日のできごと
                       (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;July 27
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
  1「Bataille de Bouvines, Battle of Bouvines」の画像検索結果「Philippe II defeated」の画像検索結果「Philippe II, king of france」の画像検索結果「Bataille de Bouvines, Battle of Bouvines」の画像検索結果「Bataille de Bouvines, Battle of Bouvines」の画像検索結果
  「イングランド王ジョン」の画像検索結果「Bouvines map,」の画像検索結果「Philippe II, king of france」の画像検索結果  3「太閤検地」の画像検索結果「太閤検地」の画像検索結果
  「太閤検地」の画像検索結果6「1789, us depertment of states」の画像検索結果「1789, us depertment of states」の画像検索結果「アメリカ合衆国国務省」の画像検索結果「department of state」の画像検索結果
 10「welsh flag」の画像検索結果「wales」の画像検索結果    関連画像「1865, welsh immigrants reached argentina」の画像検索結果「1865, welsh immigrants reached argentina」の画像検索結果「1865, welsh immigrants reached argentina」の画像検索結果
    「1865, welsh immigrants reached argentina」の画像検索結果     「1865, welsh immigrants reached argentina」の画像検索結果     関連画像          関連画像
11「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果 「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果       「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果 「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果
  「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果  「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果      「大西洋横断電信ケーブル」の画像検索結果    12  「Vincent Willem van Gogh killed himself 」の画像検索結果    「Vincent Willem van Gogh killed himself 」の画像検索結果
  「Vincent Willem van Gogh killed himself 」の画像検索結果 「Vincent Willem van Gogh killed himself 」の画像検索結果      「Vincent Willem van Gogh killed himself 」の画像検索結果「Vincent Willem van Gogh killed himself 」の画像検索結果
 17「Japan and the United States, Commerce and Navigation Treaty」の画像検索結果  「1858」の画像検索結果    「Japan and the United States, Commerce and Navigation Treaty」の画像検索結果  「日米通商航海条約 破棄」の画像検索結果  「1939」の画像検索結果「cancellation」の画像検索結果
   「by」の画像検索結果  「Franklin Delano Roosevelt with flag in 1939」の画像検索結果「日米通商航海条約 破棄」の画像検索結果「after」の画像検索結果「after 6-month word」の画像検索結果「lapse word」の画像検索結果
  19 「1949 de Havilland Comet」の画像検索結果「1949 de Havilland Comet」の画像検索結果  「1949 de Havilland Comet」の画像検索結果    「1949 de Havilland Comet」の画像検索結果
  27「1972年 - アメリカの有人月宇宙船アポロ16号が地球に帰還。」の画像検索結果「1972年 - アメリカの有人月宇宙船アポロ16号が地球に帰還。」の画像検索結果「1972年 - アメリカの有人月宇宙船アポロ16号が地球に帰還。」の画像検索結果     「1972 apolo 16 returned earth」の画像検索結果   「1972 apolo 16 returned earth」の画像検索結果
   「1972 apolo 16 returned earth」の画像検索結果「1972 apollo 16 returned earth」の画像検索結果「1972 apolo 16 returned earth」の画像検索結果「1972 apolo 16 returned earth」の画像検索結果「1972 apolo 16 returned earth」の画像検索結果
       「1972 apolo 16 returned earth」の画像検索結果    関連画像「1972 apolo 16 returned earth」の画像検索結果関連画像 「apollo 16 returned earth」の画像検索結果
  関連画像27「apollo 16 returned earth」の画像検索結果   「apollo 16 returned earth」の画像検索結果 33 「1992年 - バルセロナオリンピック大会の水泳女子200m平泳ぎで中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得。日本人史上最年少の金メダル。」の画像検索結果 「1992年 - バルセロナオリンピック大会の水泳女子200m平泳ぎで中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得。日本人史上最年少の金メダル。」の画像検索結果 「1992年 - バルセロナオリンピック大会の水泳女子200m平泳ぎで中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得。日本人史上最年少の金メダル。」の画像検索結果
     「1992年 - バルセロナオリンピック大会の水泳女子200m平泳ぎで中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得。日本人史上最年少の金メダル。」の画像検索結果  「1992年 - バルセロナオリンピック大会岩崎恭子表彰台」の画像検索結果「1992年 - バルセロナオリンピック大会の水泳女子200m平泳ぎで中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得。日本人史上最年少の金メダル。」の画像検索結果「1992年 - バルセロナオリンピック大会岩崎恭子表彰台」の画像検索結果「1992年 - バルセロナオリンピック大会の水泳女子200m平泳ぎで中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得。日本人史上最年少の金メダル。」の画像検索結果
(1)1214年 - ブーヴィーヌの戦い。フランス王フィリップ2世がイングランド王ジョンを破る。
(2)1549年天文18年7月3日) - フランシスコ・ザビエルの船が鹿児島沖に到達し錨を降ろす。8月15日(旧暦7月22日)に上陸。
(3)1582年天正10年7月8日) - 太閤検地: 羽柴秀吉が近江で初めて検地を行う。
(4)1656年 - バールーフ・デ・スピノザが破門される。
(5)1778年 - アメリカ独立戦争: ウェサン島の海戦
(6)1789年 - アメリカ合衆国国務省の前身であるアメリカ合衆国外務省が設立される。アメリカ合衆国憲法下における初の連邦機関。
(7)1794年フランス革命暦II年テルミドール9日) - フランス革命: テルミドールのクーデター
(8)1830年 - フランス7月革命勃発。
(9)1846年(弘化3年6月5日) - 浦賀奉行が通商拒否・退去通告。
(10)1865年 - ウェールズ人入植者 (en:Welsh Argentine) がアルゼンチンチュブ州に到着。
(11)1866年 - 大西洋横断電信ケーブルの敷設作業が完了。
(12)1890年 - オランダの画家・ゴッホがピストルで自殺。2日後に病院で死亡。
(13)1916年 - 横浜港に入港した布哇丸の乗客がコレラを発症。日本全国に広まり、この年だけで約7500人の死者を出す。
(14)1924年 - 5月4日から行われていたパリオリンピックが閉幕。
(15)1930年 - 中国で紅軍長沙を占領。長沙ソビエト政権樹立。
(16)1932年 - 文部省が、世界恐慌や前年の北日本の凶作の影響により、農漁村の欠食児童が20万人を超えると発表。
(17)1939年 - アメリカ合衆国が日米通商航海条約の破棄を通告。半年後の1940年1月26日に失効。
(18)1945年 - 労働党党首クレメント・アトリーイギリスの首相に就任。
(19)1949年 - 世界初のジェット旅客機デ・ハビランド DH.106 コメットが初飛行。
(20)1950年 - 広島県深江沖で漁網にかかった機雷が爆発。死者行方不明46人。
(21)1953年 - 朝鮮戦争: 板門店休戦協定が調印され、現在の軍事境界線が設定される。
(22)1953年 - 東京新橋バー『メッカ』から天井裏から落ちてきた血を切っ掛けとして、証券ブローカーの刺殺体を発見(バー・メッカ殺人事件)。
(23)1955年 - オーストリア連合国による占領が終了し、主権を回復。永世中立宣言はこの年の10月26日
(24)1965年 - 第二次大戦後初の日本からのサハリン墓参団が出発。
(25)1970年 - 東京都光化学スモッグ注意報・警報の発令体制が開始。
(26)1972年 - F-15戦闘機(イーグル)が初飛行。
(27)1972年 - アメリカの有人月宇宙船アポロ16号が地球に帰還。
(28)1974年 - ウォーターゲート事件: 米下院司法委員会リチャード・ニクソン大統領の司法妨害に対する第1の弾劾を可決。
(29)1976年 - ロッキード事件: 田中角栄前首相(当時)が逮捕される。
(30)1989年 - 大韓航空機墜落事故大韓航空機がリビアトリポリ空港の手前の住宅地に墜落。乗員乗客199名のうち74名と地元住民6名が死亡。
(31)1990年 - ベラルーシソビエト連邦からの独立を宣言。1991年承認される。
(32)1990年 - ソビエト連邦ミハイル・ゴルバチョフ大統領が訪ソ中の池田大作創価学会名誉会長と会談。1991年春に訪日する意向を表明した[1][2]
(33)1992年 - バルセロナオリンピック大会の水泳女子200m平泳ぎで中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得。日本人史上最年少の金メダル。
(34)1994年 - マイクロソフトWindows NT 3.1を発売。
(35)1995年 - 九州自動車道が全線開通。青森 - 鹿児島宮崎間が高速道路によって結ばれる。
(36)1996年 - アトランタオリンピック開催中のアトランタのオリンピック公園で爆破事件 (en:Centennial Olympic Park bombing) が発生し、2名死亡、111名負傷。
(37)2001年 - ディズニーリゾートラインが開業。
(38)2002年 - リヴィウ航空ショー墜落事故
(39)2012年 - ロンドンオリンピックが開幕。8月12日まで。
(40)2013年 - 隅田川花火大会が、雷雨の影響で史上初の中止に。(343.02KB)

                     編集者のダイアリー・コーナー
(注)本コラムの編集基準は「1ヶ月を上・中・下の3旬に分割」します。3旬に分割しているのは、ワ7ン・サイトの添付画像容量の制限(1000KB=1MB)があるためですが、編集者の欲張り過ぎか、当該記事に対する編集者の納得できる意図の添付画像かは別にして、折角の添付画像を本欄では「一部削除」を余儀なくしています★しかし、「過去の日本語版トップサイト一覧表」では日々の本欄の全てが掲載されていますので、本欄の記録実績は確実に収録されているという編集者の安心感をもって、思い切ってその都度、削除することに徹しています。ヨシダはともすれば、「完全主義者的な性格」が否定できないなと反省する始末です(笑)★ちなみに、自身が執筆(ブログ)したことを「記録に残す(遺す)」ことに、ある種の人生達成感を意識することから、この問題に関しては、そうした対応をしているものです。ご理解のほど念じる次第です。(2017年7月10日記)
お知らせ:編集容量の調整で添付画像を片っ端から削除することを余儀なくします。その「添付画像=○枚」を付していますが、すべては過去の日本語版トップサイト一覧表に収録していますので、ご関心あらばクリックしてご覧ください。なお、本欄の当該月日にもリンクをはって即座にご覧いただける仕組みを考えて即実践しています。これで、心置きなく「添付画像の削除」ができるようになりました(笑)。
                 2017年7月27日(木)
本日「7月27日のできごと 」でヨシダが特に関心を抱くのは、「(27)1972年 - アメリカの有人月宇宙船アポロ16号が地球に帰還。」です。18枚もの画像を添付したのはその証しです。地球への帰還が円錐形のキャビン。大気圏に突入した時は「火の玉」状態!よくぞ、耐えられる仕組みであることよ、と想像の域を出ません。人類で始めて月面に降り立ったアームストロングさんは (Neil Alden Armstrong, 1930年8月5日 - 2012年8月25日)。ヨシダとは1歳上のお兄さん。でも、82歳で他界。想像を絶する厳しい役目の訓練や環境等々が命を縮めたのでは・・・と胸を横切ります★ところで、「アームストロング」と言えば、ヨシダの人生第一毛作時代は「職人自営業時代」を想起します。CIA図書館でゲットした分厚い単行本「LUMBER」(材木→製材)を長期間借りて得た知識や人脈を頼りに、日本では不可能視されていた新技術(複数)の導入成功に支援を受けた「Armstrong Manufacturing Co.」のアームストロング社長との貴重な接点があったものです★後年、同社長の後継者子息が私を訪ねてきました。広島市に支店を持つ大坂本社担当者に案内されての訪問。人生第三毛作は「総合物流経営コンサルタン」(ロジタント社長)のヨシダに言いました。「ミスター・ヨシダが羨ましい・・・」と★添付画像左端は初代社長で文通を頻繁にした人物です。「1993年の一ヶ月間米国取材旅行」の折に訪問を願いながら実現しなかった貴重な人脈主人公の一人。まさか、同名の宇宙飛行士・アームストトロングさんの記事編集でゲットするとは・・・というのがヨシダの心境です。(添付画像=4枚)(26日19:00)
   「Armstrong Manufacturing Co.」の画像検索結果 「Armstrong Manufacturing Co.」の画像検索結果「Armstrong Manufacturing Co.」の画像検索結果  関連画像
欧州発、電気自動車シフト 「脱石油」世界の潮流に」(日本経済新聞2017.7.27.)は驚くべきトレンドです。一方、トランプさんの「パリ協定離脱」で世界の孤児になりかねません。蓋を開けてみたらアメリカの自動車産業は世界の孤児的立ち遅れって図式です(笑)★それにしても石油輸出国にとっては恐るべき世界の流れですね。考えてみれば、地下資源に恵まれた国はそれを汲み上げる設備費だけで、後はジャンジャンモーターを回して汲み上げて、ジャンジャン輸出して国の経済が成り立つ図式。しっぺ返しの到来って図式ですね★・・・と、このことで想い出すことがあります。弟(故人)がアブダビ石油勤務中の時代のこと。「兄ちゃん、アブダビのオタイバ石油大臣が広島へ行くから会ってやって・・・」と。広島グランドホテルで長時間懇談しました。その時の彼は「ゴールド詰め」。大きなゴールドの数珠をこれ見よがしに弄びながらの懇談。彼曰く、「お国の人たちは悩み多い感じですネ・・・」と。即座に言い返してやりました。「・・・そうですね、ニッポン人はお国の人たちみたいに、地下資源をジャンジャン汲み上げて巨額の外貨をゲットして生活できるのとは異なり、頭を使って色んな生き方をせねばならない国民性とは些か異なりますからね・・・」と皮肉ってやりました。絶句って風情でした(笑)★ちなみに、同大臣の付け人を日本料理店に案内して「生きづくり」をご馳走したのですが、ピクピク動く皿のなかの魚をみて、「オー、ノー!」とシャイ振り。そのことをくだんの弟に電話で話したら、彼曰く、「彼、カマトトぶって、女たらしの遊び人ですよ・・・」と。とんだ方向のブログになりました。ちなみに、くだんのオタイバ石油大臣(当時)の写真を検索するに出てきません。ブログの証しにって魂胆でしたが・・・(笑)。(2:30)
早朝受信の「today@VOA」は「No.227(July 27, 2017)"On this day in 1775, the U.S. postal system is established by the Second Continental Congress,"」です。早速に編集にかかっています。どんな画面になるやら・・・(添付画像=3枚)(5:40)
      「欧州発、電気自動車シフト 「脱石油」世界の潮流に」の画像検索結果「電気自動車」の画像検索結果
トランプ氏と旧知→今は批判的報道 CNN社長に聞く」(朝日新聞2017.7.27.中井大助、仲村和代)はCNN愛好者のヨシダにとってヨカッタ!って感じを与えてくれます。英語の達者なある人物はCNNを評して左寄りと言いますが、本記事を読んで安心します。(添付画像=3枚)(6:50)
            「CNN」の画像検索結果 「トランプ氏と旧知→今は批判的報道 CNN社長に聞く」の画像検索結果「トランプ氏と旧知→今は批判的報道 CNN社長に聞く」の画像検索結果

                末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

   財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じでこんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
 
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真はヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に私の写真に並べて添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
  http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
   http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)    

 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。と、そんなことから下記の一連の関連画像を添付しました。
     「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果 
(追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から離日寸前までの16年間、東京の上場予定の老舗運送会社さんは9年間にわたる最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークなお手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、9年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
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2017年7月27日(木)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                         
吉田祐起
                           
 (満85歳8ヶ月)
              (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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