このド素人的ホームページは本日6月28日で満85歳8ヶ月になった吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」でして、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめてもと、自我自賛しています(笑)。 (2017年6月28日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)(注:編集者自身が実は驚いています!そうだった、こんなものを編集していたんだっけ!と。再編集してもっとかっこイイコラムにしようかな、と思っているところです。2017.6.22.)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
29. グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い

                         English               
                  2017年7月24日(月)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った7月24日のできごと
                       (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;July 24
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
  4「桓武平氏の始まり。」の画像検索結果「高棟王」の画像検索結果「桓武平氏」の画像検索結果「平氏 家紋」の画像検索結果5「清涼殿落雷事件」の画像検索結果「清涼殿落雷事件」の画像検索結果
7「Battle of Harlaw」の画像検索結果      「Battle of Harlow」の画像検索結果 「Battle of Harlow」の画像検索結果 「Battle of Harlow」の画像検索結果    「Battle of Harlow」の画像検索結果          「Battle of Harlow」の画像検索結果
     関連画像    関連画像関連画像 「Scottish clan」の画像検索結果 「Battle of Harlow」の画像検索結果「Scottish clan」の画像検索結果
 10「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果関連画像「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果「The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints」の画像検索結果「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果  
          「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果「brigham young family」の画像検索結果     「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果 「brigham young family」の画像検索結果「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果
11JubalEarly.jpeg「Second Battle of Kernstown」の画像検索結果「Second Battle of Kernstown」の画像検索結果「Second Battle of Kernstown」の画像検索結果George Crook - Brady-Handy.jpg 「Second Battle of Kernstown」の画像検索結果
   15  「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果  「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果  「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果
   「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果 「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果   「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果         関連画像「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果
  「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果「machu picchu」の画像検索結果「machu picchu」の画像検索結果19 「1938年 - ドイツ・オーストリアの登山隊がアイガー北壁の初登頂」の画像検索結果 「アイガー北壁」の画像検索結果
   24  「bumper rocket launch」の画像検索結果「bumper rocket launch」の画像検索結果28「Kitchen Debate」の画像検索結果   「Kitchen Debate」の画像検索結果 「Kitchen Debate」の画像検索結果「Kitchen Debate」の画像検索結果
 29関連画像「1959年 - 児島明子ミス・ユニバース」の画像検索結果「1959年 - 児島明子ミス・ユニバース」の画像検索結果「1959年 - 児島明子ミス・ユニバース」の画像検索結果30         「Vive le Québec libre!」の画像検索結果       「ドゴール」の画像検索結果  「Vive le Québec libre!」の画像検索結果    
   31 「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果 「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果   関連画像「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果            関連画像
   「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果     関連画像「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果
  関連画像  「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果      関連画像「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果
 37「Operation Earnest Will」の画像検索結果「Operation Earnest Will」の画像検索結果「Operation Earnest Will」の画像検索結果「Operation Earnest Will」の画像検索結果   「Operation Earnest Will」の画像検索結果
 43「2005年 - ランス・アームストロングがツール・ド・フランス7連覇を達成」の画像検索結果        「2005 Lance Armstrong」の画像検索結果     「2005年 - ランス・アームストロングがツール・ド・フランス7連覇を達成」の画像検索結果   「2005 Lance Armstrong」の画像検索結果   「2005 Lance Armstrong」の画像検索結果 関連画像
        関連画像「inspite of」の画像検索結果「Embryonal carcinoma」の画像検索結果Seminoma of the Testis.jpgJohn McCain official portrait 2009.jpg49 「2013年 - サンティアゴ・デ・コンポステーラ列車脱線事故:」の画像検索結果
    「2013年 - サンティアゴ・デ・コンポステーラ列車脱線事故:」の画像検索結果    関連画像「2013年 - サンティアゴ・デ・コンポステーラ列車脱線事故:」の画像検索結果「2013年 - サンティアゴ・デ・コンポステーラ列車脱線事故:」の画像検索結果
(1)672年(天武天皇元年/弘文天皇元年6月24日) - 大海人皇子(後の天武天皇)が弘文天皇を討つ為に吉野を出発。壬申の乱の始まり。
(2)721年養老5年6月26日) - 信濃国を分割して諏訪国を設置。

(3)757年天平宝字元年7月4日) - 橘奈良麻呂の乱: 橘奈良麻呂らによる藤原仲麻呂打倒計画が発覚し逮捕。
(4)825年天長2年7月6日) - 桓武天皇の孫・高棟王が臣籍に下り平姓を賜る。桓武平氏の始まり。
(5)930年延長8年6月26日)- 清涼殿落雷事件清涼殿に落雷して公卿2人が即死し、菅原道真怨霊との噂が流れる。
(6)1216年 - チェンチオ・サヴェッリがローマ教皇ホノリウス3世となる。
(7)1411年 - ハーロウの戦い英語版
(8)1567年 - スコットランド女王メアリーが退位させられ、1歳の長男ジェームズが即位する。
(9)1587年天正15年6月19日) - 豊臣秀吉バテレン追放令を発令。
(10)1847年 - ブリガム・ヤング率いる末日聖徒イエス・キリスト教会の信徒がソルトレイクシティに到着、教会の本拠を置く。
(11)1864年 - 南北戦争: 第二次カーンズタウンの戦いが行われる。
(12)1866年 - レコンストラクション: テネシー州アメリカ連合国諸州ではじめてアメリカ合衆国に復帰した。
(13)1907年 - 第三次日韓協約が締結される。
(14)1908年 - ロンドンオリンピック: 男子マラソンドランド・ピエトリが係員の助けを借りて最初にゴールにたどり着いたが失格となり、2着のジョニー・ヘイズ金メダルとなる。
(15)1911年 - ハイラム・ビンガムマチュ・ピチュ遺跡を発見する。
(16)1923年 - 希土戦争の講和条約ローザンヌ条約が締結される。
(17)1929年 - 不戦条約(ケロッグ=ブリアン協定)が発効。
(18)1932年 - 全国労農大衆党社会民衆党が合同して社会大衆党結成。
(19)1938年 - ドイツ・オーストリアの登山隊がアイガー北壁の初登頂に成功する。
(20)1943年 - 第二次世界大戦: ハンブルク空襲(ゴモラ作戦)が始まる。
(21)1945年 - 第二次世界大戦日本本土空襲: 呉軍港空襲。戦艦日向、空母龍鳳が大破。
(22)1945年 - 京城府民館事件起こる。
(23)1948年 - 李承晩が初代韓国大統領に就任。
(24)1950年 - パンパー8の打ち上げで、ケープカナベラル空軍基地が初めてロケットの打ち上げに使われる。
(25)1950年 - レッドパージ: GHQが新聞社に共産党員やその同調者を解雇するよう勧告。
(26)1950年 - 日本初の国定公園として琵琶湖国定公園を指定。
(27)1958年 - 報道各社が皇太子の結婚相手についての報道を正式発表まで自発的に規制することを決定。
(28)1959年 - 冷戦: モスクワアメリカ博覧会が開幕。キッチン展示場でソ連共産党第一書記のニキータ・フルシチョフ副大統領のリチャード・ニクソン資本主義共産主義の利点についての討論を行う。(キッチン討論英語版
(29)1959年 - 児島明子がアジア人として初めてミス・ユニバースに選ばれる。
(30)1967年 - ケベック独立運動: モントリオール万博のためカナダを訪問していたフランス大統領シャルル・ド・ゴールが、「自由ケベック万歳!」の演説を行う。
(31)1969年 - アメリカの月宇宙船アポロ11号が地球に帰還。
(32)1972年 - 四日市ぜんそく訴訟で津地方裁判所が原告勝訴の判決を下す。
(33)1974年 - 北の湖が史上最年少(21歳2か月)で第55代横綱昇進。
(34)1974年 - ウォーターゲート事件: アメリカ最高裁が、ニクソン大統領と首席補佐官が事件対策を話しあう様子が収められた録音テープの引渡しを大統領側に命じる判決を出す。
(35)1977年 - リビア・エジプト戦争英語版が4日間で終結。
(36)1983年 - パインタール事件メジャーリーグベースボール(MLB)のニューヨーク・ヤンキースカンザスシティ・ロイヤルズ戦で、ロイヤルズのジョージ・ブレットが最終回に逆転本塁打を放ったところでヤンキース側が本塁打は無効として抗議。裁判にまで発展し、8月18日に試合が再開される。
(37)1987年 - イラン・イラク戦争: 米軍によるクウェートタンカー護衛がはじまる。(アーネスト・ウィル作戦
(38)1989年 - 首相の宇野宗佑が、参院選惨敗と自身の女性問題により退陣を表明。
(39)1989年 - 北海道旭岳にて倒木で作られたSOSの文字が発見される。(SOS遭難事件
(40)2001年 - 元ブルガリア王シメオン・サクスコブルクゴツキ(シメオン2世)がブルガリア首相に就任する。
(41)2001年 - スリランカ内戦: バンダラナイケ国際空港襲撃事件タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)がスリランカ空軍の基地とそれに隣接するバンダラナイケ国際空港を襲撃。
(42)2002年 - 自民党有志(例外的に夫婦の別姓を実現させる会)、家裁の許可を要件とする例外的夫婦別氏制度(いわゆる家裁許可制)の民法改正案を自民党法務部会に提出。
(43)2005年 - ランス・アームストロングツール・ド・フランス7連覇を達成する。
(44)2007年 - リビアのエイズ感染事件: リビア政府により死刑から終身刑に減刑されブルガリア政府に引渡されたブルガリアの6人の医療従事者が帰国。ブルガリア政府はすぐに恩赦を実施。
(45)2008年 - 岩手県沿岸北部地震が発生。青森県八戸市などで最大震度6弱を観測。
(46)2010年 - 全国に先駆け、石川県珠洲市が地上波アナログテレビ放送を中止し、地上波デジタル放送に完全移行。
(47)2011年 - 東日本大震災で大きな被害を受けた福島県宮城県岩手県を除く日本の44都道府県で地上波のアナログテレビ放送が終了。
(48)2012年 - 日本で、この日までに移動体通信携帯電話等)用800MHz帯の再編を完了。
(49)2013年 - サンティアゴ・デ・コンポステーラ列車脱線事故: スペインで、マドリードからフェロルに向かっていた列車が脱線転覆し、78人が死亡。 (569.91KB)


                     編集者のダイアリー・コーナー
(注)本コラムの編集基準は「1ヶ月を上・中・下の3旬に分割」します。3旬に分割しているのは、ワ7ン・サイトの添付画像容量の制限(1000KB=1MB)があるためですが、編集者の欲張り過ぎか、当該記事に対する編集者の納得できる意図の添付画像かは別にして、折角の添付画像を本欄では「一部削除」を余儀なくしています★しかし、「過去の日本語版トップサイト一覧表」では日々の本欄の全てが掲載されていますので、本欄の記録実績は確実に収録されているという編集者の安心感をもって、思い切ってその都度、削除することに徹しています。ヨシダはともすれば、「完全主義者的な性格」が否定できないなと反省する始末です(笑)★ちなみに、自身が執筆(ブログ)したことを「記録に残す(遺す)」ことに、ある種の人生達成感を意識することから、この問題に関しては、そうした対応をしているものです。ご理解のほど念じる次第です。(2017年7月10日記)
お知らせ:編集容量の調整で添付画像を片っ端から削除することを余儀なくします。その「添付画像=○枚」を付していますが、すべては過去の日本語版トップサイト一覧表に収録していますので、ご関心あらばクリックしてご覧ください。なお、本欄の当該月日にもリンクをはって即座にご覧いただける仕組みを考えて即実践しています。これで、心置きなく「添付画像の削除」ができるようになりました(笑)。
                 2017年7月24日(月)
本日「7月24日のできごと 」でヨシダが特に関心を抱くのは、「(43)2005年 - ランス・アームストロングツール・ド・フランス7連覇を達成する。ほかでもありません、編集中に知ったことが主人公のランス・アームストロングさんが癌に罹病していること。同じ病に冒されているのが米共和党議員のマックケインさん。同氏は悪性脳腫瘍で手術後は良好とか。アームストロングさんは 精巣腫瘍とかで、再起はできないとか。前者のマッケインさんは「きょうのできごと」で登場されました。戦時中にB29搭乗員で撃墜されながら捕虜になって現在にして生きるという強運の人物。ちなみに、マッケンさんは共和党同士でありながら、当初からトランプさん批判者であるとかです。
アングル:皇太子が電撃交代、サウジ王室「内紛」の舞台裏」(REUTERSロイター2017.7.23.By Ahmed Jadallah)は「中見出し」のない6ページの記事。ことの発端は「 ナエフ氏の個人宮廷が解体されて国王の宮廷と統合されたことだ」と。そもそも「個人宮廷」と言えば、私的な宮廷。そうしたには、それなりの「強引さ」が想像されます。無理して次期国王を狙った感じですネ。相続問題は古今洋の東西を問わず争いの種になりがちです★国王ともなれば直系の云々以上に、統治能力や信頼度が先行します。それが無かったら、直系と言えども、クーデターや謀反が起きるのが世の常ですネ★・・・と、下手な講釈はやめて、関連すると思われる画像を追ってみます。(添付画像=7枚)(23日14:00)
    「アングル:皇太子が電撃交代、サウジ王室「内紛」の舞台裏」の画像検索結果「ナエフ氏の個人宮廷」の画像検索結果「サウジ王室「内紛」」の画像検索結果
 7月19日、先月サウジアラビアの王室で起きた「宮廷革命」によって、王位継承第1位の皇太子だったムハンマド・ビン・ナエフ氏(写真中央)は、国王の息子に皇太子の座を譲り渡した。その秘められた内幕とは。写真はメッカで2016年撮影(2017年 ロイター/Ahmed Jadallah)
   関連画像「サウジ王室「内紛」」の画像検索結果
    「ナエフ氏の個人宮廷」の画像検索結果「サウジ王室集合写真」の画像検索結果
                                   「reuters logo」の画像検索結果     「Ahmed Jadallah」の画像検索結果  「Ahmed Jadallah」の画像検索結果
トランプ丸は沈没寸前か」(頂門の一針 4423号 2017.7.24.Andy Chang)は一読に値します。ヨシダが当初からブログして現在に至る想いに通じます。ヨシダの冗談ブログは、万一にでも弾劾もしくは自己意志としての辞任に至れば、ヨシダの先見の明はお見事!ってところですネ★ヨシダが関心を強くする本記事の言葉を以下に列記します。■記者団の評論では「トランプ丸」は大破して、船体が傾むいたと言う、■トランプ最大の問題は彼の暴言、放言癖である。問題がたくさんあるのに新しい放言で世評が更に悪くなる、■ トランプのもう一つの問題は部下を信用しないことである、■(末尾の言葉) トランプ丸が立ち直れるかどうかは彼本人にかかっている。報道官だけでなく弁護士が何人も辞めている。報道によると数日前にホワイトハウスの弁護士Mark Corello が辞任し、Marc Kasowitzトランプの個人弁護士も昨日辞任した。理由は明らかにしていない・・・と続きます★イヤハヤ、歴代の米大統領には例のないオッサンと酷評するのがヨシダです。・・・ふと思うことは。64年余の経営者人生を送り、85歳超の引退生活(人生四毛作)も経営者マインドで生きているヨシダのこれは自信をもった人物評価力が招来するブログです(笑)。(添付画像=9枚)(10:00)
   「「トランプ丸は沈没寸前か」」の画像検索結果「trump ship sinking!」の画像検索結果「trump ship sinking!」の画像検索結果「trump ship sinking!」の画像検索結果
       「Andy Chang」の画像検索結果「Andy Chang」の画像検索結果「Andy Chang」の画像検索結果「Andy Chang」の画像検索結果「Andy Chang books」の画像検索結果
自動運転推進に米政府が急ブレーキをかけた理由」(DIAMOND Online2017.24.桃田健史:ジャーナリスト)はトランプ政権の弱点を曝け出す、というのはヨシダの見方★「中見出し」は、■注目の国際協議の場だったのだが…、■行政の色がまったくない、■オバマの決定は何でも反対!?、■自動運転バブル崩壊の予感・・・と続きます★「末尾の言葉」は、「・・・ 追記:本稿作成後、米下院のエネルギー商業委員会が、自動運転の販売や使用を緩和する法案を可決した。こうした議会の動きについては、今回取材した現場でも、参加者らは米自動車大手メディアのAutomotive News等を通じて承知していた。それにもかかわらず、現場の空気感はトランプ政権による自動運転の今後について、不透明感が拭えていなかったのが大きな問題だ。」とあります。(添付画像=8枚)(11:30)
        「自動運転推進に米政府が急ブレーキをかけた理由」の画像検索結果「自動運転推進に米政府が急ブレーキをかけた理由」の画像検索結果  「基調講演は、トヨタ・リサーチインスティテュート(TRI)」の画像検索結果
      「基調講演は、トヨタ・リサーチインスティテュート(TRI)」の画像検索結果   「基調講演は、トヨタ・リサーチインスティテュート(TRI)」の画像検索結果    「基調講演は、トヨタ・リサーチインスティテュート(TRI)」の画像検索結果   「桃田健史:ジャーナリスト」の画像検索結果 「桃田健史:ジャーナリスト」の画像検索結果

                末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

   財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じでこんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
 
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                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真はヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に私の写真に並べて添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
  http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
   http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)    

 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。と、そんなことから下記の一連の関連画像を添付しました。
     「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果 
(追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から離日寸前までの16年間、東京の上場予定の老舗運送会社さんは9年間にわたる最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークなお手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、9年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
    「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果  
                  では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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2017年7月24日(月)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                         
吉田祐起
                           
 (満85歳8ヶ月)
              (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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