このド素人的ホームページは本日6月28日で満85歳8ヶ月になった吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」でして、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめてもと、自我自賛しています(笑)。 (2017年6月28日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)(注:編集者自身が実は驚いています!そうだった、こんなものを編集していたんだっけ!と。再編集してもっとかっこイイコラムにしようかな、と思っているところです。2017.6.22.)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
29. グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い

                         English               
                  2017年7月17日(月)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った7月17日のできごと
                       (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;July 17
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
  1  「Scillium」の画像検索結果「Scillium」の画像検索結果「Scillium」の画像検索結果 「Scillium」の画像検索結果2「蘇我馬子」の画像検索結果関連画像関連画像   関連画像
    「穴穂部皇子」の画像検索結果「穴穂部皇子」の画像検索結果9  「摺上原の戦い」の画像検索結果  「摺上原の戦い」の画像検索結果「伊達政宗軍と蘆名義広軍」の画像検索結果  「蘆名義広」の画像検索結果   「伊達政宗軍と蘆名義広軍」の画像検索結果
        10「徳川和子 入内」の画像検索結果   「徳川和子 入内」の画像検索結果   「徳川和子 入内」の画像検索結果「徳川和子 後水尾天皇」の画像検索結果    「徳川和子 後水尾天皇」の画像検索結果「徳川和子墓」の画像検索結果 12「1791  シャン・ド・マルスの虐殺」の画像検索結果
  「1791  Fusillade du Champ-de-Mars」の画像検索結果「1791  シャン・ド・マルスの虐殺」の画像検索結果「meaning word」の画像検索結果「asking word」の画像検索結果「1791  シャン・ド・マルスの虐殺」の画像検索結果「no understanding」の画像検索結果18 「東北帝国大学本館」の画像検索結果
   「(18)1916年 - 牧田らく・黒田チカの2人が東北帝国大学理科大学を卒業。」の画像検索結果 「牧田らく・黒田チカ」の画像検索結果「(18)1916年 - 牧田らく・黒田チカの2人が東北帝国大学理科大学を卒業。」の画像検索結果「牧田らく・黒田チカ」の画像検索結果20「ボリシェヴィキ」の画像検索結果
    「ボリシェヴィキ レーニン」の画像検索結果「ロシア革命: ロシア・エカテリンブルクのイパチェフ館に監禁されていた元ロシア皇帝ニコライ2世とその家族らがボリシェヴィキにより銃殺」の画像検索結果「ロシア革命: ロシア・エカテリンブルクのイパチェフ館に監禁されていた元ロシア皇帝ニコライ2世とその家族らがボリシェヴィキにより銃殺」の画像検索結果   関連画像「ロシア革命: ロシア・エカテリンブルクのイパチェフ館に監禁されていた元ロシア皇帝ニコライ2世とその家族らがボリシェヴィキにより銃殺」の画像検索結果        関連画像
24「douglas corrigan pilot」の画像検索結果「douglas corrigan pilot」の画像検索結果「douglas corrigan pilot」の画像検索結果関連画像「douglas corrigan pilot」の画像検索結果「douglas corrigan pilot」の画像検索結果
 25「The Port Chicago disaster」の画像検索結果「The Port Chicago disaster」の画像検索結果   「The Port Chicago disaster」の画像検索結果   「The Port Chicago disaster」の画像検索結果  「The Port Chicago disaster」の画像検索結果
29「紀州大水害」の画像検索結果関連画像「紀州大水害」の画像検索結果「紀州大水害」の画像検索結果「紀州大水害」の画像検索結果
   32「1966年 - 『ウルトラマン』」の画像検索結果「1966年 - 『ウルトラマン』」の画像検索結果 「1966年 - 『ウルトラマン』」の画像検索結果「1966年 - 『ウルトラマン』」の画像検索結果「1966年 - 『ウルトラマン』」の画像検索結果
35「1971年 - 今井通子がグランド・ジョラス北壁に登頂。女性初のアルプス三大北壁登頂を」の画像検索結果関連画像「1971年 - 今井通子がグランド・ジョラス北壁に登頂。女性初のアルプス三大北壁登頂を」の画像検索結果「1971年 - 今井通子がグランド・ジョラス北壁に登頂。女性初のアルプス三大北壁登頂を」の画像検索結果「1971年 - 今井通子がグランド・ジョラス北壁に登頂。女性初のアルプス三大北壁登頂を」の画像検索結果「1971年 - 今井通子がグランド・ジョラス北壁に登頂。女性初のアルプス三大北壁登頂を」の画像検索結果「1971年 - 今井通子がグランド・ジョラス北壁に登頂。女性初のアルプス三大北壁登頂を」の画像検索結果
 37           「ひめゆりの塔事件」の画像検索結果      「ひめゆりの塔事件」の画像検索結果    「ひめゆりの塔事件」の画像検索結果    「ひめゆりの塔」の画像検索結果  「ひめゆりの塔」の画像検索結果
38「1975年 - アポロ・ソユーズテスト計画: アメリカの宇宙船アポロ18号とソ連の宇宙船ソユーズ19号が地球を周回する軌道上でドッキングに成功」の画像検索結果「1975年 - アポロ・ソユーズテスト計画: アメリカの宇宙船アポロ18号とソ連の宇宙船ソユーズ19号が地球を周回する軌道上でドッキングに成功」の画像検索結果           関連画像44「ハイアットリージェンシー空中通路落下事故」の画像検索結果
   「ハイアットリージェンシー空中通路落下事故」の画像検索結果「ハイアットリージェンシー空中通路落下事故」の画像検索結果   「ハイアットリージェンシー空中通路落下事故」の画像検索結果      「hyatt regency hotel kansas city 1981」の画像検索結果
     49「1998 Papua New Guinea earthquake」の画像検索結果「1998 Papua New Guinea earthquake」の画像検索結果    「1998 Papua New Guinea earthquake」の画像検索結果    関連画像     関連画像
  56「2011 FIFA女子ワールドカップ」の画像検索結果「(56)2011年 - 2011 FIFA女子ワールドカップで、日本代表(なでしこJAPAN)が初優勝。」の画像検索結果「(56)2011年 - 2011 FIFA女子ワールドカップで、日本代表(なでしこJAPAN)が初優勝。」の画像検索結果「(56)2011年 - 2011 FIFA女子ワールドカップで、日本代表(なでしこJAPAN)が初優勝。」の画像検索結果「(56)2011年 - 2011 FIFA女子ワールドカップで、日本代表(なでしこJAPAN)が初優勝。」の画像検索結果
        関連画像    「(56)2011年 - 2011 FIFA女子ワールドカップで、日本代表(なでしこJAPAN)が初優勝。」の画像検索結果           関連画像「2011 FIFA女子ワールドカップ」の画像検索結果 「2011 FIFA女子ワールドカップ」の画像検索結果
(1)180年 - 北アフリカのスキッリウム英語版キリスト教徒20人が殉教。
(2)587年(用明天皇2年6月7日) - 蘇我馬子穴穂部皇子を暗殺。
(3)645年大化元年6月19日) - 日本初の元号「大化」が制定される。(『日本書紀』による)
(4)1333年元弘3年/正慶2年6月5日) - 配流されていた隠岐島から脱出した後醍醐天皇が京に到着。
(5)1402年建文4年6月17日) - 靖難の変で勝利した燕王朱棣(永楽帝)がの皇帝に即位。
(6)1429年 - フランス王シャルル7世ランスで戴冠。
(7)1453年 - 百年戦争: 最後の戦いに当たるカスティヨンの戦いの結果、フランスが勝利。
(8)1488年長享2年6月9日) - 加賀一向一揆で、加賀国守護富樫政親が殺害される。
(9)1589年天正17年6月5日) - 摺上原の戦いが行われる。
(10)1620年元和6年6月18日) - 徳川秀忠の五女・和子後水尾天皇女御として入内。
(11)1717年 - テムズ川でのイギリス国王ジョージ1世の舟遊びで、ヘンデルの『水上の音楽』が初演。
(12)1791年 - フランス革命: シャン・ド・マルスの虐殺が起こる。
(13)1841年 - イギリス風刺漫画雑誌パンチ』が創刊。
(14)1853年嘉永6年6月12日) - 黒船来航ペリー率いるアメリカ艦隊が江戸幕府からの国書回答猶予要請を受けて浦賀を出港。
(15)1868年明治元年5月28日) - 沼津兵学校創立。
(16)1880年 - 旧刑法と治罪法(刑事訴訟法の前身)が制定される。
(17)1899年 - アメリカウェスタン・エレクトリックとの合弁で日本電気(NEC)設立。日本初の合弁事業
(181916年 - 牧田らく黒田チカの2人が東北帝国大学理科大学を卒業。日本女性初の学士号を得る。
(19)1917年 - ジョージ5世の命で英王室の家名がサクス=コバーグ=ゴータからウィンザーに改称、ウィンザー朝が始まる。
(20)1918年ユリウス暦7月4日) - ロシア革命: ロシアエカテリンブルクイパチェフ館に監禁されていた元ロシア皇帝ニコライ2世とその家族らがボリシェヴィキにより銃殺される。
(21)1924年 - 日本棋院創立。
(22)1936年 - スペイン内戦が勃発。
(23)1937年 - 日中戦争: 廬山会談。中国国民党蒋介石中国共産党周恩来が会談し、抗日決戦で合意。
(24)1938年 - ダグラス・コリガンが無着陸大西洋横断飛行に出発。政府の許可を受けずに行った飛行であったが、本人は「方向を間違えただけ(wrong way)」と主張し、"Wrong Way" Corriganとして知られるようになる。
(25)1944年 - ポートシカゴの惨事が起こる。
(26)1945年 - 第二次世界大戦: ポツダム会談。英首相ウインストン・チャーチル、米大統領ハリー・S・トルーマン、ソ連共産党書記長ヨシフ・スターリンドイツポツダムで会談し、戦後処理と日本の降伏条件について話し合う。
(27)1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: 沼津大空襲
(28)1948年 - 大韓民国憲法(第一共和国憲法)制定。
(29)1953年 - 南紀豪雨: 翌18日にかけて紀州大水害が発生。死者615人、行方不明者431人。
(30)1955年 - アメリカカリフォルニア州アナハイムディズニーランドがオープン。
(31)1956年 - 「もはや戦後ではない」の文言が記された『経済白書』が発表され、経済面での戦後は終わったと宣言。
(32)1966年 - 『ウルトラマン』の放送がTBS系各局で開始。
(33)1970年 - 家永教科書裁判第二次訴訟の第一審で東京地裁が、教科書検定検閲に当たり違憲であるとして、原告全面勝訴の判決を出す。
(34)1971年 - 日本プロ野球オールスターゲーム第1戦(西宮)で、全セ先発の江夏豊阪神)が9者連続奪三振江夏のオールスター9連続奪三振)を達成、最終的に全セは継投によるノーヒットノーランも達成した。
(35)1971年 - 今井通子グランド・ジョラス北壁に登頂。女性初のアルプス三大北壁登頂を達成。
(36)1973年 - アフガニスタン国王ザーヒル・シャーが病気療養のためイタリアに滞在中、従兄弟のムハンマド・ダーウード元首相がクーデターを起こし、国王を廃位。ザーヒル・シャーはそのままイタリアに亡命。
(37)1975年 - ひめゆりの塔を参拝した皇太子明仁親王(当時)と美智子皇太子妃(当時)に、左翼過激派が火炎瓶を投げる事件発生(ひめゆりの塔事件)。
(38)1975年 - アポロ・ソユーズテスト計画: アメリカ宇宙船アポロ18号とソ連の宇宙船ソユーズ19号が地球を周回する軌道上でドッキングに成功する。
(39)1976年 - 第21回夏季オリンピックモントリオールオリンピック大会開催。8月1日まで。
(40)1976年 - インドネシア東ティモールを併合。
(41)1977年 - 人気絶頂中のアイドルグループキャンディーズ日比谷野外音楽堂でのコンサート中に突然の解散宣言。「普通の女の子に戻りたい」が流行語になる。
(42)1979年 - ニカラグアサンディニスタ民族解放戦線が武装蜂起。19日にアナスタシオ・ソモサ・デバイレ大統領がフロリダの別荘に亡命。
(43)1980年 - 鈴木善幸が70代内閣総理大臣に就任し、鈴木善幸内閣が成立。
(44)1981年 - ハイアットリージェンシー歩道橋落下事故アメリカミズーリ州カンザスシティのホテルで空中通路が落下し、144人が死亡。
(45)1982年 - 郷ひろみが「哀愁のカサブランカ」をリリース、自分の歌に順位を付けられないとベストテン番組と賞レース出演を辞退する。
(46)1989年 - アメリカ空軍ステルス戦略爆撃機B-2が初飛行。
(47)1996年 - ポルトガル語諸国共同体結成。
(48)1996年 - トランスワールド航空800便墜落事故が起こる。
(49)1998年 - パプアニューギニア地震英語版
(50)1997年 - ソニーメモリースティックを発表。
(51)1998年 - 国際刑事裁判所の設立に関する国際連合全権外交使節会議において国際刑事裁判所ローマ規程が採択。(国際司法の日)
(52)2005年 - 北海道知床半島知床)がユネスコ世界遺産に登録される。
(53)2007年 - 日本が国際刑事裁判所ローマ規程に批准。規定により10月1日に105カ国目の締約国となる。
(54)2007年 - TAM航空3054便オーバーラン事故が起こる。
(55)2010年 - 京成電鉄京成成田空港線(成田スカイアクセス)印旛日本医大駅空港第2ビル駅間)が開通、スカイライナー2代目AE形、同線経由に変更の上運用開始。
(56)2011年 - 2011 FIFA女子ワールドカップで、日本代表(なでしこJAPAN)が初優勝。
(57)2014年 - マレーシア航空17便が墜落する。
(58)2015年 - 前年の事故で意識不明に陥っていたレーシングドライバー、ジュール・ビアンキが死亡。 (638.94KB)


                    編集者のダイアリー・コーナー
(注)本コラムの編集基準は「1ヶ月を上・中・下の3旬に分割」します。3旬に分割しているのは、ワ7ン・サイトの添付画像容量の制限(1000KB=1MB)があるためですが、編集者の欲張り過ぎか、当該記事に対する編集者の納得できる意図の添付画像かは別にして、折角の添付画像を本欄では「一部削除」を余儀なくしています★しかし、「過去の日本語版トップサイト一覧表」では日々の本欄の全てが掲載されていますので、本欄の記録実績は確実に収録されているという編集者の安心感をもって、思い切ってその都度、削除することに徹しています。ヨシダはともすれば、「完全主義者的な性格」が否定できないなと反省する始末です(笑)★ちなみに、自身が執筆(ブログ)したことを「記録に残す(遺す)」ことに、ある種の人生達成感を意識することから、この問題に関しては、そうした対応をしているものです。ご理解のほど念じる次第です。(2017年7月10日記)
お知らせ:編集容量の調整で添付画像を片っ端から削除することを余儀なくします。その「添付画像=○枚」を付していますが、すべては過去の日本語版トップサイト一覧表に収録していますので、ご関心あらばクリックしてご覧ください。なお、本欄の当該月日にもリンクをはって即座にご覧いただける仕組みを考えて即実践しています。これで、心置きなく「添付画像の削除」ができるようになりました(笑)。
                 2017年7月17日(月)
本日「7月17日のできごと 」でヨシダが特に関心を抱くのは、「(49)1998年 - パプアニューギニア地震英語版」です。同じグーグルでも日本語版は「目下作成中」。対する本家英語版では詳細な画像等で、日英語版の格差を痛感します。下記に添付した画像は「7月17日のできごと」では掲載していません。というより、編集段階で英語版を其処まで検索しませんでした★エンパイア・ビル以上の津波歴があることを知り、愕然たる想いを禁じ得ません。自然のパワーの巨大さに言葉もありません。(添付画像=6枚)(16日15:30)
  関連画像「1998 Papua New Guinea earthquake」の画像検索結果「1998 Papua New Guinea earthquake」の画像検索結果
     「1998 Papua New Guinea earthquake」の画像検索結果   関連画像「1998 Papua New Guinea earthquake」の画像検索結果
このところ、「ドル高・円安」論が主流のなかで、海外居住者というプライベートな理由であまりイイ話ではないが・・・とぼやくヨシダ。久々に飛びつきたい(?)記事にヒットしました!「米長期金利上昇は続かず、ドル安円高へ進む JPモルガン・チェース銀の佐々木融氏に聞く」(東洋経済ONLINE2017・7・17・若泉 もえな :東洋経済 記者)がそれです★「中見出し」は、■FRBの利上げで長期金利が上がるわけではない、――FRBのバランスシート縮小と今後の利上げによる為替への影響をどう見ていますか、 ――7月25~26日のFOMC(米国連邦公開市場委員会)では、米国内の経済や海外の動きについての見方に変化が出てくると思いますか。 ■構造的な変化が大きくインフレ率が高まらない、――FRBは6月のFOMCで失業率の見通しを下げてきました。失業率がここまで下がって、賃金が上がらないのは、完全雇用ではないということでしょうか。日本でも同じ現象が起きていますが、 ――今後のドル円の行方をどう見ていますか、■今年の基調が「ドル安」となる理由、 ――当面のレンジは?、■ドル安でユーロは今年の最強通貨に、――トランプ政権の経済政策、とりわけ保護主義政策の今後の行方と、為替への影響をどう見ていますか、 ――ユーロはまだ上昇しますか ・・・と続きます★ヨシダが何時も注目する「末尾の言葉」は、「・・・ ドル安が始まった今、いちばん注目を浴びるべき通貨ペアはユーロドルだ。予想外の上昇を見せる可能性もある。ユーロ円はまだまだ上昇余地があると見ている。ユーロ円と日独金利差の相関で見れば、1ユーロ=136円程度まで上昇してもおかしくはない」と。ちなみに、現在の「欧州ユーロ/日本円」は129.027734円です。(添付画像=4枚)(9:40)
    「米長期金利上昇は続かず、ドル安円高へ進む JPモルガン・チェース銀の佐々木融氏に聞く米長期金利上昇は続かず、ドル安円高へ進む JPモルガン・チェース銀の佐々木融氏に聞く」の画像検索結果「米長期金利上昇は続かず、ドル安円高へ進む JPモルガン・チェース銀の佐々木融氏に聞く米長期金利上昇は続かず、ドル安円高へ進む JPモルガン・チェース銀の佐々木融氏に聞く」の画像検索結果関連画像「若泉 もえな」の画像検索結果
苦笑いしながら読んだ記事があります。と、言っても斜め読み。日本人特有の挨拶言葉。この言葉を使うご本人に「それって、何をお願いするんですか?」と問えば、「・・・これって、挨拶や間取りみたいなもので・・・」といった類の返事しか期待できないシロモノです。この辺りのニッポン人の話言葉の「曖昧さ」があり、ひいては、そんなモノが全くない英語世界で苦難をしいられるのがニッポン人の宿命(?)って図式です★くだんの記事は「「よろしくお願いします」が英訳できない理由 相手方へも含めた以心伝心を物語る」(東洋経済ONLINE2017.7.17.大來 尚順 :浄土真宗本願寺派僧侶)です。「中見出し」は、■訳しにくい言葉、訳せない理由、お互いの「信頼」があってこ そ・・・と続きます★こんな時にヨシダがしょっちゅう引き合いに出すのが半世紀以上も前のジャパン・タイムズ紙社説の「Enigmatic Japanese Smile(日本人の不可解な笑み)です。英語下手のニッポン人から脱却するには「ニッポン人の文化」とも自負する態度や姿勢や話しぶりにあまり拘っていては進歩がないみたいですね・・・。誰やらが何処かで強調した「ニッポン人のおもてなしの心」はホドホドにですね★「中見出し」のひとつは「お互いの信頼があってこそ」ですが、英語世界で異国人と国際語の英語を口にする時に、ニッポン人同士固有の「阿吽(あうん)」の呼吸や理解力なんて期待できないことを肝に銘ずべきだとい思いますが・・・。(添付画像=4枚)(15:20)
          「「よろしくお願いします」が英訳できない理由 相手方へも含めた以心伝心を物語る」の画像検索結果「訳せない日本語―日本人の言葉と心』」の画像検索結果「訳せない日本語―日本人の言葉と心』」の画像検索結果  関連画像


               末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

   財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じでこんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
 
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真はヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に私の写真に並べて添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
 http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)    

 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。と、そんなことから下記の一連の関連画像を添付しました。
     「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果 
(追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から離日寸前までの16年間、東京の上場予定の老舗運送会社さんは9年間にわたる最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークなお手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、9年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
    「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果  
                  では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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2017年7月17日(月)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                         
吉田祐起
                           
 (満85歳8ヶ月)
              (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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