このド素人的ホームページは本日6月28日で満85歳8ヶ月になった吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」でして、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめてもと、自我自賛しています(笑)。 (2017年6月28日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)(注:編集者自身が実は驚いています!そうだった、こんなものを編集していたんだっけ!と。再編集してもっとかっこイイコラムにしようかな、と思っているところです。2017.6.22.)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
29. グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い

                         English               
                  2017年7月1日(土)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った7月1日のできごと
                       (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;July 1
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
    1  「the first Ancient Olympic Games」の画像検索結果「the first Ancient Olympic Games」の画像検索結果「the first Ancient Olympic Games」の画像検索結果  「the first Ancient Olympic Games」の画像検索結果
 「the first Ancient Olympic Games」の画像検索結果「the first Ancient Olympic Games」の画像検索結果      関連画像「the first Ancient Olympic Games」の画像検索結果「the first Ancient Olympic Games」の画像検索結果
2 Image result for ゴート族Image result for ゴート族「Battaglia di Abrittus」の画像検索結果「Battaglia di Abrittus」の画像検索結果Image result for killed wordImage result for ローマ皇帝章「Gaius Messius Quintus Trajanus Decius & Quintus Herennius Etruscus Messius Decius」の画像検索結果「Quintus Herennius Etruscus Messius Decius」の画像検索結果
3Related imageImage result for 舎人親王Image result for 舎人親王   Image result for 舎人親王Image result for 舎人親王Image result for 舎人親王Image result for 舎人親王
4「Battle of Dorylaeum」の画像検索結果「ドリュラエウムの戦い」の画像検索結果「the first crusade」の画像検索結果「Battle of Dorylaeum」の画像検索結果「Battle of Dorylaeum」の画像検索結果
  9「gettysburg battle leader」の画像検索結果「Battle of Gettysburg」の画像検索結果「Battle of Gettysburg」の画像検索結果「Battle of Gettysburg」の画像検索結果「Battle of Gettysburg」の画像検索結果 
17 「1889年 - 東海道本線が全線開通」の画像検索結果       「1889年 - 東海道本線列車」の画像検索結果  「1889年 - 東海道本線が全線開通」の画像検索結果「1889年 - 東海道本線列車」の画像検索結果
24「アガディール事件1911」の画像検索結果「アガディール事件1911」の画像検索結果「アガディール事件1911」の画像検索結果「アガディール事件1911」の画像検索結果「アガディール事件1911」の画像検索結果  「germany vs france」の画像検索結果
25「1913年 - 小林一三」の画像検索結果「1913年 - 小林一三」の画像検索結果  「1913年 - 小林一三が宝塚唱歌隊を結成」の画像検索結果「1913年 - 小林一三」の画像検索結果  「1913年宝塚」の画像検索結果「1913年 - 小林一三」の画像検索結果
26 「1916 Battle of the Somme」の画像検索結果「1916 Battle of the Somme」の画像検索結果「1916 Battle of the Somme」の画像検索結果  「1916 Battle of the Somme」の画像検索結果   「1916 Battle of the Somme」の画像検索結果
 「1916 Battle of the Somme」の画像検索結果「1916 Battle of the Somme map」の画像検索結果「1916 Battle of the Somme」の画像検索結果「1916 Battle of the Somme」の画像検索結果「1916 Battle of the Somme」の画像検索結果
40 「Operation Crossroads」の画像検索結果「Operation Crossroads」の画像検索結果「Operation Crossroads」の画像検索結果「Operation Crossroads」の画像検索結果
    110 「女優の森光子に国民栄誉賞」の画像検索結果「女優の森光子に国民栄誉賞」の画像検索結果「女優の森光子に国民栄誉賞」の画像検索結果「女優の森光子に国民栄誉賞」の画像検索結果       「女優の森光子に国民栄誉賞」の画像検索結果  「女優の森光子に国民栄誉賞」の画像検索結果 
 (ひゃ~!今月は116件もの「できごと」!でも、その多くは画像までは・・・って気分です。)
(1)紀元前776年 - 古代オリンピック第1回大会開催。
(2)251年 - ゴート戦争: アブリットゥスの戦いゴート族ローマ帝国に勝利、ローマ皇帝デキウスヘレンニウス・エトルスクスが殺害される。
(3)720年養老4年5月21日) - 舎人親王らが『日本書紀』30巻と系図1巻を完成し撰上。
(4)1097年 - 第1回十字軍: ドリュラエウムの戦い
(5)1569年 - ルブリン合同が成立し、同君連合であったポーランド王国リトアニア大公国が合邦してポーランド・リトアニア共和国になる。
(6)1770年 - レクセル彗星が地球から0.0146天文単位まで接近。地球に最も接近した彗星
(7)1859年安政6年6月2日) - 日米修好通商条約に基づき、神奈川(横浜港)、長崎(長崎港)、箱館(函館港)が開港される。
(8)1862年 - 南北戦争: マルバーンヒルの戦い
(9)1863年 - 南北戦争: ゲティスバーグの戦いが始まる。
(10)1863年 - オランダの植民地スリナム奴隷制が廃止。(スリナムの祝日 Keti Koti
(11)1867年 - イギリス議会で英領北アメリカ法が制定され、カナダが連邦自治を開始する。(カナダの建国記念日カナダ・デー
(12)1871年明治4年5月14日) - 明治政府が神道国家の宗祀と定める。
(13)1873年 - プリンスエドワード島がカナダ連邦政府に加入。
(14)1878年 - カナダが万国郵便連合 (UPU) に加盟。
(15)1881年 - 世界初の国際電話がカナダとアメリカ合衆国の間で行われる。
(16)1885年 - 専売特許条例施行。
(171889年 - 東海道本線が全線開通。
(18)1890年 - 第1回衆議院議員総選挙が行われる。
(19)1890年 - イギリスとドイツがヘルゴランド=ザンジバル条約を締結。
(20)1898年 - 米西戦争: サンファン・ヒルの戦い英語版)。
(21)1903年 - ツール・ド・フランス第1回大会が開幕。7月19日まで。
(22)1904年 - 第3回夏季オリンピックセント・ルイス大会開催。
(23)1908年 - SOSが国際的な遭難信号として採用される。
(24)1911年 - モロッコの権益を巡り、ドイツフランスが衝突。(アガディール事件
(25)1913年 - 小林一三宝塚唱歌隊を結成。後の宝塚歌劇団。
(26)1916年 - 第一次世界大戦: ソンムの戦い。初日だけでイギリス軍に2万人の死者、4万人の負傷者が出る。
(27)1917年 - 安徽督軍張勲の後ろ盾によりの元皇帝愛新覚羅溥儀が復辟を宣言。(張勲復辟
(28)1918年 - 子供向け文芸雑誌『赤い鳥』が創刊。
(29)1921年 - 中国共産党成立。
(30)1924年 - 日本で、尺貫法を廃止しメートル法に一本化する度量衡法改正法が施行。移行まで20年の猶予が設けられるが、後に1959年1月1日まで延期に。
(31)1925年 - 中国の広州中国国民党国民政府(広州国民政府)が成立。
(32)1926年 - 広東国民政府が「北伐宣言」を発表。
(33)1931年 - ボーイング・エアー・トランスポート(現在のユナイテッド航空)が運航開始。
(34)1931年 - アメリカの飛行士ウィリー・ポスト世界一周速度記録を達成。
(35)1932年 - 中央気象台臨時富士山頂観測所設置。富士山頂での気象観測を開始。
(36)1932年 - 総武本線御茶ノ水 - 両国が開業し、御茶ノ水で中央本線と連絡。
(37)1939年 - 日ソ国境紛争: 日本軍がノモンハンで総攻撃を開始。第二次ノモンハン事件が始まる。
(38)1942年 - 第二次世界大戦北アフリカ戦線: 第一次エル・アラメインの戦いが始まる。
(39)1942年 - 関門鉄道トンネルで貨物営業開始。
(40)1946年 - アメリカがマーシャル諸島で最初の核実験クロスロード作戦)を実施。
(41)1947年 - 公正取引委員会設置。
(42)1947年 - フィリピン空軍創設。
(43)1948年 - 国鉄白紙ダイヤ改正
(44)1952年 - 戦後、駐留米軍の管理下に置かれていた羽田空港が日本に返還。
(45)1952年 - 四国放送(JR、現・JRT)、北日本放送、ラジオ開局。
(46)1954年 - 防衛庁設置法自衛隊法施行により、保安庁防衛庁に、保安隊警備隊自衛隊に改組される。
(47)1954年 - 国家地方警察自治体警察を統合して都道府県警察に移行。
(48)1954年 - ラジオ山梨(現・山梨放送)、ラジオ宮崎(現・宮崎放送)開局。
(49)1957年 - 国際地球観測年 (IGY) が開始される。1958年12月31日まで。
(50)1957年 - 日本専売公社が日本初のフィルター付たばこ「ホープ」を発売。
(51)1958年 - 大阪放送(ラジオ大阪)、西日本放送(RNC)テレビ開局。
(52)1958年 - 現在の大沼国定公園が認定。
(53)1959年 - アメリカとイギリスの間で、ヤードポンドおよびそれらの派生単位の値を共通化する協定が結ばれる。
(54)1960年 - イタリア領ソマリアが独立、5日前に独立した旧イギリス領ソマリランドと合併してソマリア共和国が成立。
(55)1960年 - ガーナが英連邦王国から共和制へ移行し、クワメ・ンクルマが初代大統領に就任。
(56)1960年 - 自治庁が自治省に昇格。
(57)1960年 - ラジオ沖縄(ROK)開局。
(58)1962年 - ルワンダブルンジベルギーから独立。
(59)1962年 - 第6回参議院議員通常選挙
(60)1963年 - アメリカ合衆国郵便公社ZIPコードを導入。
(61)1965年 - 名神高速道路が全線(小牧-西宮間)開通。
(62)1967年 - 欧州共同体 (EC) が発足。
(63)1968年 - スイスジュネーヴでアメリカ・ソ連など62カ国が核拡散防止条約(NPT)に調印。
(64)1968年 - 日本で郵便番号導入。
(65)1968年 - 電電公社が東京23区でポケットベルのサービスを開始。
(66)1969年 - 東京証券取引所東証株価指数の公表を開始。
(67)1970年 - 本州四国連絡橋公団が発足。韓国で郵便番号導入。
(68)1971年 - 環境庁発足。
(69)1973年 - 内閣放射能対策本部が4日前の中国の水爆実験の影響で石川県内のから平常値の70 - 80倍の放射能検出と発表。
(70)1978年 - 静岡県民放送(通称:静岡けんみんテレビ(SKT)、現:静岡朝日テレビ(SATV))開局。
(71)1978年 - 東京の地下鉄1号線を「都営浅草線」に、6号線を「都営三田線」に、10号線を「都営新宿線」に改称。
(72)1979年 - ソニーウォークマンの1号機TPS-L2を発売。
(73)1979年 - 静岡第一テレビ(SDT)開局。
(74)1980年 - 「オー・カナダ」が正式にカナダの国歌になる。O Canada French lyrics 1918.ogg 『オー・カナダ』原詞版を聴く[ヘルプ/ファイル]
(75)1981年 - マルチメディア機器メーカー「クリエイティブテクノロジー」が設立された。
(76)1982年 - トヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売が合併してトヨタ自動車が発足。
(77)1984年 - 総理府の外局として総務庁が発足。
(78)1985年 - 青森県の国鉄大畑線が私鉄・下北交通に譲渡。
(79)1985年 - 豊田商事破産
(80)1986年 - 内閣現代仮名遣いを告示。
(81)1986年 - 福島県の国鉄丸森線が第三セクター・阿武隈急行に転換。
(82)1990年 - ドイツ再統一: 通貨・経済・社会同盟の創設に関する国家条約が発効。東ドイツ西ドイツの通貨・ドイツマルクが導入される。
(83)1991年 - ワルシャワ条約機構が正式に解散。
(84)1991年 - エフエム京都(α-station)開局。
(85)1992年 - 山形新幹線開業。
(86)1993年 - にっかつ(現、日活)が東京地裁会社更生法の適用を申請。
(87)1995年 - 製造物責任法(PL法)が施行。
(88)1995年 - NTTパーソナルが首都圏と札幌でPHSのサービスを開始。
(89)1996年 - 女流棋士の清水市代女流王将を奪還し、女流名人女流王位倉敷藤花と合わせて史上初の女流四冠独占を達成。
(90)1997年 - 香港イギリスから中華人民共和国返還される。香港特別行政区初代行政長官董建華が就任。
(91)1998年 - 京王帝都電鉄が社名を京王電鉄に変更。
(92)1999年 - NTTが持株会社化、NTT西日本NTT東日本NTTコミュニケーションズに分割。
(93)2000年デンマークスウェーデンを結ぶオーレスン・リンク開通。
(94)2004年土星探査機カッシーニ、土星の軌道に投入。
(95)2012年、閏秒挿入。
(96)2000年 - 金融監督庁を金融庁に改組。
(97)2000年 - デンマークスウェーデンとを結ぶオーレスン・リンク(オーレスン橋)が開通。
(98)2002年 - 読売新聞社がグループ再編、持株会社として読売新聞グループ本社発足。
(99)2002年 - ローマ規程発効により、国際刑事裁判所が設置される。
(100)2002年 - ユーバーリンゲン空中衝突事故発生。
(101)2003年 - 長崎男児誘拐殺人事件発生。
(102)2003年 - 食糧庁廃止。
(103)2003年 - 大阪証券取引所ヘラクレス指数の公表を開始。
(104)2004年 - アメリカの土星探査機カッシーニ土星の軌道に投入。
(105)2004年 - ドイツの連邦大統領ホルスト・ケーラーが就任。
(106)2006年 - 青蔵鉄道(青海チベット鉄道)が全通。
(107)2007年 - 東海道新幹線山陽新幹線新幹線N700系電車が営業運転を開始。
(108)2008年 - 山梨県を含めた関東地方全都県及び沖縄県を最後に、日本全国一斉にたばこ自動販売機の識別ICカードtaspo」の導入を開始。
(109)2008年 - NTTドコモが8地域会社を本部へ統合。
(110)2009年 - 女優森光子国民栄誉賞が贈られる。
(111)2010年 - 運輸多目的衛星MTSAT-2ひまわり7号)での気象観測を開始。
(112)2012年 - 閏秒が導入。6月30日23時59分59秒と7月1日0時0分0秒 (UTC) の間に23時59分60秒が挿入された。
(113)2013年 - クロアチア欧州連合に加盟。
(114)2014年 - 日本の集団的自衛権の行使容認が閣議決定される。
(115)2015年 - 閏秒が導入。6月30日23時59分59秒と7月1日0時0分0秒 (UTC) の間に23時59分60秒が挿入された。
(116)2016年 - バングラデシュ首都ダッカの飲食店に武装集団が襲撃。邦人7名を含む20人が死亡した。 (437.52KB)

                                   編集者のダイアリー・コーナー
 (注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「編集者のダイアリー・コーナーのはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記) (追記)上掲のリンクが最新のものに変わらないといけないのですが、どうしたことか、前回(中旬)のままです。インタネット接続の関係だと思うのですが頭を抱えています・・・(6月21日追記)。
                 2017年7月1日(土)
本日「7月1日のできごと」でヨシダが特に関心を抱くのは、「(40)1946年 - アメリカがマーシャル諸島で最初の核実験クロスロード作戦)を実施。」です。ヒバクシャの立場で特に感じることは、人類は生存競争のためなら手段は選ばずということにほかありません。「きょうのできごと」編集体験がその想いを強くすることを何時もブログするヨシダです・・・★そうだ、明るいできごとで「 (110)2009年 - 女優森光子国民栄誉賞が贈られる」があった。森光子さんのあのひた向きな芸能人根性を見習って、生きていこう!と感じます。92歳で他界された森さん。芸能界で相当なご無理をされたことも想像されますが、まずは長寿を全うされたと言えるでしょう。万人、すべて吾が師、という気持ちを抱いて編集しました。ふと、グーグルで森さんの人物像を拝見するに、「波乱万丈の人生だった・・・」ということをあらためて知りました★ふと、大物の彼女と比較して云々は毛頭ありませんが、ポリオ障害をもったヨシダの現在に至る人生をなんと想うか?は自問自答ってところ★こんなことを考える時にヨシダの胸を毎朝横切ることは、かの「マイ・ウエイ」のシナトラさんのあの歌の最期のくだりが頭を横切ります・・・。あの(シナトラさんの)考えでヨシ!って気分で締めくくる毎朝のヨシダの英語朗誦気分です★ところで、人の寿命に関心を強くするヨシダ。ニューヨーク・タイムズ紙「訃報欄」で「100歳以上を生きた人物」を編集していますが、久しく当該訃報記事にヒットしません。逆に若死にされる有名人の多いことに気付かされます。(30日17:00)
ふと、目にとまる記事。「なぜ「定年後」の男性は悲惨なことになるのか イキイキしている人は2割未満?」(東洋経済ONLINE2017.6.30(27日付).肥沼 和之 :フリーライター・ジャーナリスト)に立ちどまります。4ページ記事ですが、例により「中見出し等」は、■定年後に直面する会社生活とのギャップ――今年4月に刊行された『定年後』(中公新書)が10万部を突破しました。定年後の過ごし方に関心が集まっている理由を、どのように見ていますか、 ――漠然とした不安とは、具体的にどういったものでしょう、 ――では、多いのはどのようなことなのですか、 ――会社から離れたとしても、定年後にできた時間を趣味などに費やして、日々楽しく過ごせないものなのでしょうか、 ――定年後に居場所や趣味を見つけられないと、どのような弊害が現れるのでしょう、――悲惨です……。しかもご著書の中で、定年後にイキイキと過ごしている人は2割未満という、驚きの記述がありました、■培った経験をカスタマイズする――定年後をイキイキと過ごすために、趣味や居場所を見つけるコツはあるでしょうか、 ――個人事業主と接することで、サラリーマンとしての自分を見つめ直し、社会との繋がり方を考えるきっかけになるのですね、 ――『定年後』では、会社を辞めてもイキイキと過ごしている人の事例を紹介しています。会社員からそば屋や美容師、大道芸人など、一見するとまったく違う世界に転身した人も多いように思えますが、何か共通点はあるのでしょうか、■小さい頃に好きだったことは大人になっても変わらない――それは具体的には、どういったことでしょう、 ――何歳ぐらいから定年後に向けて準備をするべきでしょうか、■30代の会社員がすべきこと――30代など若手の頃は、どのように定年に向き合えば良いでしょう、 ――在職中、それもできるだけ早いうちから趣味ややりがいを持つことが、定年後の豊かな暮らしになるのですね・・・と続きます★経営者人生を貫いて現在に至るも経営者マインドの生き方をしているヨシダですが、経営者vsサラリーマンには、どうしょうもない根本的な差異が否定できませんネ★意地悪い末尾追記のブログをお許しのほど!サラリーマン諸氏は「働かされている、という被害者意識(?)」。対する経営者のそれは、「お得意様を筆頭に、仕入先、従業員、社会そのもの全ての『お陰で』という思想を持って商売し生きている」という根本的人生観・職業観が否定できません。(30日17:50)
    「肥沼 和之 :フリーライター・ジャーナリスト)」の画像検索結果「なぜ「定年後」の男性は悲惨なことになるのか イキイキしている人は2割未満?」の画像検索結果「書籍:定年後 人生は後半戦が勝負」の画像検索結果「南 壮一郎」の画像検索結果
早朝に受信した「today@VOA」は「No.207(July 1, 2017)"On June 30, 1936, Margaret Mitchell’s Gone with the Wind "」でして、今朝、一気にグーグルから拾い上げて楽しみつつ編集しています。クリックしてご覧になりませんか?この時点で次に添付する画像は映画化さらた幾つかの想い出多い写真を予定しています・・・★日本語版では時差の昨日付けで編集しています。その時に添付した画像は下記の 枚ですが、本家英語版では何倍もの画像で編集しています。(6:50)
              「1936, gone with the wind by margaret mitchell」の画像検索結果   「1936, gone with the wind by margaret mitchell」の画像検索結果 「1936, gone with the wind by margaret mitchell」の画像検索結果「1936, gone with the wind by margaret mitchell」の画像検索結果     「1936, gone with the wind by margaret mitchell」の画像検索結果
   Image result for 1949 the yearImage result for Margaret Mitchell was struck by a speeding car while crossing Atlanta’s Peachtree Street.Image result for Margaret Mitchell was struck by a speeding car while crossing Atlanta’s Peachtree Street.    Image result for Margaret Mitchell was struck by a speeding car while crossing Atlanta’s Peachtree Street.    
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直前掲載した「No.207(July 1, 2017)"On June 30, 1936, Margaret Mitchell’s Gone with the Wind "」は完成して、英語版トップページに掲載しました。本書作家のミッシェルさんは交通事故死であったことを初めて知りました。「知らぬはヨシダだけ」という声を意識しますが、この悲劇の画像を上掲の画像の下に掲載して供養します(合掌)★ なお、「today@VOA」の当該文章からはそこまでの記述はなく、何時も参考に添付する当該記事(History)の末尾に見出しての当該画像添付です。(10:10)
経営者は休日でも心まで休ませてはいけない」(DIAMOND Online2017.7.1. 小宮コンサルタンツ代表 .小宮一慶)が目にとまり、思わずヨシダが「そうだろう・・・」と口に出すほどに共感しました。なにせ、通算60余年を経営者人生で全うし、異国の地に永住で生活している身であっても、心と行動は経営者そのものだ、と自負する身であるからです★「中見出し」は、■経営者で「過労死」した人はあまりいない、■「経営者」とは何をすべきか?、■経営者は「一人あたりの生産性を上げる」ことにもっと知恵を絞れ・・・と続きます★幼い子達にこんなことを言って納得させたことがあります。「ダディーは中小企業の社長だ。サラリーマンの人たちみたいに、仕事から離れたら自由の身とは言っておれない。24時間が社長業だ。お前たちの友達みたいに、日曜日はパパママと一緒ってことを考えるな・・」と。「ウン、わかってる・・・」と納得させたものでした。じじつ、日曜日でも会社に出て多くの新聞に目を通し、しかも、右手には赤鉛筆を握っての姿勢。「社長は情報収集のベンキョウをしているんだ・・・」と思わせたもの。「社長業って大変なんだ・・・俺たちの真似ることのできない役目だ・・・」と思わすことも大事と心得ての演出でもありました(笑)★
  「小宮一慶」の画像検索結果「小宮一慶」の画像検索結果「小宮一慶」の画像検索結果「小宮一慶」の画像検索結果


                末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

   財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じでこんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
 
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真はヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に私の写真に並べて添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
 http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)    

 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。と、そんなことから下記の一連の関連画像を添付しました。
     「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果 ま (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から離日寸前までの16年間、東京の上場予定の老舗運送会社さんは9年間にわたる最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークなお手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、9年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
    「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果  
                  では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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2017年7月1日(土)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                         
吉田祐起
                           
 (満85歳8ヶ月)
              (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
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