「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳7か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年6月9日(金)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
              ウィキペディアから拾った6月9日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;June 9
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
  1 「Nero Claudius Caesar Augustus Germanicus」の画像検索結果「Nero Claudius Caesar Augustus Germanicus」の画像検索結果「married word」の画像検索結果「Claudia Octavia」の画像検索結果2「Claudia Octavia」の画像検索結果関連画像 「forced」の画像検索結果   「suicide word 」の画像検索結果「claudia octavia commited suicide」の画像検索結果
     3 「Nero Claudius Caesar Augustus Germanicus」の画像検索結果  「62 roman emperor logo」の画像検索結果       「62 roman emperor logo」の画像検索結果    「committed suicide word」の画像検索結果「Nero Claudius Caesar Augustus Germanicus killed himself」の画像検索結果「roman emperor nero killed himself」の画像検索結果「nero claudius caesar augustus germanicus suicide」の画像検索結果
  5「Duccio di Buoninsegna,」の画像検索結果「Duccio di Buoninsegna,」の画像検索結果「1310 Duomo di Siena」の画像検索結果  「1310 Duomo di Siena」の画像検索結果
  6      「1534 Jacques Cartier arrived to St. Lawrence River」の画像検索結果         「1534 Jacques Cartier arrived to St. Lawrence River」の画像検索結果  「1534 Jacques Cartier arrived to St. Lawrence River」の画像検索結果「1534 Jacques Cartier arrived to St. Lawrence River」の画像検索結果「1534 Jacques Cartier arrived to St. Lawrence River」の画像検索結果「1534 Jacques Cartier arrived to St. Lawrence River」の画像検索結果
   「1534 Jacques Cartier arrived to St. Lawrence River」の画像検索結果    「1534 Jacques Cartier arrived to St. Lawrence River」の画像検索結果    「1534 Jacques Cartier arrived to St. Lawrence River」の画像検索結果   「1534 Jacques Cartier arrived to St. Lawrence River」の画像検索結果「1534 Jacques Cartier grave」の画像検索結果 「1534 Jacques Cartier arrived to St. Lawrence River」の画像検索結果 「1534 Jacques Cartier grave」の画像検索結果
  7   「南光坊天海、智楽院」の画像検索結果「大蔵経」の画像検索結果  「大蔵経」の画像検索結果   「大蔵経」の画像検索結果  「大蔵経」の画像検索結果
 10 「vienna protocol 1815」の画像検索結果 「vienna protocol 1815」の画像検索結果      「Vienna system, Vienna Settlement」の画像検索結果 「vienna protocol 1815」の画像検索結果「ウィーン体制」の画像検索結果
 15「明治一代女」の画像検索結果「八杉峰三郎」の画像検索結果「明治一代女」の画像検索結果関連画像「明治一代女」の画像検索結果「明治一代女」の画像検索結果「八杉峰三郎」の画像検索結果
    17「1898年 - 「展拓香港界址專條」」の画像検索結果                 「1898年 - 「展拓香港界址專條」」の画像検索結果 「1898年 - 「展拓香港界址專條」」の画像検索結果「1898年 - 「展拓香港界址專條」」の画像検索結果関連画像
 20「Charles Kingsford Smith,」の画像検索結果  「Charles Kingsford Smith,」の画像検索結果「Charles Kingsford Smith,」の画像検索結果「Charles Kingsford Smith,」の画像検索結果「Charles Kingsford Smith,」の画像検索結果
       21「the wise little hen」の画像検索結果「the wise little hen」の画像検索結果「the wise little hen」の画像検索結果  「the wise little hen」の画像検索結果   28「1957年 - ブロード・ピークにマーカス・シュマック率いるオーストリア登山隊が初登頂」の画像検索結果
        「marcus shumack」の画像検索結果 「marcus shumack」の画像検索結果「marcus shumack」の画像検索結果「marcus shumack」の画像検索結果「marcus shumack」の画像検索結果      関連画像
34「1993年 - 皇太子徳仁親王と小和田雅子の結婚の儀」の画像検索結果関連画像 「1993年 - 皇太子徳仁親王と小和田雅子の結婚の儀」の画像検索結果「1993年 - 皇太子徳仁親王と小和田雅子の結婚の儀」の画像検索結果 「1993年 - 皇太子徳仁親王と小和田雅子の結婚の儀」の画像検索結果     「1993年 - 皇太子徳仁親王と小和田雅子の結婚の儀」の画像検索結果
 36「2002年 - サッカー日本代表が、FIFAワールドカップで1-0でロシアに勝ち、ワールドカップ初勝利。」の画像検索結果「2002年 - サッカー日本代表が、FIFAワールドカップで1-0でロシアに勝ち、ワールドカップ初勝利。」の画像検索結果関連画像「2002年 - サッカー日本代表が、FIFAワールドカップで1-0でロシアに勝ち、ワールドカップ初勝利。」の画像検索結果「2002年 - サッカー日本代表が、FIFAワールドカップで1-0でロシアに勝ち、ワールドカップ初勝利。」の画像検索結果「2002年 - サッカー日本代表が、FIFAワールドカップで1-0でロシアに勝ち、ワールドカップ初勝利。」の画像検索結果
(1)53年 - 後にローマ皇帝となるネロオクタウィアと結婚。
(2)62年 - ローマ皇帝ネロの最初の妻だったオクタウィアが自殺させられる。
(3)68年 - ローマ皇帝ネロが自殺する。
(4)1281年弘安4年5月21日) - 元寇: 壱岐・対馬に高麗の兵船が襲来。弘安の役の始まり。
(5)1310年 - シエナ大聖堂で、ルネサンス初期を代表する絵画であるドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの壁画『マエスタ英語版』が公開される。
(6)1534年 - 探検家ジャック・カルティエが、ヨーロッパ人として初めてセントローレンス川に到達。
(7)1648年慶安元年4月18日) - 天海による日本初の木活字による経典大蔵経(寛永寺版)』が完成。
(8)1667年 - 第二次英蘭戦争: オランダ艦隊によるメッドウェイ襲撃英語版が始まる。
(9)1796年寛政8年5月4日) - 油屋騒動
(10)1815年 - ウィーン会議が終了。ウィーン議定書を締結し、ナポレオン戦争後のヨーロッパの新しい国際秩序ウィーン体制が始まる。
(11)1863年 - 南北戦争: ブランディ・ステーションの戦い
(12)1865年慶応元年5月16日) - 第二次長州征討: 将軍徳川家茂が江戸を出発。
(13)1877年 - 立志社片岡健吉らが国会開設の建白書を提出するが不受理。
(14)1885年 - 清仏戦争: フランスが停戦協定を締結。1884年の天津停戦協定に定められたコーチシナトンキンのフランスによる植民地化を容認。
(15)1887年 - 東京浜町待合の女将・花井お梅が使用人・八杉峰三郎を刺殺。流行歌「明治一代女」などのモデルとなる。
(16)1897年 - 台湾の鉄道: 台北で、台湾初の鉄道の起工が宣言される。(台湾の「鉄路節」の由来)
(17)1898年 - 「展拓香港界址專條」締結。イギリスが、香港新界の99年間の租借権を獲得。7月1日に発効。
(18)1915年 - ウィリアム・ジェニングス・ブライアンアメリカ合衆国国務長官を辞任。ドイツによる客船ルシタニア号撃沈の際の対独方針について、ウッドロウ・ウィルソン大統領と見解を異にしたため。
(19)1923年 - ブルガリアで軍事クーデター。
(20)1928年 - チャールズ・キングスフォード・スミスがアメリカからオーストラリアまでの太平洋横断飛行に成功。
(21)1934年 - ドナルドダックアニメーション映画かしこいメンドリ』で初登場。
(22)1938年 - 日中戦争: 黄河決壊事件
(23)1944年 - 第二次世界大戦継続戦争: ソ連フィンランドへの再攻勢を開始。
(24)1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: 熱田空襲。従業員や動員学徒1,045人が死亡。
(25)1946年 - ラーマ8世の崩御により、弟のラーマ9世タイ国王に即位。
(26)1950年 - 信越本線熊ノ平駅土砂崩れ。死者50人。
(27)1952年 - 日本国とインドとの間の平和条約調印。
(28)1957年 - 世界12番目の高峰ブロード・ピークにマーカス・シュマック率いるオーストリア登山隊が初登頂。
(29)1959年 - 米海軍の原子力潜水艦「ジョージ・ワシントン」が進水。
(30)1967年 - 第三次中東戦争: イスラエルシリアゴラン高原を占拠。
(31)1973年 - アメリカの競走馬セクレタリアトアメリカクラシック三冠を達成。
(32)1974年 - ポルトガルソビエト連邦国交を結ぶ。
(33)1975年 - フィリピン中華人民共和国と国交を結び中華民国と断交する。
(34)1993年 - 皇太子徳仁親王と小和田雅子の結婚の儀
(35)1995年 - 衆議院で歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議(戦後50年決議)を採択。
(36)2002年 - サッカー日本代表が、FIFAワールドカップで1-0でロシアに勝ち、ワールドカップ初勝利。
(37)2005年 - 日韓歴史共同研究歴史教科書を研究対象に加える方向で調整に入る。
(38)2006年 - FIFAワールドカップドイツで開幕。(587.02KB 

                                  編集者のダイアリー・コーナー
 (注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「 編集者のダイアリー・コーナー のはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記)
                 2017年6月9日(金)
本日「6月9日のできごと」でヨシダが特に関心を抱くのは「(1)53年 - 後にローマ皇帝となるネロオクタウィアと結婚。(2)62年 - ローマ皇帝ネロの最初の妻だったオクタウィアが自殺させられる。(3)68年 - ローマ皇帝ネロが自殺する。」とローマ皇帝ネロが主人公の3つの連続できごとです。古代西洋史を全く学んでいないだけに、です(笑)。
ふと傍らの愛器パソコンXPが受信した記事に関心を寄せます。CNNテレビがよく報道している情報です。「この件は手放して」FBI前長官証言全容」(日本経済新聞2017.6.8.)です。「中見出し」は■1月6日。トランプタワーでのブリーフィング、■1月27日。ホワイトハウスでの夕食、■2月14日。大統領執務室での会合、■3月30日。電話、■4月11日。電話、・・・と続きます★ヨシダが常日頃からウンザリ感で受けとめていることはトランプ大統領は直接に自分の口から、自分の言葉で手当たり次第に口にするってこと。言っていることに重みがないことです。いわゆる「軽口」的に過ぎるということです。側近や担当者の口から伝えることをせずに、です。大統領職の何たるかをすら弁えていない感じです★ちなみに、幾つかの暴言を拾い出そうとグーグルしてヒットしたサイトがあります。「【迷言王?】ドナルド・トランプの名言と暴言(失言)集 まとめ」がそれです。苦笑いものです★歴代の大統領でトランプさんほど軽口を発する人物は過去にありません!文字通り「軽口」であって、「重み」が皆無って感じです!(シツレイ!)。「私に忠実になれ」はそのひとつ。忠実になる、ならないは、大統領側近の心中であって、大統領が側近に言うべき、求めるべき、強要すべきものでは断じてあり得ません。「忠実になる、ならない」は大統領が側近に与える結果に過ぎません。その言葉を大統領から口にすることはドダイ、茶番劇って感じです。トランプ大統領はベラベラ手当たり次第に口にします。能弁家のようですが、立場を弁えぬ勇み足人間のすることと、軽蔑すらしたくなります★86歳になろうとするヨシダですが、かつて、こんな軽口屋の大統領を見たことがありません!★ヨシダがトランプさんのテレビ画像を初めて観た時に感じた人物像(こんな人物が大統領に選ばれたら、アメリカ人はジ・エンドだ・・・)は、現在にして取り消す気は毛頭ありません!ヨシダのそのようなアメリカ人観を捨てさすことは「大統領弾劾」が実現した時デス★ちなみに、本記事の末尾の言葉を再現します。「・・・彼はそうすると答え、「君には忠誠的な対応をしてきた。とても誠実だった。我々がそういう関係だということは分かっているよな」と付け加えた。私は答えなかった。「そういう関係」がどういう意味なのかも聞かなかった。大統領顧問が司法省に連絡する形で対応すべきだと繰り返し伝えると、彼はそうすると言って電話は終わった。この時が大統領と話した最後だ。」がそれです。極めて際どい言葉ですが、お分かりでしょうか・・・?実に深~い言外の意味が読んでとれるのですが・・・、では、シツレイですね。大統領は自身の軽口の収拾にお忙しそうですね。とは、表現力の優劣・微妙さには応分の分析力を抱くヨシダの弁です。(8日19:00)
      「「この件は手放して」FBI前長官証言全容」」の画像検索結果 「「この件は手放して」FBI前長官証言全容」」の画像検索結果
             「「この件は手放して」FBI前長官証言全容」」の画像検索結果         「「この件は手放して」FBI前長官証言全容」」の画像検索結果
    「「トランプ、コミー氏証言で司法妨害の疑い強まる可能性も」の画像検索結果「「トランプ、コミー氏証言で司法妨害の疑い強まる可能性も」の画像検索結果「「トランプ、コミー氏証言で司法妨害の疑い強まる可能性も」の画像検索結果 「Jan Wolfe」の画像検索結果
ホラ、またまたトランプ大統領の化けの皮が剥がれる一幕!「ウソだ」トランプ氏を非難 前FBI長官議会証言(日本経済新聞2017.6.8.)がそれです。本記事の抜粋言葉を列記します:■「(指導力不足などの解任理由は)ウソだ」と断言。「政権は私とFBIを中傷することを選んだ」と激しく非難した、■ トランプ氏からフリン前米大統領補佐官(国家安全保障担当)の捜査中止を求められたとしている。この要請について、コミー氏は命令ではなかったものの「指示だと受けとめた」と述べた、■ 中止の要請が大統領の弾劾につながりかねない「司法妨害」にあたるかどうかについて「妨害の試みだったかどうかは私が述べるべきでない」と言及を避けた、■ コミー氏は大統領との会話内容の詳細なメモを残していた理由について「トランプ氏がウソをつくかもしれないと懸念していた」と強調。オバマ前大統領やブッシュ(子)元大統領と会話した際はメモをとる必要性を感じなかったという、■ 同氏に長官職にとどまりたいかとも尋ねた点については「留任の見返りを求めているように感じた」と述べた・・・と★イヤハヤ、まったく様になってない大統領の話しぶり・・・。こんなことでも「弾劾」がなかったら、ヨシダの当初からの大胆な発言がウソになっちゃいます!アホらしくなったので、これ以上は止めときます・・・。(00:30)
       「「「ウソだ」トランプ氏を非難 前FBI長官議会証言」」の画像検索結果   「「「ウソだ」トランプ氏を非難 前FBI長官議会証言」」の画像検索結果      
今朝一番のデスクワークは他愛もないことですが、ガッツ感を抱く編集者です。まあ、ブログさせてください。次のリンクは 過去の日本語版トップサイト一覧表 の直近のもの。
    2017年 6月 5日2017年 6月 6日2017年 6月 7日2017年 6月 8日|  
太文字のものが開けないことに気付いてのこと。何となんと!正常に編集していたツモリが抜けていたのです!凝り性のヨシダのこと。チョッと時間をかけて「見事に復帰編集!」をやり遂げのです!と!マークは編集者のガッツ感の表現です(笑)。成功の背景にあるのが、全てのコラムをコピー取りしていることにほかありません★膨大な(と、大袈裟ですがジジツです)本サイトのボリューム。単行本に換算したら「ン拾冊相当だそ~!」が編集者の内心ガッツです(笑)★ともあれ、今朝一番の仕事ぶりに大満足ってところです。(注)ですが、各トップサイトは限度ギリギリの1000KB近いボリュームですので、編集してもウェブでそれが確認できるのはチョッとばかり時間がかかります。フィリピンのインタネット接続時間が極端にスローであることがその背景です。(10:10)
さて、今朝の日光浴で新たに実践して体感していることをひとつ。かの周囲を憚らずの力強い「英語朗誦」はスッゴイ効果を自認します!一節ごとに実感をこめて力強く!ってのがそれです。顔面を太陽さんに向けてのことだけに、朗誦者の祈りに似た心が天に通じる!って感じです★もう一つの行動は車いすのアームレストを活用したストレッチング運動です。平素から自室での実践に定着している運動ですが、日光浴しながらのそれは格別と体感します。とりわけ、アームレストの「角」をストレッチング用の小道具的な活用することです。室内では「ヨシダ発明(?)のゴルフボールを棒の末端に取り付けて局部にあてがい体重をかける手法の小道具」の再現です。(10:25)
自助努力はヨシダが自他共に自負するモノ。ジョギングしたりウォーキングのできない身ゆえに独自の手法を編み出すのが得意のヨシダ。ベッドの上での「ヨシダ流儀のシット・アップ運動」を紹介します★シットアプ運動」の現在の回数は120回!!!です。しかも、最近になって発想し実践しているのが、「起き上がった時の姿勢」です。座った姿勢から転じて、「額を膝にくっつける」常態にする、って按配です。「一石二鳥・三鳥」ってモノ。ちなみに、膝頭の力が若干あることを活用してのこと。左足の踵をベッドの端に固定してするのですが、そのためにその膝頭の力が従前より強くなってきたことです。加えて前述の額を膝頭につけるまで、屈折することで腰の力増強に役立つってシロモノです★「成せば成る・・・」「身体上の弱点を補う結果を招来する生活の知恵運動・・・」って按配です★添付した下記の画像がそれを示してあまりあるでしょう!これって、ヨシダが自負する「アイディア発想」デス!。なにせ、青春時代の「職人自営業時代」には3つの実用新案特許取得の実績者ですので!・・・(笑)。(11:00)

          「sit-up」の画像検索結果「sit-up」の画像検索結果「プラス」の画像検索結果「sit-up」の画像検索結果
英総選挙、与党・保守党が伸び悩み 現有議席下回る可能性も」(日本経済新聞2017.6.9.)が気になります。Brexit派(というより、当初から同組織にネギャティヴな姿勢)のヨシダであるからです★気になる記述が幾つかありますが、今朝の本欄のヨシダ・ブログが長くなったので止しときますが、一つだけ!この種の国際経済組織盛衰は世の常。その分、国際的な協調とは裏腹の利害問題が否定できません。かの国際協力精神の「グローバリゼーション」そのものが問われる時代です。所詮、「古今、洋の東西を問わず、人類は殺し合い歴史の繰り返し・・・」かも・・・?(11:30)
      「「英総選挙、与党・保守党が伸び悩み 現有議席下回る可能性も」」の画像検索結果     「英総選挙、与党・保守党現議席数」の画像検索結果「英総選挙、与党・保守党現議席数」の画像検索結果
「today@VOA」受信最新のものが控えています。「"On June 8, 1968, James Earl Ray is arrested in London, England, and charged with the assassination of Martin Luther King, Jr. "」がそれですが、ご覧のように本日の本サイトはこの時間で結構一杯ってところ。どうやら、この「英語版きょうのできごと」編集に専念したほうがイイ感じです。当該リンクをクリックするとその都度の次点での編集過程がご覧になれます★ところで、キングさんのことで想い出があります。かの有名な彼の演説"I Have a Dream"があります。くだんのヨシダの英語詩文等5編の暗誦に加えるべく、一旦は手を付けたものの、長文のために断念した経緯があります。ヨシダ未だ若かりし頃の想い出です。(12:10)
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                   末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

              ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
     (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのヨシダロマンものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。・・・と、ここからは2017年5月31日をもって実践していることを追ブロします。先日、お手伝いのセニーさん(家長・アーネルの姉)は英語は殆どダメ。ヨシダが彼女にトライする英語は「子供を対象にした幼稚語的英語」。でも、これってかなりの熟達英語力がなかったら出来っこない業ですよ(笑)。その彼女に身振り手振りの稚児的英語で「大きな声で朗々とやるのでその積りでネ、と。彼女曰く、「イイことじゃん!」と、理解を示してくれました。今では堂々かつ、これ見よがし(?)といったほどの意気込みをもって朗々と・・・って按配に転じています。実に爽快デス!
 ところで、その英語朗誦習慣ですが、そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)朗誦復帰をしています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
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"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

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                    「Lincoln Memorial」の画像検索結果     「Lincoln Memorial」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果
 

"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

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  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクしてご参考に供します

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my (own) wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレ自身が決断実践した人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
        ★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。漫画主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、ヨシダ自称実践中の「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
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                     では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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                       2017年6月9日(金)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                        
 (満85歳7ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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