「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳7か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年6月6日(火)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

(特報:本サイトは編集作業の不手際で記録していないことに気付いたのが3日後のこと。見事に復活しました。すべてのコラムをコピーしていることからの復活再現デス!自分でも「お見事!」と自身の頭を撫でたい心境です!」(笑))
 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
              ウィキペディアから拾った6月6日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;June 6
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
       1「battle of novara 1513」の画像検索結果「battle of novara 1513」の画像検索結果「battle of novara 1513」の画像検索結果「battle of novara 1513」の画像検索結果 「battle of novara 1513」の画像検索結果
  3「清の八旗軍」の画像検索結果「清の八旗軍」の画像検索結果        関連画像「future word」の画像検索結果清の国旗清の位置
      5「1674 Shivaji Bhonsle」の画像検索結果「1674 Shivaji Bhonsle」の画像検索結果「1674 Shivaji Bhonsle」の画像検索結果「Maratha Empire」の画像検索結果「Maratha Empire」の画像検索結果「Maratha Empire」の画像検索結果
     関連画像「number 1707」の画像検索結果 「Maratha Empire」の画像検索結果 「Maratha Empire」の画像検索結果「Maratha Empire」の画像検索結果「Maratha Empire」の画像検索結果  「1674 Shivaji Bhonsle」の画像検索結果
       7 「1808年 - ナポレオン・ボナパルト」の画像検索結果 「1808年 - ナポレオン・ボナパルト」の画像検索結果「elder brother」の画像検索結果「brother」の画像検索結果 「1808年 - ナポレオン・ボナパルトの兄ジョゼフ・ボナパルトがホセ1世としてスペイン王に即位。」の画像検索結果    「1808 spanish king」の画像検索結果        関連画像
   8「Battle of Stoney Creek」の画像検索結果「Battle of Stoney Creek」の画像検索結果「Battle of Stoney Creek」の画像検索結果 関連画像「Battle of Stoney Creek」の画像検索結果「Battle of Stoney Creek」の画像検索結果
     
 「Battle of Stoney Creek」の画像検索結果「Battle of Stoney Creek」の画像検索結果 「Battle of Stoney Creek」の画像検索結果 関連画像10「Young Men's Christian Association established in london 」の画像検索結果 「Young Men's Christian Association established in london 」の画像検索結果 
   「Young Men's Christian Association established in london 」の画像検索結果      関連画像「Young Men's Christian Association established in london 」の画像検索結果「Young Men's Christian Association established in london 」の画像検索結果「YMCA first logo」の画像検索結果
         13「1862 russell, england foreign minister」の画像検索結果「竹内保徳」の画像検索結果      「ロンドン覚書1862」の画像検索結果    「ロンドン覚書1862」の画像検索結果  15フランス領インドシナの国旗
    「パトノートル条約」の画像検索結果「仏領インドシナ」の画像検索結果「仏領インドシナ英語」の画像検索結果「仏領インドシナ英語」の画像検索結果16「1892 Chicago 'L' started business 」の画像検索結果
    「1892 Chicago 'L' started business 」の画像検索結果    「1892 Chicago 'L' started business 」の画像検索結果   「1892 Chicago 'L' started business 」の画像検索結果「1892 Chicago 'L' started business 」の画像検索結果「1892 Chicago 'L' started business 」の画像検索結果
  17   関連画像「1912 Novarupta eruption」の画像検索結果        「1912 Novarupta eruption」の画像検索結果 「1912 Novarupta eruption」の画像検索結果「1912 Novarupta eruption」の画像検索結果
      18「1915年 - 焼岳噴火大正池画像」の画像検索結果「1915年 - 焼岳で噴火。梓川がせき止められて大正池ができる。」の画像検索結果「1915年 - 焼岳噴火大正池画像」の画像検索結果 関連画像「1915年 - 焼岳噴火大正池画像」の画像検索結果
    「1915年 焼岳噴火」の画像検索結果 「1915年 - 焼岳噴火。大正池」の画像検索結果 「1915年梓川地図」の画像検索結果20「Walter Percy Chrysler」の画像検索結果「Walter Percy Chrysler」の画像検索結果「Walter Percy Chrysler」の画像検索結果
      関連画像 「Walter Percy Chrysler」の画像検索結果  「Walter Percy Chrysler」の画像検索結果「Walter Percy Chrysler」の画像検索結果   「chrysler logo」の画像検索結果  「chrysler building new york」の画像検索結果「chrysler building new york」の画像検索結果
   22「Camden first place for outdoor movie theater」の画像検索結果「Camden first place for outdoor movie theater」の画像検索結果  「Camden first place for outdoor movie theater」の画像検索結果   「Camden first place for outdoor movie theater」の画像検索結果「Camden first place for outdoor movie theater」の画像検索結果
   28「D day」の画像検索結果 「D day」の画像検索結果    関連画像「D day」の画像検索結果   「D day」の画像検索結果
   「D day」の画像検索結果「D day」の画像検索結果「D day」の画像検索結果        「D day」の画像検索結果
   「D day」の画像検索結果「D day」の画像検索結果関連画像 「D day」の画像検索結果「D day」の画像検索結果
 30「1946 Basketball Association of America (BAA)」の画像検索結果「1946 Basketball Association of America established」の画像検索結果「1946 Basketball Association of America (BAA)」の画像検索結果「1946 Basketball Association of America established」の画像検索結果「1946 Basketball Association of America established」の画像検索結果「1946 Basketball Association of America (BAA)」の画像検索結果
(1)1513年 - イタリア戦争カンブレー同盟戦争): ノヴァーラの戦い英語版
(2)1523年 - スウェーデンが同君連合カルマル同盟からの離脱・独立を宣言、グスタフ1世が国王に即位する。
(3)1644年順治元年5月2日) - 八旗軍が北京に入城、清による中国全土の支配が始まる。
(4)1654年 - スウェーデン女王クリスティーナが従兄のカール10世に譲位。
(5)1674年 - シヴァージーマラーター王国を建国し、戴冠。
(6)1683年 - オックスフォード大学アシュモレアン博物館が開館。世界初の大学博物館。
(7)1808年 - ナポレオン・ボナパルトの兄ジョゼフ・ボナパルトがホセ1世としてスペイン王に即位。
(8)1813年 - 米英戦争: ストーニー・クリークの戦い

(9)1832年 - パリの六月暴動が鎮圧。
(10)1844年 - ロンドンキリスト教青年会(YMCA)が創立。
(11)1859年 - オーストラリアで、ニューサウスウェールズから分割してクイーンズランド植民地を設置。
(12)1862年 - 南北戦争: メンフィスの戦い
(13)1862年(文久2年5月9日) - 江戸幕府遣欧使節竹内保徳がラッセル英外相とロンドン覚書に調印。
(14)1869年 - スペインで、立憲君主制の新憲法が公布。
(15)1884年 - フランスベトナムパトノートル条約(第二次フエ条約、甲申条約)を締結。仏領インドシナの一部としての植民地支配開始。
(16)1892年 - シカゴの高架鉄道シカゴ・Lが開業。
(17)1912年 - アラスカノバラプタ山が噴火。20世紀で2番目に大きな火山噴火。
(18)1915年 - 焼岳で噴火。梓川がせき止められて大正池ができる。
(19)1921年 - ロンドンのサザーク橋が開通。
(20)1925年 - ウォルター・クライスラーによってクライスラーコーポレーションが創業。
(21)1925年 - パリプロコフィエフ交響曲第2番が初演。
(22)1933年 - アメリカニュージャージー州カムデンで世界初のドライブインシアターが開業。
(23)1934年 - ニューディール政策: フランクリン・ルーズベルト大統領が1934年証券取引所法に署名し、法律が発効。
(24)1939年 - アドルフ・ヒトラーがベルリンで、スペイン内戦で活躍したコンドル軍団の凱旋式を行う。
(25)1941年 - 北海道紋別郡雄武町幌内ダム決壊事故発生。60名が死亡する。
(26)1942年 - 第二次世界大戦アリューシャン方面の戦い: 日本軍がアリューシャン列島アッツ島を占領。
(27)1942年 - 第二次世界大戦ミッドウェー海戦:主力空母「赤城」「飛龍」が沈没し日本海軍機動部隊が事実上壊滅。
(28)1944年 - 第二次世界大戦: ノルマンディー上陸作戦が決行される。(D-デイ
(29)1945年 - 第二次世界大戦・沖縄戦: 陸戦隊指揮官大田実海軍少将が海軍次官宛に、後世有名になった「沖縄県民斯ク戦ヘリ」の電報を打電。
(30)1946年 - ニューヨークNBAの前身のBasketball Association of America (BAA) が設立。
(31)1949年 - 土地改良法公布。
(32)1950年 - ズゴルジェレツ条約英語版成立。ポーランド東ドイツの国境がオーデル・ナイセ線に確定。
(33)1950年 - レッドパージ: 連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) の指令により日本共産党中央委員24名が公職追放の対象となる。
(34)1952年 - 中央教育審議会設置。
(35)1957年 - 小河内ダムが湛水を開始。
(36)1961年 - 山岸一雄が「東池袋大勝軒」を独立開業。同店が販売した特製もりそばがつけ麺のルーツとなる。
(37)1965年 - 日本サッカーリーグが発足する。日本アマチュアスポーツ初の全国リーグ。
(38)1966年 - 公民権運動ジェームズ・メレディスが狙撃され負傷。
(39)1971年 - ソ連で3人乗りの宇宙船ソユーズ11号打ち上げ。翌日、軌道科学ステーションサリュートにドッキング。
(40)1971年 - ベトナム戦争: ロンカンの戦い英語版
(41)1971年 - 米CBS1948年から放送されていた長寿バラエティ番組エド・サリヴァン・ショー』最後の放送。
(42)1982年 - イスラエルレバノンに侵攻、レバノン戦争勃発。
(43)1984年 - ブルースター作戦: インド首相インディラ・ガンディーの命によりインド陸軍がシク教の総本山であるハリマンディル・サーヒブを攻撃。
(44)1984年 - テトリスの最初のバージョンがソビエト連邦で誕生。
(45)1985年 - 川崎市で、交通事故で大けがをした小学生が、エホバの証人信徒の両親が信仰上の理由で輸血を拒否したため、出血多量で死亡。
(46)1987年 - 東村山市特別養護老人ホーム・松寿園で火災。寝たきりの老人ら17人が焼死。
(47)1992年 - PKO国会: 参議院本会議でPKO協力法案の採決に社会党牛歩戦術で抵抗。11時間半におよぶ採決を経て可決される。
(48)1993年 - モンゴルで初の大統領直接選挙が行われる。
(49)1994年 - コロンビアマグニチュード6.6の地震、約800名の死者を出す。
(50)1996年 - わかしお銀行(現:三井住友銀行)設立。
(51)2002年 - 東地中海隕石爆発。東地中海上空で、小天体が爆発。
(52)2003年 - 武力攻撃事態法など武力攻撃事態対処関連3法が成立。日本で戦後初の有事法制
(53)2004年 - 上海インターナショナルサーキットオープン。
(54)2004年 - 近鉄あやめ池遊園地閉園。
(55)2005年 - ボリビアガス紛争: ボリビアメサ大統領が辞任。
(56)2007年 - 第33回主要国首脳会議がドイツで開催される。(
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                                  編集者のダイアリー・コーナー
 (注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「 編集者のダイアリー・コーナー のはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記)
                 2017年6月6日(火)
2017年6月6日(火)(798.33KB)
本日「6月6日のできごと」でヨシダが特に関心を抱くのは「(10)1844年 - ロンドンキリスト教青年会(YMCA)が創立。」です。英語の好きなヨシダの青春時代では広島YMCAが花舞台って感じでした。後年の数人のガール・フレンドとの出会いの場でもありました・・・★もうひとつは、「(23)1934年 - ニューディール政策: フランクリン・ルーズベルト大統領が1934年証券取引所法に署名し、法律が発効。」があります。ヨシダが3才の時。その後の少年時代ですが、当時、ハワイ生まれのお袋が経営していたクラシック音楽喫茶時代のこと、お袋が小さな声で言ったのが記憶に鮮明です。「・・・ユウキ、大きい声では言えんけど、敵国アメリカの大統領のルーズベルトは成年後に小児麻痺(当時はポリオとは言いませんでした)に罹ったんじゃ。小児麻痺に罹る人間は偉いんだ・・・」と(笑)★久々に当日のできごと画像編集を事前に完了しました。このところ、画像の大きさに余り気遣わずに編集しながら想うことは、過去のものは小さ過ぎで折角の苦労選択が活きていない感じでした。現在進行形の中で改善努力をするのがヨシダ流です。エッヘン!(笑)。でも、この性格がヨシダ青春時代に実用新案特許3件を取得としたと、現在にして自負します。(5日16:30)
久々に本日「6月6日のできごと」の画像編集を完了して「6月7日のできごと」の先取りに入っています。先手必勝ではありませんが、その分、気が楽ではあります★日光浴の醍醐味を体感して久しいなか、しみじみ感じることは、日焼けした身体を眺めたりさすったりして体感することは、肌が強くなった感じです!その分、抵抗力が増大していることを痛感します★常夏の国で生活して風邪引きってのはヘンですが、毎年、大なり小なり咳を伴う体調崩れがありました。ヨシダの持病的な傾向でしたが、「咳に出ると熱が出ない」というヘンなジンクスを永年抱いています。咳が出ない風邪を引いたら発熱を伴い厄介だ、咳カゼのほうがイイや・・・といった自論でした。でも、この調子だと、両方ともから開放されるって感じです。(5日18:00)
iPhone「82歳日本人開発者」は何がスゴイのか クックCEO「私たちは勇気づけられました」(東洋経済ONLINE2017.6.5.松村 太郎 :ジャーナリスト )は85歳超のヨシダも勇気づけられます!★「中見出し」は、■”若者に勝てる”ゲームを開発しようと思った、■シニア世代だからこそわかる、アプリの工夫、■アプリ開発から完成するまで「5カ月」・・・と続きます★末尾の筆者の言葉は、「・・・ 既存のスマートフォンアプリを使用するだけでも、個人の生活や仕事のさまざまな側面をサポートしてくれる。しかしこれに「自らプログラミングする」という行為が結びつくと、さらに大きな力が生まれる。世の中に対し、変化の波を作り出せるようになる。それがモバイル時代の変革だ。若宮氏の挑戦は、この変化を作り出す輪の中に、多様な人々が参加できることを体現している。」と★ヨシダの冷や汗は「既存のスマートフォンアプリを使用するだけでも」でして、スマーフォンそのものには触れたこともなく、トライしたこともない非現代爺さんです。トホホです。でも、パソコンのこんな活用は誰にも負けんぞ~!って気分ではありますが・・・。(5日19:30)
     「iPhone「82歳日本人開発者」は何がスゴイのか クックCEO「私たちは勇気づけられました」」の画像検索結果「iPhone「82歳日本人開発者」は何がスゴイのか クックCEO「私たちは勇気づけられました」」の画像検索結果「松村 太郎 :ジャーナリスト」の画像検索結果  「「iPhone「82歳日本人開発者」は何がスゴイのか クックCEO「私たちは勇気づけられました」」の画像検索結果
         「松村 太郎 :ジャーナリスト」の画像検索結果                            「松村 太郎 :ジャーナリスト」の画像検索結果
今朝一番の宿題は編集ど忘れしていた「today@VOA」の2編!「No.193(June 3, 2017)"On June 2, 1865, the US Civil War comes to a formal end when...." 」と「No.194(June 6, 2017)"On June 5, 1933, the United States goes off the gold standard monetary system in which US currency is backed by gold."」です。アメリカの歴史を学ぶ絶好の機会と受けとめて、楽しみながら編集します。何時ものことですが、本サイトご訪問の方にお伝えします。時おりクリックすると編集過程がその都度の状態でリアルタイムでご覧いただけます。
ふと、背後のCNNテレビ報道。NASAがロシアのハッキング行為に関する極秘情報を云々と。NASAと言えば、宇宙時代にあって現代の寵児的存在。1993年の「米国一ヶ月間取材旅行」の際に、最終段階1週間のロスアンジェルス滞在中に従姉妹夫婦でアメリカ人旦那さんはNASA勤務。「極秘だけどネ」と見せてくれた眼の覚めるような不思議の国の写真集!当時のヨシダは宇宙に余り関心を抱いていませんでしたが、今だったら、しげしげと魅入るだろうな・・・と.。(10:30)
        「NASA and russia hacking」の画像検索結果    「NASA and russia hacking」の画像検索結果   「CNN :NASA and russia hacking」の画像検索結果「CNN」の画像検索結果
地元フィリピンのできごと!が母国の「宮崎正弘の「国際ニュース・早読み:通算第5317号」が入りました。タイトルは「ドゥテル大統領が、テロリスト退治を大胆な二枚舌戦術 中国にテロリスト殲滅作戦の支援を要請、中国海軍艦がダバオに寄港」です!ヨシダの理解能力の限界や批判等を超える問題です・・・。(10:40)
         「ドゥテルテ大統領が、テロリスト退治を中国に要請」の画像検索結果「?」の画像検索結果「?」の画像検索結果 「宮崎正弘」の画像検索結果


                   末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

              ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
     (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのヨシダロマンものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。・・・と、ここからは2017年5月31日をもって実践していることを追ブロします。先日、お手伝いのセニーさん(家長・アーネルの姉)は英語は殆どダメ。ヨシダが彼女にトライする英語は「子供を対象にした幼稚語的英語」。でも、これってかなりの熟達英語力がなかったら出来っこない業ですよ(笑)。その彼女に身振り手振りの稚児的英語で「大きな声で朗々とやるのでその積りでネ、と。彼女曰く、「イイことじゃん!」と、理解を示してくれました。今では堂々かつ、これ見よがし(?)といったほどの意気込みをもって朗々と・・・って按配に転じています。実に爽快デス!
 ところで、その英語朗誦習慣ですが、そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)朗誦復帰をしています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-21.jpg

"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

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"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

 「samuel ullman youth poem」の画像検索結果

  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクしてご参考に供します

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my (own) wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレ自身が決断実践した人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
        ★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。漫画主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、ヨシダ自称実践中の「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
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                     では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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                       2017年6月6日(火)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                        
 (満85歳7ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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