「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳7か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年6月4日(日)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
              ウィキペディアから拾った6月4日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;June 4
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
  2「令制国」の画像検索結果「令制国」の画像検索結果「718年 能登国」の画像検索結果 「718年 安房国」の画像検索結果「718年 石城国」の画像検索結果「718年 石背国」の画像検索結果「1885」の画像検索結果「令制国」の画像検索結果「usa word」の画像検索結果
 3「Konrad II」の画像検索結果「Konrad II」の画像検索結果「Konrad II.」の画像検索結果「deceased」の画像検索結果「ハインリヒ3世」の画像検索結果関連画像「ハインリヒ3世」の画像検索結果「son crowned」の画像検索結果
        4「Sir Walter Raleigh」の画像検索結果「Roanoke Colony」の画像検索結果「Roanoke Colony」の画像検索結果  「Roanoke Colony」の画像検索結果   「virginia dare」の画像検索結果
       「virginia dare」の画像検索結果    「Roanoke Colony」の画像検索結果「Sir Walter Raleigh」の画像検索結果 「Roanoke Colony」の画像検索結果
     5「豊臣秀頼と淀殿が自刃」の画像検索結果  「豊臣秀頼と淀殿が自刃」の画像検索結果「豊臣秀頼と淀殿が自刃」の画像検索結果「豊臣秀頼と淀殿が自刃」の画像検索結果 8   「joseph michel montgolfier hot air balloon」の画像検索結果
    「joseph michel montgolfier hot air balloon」の画像検索結果「joseph michel montgolfier hot air balloon」の画像検索結果 「joseph michel montgolfier hot air balloon」の画像検索結果  「1783年 - フランスのモンゴルフィエ兄弟が世界初の熱気球無人飛行を実施。」の画像検索結果「1783年 - フランスのモンゴルフィエ兄弟が世界初の熱気球無人飛行を実施。」の画像検索結果11「antonio josé de sucre y alcalá assassinated」の画像検索結果
   「antonio josé de sucre y alcalá assassinated」の画像検索結果 「assassination word」の画像検索結果     「アントニオ・ホセ・デ・スクレ暗殺」の画像検索結果「アントニオ・ホセ・デ・スクレ」の画像検索結果「Antonio José de Sucre」の画像検索結果関連画像
  15  「the first Joseph Pulitzer award works」の画像検索結果            「the first Joseph Pulitzer award ceremony」の画像検索結果17 「Sinking of the Maine Sold Papers」の画像検索結果 「the first Joseph Pulitzer award ceremony」の画像検索結果
    「Sinking of the Maine Sold Papers」の画像検索結果「Sinking of the Maine Sold Papers」の画像検索結果 「the first Joseph Pulitzer award works」の画像検索結果  20「「ゲルニカ」を画くピカソ」の画像検索結果
     「「ゲルニカ」を画くピカソ」の画像検索結果「「ゲルニカ」を画くピカソ」の画像検索結果     「「ゲルニカ」を画くピカソ」の画像検索結果   関連画像
    「「ゲルニカ」を画くピカソ」の画像検索結果 「「ゲルニカ」を画くピカソ」の画像検索結果 「「ゲルニカ」を画くピカソ」の画像検索結果「「ゲルニカ」を画くピカソ」の画像検索結果   関連画像
  31「Bodominjärven murhat」の画像検索結果「Bodominjärven murhat」の画像検索結果「Bodommorden」の画像検索結果「Bodominjärven murhat」の画像検索結果「Bodommorden」の画像検索結果 
   「Bodommorden」の画像検索結果 「Bodominjärven murhat」の画像検索結果 「Bodominjärven murhat」の画像検索結果「Bodommorden」の画像検索結果  「Bodommorden」の画像検索結果
  「Bodommorden」の画像検索結果      「Bodommorden」の画像検索結果32「Bodommorden」の画像検索結果32  「シャボン玉ホリデー」の画像検索結果 「シャボン玉ホリデー」の画像検索結果
    「シャボン玉ホリデー」の画像検索結果   「シャボン玉ホリデー」の画像検索結果33「全日本女子プロレス」の画像検索結果「全日本女子プロレス」の画像検索結果 「全日本女子プロレス」の画像検索結果  
      「全日本女子プロレス」の画像検索結果    「全日本女子プロレス」の画像検索結果 35「1973年 - この日発売の週刊少年ジャンプにて、中沢啓治漫画「はだしのゲン」の連載」の画像検索結果 「「はだしのゲン」の連載が開始(」の画像検索結果「「はだしのゲン」の連載が開始(」の画像検索結果「「はだしのゲン」の連載が開始(」の画像検索結果
     「「はだしのゲン」の連載が開始(」の画像検索結果 「continued」の画像検索結果「1985」の画像検索結果36 「1974 Ten-Cent Beer Night」の画像検索結果   「1974 Ten-Cent Beer Night」の画像検索結果
        「1974 Ten-Cent Beer Night」の画像検索結果「1974 Ten-Cent Beer Night」の画像検索結果  「1974 Ten-Cent Beer Night」の画像検索結果   「1974 Ten-Cent Beer Night」の画像検索結果  「1974 Ten-Cent Beer Night」の画像検索結果    
  38 「1989年 - 天安門事件」の画像検索結果「1989年 - 天安門事件」の画像検索結果「1989年 - 天安門事件」の画像検索結果 「1989年 - 天安門事件」の画像検索結果 「1989年 - 天安門事件」の画像検索結果
(お詫び:現時点で本トップサイトの編集量が988.33KBで限度ギリギリ。本画像編集は未了のままにします。朱文字数字のできごと画像が未了のものです。(16:00)
(1)紀元前781年 - 中国で史上最古の日食の記録。
(2)718年養老2年5月2日) - 能登国安房国石城国石背国の4国を設置。
(3)1039年 - ドイツ王神聖ローマ皇帝コンラート2世が死去。子のハインリヒ3世がドイツ王に即位。
(4)1584年 - ウォルター・ローリー新世界初のイングランド植民地であるロアノーク植民地を建設。
(5)1615年元和元年5月8日) - 大坂夏の陣: 豊臣秀頼淀殿が自刃し豊臣氏が滅亡。
(6)1716年享保元年4月15日) - 江戸幕府が、東海道中山道日光道中奥州道中甲州道中五街道の呼称を布達。
(7)1745年 - オーストリア継承戦争: ホーエンフリートベルクの戦い
(8)1783年 - フランスモンゴルフィエ兄弟が世界初の熱気球無人飛行を実施。
(9)1802年 - サルデーニャ王カルロ・エマヌエーレ4世が弟のヴィットーリオ・エマヌエーレ1世に譲位。
(10)1812年 - ルイジアナ準州ミズーリ準州に改称。
(11)1830年 - 南米独立革命の志士アントニオ・ホセ・デ・スクレ将軍がコロンビア暗殺される。
(12)1858年安政5年4月23日) - 彦根藩主・井伊直弼が江戸幕府大老に就任。
(13)1859年 - 第二次イタリア独立戦争: マジェンタの戦い
(14)1879年 - 東京・九段の東京招魂社別格官幣社として靖国神社に改称。
(15)1917年 - 第1回ピューリッツァー賞表彰式。
(16)1920年 - 第一次世界大戦: ハンガリーが連合国とトリアノン条約を結び講和する。
(17)1928年 - 満州にて関東軍河本大作が軍閥の張作霖を爆殺。(張作霖爆殺事件
(18)1936年 - フランスで社会党レオン・ブルム首班の人民戦線内閣が成立。
(19)1937年 - 第一次近衛文麿内閣発足。
(20)1937年 - パブロ・ピカソの代表作『ゲルニカ』が完成。
(21)1937年 - 普天堡の戦い
(22)1940年 - 第二次世界大戦: ダンケルクの戦いが終結。
(23)1942年 - 第二次世界大戦: ミッドウェー海戦が始まる。(日本時間では6月5日
(24)1943年 - 第二次世界大戦: 日本政府が「戦時衣生活簡素化実施要綱」を決定。男性は国民服、女性は元禄袖に。
(25)1944年 - 第二次世界大戦: 連合国軍がローマに入城。初めて枢軸国の首都が陥落。
(26)1946年 - 日本海軍潜水艦 伊400ハワイ近海に於いて撃沈処分。
(27)1950年 - 第2回参議院議員通常選挙
(28)1950年 - 日本写真家協会設立。
(29)1951年 - 公営住宅法公布。
(30)1954年 - 近江絹糸争議。近江絹糸紡績(現:オーミケンシ)の女子工員が、結婚の自由・信書の開封廃止など22項目を要求し106日間のストライキを開始。
(31)1960年 - フィンランドヘルシンキ近郊、エスポー市にある湖でボドム湖殺人事件が起こる。(32)1961年 - 日本テレビでバラエティ番組『シャボン玉ホリデー』の放送開始。
(33)1968年 - 日本女子プロレスから分裂して全日本女子プロレスが発足。
(34)1970年 - トンガがイギリスから独立。
(35)1973年 - この日発売の週刊少年ジャンプにて、中沢啓治による広島原爆をテーマとした漫画「はだしのゲン」の連載が開始(以後、掲載誌を変えながら1985年まで連載が続く)。
(36)1974年 - 10セント・ビア・ナイト
(37)1979年 - ガーナジェリー・ローリングス空軍大尉が軍事クーデターを起こし、フレッド・アクフォ英語版軍事政権を打倒。
(38)1989年 - 天安門事件。民主化要求運動で数百万人の市民が集結していた北京の天安門広場に軍が戦車装甲車で出動し武力鎮圧。死者数百人。中国政府は当事件を意味する語をネット検索対象としているため、6月4日が検索不能語になった事例や[1]、6月4日を意味する「5月35日」(5月31日+4日)などの隠語を生んだ[2]
(39)1989年 - ポーランド議会の一部自由選挙(戦後初)が行われ、「連帯」が両院で獲得議席数99%超の圧勝をおさめる。
(40)1989年 - アリー・ハーメネイーイラン最高指導者に就任。
(41)1989年 - JR北海道池北線が第三セクター北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線に転換、営業開始。
(42)1989年 - ソ連ウラル地方で天然ガスのパイプラインから漏れたガスが大爆発し、通りかかった列車2本が吹き飛ばされて607人が死亡する。 (en:Ufa train disaster)
(43)1996年 - 海上自衛隊リムパック派遣部隊護衛艦ゆうぎり」のCIWS誤射で米海軍機を撃墜
(44)1996年 - アリアンスペースのロケット「アリアン5」の初打ち上げが行われるが、コンピュータプログラムの異常により打ち上げ直後に爆発。
(45)1999年 - 短編映画祭の「ショートショートフィルムフェスティバル」が東京・表参道で初めて開催された。
(46)2001年 - ネパール王族殺害事件: ディペンドラが死亡し、ギャネンドラネパール国王に即位。
(47)2002年 - サッカー日本代表が、埼玉スタジアム2002で行われた2002 FIFAワールドカップベルギー戦で2-2で引き分け、日本代表としてワールドカップ史上初の勝点を挙げる。
(48)2004年 - キルドーザー事件コロラド州グランビーで装甲化されたブルドーザーによる破壊行為が行われる。
(49)2006年 - NTT中継回線光ファイバー伝送のデジタル回線に移行し、1960年代にかけて全国に拡大したマイクロ波を用いた中継回線は52年間続いた役目を終える。
(50)2008年 - 婚外子国籍訴訟最高裁判所大法廷判決で違憲との判断が下る。
(51)2009年 - 静岡空港が開港。
(52)2009年 - 「足利事件」で無期刑確定で収監されていた男性に対し、東京高等検察庁が刑の執行停止を指示、釈放される。
(53)2010年 - 2010年6月民主党代表選挙が行われ、新代表に菅直人を選出。同日の国会での首班指名で第94代内閣総理大臣に菅が指名される。
(54)2011年 - JR東日本動態復元した蒸気機関車C61形20号機が復活し、営業運転開始。
(55)2013年 - 埼玉スタジアムブラジルワールドカップアジア最終予選日本オーストラリアが行われ、1-1の引き分けに終わり、日本がホームで初めてFIFAワールドカップの出場権を獲得。試合後、渋谷駅前のスクランブル交差点で、通称「DJポリス」の話術による誘導が混乱を収めたことで話題になる。(522.23KB) 

                                  編集者のダイアリー・コーナー
 (注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「 編集者のダイアリー・コーナー のはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記)
                 2017年6月4日(日)
本日「6月4日のできごと」でヨシダが特に関心を抱くのは、「(20)1937年 - パブロ・ピカソの代表作『ゲルニカ』が完成。」です。ほかでもありません、「きょうのできごと」編集は 4月26日のできごとのそれで詳細に知り得たことであるからです。「スペイン内戦中の1937年4月26日、ドイツ空軍コンドル軍団がスペイン・ビスカヤ県ゲルニカに対して行った都市無差別爆撃」がその背景です。なお、同できごとで編集した当該画像を本欄に再掲載して味わいます★ちなみに、離日数年前のこと、東京新橋にあった長年のクライアントの関係でしばしば上京したものですが、霞ヶ関ビルのロビーに展示された同画(ホンモノかコピーかは記憶しませんが・・・)を何度か観たものの、その歴史背景等々はまったく門外漢でした。猫に小判ってものでした(苦笑い)。(3日16:00)
     「1937年 - スペイン内戦: ドイツ空軍遠征隊「コンドル軍団」がスペインの町ゲルニカを無差別攻撃、非戦闘員2,000人以上が死亡。」の画像検索結果「「コンドル軍団」」の画像検索結果 「1937年 - スペイン内戦: ドイツ空軍遠征隊「コンドル軍団」がスペインの町ゲルニカを無差別攻撃、非戦闘員2,000人以上が死亡。」の画像検索結果  「1937年 - スペイン内戦: ドイツ空軍遠征隊「コンドル軍団」がスペインの町ゲルニカを無差別攻撃、非戦闘員2,000人以上が死亡。」の画像検索結果 「ピカソ ゲルニカ」の画像検索結果「ピカソ ゲルニカ」の画像検索結果
      「1937年 - スペイン内戦: ドイツ空軍遠征隊「コンドル軍団」がスペインの町ゲルニカを無差別攻撃、非戦闘員2,000人以上が死亡。」の画像検索結果    「ピカソ ゲルニカ」の画像検索結果     関連画像「ピカソ ゲルニカ」の画像検索結果
暴走トランプ氏、欧州と鋭く対立 G7の舞台裏 安倍首相 とりなし役」(日本経済新聞2017.6.4.)は、「さもありなむ・・・」ってそのものです。なにせ、「アメリカ・ナンバーワン!」とバカ派手に大統領就任式でやったんですから、国際協力もヘッタくそもあったもんじゃありません。アメリカさえ良ければイイ!って大統領のホンネです。なんとも、次元の低い!と当初からのヨシダのトランプ観を裏づけます★「中見出し」は、途切れた音声( サミットはトランプ氏の遅刻で歓迎式典の開始が10分遅れ、最初から不穏な空気が漂った ・・・)、 ■対中で結束呼びかけ米説得( 翌日のパリ協定を巡る議論ではトランプ氏の孤立ぶりは一段と鮮明になった・・・ )、 ■トランプ氏だけカートで移動( 各国首脳がヘッドホンの同時通訳で話を聞いているのに、トランプ氏だけヘッドホンをせずに話を聞かない場面も ・・・)、 (議長国イタリアのジェンティローニ首相はトランプ氏の外交素人ぶりを公然と皮肉った。メルケル氏も「他国を頼れる時代は終わった」と語り、米国への不信感をあらわに。薄氷の結束はいつ氷解してもおかしくない。)・・・でオワリ・・・。(注)中見出し後のカッコ内はヨシダが本文から拾った言葉です★ともかくも、トランプさんって、大統領になる資格・人柄・品位等々全ての面でアメリカ史上稀に生まれたお粗末大統領だ!と断じて憚りません!テレビで初めて彼の態度や話しぶりに接してヨシダが断言した言葉は現在にして「名言!」だったと自負します(大笑)★おっと、「安倍首相とりなし役」のこと。日本人特有の「まあまあ、まあ・・・」と、意味不可解な言葉くらいですよね。半世紀前のジャパン・タイムズ紙「社説(日本人の意味不可解な笑み(Japanese Enigmatic Smile)」くらいで誤魔化すのがニッポン人流儀ってもんですから・・・(笑)。(注:添付画像は最初のものを別にして、記事とは直接関係ありません。ヨシダの勝手な選択肢に過ぎませんのでヨシダ個人の皮肉として・・・。)(9:50)
    「G7のトランプ大統領」の画像検索結果「G7のトランプ大統領」の画像検索結果       関連画像
      関連画像「G7のトランプ大統領」の画像検索結果「G7のトランプ大統領」の画像検索結果
ただ今の本トップサイトの編集量は限度直前の980KB。本日「6月4日のできごと」の添付画像編集が完了していないままで早いですが、本トップサイトへの書き込みはこの程度でオワリ(?)を余儀なくしそうです。今後のヨシダ提供情報は明日のコラムに・・・?ってところです★蛇足の弁ならぬ、ブログで恐縮ですが、朝食後の日光浴を日課として久しいなか、「健康的日焼け」を体感しています。その分、精神的にも太陽さんからパワーをゲットした感じで満たされています★顔面を太陽さんにまともに向けて目を閉じた状態でする、かの「8分間の8分間英語詩文等の朗誦」に、殊のほか深い価値を体感します。デスクに向かっていても、体中にパワーを感じます。実にイイ習慣に到達したことを心底喜んでいます★ついでのブログをもうひとつ!かの「シット・アップ」運動はなんと!一気に120回!前半60回は「感謝、かんしゃ、カンシャ!」の連発。後半60回は「イエスキリストの十字架上の苦しみに想いを抱いて・・・」が常の発想です。発想があれば苦しみは感じません。さらに、数日来、この運動で起き上がった時の姿勢を額が膝にほどの状態に曲げます!何事も「進歩前進」です。これって、ヨシダ流儀の生き方処し方です。(10:15)



632                末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

              ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
     (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのヨシダロマンものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。・・・と、ここからは2017年5月31日をもって実践していることを追ブロします。先日、お手伝いのセニーさん(家長・アーネルの姉)は英語は殆どダメ。ヨシダが彼女にトライする英語は「子供を対象にした幼稚語的英語」。でも、これってかなりの熟達英語力がなかったら出来っこない業ですよ(笑)。その彼女に身振り手振りの稚児的英語で「大きな声で朗々とやるのでその積りでネ、と。彼女曰く、「イイことじゃん!」と、理解を示してくれました。今では堂々かつ、これ見よがし(?)といったほどの意気込みをもって朗々と・・・って按配に転じています。実に爽快デス!
 ところで、その英語朗誦習慣ですが、そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)朗誦復帰をしています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-21.jpg

"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

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"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

 「samuel ullman youth poem」の画像検索結果

  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクしてご参考に供します

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my (own) wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレ自身が決断実践した人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
        ★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。漫画主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、ヨシダ自称実践中の「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
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                     では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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                       2017年6月4日(日)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                        
 (満85歳7ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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