お知らせ&お詫び!
ただ今、6月18日午前5時。何の予告も断りもなしにインタネット断絶が正味3日間続きました、ために、電子メールのOutlook Expressとこのウェブサイト編集が不能常態にありました。アップ・デイティングのためとか・・・ですが、母国ニッポンでは想像もできないことです。ま、郷に入れば郷に従え・・・でボツボツ編集にとりかかります。(6月18日5:15)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳7か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
(注:編集者自身が実は驚いています!そうだった、こんなものを編集していたんだっけ!と。再編集してもっとかっこイイコラムにしようかな、と思っているところです。2017.6.22.)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年6月22日(木)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った6月22日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;June 22
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
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12 「lakagigar volcano 1783」の画像検索結果「lakagigar volcano 1783」の画像検索結果「lakagigar volcano 1783」の画像検索結果「lakagigar volcano 1783」の画像検索結果「lakagigar volcano 1783」の画像検索結果
13  「Battle of Waterloo」の画像検索結果 「Battle of Waterloo」の画像検索結果「Battle of Waterloo」の画像検索結果   関連画像    関連画像
  「Battle of Waterloo」の画像検索結果 「Battle of Waterloo」の画像検索結果 「Battle of Waterloo」の画像検索結果「napoleon defeated at waterloo」の画像検索結果   関連画像
16「Chapekar brothers」の画像検索結果   「Chapekar brothers」の画像検索結果「Chapekar brothers」の画像検索結果「Chapekar brothers」の画像検索結果 「Chaphekar brothers persecuted」の画像検索結果      
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(1)紀元前217年 - 第4次シリア戦争: ラフィアの戦いプトレマイオス4世セレウコス朝アンティオコス3世を打ち破る。
(2)紀元前168年 - 第三次マケドニア戦争: ピュドナの戦い
(3)802年延暦21年5月19日) - 富士山噴火で陥没した足柄路の代わりに筥荷路(箱根路)が開通。
(4)1360年延文5年/正平15年5月9日) - 北朝方の畠山國清により楠木正儀赤坂城が落城。
(5)1377年 - 前日のイングランドエドワード3世の死去に伴い、孫のリチャード2世が即位。
(6)1403年応永10年6月3日) - 相国寺の七重塔が落雷のため焼失。
(7)1582年天正10年6月3日) - 魚津城の戦い: 魚津城にこもっていた中条景泰らが切腹して魚津城を開城し、戦いが終結。柴田勝家ら織田軍・北陸担当部門が北陸を制圧。
(8)1582年(天正10年6月3日) - 夜、備中高松城の戦い備中在陣中の羽柴秀吉のもとに本能寺の変の知らせが届く。
(9)1593年 - シサクの戦い英語版クロアチア軍がオスマン帝国に勝利。不敗とされたオスマン軍の初の敗退。
(10)1633年 - ローマ教皇庁の検邪聖省の裁判でガリレオ・ガリレイに有罪判決が下り、自説の地動説を撤回する異端誓絶文を読み上げさせられる。
(11)1636年寛永13年5月19日) - 江戸幕府が第四次鎖国令を布告。通商に無関係なポルトガル人の追放など。
(12)1783年 - アイスランドラキ火山の噴火により発生した有毒ガスがフランス・ル・アーヴルに到達。
(13)1815年 - ワーテルローの戦いで敗れたナポレオン1世セントヘレナに流されフランス皇帝を退位。百日天下が終了。
(14)1868年慶応4年5月3日) - 戊辰戦争: 奥羽列藩同盟が成立。
(15)1893年 - レバノントリポリ沖でイギリス海軍の戦艦キャンパーダウンヴィクトリアが衝突事故を起こしヴィクトリアが沈没、358名の死者を出す。
(16)1897年 - インドマハラシュトラ州プーナで、Chapekar兄弟 (en:Chapekar brothers) らがイギリス植民地政府の役人を暗殺。彼らは後に処刑され、インド独立運動の最初の犠牲者とみなされている。
(17)1898年 - 憲政党結成。
(18)1906年 - スウェーデンの国旗が制定される。
(19)1907年 - 東北帝国大学が創設される。
(20)1908年 - 赤旗事件(錦輝館事件)。荒畑寒村ら社会主義運動の指導者層が一挙に逮捕される。
(21)1911年 - イギリス国王ジョージ5世が戴冠。
(22)1919年 - フェロー諸島の旗が初めて掲げられる。
(23)1931年 - 福岡県で日本空輸航空機が墜落。乗員2名乗客1名人全員死亡。日本初の商業定期便の事故
(24)1940年 - 第二次世界大戦ナチス・ドイツのフランス侵攻: フランス首相のフィリップ・ペタンがドイツと独仏休戦協定に調印。フランスがドイツに降伏
(25)1941年 - 第二次世界大戦・独ソ戦: ドイツ軍ソビエト連邦への侵攻作戦・バルバロッサ作戦が開始。
(26)1944年 - 第二次世界大戦・独ソ戦: ソ連赤軍のドイツ軍に対する反撃作戦・バグラチオン作戦が開始。
(27)1945年 - 第二次世界大戦: 昭和天皇最高戦争指導会議で初めて終戦の意図を示す。
(28)1945年 - 第二次世界大戦: 戦時緊急措置法公布。
(29)1946年 - プラカード事件: 食糧メーデーで「朕はタラフク食ってるぞ」のプラカードを掲げた松島松太郎不敬罪で起訴される。
(30)1955年 - 三鷹事件の上告審で、最高裁判所が竹内景助被告に対して死刑判決を確定。
(31)1957年 - 反党グループ事件フルシチョフ第一書記を解任しようとしたマレンコフら党保守派幹部が党役職を解任される。
(32)1960年 - 日本航空東京国際空港(羽田空港) - 福岡空港(板付空港)間に深夜割引便ムーンライト号の運航開始。
(33)1962年 - グアドループポワンタピートル国際空港エールフランス機が悪天候のため墜落。113人全員死亡。(en:Air France Flight 117)
(34)1965年 - 日韓基本条約及び日韓請求権並びに経済協力協定締結。
(35)1969年 - オハイオ州カヤホガ川で沿岸の工場から排出された大量の廃油などが燃え火事に。タイム誌に大きく取り上げられ、アメリカ合衆国環境保護庁 (EPA) 設立のきっかけとなる。
(36)1972年 - 自然環境保全法公布。
(37)1972年 - 四畳半襖の下張事件: 『四畳半襖の下張』を掲載した月刊誌『面白半分』が猥褻文書販売の疑いで発売禁止。
(38)1976年 - この日発売の週刊少年ジャンプにて『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(山止たつひこ→秋本治作)の連載が開始。
(39)1978年 - ジェームズ・クリスティー冥王星衛星カロンを発見。
(40)1980年 - 初の衆参同日選挙第36回衆院選第12回参院選)。
(41)1982年 - IBM産業スパイ事件: FBIが囮捜査により日立製作所三菱電機の社員6人をIBMへの産業スパイ容疑で逮捕。
(42)1984年 - ヴァージン・アトランティック航空の運航が開始される。
(43)1986年 - FIFAワールドカップメキシコ大会準々決勝で、ディエゴ・マラドーナの「神の手ゴール」と5人抜きの「世紀のゴール」により2対1でアルゼンチンイングランドに勝利。(en:Argentina v England (1986 FIFA World Cup quarter-final))
(44)1987年 - プロ野球選手の衣笠祥雄国民栄誉賞が贈られる。
(45)1990年 - ベルリンチャーリー検問所が撤去。
(46)1998年 - 総理府の外局として金融監督庁(現 金融庁)を設置。
(47)2004年 - 集団強姦事件スーパーフリー事件の舞台となった早稲田大学のイベントサークルスーパーフリーが解散。
(48)2008年 - 東急目黒線武蔵小杉駅 - 日吉駅間が延伸開業。
(49)2009年 - ワシントンメトロ列車衝突事故。9人死亡。
(50)2009年 - イーストマン・コダックが、リバーサルフィルムコダクロームの製造打ち切りを発表。
(51)2010年 - 広島県広島市南区にあるマツダ宇品工場で、自動車による無差別殺傷事件発生。(マツダ本社工場連続殺傷事件
(52)2013年 - カンボジアプノンペンで開催されていた世界遺産委員会にて、富士山三保松原をはじめとする構成資産群とともに「富士山と信仰・芸術の関連遺産群」として世界文化遺産に登録される。 (144.97KB)

                                   編集者のダイアリー・コーナー
         www.a-bombsurvivor.coml/2014.10.28.newweb/yuukidiary/2017.june.third.html
 (注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「編集者のダイアリー・コーナーのはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記) (追記)上掲のリンクが最新のものに変わらないといけないのですが、どうしたことか、前回(中旬)のままです。インタネット接続の関係だと思うのですが頭を抱えています・・・(6月21日追記)。
                 2017年6月22日(木)
本日「6月22日のできごと」でヨシダが特に関心を抱くのは、「(44)1987年 - プロ野球選手の衣笠祥雄国民栄誉賞が贈られる。」としましょう。郷土広島市同士の立場において、です★野球には疎いヨシダですが、衣笠さんと間近にしたのはたった一度だけ。何の用だったか覚えていませんが、衣笠さんの後援会会長さん宅(事務所)を訪問した時でした。会長室の窓に寄りかかった感じで立っていた衣笠さん。くだんの会長さんはと言えば、会長室のフロアに臥せってマッサージ中。来客のヨシダを前に起き上がろうともせずに(シツレイ!)這いつくばったままでの応対。内心、・・・と感じたことは事実です(笑)★強烈な印象は「オイ!衣笠!・・・」といった感じのマナー。後援会資金拠出の最高責任者だけに、そうなんだろうな・・・って印象。前後しますが後援会大会にも出合わした時は些か乱暴すぎる感じの会長のマナー・・・といったものでした(笑)★おっと、大事なことは、その会長室での衣笠さんの態度。手をすけるような会長のマナーや言葉使いに、嫌な顔一つ見せることは、「・・・ハイ、親父さん・・・」って調子でした★野球のことには疎いですが、衣笠さんの印象は「実直、一途に、クソ真面目に・・・」って印象をうけたのが想い出であり、衣笠さん人物像ってものでした。(21日15:10)
今朝2時前にパソコン向かい、くだんの(2017年6月度下旬)のリンクが正常であることを確認して安心しています。インタネット接続時間がフィリピンでは最低クラスのための遅延ですが、ホッとしています★これを機に、先のファイルを「先取り編集してスタンド・バイ」するツモリです。アップ&ダウン・ロードに時間がかかるなら、編集はその先を行ってスタンバイするって魂胆ですが、果たして計画通りにいくだろうか?・・・と(笑)。ま、それにしても「ボケ防止のための頭の体操」って按配です。(9:30)
今朝の日光浴では毎朝のことですが、額から胸から、腕から・・・と汗の滲みを味わいました。27.8℃にセットしている部屋ですが、上半身そのままの裸で1時間もデスクに向かっていますが、従来の「肌に不安感を抱く・・・」って気分は完全に無くなり、その分、体力の強化を体感しています。努力の成果を自覚します。年に一度は咳風邪をひくのが常でしたが、どうやらこの年齢でも、抵抗力を備えたことを体感しています。でも、慎重を期してボツボツ、半そでシャツを着ます。(9:40)

「トランプ弾劾はあるか、捜査開始なら嘘ハッタリ効かない窮地へ」(DIAMOND Online2017.6.22.・6・22.矢部 武)がひと際、目に付きます。7ページの記事ですが、読む前からのヨシダの感想は「さもありなむ!」のひと言です★「中見出し」は、■両者の言い分が真っ向から対立、■コミー氏は「卑劣な情報漏洩者」か、■大統領は「一線を越えた」のか、■「トランプはニクソンよりずっと危険だ」、■共和党が多数でも弾劾の可能性は高い・・・と続きます★末尾の言葉は、「・・・コミー氏の証言内容を全面的に否定するトランプ大統領は、「自分だけは法律の支配を受けない」と考えているのだろうか」でジ・エンド!★・・・と、こんな記事にヒットすると痛感し、ニンマリするのがヨシダです。なにせ、CNNテレビで大統領選挙戦の第一声(文字通り最初の表情や仕草や言葉そのものを観てのこと!)に接した瞬間にホントにひとり言みたいに呟いたのがヨシダでした!「なんだ!?これが米大統領候補者?冗談じゃあない!こんな人物を万が一にでもアメリカ人が選ぶとしたら、アメリカ人はジ・エンドだ!!!!と断言したものでした★蛇足弁。マスメディア関係の著名人で当初「アンチ・トランプ的発言」をされたのは少なくありません。でも、あれよあれよと言う間に、トランプ優勢ムードになったら、途端に自説批判を止めでシャット・マウスで現在に至っているのを横目にします★ヨシダって、「人を観る眼は人一番だぞ~!」と。なにせ、在日中は人生三毛作を通じて60数年間の経営者人生を貫いた自負があります。フィリピンでも人生第四毛作はその延長線上だと自負しまっせ(笑)。(10:30)
          「「トランプ弾劾はあるか、捜査開始なら嘘ハッタリ効かない窮地へ」の画像検索結果        「vs」の画像検索結果「?!」の画像検索結果  「両者の言い分が真っ向から対立」の画像検索結果    
   「トランプはニクソンよりずっと危険だ」の画像検索結果「トランプはニクソンよりずっと危険だ」の画像検索結果          「共和党が多数でも弾劾の可能性は高い」の画像検索結果
      「矢部 武」の画像検索結果「矢部 武」の画像検索結果「矢部 武」の画像検索結果「矢部 武」の画像検索結果Etc.
直前掲載記事のトランプさんの画像・・。シツレイながら、世界のアメリカ大統領に相応しいお顔や表情と言えるでしょうか!!?? 絶句あるのみです・・・トホホ・・・。・・・でも、ここまで極言する世の論者(ブロガー)はヨシダを除いていままでにヒットしていませんネ★ま、「大統領ってこんなに難しい役職とは思わなかった・・・」と、ぬけ抜けとマスメディアに公言するのですから、ドダイ、米大統領の器(うつわ)とは言い難い人物だと公言するヨシダです。(11:40)
 


                末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

              ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
        (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのヨシダロマンものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。・・・と、ここからは2017年5月31日をもって実践していることを追ブロします。先日、お手伝いのセニーさん(家長・アーネルの姉)は英語は殆どダメ。ヨシダが彼女にトライする英語は「子供を対象にした幼稚語的英語」。でも、これってかなりの熟達英語力がなかったら出来っこない業ですよ(笑)。その彼女に身振り手振りの稚児的英語で「大きな声で朗々とやるのでその積りでネ、と。彼女曰く、「イイことじゃん!」と、理解を示してくれました。今では堂々かつ、これ見よがし(?)といったほどの意気込みをもって朗々と・・・って按配に転じています。実に爽快デス!
 ところで、その英語朗誦習慣ですが、そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)朗誦復帰をしています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-21.jpg

"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

       「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果    「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果
                    「Lincoln Memorial」の画像検索結果     「Lincoln Memorial」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果
 

"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

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  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクしてご参考に供します

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my (own) wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレ自身が決断実践した人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
        ★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。漫画主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、ヨシダ自称実践中の「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
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                        2017年6月22日(木)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                        
 (満85歳7ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
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