お知らせ&お詫び!
ただ今、6月18日午前5時。何の予告も断りもなしにインタネット断絶が正味3日間続きました、ために、電子メールのOutlook Expressとこのウェブサイト編集が不能常態にありました。アップ・デイティングのためとか・・・ですが、母国ニッポンでは想像もできないことです。ま、郷に入れば郷に従え・・・でボツボツ編集にとりかかります。(6月18日5:15)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳7か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年6月18日(日)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った6月18日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;June 18
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
3「Battle of Patay map」の画像検索結果「北フランス中部のパテー近郊」の画像検索結果「Battle of Patay」の画像検索結果 「Battle of Patay」の画像検索結果 「Battle of Patay map」の画像検索結果 6 「Samuel Wallis」の画像検索結果「Samuel Wallis」の画像検索結果
 「Samuel Wallis tahiti」の画像検索結果 「Samuel Wallis tahiti」の画像検索結果 7  「Sullivan Expedition」の画像検索結果  「Sullivan Expedition」の画像検索結果「Sullivan Expedition」の画像検索結果「Sullivan Expedition」の画像検索結果
8    「1812, united states declared war against england」の画像検索結果   「1812, united states declared war against england」の画像検索結果「1812, united states declared war against england」の画像検索結果「1812, united states declared war against england」の画像検索結果               関連画像       「1812, united states declared war against england」の画像検索結果
9    「Battle of Waterloo」の画像検索結果   「Battle of Waterloo」の画像検索結果「Battle of Waterloo」の画像検索結果  「battle of waterloo map」の画像検索結果  「Battle of Waterloo」の画像検索結果   「Battle of Waterloo」の画像検索結果
10「Susan Brownell Anthony」の画像検索結果「Susan Brownell Anthony」の画像検索結果 12「Dreikaiserbund 1881」の画像検索結果「Dreikaiserbund 1881」の画像検索結果「Dreikaiserbund 1881」の画像検索結果「Dreikaiserbund」の画像検索結果
17   「University of the Philippines established in 1908 」の画像検索結果   「University of the Philippines established in 1908 」の画像検索結果     関連画像  「University of the Philippines established in 1908 」の画像検索結果  「University of the Philippines established in 2016 」の画像検索結果  「University of the Philippines established in 2016 」の画像検索結果  「University of the Philippines established in 2016 」の画像検索結果
  18
「Wilmer Stultz」の画像検索結果「Wilmer Stultz」の画像検索結果「Wilmer Stultz」の画像検索結果20   関連画像「This was their finest hour」の画像検索結果「This was their finest hour」の画像検索結果
 22  「ひめゆり学徒隊 解散命令」の画像検索結果「ひめゆり学徒隊 解散命令」の画像検索結果「ひめゆり学徒隊 解散命令」の画像検索結果「ひめゆり学徒隊 解散命令」の画像検索結果   「ひめゆり学徒隊 解散命令」の画像検索結果 「ひめゆり学徒隊 解散命令」の画像検索結果
         関連画像「ひめゆり学徒隊 解散命令」の画像検索結果「ひめゆり学徒隊 解散命令」の画像検索結果23「Joseph Berry Keenan at the court」の画像検索結果「tokyo military court」の画像検索結果「tokyo military court」の画像検索結果
  「Joseph Berry Keenan and japanese military court」の画像検索結果      「japanese emperror tokyo military court」の画像検索結果    25「1952年 - 日暮里駅構内乗客転落事故」の画像検索結果「1952年 - 日暮里駅構内乗客転落事故」の画像検索結果    「1952年 - 日暮里駅」の画像検索結果33 「Strategic Arms Limitation Talks 2、SALT II, 1979」の画像検索結果
  「Strategic Arms Limitation Talks 2、SALT II, 1979」の画像検索結果「Strategic Arms Limitation Talks 2、SALT II, 1979」の画像検索結果    関連画像36「豊田商事会長刺殺事件」の画像検索結果 「豊田商事会長刺殺事件」の画像検索結果「豊田商事会長刺殺事件」の画像検索結果「豊田商事会長刺殺事件」の画像検索結果
37「1988年 - リクルート事件:」の画像検索結果「1988年 - リクルート事件:」の画像検索結果「1988年 - リクルート事件:」の画像検索結果「1988年 - リクルート事件:」の画像検索結果  「1988年 - リクルート事件:」の画像検索結果「1988年 - リクルート事件:」の画像検索結果
(1)618年義寧2年/武徳元年5月20日) - 李淵(高祖)が恭帝から帝位を禅譲されて皇帝に即位。が滅亡しを建国。
(2)1186年文治2年5月29日) - 源頼朝が、治承・寿永の乱(源平合戦)で荒廃した社寺の復興を命じる。
(3)1429年 - 百年戦争: パテーの戦い
(4)1597年慶長2年5月4日) - 伏見城天守が完成し豊臣秀吉秀頼らが移る。
(5)1757年 - 七年戦争: コリンの戦い
(6)1767年 - イギリスのサミュエル・ウォリスドルフィン号英語版の航海でヨーロッパ人で初めてタヒチ島に到達。
(7)1779年 - サリバン遠征によりイロコイ族ニューヨークから殲滅する。
(8)1812年 - アメリカ合衆国イギリス宣戦布告し、米英戦争が勃発。
(9)1815年 - ナポレオン戦争: ワーテルローの戦いナポレオン軍が敗れ、百日天下が終了。
(10)1873年 - 婦人参政権運動家スーザン・B・アンソニー大統領選挙で投票を試みた罪で100ドルの罰金刑に。
(11)1877年 - アメリカの動物学者エドワード・S・モースが来日。
(12)1881年 - ドイツ帝国オーストリア=ハンガリー帝国・ロシア帝国の三帝協商(新三帝同盟)が成立。
(13)1887年 - ビスマルク体制: ドイツ帝国とロシア帝国が独露再保障条約を締結。
(14)1897年 - 京都帝国大学(現 京都大学)創設。
(15)1902年 - 万国郵便連合加盟二十五周年を記念して日本初の官製絵はがきが発売される。
(16)1908年 - 日本からの本格的な海外移住の第一陣781人を乗せた笠戸丸が、ブラジルサントス港に到着。 (海外移住の日)
(17)1908年 - フィリピン大学が設立。
(18)1928年 - ウィルマー・スタールズ英語版が操縦しアメリア・イアハートが乗った飛行機が大西洋横断飛行に成功。イアハートは女性初の大西洋横断飛行達成者となる。
(19)1940年 - イギリスに亡命したシャルル・ド・ゴールがラジオを通じてナチス・ドイツへの徹底抗戦を呼びかける。 (en:Appeal of June 18)
(20)1940年 - イギリス首相ウィンストン・チャーチルが"This was their finest hour英語版"の演説を行う。
(21)1945年 - イギリスのファシスト・ウィリアム・ジョイス(ホーホー卿)が大逆罪で告発される。
(22)1945年 - 第二次世界大戦沖縄戦: ひめゆり学徒隊に解散命令。
(23)1946年 - 極東国際軍事裁判のアメリカ側主席検事ジョセフ・キーナンが、「天皇戦争犯罪人として裁判しない」と言明。
(24)1951年 - モーターボート競走法公布。
(25)1952年 - 日暮里駅構内乗客転落事故。国鉄日暮里駅で跨線橋の羽目板が破れて乗客が落下したところに電車が進入し、8人が死亡。
(26)1953年 - エジプト王制の廃止を宣言され、エジプト共和国が成立。
(27)1953年 - アメリカ空軍C-124輸送機東京都小平市に墜落、129名の死者を出す。
(28)1954年 - ピエール・マンデス=フランスフランスの首相に就任。
(29)1959年 - 第2次岸信介改造内閣が発足。
(30)1965年 - ベトナム戦争: アメリカ合衆国南ベトナム南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)のゲリラを攻撃するためにB-52爆撃機を使用する。
(31)1967年 - 山陽電鉄爆破事件。死者2人、重軽傷者29人を出す。
(32)1972年 - 英国欧州航空548便墜落事故
(33)1979年 - 第二次戦略兵器制限交渉 (SALT II): アメリカソ連により第二次戦略兵器制限条約が調印される。
(34)1983年 - STS-7スペースシャトルチャレンジャーが打ち上げ。サリー・ライドが世界で3人目、アメリカ人では初の女性宇宙飛行士となる。
(35)1983年 - 李先念中華人民共和国主席に就任。
(36)1985年 - 豊田商事会長の永野一男がマスコミが取り囲む自宅マンションで刺殺される。(豊田商事会長刺殺事件
(37)1988年 - リクルート事件: 朝日新聞が川崎市助役へのリクルートコスモス未公開株譲渡疑惑をスクープ。以後、大物政治家にも譲渡されていたことが相次いで発覚し、当時においての日本最大級の汚職事件へと発展する。
(38)1989年 - ビルマ軍事政権が同国の国号をミャンマーに改称。
(39)1993年 - 衆議院解散嘘つき解散
(40)1996年 - ベンヤミン・ネタニヤフイスラエル首相に就任。
(41)1996年 - 数学者セオドア・カジンスキーが、一連のユナボマー事件により・逮捕・起訴される。
(42)2006年 - カザフスタン初の人工衛星KazSat」が打ち上げ。
(43)2014年 - 東京都議会やじ問題が発生する。(564.54KB)                        
  (インタネット断絶のために本欄は昨年のものを修正加筆なしのそのままで掲載しています。)
                                  編集者のダイアリー・コーナー
 (注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「編集者のダイアリー・コーナーのはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記)
                 2017年6月18日(日)
2017年6月16日(金)(506.36KBKB)
★インタネット断絶第1日目
2017年6月17日(土)(506.36KBKB)
★インタネット断絶第2日目
2017年6月18日(日)(506.36KBKB)
★インタネット回復午前5時前・・・
ただ今、午前6時50分!ひとまず、日本語版トップサイトのリニューアルを完了しました。上掲の「6月18日のできごと」は当面、昨年のものを修正加筆しないままで掲載しています。
インタネット断絶中のこと。何事にも積極的かつ、貪欲(?)なまでの行動力で時間を無駄にしないという意欲のもと、あることを想い付きました。二十歳過ぎのヨシダ青春時代に中国新聞記事で縁を得たアメリカ人女性(ポリオで鉄の肺の中で当時市場に出た電気タイプライターで口に棒をくわえてキーボードという図式)との文通でした★近年のグーグル活用多発の延長線上で彼女の名前をインプットしてゲットした画像集を編集中です。インタネット断絶で編集出来ねばワード文書で一まず準備して・・・という発想です。編集完了したらトップページの何処かにで~ん!と掲載します。エピソード多き想い出絵物語って気分で編集しています。(7:00)★そのコラム編集具合のさわりにリンクしまうので、クリックしてご覧になりませんか?ヨシダにとっては「大発見!」ってシロモノです。「
本日「6月16日のできごと」でヨシダが特に関心を抱くのは・・・は後回ししてのことにします・・・。
下記の添付画像をクラシックXPパソコンで時間をかけて編集しながら決めました。画像は欲張らずに、「文章(ブログ)説明」を主にして、ご覧のように2つのリンクを貼ることで替えることにしました。ヨカッタ!が編集者のホンネの気持ちです。(10:30)
   「iron lung」の画像検索結果 「electric typewriter」の画像検索結果
      Please click: "Mrs Ann Adams, polio artist" & "Ann Adams" for more information!!
   「son word」の画像検索結果「dr. kenneth adams」の画像検索結果「dr. kenneth adams book」の画像検索結果「dr. kenneth adams」の画像検索結果「dr. kenneth adams clinic」の画像検索結果






                末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

              ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
        (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのヨシダロマンものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。・・・と、ここからは2017年5月31日をもって実践していることを追ブロします。先日、お手伝いのセニーさん(家長・アーネルの姉)は英語は殆どダメ。ヨシダが彼女にトライする英語は「子供を対象にした幼稚語的英語」。でも、これってかなりの熟達英語力がなかったら出来っこない業ですよ(笑)。その彼女に身振り手振りの稚児的英語で「大きな声で朗々とやるのでその積りでネ、と。彼女曰く、「イイことじゃん!」と、理解を示してくれました。今では堂々かつ、これ見よがし(?)といったほどの意気込みをもって朗々と・・・って按配に転じています。実に爽快デス!
 ところで、その英語朗誦習慣ですが、そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)朗誦復帰をしています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-21.jpg

"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

       「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果    「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果
                    「Lincoln Memorial」の画像検索結果     「Lincoln Memorial」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果
 

"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

 「samuel ullman youth poem」の画像検索結果

  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクしてご参考に供します

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my (own) wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレ自身が決断実践した人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
        ★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。漫画主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、ヨシダ自称実践中の「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
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                     では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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                        2017年6月18日(日)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                        
 (満85歳7ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
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