「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳7か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年6月15日(木)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
              ウィキペディアから拾った6月15日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;June 15
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
       1 「聖武天皇」の画像検索結果「returned word」の画像検索結果   「平城京」の画像検索結果  「平城京」の画像検索結果「平城京」の画像検索結果
        「from」の画像検索結果  「難波宮」の画像検索結果「難波京」の画像検索結果「難波京」の画像検索結果       2「源義経追捕の宣旨」の画像検索結果「藤原泰衡」の画像検索結果「ordered」の画像検索結果
     「藤原泰衡」の画像検索結果「killing」の画像検索結果 「義経」の画像検索結果 「源義経文字」の画像検索結果  「衣川合戦場所」の画像検索結果 「奥州藤原家」の画像検索結果「奥州藤原家」の画像検索結果  「奥州藤原家」の画像検索結果
       3 「King John」の画像検索結果     「King John」の画像検索結果      「the Great Charter of the Liberties of England」の画像検索結果「the Great Charter of the Liberties of England」の画像検索結果「the Great Charter of the Liberties of England」の画像検索結果「the Great Charter of the Liberties of England」の画像検索結果「ローマ教皇レオ10世」の画像検索結果  
            「Exsurge Domine」の画像検索結果
「Luther」の画像検索結果 「Exsurge Domine」の画像検索結果 「Exsurge Domine」の画像検索結果7「Jean-Baptiste Denys 1677」の画像検索結果「Jean-Baptiste Denys 1677」の画像検索結果「Jean-Baptiste Denys 1677」の画像検索結果
     「Jean-Baptiste Denys 1677」の画像検索結果8 「benjamin franklin」の画像検索結果「benjamin franklin kite」の画像検索結果「benjamin franklin kite」の画像検索結果12「頼山陽」の画像検索結果「頼山陽 松平定信」の画像検索結果  「頼山陽 松平定信」の画像検索結果  
            関連画像16「Pig War」の画像検索結果  「Pig War」の画像検索結果20「Arlington National Cemetery 1864」の画像検索結果 「Arlington National Cemetery 1864」の画像検索結果
        「Arlington National Cemetery 1864」の画像検索結果
「Arlington National Cemetery 1864」の画像検索結果「Arlington National Cemetery 1864」の画像検索結果    「Arlington National Cemetery 1864」の画像検索結果      関連画像
       23 
「明治三陸地震」の画像検索結果   「明治三陸地震」の画像検索結果  「明治三陸地震」の画像検索結果  「明治三陸地震」の画像検索結果  「明治三陸地震」の画像検索結果
          「明治三陸地震」の画像検索結果     「明治三陸地震」の画像検索結果 「明治三陸地震」の画像検索結果「明治三陸地震」の画像検索結果
   25「General Slocum caught fire」の画像検索結果「General Slocum caught fire」の画像検索結果「General Slocum caught fire」の画像検索結果「General Slocum」の画像検索結果
    「General Slocum tragedy」の画像検索結果     関連画像「General Slocum tragedy」の画像検索結果「General Slocum caught fire」の画像検索結果 「General Slocum caught fire」の画像検索結果
 27「International Cricket Council 1909 」の画像検索結果「International Cricket Council 1909 」の画像検索結果「International Cricket Council 1909 」の画像検索結果 「International Cricket Council 1909 」の画像検索結果 「International Cricket Council 1909 」の画像検索結果
  28  「1911, computer tabulating recording company established」の画像検索結果 「Herman Hollerith」の画像検索結果「Herman Hollerith」の画像検索結果「Herman Hollerith」の画像検索結果  「Herman Hollerith」の画像検索結果    「Herman Hollerith」の画像検索結果
   「Herman Hollerith IBM」の画像検索結果31 「1919, john wall and arthur brown first crossed the ocean」の画像検索結果    「1919, john wall and arthur brown first crossed the ocean」の画像検索結果  「1919 Sir John William Alcock KBE crossed」の画像検索結果「1919 Sir John William Alcock KBE crossed」の画像検索結果
 34「1948年 - 『人民日報』創刊」の画像検索結果  「1948年 - 『人民日報』創刊」の画像検索結果   37「パレンケの「碑文の神殿」石室墳墓」の画像検索結果「Alberto Ruz、Alberto Ruz Lhuillier」の画像検索結果 「パレンケの「碑文の神殿」石室墳墓」の画像検索結果 「Alberto Ruz、Alberto Ruz Lhuillier」の画像検索結果
     「パレンケの「碑文の神殿」石室墳墓」の画像検索結果「Alberto Ruz、Alberto Ruz Lhuillier」の画像検索結果「パレンケの「碑文の神殿」石室墳墓」の画像検索結果39「1956年 - 棟方志功がグランプリ受賞。」の画像検索結果「1956年 - 棟方志功がグランプリ受賞。」の画像検索結果
  「Grand Prix Award」の画像検索結果「棟方志功グランプリ受賞。」の画像検索結果          関連画像「1956年 - 棟方志功グランプリ受賞。」の画像検索結果 「1956年 - 棟方志功グランプリ受賞。」の画像検索結果
(1)745年天平17年5月11日) - 聖武天皇が都を難波京から平城京に戻す。
(2)1189年文治5年閏4月30日) - 衣川合戦。源義経追捕の宣旨により藤原泰衡衣川館を襲う。源義経は自害。
(3)1215年 - イングランドジョンが、自身の権限を限定するマグナ・カルタを認める。
(4)1389年 - コソボの戦いセルビアボスニアなどバルカン半島の諸侯軍がオスマン帝国に敗北。
(5)1520年 - ローマ教皇レオ10世大勅書エクスルゲ・ドミネ英語版』を発布し、マルティン・ルターに対し自説を撤回しなければ破門すると警告。
(6)1586年天正14年4月28日) - 豊臣秀吉の妹・朝日姫徳川家康に嫁ぐ。
(7)1667年 - フランスの医師ジャン=バティスト・ドニー英語版が、世界初の人間の間での輸血を行う。
(8)1752年 - ベンジャミン・フランクリンが、を用いた実験で電気であることを証明する。
(9)1775年 - アメリカ独立戦争: ジョージ・ワシントン大陸軍の総司令官に任命される。7月3日に就任。
(10)1776年 - デラウェア植民地がイギリスとペンシルベニア植民地の支配からの離別を宣言。
(12)1804年 - ニューハンプシャー州アメリカ合衆国憲法修正第12条に批准し、承認に必要な13州の批准が集まる。
(13)1827年文政10年5月21日) - 頼山陽が元老中・松平定信に『日本外史』22巻を献呈。
(14)1836年 - アーカンソー準州が州に昇格して、アメリカ合衆国26番目の州・アーカンソー州となる。
(15)1844年 - チャールズ・グッドイヤーゴムの強化のための加硫についての特許を取得。
(16)1846年 - オレゴン条約が締結され、オレゴン国境紛争が終結する。
(17)1859年 - サンフアン諸島国境紛争: オレゴン条約のあいまいさに起因する、ブタ戦争のきっかけとなるブタの射殺事件が起こる。
(18)1862年文久2年5月18日) - 蕃書調所を一橋門外に移し洋書調所と改称。
(19)1864年 - 南北戦争: リッチモンド・ピータースバーグ方面作戦が始まる。
(20)1864年 - アーリントン国立墓地が開園する。
(21)1866年 - プロイセン王国オーストリア帝国に宣戦布告。普墺戦争が開戦。
(22)1888年 - ドイツ皇帝・プロイセンフリードリヒ3世が死去し、長男のヴィルヘルム2世がドイツ皇帝・プロイセン王に即位。
(23)1896年 - 明治三陸地震M8)が発生。大津波により甚大な被害。死者22,000 - 27,000人。日本最大の津波被害。
(24)1904年 - 日露戦争: 常陸丸事件が起こる。
(25)1904年 - ニューヨークの遊覧船ジェネラル・スローカムイースト川で火災。1,031人が死亡。
(26)1907年 - 第2回万国平和会議が開催される。韓国ハーグに密使を送る。(ハーグ密使事件
(27)1909年 - イングランドオーストラリア南アフリカの代表がローズ・クリケット・グラウンドで会談し、国際クリケット評議会を設立。
(28)1911年 - ニューヨーク州でザ・コンピューター・タビュレーティング・レコーディング・カンパニー(C-T-R、後のIBM)が設立。
(29)1911年 - 喜界島地震発生、12名が犠牲となる。
(30)1912年 - 新橋 - 下関間に日本初の特別急行列車の運転が開始。
(31)1919年 - ジョン・オールコックとアーサー・ブラウンが初の大西洋横断飛行に成功。
(32)1934年 - グレート・スモーキー山脈国立公園が発足する。
(33)1937年 - 世界第9位の高峰ナンガ・パルバット登頂に挑戦中のカール・ウィーン率いるドイツ隊が、雪崩により16人のメンバーを失う。8000メートル峰で発生した史上最悪の被害。
(34)1944年 - 第二次世界大戦: アメリカ合衆国軍がサイパン島への上陸を開始し、サイパンの戦いが始まる。
(35)1948年 - 中国湖北省で『人民日報』創刊。
(36)1950年 - 郵政省が初めて暑中見舞用郵便葉書を発売。
(37)1951年 - 信用金庫法公布・施行。
(38)1952年 - メキシコの考古学者アルベルト・ルスユカタン半島パレンケの「碑文の神殿」で石室墳墓を発見。
(39)1954年 - 欧州サッカー連盟 (UEFA) がスイスバーゼルで発足。
(40)1956年 - 棟方志功ヴェネツィア・ビエンナーレ版画部門でグランプリを受賞。
(41)1960年 - 安保闘争: 新安保条約批准阻止の第2次実力行使で全学連7,000人が国会議事堂に突入を図り警官隊と衝突。東大生樺美智子が死亡。
(42)1963年 - 坂本九の「上を向いて歩こう (SUKIYAKI)」がアメリカのヒットチャートビルボードの週間ランキングで1位を獲得。
(43)1968年 - 東大紛争東大安田講堂事件: 東京大学医学部学生自治会が登録医制度に反対して安田講堂を占拠しストに突入。翌年1月に解除。
(44)1968年 - 文化庁が発足。
(45)1978年 - ヨルダン国王フセイン1世がアメリカ人のリサ・ナジーブ・ハラビーと結婚。4人目の妃となる。
(46)1981年 - パリ人肉事件の実行犯の日本人留学生が逮捕される。
(47)1983年 - 名人戦谷川浩司加藤一二三に勝利し、史上最年少名人が誕生。
(48)1984年 - CMに登場して日本で大人気となっていたエリマキトカゲが初来日。
(49)1985年 - スタジオジブリ設立。
(50)1985年 - 国際青年年記念 ALL TOGETHER NOW開催。
(51)1992年 - PKO国会: PKO協力法が成立。
(52)1994年 - 西日本旅客鉄道関西空港線南海電気鉄道空港線関西国際空港の従業員輸送のため先行開業。
(53)1994年 - イスラエルバチカン市国が国交を樹立。
(54)1996年 - IRA暫定派イギリスマンチェスター車爆弾を爆破。212人が負傷。 (en:1996 Manchester bombing)
(55)1999年 - 第1延坪海戦黄海北方限界線に侵犯した北朝鮮艦艇と韓国艦艇とが銃撃戦。
(56)2001年 - 中華人民共和国ロシアカザフスタンキルギスタジキスタンウズベキスタンの6か国により上海協力機構 (SCO) が発足。
(57)2003年 - ウィキペディア日本語版10000ページ達成
(58)2005年 - 野茂英雄が日米通算200勝を達成。
(59)2007年 - ひまわり5号による観測が困難になった2003年から2005年まで代わりに観測を行ったアメリカの気象衛星GOES9号が運用終了。
(60)2012年 - オウム真理教事件: 高橋克也東京都大田区西蒲田インターネットカフェで身柄を確保され、逮捕。オウム真理教事件における指名手配被疑者の全員が検挙される。
(61)2012年 - 改正臓器移植法施行後初めて6歳未満の男児が脳死と判定され、臓器移植手術が行われる。
(63)2013年 - 1988年から続いた劇団四季のミュージカル『オペラ座の怪人』が、この日をもって千秋楽。
(64)2016年 - マイアミ・マーリンズ外野手のイチローが、日米通算安打数4257安打とし、生涯職業野球一軍安打数新記録を達成。 (436.41KB)

                                  編集者のダイアリー・コーナー
 (注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「編集者のダイアリー・コーナーのはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記)
                 2017年6月15日(木)
本日「6月15日のできごと」でヨシダが特に関心を抱くのは、「(20)1864年 - アーリントン国立墓地が開園する」、「(57)2003年 - ウィキペディア日本語版10000ページ達成」です。前者は1993年に「一ヶ月間米国運送業界取材旅行」の際に訪れた時の感想で、日本の靖国神社との対象にした微妙な差異。後者はウィキペディア日本語版の稀にみる超高度(?)利用者の立場と英語版利用者の立場でみる日本語版への感想等々です。その詳細のブログは遠慮します。
「年金生活の破綻、夫婦どちらかが亡くなった時が危ない!」(DIAMOND Online2017.6.14.深田晶恵:(株)生活設計塾クルー取締役 ファイナンシャルプランナー )はヘンな感情で興味を抱きます。ほかでもありません、離婚した身であるし、母国の全てを捨ててフィリピンを終の棲家とし、あまつさえ、縁あって知り合い、かつ、ヨシダの緊急危機時代を救ってくれたフィリピン人の家族との自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」にわが身を預けて既に久しい立場の身。とりわけ、数年後には土地建物取得を前にして、微塵も憂いや心配を持たぬ立場にあることから、本記事が示す諸問題はまったく縁のないことですが、当該相当の方々へのご参考のために編集します。とりわけ、フィリピンにおける日本円の価値は円相場には関係なく、「低物価に加えて、フィリピン流『百万ペソ族』に匹敵する事実上の年収入額でもあること等々で心配することはありません。ヨシダ流儀かつ、独自の努力等々をもって、長寿人生を確信していること等々から心配は無用を自他共にしています★「年金だけでは生活できない・・・」と不安を抱く同胞諸氏にもフィリピン移住を進言したい立場ですが、同胞の方々にとってはそうぞうするだけでもデキナイってもの(笑)★「中見出し」は、■サラリーマンは60歳と65歳で「収入ダウンの崖」に落ちる!、■3回目の「収入ダウンの崖」 夫死亡で年収は100万円も減る!?、■妻に先立たれた夫も直面する「収入ダウンの崖」、■共働きは老後に“2人分の年金”というご褒美がある!・・・と続きます。★ヨシダの場合は、先方から「養父母の家名が無くなって墓場で泣いているから、姓だけは遺して(離婚して、今まで通りの夫婦生活で・・・)という前代未聞の要求!追っかけてくるのを振り切って家を飛び出して若い未亡人に拾われる・・・といった奇しき人生のヨシダ(笑)。・・・といった経緯のヨシダ。ハイ、年金全額を頂戴してこの国フィリッピン(人)に喜んでいただける国際貢献に大満足って按配の満85歳超、自称:人生120歳を生きるニッポン人を目指して精進しています。個人的欲望でなく、国際親善という大義名分のもとに!デス!(14日17:00)
  「共働きは老後に “2人分の年金”というご褒美がある!」の画像検索結果「共働きは老後に “2人分の年金”というご褒美がある!」の画像検索結果      「共働きは老後に “2人分の年金”というご褒美がある!」の画像検索結果
今朝一番の編集作業は「today@VOA」の「No.201(June 16, 2017) (Now, editing!)"On June 14, 1777, the Continental Congress adopts the ‘Stars and Stripes’ as the American flag."」です。何時ものことですが、クリックすると編集室舞台裏が覗かれます(笑)。(9:50)
話ならぬ、ブログが飛びますが、日光浴の効果をすっごく体感しています。その一つは、室内温度を27℃-28℃に保っているのですが、半そで姿で今まで感じてきたことは、両腕にヒンヤリする感じだったことから、長袖シャツを着る気分になることがありましたが、今では全くその気分が失せ、快適そのものであることを喜んでいます。なんだか、抵抗力的な感覚に変じてきました。つまり、その分、肌が強くなったという実感です★もう一つの自慢ブログ(?)は、例の「シット・アップ運動」のこと。最近になって思い付いて実践していることをブログしてご参考に供します★両腕を頭の後ろに組んでする運動ですが、起き上がった時の身体の位置が従来の座った常態から、更に前に倒す形で額を両膝にくっつけることデス!つまり、ワンストローク運動に多様性を持たす、というヨシダ流の工夫とそれによる運動密度の高度化って按配です★なにせ、若い時代に実用新案3件取得経験者ですので、「工夫する心と実践力、実行力」は誰にも負けません(笑)。一石に二鳥ならぬ、三鳥を狙う欲張り根性の爺ちゃんです。(10:10)
米特別検察官、司法妨害の疑いでトランプ大統領を捜査=米紙」(REUTERSロイター2017.6.15.)は短い記事ですが、すっごいインパクトがあります。想うに、これほどまでに就任100日以内外にわたって物議を醸す米大統領は居ないかんじです。大統領に慎重さとか、取り巻きや部下に「代弁」さすというトップ政治家の資質に欠けた稀にみる米大統領とこき下ろすことを躊躇しません!★そもそも、同大統領の弁「・・・大統領職ってこんなに難しいものとは思っていなかった・・・」とホンネを公言する人物ですので、ドダイ、大統領に相応しくない人物と断定してもイイでしょう。当初からのヨシダの弁は「こんな人物が米大統領になったら、アメリカ(人)はジ・エンドだ!」とまで公式ブログしたヨシダですが、取り消す気は毛頭ありません!(10:50)
   「米特別検察官英語」の画像検索結果「米特別検察官英語」の画像検索結果「米特別検察官」の画像検索結果
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トランプ、ここまでか。側近の裏切りで「弾劾」へのカウントダウン」(MAG2NEWS2017.6.15.by )でヨシダが意地悪くひとり言!「そうだろう、そうでなかったらアメリカ(人)も形無しだ~!」って気分です★4ページの記事で、「中見出し」は一件だけの■弾劾へ向けて自滅コースに入ってきたトランプ、ですが、末尾の言葉は意味深長です。曰く、「・・・仮に「自分だけが切られるのは理不尽」という怒りがあれば、思わぬ証言が飛び出す可能性はゼロではないと思うのです」と。・・・トランプさんって、ドダイ、大統領のすることとは思えない、軽口大統領!重厚感とか、尊厳的とかいった雰囲気とは全く無縁の人物!それにしても、ヨシダは終始一貫批判的かつ、極言を惜しまないブログを貫いて現在にいたりますが、世の中には、当初にネギャティヴな言動をしながら、当選した途端に自説を引っ込めて世の趨勢に身を委ねて批判めいた発言をしないのが世の常・・・ではありますよね・・・。ヨシダは是々非々を貫く人間デス。(11:45)
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ただ今、この時点での本トップサイトの編集量は限度直前の「983.15KB」で、一列の添付画像を許しません。本日の取材はこれにてジ・エンドとして早々と明日への備えに入ります・・・・。(12:10)

                末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

              ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
        (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのヨシダロマンものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。・・・と、ここからは2017年5月31日をもって実践していることを追ブロします。先日、お手伝いのセニーさん(家長・アーネルの姉)は英語は殆どダメ。ヨシダが彼女にトライする英語は「子供を対象にした幼稚語的英語」。でも、これってかなりの熟達英語力がなかったら出来っこない業ですよ(笑)。その彼女に身振り手振りの稚児的英語で「大きな声で朗々とやるのでその積りでネ、と。彼女曰く、「イイことじゃん!」と、理解を示してくれました。今では堂々かつ、これ見よがし(?)といったほどの意気込みをもって朗々と・・・って按配に転じています。実に爽快デス!
 ところで、その英語朗誦習慣ですが、そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)朗誦復帰をしています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-21.jpg

"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

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"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

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  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクしてご参考に供します

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my (own) wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレ自身が決断実践した人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
        ★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。漫画主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、ヨシダ自称実践中の「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
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                     では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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                        2017年6月15日(木)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                        
 (満85歳7ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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