「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳7か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年6月11日(日)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
              ウィキペディアから拾った6月11日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;June 11
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
 1「Trojan War map」の画像検索結果「Trojan War」の画像検索結果  「Trojan War」の画像検索結果     「Trojan War」の画像検索結果「Trojan War」の画像検索結果 
    「Battle of Jargeau」の画像検索結果    「Trojan War map」の画像検索結果    3「Battle of Jargeau」の画像検索結果「Battle of Jargeau」の画像検索結果 「Battle of Jargeau」の画像検索結果
        「Jargeau map」の画像検索結果 5「柴田勝家」の画像検索結果「賤ヶ岳の戦い」の画像検索結果「賤ヶ岳の戦い秀吉」の画像検索結果「賤ヶ岳の戦い」の画像検索結果
   「柴田勝家」の画像検索結果 「柴田勝家」の画像検索結果「柴田勝家墓」の画像検索結果「柴田勝家お市」の画像検索結果 13   「1903年 - セルビアでクーデター。国王アレクサンダル1世と王妃ドラガが暗殺される。」の画像検索結果
   「1903年 - セルビアでクーデター」の画像検索結果 「1903年 - セルビアでクーデター」の画像検索結果「1903年 - セルビアでクーデター」の画像検索結果関連画像17「On June 9, 1973, the thoroughbred horse named Secretariat becomes the first Triple Crown winner since 1948 after winning the Belmont Stakes.」の画像検索結果「On June 9, 1973, the thoroughbred horse named Secretariat becomes the first Triple Crown winner since 1948 after winning the Belmont Stakes.」の画像検索結果
           「On June 9, 1973, the thoroughbred horse named Secretariat becomes the first Triple Crown winner since 1948 after winning the Belmont Stakes.」の画像検索結果 「Triple Crown of Thoroughbred Racing 1919」の画像検索結果    「Triple Crown of Thoroughbred Racing 1919」の画像検索結果「On June 9, 1973, the thoroughbred horse named Secretariat becomes the first Triple Crown winner since 1948 after winning the Belmont Stakes.」の画像検索結果「Triple Crown of Thoroughbred Racing 1919」の画像検索結果
    20「Edwin Howard Armstrong developed fm」の画像検索結果 「Edwin Howard Armstrong developed fm」の画像検索結果「Edwin Howard Armstrong developed fm」の画像検索結果「Edwin Howard Armstrong developed fm」の画像検索結果関連画像
  27「franck report 1945」の画像検索結果「franck report 1945」の画像検索結果 関連画像「franck report 1945」の画像検索結果
   31「24 Heures du Mans 1955」の画像検索結果     関連画像       関連画像   「24 Heures du Mans 1955」の画像検索結果
              「24 Heures du Mans 1955」の画像検索結果         関連画像  「24 Heures du Mans 1955」の画像検索結果   32 「Saunders-Roe Nautical 1」の画像検索結果   「Saunders-Roe Nautical 1」の画像検索結果
  「Saunders-Roe Nautical 1」の画像検索結果「Saunders-Roe Nautical 1」の画像検索結果     33「Frank Lee Morris」の画像検索結果     「Frank Lee Morris」の画像検索結果 関連画像
              「Frank Lee Morris」の画像検索結果           「Frank Lee Morris」の画像検索結果      関連画像
    「Frank Lee Morris」の画像検索結果  「Frank Lee Morris」の画像検索結果「Frank Lee Morris」の画像検索結果   
(1)紀元前1184年 - トロイアが滅亡しトロイア戦争が終結。(エラトステネスの計算による)
(2)1173年承安3年4月29日) - 京都・神護寺の再興を後白河法皇強訴した僧・文覚が捕縛。後に伊豆へ流刑になる。
(3)1429年 - 百年戦争: ジャルジョー攻城戦英語版が始まる。
(4)1509年 - イングランド王ヘンリー8世キャサリン・オブ・アラゴンと最初の結婚。
(5)1583年天正11年4月21日) - 賤ヶ岳の戦い: 柴田勝家羽柴秀吉に敗北し越前北ノ庄城に敗走。3日後に自害。
(6)1742年 - オーストリア継承戦争: ブレスラウ条約の締結によってプロイセンオーストリアが講和。
(7)1800年寛政12年閏4月19日) - 伊能忠敬日本地図作成に備えた第一次測量のため蝦夷地に向けて出発。
(8)1868年明治元年閏4月21日) - 明治新政府が政体書を発布。
(9)1870年(明治3年5月13日) - 庚午事変徳島本藩からの分離を求めていた淡路洲本城代の稲田家を、本藩側の過激派藩士が襲撃。
(10)1898年光緒24年4月23日) - 中国朝で、政治改革運動「戊戌の変法」が始まる。
(11)1900年 - 義和団の乱: 義和団に呼応した清国軍の董福祥配下の兵士が北京の日本大使館員・杉山彬を殺害。
(12)1901年 - クック諸島ニュージーランドの属領となる。
(13)1903年 - セルビアクーデター。国王アレクサンダル1世と王妃ドラガが暗殺される。
(14)1906年 - 官設鉄道・岡谷 - 辰野 - 塩尻(現在の中央本線)が延伸開業し、御茶ノ水から塩尻までが開通。飯田橋 - 長野で直通運転開始。
(15)1917年 - ギリシャで、国王コンスタンティノス1世が退位し亡命。代わって次男のアレクサンドロス1世が国王に即位。
(16)1917年 - 日本海軍の駆逐艦「榊」が地中海でオーストリア潜水艦に雷撃され艦首を切断、艦長以下59人が戦死。
(17)1919年 - アメリカの競走馬サーバートンベルモントステークスで勝利し、史上初のアメリカクラシック三冠を達成。
(18)1924年 - 日本で加藤高明が第24代内閣総理大臣に就任し、加藤高明内閣が発足。護憲三派の連立内閣。
(19)1926年 - 近鉄あやめ池遊園地開業。2004年に閉園。
(20)1935年 - ニュージャージー州で、エドウィン・アームストロングが自身が発明したFM方式による放送の初の公開実験を行う。
(21)1937年 - ヨシフ・スターリンが軍参謀部長ミハイル・トゥハチェフスキー赤軍首脳8人を粛清。(22)1938年 - 日中戦争: 武漢作戦が始まる。
(23)1939年 - アメリカ野球殿堂博物館創設。
(24)1942年 - 第二次世界大戦: アメリカ合衆国が、レンドリース法に基づくソビエト連邦への軍需物資の供給を決定。
(25)1942年 - 関門鉄道トンネルが単線で暫定開通。
(26)1944年 - アメリカ海軍の戦艦「ミズーリ」が就役。
(27)1945年 - シカゴ大学の科学者が原子力の社会的、政治的影響を検討し「政治ならびに社会問題に関する委員会報告」(フランクレポート)を大統領の諮問委員会に提出。
(28)1948年 - アメリカ上院が、共和党のヴァンデンバーグ上院議員の提案による地域的・集団的防衛協定の推進などをトルーマン大統領に勧告。(ヴァンデンバーグ決議
(29)1949年 - 東京都が失業対策事業の日当を245円に決定(「ニコヨン」の語源)。
(30)1951年 - 産業教育振興法公布。
(31)1955年 - ル・マン24時間レースで接触事故により車が爆発炎上。ドライバーと観客81人が死亡する、モータースポーツ史上最悪の事故となる。
(32)1959年 - イギリスで初の実用型ホバークラフトサンダース・ロー SR.N1が初航行。
(33)1962年 - アメリカ・アルカトラズ連邦刑務所からフランク・モリスと仲間2人が脱獄。
(34)1963年 - ベトナムティック・クアン・ドックが当局の仏教弾圧に抗議して焼身自殺。
(35)1972年 - 通産大臣の田中角栄が『日本列島改造論』を刊行。
(36)1981年 - イラン・ゴルバフ地方でマグニチュード6.7の地震。死者約3000人。
(37)1983年 - インドネシアで皆既日食
(38)1985年 - ソ連の金星・ハレー彗星探査機「ベガ1号」の降下船が金星表面に着陸。
(39)2001年 - 任天堂北米ゲームボーイアドバンスを発売。
(40)2001年 - オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件の主犯ティモシー・マクベイの死刑執行。
(41)2002年 - アメリカ合衆国議会が決議案269によってアントニオ・メウッチ電話の発明者と認める。
(42)2004年 - 北都プロレスが北海道空知支庁空知郡北村(現在岩見沢市北村)にて旗揚げ。
(43)2009年 - 日本の月周回衛星「かぐや」が運用終了。
(44)2010年 - FIFAワールドカップ南アフリカ大会が開幕。
(45)2010年 - 特命担当大臣(金融・郵政改革担当)の亀井静香が、菅内閣の郵政改革法案への対応に抗議して辞意を表明。(菅内閣では4日間の在籍)
(46)2012年 - 6・11脱原発100万人アクション脱原発を訴えるデモ行進)開催。東京の新宿をはじめ、全国15箇所で行われた。
(47)2013年 - 2011年より日本プロ野球で使用されている統一球が、今季よりやや飛びやすく仕様が調整されていたことが判明。日本プロ野球機構の事務局が統一球を製造するミズノ社に対し「調整したことを公表しないように」と要請していた[1]
(48)2014年 - イラクモースルにあったトルコ領事館にいた49人が、ISILによって拉致された[2]
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                                  編集者のダイアリー・コーナー
 (注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「 編集者のダイアリー・コーナー のはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記)
                 2017年6月11日(日)
本日「6月11日のできごと」でヨシダが特に関心を抱くのは・・・「 (33)1962年 - アメリカ・アルカトラズ連邦刑務所からフランク・モリスと仲間2人が脱獄。」ということにしましょう。ほかでもありません、1993年に実施した「米国一ヶ月間取材旅行」の最終段階の一週間をロスアンジェルス空港を意識して従姉妹夫婦のクルマで西海岸はサンティアゴからサンフランシスコと横断ドライブ旅行を楽しんだ際の、かの「アルカトラズ連邦刑務所」の近景を観光船で味わったからです。同事件を題材にした映画も観たのを記憶します★くだんの主人公(フランク・モリス)は知能指数がなんと133だったということを画像検索中に知りました。当該画像(英語)がそれですが、ウィキペディでは「155程度」と。不可能のようなことを可能とするには応分の「知恵」が不可欠ですよね。「賢者の悪知恵」ってところ。もっとも、ホントの賢者はそんなバカなことはしませんが・・・(笑)。
昨日受信した「today@VOA」受信2編を編集中です。「No.197(June 9, 2017) "On June 8, 1968, James Earl Ray is arrested in London, England, and charged with the assassination of Martin Luther King, Jr. "」と、「No.198(June 10, 2017)"On June 9, 1973, the thoroughbred horse named Secretariat becomes the first Triple Crown winner..."」です。ご関心あれば、クリックして編集室舞台裏を覗いてみてください★昨日来、新しいほうのパソコンが故障で、クラシック愛器のXPサマ様です。(10日17:00)
欲張って本コラム編集記事関連の画像を多く添付することから、究極的には毎旬、5,60枚の削除を余儀なくしています。それを避けるには、現在の一か月の「上旬・中旬・下旬」を更に細かく・・・ってこと。でも、サイト編集が複雑になるばかりで、現在の3旬式を継続します。日々の全ての画像は過去の日本語版トップサイト一覧表に収録されているので安心です。(10日17:40)
前述ならぬ、前ブロしました、パソコンの故障の件。正味2日間悩み、挙句の果ては断念して専門家に委ねるつもりでいたのですが、何と、なんと、ナント!自力で解消しました!ふと、パソコン画面の最下段右端に見慣れない「時計みたいなボタン」!クリックしたら、何と!簡単な解決法(英語)があるではありませんか!クリック一発で見事に(?)解消!正常化しました。原因は「キーの8秒以上の押し放し」が招来するトラブル!その名称はど忘れ。そう言えばシフト・キーが凹んだままの状態が目に付いたものだがと記憶します。その時の問題認識が無かったのが原因で、実にイイ勉強になりました。(9:50)
・・・と、くだんの「 英語版きょうのできごと 」は後回しにして、本目の取材活動に転じます・・・。・・・と、真っ先にヒットし、ヨシダが思わず「してやったり!」と感じさす記事です。「コラム:米大統領を狙うコミー氏の「スモーキング・ガン」(REUTERSロイター2017.6.11.Tim Weiner )がそれデス!★4ページの記事で、冒頭の言葉は、「 「スモーキング・ガン」(決定的な証拠)というのは、極めて異例だ。考えてみてほしい。銃が発砲すれば、銃口からは煙が立ち上り、米連邦捜査局(FBI)はその形跡をたどることができる。」と★ 筆者Tim Weiner氏はピュリツァー賞を受賞した著述家。著書に “Legacy of Ashes: The History of the CIA”(「CIA秘録─その誕生から今日まで」)など・・・と。ヨシダの皮肉的感想をひとつ。トランプさんは歯に衣着せぬ爆弾発言(的)をする人物。その危険性を自覚せずにするところに、トランプさんの政治家としての失格性を指摘します。所詮は弾劾・・・ってのが終着駅と予言します。それをしなかったら、当初からのヨシダの弁「・・・アメリカ人はジ・エンドだ!」ってところです。(11:00)
  「「コラム:米大統領を狙うコミー氏の「スモーキング・ガン」」の画像検索結果「smoking gun trump」の画像検索結果「smoking gun~決定的証拠~」の画像検索結果「smoking gun comic」の画像検索結果「trump with smoking gun   in his hand」の画像検索結果
   「Tim Weiner」の画像検索結果「Pulitzer Prize」の画像検索結果「Tim Weiner  Pulitzer Prize」の画像検索結果「Tim Weiner」の画像検索結果   「Tim Weiner」の画像検索結果
「ビル・ゲイツが破天荒な質問をした深いワケ 天才経営者の「頭の中」から学べること」(東洋経済ONLINE2017.6.11.成毛 眞 :HONZ代表)にヒットしました!ビル・ゲイツさんとヨシダの「共通点」は?・・・とは、生意気ですが、単純かつ、他愛もないもの。「誕生日(月日)」が同じだということです。ビルさんは1955年10月28日、ヨシダは1931年10月28日。24歳の年齢差。でも人間的スケールや偉大さは比較するのもシツレイな!ってところです(笑)★「中見出し」は、■ビルの恐るべき記憶力、■正解はないと考えるのが正解、■いつでも重要なビルの示唆( ―ロケットと電気自動車を民営化した男 イーロン・マスクについてー )、■マスクの「SF力」の源泉、■2人の天才に共通するすごさ・・・と続きます。、
           「bill gates and elon musk」の画像検索結果    「「ビル・ゲイツが破天荒な質問をした深いワケ 天才経営者の「頭の中」から学べること」(」の画像検索結果   「「ビル・ゲイツが破天荒な質問をした深いワケ 天才経営者の「頭の中」から学べること」(」の画像検索結果「bill gates and elon musk」の画像検索結果
     「Elon Musk」の画像検索結果     関連画像「Elon Musk」の画像検索結果「Elon Musk」の画像検索結果
アメリカ政界の怪物・キッシンジャーが語った「日本観」と「中国観」」(MAG2NEWS:2017.6.11.(6月9日付)by )に惹かれます。キッシンジャーさんが台頭したのはニクソン大統領時代のこと。当初からヨシダは「怪物」と観ました。駄弁ならぬ、駄ブログですが、ニクソンさんが副大統領時代で、かつペプシ米本社副社長時代に、ある会合(ヨシダの運送事業経営者時代)で握手してひと言の言葉を交わしたものでした。思わせぶりな「ある会合」は当時の荷主であったペプシ・コーラのボトリング工場竣工式。「ヒロシマ・ヒバクシャです」のひと言にギックとした反応を示されたのが想い出です★「中見出し」は、■トランプの顧問キッシンジャー、卒倒物の「日本観」とは?、■中国の狙いは、「日米同盟解体」、■キッシンジャー、驚愕の「日本観」「中国観」、■キッシンジャーが語る「日米同盟」の「本質」、■では、日本がアメリカから離れたらどうする?、■日本の行くべき道・・・と続きます。(12:15)
        「「アメリカ政界の怪物・キッシンジャーが語った「日本観」と「中国観」」」の画像検索結果  「キッシンジャー&トランプ」の画像検索結果      「キッシンジャー&トランプ」の画像検索結果 「北野幸伯」の画像検索結果
・・・と、




                末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

              ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
        (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのヨシダロマンものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。・・・と、ここからは2017年5月31日をもって実践していることを追ブロします。先日、お手伝いのセニーさん(家長・アーネルの姉)は英語は殆どダメ。ヨシダが彼女にトライする英語は「子供を対象にした幼稚語的英語」。でも、これってかなりの熟達英語力がなかったら出来っこない業ですよ(笑)。その彼女に身振り手振りの稚児的英語で「大きな声で朗々とやるのでその積りでネ、と。彼女曰く、「イイことじゃん!」と、理解を示してくれました。今では堂々かつ、これ見よがし(?)といったほどの意気込みをもって朗々と・・・って按配に転じています。実に爽快デス!
 ところで、その英語朗誦習慣ですが、そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)朗誦復帰をしています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-21.jpg

"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

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"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

 「samuel ullman youth poem」の画像検索結果

  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクしてご参考に供します

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my (own) wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレ自身が決断実践した人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
        ★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。漫画主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、ヨシダ自称実践中の「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
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                     では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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                       2017年6月11日(日)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                        
 (満85歳7ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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