「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年5月25日(木)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
              ウィキペディアから拾った5月25日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;May 25
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
       6  「1787 philadelphia constitutional conference began with the seven states representatives gathered」の画像検索結果   「1787 philadelphia constitutional conference began with the seven states representatives gathered」の画像検索結果 関連画像      関連画像「Rising Sun Chair」の画像検索結果
    「1787 philadelphia constitutional conference began with the seven states representatives gathered」の画像検索結果関連画像「1787 philadelphia constitutional conference began with the seven states representatives gathered」の画像検索結果7 「1810, :Revolución de Mayo」の画像検索結果   「1810, :Revolución de Mayo」の画像検索結果
       「1810, :Revolución de Mayo」の画像検索結果「1810, :Revolución de Mayo」の画像検索結果         「1810, argentina」の画像検索結果  「1810, argentina」の画像検索結果
        「1810, argentina flag」の画像検索結果「Jose de San Martin」の画像検索結果「1810, argentina flag」の画像検索結果「1810, argentina flag」の画像検索結果12「1899年 - 山陽鉄道京都 - 三田尻間の列車に日本初の食堂車」の画像検索結果
      「1899年 - 山陽鉄道京都 - 三田尻間の列車に日本初の食堂車」の画像検索結果  関連画像「1899年 - 山陽鉄道京都 - 三田尻間の列車に日本初の食堂車」の画像検索結果14「1910年 - 幸徳事件(大逆事件)」の画像検索結果  「1910年 - 幸徳事件(大逆事件)」の画像検索結果
       「1910年 - 幸徳事件(大逆事件)」の画像検索結果「1910年 - 幸徳事件(大逆事件)」の画像検索結果「1910年 - 幸徳事件(大逆事件)」の画像検索結果16 「1941us  secretary hull and chinese ambassedor signed the treaty」の画像検索結果
   「1941us  secretary hull and chinese ambassedor signed the treaty」の画像検索結果「Quo Tai-chi」の画像検索結果17「米軍本土空襲ビラ」の画像検索結果「米軍本土空襲ビラ」の画像検索結果「1945, B29, attacked tokyo」の画像検索結果「米軍本土空襲ビラ」の画像検索結果
    「1945, B29, attacked tokyo」の画像検索結果  「1945, B29, attacked tokyo」の画像検索結果 「1945, B29, attacked tokyo」の画像検索結果 「1945, B29, attacked tokyo」の画像検索結果  「1945, B29, attacked tokyo」の画像検索結果
  20「1953年 - アメリカ合衆国が、史上初かつこれまでで唯一の核砲弾の実射試験を行う。」の画像検索結果「1953 us first tested nuclear bomb headed bombing test」の画像検索結果「1953 us first tested nuclear bomb headed bombing test」の画像検索結果  「1953 us first tested nuclear bomb headed bombing test」の画像検索結果   
 21   「1954, Robert Capa」の画像検索結果  「1954, Robert Capa」の画像検索結果      「1954, Robert Capa」の画像検索結果「1954, Robert Capa death」の画像検索結果「1954, Robert Capa death」の画像検索結果「写真家ロバート・キャパがインドシナ戦争取材中に地雷に触れて爆死。」の画像検索結果
  22「1955, Kanchenjunga conquered by british climbers」の画像検索結果       「1955 kanchenjunga conquered by england climbers for the first time」の画像検索結果 「1955 kanchenjunga conquered by england climbers for the first time」の画像検索結果 「1955 kanchenjunga conquered by england climbers for the first time」の画像検索結果 「1955 kanchenjunga conquered by england climbers for the first time」の画像検索結果   「1955, Kanchenjunga conquered by british climbers」の画像検索結果
    24  「1957年 - そごう東京店開店。キャンペーンソングの「有楽町で逢いましょう」が流行」の画像検索結果 「1957年 - そごう東京店開店。キャンペーンソングの「有楽町で逢いましょう」が流行」の画像検索結果「1957年 - そごう東京店開店。キャンペーンソングの「有楽町で逢いましょう」が流行」の画像検索結果「1957年 - そごう東京店開店。キャンペーンソングの「有楽町で逢いましょう」が流行」の画像検索結果  「1957年 - そごう東京店開店。キャンペーンソングの「有楽町で逢いましょう」が流行」の画像検索結果
    27「1961, apolo plan, kennedy said men to the moon within ten years」の画像検索結果「1961, apolo plan, kennedy said men to the moon within ten years」の画像検索結果関連画像「1961, apolo plan, kennedy said men to the moon within ten years」の画像検索結果
   32        「1977, star wars, episode 4, new hope」の画像検索結果    「1977, star wars, episode 4, new hope」の画像検索結果「1977, star wars」の画像検索結果「1977, star wars, episode 4, new hope」の画像検索結果「1977, star wars」の画像検索結果
        関連画像「1977, star wars」の画像検索結果 33  「american airlines 191 air crash investigation」の画像検索結果      「american airlines 191 air crash investigation」の画像検索結果  
                                 「american airlines 191 air crash investigation」の画像検索結果「american airlines 191 air crash investigation」の画像検索結果「american airlines 191 air crash investigation」の画像検索結果

(1)紀元前240年始皇帝7年) - 『史記』秦始皇本紀にハレー彗星出現の確実で最も古い記録。
(2)723年養老7年4月17日) - 養老七年格(のちの三世一身法)が発布される。
(3)1526年大永6年4月14日) - 駿河国守護・今川氏親今川仮名目録を制定。
(4)1615年慶長20年4月28日) - 大坂夏の陣が開戦。
(5)1659年 - リチャード・クロムウェルがイングランド護国卿を辞任。
(6)1787年 - フィラデルフィア憲法制定会議が定足数の7州の代表が集まったことにより開会。
(7)1810年 - アルゼンチン(当時はリオ・デ・ラ・プラタ副王領)のブエノス・アイレス五月革命が起こる。
(8)1871年明治4年4月7日) - 日本初の特許法令である「専売略規則」発布。
(9)1876年 - 青森県二戸郡宮城県気仙郡岩手県に移管され、現在の岩手県・青森県の県域が確定。
(10)1887年 - 福島県東蒲原郡新潟県に移管され、福島県・新潟県の県域が現在の形になる。
(11)1895年 - 下関条約による日本への台湾割譲を阻止しようとしたの官僚唐景崧台湾民主国の成立を宣言。
(12)1899年 - 山陽鉄道(現・山陽本線)が運行した京都 - 三田尻(現・防府)間の列車に日本初の食堂車が連結。
(13)1908年 - 日本コロンビアが国交樹立。
(14)1910年 - 幸徳事件大逆事件)の検挙が開始される。
(15)1915年 - 梁瀬長太郎が梁瀬商会(現在のヤナセ)を設立。
(16)1941年 - 中華民国大使郭泰祺アメリカ国務長官ハルワシントンで不平等条約改正の交換公文に署名する。
(17)1945年 - 第二次世界大戦日本本土空襲: B29爆撃機470機が東京に空襲し、山手の都区部の大部分を焼失。死者3651人。
(18)1949年 - 商工省貿易庁石炭庁を統合して通商産業省(現・経済産業省)が発足。
(19)1951年 - 内閣が「人名用漢字別表」を告示。人名用漢字92字を定める。
(20)1953年 - アメリカ合衆国が、史上初かつこれまでで唯一の核砲弾の実射試験を行う。
(21)1954年 - 写真家ロバート・キャパがインドシナ戦争取材中に地雷に触れて爆死。
(22)1955年 - 世界3位の高峰カンチェンジュンガに英国登山隊が初登頂。
(23)1955年 - 岩波書店から『広辞苑』初版が刊行される。
(24)1957年 - そごう東京店(有楽町そごう)が開店。キャンペーンソングの「有楽町で逢いましょう」が流行する。
(25)1959年 - 戦後初の国産潜水艦おやしおが進水式。
(26)1960年 - 大修館書店諸橋轍次の『大漢和辞典』の最終巻を刊行。
(27)1961年 - アポロ計画: アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディが「10年以内に人間をに到達させる」と声明。
(28)1963年 - アフリカ統一機構 (OAU) が発足。
(29)1968年 - 篠栗線篠栗 - 桂川が開通し、篠栗線が全線開通。
(30)1970年 - 黒い霧事件でコミッショナー委員会が西鉄の3選手の球界永久追放を決定。
(31)1976年 - 新幹線の乗客数が10億人を突破。
(32)1977年 - スター・ウォーズシリーズ第1作『スター・ウォーズ』(後に『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』に改題)がアメリカで公開。
(33)1979年 - アメリカン航空191便墜落事故
(34)1981年 - 湾岸協力会議設立。
(35)1982年 - フォークランド紛争: イギリス海軍の駆逐艦コヴェントリーがアルゼンチン軍機の攻撃により沈没。
(36)1985年 - 日本国の国籍法改正。国際結婚の際に夫婦同姓・夫婦別姓のいずれも選択可能になる。
(37)1989年 - アメリカが日本に対し包括通商法スーパー301条を適用し、日本を不公平貿易国に指定。
(38)1990年 - バブル景気: 1986年12月以来の大型景気が42か月目となり、戦後2番目の岩戸景気と並ぶ。
(39)1997年 - シエラレオネジョニー・ポール・コロマ少佐がクーデター。アフマド・テジャン・カバーを国外追放し国家元首に就任。
(40)1999年 - アメリカの「合衆国安全保障並びに中華人民共和国との軍事・経済問題に関する特別委員会」がコックス報告書の改定版を公開。
(41)2000年 - レバノン内戦: レバノン南部を22年間占領していたイスラエル軍が撤退。
(42)2002年 - 台湾海峡の上空でチャイナエアライン611便空中分解事故
(43)2002年 - 南海和歌山港線の末端部分和歌山港駅 - 水軒駅間がこの日の運行を最後に廃止
(44)2005年 - 靖国問題などで日中関係悪化を欧米東アジア各国のマスコミが一斉に報道する。
(45)2009年 - 北朝鮮が、2006年以来3年振り2回目の核実験を強行する。
(46)2009年 - 板橋資産家夫婦放火殺人事件
(47)2014年 - AKB48握手会傷害事件が発生。岩手県滝沢市岩手産業文化センターで開催されていたAKB48の握手会で、メンバーの川栄李奈入山杏奈と会場整理スタッフの男性が負傷した。
(48)2015年 - 午後2時28分ごろ、埼玉県北部を震源とする深さ50km、マグニチュード5.5の地震が発生し、茨城県土浦市で最大震度5弱の揺れを観測する。471KB=49KB/photo line 


                     編集者のダイアリー・コーナー  
(注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「 編集者のダイアリー・コーナー のはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記)
                 2017年5月25日(木)
本日「5月25日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは「 (17)1945年 - 第二次世界大戦日本本土空襲: B29爆撃機470機が東京に空襲し、山手の都区部の大部分を焼失。死者3651人」です。東京にヨシダの人生第三毛作時代は同業の経営コンサルタントで親しくメール交換を続けた方(故人)のことを想起します。多くの家族を東京大空襲で失われた方。「ヨシダさん、原爆被爆者だけが被災者じゃあない!」と不満をぶっつけられた方で、ご尤もデスと、後が続きませんでした★この「できごと」の添付画像に当時、B29からばら撒かれた宣伝ビラを加えました。できごと説明には言及されていませんが、編集者サイドの選択です★東京大空襲でヨシダがブログすることを躊躇わないことは、もし、東京大空襲で降参していたら、沖縄の悲劇はなかっただろう、沖縄で降参していたらヒロシマは・・・、ナガサキは・・・がヨシダの口癖です。
ロシアとトランプ陣営の共謀示唆する情報を目撃=前CIA長官」(REUTERSロイター2017.5.24.)を読んで直感することは、トランプ大統領弾劾の声があちこちにあることから、この「ロシアとトランプ陣営の共謀示唆・・・」云々を前に、ヒョットして弾劾の声が長じてきたら、弾劾という不名誉なことは避けて、自らの「辞任」をもって、ジ・エンドとするのではないか?というのがヨシダの感じです★ちなみに、「中見出し」はありませんが、幾つかの言葉を拾ってみます。曰く、「 ブレナン前中央情報局(CIA)長官は「米大統領選でトランプ陣営とロシアが共謀していたかは分からないが、疑惑を巡る調査を実施するに値する情報や諜報を見たと明らかにした。」、「 ロシア当局者とトランプ陣営と関係のある米国人との間で行れたやり取りを露呈した情報や諜報を承知している」 、「コーツ国家情報長官は上院軍事委員会の公聴会で、トランプ大統領がロシアとの共謀はないと否定するよう要請したかどうかを問われ、コーツ長官は「大統領とは定期的に様々な事柄について協議するが、その内容を明らかにするのは適切とは思わない」と発言。質問には直接答えなかったが、否定もしなかった」と。なにやら胡散臭い・・・?(24日20:00)
     「ロシアとトランプ陣営の共謀示唆する情報を目撃=前CIA長官」の画像検索結果「コーツ国家情報長官」の画像検索結果      「コーツ国家情報長官」の画像検索結果    「トランプ陣営とロシア」の画像検索結果
コラム:メルケル独首相を悩ます「異形の経済」=唐鎌大輔氏」(REUTERSロイター2017.5.25.唐鎌大輔・みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)は一読に値します。EU&UROの当初からの批判論者のヨシダであるからです。元はと言えば、主導者のドイツは国際経済組織をもって自国の経済力を高めるのがホンネの狙いだけに、です★この種の経済組織は母国ニッポンで政府がしきりに主導した「中小企業の協同組合組織づくり」に通じます。狙いは「集団組織力で中小企業の弱点をカバーする」ということにほかありません★ところが、「理事長」という立場の人物は心の片隅においていることが否定できない、「理事長職」という「社会的ステイタス」もあるのです。平たく言えば、「グループ企業組織のトップ」という社会的ステイタスがご本人にある種のプライドを与えるのです★・・・と、中小企業協同組合組織そのものを批判するブログになりかねないのでこの程度でオワリとします★冒頭の言葉「メルケル独首相の「ユーロが欧州中銀(ECB)の政策によって弱過ぎるため、ドイツ製品が相対的に安価となっている」との発言が材料視され、ユーロ相場が急騰する動きが見られた」に始まり、「中見出し」は、■貯蓄・投資バランスが示す異常事態、■ツケを払わされているECB、■ドラギ総裁後任選びは難渋必至か・・・と続き、末尾の言葉で終わります。曰く、「・・・ いずれにせよ、ドイツはECBの政策運営に苦情を述べる前に、自国の財政政策の在り方を見つめ直すことの方が先決である。さもなければ、ドイツは永遠にユーロ安と貿易黒字について無駄な不平不満を言い続ける羽目になりかねない」とあります★ヨシダ皮肉のブログ!組織の長たる立場の人物は自国の犠牲で他の国(組織加入国)の幸せを希う・・・というカッコいい理念は持っていないことだけは確実デス(冷笑?)。(9:45)
  「ユーロ対ポンド」の画像検索結果「コラム:メルケル独首相を悩ます「異形の経済」」の画像検索結果「「ユーロが欧州中銀(ECB)の政策によって弱過ぎるため、ドイツ製品が相対的に安価となっている」」の画像検索結果「「ユーロが欧州中銀(ECB)の政策によって弱過ぎるため、ドイツ製品が相対的に安価となっている」」の画像検索結果唐鎌大輔
今朝4時前の受信「today@VOA」は「No.185(May 25, 2017) (Now, editing!)"On May 24, 1883, the iconic Brooklyn Bridge opens to traffic, connecting the boroughs of Manhattan and Brooklyn for the first time."」です。メルマガは僅か5,6行の記事ですが、何時も選択する「HISTORY」は長文かつ、深い歴史や出来事を秘めています。それらを拾って当該画像を選択して添付するには時間を要します。当面は(?)受信した文章に限定して編集します。上掲をクリックすると、そのプロスセすが逐一、ご覧いただけますよ。(10:40)
直前の記事編集を終了しました!ハイ、至極満足感で編集者はご満悦です。クリックしてご覧くださいませんか?それにしても、刻一刻の編集過程がその都度見れるのが醍醐味です。編集して「保存」をクリックした瞬間に、宇宙経由でアップ&ダウンロードが可能になるのですから、不思議な感じすらします。もっとも、此処フィリピンではインタネット接続スピードが後進国並みでチョッと時間がかかるのではありますが・・・★この記事編集で英語版は明日付けのサイトに掲載して何時ものように、午後5時前後には日付変更してハイ!オワリ!って按配です。(12:50)
ふと、ヨシダの故郷広島の名を冠した記事にヒット!何なに!?とばかりに開いて読みました。発信拠点から宣言。 広島はイノベーション県 10年後を見据え誕生したイノベーションハブ 広島県」(東洋経済ONLINE2016.5.25.制作 :東洋経済企画広告制作チーム)がそれです。「中見出し等」は、■広島の可能性、■拠点、そして施策。官と民の掛け算が生まれる、(イノベーション・ハブ・ひろしまCampsではどんなことが行われているのか?、~ここで広島に関係の深い、成長企業を2つ紹介しよう~) 、■広島の未来へ向けて・・・と続きます★故郷広島県!頑張れ!!
(14:50)
    「「発信拠点から宣言。 広島はイノベーション県 10年後を見据え誕生したイノベーションハブ 広島県」」の画像検索結果    「「発信拠点から宣言。 広島はイノベーション県 10年後を見据え誕生したイノベーションハブ 広島県」」の画像検索結果     「「発信拠点から宣言。 広島はイノベーション県 10年後を見据え誕生したイノベーションハブ 広島県」」の画像検索結果  
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                  末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

      財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
                人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
               
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                               されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                                   事業なくんば 人育ち難し”

        (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
   
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。  

     「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

  http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
   http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)
★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
   「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果  
                     では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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                       2017年5月25日(木)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳6ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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