「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年5月24日(水)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
              ウィキペディアから拾った5月24日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;May 24
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。

  1「醍醐天皇」の画像検索結果「Command word」の画像検索結果「『続万葉集』」の画像検索結果「rewrite word」の画像検索結果「醍醐天皇『古今和歌集』」の画像検索結果  「醍醐天皇『古今和歌集』」の画像検索結果  「古今和歌集」の画像検索結果
      3 「小西行長らが釜山に上陸し、文禄の役が始まる」の画像検索結果「小西行長らが釜山に上陸し、文禄の役が始まる」の画像検索結果  「小西行長らが釜山に上陸し、文禄の役が始まる」の画像検索結果    「小西行長、文禄の役」の画像検索結果「小西行長らが釜山に上陸し、文禄の役が始まる」の画像検索結果 4「1614年- 豊臣秀頼」の画像検索結果「1614年- 豊臣秀頼」の画像検索結果
   「1614年- 豊臣秀頼が京都・方広寺を再建」の画像検索結果「1614年- 豊臣秀頼が京都・方広寺を再建」の画像検索結果「1614年- 豊臣秀頼が京都・方広寺を再建」の画像検索結果「1614年- 豊臣秀頼が京都・方広寺を再建」の画像検索結果 「1614年- 豊臣秀頼」の画像検索結果
  6「1626, holland west india bought manhattan from indians」の画像検索結果 「1626, holland west india bought manhattan from indians」の画像検索結果 「1626, holland west india bought manhattan from indians」の画像検索結果  「1626, holland west india bought manhattan from indians」の画像検索結果「1626年マンハッタン」の画像検索結果
   「1626年マンハッタン」の画像検索結果「1626年マンハッタン」の画像検索結果「Manhattan Island now」の画像検索結果       関連画像「Manhattan Island now」の画像検索結果
   7 「下斗米秀之進」の画像検索結果「tried word」の画像検索結果「kill  word」の画像検索結果 「lord word」の画像検索結果      「津軽寧親」の画像検索結果     「failed word」の画像検索結果   「下斗米秀之進」の画像検索結果
      「下斗米秀之進」の画像検索結果       「津軽寧親」の画像検索結果    9  「Baltimore and Ohio Railroad、B&O」の画像検索結果  「Baltimore and Ohio Railroad、B&O」の画像検索結果「Baltimore and Ohio Railroad、B&O」の画像検索結果  
    「1830 baltimore and ohio railroad、b&o opened」の画像検索結果           関連画像「Baltimore and Ohio Railroad、B&O 2017」の画像検索結果 「Baltimore and Ohio Railroad、B&O 2017」の画像検索結果
  10「1844, samuel morse first between washington and baltimore」の画像検索結果「1844, samuel morse first between washington and baltimore」の画像検索結果  「1844, samuel morse first between washington and baltimore」の画像検索結果「1844, samuel morse first between washington and baltimore」の画像検索結果 「1844, samuel morse first between washington and baltimore」の画像検索結果   
      11
「Robert Stephenson」の画像検索結果  「1847 Dee Bridge disaster」の画像検索結果 「1847 Dee Bridge disaster」の画像検索結果12      関連画像 関連画像
        関連画像「1856, John Brown killed five men for slavery system」の画像検索結果15 「brooklyn bridge open」の画像検索結果  「brooklyn bridge open」の画像検索結果   
      「brooklyn bridge open」の画像検索結果    「brooklyn bridge open」の画像検索結果  「brooklyn bridge open」の画像検索結果「brooklyn bridge open」の画像検索結果「brooklyn bridge open」の画像検索結果
  19「)1926年 - 北海道の十勝岳が大噴火」の画像検索結果 「)1926年 - 北海道の十勝岳が大噴火」の画像検索結果 「)1926年 - 北海道の十勝岳が大噴火」の画像検索結果    「1926年 - 北海道の十勝岳が大噴火」の画像検索結果 関連画像
  27「1956 Grand Prix Eurovision de la Chanson Européenne」の画像検索結果   関連画像「1956 Grand Prix Eurovision de la Chanson Européenne」の画像検索結果   「1956 Grand Prix Eurovision de la Chanson Européenne」の画像検索結果  「1956 Grand Prix Eurovision de la Chanson Européenne」の画像検索結果 
30「1960年 - 5月23日のチリ地震の津波」の画像検索結果「1960年 - 5月23日のチリ地震の津波」の画像検索結果「1960年 - 5月23日のチリ地震の津波」の画像検索結果「1960年 - 5月23日のチリ地震の津波」の画像検索結果「1960年 - 5月23日のチリ地震の津波」の画像検索結果
  33 「1963年 - 東京体育館WWA世界ヘビー級選手権試合でザ・デストロイヤーが力道山に足4の字固め。テレビの平均視聴率は64%で歴代4位」の画像検索結果「1963年 - 東京体育館でのWWA世界ヘビー級選手権試合でザ・デストロイヤーが力道山に足4の字固めをかける。」の画像検索結果「1963年 - 東京体育館でのWWA世界ヘビー級選手権試合でザ・デストロイヤーが力道山に足4の字固めをかける。」の画像検索結果「1963年 - 東京体育館WWA世界ヘビー級選手権試合でザ・デストロイヤーが力道山に足4の字固め。テレビの平均視聴率は64%で歴代4位」の画像検索結果「1963年 - 東京体育館WWA世界ヘビー級選手権試合でザ・デストロイヤーが力道山に足4の字固め。テレビの平均視聴率は64%で歴代4位」の画像検索結果「1963年 - 東京体育館WWA世界ヘビー級選手権試合でザ・デストロイヤーが力道山に足4の字固め。テレビの平均視聴率は64%で歴代4位」の画像検索結果
 35「コラ半島超深度掘削坑」の画像検索結果   「1970 Kola Superdeep Borehole」の画像検索結果    「1970 Kola Superdeep Borehole」の画像検索結果 「地球の地殻深部を調べるコラ半島超深度掘削坑」の画像検索結果    「1970 Kola Superdeep Borehole」の画像検索結果     
      「1970 Kola Superdeep Borehole」の画像検索結果  「1970 Kola Superdeep Borehole」の画像検索結果36「1976 Concorde opened flight between london and washington」の画像検索結果   「1976 Concorde opened flight between london and washington」の画像検索結果 関連画像
(1)905年延喜5年4月18日) - 15日に完成した初の勅撰和歌集『続万葉集』に対し醍醐天皇編纂し直すよう命じ、改めて『古今和歌集』として編輯を行う。
(2)1570年元亀元年4月20日) - 織田信長が、越前の朝倉義景討伐のため3万騎を率いて京都を発つ。
(3)1592年文禄元年/万暦20年4月13日) - 豊臣秀吉による朝鮮出兵第一陣の小西行長らが釜山に上陸し、文禄の役が始まる。
(4)1614年慶長19年4月16日) - 豊臣秀頼が、焼失した京都・方広寺を再建。
(5)1621年 - プロテスタント同盟が解散。
(6)1626年 - オランダ西インド会社マンハッタンをインディアンから購入。
(7)1821年文政4年4月23日) - 相馬大作事件が起こる。
(8)1830年 - サラ・ジョセファ・ヘイルの詩『メリーさんのひつじ』が発刊される。
(9)1830年 - ボルチモア・アンド・オハイオ鉄道の最初の開業区間であるメリーランド州ボルチモア - エリコットが開通。
(10)1844年 - サミュエル・モールスが発明した電信装置と符号(モールス符号の原形)による初の長距離通信実験がワシントンD.C. - メリーランド州ボルチモア間で行われる。
(11)1847年 - ディー橋事故が起こる。
(12)1856年 - 奴隷制度廃止運動家のジョン・ブラウンらが奴隷制度擁護派の5人を殺害。
(13)1868年慶応4年閏4月3日) - 戊辰戦争: 市川・船橋戦争

(14)1873年 - フランス第三共和政大統領アドルフ・ティエール国民議会の議決により辞任。パトリス・ド・マクマオンが第2代大統領に就任。
(15)1883年 - ニューヨークブルックリン橋が開通。
(16)1900年 - 第二次ボーア戦争: イギリスがオレンジ自由国を併合。
(17)1903年 - 日本初のゴルフ場神戸ゴルフ倶楽部が開業。
(18)1915年 - 第一次世界大戦: イタリア三国同盟を破棄して連合国側で参戦したことにより、ドイツがイタリアと国交断絶。
(19)1926年 - 北海道十勝岳が大噴火し、死者144名を出す。
(20)1941年 - 第二次世界大戦: デンマーク海峡海戦
(21)1942年 - 大洋軍名古屋軍戦が延長28回で日没によるコールド。プロ野球の世界最長延長記録。
(22)1946年 - 山本実彦らが協同民主党を結成。
(23)1947年 - 片山哲内閣が、片山哲首相の全閣僚兼任で発足。
(24)1949年 - 建設業法公布。
(25)1950年 - 建築基準法建築士法公布。
(26)1956年 - 売春防止法公布。
(27)1956年 - ルガーノユーロビジョン・ソング・コンテスト開催。
(28)1958年 - UP通信社とINS通信社英語版が合併してUPI通信社を設立。
(29)1958年 - 東京で第3回アジア競技大会が開幕。
(30)1960年 - 5月23日津波日本太平洋沿岸に到達(チリ地震津波)。
(31)1961年 - キプロス欧州評議会に加盟。
(32)1962年 - マーキュリー計画: アメリカが有人宇宙船「マーキュリー・アトラス7号(オーロラ7)」を打ち上げ。
(33)1963年 - 東京体育館でのWWA世界ヘビー級選手権試合でザ・デストロイヤー力道山足4の字固めをかける。テレビの平均視聴率は64%で歴代4位。
(34)1967年 - 朝日訴訟最高裁大法廷判決。
(35)1970年 - 地球の地殻深部を調べるコラ半島超深度掘削坑の掘削開始。
(36)1976年 - 超音速旅客機「コンコルド」がロンドン - ワシントンD.C.間で定期運行を開始。
(37)1978年 - 落語協会分裂騒動: 落語協会を脱退した三遊亭圓生らが落語三遊協会を結成。
(38)1980年 - JOC総会でモスクワ五輪ボイコットを決定。
(39)1981年 - 海王星第7衛星ラリッサが発見される。
(40)1982年 - イラン・イラク戦争: ホッラムシャフル解放戦が終結。
(41)1992年 - タイで、軍事クーデターを起こし首相となっていたスチンダー・クラープラユーンが、民主化を求めるデモの事態収拾のため辞任。
(42)1993年 - エリトリアエチオピアから独立を承認される。
(43)2000年 - クレイ数学研究所が、古典的ではあるものの長い間証明されていない重要な数学の問題「ミレニアム懸賞問題」を発表。
(44)2002年 - アメリカとロシアが戦略的攻撃能力の削減に関する「モスクワ条約」に調印。
(45)2013年 - ロシアカムチャツカ半島西方のオホーツク海を震源とする、Mw8.3・深さ609.8kmの地震が発生。震源の深さが100km以上の深発地震では観測史上最大の地震。 (641.52KB=38KB/photo line)  

                     編集者のダイアリー・コーナー  
(注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「 編集者のダイアリー・コーナー のはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記)
                 2017年5月24日(水)
本日「5月24日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは「 (36)1976年 - 超音速旅客機「コンコルド」がロンドン - ワシントンD.C.間で定期運行を開始」です。商業的にデメリットがあまりにも多かったというのが印象的です★グーグルでみるに、曰く、「一時は世界中から受注したもののキャンセルが相次ぎ、製造は最終的には英仏の航空会社向けの量産16機(これ以外に原型機が4機)のみが行われたに過ぎず、商業的には失敗に終わった。開発当時は「250機で採算ラインに乗る」ともいわれたが、採算ラインに乗ることはなく1976年11月2日に製造中止が決定された。キャンセルされた、または不人気だった理由には以下のようなものがある。通常よりも長い滑走距離を必要とすること、またその騒音およびソニックブームの影響を避けるために航路や乗り入れ先を選ぶコンコルドは、限られた航路に就航できたにすぎなかった。さらに「ソニックブームを発生させるため」との理由でアメリカをはじめとするいくつかの国では、超音速飛行を海上でしか認めなかった。また、アメリカジョン・F・ケネディ国際空港への離着陸が認められるまでにも、裁判による決着を要した。飛行距離が短いことに加えて上記の諸事情から、大西洋は飛び越せても途中給油無しでは太平洋を越えられず、西ヨーロッパやアメリカ本土から日本香港などへの無着陸直行便という、当時需要が伸びていた極東路線への就航ができなかった。乗客の定員が100人と少なく、運賃は他機種のファーストクラスの約20%増し[1]と高額であったため、乗客はごく限られていた。経済的にも収益が上がらない上、オイルショックによる燃料価格の高騰がこれに拍車をかけた(ウィキペディア)」★商業ベースに遠かったコンコルドでしたが、その終焉はあまりにも悲劇的です。「コンコルド墜落事故
      「FUEL LEAK EYED IN SST TRAGEDY」の画像検索結果関連画像「FUEL LEAK EYED IN SST TRAGEDY」の画像検索結果「FUEL LEAK EYED IN SST TRAGEDY」の画像検索結果   
       「FUEL LEAK EYED IN SST TRAGEDY」の画像検索結果
今朝4時前に受信した「today@VOA」は「No.184(May 24, 2017) "On May 23, 1934, luck runs out for Bonnie and Clyde when the notorious bank-robbing duo is shot to death by authorities in Louisiana."」です。ご覧(クリックする分かります)のように、早速に編集にとりかかっています。極悪カップルですが、なんとなく愛嬌のある感じを受けていただけに、興味津々です。添付画像の選択が楽しみです。この事件(できごと)は1934年。ヨシダが生後10ヶ月でポリオに罹り、お袋に苦しい想いをさせた時代。当時のこの年代のヨシダは歩くことがまだ出来なかったと認識しています。102歳で他界したお袋は「この子を抱いて一緒に死にたい・・・」と口にしていたことは、3人の姉たちからよく聞かされたものです★それにしても、人間の運命って分からないものですネ。その肢体不自由な身のヨシダが故郷母国を捨てて海外を終の棲家とするとは・・・です★ちなみに、本コラムの片隅にこっそりと(?)ブログすること。それは吉田家長男で離婚を機に母親の意思に従って吉田姓から母親旧姓にチェンジ。なんたってことはないさ、と意に介していない彼のダディーにメールを寄越してきました。「ダディー、日本に帰ってください。迎えに行きます・・・」と。???って実にじつに驚き桃の木、山椒の実(?)って気分!あの大きな家は現在空き家ですから・・・と。マミーはどうした?と一旦はメールしたのですが、帰国なんて毛頭もうとう、モウトウ考えていないので・・・と丁重に返信しておきました。離婚後の同家で何が起きているのやら・・・って軽い気分です。(9:15)
常夏の国フィリピンですが、本格的な夏は来月辺りと認識します。先ほどの日光浴では「肌が心地よく、こんがりと焼け付く」って感じでした。汗が額に出ました。実にイイ気分です!この歳にして日光浴の醍醐味を味わうなんて、「認識不足(?)」って感じではあるでしょう。でも、何事も認識体感することは「遅きに非ず」って気分でご満悦です★本コラムに自由奔放のブログをしながらつくづく想うことは、「想っていることの文章化(記録)をしている!」という自意識デス!「吉田祐起自分史」へのエンドレスな書き込みがs楽しみです。イイでしょう!すること、できること、そのネタがある!・・・ってことは!ストレスなんと全く皆無!楽しみ満々って按配を感謝、かんしゃ、カンシャ!デス★ちなみに、その「ヨシダが強く抱く感謝の心」は忍耐と強い意志と行動力を伴う毎朝のシット・アップ運動の前半50回に込められています。ですから苦になりません。後半の70回は?ですが、イエス・キリスト様の十字架上でのお苦しみに深い想いを寄せつつ・・・こんなことで苦しいなんて!・・・と、自身に言い聞かせつつです★と、此処で想いを寄せることは、夜間高校生時代に広島県下英語弁論大会で優勝したのが縁でご懇意を得たアメリカ人女性宣教師のこと。後年、乳がんで帰国を余儀なくされたのですが、彼女の言葉が現在にして胸に強く響きます。「この苦しみはイエス様の十字架の苦しみを認識せずしては耐えられないでしょう・・・」でした★前述した「吉田祐起自分史」への書き込みが無限に広がる感じです・・・。と、ひと言補足!手当たり次第のブログって感じ。「乱文乱筆」ならぬ、「ミスプリはご容赦のほど}ってところです★さあ!シゴトに戻ります!・・・ですが、くだんの「No.184(May 24, 2017) "On May 23, 1934, luck runs out for Bonnie and Clyde when the notorious bank-robbing duo is shot to death by authorities in Louisiana."」でなく、取材活動優先で~す!(10:00)
前CIA長官、トランプ陣営とロシア「接触あった」(日本経済新聞「春秋」2017.5.24.)を読んでヨシダが感じること。「さもありなむ!」のひと言デス。ヨシダが当初から抱いて現在に至るそれはトランプ大統領の人物像。こんなことを平気でする異色の人物大統領にほかありません。「大統領職はもっと楽なものだと思っていた・・・」がその裏づけにほかありません!大統領弾劾大賛成!(10:10)
「PとQに気を付けて」。もし、英語圏のお方にそう言われた経験がある人はご自分の態度を少し反省した方がよいかもしれない。 (東京新聞「筆洗」2017.6.24.)は英語の大好きなヨシダにとって、貴重な記事教訓です!知りませんでした!トホホ・・・。でも、「学ぶに如かざる也」ですよね。この精神はヨシダが永年抱いてきている人生観のひとつに通じます。曰く、「Try to learn as if you were to live forever, and live as if you were to die tomorrow.(永遠に生きると思って学び、明日死すと想って生きよ)に通じます。ガンジーさんの言葉と認識しています。(11:00)
    「Mind your P's and Q's」の画像検索結果関連画像「Mind your P's and Q's」の画像検索結果
   「Mind your P's and Q's」の画像検索結果「Mind your P's and Q's」の画像検索結果「学ぶに如かざるなり」の画像検索結果「Mind your P's and Q's」の画像検索結果
・・・と、随分と本欄でこんなことでスペースをとりました。本日記事取材は「本日付で明25日掲載」って仕組みで処します。

                  末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

      財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
                人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
               
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                               されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                                   事業なくんば 人育ち難し”

        (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
   
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。  

     「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

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「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
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 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)
★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
   「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果  
                     では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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                       2017年5月24日(水)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳6ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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