「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年5月23日(火)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
              ウィキペディアから拾った5月23日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;May 23
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
   2「和田義盛」の画像検索結果「和田義盛家紋」の画像検索結果 「和田義盛」の画像検索結果「rebellion」の画像検索結果「against word」の画像検索結果「government word」の画像検索結果「鎌倉幕府」の画像検索結果 b関連画像 
     「和田義盛」の画像検索結果
「failed」の画像検索結果「dead word」の画像検索結果「和田義盛」の画像検索結果「和田義盛」の画像検索結果「和田義盛 墓」の画像検索結果  
  3「ジャンヌ・ダルク」の画像検索結果 「Siege of Compiègne」の画像検索結果「1430年 - 百年戦争: ジャンヌ・ダルクがコンピエーニュの戦いでブルゴーニュ軍に捕えられる。」の画像検索結果「Siege of Compiègne」の画像検索結果 「Siege of Compiègne」の画像検索結果 4 「ジロラモ・サヴォナローラ」の画像検索結果 「pursued word」の画像検索結果「theocracy」の画像検索結果
    「theocracy」の画像検索結果「Alexander VI」の画像検索結果「order」の画像検索結果「death penalty」の画像検索結果 「ジロラモ・サヴォナローラ処刑。」の画像検索結果     関連画像
    「ジロラモ・サヴォナローラ処刑」の画像検索結果「ジロラモ・サヴォナローラ」の画像検索結果 6 「1618 defenestration of prague」の画像検索結果「1618 defenestration of prague」の画像検索結果「1618 defenestration of prague」の画像検索結果 「1618 defenestration of prague」の画像検索結果
    「beginning」の画像検索結果「三十年戦争」の画像検索結果 「三十年戦争」の画像検索結果「1618 defenestration of prague」の画像検索結果「1618 defenestration of prague」の画像検索結果
  7「william kidd hanged」の画像検索結果「ウィリアム・キッド(キャプテン・キッド)」の画像検索結果「William Kidd」の画像検索結果  「William Kidd」の画像検索結果  「William Kidd grave」の画像検索結果 
  12「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果「1889年予讃線・土讃線」の画像検索結果「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果 「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果  
 14「1915年 - 山田耕筰の東京フィルハーモニー会管絃楽部が第1回演奏会を開催」の画像検索結果「1915年 - 山田耕筰の東京フィルハーモニー会管絃楽部が第1回演奏会を開催」の画像検索結果「1915年 - 山田耕筰の東京フィルハーモニー会管絃楽部が第1回演奏会を開催」の画像検索結果「1915年 - 山田耕筰の東京フィルハーモニー会管絃楽部が第1回演奏会を開催」の画像検索結果「1915年 - 山田耕筰の東京フィルハーモニー会管絃楽部が第1回演奏会を開催」の画像検索結果16関連画像「1919年 - 和辻哲郎の『古寺巡礼』が発刊」の画像検索結果
      「1919年 - 和辻哲郎の『古寺巡礼』が発刊」の画像検索結果「1919年 - 和辻哲郎の『古寺巡礼』が発刊」の画像検索結果 「1919年 - 和辻哲郎の『古寺巡礼』が発刊」の画像検索結果18         「北但馬地震」の画像検索結果           「北但馬地震」の画像検索結果     
    「北但馬地震」の画像検索結果   「北但馬地震」の画像検索結果 「北但馬地震」の画像検索結果       「北但馬地震」の画像検索結果「北但馬地震」の画像検索結果
19 「Bonnie and Clyde」の画像検索結果「Bonnie and Clyde」の画像検索結果  「Bonnie and Clyde」の画像検索結果  「Bonnie and Clyde」の画像検索結果「Bonnie and Clyde」の画像検索結果「Bonnie and Clyde」の画像検索結果
  22  「『はたちの青春』」の画像検索結果「『はたちの青春』」の画像検索結果「『はたちの青春』」の画像検索結果31  関連画像   「黒澤明監督の『影武者』がカンヌ国際映画祭でグランプリ獲得」の画像検索結果   
    「黒澤明監督の『影武者』」の画像検索結果  「黒澤明監督の『影武者』」の画像検索結果  34「寺尾、鶴嶺山、逆鉾三兄弟同時関取」の画像検索結果「寺尾、鶴嶺山、逆鉾三兄弟同時関取」の画像検索結果「鶴嶺山」の画像検索結果
      38
「2013年 - プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。」の画像検索結果「2013年 - プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。」の画像検索結果「2013年 - プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。」の画像検索結果「2013年 - プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。」の画像検索結果「2013年 - プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。」の画像検索結果 「2013年 - プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。」の画像検索結果
(1)1180年治承4年4月27日) - 伊豆・蛭ヶ小島に流されていた源頼朝が、以仁王の平家追討令旨を伝えられる。
(2)1213年建暦3年5月2日) - 和田合戦
(3)1430年 - 百年戦争: ジャンヌ・ダルクコンピエーニュの戦い英語版ブルゴーニュ軍に捕えられる。
(4)
1498年 - フィレンツェ共和国で神権政治を行ったジロラモ・サヴォナローラが教皇アレクサンデル6世の命により処刑。
(5)1568年 - オランダスペインからの独立を宣言。八十年戦争(オランダ独立戦争)勃発。
(6)1618年 - 第二次プラハ窓外投擲事件三十年戦争の発端に。
(7)1701年 - 海賊船の船長ウィリアム・キッド(キャプテン・キッド)がロンドンで絞首刑に処せられる。
(8)1706年 - スペイン継承戦争: ラミューの戦い英語版
(9)1788年 - サウスカロライナ州アメリカ合衆国憲法を承認し、アメリカ合衆国8番目の州となる。
(10)1819年 - シモン・ボリバルコロンビア解放のためアンデス越え作戦を開始。
(11)1870年明治3年4月23日) - 明治政府が鉄道敷設のため、ロンドンで初の外債を発行。
(12)1889年 - 讃岐鉄道丸亀 - 琴平(現在の予讃線土讃線)が開業。
(13)1915年 - 第一次世界大戦: イタリアオーストリア・ハンガリーに宣戦布告。三国同盟を破棄して連合国側で参戦。
(14)1915年 - 山田耕筰東京フィルハーモニー会管絃楽部が第1回演奏会を開催。
(15)1915年 - 東京駅 - 東京鉄道郵便局間に郵便物受渡用の地下電車が開通。日本初の地下鉄
(16)1919年 - 和辻哲郎の『古寺巡礼』が発刊。
(17)1923年 - スタンリー・ボールドウィンがイギリスの第55代首相に就任。
(18)1925年 - 円山川河口を震源北但馬地震(北但大震災)が発生。死者428人。
(19)1934年 - アメリカで銀行強盗・殺人を繰返していたクライド・バーローとボニー・パーカーが、警官隊の待ち伏せに遭い射殺される。
(20)1945年 - フレンスブルク政府ドイツの終戦処理にあたっていた臨時政府)が連合国の命によって解散、戦勝4ヵ国はドイツを軍政によって直接統治。(連合軍軍政期
(21)1945年 - イギリス軍に拘束中の元ナチス親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーが自殺。
(22)1946年 - 佐々木康監督の『はたちの青春』が封切り。日本初のキスシーンがある映画。
(23)1947年 - 国共内戦: 長春包囲戦
(24)1949年 - ドイツ連邦共和国基本法ボンで発布され、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)が誕生。
(25)1951年 - チベット中華人民共和国十七か条協定を締結。
(26)1951年 - 国鉄労働組合を脱退した機関士を中心に国鉄機関車労働組合が結成(国鉄動力車労働組合の前身)。
(27)1958年 - 1月に打ち上げられたアメリカ初の人工衛星「エクスプローラー1号」の通信が途絶。
(28)1962年 - 東京築地国立がんセンターが診療を開始。
(29)1969年 - 初の「公害白書」が発表(1972年に「環境白書」に改称)。
(30)1978年 - 第1回国連軍縮特別総会が開幕。
(31)1980年 - 黒澤明監督の『影武者』がカンヌ国際映画祭でグランプリ獲得(日本時間では5月24日)。
(32)1981年 - 陝西省で、中国では既に絶滅したと思われていた野生のトキ7羽が発見される。
(33)1984年 - リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー西ドイツの第6代大統領に選出。
(34)1984年 - 寺尾の十両昇進が決定し、鶴嶺山逆鉾と合わせて史上初の三兄弟同時関取となる。
(35)1995年 - プログラミング言語Javaの最初のバージョンがリリース。
(36)1998年 - 北アイルランド国民投票が行われ、ベルファスト合意が75%の賛成で承認される。
(37)2009年 - 日本政党幸福実現党が結成される。
(38)2013年 - プロスキーヤーで登山家三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。
(39)2013年 - 大強度陽子加速器施設J-PARC放射性同位体の漏洩事故が発生。
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                       編集者のダイアリー・コーナー  
(注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「 編集者のダイアリー・コーナー のはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記)
                  2017年5月23日(火)
本日「5月23日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは「 (38)2013年 - プロスキーヤーで登山家三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功」です。ヨシダより満1歳お若い方。現在はクラーク記念国際高等学校校長」でもあるご人物。並みの精神力体力では成し得ない偉業を成し遂げられたことに感銘を受けます。前回の記録を達成された後に、次の目標にチャレンジする・・・という趣旨の声を耳にした時にヨシダが思わず呟いたことは、「三浦さ~ん!もうイイですよ!ピリオッドにしなさいませよ!」でした(笑)。ガンバリズムもイイですが、度を過ごすと、悲壮感を伴います。人間って、ある時期には達観する心境に至ることも大事と心得ます。達観して淡々と・・・と処しつつ、何か変わった形の情熱を内に秘めて更なる人生に向かう・・・という姿勢も大事と心得て処してきるヨシダです。
   クラーク記念国際高等学校校長 三浦雄一郎「クラーク記念国際高等学校」の画像検索結果  「クラーク記念国際高等学校」の画像検索結果 「クラーク記念国際高等学校」の画像検索結果 「クラーク記念国際高等学校」の画像検索結果
焦点:孤立深めるトランプ米大統領、共和党議員も呆れ顔」(REUTERSロイター2017.5.22. James Oliphant記者 )が目に付きます。「中見出し」のない記事ですが、ヨシダがあえて拾い出す言葉を列記します。1.数多くの連邦機関の幹部ポストが未だ空席のまま 、2. 大統領の支持率が低いため、共和党は2018年議会中間選挙での勝利が脅かされている、3.トランプ政権は未だに数百の上席ポストを埋められずにおり 、 全体では、上院の承認が必要な連邦政府ポスト557のうち、500以上が空席となっている、4.ホワイトハウスでは、大統領を擁護する人がどんどん少なくなり、上席スタッフが暴露報道の嵐だけでなくツイッターで時に矛盾する発言を繰り返す大統領への対応に追われている、5.ホワイトハウスのある側近は「だれもが疲れ切っている」と語った・・・ってところです。元気ハツラツってのはトランプ大統領!
    「焦点:孤立深めるトランプ米大統領、共和党議員も呆れ顔」の画像検索結果「孤立深めるトランプ米大統領、」の画像検索結果「共和党 議員呆れ顔」の画像検索結果
久々に地元フィリピンの新聞記事を取り上げます。「ロシア訪問 ドゥテルテ大統領はロシア訪問に向けダバオ空港を出発。比ロ軍事関係強化へ」(日刊マニラ新聞2017.5.23. 冨田すみれ子 )がそれです。米国一辺倒の母国ニッポン人から観るフィリピン大統領の外交手腕と言うか、国策には正直、大したもんだ、と感じます★「中見出し」はない記事。記事中ほどの言葉をピックアップしてそれに換えます。曰く、「・・・大統領は空港での演説で、「フィリピン外交は伝統的な同盟国に過度に依存した外交を行ってきた。そのような外交戦略の誤りにより、比は他国との外交の機会を失ってきた」とし、これまでの政権の外交姿勢を批判。「ロシア訪問により視野を広げ、新しい海外諸国との友好関係を築き、比の独立した外交政策を強調する」と今回のロシア訪問を位置付けた。」★願わくば、日米関係にも今までとは変わった視点での改善に繫がればと期待します。時に、フィリピンを介した米ソ関係にも微妙な良い結果を招来することを・・・がこの国を終の棲家とするヨシダの期待です。(9:30)
       「「ロシア訪問 ドゥテルテ大統領はロシア訪問に向けダバオ空港を出発。比ロ軍事関係強化へ」の画像検索結果 「ダバオ国際空港」の画像検索結果「ダバオ国際空港」の画像検索結果 「冨田すみれ子」の画像検索結果
今朝の本欄でちょっと私的な体験というか、他愛もないブログを惜しみません・・・。「気付き&動機付け」ということに関するヨシダ独特の体験的思想です。「当該別項ファイル」に編集する価値もあるとすら思考しながらのことですので、ブログを追ってくだされば嬉しいです★二つあります。ひとつは、かの「シット・アップ運動」(画像添付)とその実践姿勢であり発想です。現在の回数は計120回!初めの50回は「感謝、かんしゃ、カンシャ!」の強い念を抱きつつ一気に・・・。次の70回は1回ごとに深いひと呼吸を入れて・・・です。その時のヨシダの存念は「イエス・キリストの十字架上のお苦しみ」です。「・・・それに比べたらこの運動の辛さなんて!・・・」といった極めて単純なものです。不思議と苦にならないのです!★激しくかつ、単調な運動に対するヨシダ流克服手段とでも言えるでしょう。お陰でまったく苦になりません★さて次のヨシダ体験は実にユニークかつ、奇跡的とすら言えると受けとめるのがヨシダです。高齢者共通の悩みは「歯の衰え」です。感謝することは、この年齢にして歯医者さんとは縁をもったことがありません。幼年時代に奥歯1本が虫歯で抜けてそのまま・・・★右上の奥歯に異常を感じたのが数年前。痛みを伴うと同時に動き出したのです。当時のヨシダはその現象を在日中から集中的に取り組んでいた「肩こり解消努力」がありますが、その肩こりが長じての右の奥歯の痛み・・・ということでした★当然のことですが、食事の噛むことが左奥歯に集中。じじつ、くだんの運動に拍車をかけることで解消を、と努力しました。その内に、なんと、自分の指でそのグラグラ動く奥歯を抜いたのです!なんと、キレイな奥歯!虫歯の気配ゼロ!って常態だったのです!深い想いを抱いて大切に保管しています!★・・・と、最近になって、肝心の頼りの左奥歯に痛みを感じ始めたのです!歯痛ならぬ、心痛に発展しました!唯一の左奥歯!それがダメになったらどうしょう!?・・・でした。歯医者に行けばですが、この身体状態での通院は事実上、期待できないと案じての深い悩みに発展しました・・★ヨシダの晩年は「流動食のみ?」とまで案じました。ふと、そこでヨシダ流儀の「モノの考え方(発想)」がありました。痛み発生の原因は避けられない食後の爪楊枝の使用!と。並みのことでなく、実に厄介なことで、当該奥歯に悪い影響を与えている・・・というヨシダ分析!★昨深夜に思い付いたことは、「左から右奥歯で噛むことへのシフト」でした。端(はな)から諦めていたそれは「チャレンジ」でした!なんとなんと!なんとか、噛めるではありませんか!★・・・と、どうでしょう!悩みだった痛みがケッロッと解消したのです!・・・と、こんな他愛もない体験ですが、ヨシダが得た発想は、「気付きへのプロセス?そのことへの感謝の受けとめ方」にほかありませんでした!!!!!★日光浴を済ませて、手伝いさんが車椅子ごと室内に戻してくれる時に「手を合わせて太陽さまに感謝、かんしゃ、カンシャ!」がそうしたヨシダの感謝の念。と、それを招来する「全ての受けとめ方」の結果である・・・というのが、本欄本ブログの根源です。「本人の受けとめ方次第で苦が苦でなく、与えられる改善への示唆」足り得る、と確信するひと幕を体験したことをブログした次第です。(10:30)



                  末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

      財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
                人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
               
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                               されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                                   事業なくんば 人育ち難し”

        (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
   
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。  

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 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

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「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
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 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)
★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
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                     では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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                       2017年5月23日(火)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳6ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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