「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年5月20日(土)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
              ウィキペディアから拾った5月20日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;May 20
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
  1 「325年 - 第1ニカイア公会議英語」の画像検索結果「325年 - 第1ニカイア公会議英語」の画像検索結果 「325年 - 第1ニカイア公会議英語」の画像検索結果 「325年 - 第1ニカイア公会議英語」の画像検索結果「三位一体の教理」の画像検索結果「三位一体の教理」の画像検索結果「三位一体の教理」の画像検索結果「三位一体の教理」の画像検索結果
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              3「1217 John, King of England」の画像検索結果「1217 John, King of England」の画像検索結果関連画像「vs」の画像検索結果「en:Robert Fitzwalter」の画像検索結果「en:Robert Fitzwalter」の画像検索結果「1217,  First Barons' War」の画像検索結果
   「1217,  First Barons' War」の画像検索結果「1217,  First Barons' War」の画像検索結果
「1217,  second lincoln's War」の画像検索結果「1293, Studium Generale」の画像検索結果 「マドリード・コンプルテンセ大学」の画像検索結果「1293, Studium Generale」の画像検索結果
    「カスティーリャ王サンチョ4世」の画像検索結果  「マドリード・コンプルテンセ大学」の画像検索結果「マドリード・コンプルテンセ大学」の画像検索結果「1293, Studium Generale」の画像検索結果7「abraham ortelius theatrum orbis terrarum 1570」の画像検索結果「abraham ortelius theatrum orbis terrarum 1570」の画像検索結果「abraham ortelius theatrum orbis terrarum 1570」の画像検索結果
  8「Thomas Thorpe」の画像検索結果「ウィリアム・シェイクスピアの『ソネット集」の画像検索結果「ウィリアム・シェイクスピアの『ソネット集」の画像検索結果「ウィリアム・シェイクスピアの『ソネット集」の画像検索結果「ウィリアム・シェイクスピアの『ソネット集」の画像検索結果11関連画像「1862, lincoln signed Homestead Act」の画像検索結果「1862, lincoln signed Homestead Act」の画像検索結果
    「1862, lincoln signed Homestead Act」の画像検索結果「1862 Homestead Act」の画像検索結果「1862 Homestead Act」の画像検索結果「1862, lincoln signed Homestead Act」の画像検索結果
   12  関連画像 「1873 levi strauss」の画像検索結果「1873 levi strauss」の画像検索結果「1873 levi strauss」の画像検索結果「levi strauss grave」の画像検索結果
      「1873 levi strauss」の画像検索結果    関連画像
15 「1891, edison's Kinetoscope first opened to public」の画像検索結果  「1891, edison's Kinetoscope first opened to public」の画像検索結果「1891, edison's Kinetoscope first opened to public」の画像検索結果
     「1891, edison's Kinetoscope first opened to public」の画像検索結果
「1891, edison's Kinetoscope first opened to public」の画像検索結果「1891, edison's Kinetoscope first opened to public」の画像検索結果16「1896年 - パリ・ガルニエ宮(オペラ座)で6トンのシャンデリアが落下し、1人死亡」の画像検索結果「1896年 - パリ・ガルニエ宮(オペラ座)で6トンのシャンデリアが落下し、1人死亡」の画像検索結果 
        「1896年 - パリ・ガルニエ宮(オペラ座)で6トンのシャンデリアが落下し、1人死亡」の画像検索結果「1896年 - パリ・ガルニエ宮(オペラ座)で6トンのシャンデリアが落下し、1人死亡」の画像検索結果20「1909年 - うま味調味料「味の素」発売」の画像検索結果    「1909年 - うま味調味料「味の素」発売」の画像検索結果
        「1909年 - うま味調味料「味の素」発売」の画像検索結果    「1909年 - うま味調味料「味の素」発売」の画像検索結果 「1909年 - うま味調味料「味の素」発売」の画像検索結果     24「1927, Spirit of St. Louis left newyork」の画像検索結果 「1927, Spirit of St. Louis left newyork」の画像検索結果
   「1927, Spirit of St. Louis left newyork」の画像検索結果     「1927, Spirit of St. Louis left newyork」の画像検索結果25「1932年 - アメリア・イアハートが女性として初めての大西洋単独横断飛行」の画像検索結果「1932年 - アメリア・イアハートが女性として初めての大西洋単独横断飛行」の画像検索結果「1932年 - アメリア・イアハートが女性として初めての大西洋単独横断飛行」の画像検索結果
   「1932年 - アメリア・イアハートが女性として初めての大西洋単独横断飛行」の画像検索結果     39      「1956 Operation Castle」の画像検索結果「1956 Operation Castle」の画像検索結果「1956 Operation Castle」の画像検索結果   「1956 Operation Castle」の画像検索結果
   54       「2013 Moore tornado」の画像検索結果「2013 Moore tornado」の画像検索結果「2013 Moore tornado」の画像検索結果「2013 Moore tornado」の画像検索結果 「2013 Moore tornado」の画像検索結果
    「2013 Moore tornado」の画像検索結果 「2013 Moore tornado」の画像検索結果     「2013 Moore tornado」の画像検索結果  「2013 Moore tornado newspaper reports」の画像検索結果
                      (608.3KB:38.KB/line)
(1)325年 - 第1ニカイア公会議開会。ニカイア信条を採択、復活祭の日付を制定。
(2)526年 - シリアアンティオキアで大地震。約30万人が死亡。
(3)1217年 - 第一次バロン戦争: 第二次リンカーンの戦い
(4)1293年正応6年4月13日) - 鎌倉大地震
(5)1293年 - カスティーリャサンチョ4世が現在のマドリード・コンプルテンセ大学を創立。
(6)1498年 - ヴァスコ・ダ・ガマが第一次航海でインド西岸のカリカット(コーリコード)に到達。
(7)1570年 - アブラハム・オルテリウスが世界初の近代的地図「Theatrum Orbis Terrarum」を発刊。
(8)1609年 - ウィリアム・シェイクスピアの『ソネット集』がトマス・ソープ英語版によって発刊される。
(9)1631年 - 三十年戦争: マクデブルクの戦いが終結。
(10)1722年享保7年4月6日) - 江戸幕府が流地禁止令を発布。田畑を質流れの形で売買することを禁止。
(11)1862年 - エイブラハム・リンカーン米大統領がホームステッド法に署名、同法が発効。
(12)1873年 - リーヴァイ・ストラウスとジェイコブ・デイヴィスがリベットポケットを補強したズボン特許を取得、ジーンズの発祥とされる。
(13)1875年 - パリメートル条約が締結。
(14)1882年 - ドイツ帝国オーストリア=ハンガリー帝国イタリア王国三国同盟を締結。
(15)1891年 - トーマス・エジソンが発明した映画を観る装置キネトスコープが初めて公開される。
(16)1896年 - パリ・ガルニエ宮(オペラ座)で6トンのシャンデリアが落下し、1人死亡。
(17)1902年 - キューバアメリカ合衆国の軍政から独立。
(18)1903年 - 日本人で初めてチベットに入国した仏教学者・河口慧海が4年ぶりに帰国。
(19)1908年 - オランダの統治下ジャワ島で民族主義的政治結社ブディ・ウトモが結成される。
(20)1909年 - うま味調味料味の素」発売。
(21)1918年 - アメリカ海軍の戦艦「ニューメキシコ」が就役。
(22)1921年 - 沖縄県那覇市首里市(現在は那覇市の一部)が市制施行。
(23)1921年 - 中華民国北京政府)外交部総長顔恵慶ドイツ国側代表ヘルベルト・フォン・ボルヒが北京で中独協約を締結し両国の国交を回復する。ドイツが膠州湾租借地を放棄する。
(24)1927年 - チャールズ・リンドバーグが史上初の大西洋横断飛行のためスピリット・オブ・セントルイス号に乗りニューヨークを出発。翌日パリに到着。
(25)1932年 - アメリア・イアハートが女性として初めての大西洋単独横断飛行のため、ロッキード ベガに乗りニューファンドランドを出発。翌日アイルランドに到着。
(26)1933年 - 大阪市営地下鉄御堂筋線梅田(仮駅) - 心斎橋駅間が開業。大阪初の地下鉄。(27)1936年 - 阿部定事件の犯人・阿部定が品川で逮捕。
(28)1938年 - 日中戦争: 国民革命軍マーチン139W爆撃機2機が九州上空に侵入し反戦ビラを投下。日本本土上空に侵入した初の敵国機となる。
(29)1941年 - 第二次世界大戦: クレタ島の戦いが始まる。
(30)1941年 - 東京港が外国貿易港として開港。
(31)1942年 - 翼賛政治会結成。国会議員のほぼ全員が参加。
(32)1942年 - 和歌山県田辺市が市制施行。
(33)1947年 - 第1次吉田内閣が総辞職。第1回特別国会を召集。
(34)1949年 - 台湾で、世界で一番長い戒厳令台湾省戒厳令がはじめて施行される。1987年に解除。
(35)1949年 - アメリカ国家安全保障局 (NSA) の前身となる軍保安局 (AFSA) が設置される。
(36)1950年 - 臨時石炭鉱業管理法廃止。炭鉱の国家管理が終了。
(37)1950年 - 孝宮和子内親王鷹司平通と結婚。皇族が初めて民間人と結婚。
(38)1954年 - ビル・ヘイリーのシングルレコード「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が発売。ロックンロールブームとなる。
(39)1956年 - アメリカ合衆国がビキニ環礁で初めての水爆投下実験。(レッドウィング作戦
(40)1960年 - 安保闘争: 自民党衆議院新日米安保条約を単独で強行採決。
(41)1968年 - 「信濃の国」が正式に長野県の県歌として制定される。
(42)1969年 - 立命館大学全共闘が同校のわだつみ像を破壊。
(43)1975年 - 白鳥事件再審請求で最高裁が請求を棄却するが、「疑わしきは罰せず」の原則を再審請求にも適用するという新たな基準(白鳥決定)を示し、再審の門戸を広げる。
(44)1978年 - 新東京国際空港(成田空港)が開港。
(45)1984年 - 外国人初の関取・高見山が引退。
(46)1990年 - ルーマニア革命: ルーマニアで半世紀ぶりの自由選挙が行われる。
(47)2000年 - 陳水扁中華民国総統に就任。
(48)2001年 - ウィキペディア日本語版が開設される。
(49)2002年 - 東ティモールインドネシアから独立。シャナナ・グスマンが初代大統領に、マリ・アルカティリが初代首相に就任。
(50)2007年 - 石川遼マンシングウェアオープン KSBカップで優勝。15歳245日での優勝はゴルフのプロツアー大会における世界最年少記録。
(51)2008年 - シンガポール航空により、世界最大の旅客機エアバスA380が、日本(シンガポール - 成田)に初めて乗り入れる。
(52)2010年 - 大相撲野球賭博問題: この日発売の『週刊新潮』で大相撲の現役力士大関琴光喜暴力団による野球賭博に関与していたことが報じられる。
(53)2012年 - 大相撲夏場所で、前頭7枚目の旭天鵬が史上初の平幕同士の優勝決定戦を制し初優勝。同時に初優勝の最年長記録を更新した。
(54)2013年 - アメリカ合衆国オクラホマ州FE5の竜巻が発生し、24人が死亡。(2013年ムーア竜巻
(55)2016年 - 蔡英文中華民国総統に就任[1]。(440.43KB:45.KB/line)

                       編集者のダイアリー・コーナー  
(注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「編集者のダイアリー・コーナーのはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記)
                  2017年5月20日(土)
本日「5月20日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは「 (24)1927年 - チャールズ・リンドバーグが史上初の大西洋横断飛行のためスピリット・オブ・セントルイス号に乗りニューヨークを出発。翌日パリに到着。」です。ほかでもありません、5月12日のできごとの「(19)1932年 - リンドバーグ愛児誘拐事件: 3月1日に誘拐されたチャールズ・リンドバーグの長男が遺体で発見される。」があるからです。当該画像を此処に添付したいのですが、編集容量超過のためにできません。クリックしてご覧ください。なんとも、無残な誘拐事件が大西洋横断飛行の5年後に起こるとは想像すらできなかった事件です。世界的に有名になればなったで、邪な考えを持つ輩の台頭は古今洋の東西を問いません★ちなみに、リンドバーグの晩年をグーグルでみるに、「 1932年3月1日に1歳8ヶ月の長男ジュニアが自宅から誘拐され、10週間に及ぶ探索と誘拐犯人との身代金交渉の後に、ニュージャージー州ホープウェルで5月12日に死んでいるのが見つかった(リンドバーグ愛児誘拐事件)・・・晩年は、妻のアン・モローと共にハワイ州マウイ島に移り住んだ。また、自然環境の保全に力を注ぐようになり、世界各地を回り、環境保護活動に参加、多額の資金を寄付した。1974年8月26日朝にマウイ島ハナのキパフルにある別荘にてリンパ腫瘍が原因で72歳で死去した(ウィキペディア)」とあります。人間の幸不幸は隣り合わせ・・・と、しみじみ感じます。「感謝、かんしゃ、カンシャの心」を抱いて生きることに救いと喜びを感じます。(19日19:00)
フランスが国際テロの標的になる3つの理由 政治学者ジル・ケペル氏の分析とは?」(東洋経済ONLINE2017.5.19.小林 恭子 :ジャーナリスト)が目にとまりました。母国ニッポンではあまり国際的なテロ事件がない感じがするからです。「中見出し等」は、■刑務所がジハード運動を生み出す大きな培養器に ――『グローバル・ジハードのパラダイム――パリを襲ったテロの起源』 、■ ――「2005年以降、欧州が西側諸国の弱点となった」というが、この年に何が起きたのか、■生まれる疎外感――なぜ、ことさらフランスが狙われるのか、■移民を多く受け入れてきた国、フランス、――北アフリカなどからの移民はフランス社会に十分に融合していないと言えるだろうか、 ――欧州でイスラム系テロに走る人は何を達成しようとしているのか、 ――新刊の中で、教授はジハード戦士の狙いを「幻想」と呼んでいる。テロが起きても、欧州各国の政府は戦士たちが期待しているような対テロ戦争を勃発させたりはしていないからだ、 ――2015年以来、フランスでは大規模なテロが起きていないが、――もしISが壊滅すれば、欧州におけるイスラム系テロは減少するだろうか、■テロを防ぐために私たちができることは?――テロを防ぐために私たちはどうするべきか、 ――最後に、ライシテ=世俗主義について聞きたい。昨年夏、イスラム教徒の女性が海辺で着用するブルキニ問題が発生した。フランスの海辺の自治体が一斉にブルキニ着用を禁止した。フランス以外の国では、あまりにも行きすぎではないかという声が出たが、■ライシテの原理が揺れている・・・と、続きます★・・・と、この添付画像で制限の1000KB超過!古い一部画像を削除して対応します。(19日20:00)
      「フランスが国際テロの標的になる3つの理由 政治学者ジル・ケペル氏の分析とは?」の画像検索結果 「バタクラン劇場の入り口付近には犠牲者追悼のプレートが置かれている」の画像検索結果「バタクラン劇場 テロ」の画像検索結果「フランスが国際テロの標的になる3つの理由 政治学者ジル・ケペル氏の分析とは?」の画像検索結果
         「2015年1月の風刺雑誌『シャルリ・エブド』のテロ」の画像検索結果「2015年1月の風刺雑誌『シャルリ・エブド』のテロ」の画像検索結果「フランスが国際テロの標的になる3つの理由 政治学者ジル・ケペル氏の分析とは?」の画像検索結果   「Gilles Kepel」の画像検索結果「小林 恭子」の画像検索結果 
「はたしてトランプ大統領は弾劾されるのか? 特別検察官任命までの流れを詳しく解説」東洋経済ONLINE2017.5.20.中岡 望 :東洋英和女学院大学客員教授)が目に付きました。長文で全6ページ。「中見出し」は、■コミー前FBI長官の不可解な解任、トランプ大統領、録音の存在を自ら認める、ロシア・ラブロフ外相への機密漏洩、コミー・メモ、大統領から調査中止の圧力?、共和党内でも弾劾やむなしの声・・・と続きます★このところ、大統領弾劾問題が大きく報道されています。こうなって当たり前!というのが当初からアンチ・トランプを自他共にするヨシダの心境です ★ところで、本記事筆者の中岡望東洋大学教授はヨシダと同郷の広島県ご出身。声援をおくります!★ちなみに、末尾の言葉は、「・・・ こうなると、弾劾が実現するかどうかは別にしても、トランプ大統領の政治力が大幅に低下することは否めない。 」です。(9:30)
ふと、気付くことに、本欄の上中下に分けても編集許容量をオーバー気味なこと。各旬末になってオーバーすれば、一番古い分から削除すればイイってこと。日々、毎日末のトップページの記録過去の日本語版トップサイト一覧表はチャ~ンとあるからイイさ、ってことをあらため自覚。安心して編集できることを自覚してニンマリです。それにしても、欲張り爺さんです(笑)。(9:40)
     「コミー前FBI長官の不可解な解任」の画像検索結果「トランプ大統領、録音の存在を自ら認める」の画像検索結果「republicans favor trump impeachment?」の画像検索結果
   「トランプ大統領機密漏えいか」の画像検索結果「トランプ大統領、録音の存在を自ら認める」の画像検索結果「トランプ大統領、録音の存在を自ら認める」の画像検索結果「トランプ大統領、録音の存在を自ら認める」の画像検索結果
    「republicans favor trump impeachment?」の画像検索結果「コミー・メモ、大統領から調査中止の圧力?、」の画像検索結果「ロシア・ラブロフ外相への機密漏洩」の画像検索結果
   「中岡 望 :東洋英和女学院大学客員教授」の画像検索結果「中岡 望 :東洋英和女学院大学客員教授著書」の画像検索結果
・・・と、本欄の古い記事添付画像を数十枚削除しました。次の記事を掲載したいからです。
トランプ弾劾!の声が少なくない昨今、珍しく(とブログしたら)トランプさんにはシツレイですが、トランプ大統領の凄腕(?)を語るような記事にヒットしました。「トランプ大統領「一発逆転戦略」のスゴイ中身 ロシアの仲介で北朝鮮とトップ会談?」(東洋経済ONLINE2017.5.20.湯浅 卓 :米国弁護士)がそれです。5月中旬の本コラムは編集許容量をオーバーすることから、添付画像の削除をもって掲載します。「中見出し」は、■「ミュラー特別検察官は弾劾追及まで行くか、■議会の追及からは逃れられる可能性、■トランプ大統領の「ウルトラC」戦略、■米議会はトランプ氏に何の文句もつけられない・・・と続きます。★末尾の言葉が不気味(?)ではあります。曰く、「・・・ それどころか、トランプ氏は議会を黙らせることもできるようになる。さらに2020年の再選の可能性も出てくる。それはまさにトランプ大統領の「ウルトラC」戦略だ。」がそれ。トオホって気分になる記事ではありますが・・・。(13:40)
「today@VOA」受信記事を編集中です。「No.182(May 21, 2017)"On May 19, 1921, "On May 19, 1921, Congress passed the Emergency Quota Act, "」がそれですが、欲張り編集爺ちゃんでしょう!(13:50)

 

                  末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

      財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
                人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
               
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                               されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                                   事業なくんば 人育ち難し”

        (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
   
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。  

     「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

  http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
   http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)
★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
   「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果  
                     では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
                                                   (854.52KB)
                       2017年5月20日(土)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳6ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
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