「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
   吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。
                 コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表(再編集中)
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                    English               
           2017年5月2日(火)
       
          Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
         過去の日本語版トップサイト一覧表
      「
English top site records(End of the day)
 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。
 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
        ウィキペディアから拾った5月2日のできごと  
              (過去のきょうのできごと一覧表)
             (英語版きょうのできごと;May 2
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。 

 1「73年 - ユダヤ人最後の拠点マサダがローマ軍により陥落し、ユダヤ戦争が終結」の画像検索結果「73 Masada end of war」の画像検索結果  「73 Masada end of war」の画像検索結果  関連画像「73 Masada end of war」の画像検索結果「73 Masada  map」の画像検索結果
     3  「イングランド王ヘンリー8世の2番目の王妃アン・ブーリン」の画像検索結果  「second word」の画像検索結果 「princess word」の画像検索結果「Anne Boleyn persecuted」の画像検索結果 「persecuted」の画像検索結果「イングランド王ヘンリー8世の2番目の王妃アン・ブーリン」の画像検索結果  「王妃アン・ブーリン処刑場所」の画像検索結果
 4  「1808, spain independence war」の画像検索結果 「1808, spain independence war, french army killed spanish citizens」の画像検索結果    「spain independence war」の画像検索結果 5「天狗党の乱」の画像検索結果
      「藤田小四郎」の画像検索結果     「藤田小四郎」の画像検索結果 関連画像「藤田小四郎」の画像検索結果「藤田小四郎」の画像検索結果「藤田小四郎」の画像検索結果「藤田小四郎」の画像検索結果
  6  「1875年 - 東京と横浜で郵便貯金業務を開始」の画像検索結果   関連画像      関連画像関連画像「1875年 - 東京と横浜で郵便貯金業務を開始」の画像検索結果「1875年 - 東京と横浜で郵便貯金業務を開始」の画像検索結果「1875年 - 東京と横浜で郵便貯金業務を開始」の画像検索結果
  9 「1896 Budapesti metró」の画像検索結果「1896 Budapesti metró」の画像検索結果 「1896 Budapesti metró」の画像検索結果「1896 Budapesti metró」の画像検索結果  「1896 Budapesti metró」の画像検索結果
  11「1913  California Alien Land Law」の画像検索結果「1913  California Alien Land Law」の画像検索結果「1913  California Alien Land Law」の画像検索結果「1913  California Alien Land Law」の画像検索結果 「1913  California Alien Land Law」の画像検索結果「california alien land law of 1913」の画像検索結果
   13「1920年 - 上野公園で第1回メーデー開催」の画像検索結果関連画像   関連画像「1920年 - 上野公園」の画像検索結果   関連画像
  19「日本で初めてのサマータイム(夏時間)を実施」の画像検索結果「日本で初めてのサマータイム(夏時間)を実施」の画像検索結果「日本で初めてのサマータイム(夏時間)」の画像検索結果「日本で初めてのサマータイム(夏時間)」の画像検索結果
  23  「1952 de Havilland Comet」の画像検索結果        関連画像「1952 de Havilland Comet」の画像検索結果   関連画像「1952 de Havilland Comet」の画像検索結果
   28「rms queen elizabeth 2 1969」の画像検索結果「rms queen elizabeth 2 1969」の画像検索結果「rms queen elizabeth 2 1969」の画像検索結果「rms queen elizabeth 2 1969」の画像検索結果「rms queen elizabeth 2 1969」の画像検索結果
 31「1989年 - ハンガリーがオーストリアとの国境の鉄条網の撤去を開始。「鉄のカーテン」に穴が開けられる。」の画像検索結果「1989年 - ハンガリーがオーストリアとの国境の鉄条網の撤去を開始。「鉄のカーテン」に穴が開けられる。」の画像検索結果「1989年 - ハンガリーがオーストリアとの国境の鉄条網の撤去を開始。「鉄のカーテン」に穴が開けられる。」の画像検索結果「1989年 - ハンガリーがオーストリアとの国境の鉄条網の撤去を開始。「鉄のカーテン」に穴が開けられる。」の画像検索結果「1989年 - ハンガリーがオーストリアとの国境の鉄条網の撤去を開始。「鉄のカーテン」に穴が開けられる。」の画像検索結果
 33「nomo first in the american major league」の画像検索結果「nomo first in the american major league」の画像検索結果  「1995年 - 野茂英雄がメジャーリーグ初登板」の画像検索結果 「1995年 - 野茂英雄がメジャーリーグ初登板」の画像検索結果「1995年 - 野茂英雄がメジャーリーグ初登板」の画像検索結果
  36 「2008年 - サイクロン・ナルギスがミャンマーに上陸。」の画像検索結果「Cyclone Nargis」の画像検索結果「2008 Cyclone Nargis」の画像検索結果「Cyclone Nargis」の画像検索結果「2008 Cyclone Nargis」の画像検索結果
    「2008 Cyclone Nargis」の画像検索結果 「2008 Cyclone Nargis」の画像検索結果 「2008 Cyclone Nargis newspapers」の画像検索結果「2008 Cyclone Nargis newspapers」の画像検索結果「2008 Cyclone Nargis newspapers」の画像検索結果   
                          38「2011年 - パキスタン郊外のアボッタバードにて米軍が銃撃戦を展開。国際テロ組織アルカイダの指導者ウサーマ・ビン・ラーディンが死亡。」の画像検索結果「2011年 - パキスタン郊外のアボッタバードにて米軍が銃撃戦を展開。国際テロ組織アルカイダの指導者ウサーマ・ビン・ラーディンが死亡。」の画像検索結果「2011年 - パキスタン郊外のアボッタバードにて米軍が銃撃戦を展開。国際テロ組織アルカイダの指導者ウサーマ・ビン・ラーディンが死亡。」の画像検索結果
(1)73年 - ユダヤ人最後の拠点マサダがローマ軍により陥落し、ユダヤ戦争が終結。
(2)1164年長寛2年4月10日) - 平清盛の三女平盛子が関白藤原基実の妻となり、北政所を称する。
(3)1536年 - イングランドヘンリー8世の2番目の王妃アン・ブーリンが反逆罪・不義密通の容疑で逮捕。同月19日に処刑。
(4)1808年 - スペイン独立戦争スペインマドリードで市民がフランスの占領に対し暴動。フランス軍が1,500人の市民を射殺。
(5)1864年元治元年3月27日) - 天狗党の乱筑波山藤田小四郎ら62名が蜂起。
(6)1875年 - 東京横浜郵便貯金業務を開始。
(7)1885年 - ベルギー国王レオポルド2世コンゴ自由国を設立。
(8)1889年 - イタリアエチオピア帝国が、エチオピアを事実上保護国化する内容のウッチャリ条約Treaty of Wuchale)に調印。
(9)1896年 - ブダペスト地下鉄初の区間が開通。
(10)1906年 - 「医師法」改正。医師の開業許可制が免許制となる。
(11)1913年 - アメリカ・カリフォルニア州で日系人の土地所有を禁じるカリフォルニア州外国人土地法(排日土地法)制定。
(12)1916年 - アメリカ海軍の戦艦「オクラホマ」が就役。
(13)1920年 - 上野公園で第1回メーデー開催、5,000人が参加。
(14)1933年 - 強制的同一化: ナチスが労働組合を禁止。
(15)1945年 - 第二次世界大戦ベルリンの戦い: 赤軍総統官邸を占領。
(16)1945年 - 第二次世界大戦: イタリア戦線の枢軸軍が連合軍に降伏。
(17)1947年 - 翌日の日本国憲法施行に伴い、この日限りで枢密院が廃止される。
(18)1947年 - 外国人登録令公布・施行。大日本帝国憲法下で公布された最後の勅令
(19)1948年 - 同年4月28日施行の夏時刻法に基づき、日本で初めてのサマータイム(夏時間)を実施。
(20)1948年 - 講道館で第1回全日本柔道選手権大会開催。
(21)1949年 - 「国民金融公庫法」公布。
(22)1950年 - 「放送法」「電波法」「電波監理委員会設置法」の電波三法を公布。
(23)1952年 - イギリスで世界初のジェット旅客機「コメット」が就航。
(24)1953年 - 英国海外航空783便墜落事故起こる。
(25)1956年 - 毛沢東百花斉放百家争鳴を提唱。
(26)1958年 - 長崎国旗事件が起こる。
(27)1964年 - 世界14番目の高峰・シシャパンマが中国の許競により初登頂。
(28)1969年 - クルーズ客船クイーン・エリザベス2」が処女航海。
(29)1977年 - 大学入試センターが東京・駒場に設置される。
(30)1986年 - 世界ラリー選手権ツール・ド・コルスにおいて、ヘンリ・トイヴォネン/セルジオ・クレスト英語版組が事故死。これにより同選手権におけるグループB規格が廃止になる。
(31)1989年 - ハンガリーオーストリアとの国境の鉄条網の撤去を開始。「鉄のカーテン」に穴が開けられる。
(32)1991年 - 地価税法公布。1992年1月施行。
(33)1995年 - 野茂英雄メジャーリーグ初登板。
(34)1997年 - 労働党トニー・ブレアがイギリスの73代首相に就任。
(35)2007年 - 読売ジャイアンツが日本プロ野球球団初の通算5,000勝達成(対中日戦)。
(36)2008年 - サイクロン・ナルギスミャンマーに上陸。死者・行方不明者約14万人の甚大な被害をもたらす。
(37)2010年 - 石川遼中日クラウンズ最終日に主要世界男子プロゴルフツアー18ホール最少となる58ストロークを達成。
(38)2011年 - パキスタン郊外のアボッタバードにて米軍が銃撃戦を展開。国際テロ組織アルカイダの指導者ウサーマ・ビン・ラーディンが死亡。(ウサーマ・ビン・ラーディンの殺害
(39)2014年 - アフガニスタン大規模な地滑りが発生し、2100人超が死亡。
(40)2014年 - 国産ソーラープレーン「SP-1」が日本初となる太陽光発電のみによる飛行に成功。
(41)2015年 - アメリカでボクシングの一戦、フロイド・メイウェザー・ジュニアマニー・パッキャオの試合が行われる。(フロイド・メイウェザー・ジュニア 対 マニー・パッキャオ戦)(569.75KB)

              編集者のダイアリー・コーナー  
注:本欄は同編集室で編集したのもをその都度の本トップサイトへの掲載でなく、ひと区切りごとに、本トップサイトへの転記掲載をすることで能率を高めることにしました。ご関心あれば、上掲をクリックしてください。編集舞台裏が覗かれます・・・。)
           2017年5月2日(火)
★本日「5月2日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは「(31)1989年 - ハンガリーオーストリアとの国境の鉄条網の撤去を開始。「鉄のカーテン」に穴が開けられる。」です。ほかでもありません、トランプ米大統領は逆にメキシコとの国境に高い鉄製の境界壁を建設するという点です。・・・とは言っても、それぞれの政治的背景が異なりますから同一レベルでの云々は幼稚にすぎるでしょうが・・・。(1日18:00)
★チョッとばかり下の話。ヨシダがたった一つの悩みとしてきたのが「便秘」でしたが、どうやら、一件落着って按配を喜んでいます。本コラムでもブログしてきた問題ですが、決定的な手法は、家長・アーネルが友人医師との相談の上で助言してくれた15センチくらいの長さの細長い青野菜を茹でてフィリピン製の醤油に付けて食することです。実に味わいよく食して一週間。午前8時の朝食の後の食事は無しにして事実上、「一日一食半」って按配の食生活に転じからは好調そのものって感じで大喜びしています!☆便秘対策のひとつにして久しいのは「Sit-up(腹筋)運動」。「Push-up(腕立て伏せ)」でなく、両手を組んで頭の後ろに添えて仰向けになって上半身を起きあげる運動。健常者の皆さんみたいに、両脚をフリーにしてでは不可能ですので、両足首をベッドのフレームに固定してのこと。現在のその有様は「40回までは一気に(息を止めたようなほど小さい呼吸で)、その後は1回毎に一回の素早い一呼吸で・・・といった按配でさらにプラス40回、計86回!自身の満年齢の回数を意識して維持しています☆これは「腸の働きを強くするため」で、効果抜群です☆嬉しいことは、ポリオの身で唯一頼りの左膝にとっても、恰好の屈伸強化運動の役を果たしてくれることを学びました。一石二鳥って受け留めをしています☆ついでのことですが、いまひとつ欠かさずに実践しているのが、「ドロー・イン(Draw-in)」ってヤツ。お腹を思いっ切り凹ます運動です。これら二つの弛まぬ運動で胃腸の働きを良くして便秘を防止。プラスに前ブロした食生活上の留意が奏功していることを肌で感じています。(1日19:30)
                            「「Sit-up(腹筋)運動」」の画像検索結果  「「Sit-up(腹筋)運動」」の画像検索結果 「「Sit-up(腹筋)運動」」の画像検索結果
  「ドロー・イン(Draw-in)」の画像検索結果「ドロー・イン(Draw-in)」の画像検索結果「ドロー・イン(Draw-in)」の画像検索結果    「ドロー・イン(Draw-in)」の画像検索結果 「ドロー・イン(Draw-in)」の画像検索結果
何時ものヨシダの口癖ですが、日光浴の良さや醍醐味をこの年齢にして、しかも、常夏の国フィリピンでしみじみと味わうのはなんだか皮肉的ではあるがな・・・と思いながらのブログ。かのヨシダ愛唱の英語の詩文等5編を心の中で呟きながらの想いですが、なんとも嬉しさと感激で一杯です!★さて、今朝一番に受信したメルマガでヨシダが殊のほか尊敬してやまない川久瀬洋二先生の言葉。曰く、えいご人の世界史がそれです。日本人的に日本語だけを通して世界観と英語という国際語を通してのそれに微妙な差異を痛感してきているヨシダ。それだけに、殊のほか共感を得ます!冒頭のメッセージ曰く、「世界史の教科書をただ暗記しても、何にもならないですね。英語を使って楽しく会話し、話題をもち、人とわかり合う材料にすれば、それは活きてきます。今日は、ローマ帝国と、今のアメリカとの話題を2000年の時を越えて結びつけてみます。今週のテーマは『古代ローマ帝国の衰亡とアメリカの今』です。」です★・・・と、家庭の都合(父の早世)で夜間高校でしか学んでいないヨシダにとって、日本史はもとより、世界史に至っては門外漢って自身できたことに、いささか、劣等感を否定しないヨシダです★この年齢になって、かつまた、とりわけ、自身のウェブサイトへのブログの対象してきて久しい「きょうのできごと」(日英語両版)編集で着実かつ、有意義に学びつつあるのが世界史なかんずく、「画像」の検索入手等から目でも理解するそれであるからです★偉そうなブログになりますが、そうした体験から自然と得てきているヨシダの世界史観(大袈裟な!)は「古今洋の東西を問わず、人類は殺し合いの歴史」です★多くの学者先生のなかで、ヨシダが殊のほか尊敬してやまない川久瀬先生のご主張に接して大変に嬉しく感動しています!★その背景には「英語を通した世界観」といった同先生のご主張だけに、英語の好きなヨシダの胸に殊のほか響き共感を得るからです★・・・と、こんなブログをすると、「英語が云々で、気取って・・・」といった感じの方々のご批判を意識しないでもありませんが、これだけは曲げられない心情です。英語のできる人間とそうでない人間のどうしょうない「世界観の差異でありズレ」と痛感するからです★・・・ところで、お気付きでしょうか、本コラムに頻繁に使用してきている「★&☆」のマーク。これは、「本来ならば『行換え』したいものを、スペースの拡大拡大化を意識しての「行換えマーク」です。朝日新聞「天声人語」などのコラムで使われている「行換え印」を横目にしたヨシダ編集者の気持ちです★・・・でも、気になっていたことは☆マークは目立たないし、???という印象を与え兼ねないのでは・・・という懸念。そんなことからの「★マーク統一」と相成ったものです。
・・・とどうでしょうか?随分と目立つ(?)記事記載手法と思いませんか?ジジツ、ヨシダが編集する記事で少なくないのがこの種の表現手法です★・・・ふと、感じること・・・。ヨシダのウェブサイト全般を通してのこの手法の記載手法もワルクはないのでは?・・・と・・・とは、ヨシダの自己満足!?  でもま、トライしてみるのもワルクはないでしょう★「眼がチラチラする・・・」というご批判も覚悟の上ですが・・・。(9:50)
★・・・直前ブログを掲載してみて気付くに、ブログ内容の主題が同一の記事の際は、その冒頭のマークをにするってこと!・・・どうです!?この編集者のアイディアは!?・・・。ところで、「筆者・川久瀬洋二先生のプロフィール」をリンクしましたので、クリックしてご覧になりませんか?並みの筆者先生ではありませんゾ~!です。(10:20)
今朝4時過ぎに受信した「today@VOA」は、「No.168(May 2, 2017) "On May 1, 1931, the Empire State Building is dedicated in New York."」デス!日米時差で「5月1日のできごと」で本サイトの日本語版には掲載しましたが、ヨシダが生まれた年の1931年のできごととしてダイアリーコラムに掲載したのが、「(28)1931年 - ニューヨークエンパイア・ステート・ビルディングが完成(102階建て、高さ381メートル)。 」でした。それに関連するビックリ仰天みたいな記事!1945年に起きた航空機(B29)事故!なんと、ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルに激突という大事故!ヨシダは知ってはいたのですが、画像で再現するその光景はなんとも異様です!興味本位に目下、画像を選択添付中です。クリックして編集室舞台裏をご覧遊ばせ、です。下記添付画像はほんの一部です。(11:50)
       「1945」の画像検索結果「B-25 Mitchell bomber」の画像検索結果「B-25 Mitchell bomber」の画像検索結果 「B-25 Mitchell bomber」の画像検索結果 「William Franklin Smith, Jr.,」の画像検索結果「William Franklin Smith, Jr.,」の画像検索結果
 「smashed word」の画像検索結果「B-25 Mitchell bomber」の画像検索結果「B-25 Mitchell bomber」の画像検索結果「On July 28, 1945, a B-25 Mitchell bomber flew into the Empire State Building resulting in the deaths of 14 people, including 11 office workers and three crew」の画像検索結果「On July 28, 1945, a B-25 Mitchell bomber flew into the Empire State Building resulting in the deaths of 14 people, including 11 office workers and three crew」の画像検索結果「On July 28, 1945, a B-25 Mitchell bomber flew into the Empire State Building resulting in the deaths of 14 people, including 11 office workers and three crew」の画像検索結果
「人生100年時代のオヤジの生き方」(DIAMOND Online2017.5.2.後藤順一郎:アライアンス・バーンスタイン株式会社 AB未来総研 所長)が目に付きました。100歳は最低目標で、120歳を理想(?)とするからです(大笑い)。その裏話は「世界一長寿を全うしたフィリピン人女性で119歳生きた人物が対象。同じフィリピンに骨を埋める覚悟のヨシダらしく(?)」がその理由。少なくとも「ヒロシマヒバクシャ最期の生き残り」を目指す所以です★「中見出し」は、■資産運用は必要だけど、それだけでは十分ではない!?、■退職後に長く働くための準備─副業─・・・と続きます・・・と続きますが、ヨシダの場合は資産云々は全くの無縁!生きている限りは年金のみが頼り。財力とも全く関係のないヨシダのフィリピンでの老後生活。「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」(自称)でフィリピン人家族と共同生活の身にあるからです。おまけにゲットする予定の夢は数年後の「土地建物物件」と、其処への転居による一層、快適な住環境プラス仕事環境ってのが楽しみです★「老後の不安」は全く無縁の不安。その分、「感謝 かんしゃ カンシャの心」で生きています。(13:50)
      「後藤順一郎  [アライアンス・バーンスタイン株式会社 AB未来総研 所長]」の画像検索結果   「後藤順一郎」の画像検索結果「後藤順一郎  [アライアンス・バーンスタイン株式会社 AB未来総研 所長]」の画像検索結果     「後藤順一郎  [アライアンス・バーンスタイン株式会社 AB未来総研 所長]」の画像検索結果
本日のブログは本欄が主役舞台。満足して明日への備えに転じます・・・。・・・とは言いながら、またまた欲が出て・・・おっと、東洋経済ONLINEの取材チェックが未だでした・・・。(14:10)
            末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

 財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・        人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
    
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                 されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

  (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  
   
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。  

   「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

  http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
   http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
(最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」です。)
★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
  「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果                              (840.14KB)                 2017年5月2日(火)   
           “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                  
吉田祐起
              
 (満85歳6ヶ月)
         (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
           E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
        URL(日本語版):http://www.abombsurvivor.com/index_japanese.html
                        URL(英語版):http://www.abombsurvivor.com