「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年5月19日(金)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
              ウィキペディアから拾った5月19日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;May 19
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
  1   「阿史那結社率」の画像検索結果 「阿史那結社率」の画像検索結果 「阿史那結社率」の画像検索結果「(陝西省麟游県)」の画像検索結果  「太宗」の画像検索結果    2 「蝦夷の頭領・アテルイ」の画像検索結果 「蝦夷の頭領・アテルイ」の画像検索結果
     「蝦夷の頭領・アテルイ」の画像検索結果「蝦夷の頭領・アテルイ」の画像検索結果「蝦夷の頭領・アテルイ」の画像検索結果「蝦夷の頭領・アテルイ」の画像検索結果「蝦夷の頭領・アテルイ」の画像検索結果「蝦夷の頭領・アテルイ」の画像検索結果
    「桓武天皇」の画像検索結果 「征夷大将軍・坂上田村麻呂」の画像検索結果 「征夷大将軍・坂上田村麻呂」の画像検索結果「征夷大将軍・坂上田村麻呂」の画像検索結果「征夷大将軍・坂上田村麻呂」の画像検索結果関連画像3  「直方隕石が落下」の画像検索結果           「直方隕石が落下」の画像検索結果
        「直方隕石が落下」の画像検索結果「直方隕石が落下」の画像検索結果    「福岡の直方市」の画像検索結果4「河越城」の画像検索結果「河越城」の画像検索結果
   「河越城」の画像検索結果「河越城」の画像検索結果「河越城の戦い」の画像検索結果Ujituna Hojo.jpg 「河越城の戦い上杉家」の画像検索結果 「「山内上杉」」の画像検索結果 5「清教徒革命」の画像検索結果
      「清教徒革命」の画像検索結果「清教徒革命」の画像検索結果「清教徒革命」の画像検索結果  「清教徒革命」の画像検索結果

   8  「1900年 - 中川小十郎」の画像検索結果    関連画像「1900年 - 中川小十郎「京都法政学校」設立」の画像検索結果「1900年 - 中川小十郎「京都法政学校」設立」の画像検索結果「1900年 - 中川小十郎「京都法政学校」設立」の画像検索結果「1900年 - 「京都法政学校」」の画像検索結果
   「1900年 - 「京都法政学校」」の画像検索結果「1900年 - 中川小十郎「京都法政学校」設立」の画像検索結果「1900年 - 「京都法政学校」」の画像検索結果11 「1935年 - アウトバーン路線、フランクフルト - ダルムシュタット間が開通」の画像検索結果    「1935年 - アウトバーン路線、フランクフルト - ダルムシュタット間が開通」の画像検索結果  「1935年 - アウトバーン路線、フランクフルト - ダルムシュタット間が開通」の画像検索結果 「1935年 - アウトバーン路線、フランクフルト - ダルムシュタット間が開通」の画像検索結果
   「1935年 - アウトバーン路線、フランクフルト - ダルムシュタット間が開通」の画像検索結果「1935年 - アウトバーン路線、フランクフルト - ダルムシュタット間が開通」の画像検索結果「1935年 - アウトバーン路線、フランクフルト - ダルムシュタット間が開通」の画像検索結果 「1935年 - アウトバーン路線、フランクフルト - ダルムシュタット間が開通」の画像検索結果「1935, german autobahn map」の画像検索結果

        16「1946年 - 東京六大学野球が再開。」の画像検索結果「1946年 - 東京六大学野球が再開。」の画像検索結果「1946年 - 東京六大学野球が再開。」の画像検索結果  「1946年 - 東京六大学野球が再開。」の画像検索結果  「1946年 - 東京六大学野球が再開。」の画像検索結果 
  17 「1952 - NBA世界フライ級王座戦で指名挑戦者白井義男がダド・マリノに判定勝ちをし、日本人初のプロボクシング世界王」の画像検索結果 「1952 - NBA世界フライ級王座戦で指名挑戦者白井義男がダド・マリノに判定勝ちをし、日本人初のプロボクシング世界王」の画像検索結果関連画像 「1952 - NBA世界フライ級王座戦で指名挑戦者白井義男がダド・マリノに判定勝ちをし、日本人初のプロボクシング世界王」の画像検索結果 23「1977, last orient express departed paris」の画像検索結果 「1977, last orient express departed paris」の画像検索結果   関連画像 
   
「1977, last orient express departed paris」の画像検索結果   関連画像関連画像  関連画像
「1977, last orient express departed paris」の画像検索結果「1977, last orient express departed paris」の画像検索結果「1977, last orient express departed paris」の画像検索結果
    27
「ブルジュ・ハリファ」の画像検索結果「ブルジュ・ハリファ」の画像検索結果「No. 1」の画像検索結果「1991年に倒壊したワルシャワラジオ塔」の画像検索結果「1991」の画像検索結果「after」の画像検索結果「1991年に倒壊したワルシャワラジオ塔」の画像検索結果
                       「1991年に倒壊したワルシャワラジオ塔」の画像検索結果「1991年に倒壊したワルシャワラジオ塔」の画像検索結果「1991年に倒壊したワルシャワラジオ塔」の画像検索結果「1991年に倒壊したワルシャワラジオ塔」の画像検索結果
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(1)639年 (貞觀13年4月甲申) - 阿史那結社率とその郎党が九成宮 (陝西省麟游県) で太宗を襲撃。
(2)802年延暦21年4月15日) - 蝦夷の頭領・アテルイ征夷大将軍坂上田村麻呂に降伏。
(3)861年貞観3年4月7日) - 直方隕石が落下。落下の目撃記録のある世界最古の隕石
(4)1546年天文15年4月20日) - 河越夜戦
(5)1649年 - 清教徒革命: イングランド共和制を宣言。イングランド共和国が成立。
(6)1802年 - ナポレオン・ボナパルトレジオンドヌール勲章を創設。
(7)1854年嘉永7年4月23日) - 門人・吉田松陰がアメリカに密航しようとした事件に連座して、佐久間象山が逮捕される。
(8)1900年 - 中川小十郎京都法政学校(後の立命館大学)を設立。
(9)1910年 - ハレー彗星が太陽面を通過し、地球が彗星の尾の中に入る。「地球に衝突する」「酸素がなくなる」などのデマでパニックになる。
(10)1919年 - オスマン政府より派遣されたムスタファ・ケマル・パシャアナトリア北部の港町サムスンに上陸。トルコ独立戦争開始。
(11)1935年 - 初のアウトバーン路線、フランクフルト - ダルムシュタット間が開通。
(12)1938年 - 日中戦争: 日本軍が徐州を占領し、徐州会戦が終結。
(13)1941年 - ホー・チ・ミンらがベトミンを結成。
(14)1945年 - 運輸通信省運輸省に改組。
(15)1946年 - 食糧メーデーが行われ、25万人の参加者を集めた。参加者の一人が掲げたプラカードが不敬罪に抵触するとして逮捕される(プラカード事件)。のち不敬罪規定自体が廃止消滅したため免訴。
(16)1946年 - 1943年から中止されていた東京六大学野球が再開。
(17)1952年 - 後楽園スタジアムでのNBA世界フライ級王座戦で指名挑戦者白井義男ダド・マリノに判定勝ちをし、日本人初のプロボクシング世界王者となる。
(18)1956年 - 科学技術庁設置。
(19)1961年 - ソ連による世界初の金星探査機「ベネラ1号」が金星に最接近。(打ち上げは2月12日)
(20)1971年 - ソ連が火星探査機「マルス2号」を打上げ。
(21)1974年 - ヴァレリー・ジスカール・デスタンフランス大統領に就任。
(22)1975年 - 三菱重工爆破事件など連続企業爆破事件を起こした東アジア反日武装戦線の主要メンバー7人を一斉逮捕。
(23)1977年 - オリエント急行の最終便がパリを出発。
(24)1980年 - 衆議院解散ハプニング解散。内閣不信任決議可決は5月16日
(25)1998年 - ナンバープレート(自動車登録番号標のみ)の分類番号が一部地域のみ3桁化、自家用と事業用のみ希望番号制を実施。
(26)2000年 - 犯罪被害者保護法公布。
(27)2008年 - ドバイで建設中のブルジュ・ドバイ(現 ブルジュ・ハリーファ)が、1991年に倒壊したワルシャワラジオ塔の高さ649.7mに達し、史上最も高い建造物となる。
(28)2008年 - ロックバンドサザンオールスターズが翌2009年よりバンド活動の無期限休止を発表、デビュー以来初の休止宣言となった[1]
(29)2009年 - 中国工業情報化部より、2009年7月1日から中国国内で生産・発売されるパソコンすべてに検閲ソフト「緑壩・花季護航」のインストールが義務付けられると発表される。
(30)2010年 - 後楽園ホールにてプロボクシング・世界チャンピオン会発足式。
(31)2016年 - エジプト航空804便が墜落[2]。(630.67KB:45.KB/line)  

                       編集者のダイアリー・コーナー  
                  2017年5月19日(金)
2017年5月19日(金) (956.66KB)
このところ、トップページの日付変更を前日夕方には済ますことにしていることから、深夜にかけての心配ごとから開放されました。インタネット接続状況が悪い時には気が気でなかったのですが、心にゆとりを感じます★案外とヨカッタ!と思うことは、このコラムが昨日から本日に跨った感じで記事編集ができることです。ヨシダ編集長はあの歳で遅くまで頑張ってるんだなあ・・・とネ(笑)。ヒットして編集した記事は当該日にせねば・・・というストレスから開放されてイイ按配です。(18日18:30)
本日「5月19日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは・・・と、これは後回ししてのこと。目に付く記事は、「「メールひとつで嫌われる人」に教えたい視点 「失礼な人」と印象づけるのはこんな一言」(東洋経済ONLINE2017.5.18.堂薗 稚子:ACT3代表取締役)です。「中見出し」は、■言ってもらえるのは、まだマシなほう、メールで言う? 口頭で言う?、「拝受の連絡」はしてあげると親切、メールひとつで印象が変わるのは事実・・・と続きます★「メールは簡単なほど良い」と簡単に定義するのはどうでしょう?当方の気持ちを文字で伝えるのですから、文字使いには留意が大事と考えます★ヨシダの体験をひとつ。在日中は永年のお付き合いをした元高級官僚。惜しいなあと感じてきたことに、当方からの言葉に対する感想的なブログは皆無。ご自分のことだけに終始して些かウンザリ。ある時期にちょっとだけ、ご注意というか感想をメールに託しましたら、それっきり!ご立腹と受け取り、当方はそれでサッパリって気分。ご自分の都合ばかりで、相手に対する思いやり的コメントは皆無。ウンザリって気分で、これでヨシ!って心境で現在に至ります(笑)★そうだ!「ヨシダ流の大事な受信メール返信の仕方」をひとつ!。受信画面を開いて、受信した相手のメールの重要な行を割って★マークをつけて当方の感想を青文字で挿入する仕組みです。一言一句洩らさずに、懇切丁寧に・・・って按配です。・・・でもまあ、そんなことをする御仁はまずは居ないでしょうね。ヨシダのひとり言として読み流しにしてください・・・。(18日19:30)
         「「「メールひとつで嫌われる人」に教えたい視点 「失礼な人」と印象づけるのはこんな一言」」の画像検索結果 「「「メールひとつで嫌われる人」に教えたい視点 「失礼な人」と印象づけるのはこんな一言」」の画像検索結果「「「メールひとつで嫌われる人」に教えたい視点 「失礼な人」と印象づけるのはこんな一言」」の画像検索結果
「トランプ陣営、選挙戦中にロシア政府関係者と18回接触=米政府筋」(REUTERSロイター2017.5.18.)には、参った・・・と、絶句します。大統領選に勝つことを前提にした行為・・・イヤハヤ、節操のない、無鉄砲な、独善的なトランプ体制って印象を受けるのですが、どんなもんでしょう?弾劾理由のひとつにして欲しいものですネ。(18日20:00)
                 「「トランプ陣営、選挙戦中にロシア政府関係者と18回接触=米政府筋」」の画像検索結果 「「トランプ陣営、選挙戦中にロシア政府関係者と18回接触=米政府筋」」の画像検索結果
昨深夜までかかって編集したのは「NYTimes@」の「No.180(May 19, 2017)"Jean Fritz, Who Wrote History Books for Children, Dies at 101"」です。100歳以上を生きた人物に限って本紙記事を利用しているものです。長生きした人物の記事を編集することでパワーを頂戴することを目的としてします。(00:10)(追記:上掲の人物が書いた書は6ダース以上。興味ある方は "jean fritz books"をクリックしてご覧くださいませんか。101歳を存分に生き抜いたことを学びます。笑話ですが、ヨシダが正式に世に現わした「書籍」は僅かでも、本サイトに掲載して開示しているヨシダ筆跡は単行本に換算したらン拾冊相当になるんだぞ~!がご本人の子供じみた自負ではあります(笑)。(9:15)
本日と明日の二日間(5月中旬)で本欄に添付可能な編集許容量の添付画像は40KBで一列程度。文章だけの記載になるとを残念に思います。古い分の画増は削除する手もありますが、記録はキロクとして保存したいのが編集者の欲です・・・★さきほどは、肌が焼けるような感触の日光浴を欲張りながらしみじみ感じることに、この習慣に気付く前の自身の体調感と大きな差異を自覚します。肉体的はもとより、精神的満足感は否定できません。部屋に戻る時は手を合わせて「太陽さん、ありがとう!」って祈りを捧げます★考えてみるに、こういった自身の健康管理に対する対応努力はほかならぬ、共同生活をして久しいフィリピン人家族の幸せを希うが故のこと。「自利から利他」への精神を貫いているヨシダデス。(9:30)
「today@VOA」受信の本日の記事は、「1980年のセント・ヘレナ火山の爆発」(米カルフォルニア州)(No.181(May 20, 20c17)"On May 18, 1980, disaster strikes when Mount St. Helens in Washington State erupts.")です。同できごとは日本語版の昨18日付のもので僅か4枚の画像。本場アメリカ版では時差があって、本日付ですが、添付画像は惜しまずに欲張ります。上掲をクリックするとその辺りの進捗状態がご覧いただけます★でも、想うことに、当時のヨシダは49歳でして、家内(当時)の養父母死去で家業の運送会社経営を継承すべく、折角築いた職人自営業プラス・米国新技術導入による全国指導等々で大忙し。そのできごと(結婚)が無かったらアメリカに渡って、ヤンキー・ガールと結婚して現地の人間になっていただろう・・・デス(笑)★といった人生背景もあって、ガムシャラの時代。世界的に大きな影響を与えたこの「セント・ヘレナ火山爆発」も上の空って感じでした。36年後にして、その火山の大爆発の実態を学びます。「きょうのできごと」編集の醍醐味です。(10:30)

 

 

                  末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

      財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
                人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
               
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                               されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                                   事業なくんば 人育ち難し”

        (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
   
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。  

     「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

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「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
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 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)
★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
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                     では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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                       2017年5月19日(金)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳6ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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