「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年5月15日(月)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
              ウィキペディアから拾った5月15日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;May 15
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
 3「1524年 - ドイツ農民戦争: フランケンハウゼンの戦い」の画像検索結果「1524年 - ドイツ農民戦争: フランケンハウゼンの戦い」の画像検索結果「1524年 - ドイツ農民戦争: フランケンハウゼンの戦い」の画像検索結果「1524年 - ドイツ農民戦争: フランケンハウゼンの戦い」の画像検索結果 「1524年 - ドイツ農民戦争: フランケンハウゼンの戦い」の画像検索結果「1524年 - ドイツ農民戦争: フランケンハウゼンの戦い」の画像検索結果
 5「Bartholomew Gosnold」の画像検索結果「Bartholomew Gosnold」の画像検索結果「1602 Bartholomew Gosnold reached kod」の画像検索結果「1602 Bartholomew Gosnold reached kod」の画像検索結果     関連画像    「1602 Bartholomew Gosnold」の画像検索結果
  「1602 Bartholomew Gosnold」の画像検索結果「1602 Bartholomew Gosnold」の画像検索結果「Bartholomew Gosnold」の画像検索結果関連画像 9「1793 Diego Marín Aguilera」の画像検索結果 「1793 Diego Marín Aguilera」の画像検索結果  「1793 Diego Marín Aguilera」の画像検索結果
       「1793 Diego Marín Aguilera」の画像検索結果          「1793 Diego Marín Aguilera」の画像検索結果               「Diego Marín Aguilera」の画像検索結果「1793 Diego Marín Aguilera」の画像検索結果 「1793 Diego Marín Aguilera」の画像検索結果
  11「1858 Royal Opera House opened」の画像検索結果「1858 Royal Opera House opened」の画像検索結果    関連画像  「1858 Royal Opera House opened」の画像検索結果     「2017 Royal Opera House opened」の画像検索結果     「2017 Royal Opera House opened」の画像検索結果
  12「1864 Battle of New Market」の画像検索結果「Battle of New Market」の画像検索結果「Virginia Military Institute」の画像検索結果「Virginia」の画像検索結果「Virginia Military Institute」の画像検索結果
   「Virginia Military Institute」の画像検索結果「Virginia Military Institute」の画像検索結果   「1864 Battle of New Market」の画像検索結果 関連画像「Battle of New Market」の画像検索結果
 14「1905, aerial view of las vegas」の画像検索結果「1905, las vegas」の画像検索結果  「1905, aerial view of las vegas」の画像検索結果   「110」の画像検索結果   「acres」の画像検索結果「1905, las vegas」の画像検索結果
   「1905, who purchased las vegas?」の画像検索結果   「1905, las vegas」の画像検索結果  「1905, who bought las vegas?」の画像検索結果 「1905, who bought las vegas?」の画像検索結果「william a. clark and las vegas」の画像検索結果 
  21「1923年 - 神戸白木屋神戸」の画像検索結果「1923年 - 神戸白木屋神戸」の画像検索結果 「1923年 - 神戸白木屋神戸」の画像検索結果  「1923年 - 神戸白木屋神戸」の画像検索結果「1923年 - 神戸白木屋神戸」の画像検索結果  「1923年 - 神戸白木屋神戸」の画像検索結果
   23「1929年 - ミッキーマウス『プレーン・クレイジー』」の画像検索結果「1929年 - ミッキーマウスの作家」の画像検索結果「1929年 - ミッキーマウス『プレーン・クレイジー』」の画像検索結果  関連画像24「犬養毅」の画像検索結果     「「話せば分る」」の画像検索結果
   「五・一五事件」の画像検索結果  「「話せばわかる」」の画像検索結果 「「話せば分る」」の画像検索結果 27     関連画像 「1940, first mcdonald opened in california」の画像検索結果
       「1940, first mcdonald opened in california」の画像検索結果  28 「1940, dupont first put on sale the nylon stockings」の画像検索結果「1940, dupont first put on sale the nylon stockings」の画像検索結果「1940, dupont first put on sale the nylon stockings」の画像検索結果「1940, dupont first put on sale the nylon stockings」の画像検索結果

(編集容量不足のために3行画像を削除しています。「ウィキペディアから拾った5月15日のできごと」をクリックすると全てがご覧いただけます。
(1)593年推古天皇元年4月10日) - 聖徳太子推古天皇摂政に就任。
(2)649年大化5年3月25日) - 謀叛の疑いをかけられた右大臣蘇我倉山田石川麻呂が、中大兄皇子に攻められ山田寺で自害。
(3)1524年 - ドイツ農民戦争: フランケンハウゼンの戦い英語版。農民軍が諸侯軍に敗れて壊滅し、ドイツ農民戦争が終結。
(4)1567年 - スコットランド女王メアリーボスウェル伯ジェームズ・ヘップバーンと結婚。
(5)1602年 - バーソロミュー・ゴズノルド英語版がヨーロッパ人として初めてコッド岬に到達。
(6)1618年 - 天文学者ヨハネス・ケプラー惑星の運動に関する第3法則を解明。
(7)1636年崇徳元年4月11日) - 後金が国号をに改称。
(8)1701年 - スペイン継承戦争勃発。
(9)1793年 - スペインディエゴ・マリン・アギレラグライダーで約360メートルを飛行。
(10)1796年 - イタリア戦役: ナポレオンミラノに入城。
(11)1858年 - ロンドンの現在のロイヤル・オペラ・ハウスが開場。
(12)1864年 - 南北戦争: ニューマーケットの戦い
(13)1884年 - 群馬事件
(14)1905年 - 110エーカーの土地が競売で売却され、ネバダ州ラスベガスが設立される。
(15)1905年 - 日露戦争旅順港閉塞作戦: 日本海軍の戦艦「初瀬」が2度の触雷により沈没。
(16)1908年 - 第10回衆議院議員総選挙
(17)1911年 - アメリカ連邦最高裁がシャーマン法に基づきスタンダード・オイルに対し解体命令。
(18)1912年 - 第11回衆議院議員総選挙
(19)1918年 - フィンランド内戦白衛軍の勝利で終結。
(20)1919年 - 第一次世界大戦: ギリシア軍がトルコ領のイズミルに侵入し占領する。
(21)1923年 - 神戸初の百貨店として白木屋神戸出張所が開店。日本の百貨店で初めて土足で入店できるようにする。
(22)1924年 - 明星学園が創立される。
(23)1929年 - ミッキーマウスが登場する初の映画である『プレーン・クレイジー』が試写される。
(24)1932年 - 五・一五事件内閣総理大臣犬養毅が襲撃、殺害される。
(25)1935年 - モスクワ地下鉄が開業。
(26)1940年 - 第二次世界大戦: ナチス・ドイツ軍がアムステルダムを占領し、フランス北部に侵攻。
(27)1940年 - カリフォルニア州サンバーナーディーノマクドナルドの最初の店が開店。
(28)1940年 - デュポン社が全米でナイロンストッキングを発売。
(29)1941年 - イギリス初(世界二番目)のジェット機グロスター E.28/39が初飛行。
(30)1943年 - ヨシフ・スターリンコミンテルン(第3インターナショナル)の解散を指示。
(31)1955年 - オーストリアと占領4カ国(米英仏ソ)がオーストリア国家条約に調印。
(32)1955年 - 世界第5位の高峰マカルーがフランス登山隊により初登頂。
(33)1957年 - イギリスが初めて水爆実験を実施。
(34)1958年 - ソ連が「スプートニク3号」を発射。
(35)1960年 - ソ連が「スプートニク4号」を発射し、地球周回軌道に乗る。
(36)1963年 - NASAマーキュリー計画の最後となる「マーキュリー・アトラス9号」を打ち上げ。
(37)1966年 - 日本テレビ演芸番組『笑点』放送開始。(編集容量不足で本サイトでは割愛しています。)
(38)1970年 - 豊橋事件が起こる。
(39)1972年 - アメリカから沖縄が日本に返還される。
(40)1972年 - 沖縄テレビ放送(OTV)・琉球放送(RBC)、沖縄の本土復帰に伴い日本の民間放送として、OTVはフジテレビジョンをキー局とするFNN・FNSに、RBCは東京放送(TBS)をキー局とするJNN・JRNに、それぞれ正式加盟。
(41)1973年 - 東ドイツと日本が国交樹立。
(42)1974年 - セブン-イレブンの日本1号店が東京都江東区で開店。
(43)1977年 - 児童向け漫画雑誌コロコロコミック』(小学館)が創刊。
(44)1988年 - ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻:8年間に渡る戦闘の末、ソ連軍が撤退を開始。
(45)1990年 - 大昭和製紙名誉会長・齊藤了英ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの『ガシェ博士の肖像』を絵画史上最高の約125億円で落札。
(46)1991年 - エディット・クレッソンフランス初の女性首相となる。
(47)1991年 - 東京都港区芝浦にディスコジュリアナ東京が開店。
(48)1993年 - Jリーグヴェルディ川崎横浜マリノス戦で開幕。
(49)2000年 - 森喜朗首相が「神の国発言」を行う。
(50)2007年 - 会津若松母親殺害事件が起こる。 (569.75KB)

                       編集者のダイアリー・コーナー  
                  2017年5月15日(月)
本日「5月15日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは、「(14)1905年 - 110エーカーの土地が競売で売却され、ネバダ州ラスベガスが設立される。」です。理由はラスヴェガスには3度行ったことがあるからです。最初はたしか、1986年でして当時人生第二毛作はトラック運送事業経営者時代。「グループ企業7社による総合物流商社づくり」を目指して我武者羅時代★おりしも、営業用トラックの法定償却4年をその倍以上(10年間!)使用を目指してコスト・ダウンをするべく、労組交渉をしていた時代。ところが、トラックボディーの凍結防止剤(塩化カルシューム)腐食問題という壁。その対策として当時の主力取引先の麻生セメント社はその麻生太郎社長が米国から持ち帰られたボディー腐食対策事業で「ジーバート自動車防錆処理事業(Zeibart International Rust-Proofing System)」の広島県ライセンス取得勧誘を受けて実践した歴史を有します。おりしも、本部米国ミシガン・トロイ市とハワイで行われた記念式典諸行事に出席。その新技術の実態を学んだものでした。
・・・と、肝心の「きょうのできごと」でのラスヴェガスのこと。第一回はその時(1986年)。その時の飛行機の窓から見下ろした時のラスヴェガスの印象は「広大な砂漠に忽然と現れた小さな街」ってものでした。この時の印象は強烈でした。
時がながれ、1993年のこと。肢体障害の身で大胆にも(?)、単身で「一ヶ月間米国取材旅行」をやってのけた時のこと。フェニックス在住だった従姉妹に会うために同地を訪れ、折角の時間を有効にと考えて第2回目のラスヴェガス訪問、と相成ったものでした★その時に飛行機から見下ろしたラスヴェガス市は前回のそれとは全く比較できないほどの発展ぶり!1986年代との格差を垣間見たものでした
さて、第3回目のラスヴェガス訪問は2005年。当時のヨシダは一匹狼の経営コンサルタント。規模は超零細の会社でも、資本金は1千万円!16年間続け、かつ通算62余年間に至ったヨシダの経営者最終人生段階のこと。当時属していた国際的経営者団体はSAMの会(The Society for Advancement of Management)の広島支部長時代でして、おりしも、国際大会がラスヴェガスであることから思い切って出席を決意するかたわら、国際賞(Material Handling Award)を受賞する栄に浴し、3百人の参加者(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつ)の前で9分間の英語スピーチをやってのけました。スピーチが終わるいなや、全員総立ちプラス、口笛ヒューヒュー!ってものになった心地よい想い出多き体験をしたものでした。なお、その時のスピーチは当時の「SAM日本支部の機関誌」にも掲載されていますので、ぜひともご覧ください★3回目のラスヴェガス訪問の際のエピソード。当時の円・ドルのレートは「1ドル=100円」。3万円払って「ヘリコプターによるコロラド渓谷旅行」をしました。渓谷の谷間に直陸して昼食をとりました。ヨシダにとってヘリコプターは最初で最後の体験!当時の感想は「二度とヘリには乗らないぞ~!」でした(笑)。ちょっとした揺れにも敏感に反応するヨシダの臆病さがその原因デス(笑)★(添付写真説明)最上段中央がヨシダのスピーチ姿!左端は東京支部(ジャパン・チャプター)での全国理事会で中央部分にヨシダ。右端は世界大会ステージの役員諸氏。下段の写真はご参考までに、です。(13日14:30)
                 「SAM(The Society for Advancement and Management)」の画像検索結果          「吉田祐起」の画像検索結果   「SAM(The Society for Advancement and Management)」の画像検索結果
      「SAM(The Society for Advancement and Management)」の画像検索結果      「SAM(The Society for Advancement and Management)」の画像検索結果       「SAM(The Society for Advancement and Management)」の画像検索結果
              関連画像「SAM(The Society for Advancement and Management)」の画像検索結果「SAM(The Society for Advancement and Management)」の画像検索結果「SAM(The Society for Advancement and Management)」の画像検索結果
傍らの愛器XPが受信した物騒な(?)な記事!「専門家が予測するトランプ失脚と「2020年アメリカ内乱」のシナリオ=高島康司」(MONEY VOICE2017.5.14.)がそれです。5ページの記事です。当初からアンチ・トランプ派を自他共にするヨシダだけに、そ~らボツボツ、こんな声が出てきて不思議はない!が率直な感想です★「中見出し」は、■想像以上に他界「トランプ弾劾」の可能性、■深刻さを増すアメリカの政治的分裂、■大統領の弾劾を望む声、■もしトランプが失脚すると?、■トランプの弾劾を予測する政治学者、■「必ず弾劾される、■必ずしも高くない弾劾nハードル、■科学的に予見された2020年代の革命と内乱、■近代以前の帝国のパターン、■現代アメリカの内乱パターン、■社会的不安定の原因、■アラブの春におけるエジプトの例、■格差の固定と現代アメリカの不安定、■次のサイクルは2020年か?、■もう一人の専門家、イゴール・パナリンの予測、■・・・続きは:イゴール・パナリンの予測、予測の評価、トランプの弾劾から分裂へ・・・と。(14日21:10)
  「「専門家が予測するトランプ失脚と「2020年アメリカ内乱」のシナリオ=高島康司」」の画像検索結果       関連画像 関連画像
    「高島康司」の画像検索結果高島康司 著書「高島康司」の画像検索結果  「高島康司」の画像検索結果   「高島康司」の画像検索結果
週明けの今朝は格別にコレッという記事にヒットしない中でヨシダが好奇心を抱くのは、「「キング・アーサー」出演のベッカム、監督は演技に太鼓判」(REUTERSロイター2017.5.12.)です。サッカーというスポーツに幾分か関心を強める理由は、ヨシダの次男が元サンフレッチェ選手。怪我で引退した彼は現在ではテレビ出演等でチョッとした存在(?)。好奇心のあるかたは「吉田安孝」をクリックしてご覧ください。余計なことですが、この「本名」はヨシダが離婚する前のモノ。前妻(彼の実母)に指示に従って前妻の旧姓を彼の長兄と一緒に名乗っています。元はと言えば、彼女の養父母姓が死亡で消滅するので、姓を戻して、でも、生活は今まで通り一緒に変わらずに・・・」という想像を絶する非常識な離婚理由・・・イヤハヤです・・・★この短い記事を取り上げる理由はほかでもありません、「一芸に秀でる者は多芸に通じる」というヨシダの若い時代からの人生観であるからです。ヨシダ流にそれを裏付ける言葉は、「原理原則・常識は成功の元なり・水は逆さに流れず・・・」と様々ですが、かの発明王エジソンの言葉がそれを裏づけます。曰く、"Genius is 1 percent inspiration and 99 percent perspiration"(天才とは、1%のひらめきと99%の努力である。)がそれ。ヨシダの青春時代に「実用新案特許3件取得」がそれを裏付けます。エッヘン!(笑)★ブログがとんだ処へ飛びました。なにせ、この記事は僅か10行足らず。ヨシダ講釈のほうが長くなってゴメンなさい。
      「エジソンの名言「才能より汗・・・」」の画像検索結果「genius is 1 percent inspiration and 99 percent perspiration thomas edison」の画像検索結果「genius is 1 percent inspiration and 99 percent perspiration thomas edison」の画像検索結果
      「David Robert Joseph Beckham plays 」の画像検索結果「「「キング・アーサー」出演のベッカム、監督は演技に太鼓判」」の画像検索結果 「「「キング・アーサー」出演のベッカム、監督は演技に太鼓判」」の画像検索結果  「「「キング・アーサー」出演のベッカム、監督は演技に太鼓判」」の画像検索結果       「movies 「Knights of the Round Table:King Arthur」」の画像検索結果
          「「「キング・アーサー」出演のベッカム」の画像検索結果   「「「キング・アーサー」出演のベッカム」の画像検索結果 「「「キング・アーサー」出演のベッカム」の画像検索結果 「「「キング・アーサー」出演のベッカム」の画像検索結果


                  末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

      財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・

     人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
    
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                 されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
   
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。  

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 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

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「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
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 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)
★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
   「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果                                                   (957.00KB)                          2017年5月15日(月)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                        
 (満85歳6ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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