「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
   吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。
                コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表(再編集中)
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                    English               
            2017年4月26日(水)
       
            Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
         過去の日本語版トップサイト一覧表
      「
English top site records(End of the day)
  「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
        ウィキペディアから拾った4月26日のできごと  
               (過去のきょうのできごと一覧表)
            (英語版きょうのできごと;April 25
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラムの編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。 
  1  「1336 Francesco Petrarca,」の画像検索結果    「1336 Francesco Petrarca,」の画像検索結果   「1336 Francesco Petrarca,」の画像検索結果「1336 Francesco Petrarca,」の画像検索結果「モン・ヴァントゥ」の画像検索結果    「1336 Francesco Petrarca,」の画像検索結果
    「モン・ヴァントゥ」の画像検索結果「モン・ヴァントゥ・サイクリング・レース」の画像検索結果  「モン・ヴァントゥ・サイクリング・レース」の画像検索結果「モン・ヴァントゥ・サイクリング・レース」の画像検索結果  「モン・ヴァントゥ・サイクリング・レース」の画像検索結果
    6「Club Atlético de Madrid SAD established in 1903 」の画像検索結果「Club Atlético de Madrid SAD established in 1903 」の画像検索結果  「Club Atlético de Madrid SAD established in 1903 」の画像検索結果      「Club Atlético de Madrid SAD established in 1903 」の画像検索結果          「Club Atlético de Madrid SAD established in 1903 」の画像検索結果 
   8 
「渡辺勇次郎」の画像検索結果 「渡辺勇次郎」の画像検索結果 「日本最初のボクシング大会」の画像検索結果   「1924年 - 東京・日比谷公園音楽堂」の画像検索結果      「1924年 - 東京・日比谷公園音楽堂」の画像検索結果     「1924年 - 東京・日比谷公園音楽堂」の画像検索結果
 10「1933年 - ドイツ・プロイセン州の秘密警察としてゲシュタポを創設」の画像検索結果「1933年 - ドイツ・プロイセン州の秘密警察としてゲシュタポを創設」の画像検索結果 「1933年 - ドイツ・プロイセン州の秘密警察としてゲシュタポを創設」の画像検索結果「ゲシュタポ」の画像検索結果「gestapo logo」の画像検索結果11「「コンドル軍団」」の画像検索結果    「「コンドル軍団」」の画像検索結果
   「1937年 - スペイン内戦: ドイツ空軍遠征隊「コンドル軍団」がスペインの町ゲルニカを無差別攻撃、非戦闘員2,000人以上が死亡。」の画像検索結果「「コンドル軍団」」の画像検索結果 「1937年 - スペイン内戦: ドイツ空軍遠征隊「コンドル軍団」がスペインの町ゲルニカを無差別攻撃、非戦闘員2,000人以上が死亡。」の画像検索結果  「1937年 - スペイン内戦: ドイツ空軍遠征隊「コンドル軍団」がスペインの町ゲルニカを無差別攻撃、非戦闘員2,000人以上が死亡。」の画像検索結果 「ピカソ ゲルニカ」の画像検索結果「ピカソ ゲルニカ」の画像検索結果
  「1937年 - スペイン内戦: ドイツ空軍遠征隊「コンドル軍団」がスペインの町ゲルニカを無差別攻撃、非戦闘員2,000人以上が死亡。」の画像検索結果    「ピカソ ゲルニカ」の画像検索結果    関連画像「ピカソ ゲルニカ」の画像検索結果
  16「1954年 - 黒澤明監督の映画『七人の侍』」の画像検索結果 「1954年 - 黒澤明監督の映画『七人の侍』」の画像検索結果「1954年 - 黒澤明監督の映画『七人の侍』」の画像検索結果 「1954年 - 黒澤明監督の映画『七人の侍』」の画像検索結果      「1954年 - 黒澤明監督の映画『七人の侍』」の画像検索結果
        20      「1966年 - 交通ゼネラル・ストライキ」の画像検索結果  「1966年 - 交通ゼネラル・ストライキ」の画像検索結果 「1966年 - 交通ゼネラル・ストライキ」の画像検索結果 「1966年 - 交通ゼネラル・ストライキ」の画像検索結果
     「1966年 - 交通ゼネラル・ストライキ」の画像検索結果「1966年 - 交通ゼネラル・ストライキ」の画像検索結果25 「1986年チェルノブイリ原子力発電所事故」の画像検索結果「1986年チェルノブイリ原子力発電所事故」の画像検索結果「1986年チェルノブイリ原子力発電所事故」の画像検索結果  
        「1986年チェルノブイリ原子力発電所事故」の画像検索結果「1986年チェルノブイリ原子力発電所事故」の画像検索結果26      「1991年 - 日本の自衛隊掃海艇派遣が湾岸戦争によるペルシア湾の機雷除去へ出発、日本にとって初のPKO派遣」の画像検索結果  関連画像「1991年 - 日本の自衛隊掃海艇派遣が湾岸戦争によるペルシア湾の機雷除去へ出発、日本にとって初のPKO派遣」の画像検索結果
  「1991年 - 日本の自衛隊掃海艇派遣が湾岸戦争によるペルシア湾の機雷除去へ出発、日本にとって初のPKO派遣」の画像検索結果    「1991年ペルシャ湾」の画像検索結果    「1991年ペルシャ湾」の画像検索結果  27   「1994年 - 中華航空140便墜落事故」の画像検索結果     
   関連画像「1994年 - 中華航空140便墜落事故」の画像検索結果「エアバスa300 事故」の画像検索結果「エアバスa300 事故」の画像検索結果
    29「2002, Erfurt massacre」の画像検索結果 「2002, Erfurt massacre」の画像検索結果   「2002, Erfurt massacre」の画像検索結果  「2002, Erfurt massacre」の画像検索結果   「2002, Erfurt massacre」の画像検索結果         
      「2002, Erfurt massacre」の画像検索結果  「2002, Erfurt massacre」の画像検索結果 「2002, Erfurt massacre」の画像検索結果「2002, Erfurt massacre」の画像検索結果「2002, Erfurt massacre」の画像検索結果
(1)1336年 - ペトラルカモン・ヴァントゥ初登頂英語版
(2)1478年 - イタリアフィレンツェパッツィ家の陰謀事件が起きる。パッツィ家メディチ家当主らを暗殺しようとして失敗。
(3)1867年 - マイン川以北の22か国で北ドイツ連邦が成立。
(4)1880年 - 日本地震学会設立。
(5)1890年 - 日本で「商法」公布。
(6)1903年 - アトレティコ・マドリード設立。
(7)1915年 - 第一次世界大戦: イタリア連合国側に参戦する代わりに、南チロルダルマチアなどの未回収のイタリアを得るロンドン条約(ロンドン密約)が結ばれる。
(8)1924年 - 東京・日比谷公園音楽堂で日本軽体重級拳闘選手権試合を開催。日本初のボクシングタイトルマッチ。
(9)1925年 - 1925年ドイツ大統領選挙の第2回投票でパウル・フォン・ヒンデンブルクヴィルヘルム・マルクスらを破り当選。
(10)1933年 - ドイツ・プロイセン州秘密警察としてゲシュタポを創設。1936年にドイツ全土に活動範囲を拡大。
(11)1937年 - スペイン内戦: ドイツ空軍遠征隊「コンドル軍団」がスペインの町ゲルニカを無差別攻撃、非戦闘員2,000人以上が死亡。
(12)1938年 - Me 209が755.13km/hを記録し、レシプロ陸上機の速度記録を更新。
(13)1942年 - 満州国本渓湖炭鉱で粉塵爆発。坑夫1,549人が死亡。
(14)1944年 - ゲオルギオス・パパンドレウギリシャ亡命政権の首相に就任。
(15)1954年 - インドシナ戦争休戦のためのジュネーヴ和平会議開催。
(16)1954年 - 黒澤明監督の映画『七人の侍』が公開。
(17)1956年 - 日本で「首都圏整備法」公布。
(18)1959年 - 巨人王貞治が初ホームラン。それまで開幕以来26打席連続無安打。
(19)1964年 - タンガニーカザンジバルが合同し、タンザニア連合共和国が成立。
(20)1966年 - 日本で戦後最大の交通ゼネラル・ストライキ。私鉄大手10社が24時間スト、国労動労全自交が共闘して時限ストに突入し、1,300万人に影響。
(21)1966年 - 1972年夏季オリンピックの開催地がミュンヘンに決定。(ミュンヘンオリンピック
(22)1970年 - エフエム東京(TOKYO FM)開局。
(23)1972年 - イースタン航空ロッキード L-1011 トライスターを初就航させる。
(24)1982年 - 韓国慶尚南道で警官・禹範坤が無差別殺人。夜から翌日朝にかけて57人を殺害し、手榴弾で自殺。
(25)1986年 - ソ連ウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所で大規模事故。(チェルノブイリ原子力発電所事故
(26)1991年 - 日本の自衛隊掃海艇派遣が湾岸戦争によるペルシア湾の機雷除去へ出発、日本にとって初のPKO派遣。
(27)1994年 - 中華航空140便墜落事故が起こる。台北発名古屋行きのエアバスA300が着陸に失敗し、264人が死亡。
(28)2001年 - 小泉純一郎が第87代日本国首相に就任。第1次小泉内閣が発足。
(29)2002年 - エアフルト事件ドイツテューリンゲン州エアフルトで少年が17人を殺害した後自殺。
(30)2006年 - 耐震強度偽装事件発覚。建築士建設会社幹部、民間検査機関幹部など8人が逮捕される。
(31)2007年 - ミャンマーが、1983年10月のラングーン事件以来断交していた北朝鮮との国交を約24年ぶりに回復。
(32)2011年 - マイクロソフトから東日本大震災の影響で延期されていたInternet Explorer 9の日本語正式版が公開される(当初の公開予定日は3月12日)。(457.51KB)  

            編集者のダイアリー・コーナー
(注:本欄は同編集室で編集したのもをその都度の本トップサイトへの掲載でなく、ひと区切りごとに、本トップサイトへの転記掲載をすることで能率を高めることにしました。ご関心あれば、上掲をクリックしてください。編集舞台裏が覗かれます・・・。)
           2017年4月26日(水) 
★本日「4月26日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは、「(11)1937年 - スペイン内戦: ドイツ空軍遠征隊「コンドル軍団」がスペインの町ゲルニカを無差別攻撃、非戦闘員2,000人以上が死亡。」です。ヒバクシャの立場で通常爆弾か原爆かの別なく被災者の悲惨さは変わりません☆「きょうのできごと」編集が恰好の勉強になることから痛感することは、この本日の出来事添付画像選択のなかでヒットし、ああ!そうだったのか!って気分になったのは、その悲劇(ゲルニカ爆撃)を題材にして画かれたというのがかの有名なピカソの絵「ゲルニカ絵画」だということです。その絵画の実物は観たことがありませんが、今にして想起するのは、東京丸の内ビル一階の大広間で何度も眼にしたのです!当時のヨシダはその絵画(レプリカ)の謂れを全く知りませんでした。トホホです。と、そんなことから、当時のヨシダの写真を末尾に・・・☆「この絵画では習作を計45枚描くが、1枚を除いて日付や制作順を表す番号が添えられ、全45枚が保存されている」ということを学びました☆偉大なり、「できごと編集」は!デス。なお、国連本部には安全保障理事会会議場入口前にレプリカが設置されています。レプリカは全部で45枚。(24日17:50)
 「入口前にレプリカが設置されている国連安全保障理事会会議場」の画像検索結果   関連画像「ソフィア王妃」の画像検索結果「ソフィア王妃芸術センター」の画像検索結果  関連画像
   「丸の内ビルのゲルニカ画」の画像検索結果「丸の内ビル看板」の画像検索結果 関連画像 関連画像関連画像「吉田祐起」の画像検索結果
「北朝鮮が軍記念日に大規模砲撃演習、米原潜は釜山入港」(REUTERSロイター2017.4.25.)。「中見出し」は■<日米韓は中国の役割拡大で一致>・・・と、不気味です。母国から離れた身ですが、安閑としておれなし現代世界です・・・。(25日18:10)         
 「、米原潜は釜山入港」の画像検索結果          関連画像  「、米原潜は釜山入港」の画像検索結果  「米原潜は釜山入港地図」の画像検索結果
  「米原潜は釜山入港地図」の画像検索結果   「山積する円高要因、かすむ日米金利差」の画像検索結果 「米原潜は釜山入港地図」の画像検索結果「北朝鮮が軍記念日に大規模砲撃演習、米原潜は釜山入港」の画像検索結果 「山積する円高要因、かすむ日米金利差」の画像検索結果
「コラム:山積する円高要因、かすむ日米金利差=内田稔氏」(REUTERSロイター2-17.4.25.)が目にとまります。海外生活者という狭い視野で歓迎する(?)記事ではあります。「中見出し」は、■<トランプ政策期待の剥落>、■<対ユーロのドルじり安>、■<日銀緩和による円高是正に限界>・・・と続きます。(25日19:00)
コラム:ユーロの宿命的矛盾、仏選挙後に噴出か=唐鎌大輔氏」(REUTERSロイター2017.4.25.) 「中見出し」は、■ユーロ圏の「古くて新しい問題」>、■ユーロ導入後、初めての現象>、■ECB理事会の分裂強まる恐れ>・・・と続きます。ちなみに、ヨシダは当初から否定論者です。大きなEU関連の講演会での質疑応答でのヨシダ否定発言に対しての講師の戸惑い表情を垣間見たものでした。(25日19:50)
 「ユーロの宿命的矛盾、仏選挙後に噴出か」の画像検索結果    「ユーロの宿命的矛盾、仏選挙後に噴出か」の画像検索結果       「ユーロの宿命的矛盾、仏選挙後に噴出か」の画像検索結果  「ユーロの宿命的矛盾」の画像検索結果「ユーロの宿命的矛盾」の画像検索結果
                       「ECB理事会」の画像検索結果     「ECB理事会」の画像検索結果        「divided ?」の画像検索結果「?」の画像検索結果
復興相「震災、東北でよかった」 与党から辞任論も 発言は撤回・陳謝(日本経済新聞2017.4.25.)は唖然!愕然!バカもん!って感じです!これがニッポン人政治家の姿!ちょっと外国では見られない政治家の失言失態って感じです。恥を知れ!バカもん!なんと、薄っぺらな政治家!即刻辞任せよ!と言いたいです!失礼ながらお顔も間の抜けたような、絞まりの無い御仁!任命権責任者は安倍総理ですぞ~!ホントにフィリピンからみていて、恥ずかしくなるよな母国ニッポンの政治家センセイ・・・です。後の言葉が出てきません・・・!(25日21:00)
 「復興相「震災、東北でよかった」 与党から退陣論も 発言は撤回・陳謝」」の画像検索結果   関連画像   関連画像  「復興相「震災、東北でよかった」 与党から退陣論も 発言は撤回・陳謝」」の画像検索結果  
★今朝の初仕事は「today@VOA」の「」ですが、ふと、手を休めて愛器XPが受信した別のメルマガに魅せられましたので、そちらを取り急ぎ掲載します。「「おとぎの国」のような美世界 小数民族セトゥの王国」(NIKKEI STYLE2017.4.23.)がそれです。85歳の爺ちゃんの心が仄々・・・って気分です!先ずは、関連写真をお楽しみください!(10:30)
 「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果
   「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果
         「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果「「「おとぎの国」のような美世界 少数民族セトゥの王国」」の画像検索結果     
★英語版きょうのできごとは「today@VOA」の「No.162(April 26, 2017)"On April 25, 1990, the Hubble Space Telescope is placed into orbit around Earth by the crew of the US space shuttle Discovery."」の編集中です。添付画像一列だけでも此処に添付したいのですが、編集許容量オーバーは確実です。再編集では開けなくなることを覚悟で掲載します。(11:00)☆ハイ!結果は993.81KBで危うくセーフ!です。リスク(?)へのチャレンジ精神ってヤツですよね!(笑)(11:05)
  「April 24, 1990」の画像検索結果「The crew of the U.S. space shuttle Discovery places the Hubble Space Telescope, a long-term space-based observatory, into a low orbit around Earth.」の画像検索結果 「April 24, 1990」の画像検索結果「space shuttle Discovery places the Hubble Space Telescope」の画像検索結果  関連画像 「April 24, 1990」の画像検索結果

            末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

  財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・       人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
     
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

  (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  

  「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。   

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 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

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(最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は:「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」です。★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
 「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果                            (993.81KB)!!                  2017年4月26日(水)   
             “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                   
吉田祐起
                
 (満85歳5ヶ月)
          (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
           E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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