「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
    吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。
               コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表(再編集中)
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                    English               
            2017年4月19日(水)
       
            Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
         過去の日本語版トップサイト一覧表
     「
English top site records(End of the day)
  「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。
 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

         ウィキペディアから拾った4月19日のできごと  
               (過去のきょうのできごと一覧表)
             (英語版きょうのできごと;April 19
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示したものです★過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しており、その編集振りの進歩や変化も窺えます。
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラムの編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。 
  3    「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果         「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果   「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果  「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果   
     「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果 「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果  「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果関連画像
               関連画像    「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果 「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果
       4「1880年 - 新約聖書の日本語訳」の画像検索結果5「1897, first boston marathon」の画像検索結果「1897, first boston marathon」の画像検索結果「1897, first boston marathon」の画像検索結果 「1897, first boston marathon」の画像検索結果     「1897, first boston marathon」の画像検索結果「1897, first boston marathon」の画像検索結果
   6「1903年 「ポグロム」」の画像検索結果「1903年 「ポグロム」」の画像検索結果  「1903年 「ポグロム」」の画像検索結果  「1903年 「ポグロム」」の画像検索結果「1903ロシア・キシニョフ」の画像検索結果
    「1903年 「ポグロム」」の画像検索結果  関連画像 「1903ロシア・キシニョフ」の画像検索結果  7「1904, toronto great fire location」の画像検索結果「1904, toronto great fire」の画像検索結果
   「1904, toronto great fire」の画像検索結果    「1904, toronto great fire」の画像検索結果  「1904, toronto great fire location」の画像検索結果「1904, toronto great fire location」の画像検索結果
      「1904, toronto great fire」の画像検索結果「1904, toronto great fire」の画像検索結果「1904, toronto great fire location」の画像検索結果12  「1928, oxford dictionary first edition published」の画像検索結果   「1928, oxford dictionary first edition published」の画像検索結果  
          「1928, oxford dictionary first edition published」の画像検索結果「1928, oxford dictionary first edition published」の画像検索結果13   「1943, Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果      「1943, Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果「1943, Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果  「1943, Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果
   「1943, Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果           17「1951, douglas macarthur retires with an old soldiers just fade out」の画像検索結果          「1951, douglas macarthur retires with an old soldiers just fade out」の画像検索結果       「1951, douglas macarthur retires with an old soldiers just fade out」の画像検索結果
 18   「1951年 - 第55回ボストンマラソン、田中茂樹が優勝」の画像検索結果      関連画像 「1951年 - 第55回ボストンマラソン、田中茂樹が優勝」の画像検索結果  「1951年 - 第55回ボストンマラソン、田中茂樹が優勝」の画像検索結果  「1951年 - 第55回ボストンマラソン、田中茂樹が優勝」の画像検索結果21「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果
   「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果
    「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果26「1971、Salyut 1 launched 」の画像検索結果「1971、Salyut 1 launched 」の画像検索結果
  「1971、Salyut 1 launched 」の画像検索結果30「長谷川一夫国民栄誉賞」の画像検索結果 「長谷川一夫国民栄誉賞」の画像検索結果    「植村直己」の画像検索結果 「植村直己に国民栄誉賞」の画像検索結果 34  「uss iowa bb-61 explosion」の画像検索結果
    「uss iowa bb-61 explosion」の画像検索結果「uss iowa bb-61 explosion」の画像検索結果「uss iowa bb-61 explosion」の画像検索結果        関連画像 「uss iowa bb-61 explosion」の画像検索結果
 45「三重県総合博物館」の画像検索結果「三重県総合博物館」の画像検索結果  「三重県総合博物館」の画像検索結果  「三重県総合博物館」の画像検索結果 「三重県総合博物館」の画像検索結果 
   
「三重県総合博物館」の画像検索結果 「三重県総合博物館」の画像検索結果45「2012年 - ダイバーシティ東京プラザ」の画像検索結果 「2012年 - ダイバーシティ東京プラザ」の画像検索結果  「2012年 - ダイバーシティ東京プラザ」の画像検索結果
(1)1174年承安4年3月11日) - 平治の乱に敗れた源頼朝伊豆に流される。
(2)1326年嘉暦元年3月16日) - 北条高時の出家に伴い、北条貞顕鎌倉幕府第15代執権に就任。10日後に退任。
(3)1775年 - ボストン市北西のコンコードで軍と植民地兵が武力衝突(レキシントン・コンコードの戦い)。アメリカ独立戦争開戦の契機となる。
(4)1880年 - 新約聖書の日本語訳が完成。
(5)1897年 - 第1回ボストンマラソン開催。
(6)1903年 - ロシア・キシニョフで大規模なユダヤ人迫害(ポグロム)が発生。
(7)1904年 - トロント大火
(8)1910年 - パウル・エールリヒ秦佐八郎梅毒の治療薬サルバルサン(606号)を発見。
(9)1915年 - 日本海軍巡洋戦艦榛名」・「霧島」が竣工する。
(10)1926年 - 堤康次郎により国立学園小学校が設立される。
(11)1928年 - 田中義一内閣が中国・国民革命軍の北伐再開に対応して第二次山東出兵を決定。
(12)1928年 - 『オックスフォード英語辞典』の初版が刊行される。
(13)1943年 - 第二次世界大戦: ワルシャワ・ゲットー蜂起が勃発。
(14)1943年 - アルバート・ホフマンLSD幻覚作用を発見。
(15)1945年 - ビルマが国際連合に加盟。
(16)1950年 - 公金1億円を横領して逃亡していた鉱工品貿易公団職員とその妻が出頭。会見で同公団総裁が「あれくらいは女中のつまみ食い程度」と発言したことから「つまみ食い」が流行語に。
(17)1951年 - ダグラス・マッカーサーが軍を退役、「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」の一節で知られる記念演説を行う。
(18)1951年 - 第55回ボストンマラソンで、日本人で初参加の田中茂樹が優勝。
(19)1953年 - 第26回衆議院議員総選挙。第1回総選挙以来63年間議席を守ってきた尾崎行雄が落選。
(20)1954年 - 文京区立元町小学校に侵入した覚醒剤中毒者が、トイレで小学2年の女児を暴行・殺害。(文京区小2女児殺害事件
(21)1954年 - 映画『ローマの休日』が日本で封切り。
(22)1960年 - 韓国ソウルで学生数千人が大統領選挙の無効と李承晩独裁政権打倒を叫び行進。(四月革命
(23)1961年 - ハーバード大学教授で知日派のエドウィン・ライシャワーが駐日大使に着任。
(24)1961年 - ピッグス湾への侵攻が失敗に終わる。
(25)1970年 - コロンビアで大統領選挙。保守党ミサエル・パストラーナ・ボレロ軍事政権時代の指導者グスタボ・ロハス・ピニージャ将軍に僅差で勝利。野党勢力は不正選挙として大規模な抗議行動。後の左翼ゲリラ組織4月19日運動(M-19)結成の契機となる。
(26)1971年 - ソビエト連邦が世界初の宇宙ステーションサリュート1号」を打ち上げる。
(27)1971年 - シエラレオネ英連邦王国から共和制に移行する。
(28)1975年 - インド初の人工衛星アリヤバータ」をソ連で打ち上げ。
(29)1983年 - 航空自衛隊小牧基地所属のC-1輸送機2機が三重県鳥羽市沖の菅島に相次ぎ墜落、搭乗していた自衛官計14名が死亡(菅島事故)。
(30)1984年 - 俳優の長谷川一夫と冒険家の植村直己国民栄誉賞が贈られる。
(31)1984年 - 「アドヴァンス・オーストラリア・フェア」がオーストラリア国歌と定められる。Advance Australia Fair instrumental.ogg 『アドヴァンス・オーストラリア・フェア』を聴く
(32)1988年 - NTTが東京・大阪・名古屋でISDNのサービスを開始。
(33)1989年 - 京都国連軍縮会議開幕、31か国が参加。
(34)1989年 - アメリカ海軍戦艦アイオワ」の2番砲塔内で爆発事故が起こり47名の死者を出す。(戦艦アイオワ砲塔爆発事故英語版
(35)1990年 - 世にも奇妙な物語が放送を開始。
(36)1993年 - 米テキサス州ウェーコブランチ・ダビディアン本部にFBIの特殊部隊が突入、本部が炎上し児童25名を含む81名が死亡した。
(37)1995年 - 米オクラホマシティのアルフレッド・ミューラービルで爆弾テロが発生、168人が死亡。(オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件
(38)1995年 - 東京外国為替市場で1ドル=79.75円の当時としては史上最高値に達する。
(39)1995年 - 横浜駅異臭事件が発生。犯人は同年の7月6日に逮捕。
(40)1999年 - ドイツ連邦議会ボンからベルリンに移転する。
(42)2012年 - 東京電力福島第一原子力発電所の1号機から4号機が、電気事業法に基づき廃止。日本の原子力発電所が54基から50基に減少。
(43)2012年 - ダイバーシティ東京プラザが開業。
(44)2013年 - 酒々井プレミアム・アウトレットが開業。
(45)2014年 - 三重県総合博物館が開館。  (468.68KB)


             編集者のダイアリー・コーナー
(注:本欄は同編集室で編集したのもをその都度の本トップサイトへの掲載でなく、ひと区切りごとに、本トップサイトへの転記掲載をすることで能率を高めることにしました。ご関心あれば、上掲をクリックしてください。編集舞台裏が覗かれます・・・。)
           2017年4月19日(火) 
★本日「4月19日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは、「(21)1954年 - 映画『ローマの休日』が日本で封切り。」です。当時のヨシダは23歳。実父の早世ゆえに長男の立場にあって早くにして働き始めていました。義兄の示唆を受けてはじめたのが彼が経営する製材所のキーマン的立場にある「帯ノコ目立て師」という職業への選択肢。当時のお金で8千円(たしか、職人さんの月給は2千円程度でした)を著名は師匠さんにポ~んと払って弟子入り。持ち前の器用さと熱心さで早くに習得して独立していた時代。英語を駆使して、アメリカの同業者と文通して新技術の取得に成功。自営業に転じていた時分でした☆「ローマの休日」は白クロ映画。なんとも印象深い映画でした☆・・・と、「きょうのできごと」編集では何時も当該できごとを自身の年齢人生とオーバーラップします。自身を客観的に観ることに通じるからです。
★「(17)1951年 - ダグラス・マッカーサーが軍を退役、「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」の一節で知られる記念演説を行う。」の主人公マッカーサー元帥のことも格別の印象を持ちます。ヨシダが終の棲家とする此処フィリピンでの同元帥のエピソード。日本軍が米軍を追放して彼の部屋に突入した時に日本兵が目にしたのが壁にかかったまま置き去りにされたのが「ウルマンの詩『YOUTH(青春)』だったとか。ヨシダが毎朝の日光浴で口ずさむそれは、5つの英語の詩文のひとつとなって現在に至ります☆ふと、好奇心旺盛なヨシダ。「マッカーサー元帥と「青春の詩」」でグーグルして当時の資料をチェックしていてヒットしたのがそれ。曰く、「第二次大戦終戦後、1945年9月27日に昭和天皇が,日比谷の占領軍総司令部にマッカーサー元帥を訪問し、天皇が始めて民間人と並んでツーショット写真を取られた部屋の壁に掛けられていた詩が、この青春の詩(英文)であった・・・」と。ああ、ヨカッタ!本コラムのブログが新しいエピソードを誘発して!デス。
              「サミエル・ウルマン」の画像検索結果   「[YOUTH] by ulman」の画像検索結果 「[YOUTH] ullman」の画像検索結果「宇野 収・作山宗久著「青春という名の詩」」の画像検索結果「サミエル・ウルマン」の画像検索結果 「サミエル・ウルマン」の画像検索結果
  「サミエル・ウルマン」の画像検索結果 「ghq」の画像検索結果「宇野 収・作山宗久著「青春という名の詩」」の画像検索結果 「宇野 収・作山宗久著「青春という名の詩」」の画像検索結果  「サミエル・ウルマン」の画像検索結果       「宇野 収・作山宗久著「青春という名の詩」」の画像検索結果
「英国の前倒し総選挙、メイ首相が圧倒的勝利へ=ユーガブ調査」(REUTERSロイター2017.4.19.)は極めて短い記事。「保守党は現在330議席で、他党との差は17議席にとどまっている。」にも関わらずの首相の姿勢に相当な自信満々の気持ちを察します。総選挙に勝利すれば、「BREXIT」一層の自信をもって臨めるでしょう。(15:40)
     「英国の前倒し総選挙、」の画像検索結果   「英国の前倒し総選挙英語」の画像検索結果「英国の前倒し総選挙、メイ首相が圧倒的勝利へ」の画像検索結果関連画像「BREXIT」の画像検索結果
★おりしも、関連記事にヒットしました。「メイ英首相が突然の解散総選挙に動いた理由 再び「絶対に負けられない戦い」に挑む」(東洋経済ONLINE2017.4.19.唐鎌 大輔 :みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)がそれです。「中見出し」は、■EU離脱関連法の審議滞りを避ける狙い、■前首相同様に「負けられない戦い」を仕掛けた、■メイ首相が負けても離脱方針は撤回不可能、■本来は売り材料なのにポンドが上昇したのは?・・・と続きます。(15:55)
           「。「メイ英首相が突然の解散総選挙に動いた理由 再び「絶対に負けられない戦い」に挑む」」の画像検索結果「唐鎌 大輔」の画像検索結果
「トランプと習近平の密約「米国発の円高シナリオ」を加速させる3要因=斎藤満」(MONEY VOICE2017.4.19.)☆「中見出し」は、■貿易不均衡是正」だけではない、トランプが円高を望む真の理由、円高の主因は「北」ではなく「為替報告書」、■「日米経済対話」で為替を武器にするアメリカ、■アメリカと中国による「仕組まれた円高」、■中国が売却した米国債を日本に買わせろ、■中国の金融危機回避を想定した円高誘導シナリオ・・・と続きます。ハイ、理由如何に関わらず、「円高」は海外居住者のヨシダにとって望ましいものにほかありませんので悪しからず・・・。(1610)
     「トランプと習近平の密約「米国発の円高シナリオ」を加速させる3要因=斎藤満」の画像検索結果「斎藤満」の画像検索結果   「斎藤満」の画像検索結果  「斎藤満 著書」の画像検索結果
「today@VOA」の本日受信分を編集しました。「No.155(April 19, 2017)"On April 18, 1906, the Great San Francisco Earthquake, one of the most significant earthquakes of all time, "」がそれですが、1906年のサンフランシスコ大地震が主人公です☆「きょうのできごと」編集で痛感することは毎日、世界の何処かで大きな地震が発生している・・・という事実です。地球は生きものですよね。
  さあ、お次の取材記事はなんだろう!?・・・でも、この程度でジ・エンドにします。

          末尾の特別情報お知らせコーナー(再編集中)
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

  財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・     人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
     
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)

  「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。   

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 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

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「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果 
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   (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は: 「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
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                                                           (827.58KB)                  2017年4月19日(水)   
           “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                  
吉田祐起
                 
 (満85歳5ヶ月)
         (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
            E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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