「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
   吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。
                  コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表(再編集中)
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                   English               
           2017年4月16日(日)
       
          Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
       過去の日本語版トップサイト一覧表
    「
English top site records(End of the day)
「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。
 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

        ウィキペディアから拾った4月16日のできごと  
                (過去のきょうのできごと一覧表)
              (英語版きょうのできごと;April 16
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示したものです★過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しており、その編集振りの進歩や変化も窺えます。
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラムの編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。 
      2「Masada, 73」の画像検索結果「Masada battle, 73」の画像検索結果「Masada, 73」の画像検索結果「Masada, 73」の画像検索結果「Masada, 73」の画像検索結果「Masada, 73」の画像検索結果
        関連画像「Masada battle, 73」の画像検索結果「Masada battle, 73」の画像検索結果「Masada battle, 73」の画像検索結果「Masada battle, 73」の画像検索結果 
        関連画像  「Masada battle, 73」の画像検索結果  関連画像 4「1521年 - ローマ・カトリック教会の贖宥状」の画像検索結果「1521年 - ローマ・カトリック教会の贖宥状」の画像検索結果「1521年 - ローマ・カトリック教会の贖宥状」の画像検索結果
     「1521年 - ローマ・カトリック教会の贖宥状」の画像検索結果「カール5世臨席の帝国会議」の画像検索結果  「1521, roman catholic emperor diet」の画像検索結果    「1521, roman catholic emperor diet」の画像検索結果  
    7「1780, Westfälische Wilhelms-Universität」の画像検索結果「1780, Westfälische Wilhelms-Universität」の画像検索結果関連画像      「2015 Westfälische Wilhelms-Universität」の画像検索結果   「2015 Westfälische Wilhelms-Universität」の画像検索結果   
  8  「spithead and nore mutinies 1797」の画像検索結果   8「1780, Westfälische Wilhelms-Universität」の画像検索結果 「Spithead and Nore mutinies」の画像検索結果「richard parker sailor」の画像検索結果「Spithead and Nore mutinies」の画像検索結果「Spithead and Nore mutinies」の画像検索結果「richard parker sailor」の画像検索結果
10   「1853, the first railway between mumbai and thane in india」の画像検索結果  「1853, map of railway in india」の画像検索結果「1853, the first railway between mumbai and thane in india」の画像検索結果              関連画像「1853, the first railway between munbai and tanei in indea」の画像検索結果
   14「1853, the first railway between munbai and tanei in indea」の画像検索結果関連画像「sappolo farm college, 1877」の画像検索結果関連画像「sappolo farm college, 1877」の画像検索結果  関連画像
    「sappolo farm college, 1877」の画像検索結果「sappolo farm college, 1877」の画像検索結果「clarks "Boys be ambitious", 1877」の画像検索結果「Boys be ambitious」の画像検索結果  「Boys be ambitious」の画像検索結果17「1912, Harriet Quimby crossed the dovoure」の画像検索結果「1912, Harriet Quimby crossed the dovoure」の画像検索結果「1912, Harriet Quimby crossed the dovoure」の画像検索結果
       
「1912, Harriet Quimby crossed the dovoure」の画像検索結果 「1912 ドーバー海峡」の画像検索結果 「1912 ドーバー海峡」の画像検索結果21   「1925, st. nedelya church attacked」の画像検索結果     「1925, st. nedelya church attacked」の画像検索結果   
     「1925, st. nedelia church attacked」の画像検索結果
   「1925, st. nedelia church attacked」の画像検索結果   28「1947, Rudolf Franz Ferdinand Höß persecuted」の画像検索結果  「ビルケナウ強制収容所」の画像検索結果    「1947, Rudolf Franz Ferdinand Höß persecuted」の画像検索結果「1947, Rudolf Franz Ferdinand Höß persecuted」の画像検索結果
   「1947, Rudolf Franz Ferdinand Höß persecuted」の画像検索結果「1947, Rudolf Franz Ferdinand Höß persecuted」の画像検索結果     「1947, Rudolf Franz Ferdinand Höß persecuted」の画像検索結果   関連画像30「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果
  「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果 「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果
 31「1947, bernard baruch used the word "cold war"」の画像検索結果「1947, bernard baruch used the word "cold war"」の画像検索結果「1947, bernard baruch used the word "cold war"」の画像検索結果 「1947, "cold war"」の画像検索結果      「1947 cold war」の画像検索結果
  39 「昭和天皇皇后両陛下」の画像検索結果「1971年 - 昭和天皇・皇后が広島の原爆死没者慰霊碑に初めて参拝。」の画像検索結果「1971年 - 昭和天皇・皇后が広島の原爆死没者慰霊碑に初めて参拝。」の画像検索結果「1971年 - 昭和天皇・皇后が広島の原爆死没者慰霊碑に初めて参拝。」の画像検索結果「1971年 - 昭和天皇・皇后が広島の原爆死没者慰霊碑に初めて参拝。」の画像検索結果
   50   
「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果  「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果     「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果       「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果
      「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果 「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果 「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果「バージニア工科大学銃乱射事件」の画像検索結果
元前1178年 - オデュッセウストロイア戦争を終えて自国に帰還。
(2)73年 - マサダ要塞に籠城したユダヤ人が集団自決し、ユダヤ戦争が終結。
(3)1346年 - セルビア王国国王ステファン・ウロシュ4世ドゥシャンが皇帝に即位し、セルビア帝国が成立。
(4)1521年 - マルティン・ルターカール5世臨席の帝国会議に出席。ローマ・カトリック教会贖宥状を批判。
(5)1746年 - ジャコバイト蜂起: カロデンの戦いスコットランドでジャコバイトが最後の組織的抵抗をするが、ブリテン軍に完敗。カンバーランド公が多数のジャコバイトを虐殺。
(6)1763年 - ジョージ・グレンヴィルがイギリスの第8代首相に就任。
(7)1780年 - ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学設立。
(8)1797年 - スピットヘッドの反乱起こる。
(9)1799年 - フランス革命戦争エジプト・シリア戦役: タボル山の戦い
(10)1853年 - インドムンバイと郊外のターネーの間の33.6kmを結ぶ、アジア初の鉄道が開業。
(11)1856年安政3年3月12日) - 江戸幕府が江戸駒場で初めて洋式の兵士訓練を行う。
(12)1871年 - ドイツ帝国憲法(ビスマルク憲法)公布。
(13)1872年明治5年3月9日) - 薩摩・長州・土佐の兵1万人による天皇護衛の御親兵を近衛兵と改称。
(14)1877年 - 札幌農学校教頭のウィリアム・スミス・クラークが、「Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)」の言葉を残して帰国の途につく。
(15)1882年 - 大隈重信らが立憲改進党を結成。
(16)1889年 - 官設鉄道・静岡 - 浜松(現在の東海道本線)が開業。新橋から長浜までが鉄道で結ばれる。
(17)1912年 - ハリエット・キンビー英語版が女性で初めてドーバー海峡を飛行機で横断。
(18)1914年 - 日本で大隈重信が第17代内閣総理大臣に就任し、第2次大隈内閣が発足。
(19)1917年 - レーニンが亡命先のスイスからペトログラードに帰還。
(20)1922年 - ドイツソビエト政府間にラパッロ条約が結ばれ、両国が修交する。
(21)1925年 - 聖ネデリャ教会襲撃事件
(22)1927年 - (旧)西武鉄道・東村山 - 高田馬場(現在の西武新宿線)が営業開始。
(23)1929年 - 四・一六事件日本共産党が大弾圧により事実上壊滅。
(24)1934年 - ソ連邦英雄称号が制定。
(25)1937年 - 永井荷風「濹東綺譚」連載開始(東京朝日新聞)
(26)1945年 - 第二次世界大戦ベルリンの戦い: ソ連軍がベルリンの総攻撃を開始。
(27)1946年 - フランスシリアの独立を承認。
(28)1947年 - アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所初代所長ルドルフ・ヘスがアウシュビッツにて絞首刑。
(29)1947年 - 日本で裁判所法検察庁法公布。
(30)1947年 - テキサスシティ大災害
(31)1947年 - バーナード・バルークが初めて「冷戦 (Cold War)」という言葉を使う。
(32)1948年 - 西ヨーロッパ16か国が欧州経済協力条約に調印し、欧州経済協力機構(OEEC)を結成(OECDの前身)。
(33)1951年 - GHQ総司令官などを解任されたダグラス・マッカーサーが離日。
(34)1955年 - 佐世保市の佐世保炭鉱で大規模なボタ山崩落事故、68人が犠牲に。
(35)1956年 - 日本道路公団設立。
(36)1967年 - 東京都知事に、日本社会党日本共産党推薦の新人の美濃部亮吉が初当選。
(37)1969年 - 大阪市営地下鉄5号線(千日前線)野田阪神駅 - 桜川駅間が開業。
(38)1970年 - ウィーンで米ソによる第一次戦略兵器制限交渉(SALT I)の本会議が開始。
(39)1971年 - 昭和天皇皇后が広島の原爆死没者慰霊碑に初めて参拝。
(40)1971年 - 群馬テレビ(GTV)開局。
(41)1972年 - アメリカで5機目の有人月宇宙船「アポロ16号」が打上げ。
(42)1972年 - ノーベル賞作家の川端康成が逗子でガス中毒で死去。
(43)1978年 - 多摩湖畔で第1回女子タートルマラソン全国大会開催。日本初の女子フルマラソン大会。
(44)1988年 - 映画『となりのトトロ』(宮崎駿監督)が劇場公開。
(45)1990年 - ジャック・ケヴォーキアンが自身が開発した自殺装置によって初めて自殺幇助を行う。
(46)1991年 - ソ連ゴルバチョフ大統領が初来日。
(47)1991年 - ポーランド株式市場が再開。「ワルシャワの赤いサスペンダーの日」とCNNが報道する。
(48)2003年 - 産業再生機構設立。
(49)2006年 - モナコの大公アルベール2世がイギリス人やロシア人ら7名とともに国家元首初の北極点到達を果たす。
(50)2007年 - バージニア工科大学銃乱射事件
(51)2013年 - 最高裁判所水俣病患者認定緩和判決で遺族側が勝訴。
(52)2014年 - 韓国珍島付近でセウォル号沈没事故が発生。
(53)2016年 - 熊本地震 (2016年)の本震が発生。
(54)2016年 - エクアドル地震 (2016年)が発生。(615.39KB)

                     編集者のダイアリー・コーナー
(注:本欄は同編集室で編集したのもをその都度の本トップサイトへの掲載でなく、ひと区切りごとに、本トップサイトへの転記掲載をすることで能率を高めることにしました。ご関心あれば、上掲をクリックしてください。編集舞台裏が覗かれます・・・。)
           2017年4月16日(日) 
★4月度上半期末の昨日の本コラム編集容量は990KBで、許容量の1000KB(1MB)一歩手前でした。上期下期に分けた効果を体感しています。窮すれば通ずるデス。
★本日「4月16日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは、「(39)1971年 - 昭和天皇皇后が広島の原爆死没者慰霊碑に初めて参拝。」です。でも、当時のヨシダは40歳で人生第二毛作のトラック運送事業経営者10年目。グループ会社設立やなにやらで、このできごとに関心を寄せる心の余裕もないほどでした。両足に補そう具を奉仕する20年も前のことだけに、関心を抱いてそんな場所に出て行く心や身体のゆとりも無かったことを想起します。「きょうのできごと」編集は、そういった意味で過去を振り返る機会でもあると感じます。(00:30)
★ところで、フィリピンのインタネット接続スピードはお粗末千万。ちなみに、世界のインターネット平均速度は6.1Mbps・最大速度の平均は36.0Mbpsで日本は世界第9位とか。フィリピンは?・・・話になりません。ちなみに、最近感じることは、ウェブサイトの日付変更(中身がガラッと変わることからか)のアップロードに数時間を要します。ま、イライラせずに、郷に入れば・・・で・・・。(1:00)
「交通事故厳罰化時代、ドライバーは「自衛」しないとヤバい」(DIAMOND Online2017.4.16.星野陽平)は32年間プラス現在に至るも縁を持つヨシダ独自のドライバー教育に関連するだけに興味です。交通法規を犯す者への厳罰は当然です。信賞必罰です。一歩進めて、永年無事故記録者に対する何らかの「有意義な賞」を新設することも一案です。当局側に金銭的な負担を与えるものでなく、ドライバーに「名誉」と感じるものを、です☆「中見出し」は、■厳罰化に新たな刑罰の規定も、■「危険運転致死傷罪」の適用は稀 残された遺族の無念は晴れず、■交通事故厳罰化時代にドライバーが備えるべきこと・・・と続きます☆「新たな刑罰」に加えて、「新たな賞」としたいものというのがヨシダの存念です。(9:40)
        「交通事故厳罰化時代、ドライバーは「自衛」しないとヤバい」の画像検索結果   「交通事故厳罰化時代、ドライバーは「自衛」しないとヤバい」の画像検索結果 「飲酒運転」の画像検索結果「飲酒運転」の画像検索結果
★「トランプが北朝鮮を攻撃できない6つの理由 むしろ危険なのは偶発的な軍事衝突だ」(東洋経済ONLINE2017.4.16.美根 慶樹 :平和外交研究所代表)は最近高まりつつある北朝鮮の一連の動きに対する国際批判なかんずく、アメリカの姿勢です。強気のトランプ大統領だけに??は少なくありません☆「中見出し」は、■すべての選択肢がテーブルの上だが・・・、■米兵の犠牲は今なら数十万人の想定も、■北朝鮮側でも緊張が高まっている・・・と続きます。(注:添付画像左端を除いて記事とは関係ありません。)
     「トランプが北朝鮮を攻撃できない6つの理由」の画像検索結果「トランプが北朝鮮を攻撃できない6つの理由」の画像検索結果 「トランプが北朝鮮を攻撃できない6つの理由」の画像検索結果   「美根 慶樹」の画像検索結果
★「北朝鮮への攻撃で韓国も焦土に?トランプが動けない深刻な理由」(MAG2NEWS2017.4.16.by )は直前掲載記事と同類の感じ。ことほど左様に複雑なのが現下の国際関係です。その分、世界の国際情勢や関係は複雑多岐に渡っていること。裏返せば、「グローバリゼーション」がその背景ですネ。
        「北朝鮮への攻撃で韓国も焦土に?トランプが動けない深刻な理由」の画像検索結果    「北朝鮮への攻撃で韓国も焦土に?トランプが動けない深刻な理由」の画像検索結果  「北朝鮮への攻撃で韓国も焦土に?トランプが動けない深刻な理由」の画像検索結果「北野幸伯」の画像検索結果
★・・・ふと、この時点(お昼前)で感じることは、すでに3編の取材をしたこと。しかも、ご覧のように的を射た(?)感じの添付画像までつけて・・・と、正直ニンマリです(笑)。新しいことにチャレンジすれば、新しいアイディアも出てくるもんだと正直、ニンマリです。(11:30)
★・・・と、またまたのアイディアですが、本欄でブログしたものをその都度、トップサイトに掲載するには手間がかかります。そこで思い付くことは、本欄で午前と午後の2回に分けてのトップサイトへの掲載・・・ということ。トップサイトにはその旨、朱文字でブログしておけば、ご関心ある方は随意に当該コラム「編集者のダイアリー・コーナーをクリックしてくださるのでは?・・・ということ。シメタ!これに限る!って気分です(笑)。思い立ったら即実行!でいきま~す!考えてみるに、日誌ってものは、その日のオワリに一日を想起してしたためるもの。その都度に書くなんてドダイ、暇人のすること。ヨシダは超多忙人間だぞ~!って気分です(笑)(11:40) 
★「物を一切持たない生活。話題のミニマリストが一般的に流行らない理由」(MAG2NEWS2017.4.16.by に目がとまりました。ヘンな話ですが、現在のヨシダ人生とオーバーラップしてのことです。着るものは年中「ステテコ&半そでシャツ」。生活費等々すべては、「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」に身を置いて全てを家長に任じるアーネルという人物に託しての生活。数年後には念願の「土地建物」の取得。その所有者名義は彼のもの・・・と。ま、人様からみれば、????でしょうね(笑)。正直言って、真似ができたらやってみな・・・って悠然たるマインドです☆同記事の。
   関連画像   関連画像        「ミニマリスト」の画像検索結果「ミニマリスト」の画像検索結果
★・・・と、一息いれたのを機に、今までのものを一気にトップサイトへ転記します。こりゃ、便利!この上もないぞ~!って気分です。ボツボツ、ディナーの時間です。一日二食主義者の夕食です。(14:00)
さて、現時点で本トップサイトの編集量は制限の1000KB一歩手前。これにて、打ち止めます。

         末尾の特別情報お知らせコーナー(再編集中)
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

  財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・       人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
     
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)
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                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。   

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 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

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(最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は: 「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)
★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
 「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果                               (938.46KB)                  2017年4月16日(日)   
              “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                        
吉田祐起
                   
 (満85歳5ヶ月)
            (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
             E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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