「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
   吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳5か月 
 
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

             コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表(再編集中)
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                  English               
           2017年4月14日(金)
       
          Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
          過去の日本語版トップサイト一覧表
     「
English top site records(End of the day)
 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

         ウィキペディアから拾った4月14日のできごと  
               (過去のきょうのできごと一覧表)
            (英語版きょうのできごと;April 14
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示したものです★過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しており、その編集振りの進歩や変化も窺えます。
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラムの編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。 
   5「battle of adrianople 1205」の画像検索結果「battle of adrianople 1205」の画像検索結果「battle of adrianople 1205」の画像検索結果「battle of adrianople 1205」の画像検索結果
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    「1879年 - 横浜 - 新橋の鉄道に日本人運転士が初めて乗務」の画像検索結果   「1879年 - 横浜 - 新橋の鉄道に日本人運転士が初めて乗務」の画像検索結果    「1879年 - 横浜 - 新橋鉄道」の画像検索結果 「1879年 - 横浜 - 新橋鉄道明治天皇行幸」の画像検索結果 「1879年 - 横浜 - 新橋鉄道」の画像検索結果
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 38  「2010, tibet, china hit by MW6.9 earthquake」の画像検索結果   「2010, tibet, china hit by MW6.9 earthquake」の画像検索結果  「2010, tibet, china hit by MW6.9 earthquake」の画像検索結果  関連画像「2010, tibet, china hit by MW6.9 earthquake」の画像検索結果
40「2016年 - 日本時間21時26分に熊本地震の前震が発生、 熊本・益城町で震度7」の画像検索結果 「2016年 - 日本時間21時26分に熊本地震の前震が発生、 熊本・益城町で震度7」の画像検索結果     「2016年 - 日本時間21時26分に熊本地震の前震が発生、 熊本・益城町で震度7」の画像検索結果       「2016年 - 日本時間21時26分に熊本地震の前震が発生、 熊本・益城町で震度7」の画像検索結果
(1)69年 - 四皇帝の年: 第1次ベドリアクムの戦いウィテッリウスオトを破り帝位に就く。
(2)969年安和2年3月25日) - 安和の変源満仲の密告により源高明が皇太子・守平親王(後の円融天皇)廃立陰謀のかどで大宰権帥に左遷される。これにより藤原氏政権が確立する。
(3)1205年 - 第4回十字軍: ハドリアノポリスの戦い英語版ラテン帝国軍がブルガリア帝国軍に大敗し、皇帝ボードゥアン1世が捕虜となる。
(4)1293年永仁元年3月7日) - 鎌倉幕府が、蒙古再来に備え九州の裁判と軍事指揮を行う鎮西探題を博多に設置。
(5)1471年 - 薔薇戦争: バーネットの戦い

(6)1603年慶長8年3月3日) - 日本橋が開通。
(7)1670年寛文10年2月25日) - 箱根用水の全長1,200メートルの隧道が貫通。
(8)1828年 - ノア・ウェブスターが『アメリカ英語辞典英語版』初版を出版。
(9)1849年 - コシュート・ラヨシュハンガリーオーストリアからの独立を宣言し、執政官に就任。
(10)1865年 - アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンがワシントンのフォード劇場で狙撃される。翌日死亡。(リンカーン大統領暗殺事件
(11)1879年 - 横浜 - 新橋の鉄道に日本人運転士が初めて乗務。翌年11月から全列車に乗務。
(12)1890年 - 汎米連合(米州機構の前身の一つ)が発足。
(13)1912年 - 豪華客船タイタニック号ニューファンドランド島沖で氷山に衝突。翌日未明に沈没。死者1,513人。
(14)1922年 - アイルランド共和軍が、フォー・コーツ(アイルランド最高法廷)を襲撃。アイルランド内戦のきっかけに。
(15)1929年 - 第1回モナコグランプリ開催。
(16)1929年 - 大阪鉄道(現・近鉄南大阪線上ノ太子駅大鉄電車三重衝突事故発生。
(17)1931年 - スペイン国王アルフォンソ13世が退位、王政が廃止され、スペイン第二共和政が成立。
(18)1931年 - 日本で濱口雄幸首相が前年11月に狙撃されたことが元で病状が悪化し、濱口内閣が総辞職。若槻禮次郎が第28代内閣総理大臣に就任し、第2次若槻内閣が発足。
(19)1939年 - ジョン・スタインベックの小説『怒りの葡萄』が発刊。
(20)1947年 - 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)公布。
(21)1949年 - プロ野球の試合中に監督が相手選手を殴打。(三原ポカリ事件
(22)1950年 - 横須賀市で京急バストレーラーバスが走行中に炎上。車両の構造から運転手が火災に気付くのが遅れ、17人焼死。
(23)1955年 - 日本初のテレビクイズ番組とされる『私の秘密』がNHKで放送開始。
(24)1963年 -「海苔漁民の救世主」ドゥルー女史の功績を永遠に称えるため、有明海を一望できる住吉公園に、海苔漁民の手により記念碑が建立。以後、毎年4月14日、県内外の海苔養殖関係者が集まり「ドゥルー祭」が開催。
(25)1969年 - 本郷兄弟決闘殺人事件
(26)1979年 - 埼玉県所沢市西武球場が開場。
(27)1981年 - 東京大学宇宙研究所を文部省宇宙科学研究所に改組。
(28)1986年 - バングラデシュゴパルゴンジ英語版で史上最大の1キログラムのが落下。92人が死亡。
(29)1988年 - ナポリ事件。ナポリの米軍クラブで車爆弾が爆発、22人死亡。
(30)1999年 - 光市母子殺害事件
(31)2003年 - 国際ヒトゲノム計画によってヒトゲノム解読の全作業を完了。
(32)2005年 - オレゴン州の最高裁判所が、マルトノマ郡が発行した男性同士の結婚許可証を無効と決定。
(33)2006年 - ライブドア事件: 東京証券取引所ライブドア上場廃止
(34)2008年 - アメリカ合衆国大手航空会社デルタ航空が、ノースウェスト航空の買収による合併合意を発表。
(35)2009年 - 平戸市舘浦漁協所属の巻き網漁船第11大栄丸が転覆沈没。行方不明者12名。
(36)2009年 - ジョージ・ハリスンハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに名を刻まれる。
(37)2010年 - アイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山が噴火
(38)2010年 - 中国のチベット州自治区でMw6.9の青海地震が発生。少なくとも2,698名が死亡し、10万名以上が家屋を失った。
(39)2012年 - 新東名高速道路御殿場JCT - 浜松いなさJCT間(約162km)が開通。日本の高速道路の新規開通距離としては過去最長。
(40)2016年 - 日本時間21時26分に熊本地震の前震が発生、 熊本益城町で震度7。死者50人。 512.5KB

             編集者のダイアリー・コーナー
            2017年4月14日(金) 
★本日「4月14日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは、「(13)1912年 - 豪華客船タイタニック号ニューファンドランド島沖で氷山に衝突。翌日未明に沈没。死者1,513人。 」です。ほかでもありません、「タイタニック号最後の生き残り」としてよく知られていたエルビナ・ディーンさん( 1912年2月2日 - 2009年5月31日 )という女性を意識していたからです。享年97歳ですが、「タイタニック号最後の生き残り」とオーバーラップして「ヒバクシャ最後の生き残り」を目指しているからです☆本日「4月14日のできごと」には編集容量の都合で写真を添付しませんでしたので、本欄に添えます。 
  「Elizabeth Gladys “Millvina” Dean」の画像検索結果「Elizabeth Gladys “Millvina” Dean」の画像検索結果「Elizabeth Gladys “Millvina” Dean」の画像検索結果「Elizabeth Gladys “Millvina” Dean」の画像検索結果「Elizabeth Gladys “Millvina” Dean」の画像検索結果
★今朝の仕事は早朝に受信した 「today@VOA」の「No.152(April 14, 2017):"On April 13, 1964, Sydney Poitier becomes the first African American to win the Academy Award for Best Actor,..."です。絵物語風の編集ですが、言葉(英語)の画像を併用しているのが、編集方法の新手といったところです。日本語の画像は例外を除いて出てきませんので、英語画像を余儀なくしています。(11:0)
★ローマカトリック教のフィリピンではキリストの受難を偲ぶ「聖週間」という連休中です。ちなみにグーグルで知るに、曰く、「聖週間せいしゅうかんHebdomada sancta; passion weekキリストの受難と死とを偲び,復活祭への準備として罪を反省する,枝の祝日から復活日の前日までの1週間をいう。聖木曜日最後の晩餐の記念を経て聖金曜日最高潮に達し,聖土曜日は主の墓中,古聖所の滞在を記念する。キリストの受難に関する福音書の記事は,原始キリスト教の教会典礼のうちに起源をもつと考えられるが,受難記事に基づく聖週間の典礼が発達したのは4世紀のエルサレムであって,キリストの受難地への巡礼者たちの要求に答えるものであった。4世紀の『エテリアの巡礼』という文書には,この受難の記事による各種の行事がかなり整えられていたことが記されている。元来は金曜日土曜日の2日のみであったが,のちにユダの裏切りの日として水曜日が加えられ,3世紀の初めには残りの週日も加えられた。かつて厳格な断食 (水とパンだけ) をしたが,ところによっては現在でも最後の2日間は完全な断食が守られている。日本では灰の水曜日と聖金曜日の大斎小斎カトリック教徒の間で守られている(ウィキペディア)」☆関係写真の幾つかを添付してご参考に供します。
        「フィリピンの聖週間」の画像検索結果「フィリピンの聖週間」の画像検索結果「フィリピンの聖週間」の画像検索結果 「フィリピンの聖週間」の画像検索結果    「フィリピンの聖週間」の画像検索結果
      「フィリピンの聖週間」の画像検索結果  関連画像    「フィリピンの聖週間」の画像検索結果 「フィリピンの聖週間」の画像検索結果
    「フィリピンの聖週間」の画像検索結果     関連画像 「フィリピンの聖週間」の画像検索結果       「フィリピンの聖週間」の画像検索結果   関連画像
★ちなみに、上掲の情報は、「聖週間帰省ラッシュ 連休を控えた12日帰省ラッシュはピークを迎え空港やバス停は人でごった返した」(日刊まにら新聞)でゲットしたものです☆ところで、ヨシダが生活の全てを託しているフィリピン人家族は「家長」とするアーネルは熱心な創価学会の信者です。サンタローサ市市役所の市長室勤務ですが、4週末のために連休4日間を楽しんでいます☆と、そんな一家団欒を横目のヨシダは「大いに楽しみたまえよ!」と、こんなブログをしてご満悦・・・って按配です。欲求不満は皆無!って気分です☆先ほど気分転換かたがたベッドでの「腹筋運動」。なんと、自身の年齢(85)の回数をこなし、100回への挑戦も間近です。数回がやっとといった一ヶ月前とは様変わりです。(13:50)
★「[FT]トランプ大統領にまだバノン氏が必要な理由」(日本経済新聞2017.4.14.)と題する長文の記事に目がとまります。「中見出し」は、■中東に関してはバノン氏に一理あり、■当選に導いた有権者への約束はどこへ?・・・と続きます。それにしてもヨシダが痛感することは、個性的な大統領に個性的な取り巻き連中・・・って感じです。誰もが理解できる感じの常識的な考えて常識的な言動に終始する政治家には決め手になる資質みたいなものが欠けているのだろうか?・・・と首を捻るシマツです。(14:10)

            さて、お次の取材記事はなんだろう?

          末尾の特別情報お知らせコーナー(再編集中)
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

  財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・     人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
     
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

  (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉) 

  「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。   

    「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

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「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果 
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   (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は: 「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
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                        (830.79KB)                               2017年4月14日(金)   
           “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                  
吉田祐起
                 
 (満85歳5ヶ月)
         (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
           E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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