「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
   吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。
               コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表(再編集中)
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                    English               
            2017年4月13日(木)
       
           Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
         過去の日本語版トップサイト一覧表
      「
English top site records(End of the day)
  「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

         ウィキペディアから拾った4月13日のできごと  
               (過去のきょうのできごと一覧表)
             (英語版きょうのできごと;April 2
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示したものです★過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しており、その編集振りの進歩や変化も窺えます。
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラムの編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
   5「光明天皇」の画像検索結果Ashikaga Takauji Jōdo-ji.jpg「1336年 多々良浜の戦い」の画像検索結果「1336年 多々良浜の戦い」の画像検索結果「1336年 多々良浜の戦い」の画像検索結果
      「1336年 多々良浜の戦い」の画像検索結果 「1336年 多々良浜の戦い」の画像検索結果   「1336 菊池武敏」の画像検索結果 「1336 菊池武敏」の画像検索結果   8  「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果  「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果
    「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果  「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果 関連画像「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果
  10「1829, Catholic emancipation, Catholic relief proclaimed」の画像検索結果  「1829, Document of Catholic emancipation, Catholic relief proclaimed」の画像検索結果  「1829, Catholic emancipation, Catholic relief proclaimed」の画像検索結果  「1829, Catholic emancipation, Catholic relief proclaimed」の画像検索結果「1829, Catholic pope」の画像検索結果
      「1829, Catholic pope」の画像検索結果 12 「1888年 - 「可否茶館」創業者」の画像検索結果「1888年 - 「可否茶館」創業者」の画像検索結果    関連画像関連画像「1888年 - 「可否茶館」」の画像検索結果 「1888年 - 「可否茶館」」の画像検索結果   
       関連画像「株式会社ユニマットプレシャス代表取締役 髙橋 洋二」の画像検索結果 「1888年 - 「可否茶館」創業者」の画像検索結果 15「Amritsar Massacre」の画像検索結果    「Amritsar Massacre」の画像検索結果 関連画像
  「Amritsar Massacre」の画像検索結果 「Amritsar Massacre」の画像検索結果    「Amritsar Massacre」の画像検索結果     関連画像
 24「1960, transit 1B launched」の画像検索結果関連画像「1960, transit 1B launched」の画像検索結果「1960, transit 1B on orbit」の画像検索結果「1960, transit 1B on orbit」の画像検索結果25「1975年 - ロックバンド、キャロルが解散」の画像検索結果「1975年 - ロックバンド、キャロルが解散」の画像検索結果
   「1975年 - ロックバンド、キャロルが解散」の画像検索結果「1975年 - ロックバンド、キャロルが解散」の画像検索結果「1975年 - ロックバンド、キャロルが解散」の画像検索結果30「1990 ミハイル・ゴルバチョフソ連大統領」の画像検索結果「admit」の画像検索結果 
  関連画像「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果       「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果
 「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果「1943年 - カティンの森事件地図」の画像検索結果 35「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果 「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果
    「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果   「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果 「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果
(1)710年和銅3年3月10日) - 元明天皇藤原京から平城京遷都
(2)744年天平16年2月26日) - 聖武天皇恭仁京から難波京に遷都。翌年平城京に戻す。
(3)1111年 - ハインリヒ5世神聖ローマ皇帝に即位。
(4)1179年治承2年3月24日) - 平安京内で治承の大火(次郎焼亡)。三十数町が全焼。
(5)1336年延元元年/建武3年3月2日 南北朝時代: 九州に落ち延びていた足利尊氏が再び挙兵、多々良浜の戦いで南朝方の菊池武敏を破る。
(6)1598年 - フランス国王アンリ4世が「ナントの勅令」を発布。プロテスタントにカトリックと同等の信教の自由を認める。
(7)1668年寛文8年3月2日 宇都宮興禅寺刃傷事件が起こる。
(8)1742年 - ヘンデルオラトリオメサイア」がダブリンで初演。Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg 「ハレルヤ」を聴く[ヘルプ/ファ
イル]
(9)1777年 - アメリカ独立戦争: バウンドブルックの戦い行われる。
(10)1829年 - イギリスカトリック解放令が制定、これによりカトリック教徒信教の自由が公的に保障される。
(11)1856年安政3年3月9日) - 長崎・下田などの開港地での踏み絵を廃止。
(12)1888年 - 東京・下谷黒門町に日本初のコーヒー専門店「可否茶館」が開店。
(13)1903年 - 日本小学校令が改正され国定教科書制度が取り入れられる。
(14)1917年 - アメリカ海軍の戦艦「ニューメキシコ」が進水。
(15)1919年 - インドでイギリス軍が発砲しインド民衆に数百人の死傷者が出る。(アムリットサル事件、アムリットサルの虐殺、アムリッツァル虐殺事件)
(16)1922年 - 少年団日本連盟(現在のボーイスカウト日本連盟)結成。
(17)1940年 - NHKが日本初のテレビドラマ『夕餉前』の実験放送。
(18)1940年 - 第二次世界大戦: 第2次ナルヴィク海戦がおこなわれる。
(19)1941年 - モスクワ日ソ中立条約が締結。
(20)1943年 - 第二次世界大戦: ドイツのラジオ放送が、ソ連領内カティンの森でポーランド将校4,000人の遺体を発見と報じる。(カティンの森事件
(21)1945年 - 第二次世界大戦・ウィーン攻勢: 赤軍ウィーンを占領。
(22)1948年 - アミーン・フサイニー指揮下のアラブ人ゲリラがヘブライ大学の医療スタッフを虐殺。(ハダサー医療従事者虐殺事件
(23)1960年 - アメリカで世界初の衛星測位システムトランシット1B」を打ち上げ。
(24)1970年 - 発射されてから2日後のアポロ13号で機械船の酸素タンクが爆発し、月面着陸を断念、帰還の途につく。
(25)1975年 - ロックバンドキャロルが解散。
(26)1982年 - 毎年8月15日を「戦歿者を追悼し平和を祈念する日」とすることが日本の閣議で決定。
(27)1986年 - ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がローマ教皇として史上初めてシナゴーグを訪問。
(28)1986年 - 長江裕明一家3人がヨットでの4年9か月の世界一周を経て蒲郡港に帰港。
(29)1987年 - 1999年12月20日ポルトガルマカオ中華人民共和国に返還する共同声明に両国が調印。
(30)1990年 - ミハイル・ゴルバチョフソ連大統領が、カティンの森事件がソ連秘密警察の犯行であったことを認め陳謝。
(31)1991年 - 東海大学安楽死事件がおこる。
(32)1992年 - ポルトガル中華人民共和国1999年マカオを返還する旨の共同声明に調印。
(33)1992年 - テレビ朝日系テレビアニメ『クレヨンしんちゃん』放送開始。現在も放送中。
(34)1994年 - フジテレビ刑事ドラマ古畑任三郎』放送開始。同シリーズは2006年の正月の特番で終了するまで約11年続いた。
(35)1997年 - ゴルフタイガー・ウッズが史上最年少の21歳3か月でマスターズ・トーナメントに初優勝。
(36))2001年 - 日本でDV防止法が公布される。
(37)2011年 - 東日本大震災に伴う津波の被害により閉鎖されていた仙台空港が、一部の国内線において運行を再開。
(38)2011年 - 大阪大学医学部附属病院で日本初の15歳未満がドナーの心臓移植が行われる。
(39)2012年 - 北朝鮮が人工衛星と称した弾道ミサイルを打ち上げるが、失敗に終わる。
(40)2013年 - 午前5時33分ごろ、淡路島付近を震源とするマグニチュード6.0の地震が発生。淡路市で震度6弱を観測する。(淡路島地震
(471.44KB)


            編集者のダイアリー・コーナー
             2017年4月13日(木) 
★本日「4月13日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは「(12)1888年 - 東京・下谷黒門町に日本初のコーヒー専門店「可否茶館」が開店。」です。理由はきわめて単純。ハワイ生まれのお袋が戦前戦中に広島市内で随一のクラシック音楽喫茶を経営していたからです。子供心に想い出すのは、お客さんは広島市役所、県庁、師範学校(現広島大学)や同学に留学中のインドネシア人学生等々。師範学校のイギリス人教授のメアリーさん等々。声楽家の三浦環さんもお客でした。(12日22:00)
★昨日は半日を費やして編集したのがアメリカ人女性で107歳を生きた人物。パワーを頂きました。「No.149(April 12, 2017):"Mary Anderson, a Founder of the Outdoor Cooperative REI, Dies at 107"」。夫婦で全米に140店ものチェーン店を経営した人物。メアリー・アンダーソンさんという名前ですが、ヨシダが高校生時代に広島県下高校生英語弁論大会で優勝したおりに教え子を伴ってお祝いに来てその女学生さんを紹介してくれたことを想起します。おりしも、本トップサイトの末尾に記載している一連のヨシダ著書の末尾に添付した分厚い単行本の1ページにその女性のことを書いています。題して、 人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」です。冷やかし半分にクリックしてご覧(お読み)くださいませんか? (12日22:30)
★本日の編集作業は「No.150(April 13, 2017)"On April 11, 1951, President Harry S. Truman fires Gen. Douglas MacArthur, commander of US forces in Korea."」の一本だけでオワリとします。「きょうのできごと」編集も二日分の先取りになりました。気分にゆとりができて嬉しいです。(18:45)

          末尾の特別情報お知らせコーナー(再編集中)
 
トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

  財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・      人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
     
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

  (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  

 「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                            白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。   

   「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果 
    http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
(最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は: 「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)
★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
    「余生」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
                                             (535.68KB)                           2017年4月13日(木)   
           “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                     
吉田祐起
                 
 (満85歳5ヶ月)
          (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
           E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
        URL(日本語版):http://www.abombsurvivor.com/index_japanese.html
                        URL(英語版):http://www.abombsurvivor.com