「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
    吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ"

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。 
             コンテンツ(順不同)
1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表(再編集中)
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                   English               
           2017年4月12日(水)
       
            Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

  「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

         ウィキペディアから拾った4月12日のできごと  
               (過去のきょうのできごと一覧表)
            (英語版きょうのできごと;April 12
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示したものです★過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しており、その編集振りの進歩や変化も窺えます。
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラムの編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
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「1606, england and scotland kings」の画像検索結果ユニオン・フラッグの変遷関連画像「イングランド・スコットランド同君連合」の画像検索結果イギリスの国旗「イングランド・スコットランド同君連合」の画像検索結果「イングランド・スコットランド同君連合」の画像検索結果
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      「島原の乱遺跡発掘」の画像検索結果  「島原の乱遺跡発掘」の画像検索結果「1638年 - 島原の乱」の画像検索結果 8「本所牛島新田に回向院を建立」の画像検索結果「本所牛島新田に回向院を建立」の画像検索結果
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  20          関連画像「1945, roosevelt died, bvice president truman succeeded」の画像検索結果  「1945, franklin roosevelt died, truman succeeded」の画像検索結果  「1945, franklin roosevelt died, truman succeeded」の画像検索結果「1945, franklin roosevelt died, truman succeeded」の画像検索結果
   「1945, roosevelt died, bvice president truman succeeded」の画像検索結果「1945, roosevelt died, bvice president truman succeeded」の画像検索結果 26   「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果 「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果
   「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果 「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果「2016, 東京都千代田区に霞が関ビル」の画像検索結果 30     「1981, first space shattle mission STS-1 launhed」の画像検索結果
   「1981, first space shattle mission STS-1 launhed」の画像検索結果「1981, first space shattle mission STS-1 launhed」の画像検索結果「1981, first space shattle mission STS-1 launhed」の画像検索結果   「1981, first space shattle mission STS-1 launhed」の画像検索結果「1981, first space shattle mission STS-1 launhed」の画像検索結果
 32「1992, Euro Disneyland」の画像検索結果「1992, Euro Disneyland」の画像検索結果  「1992, Euro Disneyland」の画像検索結果    「1992, Euro Disneyland」の画像検索結果「1992, Euro Disneyland」の画像検索結果
(1)467年 - アンテミウス西ローマ帝国皇帝に即位。
(2)601年推古天皇9年3月5日) - 推古天皇が高句麗百済に使いを送り任那の復興を要請。
(3)646年大化2年3月22日) - 薄葬令発布。
(4)1204年 - 第4回十字軍によりコンスタンティノープルが陥落
(5)1606年 - イングランドスコットランド同君連合の旗としてユニオン・フラッグが定められる。
(6)1633年 - ガリレオ・ガリレイ異端審問の正式な尋問が始まる。
(7)1638年寛永15年2月28日) - 島原・原城が落城し島原の乱が終結。
(8)1657年明暦3年2月29日) - 江戸幕府が、明暦の大火で亡くなった10万余人の霊を供養するため、本所牛島新田に回向院を建立。
(9)1784年天明4年2月23日) - 筑前国志賀島にて「漢委奴国王印」が出土。
(10)1861年 - 南軍が北軍のサムター要塞サムター要塞の戦い)を攻撃し、アメリカ南北戦争が開戦。
(11)1864年 - 南北戦争: ピロー砦の戦い
(12)1877年 - 東京大学(後の帝国大学、東京帝国大学。現在の東京大学)が設立される。
(13)1877年 - イギリスがトランスヴァール共和国を併合。
(14)1883年 - 陸軍大学校開校。
(15)1905年 - 阪神電気鉄道が大阪(出入橋駅) - 神戸(三宮駅)間で開業。日本初の都市間電気鉄道
(16)1919年 - 関東軍司令部条例が公布され、関東軍が設置される。
(17)1927年 - 上海蒋介石上海クーデター(四・一二クーデター)を起こす。
(18)1927年 - リトアニアスメトナ大統領が第三国会を解散。
(19)1948年 - 日本経営者団体連盟(日経連)結成。
(20)1945年 - フランクリン・ルーズベルト米大統領が在任中に死去。副大統領ハリー・S・トルーマンが大統領に昇格。
(21)1955年 - 東京大学生産技術研究所が、国分寺にてペンシルロケットの公開試射実験を行う[1]
(22)1957年 - 西ドイツの18人の物理学者が原子兵器の生産・実験・使用に協力しないことを宣言したゲッティンゲン宣言を発表。
(23)1957年 - 耕三寺参拝の連絡船が沈没事故、死者・行方不明113人。(第五北川丸沈没事故
(24)1961年 - ソ連が、ユーリイ・ガガーリンが乗った人類初の有人宇宙船「ボストーク1号」を打ち上げ。
(25)1964年 - 財団法人日本科学技術振興財団テレビ事業本部(科学テレビ・東京12チャンネル。現在のテレビ東京)が開局。
(26)1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成。高さ147メートルで当時日本一。
(27)1973年 - 祝日法改正。振替休日が誕生。
(28)1980年 - リベリアサミュエル・ドウらが軍事クーデターを起こし、ウィリアム・R・トルバート大統領を暗殺、政権を掌握する。
(29)1980年 - テリー・フォックス希望のマラソン英語版を開始。
(30)1981年 - 初のスペースシャトルミッションSTS-1でスペースシャトル「コロンビア」を打ち上げ。(31)1990年 - 韓国政府が大韓航空機爆破事件の犯人・金賢姫特赦を決定。
(32)1992年 - フランス マルヌ・ラ・ヴァレにヨーロッパ初のディズニーテーマパークユーロディズニーランド(現名称:ディズニーランド)が開園。
(33)2009年 - ジンバブエ政府が、ハイパーインフレの続くジンバブエ・ドルの無期限発行停止を発表。
(34)2011年 - 15歳未満の男性に対し、臓器移植法に基づく脳死判定(家族同意による)。日本国内における15歳未満への脳死判定は、同法改正後初。
(35)2012年 - 京都祇園軽ワゴン車暴走事故京都市祇園で運転手のてんかん発作により観光客らが次々と自動車にはねられる事件が発生。運転手を含む8人が死亡。(471.44KB)
            編集者のダイアリー・コーナー
           2017年4月12日(水) 
★本日「4月12日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成。高さ147メートルで当時日本一。」です。ほかでもありません、新橋に離日前9年間に至ったクライアントがあったために、東京には数えきれないほど行ったことや、世界的に最古の歴史を有し、米国に本部をもつ「SAMの会(The Society for Advancement of Management)」の「日本支部理事・広島支部長」でもあった関係で、毎月の理事会が霞が関ビルの道路向かいのビルであったこともありで、かつ、都内の友人らとの会合などで霞が関ビルは馴染の場所であったからです。(11日10:00)
★新しいパソコンのほうが故障で使えないなか、XPが頼りです。ヴェリー・スロー!「そんなに急いで何処へゆく?」って気分で楽しく付き合っています。その愛器クラシックXPパソコンを駆使して・・・ですが、実際には極端に遅くなっているために、「待ち時間」が多く、その分、ゆったり気分ですが、半日仕事になりました。107歳を生きた女性実業家の業績を追いつつパワーを頂戴しました!スッゴク嬉しいデス!「No.149(April 12, 2017)"Mary Anderson, a Founder of the Outdoor Cooperative REI, Dies at 107"」(11:50)
★・・・アッ!!今、想い出しました!!! 「メアリー・アンダーソン」と言えば同姓同名でヨシダにとっては生涯忘れ難いアメリカ人女性宣教師がありました!夜間高校生時代のこと。広島県下高校英語弁論大会で優勝した時のこと!教え子の広島女学院高校生を伴ってボクのところに来て「Congratulations, Mr. Yoshida! This my student, Miss Murakami....」と。後年のことになるのですが、同宣教師の影響を受けて洗礼をうけました。くだんのミッション・スクールの女性とは世にも稀にみる(?)ような美しいプラトニック的な友人愛を得ました。本トップサイトの末尾に掲載しているその証の書籍をご覧くださいませんか!? 厚かましく此処に再現します。ご関心あらば、クリックしてご覧くださいませんか?ニヤニヤ、エへへ・・・です(笑)。(12:20)
                関連画像
              「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ
★・・・と、思わずニヤリ、ニンマリ・・・とするヨシダのアイディア(?)ですが、85歳もの人生体験者に免じてご寛容の心で受けとめてくださればウレシイです。(12:40)
★「誤解だらけの肩こり解消術 ストレッチは静より動で 人気トレーナー・中野ジェームズ修一さん直伝 肩こり解消テク」(NIKKEI NEWS)が目にとまりました。「中見出し」は、■その肩こり、運動不足による筋力低下が原因かも 、■ 動かさないことで固まった筋肉は、動かすに限る 、■肩こりや緊張の解消には「50回肘回し」・・・と続きます★ヨシダの目線からみると、正直言って、この程度(画像表示)のモノでは到底解決しない肩コリが圧倒的です。
   
★折角ですので、ヨシ流のふたつのヨシダブログを下記に添付してご参考に供します。ほかでもありません。「吉田祐起の肩こり解消法」とグーグルにインプットするとトップに出てくるのは、「No.6765:肩こり激減!○○を使ったユニークストレッチ法とは?DIAMOND Online2017.3.8.藤崎雅子/5時から作家塾(R))です★もう一つは、「私の健康維持とノウハウの実際 その動機と効果をご参考に供します」です。毎日10時間を超えるパソコン作業には不可欠の自助努力による健康管理法です。(14:30)
          末尾の特別情報お知らせコーナー(再編集中)
 
トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

  財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・       人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
     
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

  (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  

  「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                            白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。   

   「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークは お手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。

   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果 
    http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
(最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は: 「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス。)

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
  「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果                         (585.07KB)                       2017年4月12日(水)   
           “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                  
吉田祐起
                
 (満85歳5ヶ月)
        (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
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