緊急のお知らせ!
 この手作りのウェブサイトの編集ソフト(cPanel)がモデルチェンジ(?)して、今までの「編集したファイルが自動的にリンクできる仕組みのファイル(その名称は知りませんが・・・)に転換されて、何時でも何処でも簡単にリンクできたものが、どうしたことか!一つひとつ手間をかけて編集し直さねばならないことになりました。
 近年の主力のコラム(
インタネット情報&ヨシダブログ)だけでも現時点で6764編!今後まだまだ増えていくことを前に、その都度の編集作業は思っただけでゾッとします。ユーザーからすれば、「改善どころか改悪」といったもの。色々と交渉したものの、前進がみられないことからの思い付きに至りました。ちなみに、本サイトの
データーサイズ(編集容量)は物凄いボリュームでして、単行本に換算したら「ン拾冊」相当というシロモノです。
 さて、色々と契約業者との交渉等の結果、已む無く、従来のシステムに戻ることができないことを知らされて、試行錯誤の結果到達した結論は、「編集システム改正直前の本編(2017年3月9日付)」をもって一旦静止状態にして現存する「
編集者のダイアリー・コーナー」だけを日々ブログし続けていくことに転換余儀なくされました。同編集ソフトは月単位のファイルですので、そのアップワードくらいは大した手間ではないことからの思いつきです。なみに、この「編集者のダイアリー・コーナー」では、従来の取材対象題材とした各種マスメディア情報のリンクは当然、自由に貼れることから、「情報提供の場」としての機能も狙われる、と自身に言い聞かせてのかかる結論です。ご理解のほどお願い申し上げます。
 日本人的な感覚からは到底信じられない業者側の技術的モデルチェンジですが、ま、それも逆に言えば、今までの編集内容やシステムへの対応の超多忙状態からの脱却(?)機会を与えられたとも受けとめられると自身に言い聞かせてのこのような「結論」です。
 おって、本トップサイト末尾に掲載している現時点のコラムは「ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)ですが、既存編集ソフトが有効ですので、時おりの入れ替えが期待できます。自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのものですので、よろしくお願いします。(2017年3月15日)
    

    http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳4か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」の新家屋に移ったら立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

 編集上のお知らせ:本サイト編集ソフト(cPanel)の1ページ当たり編集許容量は1000KB(1MG)です。最大量の情報ご提供精神から、可能な限りのボリュームをキープしています。末尾の朱文字表示がそれです。

                         English               
                  2017年3月15日(水)
       
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)にみる.主要企業からみるヨシダサイトは絶えず1000KB(1MB)以内に押さえている状態でして、楽天さんのそれは別にして他の追従を許さないほどのものです。なお、「ウェブサイト編集総使用量」に関しては、上掲データー表にある6社とは桁違いの量を有しています。質は別として量で勝負!って按配です。
              Since 10th March, 2001
 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。      

               ウィキペディアから拾った3月9日の「できごと」 
                             March  9,  Events(英語版)
                                        「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★「ヨシダブログ」は想うこと感じること等々を憚ることなくしています。現在の本コラムだけのそのヨシダブログ編集容量値だけでも、単行本に換算したらン拾冊相当分だぞ~と、他愛もなく自負しています★本コラムの編集の最大の魅力は自然に「世界史の一端」を学ぶことと受けとめて楽しく編集しています。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。
  1  「紀元前141年 - 武帝」の画像検索結果 「紀元前141年 - 武帝」の画像検索結果  「7th」の画像検索結果 「Emperor word」の画像検索結果「武帝領土」の画像検索結果 2   「712年 - 古事記が完成、元明天皇に献上」の画像検索結果    
   「edited」の画像検索結果「712年 - 古事記が完成、元明天皇に献上」の画像検索結果「712年 - 古事記が完成、元明天皇に献上」の画像検索結果 「Conceded word」の画像検索結果 「emperor」の画像検索結果   「712年 - 古事記が完成、元明天皇に献上」の画像検索結果   「712年 元明天皇」の画像検索結果「712年 元明天皇陵」の画像検索結果
 6「1776年 - アダム・スミスが『国富論』の初版を刊行」の画像検索結果「1776年 - アダム・スミスが『国富論』の初版を刊行」の画像検索結果「1776年 - アダム・スミスが『国富論』の初版を刊行」の画像検索結果「1776年 - アダム・スミスが『国富論』の初版を刊行」の画像検索結果「1776年 - アダム・スミスが『国富論』の初版を刊行」の画像検索結果「1776年 - アダム・スミスが『国富論』の初版を刊行」の画像検索結果「1776年 - アダム・スミスが『国富論』の初版を刊行」の画像検索結果「1776年 - アダム・スミスが『国富論』の初版を刊行」の画像検索結果
 12「1866年 - 寺田屋事件」の画像検索結果「1866年 - 寺田屋事件」の画像検索結果     「1866年 - 寺田屋事件」の画像検索結果    「1866年 - 寺田屋事件」の画像検索結果  「1866年 - 寺田屋事件」の画像検索結果  「1866年 - 寺田屋事件」の画像検索結果
 20 「1933, president franklin roosevelt newdeal policy」の画像検索結果  「1933, president franklin roosevelt newdeal policy」の画像検索結果「1933, president franklin roosevelt newdeal policy」の画像検索結果    関連画像「1933, president franklin roosevelt newdeal policy」の画像検索結果「1933, president franklin roosevelt newdeal policy」の画像検索結果
     「1933, president franklin roosevelt newdeal policy」の画像検索結果       「1933, president franklin roosevelt newdeal policy」の画像検索結果   「1933, president franklin roosevelt newdeal policy」の画像検索結果「1933, president franklin roosevelt newdeal policy」の画像検索結果「1933, president franklin roosevelt newdeal policy」の画像検索結果「1933, president franklin roosevelt newdeal policy」の画像検索結果
  28「1958年 - 関門トンネルが開通。」の画像検索結果   「1958年 - 関門トンネルが開通。」の画像検索結果  「1958年 - 関門トンネルが開通。」の画像検索結果 「1958年 - 関門トンネルが開通。」の画像検索結果  「1958年 - 関門トンネルが開通。」の画像検索結果  「1958年 - 関門トンネルが開通。」の画像検索結果
 38「2011, space shuttle discovery returned to earth after last mission」の画像検索結果 「2011, space shuttle discovery returned to earth after last mission」の画像検索結果  「2011, space shuttle discovery returned to earth after last mission」の画像検索結果  関連画像「2011, space shuttle discovery returned to earth after last mission」の画像検索結果
(1)紀元前141年 - 武帝前漢の第7代皇帝に即位。
(2)712年和銅5年1月28日) - 古事記が完成し、元明天皇に献上される。
(3)1009年 - クヴェードリンブルク年代記英語版リトアニアについての最も古い記録。
(4)1276年 - アウクスブルク帝国自由都市になる。
(5)1617年(ユリウス暦2月27日) - ロシア・ツァーリ国スウェーデン王国ストルボヴァの和約を締結。
(6)1776年 - アダム・スミスが『国富論』の初版を刊行する。
(7)1796年 - ナポレオン・ボナパルトジョゼフィーヌ・ド・ボアルネと結婚する。
(8)1841年 - アミスタッド号事件: 合衆国最高裁判所が、アフリカから連れて来られアミスタッド号で反乱を起こしたアフリカ人たちは法的には奴隷ではなく自由の身であると認める。
(9)1842年 - ミラノスカラ座ヴェルディの歌劇『ナブッコ』が初演される。
(10)1862年 - 南北戦争:ハンプトン・ローズ海戦。南軍のバージニアと北軍のモニターが世界初の装甲艦同士による海戦を行う。
(11)1864年 - 南北戦争:エイブラハム・リンカーン大統領がユリシーズ・グラント将軍を北軍最高司令官に任命。
(12)1866年慶応2年1月23日) - 寺田屋事件。寺田屋に投宿していた坂本龍馬伏見奉行の襲撃を受ける。
(13)1872年明治5年2月1日) - 壬申戸籍が完成。
(14)1888年 - ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世が死去し、フリードリヒ3世が即位。
(15)1894年 - 日本初の記念切手明治天皇銀婚記念切手が発行される。
(16)1899年 - 日本で商法公布。
(17)1908年 - インテルナツィオナーレ・ミラノ創立。
(18)1916年 - 第一次世界大戦: 第五次イゾンツォの戦い
(19)1918年 - ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国首都ペトログラードから200年ぶりにモスクワに遷都。
(20)1933年 - フランクリン・ルーズヴェルト米大統領世界恐慌対策のための特別議会を招集。ニューディール政策の基本15法が成立。
(21)1934年 - 衆議院議員で鐘淵紡績前社長の武藤山治が失業者により銃撃される。翌日死亡。
(22)1936年 - 日本で廣田弘毅が第32代内閣総理大臣に就任し、廣田内閣が発足。
(23)1942年 - 第二次世界大戦太平洋戦争蘭印作戦: オランダ領東インドオランダ軍日本軍に降伏。
(24)1945年 - 第二次世界大戦・太平洋戦争: フランス領インドシナに駐留していた日本軍がフランス軍を攻撃。(明号作戦
(25)1946年 - バーンデン・パークの惨事: イギリスボルトンサッカー場で試合中に群衆事故が発生し33人が死亡。
(26)1951年 - 三原山が噴火。
(27)1954年 - マッカーシズムを終焉させる皮切りとなったエドワード・R・マローのテレビ番組が放送される。
(28)1958年 - 関門トンネルが開通。
(29)1959年 - 社会党訪中使節団長の浅沼稲次郎が「アメリカ帝国主義は日中人民共同の敵」と発言し問題化。
(30)1959年 - アメリカでバービー人形の発売開始。
(31)1968年 - 富山県神通川流域のイタイイタイ病の患者・遺族が原因企業の三井金属鉱業に損害賠償を提訴。
(32)1974年 - 志村けんが、ザ・ドリフターズの正式メンバーとなる。
(33)1984年 - 大阪空港騒音公害訴訟で大阪地裁の和解案を国側が受諾。国が初めて騒音公害の責任を認める。
(34)1984年 - 同年2月13日以降消息を絶った植村直己の捜索が、生存の見込みなしとしてこの日で打ち切られる。
(35)1995年 - 日米韓3国が朝鮮半島エネルギー開発機構 (KEDO) 設立協定に調印。
(36)2006年 - 戦後初の国産戦闘機であるF-1がこの日をもって全機退役。
(37)2011年 - 宮城県北部を中心とするM7.2、震度5弱の地震が11時45分頃に発生(三陸沖地震 (2011年3月))。東北地方太平洋沖地震前震と見られる。
(38)2011年 - スペースシャトルディスカバリーが最後のミッションSTS-133を終え、地球に帰還。
(39)2016年 - 日食がインドネシアを中心に見られた。日本では部分日食。
(336.96KB:42KB/line)     
                        インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。
ただ今、6764編目です!(当分の間、静止状態になります) 
トップページの編集内容変更を余儀なくした直前(2017年3月7日付トップページ
日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コーナー
(本欄のみが日々変化することになりました!その詳細は本トップサイト最上段に朱文字で記していますので、お目通しください。)
 去る3月9日の編集ソフト変化(cPanel)がその不合理から頭を抱えていた編集長のヨシダが「窮すれば通ずる」で思いついた新しい本トップサイトの改革(?)を断行(大袈裟な!)しました★本コラムが今後のヨシダの主流コラムになることをご理解ください。考えてみれば個人的なウェブサイト。ゴタゴタ(?)と御託を記すよりも、「ヨシダ個人のブログ」に徹する方向転換もイイのではないか!?と自身に言い聞かせいます★色々と試行錯誤した対応でした、なんだか、これでヨシ!って気分でもあります。ヨシダ流儀は何事も前向きで、だけに、イイ発想を得たとニンマリって気分すら感じています★おって、「英語版きょうのできごと」に限っては継続することを考えていますが、果たして?・・・(10:10)

 

 

(以下、ウェブ編集ソフト変更直前のトップページです。cPanel側の「編集ソフト改悪」が改善されるまでのご参考に供すますので、悪しからずご了承ください。)
No.6764

外国人家事代行  第1陣の25人が9日、日本へ向けて出発。4月にも神奈川県で業務開始
日刊まにら新聞2017.3.9.加藤昌平
ヨシダブログ: フィリピンという国を終の棲家として現在に至るヨシダの心情は横に置いといて・・・のこと。「取り合えず関連画像を選択して掲載します。ブログは後回し!って気分。少しでも早くにフィリピン女性の魅力を知っていただきたい一心からです・・・」とは、本記事の持つ深い意義を評価して予定する添付画像を編集したのを機に「仮掲載(編集中)」としたものです▼ダイアリーにもブログしていますが、英語の大好きなヨシダだったら、英語が彼女らの第二国語であるだけに、介護しながら会話を楽しんでもらえるんだぞ~!ってもの▼家族も絶好の英会話機会とうけとめ、「ちょっと、私(僕)を相手にして話して・・・。後は当方た年寄りの面倒を看ますから・・・」といった場面も想像されるでしょう(笑)▼日本人女性と比べて云々は同胞女性に失礼ですが、お愛嬌や仕草や表情等々はカノジョらが上手ですよ!フィリピンの国民性のひとは「ホスピタリティー(親切心)」であるからです。無表情な大和撫子より、ニコッと笑ってハギングする国民性のほうがイイでっせ・・・とはヨシダの皮肉です(シツレイ!)▼・・・と、まだまだブログしたいのが編集者の心境。でも、イイ加減にしときます。鼻の下が長~いぞ~、というお叱りを意識するからです(笑)。 写真33枚添付ファイル)(56.74KB)
  「外国人家事代行  第1陣の25人が9日、日本へ向けて出発。4月にも神奈川県で業務開始」の画像検索結果      「外国人家事代行  」の画像検索結果   「外国人家事代行」の画像検索結果   「外国人家事代行」の画像検索結果
       「外国人家事代行」の画像検索結果               関連画像「外国人家事代行」の画像検索結果
   「外国人家事代行」の画像検索結果「外国人家事代行  」の画像検索結果「外国人家事代行」の画像検索結果
   「外国人家事代行」の画像検索結果関連画像「外国人家事代行」の画像検索結果             「外国人家事代行  」の画像検索結果
          関連画像    関連画像「外国人家事代行  」の画像検索結果  「外国人家事代行  」の画像検索結果
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  「外国人家事代行」の画像検索結果「外国人家事代行  」の画像検索結果「外国人家事代行  」の画像検索結果     「外国人家事代行  」の画像検索結果         「外国人家事代行  」の画像検索結果
 昨8日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日9日の第一記事掲載(9:55)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」に保存しています。おって、折角の関連写真であるにかんがみ、当該記事末尾の「写真○枚添付ファイル」をクリックすると写真を含む記事全体がご覧いただける仕組みにしています。1ページの編集容量を限度(1000KB=1GB)以内に抑えつつ、折角の写真を可能な限りの大きさに保って保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承ください。

        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
         (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-21.jpg

"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

       「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果    「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果
                    「Lincoln Memorial」の画像検索結果     「Lincoln Memorial」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果
 

"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

 「samuel ullman youth poem」の画像検索結果

  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
   
★なお、末尾にあしらた米漫画「ピーナッツ」のひとコマ。ワンちゃんを相手にピーナッツ君が言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは「自利から他利」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!! 
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 (注)最近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれ ば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りる」という利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう! 
 なお、末尾の「カッコ内数字記号(朱文字)」は本トップページの「編集量現在値」でして、契約編集ソフト会社(cPanel社)との契約に基づくのが1ページ当たりの許容編集量限度(1000KB=1MB)であるに鑑み、「最大限の情報ご提供」という勝手な編集者のサービス精神(?)をもって、その限度量精一杯の利用を心掛けるための指針としているものです。
 最近は英語版がそれを上回るほどの情報提供であるために、現存する画像をその都度旧いものから必要に応じて削除しながら最大限の画像情報等のご提供を心掛けるという際どい編集手法に徹しています。 
                                                   (594.99KB)                        2017年3月15日(水)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳4ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
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