この素人っぽいウェブサイトの主人公であり、かつ編集者の吉田祐起(以下、ヨシダと称します)は2016年12月1日で来比満8年、年齢は満85歳を越しました★被爆翌年に父を失い、長男の立場にあって早くにして働き始め、14年間の人生第一毛作は「職人独立自営業」、第二毛作は通算32年間に及んだ「7社グループによる総合物流商社企業経営者」、第三毛作は16年間の総合物流経営コンサルタント会社社長と、通算60余年間に及ぶ経営者人生を終えて、ある動機を得て此処フィリピンに移住して満8年目の「人生第四毛作」を演出中です★現在に至るも在日中のクライアント2社との関係を継続し、両社に対する教育関連資料等の作成を継続しており、経営者マインドは不変かつ、活発です★最近に至り、ある動機と縁を得て在日中に提言活動した一つでもある「キーワード」を本欄にドカ~ん!と掲載することを思いつきました★1993年の「一ヶ月間の米国運送業界視察旅行」で体験した「スローガン」(全米トラック協会)ですが、業界の云々には無関係に万人に理解されかつ、「マッタク、そうだ!」と共感を呼ぶスローガンです。★"Without Trucks America Stops!"トラックが無ければアメリカが止まる!)がそれです!アメリカの経済から国民生活そのもの全てが止まる、という理念です★ところが皮肉にも、日本では「燃料が無かったらトラックが止まる」といった類の次元の低いものが目につきました★「トラックが止まれば日本全体の燃料はもとより、産業活動から国民生活そのものも止まる!」と解釈して真似るべきだと思います★ところが、母国日本のトラック協会や業界は無頓着(!?)。日本はアメリカを真似しての現在。肝心なことは・・・?その深い意味すら理解していないみたいでザンネンです★満85歳超のニッポン人爺ちゃんの皮肉ブログとご放念のほど・・・(笑)。
  アメリカを見習って、トラックが無ければ日本が止まる!("Without Trucks Japan Stops!"の精神を!
      
「without trucks america stops」の画像検索結果「without trucks america stops」の画像検索結果「vs」の画像検索結果   「日章旗」の画像検索結果  「No」の画像検索結果  「トラックがなければ日本が止まる」の画像検索結果

    http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳4か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」の新家屋に移ったら立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

 編集上のお知らせ:本サイト編集ソフト(cPanel)の1ページ当たり編集許容量は1000KB(1MG)です。最大量の情報ご提供精神から、可能な限りのボリュームをキープしています。末尾の朱文字表示がそれです。

                         English               
                  2017年3月7日(火)
       
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)にみる.主要企業からみるヨシダサイトは絶えず1000KB(1MB)以内に押さえている状態でして、楽天さんのそれは別にして他の追従を許さないほどのものです。なお、「ウェブサイト編集総使用量」に関しては、上掲データー表にある6社とは桁違いの量を有しています。質は別として量で勝負!って按配です。
              Since 10th March, 2001
 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。      

               ウィキペディアから拾った3月7日の「できごと」 
                             March  7,  Events(英語版)
                                        「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★「ヨシダブログ」は想うこと感じること等々を憚ることなくしています。現在の本コラムだけのそのヨシダブログ編集容量値だけでも、単行本に換算したらン拾冊相当分だぞ~と、他愛もなく自負しています★本コラムの編集の最大の魅力は自然に「世界史の一端」を学ぶことと受けとめて楽しく編集しています。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。
   1「Titus Fulvius Aelius Hadrianus Antoninus Augustus Pius」の画像検索結果「Titus Fulvius Aelius Hadrianus Antoninus Augustus Pius」の画像検索結果「deceased word」の画像検索結果「Titus Fulvius Aelius Hadrianus Antoninus Augustus Pius」の画像検索結果      「adopted word」の画像検索結果  「son word」の画像検索結果「マルクス・アウレリウス・アントニヌスとルキウス・ウェルス」の画像検索結果関連画像
 4     「薩長同盟」の画像検索結果        「薩長同盟」の画像検索結果        関連画像「薩長同盟」の画像検索結果「薩長同盟」の画像検索結果
    6「Alexander Graham Bell」の画像検索結果「Alexander Graham Bell patent」の画像検索結果     「Alexander Graham Bell」の画像検索結果  「Alexander Graham Bell」の画像検索結果
 10「)1918年 - 松下幸之助が大阪市に松下電気器具製作所創業」の画像検索結果「)1918年 - 松下幸之助が大阪市に松下電気器具製作所創業」の画像検索結果 「松下幸之助創業の二股ソケット」の画像検索結果「1918年 - 松下幸之助創業の商品」の画像検索結果関連画像 関連画像「)1918年 - 松下幸之助が大阪市に松下電気器具製作所創業」の画像検索結果
12 「クロンシュタットの反乱」の画像検索結果 「クロンシュタットの反乱」の画像検索結果「クロンシュタットの反乱」の画像検索結果「クロンシュタットの反乱 ボリシェヴィキ」の画像検索結果「ボリシェヴィキ」の画像検索結果
   「ボリシェヴィキ」の画像検索結果「ボリシェヴィキ」の画像検索結果 13  関連画像「北丹後地震」の画像検索結果「北丹後地震」の画像検索結果「北丹後地震」の画像検索結果
    「北丹後地震」の画像検索結果「北丹後地震」の画像検索結果「北丹後地震」の画像検索結果21「Joseph Morrell Dodge」の画像検索結果「Joseph Morrell Dodge and ikeda」の画像検索結果    「Dodge Line」の画像検索結果  
         「1949年ドッジ・ライン新聞記事」の画像検索結果「1949年ドッジ・ライン新聞記事」の画像検索結果23「1965, African-American Civil Rights Movement, controlled by force」の画像検索結果「1965, African-American Civil Rights Movement, controlled by force」の画像検索結果「1965, African-American Civil Rights Movement, controlled by force」の画像検索結果
   「1965, African-American Civil Rights Movement, controlled by force」の画像検索結果「1965, African-American Civil Rights Movement, controlled by force」の画像検索結果「1965, African-American Civil Rights Movement, controlled by force」の画像検索結果  「1965, African-American Civil Rights Movement, controlled by force」の画像検索結果       「1965, African-American Civil Rights Movement, controlled by force」の画像検索結果     
      「1965, African-American Civil Rights Movement, controlled by force」の画像検索結果関連画像35「2013年 - 沖縄県石垣市に新石垣空港が開港」の画像検索結果「2013年 - 沖縄県石垣市に新石垣空港が開港」の画像検索結果「2013年 - 沖縄県石垣市に新石垣空港が開港」の画像検索結果
  「2013年 - 沖縄県石垣市に新石垣空港が開港」の画像検索結果「2013年 - 沖縄県石垣市に新石垣空港が開港」の画像検索結果「2013年 - 沖縄県石垣市に新石垣空港が開港」の画像検索結果36「2014年 - 日本一の高層ビルであるあべのハルカスが全面開業」の画像検索結果「2014年 - 日本一の高層ビルであるあべのハルカスが全面開業」の画像検索結果
                    (編集容量限度のために最下段1列を削除しています。)
(1)161年 - ローマ皇帝アントニヌス・ピウスが死去。養子のマルクス・アウレリウス・アントニヌスルキウス・ウェルスが即位。
(2)1582年 - 佐久間盛政らが加賀一向一揆最後の拠点能美郡の山内庄を制圧。
(3)1788年 - イギリスの探検家ジェームズ・クック(キャップテン・クック)が、ハワイ諸島の一つカウアイ島に到達。
(4)1866年慶応2年1月21日) - 薩摩藩長州藩との間で薩長同盟が成立する。
(5)1873年 - 神武天皇即位日を「紀元節」と称することを決定。
(6)1876年 - アレクサンダー・グラハム・ベル電話機の特許権を獲得する。
(7)1900年 - 未成年者喫煙禁止法公布。
(8)1908年 - 青函連絡船運航開始。
(9)1914年 - ヴィルヘルム・フリードリヒ・ツー・ヴィートアルバニア公に即位。
(10)1918年 - 松下幸之助大阪市に松下電気器具製作所(現・パナソニック)を創業。
(11)1919年 - 東京・日本橋のデパート白木屋を会社化し、株式会社白木屋呉服店(現・東急百貨店)を設立。
(12)1921年 - クロンシュタットの反乱勃発。クロンシュタットの水兵がボリシェヴィキの独裁に対して反乱を起こす。
(13)1927年 - 北丹後地震発生。
(14)1932年 - 東京都墨田区玉の井の「お歯黒どぶ」から男のバラバラ死体発見(玉の井バラバラ殺人事件)。「バラバラ殺人」の表現の嚆矢。
(15)1936年 - ドイツロカルノ条約の破棄を宣言してラインラントに進駐
(16)1940年 - 戦争政策批判により衆議院が民政党斎藤隆夫を除名処分。
(17)1945年 - 第二次世界大戦: アメリカ軍がライン川に残った2つの橋のうちの一つ・ルーデンドルフ橋を確保。
(18)1945年 - ユーゴスラビアヨシップ・ブロズ・チトーを首班とする人民政府が成立。
(19)1947年 - アメリカ施政下の沖縄県で平良市が市制施行。
(20)1948年 - 警察法消防組織法施行。
(21)1949年 - ドッジ・ライン発表。
(22)1951年 - 王子朝鮮人学校事件発生。
(23)1965年 - 公民権運動: 血の日曜日事件。アメリカ合衆国アラバマ州セルマで公民権運動のデモ隊が、州知事の命令により武力で鎮圧される。
(24)1968年 - 石川テレビ放送設立。
(25)1970年 - 湘南モノレールが開業。
(26)1971年 - 国鉄山手線の読み方を「やまのてせん」に統一。
(27)1971年 - 国鉄長野原線を吾妻線に改称、長野原(現在の長野原草津口) - 大前が延伸開業し全通。
(28)1972年 - 連合赤軍山岳ベース事件で警官隊により最初の遺体が発見される。
(29)1977年 - 第1回アラブ・アフリカ首脳会議カイロで開催される。
(30)1980年 - 山口百恵三浦友和との婚約と引退を発表。
(31)1983年 - 新潟テレビ21設立。
(32)2005年 - 岡山県赤磐市が市制施行。
(33)2007年 - イギリス庶民院で、貴族院に選挙制導入を求める決議案を可決。
(34)2011年 - 政治資金規正法違反(在日外国人からの献金)のため、前原誠司外務大臣が辞任。
(35)2013年 - 沖縄県石垣市新石垣空港が開港。
(36)2014年 - 日本一の高層ビルであるあべのハルカスが全面開業。
(37)2015年 - 首都高速中央環状線が全線開通。(578.29KB:48KB/line)
    
                        インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。
ただ今、6762編目です! 
2017年3月7日(火)現在掲載分
昨日3月6日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コーナー

 今朝一番の取材掲載記事は心ならずも(?)、なんだか自慢ブログって感じになりました。「No.6761:VW、初の自動運転コンセプト車を公開 ハンドル無し日本経済新聞2017.3.7.)」がそれですが、当事者なかんずく、85歳の爺さんにとっては恰好の想い出ブログとしてご寛容のほど・・・★もっか、一方では、昨夜受信した「today@VOA」の編集に取り掛かっています。「No.121 (March 7, 2017):"On March 6, 1857, the U.S. Supreme Court issues the Dred Scott decision, affirming the right of slave owners to take their slaves..."」がそれですが、果たしてその出来上がりは・・・?と、いささか、心配です。でもま、勉強、べんきょう、ベンキョウ!って前向き気分です。(10:45)★この記事編集を完了しました。もう一度クリックしてご覧くださいませんか?生きものみたいに変化するのがイイですよ(笑)。(12:50)

On This Day in American History
On March 6, 1857, the U.S. Supreme Court issues the Dred Scott decision, affirming the right of slave owners to take their slaves into the West and essentially affirming slavery in the Western territories. Dred Scott was a slave who sued his owner for his freedom after he was taken to the free state of Illinois. The nation’s highest court ruled that all people of African ancestry, both slaves and free, were not citizens of the United States and therefore could not sue in federal court.

 「No.6762:ヤマト宅配便を直撃、人手不足は日本経済の新たなボトルネックだDIAMOND Online2017.3.7.真壁昭夫:信州大学教授)」の編集が飛び込んできました。編集容量過剰ののために「きょうのできごと」写真最下段1列を削除余儀なくしています。ギリギリの「951.32.KB」です。ハイ、でもゲーム感覚で処理しています★ニューヨーク・タイムズ紙メルマガの記事に関心を抱きます。フィリピンはかの「バターン死の行進」を生き延びたアメリカ人で96歳で死去された人物のこと。100歳以上に限定している取材記事ですが、フィリピンでのことが主題だけに取り上げます。ちなみに、その記事は"Lester Tenney, 96, Dies; Faced Japan's Brutality and Won Its Apologies"(NYTimes.com)です。(19:00)

No.6762
ヤマト宅配便を直撃、人手不足は日本経済の新たなボトルネックだ
DIAMOND Online2017.3.7.真壁昭夫:信州大学教授
ヨシダブログ: 母国ニッポンの人手不足はヨシダの昔取った杵柄・トラック運送業界はもとより、あらゆる分野で顕著です。にも拘らず、母国ニッポンは外国人労働力導入すら積極的でありません。ましてや、外国人の移民受け入れもアレルギー的に拒絶しています▼本記事筆者・真壁昭夫:信州大学教授もひと言も言及しておられません。??です▼ひょっとして、母国の先輩たちは、「モノの製造はすべてロボット!クルマもハンドル無しで完全自動化!」って時代の到来を踏まえた先見の明をもってのこのような対応なのだろうかな?・・・とも▼「中見出し」は、■ヤマト運輸による会社への「異例の要求」、■便利な社会、人手不足が壁に利益率低下、労働環境も悪化、■新しい物流のビジネスモデルが必要  駅やコンビニに配達ボックス、■官民の力でイノベーションをドローンや自動運転技術を活用・・・と続きます。写真24枚添付ファイル)(105.39KB)
   「ヤマト宅配便を直撃、人手不足は日本経済の新たなボトルネックだ」の画像検索結果  「ヤマト宅配便を直撃、人手不足は日本経済の新たなボトルネックだ」の画像検索結果「ヤマト宅配便を直撃、人手不足は日本経済の新たなボトルネックだ」の画像検索結果       「ヤマト宅配便を直撃」の画像検索結果
    「ヤマト宅配便を直撃」の画像検索結果   「ヤマト宅配便を直撃」の画像検索結果  「ヤマト宅配便を直撃」の画像検索結果 「ヤマト宅配便を直撃」の画像検索結果 「ヤマト宅配便を直撃」の画像検索結果
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             今週のキーワード 真壁昭夫               
No.6761
VW、初の自動運転コンセプト車を公開 ハンドル無し
日本経済新聞2017.3.7.

ヨシダブログ:人間の力、極まれり!って感じです!「ハンドル無しのクルマ」って、完全自動化もイイところ。直感的に想ったことは、この調子でいったら、人類は全ての商品を完全自動化して「人力生産」は無くなる!という将来像。地球人口は暴発の一途。・・・とすると・・・??▼話を戻してのこと。ヨシダはポリオで脚が不自由なことから、左側通行では運転台の乗り降り都合で左ハンドル(外車)が安全、という「解釈」で、早くから「ガイシャ党」でした▼ブログが飛びますが、「英語版きょうのできごと」という新コラムを思い付いた根本の動機はほかならぬ、「ヨシダのガイシャ趣向」。おっと、そこに至ることは早世した親父(祐一)が若くにして開業したタクシー業。クルマ道楽で当時のシロクロ写真の親父がパイロットのヘルメットみたいなものを被って、長いノーズのオープンカーのハンドルを握っていてる写真を子供心に覚えています▼ちなみに、そのコラムは現在は120編に至るものですが、その第一発をリンクしてご参考に供します。無論、英語ですが、ヨシダの英語力欠点あら探しをするつもりでクリックしてご覧になりませんか?「No.1: A Short Story of Yoshida's Car Life in Japan(Oct.2, 2016) 」がそれです▼この際ですので、ヨシダの遊び心のお許しをいただいて、ヨシダが愛した「ガイシャ歴写真」を添付します。ヨシダの遊び心をお許しのほど・・・・▼蛇足の追ブロをひとつ。親父は広島県で最初の運転免許取得。道楽気分でタクシー業開業。歴代広島市長のお気に入りで専用車みたいなことだったことからのこと。ある市長の「ヨシダ君、タクシー業を止めて市長専用車ドライバーにならんか・・」に誘われてのこと。被爆でジエンドになるまでに、5,6人の市長に仕えたものでした。クルマの修理に関しては大坂から派遣される専門技術者が舌を巻いたとか。その血を受けた長男・祐起だけに、早くから自営業化した職人人生では3つの実用新案特許を取得したものです▼・・・と、まあ、そんな郷愁もあって、ご覧のようなコラム記事を編集した次第です。写真20枚添付ファイル)(105.39KB)
   「The day before」の画像検索結果   「2017 juneve international motorshow」の画像検索結果「disclosed」の画像検索結果  「VW、初の自動運転コンセプト車を公開 ハンドル無し」の画像検索結果
   「2016」の画像検索結果            「2016 international motor show」の画像検索結果   「VWのミュラーCEO」の画像検索結果    「昨秋のパリ国際自動車ショー」の画像検索結果
   http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「love cars」の画像検索結果  「初期のトヨペット・クラウン」の画像検索結果  「初期のセドリック」の画像検索結果「初期のデボネア」の画像検索結果   
     「初期のオペル・レコード」の画像検索結果     「opel commodore green color」の画像検索結果       「opel commodore」の画像検索結果   「opel commodore」の画像検索結果
                   「ford taurus」の画像検索結果 「german car golf」の画像検索結果  「シボレー タホ」の画像検索結果   
 昨6日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日7日の第一記事掲載(10:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」に保存しています。おって、折角の関連写真であるにかんがみ、当該記事末尾の「写真○枚添付ファイル」をクリックすると写真を含む記事全体がご覧いただける仕組みにしています。1ページの編集容量を限度(1000KB=1GB)以内に抑えつつ、折角の写真を可能な限りの大きさに保って保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承ください。

        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
         (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-21.jpg

"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

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"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

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  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
   
★なお、末尾にあしらた米漫画「ピーナッツ」のひとコマ。ワンちゃんを相手にピーナッツ君が言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは「自利から他利」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!! 
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 (注)最近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれ ば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りる」という利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう! 
 なお、末尾の「カッコ内数字記号(朱文字)」は本トップページの「編集量現在値」でして、契約編集ソフト会社(cPanel社)との契約に基づくのが1ページ当たりの許容編集量限度(1000KB=1MB)であるに鑑み、「最大限の情報ご提供」という勝手な編集者のサービス精神(?)をもって、その限度量精一杯の利用を心掛けるための指針としているものです。
 最近は英語版がそれを上回るほどの情報提供であるために、現存する画像をその都度旧いものから必要に応じて削除しながら最大限の画像情報等のご提供を心掛けるという際どい編集手法に徹しています。 
                                                   (951.32KB)                        2017年3月7日(火)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳4ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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