この素人っぽいウェブサイトの主人公であり、かつ編集者の吉田祐起(以下、ヨシダと称します)は2016年12月1日で来比満8年、年齢は満85歳を越しました★被爆翌年に父を失い、長男の立場にあって早くにして働き始め、14年間の人生第一毛作は「職人独立自営業」、第二毛作は通算32年間に及んだ「7社グループによる総合物流商社企業経営者」、第三毛作は16年間の総合物流経営コンサルタント会社社長と、通算60余年間に及ぶ経営者人生を終えて、ある動機を得て此処フィリピンに移住して満8年目の「人生第四毛作」を演出中です★現在に至るも在日中のクライアント2社との関係を継続し、両社に対する教育関連資料等の作成を継続しており、経営者マインドは不変かつ、活発です★最近に至り、ある動機と縁を得て在日中に提言活動した一つでもある「キーワード」を本欄にドカ~ん!と掲載することを思いつきました★1993年の「一ヶ月間の米国運送業界視察旅行」で体験した「スローガン」(全米トラック協会)ですが、業界の云々には無関係に万人に理解されかつ、「マッタク、そうだ!」と共感を呼ぶスローガンです。★"Without Trucks America Stops!"トラックが無ければアメリカが止まる!)がそれです!アメリカの経済から国民生活そのもの全てが止まる、という理念です★ところが皮肉にも、日本では「燃料が無かったらトラックが止まる」といった類の次元の低いものが目につきました★「トラックが止まれば日本全体の燃料はもとより、産業活動から国民生活そのものも止まる!」と解釈して真似るべきだと思います★ところが、母国日本のトラック協会や業界は無頓着(!?)。日本はアメリカを真似しての現在。肝心なことは・・・?その深い意味すら理解していないみたいでザンネンです★満85歳超のニッポン人爺ちゃんの皮肉ブログとご放念のほど・・・(笑)。
  アメリカを見習って、トラックが無ければ日本が止まる!("Without Trucks Japan Stops!"の精神を!
      
「without trucks america stops」の画像検索結果「without trucks america stops」の画像検索結果「vs」の画像検索結果   「日章旗」の画像検索結果  「No」の画像検索結果  「トラックがなければ日本が止まる」の画像検索結果

    http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳4か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」の新家屋に移ったら立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

 編集上のお知らせ:本サイト編集ソフト(cPanel)の1ページ当たり編集許容量は1000KB(1MG)です。最大量の情報ご提供精神から、可能な限りのボリュームをキープしています。末尾の朱文字表示がそれです。

                         English               
                  2017年3月6日(月)
       
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)にみる.主要企業からみるヨシダサイトは絶えず1000KB(1MB)以内に押さえている状態でして、楽天さんのそれは別にして他の追従を許さないほどのものです。なお、「ウェブサイト編集総使用量」に関しては、上掲データー表にある6社とは桁違いの量を有しています。質は別として量で勝負!って按配です。
              Since 10th March, 2001
 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。      

               ウィキペディアから拾った3月6日の「できごと」 
                             March  6,  Events(英語版)
                                        「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★「ヨシダブログ」は想うこと感じること等々を憚ることなくしています。現在の本コラムだけのそのヨシダブログ編集容量値だけでも、単行本に換算したらン拾冊相当分だぞ~と、他愛もなく自負しています★本コラムの編集の最大の魅力は自然に「世界史の一端」を学ぶことと受けとめて楽しく編集しています。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。
   1 「平清盛の娘である徳子」の画像検索結果「平清盛文字」の画像検索結果「平家家紋」の画像検索結果「daughter word」の画像検索結果「平清盛の娘徳子」の画像検索結果  「平清盛の娘徳子」の画像検索結果 「高倉天皇」の画像検索結果 「平清盛の娘徳子」の画像検索結果 
  「Empress word」の画像検索結果   「高倉天皇」の画像検索結果   「高倉天皇」の画像検索結果  「高倉天皇」の画像検索結果   2  「高田馬場の決闘」の画像検索結果    「高田馬場の決闘」の画像検索結果
    「高田馬場の決闘」の画像検索結果 「高田馬場の決闘」の画像検索結果「高田馬場の決闘」の画像検索結果「堀部安兵衛 家紋」の画像検索結果 関連画像「堀部安兵衛 家紋」の画像検索結果「堀部安兵衛 家紋」の画像検索結果
 4「James Bowie」の画像検索結果「Antonio López de Santa Anna」の画像検索結果 「James Bowie」の画像検索結果「Battle of the Alamo」の画像検索結果「Battle of the Alamo」の画像検索結果         「Battle of the Alamo」の画像検索結果関連画像
  5     関連画像「1853年 - ジュゼッペ・ヴェルディのオペラ『椿姫』初演」の画像検索結果  「La traviata」の画像検索結果  「La traviata」の画像検索結果   「La traviata」の画像検索結果  「La traviata now」の画像検索結果
 10「東京・神田の錦輝館で日本で初めて映画が公開」の画像検索結果「東京・神田の錦輝館で日本で初めて映画が公開」の画像検索結果「東京・神田の錦輝館で日本で初めて映画が公開」の画像検索結果「東京・神田の錦輝館で日本で初めて映画が公開」の画像検索結果  「東京・神田の錦輝館で日本で初めて映画が公開」の画像検索結果  「東京・神田の錦輝館で日本で初めて映画が公開」の画像検索結果
 20「1957」の画像検索結果「1957年 - 『週刊女性』が創刊」の画像検索結果「1957年 - 『週刊女性』が創刊」の画像検索結果「1970」の画像検索結果「1970 週刊女性」の画像検索結果「1990」の画像検索結果「1990「週刊女性」」の画像検索結果「2017」の画像検索結果「2017年「雑誌週刊女性」」の画像検索結果
 34         「愛知高速交通東部丘陵線」の画像検索結果「愛知高速交通東部丘陵線」の画像検索結果        「愛知高速交通東部丘陵線」の画像検索結果「愛知高速交通東部丘陵線「リニモ」」の画像検索結果 
(1)1172年承安2年2月10日) - 平清盛の娘である徳子高倉天皇中宮になる。
(2)1694年元禄7年2月11日) - 高田馬場の決闘が起こる。
(3)1821年 - ギリシャ独立戦争が始まる。
(4)1836年 - テキサス革命: アラモの砦が陥落し、アラモの戦いが終結。メキシコ軍がテキサス分離独立派に勝利。
(5)1853年 - ジュゼッペ・ヴェルディのオペラ『椿姫』初演。
(6)1857年 - 合衆国最高裁判所ドレッド・スコット対サンフォード事件の判決を下す。
(7)1869年 - ドミトリ・メンデレーエフがロシア化学会で周期律表を発表。
(8)1890年 - 政府が三菱岩崎弥太郎に東京・丸の内一帯を払い下げ。
(9)1893年 - 神奈川県に属していた西多摩郡南多摩郡北多摩郡三多摩)を東京都に編入。
(10)1897年 - 東京・神田の錦輝館で日本で初めて映画が公開される。
(11)1907年 - 玉川電気鉄道の路線として道玄坂上 - 三軒茶屋間が開業。
(12)1930年 - ゼネラルフーズが世界初の冷凍食品を発売。
(13)1942年 - 第二次世界大戦: 海軍省が、真珠湾攻撃で戦死した特別攻撃隊員9人を軍神として顕彰。
(14)1943年 - 北海道虻田郡倶知安町で映画会開催中に火災が発生、208人が死亡。(布袋座火災
(15)1945年 - 第二次世界大戦: 国民勤労動員令公布・施行。
(16)1946年 - 日本初のスポーツ新聞日刊スポーツ』が創刊。
(17)1951年 - ローゼンバーグ事件の裁判が始まる。
(18)1953年 - ヨシフ・スターリンの死去に伴い、後任のソ連首相にゲオルギー・マレンコフが就任。
(19)1957年 - 英領ゴールド・コーストイギリスから独立してガーナ共和国となる。ンクルマが初代首相に就任。
(20)1957年 - 日本初の女性週刊誌である『週刊女性』が創刊される。
(21)1964年 - コンスタンティノス2世ギリシャ国王に即位。
(22)1967年 - 日本航空が世界一周線の運航を開始。
(23)1967年 - ヨシフ・スターリンの娘のスヴェトラーナ・アリルーエワアメリカ合衆国亡命
(24)1972年 - 新日本プロレス旗揚げ。
(25)1975年 - イランイラクシャットゥルアラブ川およびフーゼスターンにおける国境問題の解決と敵対関係の停止を合意。(アルジェ合意英語版
(26)1975年 - ケネディ大統領暗殺事件を撮影した8ミリフィルム「ザプルーダー・フィルム」が初めてテレビ放映される。
(27)1982年 - NFLに対抗して結成されたアメリカフットボール連盟英語版 (USFL) の最初の試合が行われる。
(28)1986年 - ハレー艦隊: ソ連の金星・ハレー彗星探査機ベガ1号が、世界で初めて彗星の核を近接撮影。
(29)1989年 - 兵庫県津名郡津名町(現淡路市)でふるさと創生事業による1億円分の金塊を公開。
(30)1989年 - リクルート事件に関連して、NTT真藤恒前会長を、東京地検特捜部NTT法違反(収賄)で逮捕。
(31)1993年 - 金丸信元副総理(元自由民主党副総裁)が脱税の容疑で逮捕される。
(32)1994年 - 新横浜ラーメン博物館が開館。
(33)2002年 - 北九州監禁殺人事件で、事件発覚の発端となる少女の監禁事件が明るみに出る。
(34)2005年 - 日本初の実用磁気浮上式リニアモーターカー愛知高速交通東部丘陵線「リニモ」が愛知県で開業する。
(35)2006年 - 第二次世界大戦終結後、初めて日本が独自開発した戦闘機F-1が退役。
(452.09KB:35KB/line)
    
                        インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。
ただ今、6760編目です! 
2017年3月6日(月)現在掲載分
昨日3月5日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コーナー

 ちょっとばかり笑い話的なブログであり、眉唾もの(?)って気分でブログすることですが、本日「3月6日のできごと 編集で想い出すことがあります。「 (1)1172年承安2年2月10日) - 平清盛の娘である徳子高倉天皇中宮になる 」がそれですが、102歳で他界したハワイ生まれのお袋のこと。彼女の口癖を再現しますとこうです・・・。①お前たちの祖祖母は吉田家系図欲しさに嫁いできたんじゃ、300年の家系図じゃったんじゃが火事で無くなった。先祖をず~と辿れば平家の一族。ということは、桓武天皇に行き渡るんじゃ・・・と」(笑)。もうひとつの眉唾ものは、先祖にギリシャ人の血が混ざっているんじゃと教えられてきた・・・とも。そう言えば、4歳上の姉はよく泣いて学校から帰ったものだと。「毛唐の子!」と。じじつ、日本人離れした容貌でした★3人の姉も子供心に覚えていますが、日本人には珍しい西欧人やこの国の人・フィリピン人並みのビッグ・ヒップでした★・・・と、他愛も無いことに想いを巡らすヨシダですが、ま、85歳にもなると、いろんなことが耳に入ってきたもの。でも、母国ニッポンのことに関する情報はインタネットを通じたものだけで、お袋みたいな口コミ情報は皆無です・・・★本日の日付変更は早めに終了して、折角の日曜日夜をエンジョイしますi。(5日22:00)★追ブロ!ボクたちの親父のこと。お袋口癖でしたが、昔の「戸籍謄本」を見せられながらの話。氏族の吉田家長男だった親父が生まれてくるのが遅く、ために、吉田先祖は養子をとって氏族吉田家を継がせ、その後に生まれてきたために、親父は分家して平民になった・・・という話★これも子供心の記憶ですが、親父のことを評して出入りする親父の友人諸氏がよく言っていたとか。「流石は吉田さんは氏族の風格のある人物・・・」と★ちなみに、吉田家本家の養子さんも立派な人だったとか。明治維新後に多くいた御家人さんたちに退職金を払うために家屋敷を売却して処したことから、本家も貧乏になった・・・とも★他愛も無いことですが、102歳を生きたお袋に対する供養の意味でブログした次第です。でもでもですが、他愛も無い昔話。でもでも、ロマンのある話ではあると現在にしてしみじみ感じます。「きょうのできごと」編集がそうさせるのでもあると感じます。(5日22:30)
 「No.6758:自動翻訳なぜ急速進化 2つのブレークスルー日本経済新聞2017.3.6.編集委員 吉川和輝)」を編集しながら胸を横切ること。それは、「ニッポン人の英語下手」に対する余計な産業界やマスメディア界の「ご安心PR」って感じと皮肉ります。ブログしだしっぺ、でご免なさい。(10:30)
 「No.6759:「老いても進化する脳」が人生100年時代には求められる【特別対談「脳科学×アンチエイジング」】DIAMOND Online2017.3.6.精神科医・久賀谷亮氏:抗加齢医学・専門家・白澤卓二氏対談)」を編集中、なかんずく、ヨシダブログで痛感することは、人生体験って、満更ではないぞ~!という自負心です。本コラムでのブログが次々と出てくる所以もどうやらそうした人生体験のなせる業と自負します・・・。(13:20)
 「No.6760:「オバマケア」が機能不全に陥っている理由 これは理想的な国民皆保険ではない東洋経済ONLINE2017.3.6.ジュンコ・グッドイヤー :Agentic LLC(米国)代表、プロデューサー)」の編集で想い出すのは1993年実施した「1ヶ月間米国トラック運送業界取材旅行」でのこと。ヒラリー・クリントンさんの裏面をあらためて知らされる記事です★久々に3編の記事編集です。その都度のブログ量も少なくないでしょう。その分、人生体験と主張意欲は衰えないということです。お陰でストレスはありません。なにせ、言い出しっぺですから・・・(笑)。(16:40)

 

No.6760
「オバマケア」が機能不全に陥っている理由
 これは理想的な国民皆保険ではない
東洋経済ONLINE2017.3.6.ジュンコ・グッドイヤー :Agentic LLC(米国)代表、プロデューサー
ヨシダブログ:ヒラリー大統領時代は1993年10月。「一ヶ月間米国運送業界視察取材旅行」をした折はフロリダ州・ジャクソンビルで開催された10日間の全米トラック協会年次大会出席した時のこと。同大会における招待講演が日程上できないことから、大スクリーンに打ち出されたのが同夫人のビデオ演説でした。今から考えるに、かの「オバマケア」の原点でした▼大統領夫人と言っても、正式公式な役職があったわけでもないのに?・・・と訝ったものでした▼ちなみに、グーグル検索して知るに、当時のそのできごとが鮮明に想像できます。曰く、「・・・大統領選挙キャンペーンでビルがヒラリーとのコンビを「ひとつ分のお値段で、ふたつ分のお買い得 ("get two for the price of one")」と言っていたように、ビルがヒラリーを「最大のアドバイザー」と評して全幅の信頼を置いていたのは事実であり、ヒラリーはその後もクリントン政権を通じて閣議に臨席するという特別な存在であった。(これはケネディ大統領が信頼する実弟のロバート・ケネディを司法長官に任命して常に傍らにおいた例を踏襲したものだといわれる)。こうした立場のヒラリーは彼女に批判的な人々から「共同大統領 (co-President)」や「ビラリー (Billary)」と呼ばれた。こうしたあだ名は、彼女のややもすると他者を小ばかにしたかのような話し振りが、鼻持ちならない性格として批判者たちの憎悪を増幅しているためでもある。またヒラリーは、イーストウィングにあるファーストレディーとしてのオフィスとは別に、大統領執務室や閣議室のあるウエストウイングにも異例のオフィスを構えたが、そうした彼女のスタッフたちを、ヒラリー自身も含めて周囲は「ヒラリーランド (Hillaryland)・・・(ウィキペディア)」と散々です▼当時のヨシダの印象は、「国民保険制度ってな国家的な問題を大統領夫人が堂々と講演するなんて?・・・」と首をひねったものですが、今にしてな~るほど・・・」ってな心境です。もっとも、その辺りの裏話はヨシダの不認識ってことだったんだな、と反省する始末です▼なお、当時のもうひとつの強い印象は、ホワイトハウスで行われた「パレスチナ自治協定調印式」でした▼本記事の「中見出し」は、■保険料が高すぎて病院に行けない、■当事者になって気付いたオバマケアの致命的欠陥、■働ける人がオバマケア享受は、アリか?、■中間層に広がるオバマケアへの不信感・・・と続きます。写真14枚添付ファイル)(85.57KB)
   「obamacare」の画像検索結果「obamacare」の画像検索結果 「「オバマケア」が機能不全に陥っている理由 これは理想的な国民皆保険ではない」の画像検索結果           「obamacare」の画像検索結果
    「obamacare hillary clinton」の画像検索結果「obamacare hillary clinton」の画像検索結果 「obamacare hillary clinton」の画像検索結果 「obamacare hillary clinton」の画像検索結果
    「obamacare hillary clinton」の画像検索結果「obamacare」の画像検索結果
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No.6759
「老いても進化する脳」が人生100年時代には求められる【特別対談「脳科学×アンチエイジング」】
DIAMOND Online2017.3.6.精神科医・久賀谷亮氏:抗加齢医学・専門家・白澤卓二氏対談
ヨシダブログ:本記事の「中見出し」は、■「老後をどう生きるか」に迷う人が増えている、■年をとるごとに進化する脳の機能とは?、■若者はなぜ、高齢者の話を聞かなくなったのか?・・・ですが、かくいうヨシダは冒頭の「老後をどう生きるか」には全く迷うどころか、確たる目的と理念と意義を体感して生きていますので、著者には失礼ながら、まったく無縁の書物って感じがしないでもありません。でも、ヨシダは例外としてご参考に供する次第です▼本書の中身が本記事の末尾に記されていますが、本欄でも列記してご関心をお誘いします▼「Lecture」0:先端脳科学が注目する「脳の休め方」、:「疲れない心」を科学的につくるには? ― 脳科学と瞑想、2:「疲れやすい人」の脳の習慣 ― 「いま」から目をそらさない、3:「自動操縦」が脳を疲弊させる ― 集中力を高める方法、4:脳を洗浄する「睡眠」×「瞑想」 ― やさしさのメッタ、5:扁桃体は抑えつけるな! ― 疲れをため込まない不安解消法、6:さよなら、モンキーマインド ― こうして雑念は消える、7:「怒りと疲れ」の意外な関係性 ― 「緊急モード」の脳科学、8:レジリエンスの脳科学 ― 瞑想が「折れない心」をつくる、9:脳から体を治す ― 副交感神経トレーニング、10:脳には脳の休め方がある ― 人と組織に必要な「やさしさ」・・・と続きます▼脳科学などには全く無縁無知識のヨシダですが、自然体で身につけて実践していると感じます。と、生意気なブログですが、この年齢ともなれば人生体験は相当なモンですので・・・(笑)▼(追伸)僭越ながら追記します。通算60余年、自称人生第一、第二、第三作は初期の段階で発明体験をしたヨシダの信念は「成功は常識の積み重ねなり」で始まり、長じてからは「論理的思考力」に発展しました。こうした人生体験・哲学が現在のヨシダをして、こんな具合にキーボードを叩けることになった・・・と想起します。(写真12枚添付ファイル)(52.21KB)
   「脳科学×瞑想で集中力が高まる」の画像検索結果「脳科学×瞑想で集中力が高まる」の画像検索結果
   
No.6758
自動翻訳なぜ急速進化 2つのブレークスルー

日本経済新聞2017.3.6.編集委員 吉川和輝
ヨシダブログ:人類の英知は留まることを知りません。加えて、資本家や産業界は「穴場商品開発」に躍起です▼でもでもですが、一般の人が手軽に利用できるという簡単なシロモノでもなさそうです▼個人感情交流の大事なことは、その場その場で即時に第三者も交えずに通じ合えることがベスト。しかも、直接打って響くって按配に、です▼特に「自他共に英語下手が定着しているニッポン人が留意すべき点」は、こんなシロモノの登場で、なお一層、英語学習への意欲を失うこと・・・とヨシダは危惧します▼この種の記事情報は特定分野のビジネス・ピープルに必要であって、一般人の一般生活で当てにするべきものでは断じて有り得ない、と認識すべきです▼「ニッポン人の英語下手」はこれにて解決!と努々思うなかれ!と言いたいデス▼ま、そのうちに、人類は世界人口暴発を横目にしつつ、生産のロボットを信じられないほどのスピードと効果で開発中!人口暴発vs人手不要時代をどう処していくのだろう?・・・とは、余計な老人ヨシダが抱く危惧ではありますが・・・▼「中見出し」は、■日本人医師と外国人の患者がタブレットで会話、■文法に沿った「ルール翻訳」からビッグデータ活用の「統計翻訳」へ■さらに進化、脳を模した「ニューラルネット翻訳」に・・・と続きます。(写真12枚添付ファイル)(79.95KB)
  「自動翻訳なぜ急速進化 2つのブレークスルー」の画像検索結果「自動翻訳なぜ急速進化 2つのブレークスルー」の画像検索結果「AWS」の画像検索結果「AWS」の画像検索結果「AWS」の画像検索結果
  「NICTと富士通が共同開発した医療向け多言語音声翻訳システム(NICT提供)」の画像検索結果  「NICTと富士通が共同開発した医療向け多言語音声翻訳システム(NICT提供)」の画像検索結果   「NICTと富士通が共同開発した医療向け多言語音声翻訳システム(NICT提供)」の画像検索結果
  「自動翻訳なぜ急速進化 2つのブレークスルー」の画像検索結果  「編集委員 吉川和輝」の画像検索結果   「編集委員 吉川和輝」の画像検索結果    「編集委員 吉川和輝」の画像検索結果  
 昨5日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日6日の第一記事掲載(10:25)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」に保存しています。おって、折角の関連写真であるにかんがみ、当該記事末尾の「写真○枚添付ファイル」をクリックすると写真を含む記事全体がご覧いただける仕組みにしています。1ページの編集容量を限度(1000KB=1GB)以内に抑えつつ、折角の写真を可能な限りの大きさに保って保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承ください。

        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
         (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-21.jpg

"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

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                    「Lincoln Memorial」の画像検索結果     「Lincoln Memorial」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果
 

"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

 「samuel ullman youth poem」の画像検索結果

  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
   
★なお、末尾にあしらた米漫画「ピーナッツ」のひとコマ。ワンちゃんを相手にピーナッツ君が言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは「自利から他利」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!! 
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 (注)最近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれ ば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りる」という利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう! 
 なお、末尾の「カッコ内数字記号(朱文字)」は本トップページの「編集量現在値」でして、契約編集ソフト会社(cPanel社)との契約に基づくのが1ページ当たりの許容編集量限度(1000KB=1MB)であるに鑑み、「最大限の情報ご提供」という勝手な編集者のサービス精神(?)をもって、その限度量精一杯の利用を心掛けるための指針としているものです。
 最近は英語版がそれを上回るほどの情報提供であるために、現存する画像をその都度旧いものから必要に応じて削除しながら最大限の画像情報等のご提供を心掛けるという際どい編集手法に徹しています。 
                                                   (749.47KB)                        2017年3月6日(月)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳4ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
                    yoshidayuuki@rocketmail.com
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