この素人っぽいウェブサイトの主人公であり、かつ編集者の吉田祐起(以下、ヨシダと称します)は2016年12月1日で来比満8年、年齢は満85歳を越しました★被爆翌年に父を失い、長男の立場にあって早くにして働き始め、14年間の人生第一毛作は「職人独立自営業」、第二毛作は通算32年間に及んだ「7社グループによる総合物流商社企業経営者」、第三毛作は16年間の総合物流経営コンサルタント会社社長と、通算60余年間に及ぶ経営者人生を終えて、ある動機を得て此処フィリピンに移住して満8年目の「人生第四毛作」を演出中です★現在に至るも在日中のクライアント2社との関係を継続し、両社に対する教育関連資料等の作成を継続しており、経営者マインドは不変かつ、活発です★最近に至り、ある動機と縁を得て在日中に提言活動した一つでもある「キーワード」を本欄にドカ~ん!と掲載することを思いつきました★1993年の「一ヶ月間の米国運送業界視察旅行」で体験した「スローガン」(全米トラック協会)ですが、業界の云々には無関係に万人に理解されかつ、「マッタク、そうだ!」と共感を呼ぶスローガンです。★"Without Trucks America Stops!"トラックが無ければアメリカが止まる!)がそれです!アメリカの経済から国民生活そのもの全てが止まる、という理念です★ところが皮肉にも、日本では「燃料が無かったらトラックが止まる」といった類の次元の低いものが目につきました★「トラックが止まれば日本全体の燃料はもとより、産業活動から国民生活そのものも止まる!」と解釈して真似るべきだと思います★ところが、母国日本のトラック協会や業界は無頓着(!?)。日本はアメリカを真似しての現在。肝心なことは・・・?その深い意味すら理解していないみたいでザンネンです★満85歳超のニッポン人爺ちゃんの皮肉ブログとご放念のほど・・・(笑)。
  アメリカを見習って、トラックが無ければ日本が止まる!("Without Trucks Japan Stops!"の精神を!
      
「without trucks america stops」の画像検索結果「without trucks america stops」の画像検索結果「vs」の画像検索結果   「日章旗」の画像検索結果  「No」の画像検索結果  「トラックがなければ日本が止まる」の画像検索結果

    http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳4か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」の新家屋に移ったら立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

 編集上のお知らせ:本サイト編集ソフト(cPanel)の1ページ当たり編集許容量は1000KB(1MG)です。最大量の情報ご提供精神から、可能な限りのボリュームをキープしています。末尾の朱文字表示がそれです。

                         English               
                  2017年3月5日(日)
       
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)にみる.主要企業からみるヨシダサイトは絶えず1000KB(1MB)以内に押さえている状態でして、楽天さんのそれは別にして他の追従を許さないほどのものです。なお、「ウェブサイト編集総使用量」に関しては、上掲データー表にある6社とは桁違いの量を有しています。質は別として量で勝負!って按配です。
              Since 10th March, 2001
 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。      

               ウィキペディアから拾った3月5日の「できごと」 
                             March  5,  Events(英語版)
                                        「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★「ヨシダブログ」は想うこと感じること等々を憚ることなくしています。現在の本コラムだけのそのヨシダブログ編集容量値だけでも、単行本に換算したらン拾冊相当分だぞ~と、他愛もなく自負しています★本コラムの編集の最大の魅力は自然に「世界史の一端」を学ぶことと受けとめて楽しく編集しています。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。
  4 「ボストン虐殺事件」の画像検索結果 「Boston Massacre」の画像検索結果「Boston Massacre」の画像検索結果       「Boston Massacre」の画像検索結果 関連画像「Boston Massacre」の画像検索結果
 5  「1868江戸城」の画像検索結果   「1868江戸城」の画像検索結果    「江戸城無血開城」の画像検索結果   「left word」の画像検索結果「徳川慶喜が江戸城から寛永寺」の画像検索結果「moved word」の画像検索結果       「to」の画像検索結果
     「上野寛永寺」の画像検索結果「上野寛永寺」の画像検索結果「徳川慶喜が江戸城から寛永寺」の画像検索結果「徳川慶喜」の画像検索結果
    8     「1881, Kamehameha I come to japan」の画像検索結果 「1881 hawaii flag」の画像検索結果 「head of state」の画像検索結果        「first visitor」の画像検索結果「1881, Kamehameha I come to japan」の画像検索結果「1881, Kamehameha I come to japan」の画像検索結果 「1881, Kamehameha I come to japan」の画像検索結果       「1881, Kamehameha I come to japan」の画像検索結果
 11 「1926, "amazing stories", sf magazine published」の画像検索結果   「1926, "amazing stories", sf magazine published」の画像検索結果 「2016, "amazing stories"」の画像検索結果 「1926」の画像検索結果「1926 amazing stories」の画像検索結果「2016, "amazing stories"」の画像検索結果14「1932年 - 三井財閥総帥・團琢磨が日本橋の三井本館前で血盟団員により射殺」の画像検索結果 「1932年 - 三井財閥総帥・團琢磨が日本橋の三井本館前で血盟団員により射殺」の画像検索結果
  「)1932年 - 三井財閥総帥・團琢磨」の画像検索結果「1932年三井本館」の画像検索結果         「1932年三井本館」の画像検索結果21      「1946, winston churchill spoke "iron curtain" in missouri criticising russia」の画像検索結果「1946, winston churchill spoke "iron curtain" in missouri criticising russia」の画像検索結果
   「1946, winston churchill spoke "iron curtain" in missouri criticising russia」の画像検索結果
  「1946, winston churchill spoke "iron curtain" in missouri criticising russia」の画像検索結果「1946, winston churchill spoke "iron curtain" in missouri criticising russia」の画像検索結果26「1966年 - 英国海外航空911便」の画像検索結果「1966年 - 英国海外航空911便」の画像検索結果
     「1966年 - 英国海外航空911便」の画像検索結果 「1966年 - 英国海外航空911便」の画像検索結果関連画像 「1966年 - 英国海外航空911便新聞記事」の画像検索結果「1966年 - 英国海外航空911便」の画像検索結果「1966 BOAC 」の画像検索結果「1966 BOAC 」の画像検索結果
       27「1969年 - 熊本県熊本市「子飼交差点」」の画像検索結果「1969年 - 熊本県熊本市「子飼交差点」」の画像検索結果 「1969年 - 「子飼交差点」スクランブル交差点」の画像検索結果  「1969年 - 「子飼交差点」スクランブル交差点」の画像検索結果
  33
「ズームイン!!朝!」の画像検索結果   「ズームイン!!朝!」の画像検索結果    「ズームイン!!朝!」の画像検索結果    34      「黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』」の画像検索結果「1981年 - 黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』が発刊。」の画像検索結果
          「1981年 - 黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』が発刊。」の画像検索結果   「黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』」の画像検索結果    37「1998年 - 長野パラリンピックが開幕」の画像検索結果「1998年 - 長野パラリンピックが開幕」の画像検索結果「1998年 - 長野パラリンピックが開幕」の画像検索結果 「1998年 - 長野パラリンピックが開幕」の画像検索結果  
             「1998年 - 長野パラリンピックが開幕」の画像検索結果「1998年 - 長野パラリンピックが開幕」の画像検索結果 「1998年 - 長野パラリンピックが開幕」の画像検索結果 「1998年 - 長野パラリンピックが開幕」の画像検索結果「1998年 - 長野パラリンピックが開幕」の画像検索結果
                   38「2009 World Baseball Classic」の画像検索結果「2009 World Baseball Classic」の画像検索結果「2009 World Baseball Classic」の画像検索結果    「2009 World Baseball Classic」の画像検索結果
(1)363年 - ローマ皇帝フラウィウス・クラウディウス・ユリアヌスサーサーン朝ペルシャへの遠征を開始。
(2)741年天平13年2月14日) - 聖武天皇国分寺・国分尼寺建立の詔を出す。
(3)823年弘仁14年1月19日) - 空海嵯峨天皇から東寺を下賜される。

(4)1770年 - ボストン虐殺事件
(5)1868年明治元年2月12日) - 徳川慶喜が江戸城無血開城に伴い、江戸城を出て上野寛永寺に移る。
(6)1876年 - イタリアの新聞『コリエーレ・デラ・セラ』が創刊。
(7)1880年 - 会計検査院設置。
(8)1881年 - ハワイ国王カラカウアが来日。史上初めて来日した国家元首。
(9)1894年 - ローズベリー伯爵アーチボルド・プリムローズがイギリスの48代首相に就任。
(10)1908年 - 時事新報社シカゴ・トリビューンの世界美人コンクールの日本予選として日本初の美人コンテストを開催。
(11)1926年 - アメリカで世界初のSF専門誌『アメージング・ストーリーズ』が創刊される。
(12)1929年 - 治安維持法に反対していた山本宣治・元衆議院議員が右翼団体「七生義団」の黒田保久二により刺殺される。
(13)1931年 - 東京航空輸送が日本初のスチュワーデスを採用。
(14)1932年 - 三井財閥総帥・團琢磨日本橋三井本館前で血盟団員により射殺される。
(15)1933年 - ドイツ国会1933年選挙ナチ党国家人民党の与党が過半数を獲得。
(16)1936年 - イギリスの戦闘機スーパーマリン スピットファイアが初飛行。
(17)1938年 - 立正佼成会創立。
(18)1942年 - ドミートリイ・ショスタコーヴィチ交響曲第7番が初演。
(19)1942年 - アメリカ海軍の建設工兵隊・シービー設置。
(20)1943年 - イギリス初のジェット戦闘機グロスター ミーティアが初飛行。
(21)1946年 - ウィンストン・チャーチル英首相が米ミズーリ州でソ連を非難する「鉄のカーテン」の演説を行う。冷戦の始まり。
(22)1953年 - スターリン暴落ソ連の最高指導者ヨシフ・スターリンの重体(実際は同日死亡)の報道により、軍需株を中心に世界中の株式市場暴落
(23)1953年 - 日本赤十字社日中友好協会日本平和連絡会中国紅十字会北京で日本人居留民帰国問題に関する共同コミュニケ(北京協定)を発表し、中国大陸からの引揚げが再開する。
(24)1958年 - アメリカで人工衛星エクスプローラー2号が打ち上げられるが、軌道投入に失敗。
(25)1963年 - 日本SF作家クラブが発足する。
(26)1966年 - 英国海外航空911便(ボーイング707 G-APFE)が富士山上空で山岳波により空中分解。124名全員死亡(BOAC機空中分解事故)。
(27)1969年 - 熊本県熊本市に日本で初めてスクランブル交差点が設置される。
(28)1970年 - 核拡散防止条約が発効。
(29)1975年 - 豪華客船クイーン・エリザベス2号神戸港ポートターミナルQ1バースに日本初入港。
(30)1978年 - 中華人民共和国で「四つの近代化」を明記した新憲法を採択。
(31)1978年 - アメリカの地球観測衛星ランドサット3号が打ち上げられる。
(32)1979年 - アメリカの無人惑星探査機ヴォイジャー1号木星に最接近する。
(33)1979年 - 日本テレビズームイン!!朝!』が放送を開始。
(34)1981年 - 黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』が発刊。
(35)1982年 - ソ連の金星探査機ベネラ14号金星に到達する。
(36)1986年 - 青函トンネルの最後のレールが締結され、本州と北海道がレールでつながる。
(37)1998年 - 長野パラリンピックが開幕。3月14日まで。
(38)2009年 - 第2回ワールド・ベースボール・クラシックが開幕。
(39)2011年 - 東北新幹線E5系を使用する「はやぶさ」が運行開始。 (452.09KB:35KB/line)
    
                        インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。
ただ今、6757編目です! 
2017年3月5日(日)現在掲載分
昨日3月4日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コーナー

 昔取った杵柄って気分で編集しました。主人公の小倉昌男さんの「日本経済新聞「私の自叙伝」を全部、本欄で収録したものの、その拾い出しに手が回らないままに、この程度で掲載します。「No.6756:最大の顧客である老舗百貨店、三越と決別し、同社の配送業務から撤退する――・・・日本経済新聞「春秋」2017.3.5.)」がそれですが、なんともお懐かしい!!!って気分を抱くのが、元・同業者のヨシダの心境です。(10:40)
 久々に地方紙記事にヒットしました。日曜日で経済雑誌関連は休刊(?)って按配とみます。「No.6757:96歳で現代短歌大賞を受けた宮英(ひで)子さんにこんな一首がある。・・・神戸新聞「正平調」2017.3.5.)」を編集しながらのこと。あれもこれも・・・とブログ欲求が高まります(笑)★どうやら、本日の作業量はこの程度でピリオッドしたほうが良さそうです。「85歳のサンデー毎日族」らしく・・・っとは、自身への戒め(?)ですが、果たして?・・・。(13:40)

No.6757
96歳で現代短歌大賞を受けた宮英(ひで)子さんにこんな一首がある。・・・

神戸新聞「正平調」2017.3.5.
ヨシダブログ:経済雑誌メルマガで適当な記事にヒットしないことから、ひと昔前の全国各紙コラムに眼を転じてヒットしたのがこの記事です▼読んでなんだか複雑な心境デス。読書に関するアンケート調査は全国大学生活協同組合連合会が国公私立30大学、約1万人を対象にした結果。なんと、まったく読まないが49%もあるとは!?▼実父早世で進学を断念して青少年時代から働き詰めのヨシダのコンプレックスは「読書不足」です。もっとも、経営者人生60余年のヨシダは大きな二つの書棚にビッシリと「積読」したものではありますが・・・(笑)。ハイ、裏返せば、多少は読んだ(眼を通した)って程度▼でもでも、現在はこの年齢にして単行本ではないにしても、「リーディング」に留まらず、リードした内容に意見をブログする量は膨大(?)です。単行本に換算したら、ン拾冊相当だそ~!と(笑)▼本記事にある「ワープロを初めて使った作家は安部公房さん」とあることから、グーグルで知るに、「1924年(大正13年)3月7日 - 1993年(平成5年)1月22日・享年69歳)」。7歳お兄さん格。ヨシダがワープロを使い始めたのは60歳過ぎてのこと▼自慢ブログになりますが、当時から執筆活動旺盛だったヨシダが数ある新聞雑誌社で唯一のワープロ執筆者。ために、並み居る著名人作家を横目に、原稿締め切り日の大幅な延長特権を得たものでした▼フロッピー郵送からEメール添付に転じてからは、他の追従をさらに許しませんでした。ワープロ使用開始は安倍公房先生が先輩ですが、その使用年数だけは、はるかにヨシダがリードしているぞ~!くらいがヨシダの密かな自慢です(笑)▼そうだった!もうひとつの自慢!「眼鏡かけ更(さら)に拡大鏡(ルーペ)もて目をこらす文字(もんじ)といふ魔にいざなはれ〉のヨシダ流儀!「編集中の画面はその場で、自由自在に拡大して読み、必要ならば、そのままの拡大画像で編集するという手法。「著名人語録」の利用にはよく使う手です。(写真34枚添付ファイル)(127.04KB)
    「現代短歌大賞」の画像検索結果関連画像  関連画像「現代短歌大賞」の画像検索結果 「現代短歌大賞」の画像検索結果      「現代短歌大賞」の画像検索結果     「現代短歌大賞」の画像検索結果
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   「全国大学生活協同組合連合会」の画像検索結果「全国大学生活協同組合連合会」の画像検索結果「49%」の画像検索結果「never」の画像検索結果  「read」の画像検索結果  「read books」の画像検索結果
  「ワープロを初めて使った作家は安部公房さん」の画像検索結果「ワープロを初めて使った作家は安部公房さん」の画像検索結果「ワープロを初めて使った作家は安部公房さん」の画像検索結果「born word」の画像検索結果「1924」の画像検索結果「died  word」の画像検索結果「1993」の画像検索結果             「老眼鏡かけて虫眼鏡」の画像検索結果「老眼鏡かけて虫眼鏡」の画像検索結果「老眼鏡かけて虫眼鏡」の画像検索結果「老眼鏡かけて虫眼鏡」の画像検索結果
       「老眼鏡かけて虫眼鏡」の画像検索結果「老眼鏡かけて虫眼鏡」の画像検索結果「老眼鏡かけて虫眼鏡」の画像検索結果  「老眼鏡かけて虫眼鏡」の画像検索結果
No.6756
最大の顧客である老舗百貨店、三越と決別し、同社の配送業務から撤退する――・・・
日本経済新聞「春秋」2017.3.5.
ヨシダブログ:今朝の日本経済新聞「春秋」をみて、直感的に想ったこと!お懐かしい!って気分でした。・・・と、ヨシダにとっては雲の上的存在感のあるご人物だけにですが、そうは言っても、「同業者の誼&トラック運送業界の規制緩和問題」に関しては深い因縁を心に秘めるヨシダです▼ほかでもありません、日本経済新聞「私の履歴書」(復古版)の同氏の記事を全部、本コラムに収録したことがあるからです!▼随分と前のことですので、老人の記憶を辿るのはシンドイのですが、とりあえずヒットしたのが「No.1536:社長退任 「老害」恐れ定年設ける 妻が急逝、遺志に従い基金(第24回)(日本経済新聞2013.4.11.小倉昌男(元ヤマト運輸社長)」です▼以下に、その連載自叙伝を編集したものを列記したいのですが、現時点では手が届きませんので、省略して、その何処かにブログしたヨシダの言葉を想起しながらブログします▼小倉さんとは月とスッポンの格差のある同じトラック運送事業経営者のヨシダでしたが、共通した点は「業界の規制緩和問題提言」でした▼たった、一度だけですが、同氏から電話を頂いたことを想起します!「基金」を設けられた折にヨシダが発した感想(電話かメールかは記憶しませんが・・・)に対して電話を頂戴したのです!「・・・ヨシダさん、私はあなたの主張等々を日頃から意識して、ご立派だと感じています・・・」と▼・・・と、肝心の「私の履歴書(復古版)」を下記に列記したい心境ですが、手が回らないことから省略させていただき、本コラムのみを急ぎ掲載します▼ おっと、いまキャッチした記事は「No.1559:事故隠ぺい 危機感募り復帰 成果主義より人格で評価(第25回)日本経済新聞2013.4.15.小倉昌男(元ヤマト運輸社長)」です!なにせ、記憶を辿るのは老人の苦手・・・▼過去の同じこのコラムでも、「編集手法に時の変化」を痛感します。「日々新たなり」の経営者姿勢の賜物(?)です。余計な資料の添付は避けて、少しでも早くに掲載します。同業者として、偉大な大先輩経営者ご人物としての故・小倉昌男さんを偲びつつ・・・。(写真4枚添付ファイル)(52.94KB)
    「ヤマト運輸vs三越」の画像検索結果 「ヤマト運輸ロゴ1930年」の画像検索結果「ヤマト運輸vs三越」の画像検索結果「三越事件」の画像検索結果「三越ロゴ」の画像検索結果
  昨4日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日5日の第一記事掲載(10:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」に保存しています。おって、折角の関連写真であるにかんがみ、当該記事末尾の「写真○枚添付ファイル」をクリックすると写真を含む記事全体がご覧いただける仕組みにしています。1ページの編集容量を限度(1000KB=1GB)以内に抑えつつ、折角の写真を可能な限りの大きさに保って保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承ください。

        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
         (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
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"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

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"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

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  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
   
★なお、末尾にあしらた米漫画「ピーナッツ」のひとコマ。ワンちゃんを相手にピーナッツ君が言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは「自利から他利」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!! 
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 (注)最近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれ ば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りる」という利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう! 
 なお、末尾の「カッコ内数字記号(朱文字)」は本トップページの「編集量現在値」でして、契約編集ソフト会社(cPanel社)との契約に基づくのが1ページ当たりの許容編集量限度(1000KB=1MB)であるに鑑み、「最大限の情報ご提供」という勝手な編集者のサービス精神(?)をもって、その限度量精一杯の利用を心掛けるための指針としているものです。
 最近は英語版がそれを上回るほどの情報提供であるために、現存する画像をその都度旧いものから必要に応じて削除しながら最大限の画像情報等のご提供を心掛けるという際どい編集手法に徹しています。 
                                                   (841.37KB)                        2017年3月5日(日)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳4ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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