この素人っぽいウェブサイトの主人公であり、かつ編集者の吉田祐起(以下、ヨシダと称します)は2016年12月1日で来比満8年、年齢は満85歳を越しました★被爆翌年に父を失い、長男の立場にあって早くにして働き始め、14年間の人生第一毛作は「職人独立自営業」、第二毛作は通算32年間に及んだ「7社グループによる総合物流商社企業経営者」、第三毛作は16年間の総合物流経営コンサルタント会社社長と、通算60余年間に及ぶ経営者人生を終えて、ある動機を得て此処フィリピンに移住して満8年目の「人生第四毛作」を演出中です★現在に至るも在日中のクライアント2社との関係を継続し、両社に対する教育関連資料等の作成を継続しており、経営者マインドは不変かつ、活発です★最近に至り、ある動機と縁を得て在日中に提言活動した一つでもある「キーワード」を本欄にドカ~ん!と掲載することを思いつきました★1993年の「一ヶ月間の米国運送業界視察旅行」で体験した「スローガン」(全米トラック協会)ですが、業界の云々には無関係に万人に理解されかつ、「マッタク、そうだ!」と共感を呼ぶスローガンです。★"Without Trucks America Stops!"トラックが無ければアメリカが止まる!)がそれです!アメリカの経済から国民生活そのもの全てが止まる、という理念です★ところが皮肉にも、日本では「燃料が無かったらトラックが止まる」といった類の次元の低いものが目につきました★「トラックが止まれば日本全体の燃料はもとより、産業活動から国民生活そのものも止まる!」と解釈して真似るべきだと思います★ところが、母国日本のトラック協会や業界は無頓着(!?)。日本はアメリカを真似しての現在。肝心なことは・・・?その深い意味すら理解していないみたいでザンネンです★満85歳超のニッポン人爺ちゃんの皮肉ブログとご放念のほど・・・(笑)。
  アメリカを見習って、トラックが無ければ日本が止まる!("Without Trucks Japan Stops!"の精神を!
      
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    http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳4か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」の新家屋に移ったら立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

 編集上のお知らせ:本サイト編集ソフト(cPanel)の1ページ当たり編集許容量は1000KB(1MG)です。最大量の情報ご提供精神から、可能な限りのボリュームをキープしています。末尾の朱文字表示がそれです。

                         English               
                  2017年3月4日(土)
       
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)にみる.主要企業からみるヨシダサイトは絶えず1000KB(1MB)以内に押さえている状態でして、楽天さんのそれは別にして他の追従を許さないほどのものです。なお、「ウェブサイト編集総使用量」に関しては、上掲データー表にある6社とは桁違いの量を有しています。質は別として量で勝負!って按配です。
              Since 10th March, 2001
 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。      

               ウィキペディアから拾った3月4日の「できごと」 
                           March  4,  Events(英語版)
                                        「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★「ヨシダブログ」は想うこと感じること等々を憚ることなくしています。現在の本コラムだけのそのヨシダブログ編集容量値だけでも、単行本に換算したらン拾冊相当分だぞ~と、他愛もなく自負しています★本コラムの編集の最大の魅力は自然に「世界史の一端」を学ぶことと受けとめて楽しく編集しています。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。
    1 「フリードリヒ1世 (神聖ローマ皇帝)」の画像検索結果「フリードリヒ1世 (神聖ローマ皇帝)」の画像検索結果「神聖ローマ皇帝1152地図」の画像検索結果「1152 神聖ローマ皇帝ロゴ」の画像検索結果3「ラーマーティボーディー1世」の画像検索結果「ラーマーティボーディー1世」の画像検索結果「ラーマーティボーディー1世」の画像検索結果 
   「ラーマーティボーディー1世」の画像検索結果「founder word」の画像検索結果      「Dynasty word」の画像検索結果      「アユタヤ王朝」の画像検索結果「アユタヤ王朝」の画像検索結果 6「La Tour d'argent, 1582」の画像検索結果「La Tour d'argent, 1582」の画像検索結果 
     「La Tour d'argent, 1582」の画像検索結果
  「La Tour d'argent, 1582」の画像検索結果「La Tour d'argent, 1582」の画像検索結果「La Tour d'argent, 1582」の画像検索結果「La Tour d'argent, 1582」の画像検索結果
       「La Tour d'argent, 1582」の画像検索結果「La Tour d'argent, 1582」の画像検索結果「La Tour d'argent, 1582」の画像検索結果「La Tour d'argent, 1582」の画像検索結果    関連画像
  7    関連画像          「1604、江戸幕府が東海道・東山道・北陸道に一里塚を設置」の画像検索結果 「1604、江戸幕府が東海道・東山道・北陸道に一里塚を設置」の画像検索結果 「1604、江戸幕府が東海道・東山道・北陸道に一里塚を設置」の画像検索結果「1604、江戸幕府が東海道・東山道・北陸道に一里塚を設置」の画像検索結果関連画像
    14「1797, president george washington resigned」の画像検索結果  「1797, president george washington resigned」の画像検索結果「1797, president george washington resigned」の画像検索結果  「1797, president george washington resigned document」の画像検索結果   「1797 Mount Rushmore National Memorial in South Dakota」の画像検索結果
   18
「1877 first play of the swan by tchaikovsky」の画像検索結果「1877 first play of the swan by tchaikovsky」の画像検索結果「1877 first play of the swan by tchaikovsky」の画像検索結果「1877 first play of the swan by tchaikovsky」の画像検索結果「1877 first play of the swan by tchaikovsky」の画像検索結果「1877 first play of the swan by tchaikovsky」の画像検索結果「1877 first play of the swan by tchaikovsky」の画像検索結果
   「1877 first play of the swan by tchaikovsky」の画像検索結果「1877 first play of the swan by tchaikovsky」の画像検索結果   関連画像 「1877 first play of the swan by tchaikovsky」の画像検索結果     「1877 first play of the swan by tchaikovsky」の画像検索結果  「1877 first play of the swan by tchaikovsky」の画像検索結果 「1877, bolshoy theater」の画像検索結果
    19 「1882, first tramcar in london」の画像検索結果   「1882, first tramcar in london」の画像検索結果  「1882, first tramcar in london」の画像検索結果 「1882, first tramcar in london」の画像検索結果   「1882, first tramcar in london」の画像検索結果     
  20         関連画像「1890, the longest bridge forth iron bride」の画像検索結果「1890, the longest bridge "forth iron bridge" map」の画像検索結果
37「1977 Vrancea earthquake」の画像検索結果「1977 Vrancea earthquake」の画像検索結果
   「1977 Vrancea earthquake」の画像検索結果
「1977 Vrancea earthquake」の画像検索結果「1977 Vrancea earthquake」の画像検索結果「1977 Vrancea earthquake」の画像検索結果38「1978年 - 長谷川恒男がアイガー北壁の冬季単独登頂に成功。」の画像検索結果「1978年 - 長谷川恒男がアイガー北壁の冬季単独登頂に成功。」の画像検索結果「1978年 - 長谷川恒男がアイガー北壁の冬季単独登頂に成功。」の画像検索結果  
                   「1978年 - 長谷川恒男がアイガー北壁の冬季単独登頂に成功。」の画像検索結果 「1978年 - 長谷川恒男がアイガー北壁の冬季単独登頂に成功。」の画像検索結果
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「2006, pioneer 10」の画像検索結果            「2006, pioneer 10」の画像検索結果関連画像
(1)1152年 - フリードリヒ1世神聖ローマ皇帝に即位。
(2)1167年仁安2年2月11日) - 平清盛太政大臣に就任する。

(3)1351年 - ラーマーティボーディー1世(ウートーン王)がアユタヤ王朝を創始。
(4)1386年 - ヴワディスワフ2世ポーランド王として戴冠。
(5)1474年文明6年2月16日) - 一休宗純大徳寺の住持に就任する。

(6)1582年 - パリのレストラン・トゥール・ダルジャンが開業。
(7)1604年慶長9年2月4日) - 江戸幕府東海道東山道北陸道一里塚を設置する。

(8)1657年明暦3年1月18日) - 明暦の大火が記録上鎮火する。
(9)1665年 - イギリスオランダに宣戦布告し、第二次英蘭戦争が勃発。
(10)1675年 - ジョン・フラムスティードがイギリスの初代王室天文官に任命される。

(11)1791年 - バーモント共和国アメリカ合衆国に加入し、14番目の州・バーモント州となる。
(12)1791年 - イギリスの北米植民地をアッパー・カナダローワー・カナダに分割する植民地統治法英語版がイギリス議会を通過。
(13)1794年 - アメリカ合衆国憲法修正第11条議会で可決。
(14)1797年 - ジョージ・ワシントンが退職。
(15)1798年寛政9年1月17日) - 湯島聖堂を「昌平坂学問所」と改称し、同時に幕府の直轄とする。

(16)1824年 - 国立難破船救命協会(現 王立救命艇協会)設立。
(17)1863年 - アイダホ準州設置。
(18)1877年 - チャイコフスキー作曲のバレエ作品『白鳥の湖』がボリショイ劇場バレエ団により初演。
(19)1882年 - ロンドンでイギリス初の路面電車が走る。
(20)1890年 - イギリス最長の橋・フォース鉄道橋が開通。
(21)1899年 - 日本で(旧)著作権法公布。
(22)1902年 - シカゴアメリカ自動車協会設立。
(23)1917年 - モンタナ州選出のジャネット・ランキン下院議員が初登院。アメリカ初の女性下院議員。
(24)1929年 - ハーバート・フーヴァーが第31代アメリカ合衆国大統領に就任。
(25)1931年 - マハトマ・ガンジーインド総督エドワード・ウッドが、不服従運動の中止などを定めたデリー協定に調印。
(26)1933年 - フランクリン・ルーズベルトが第32代アメリカ合衆国大統領に就任。
(27)1933年 - ルーズベルト米大統領がフランシス・パーキンス英語版労働長官に任命。アメリカ初の女性閣僚。
(28)1935年 - 天皇機関説事件: 岡田啓介首相が議会で天皇機関説への反対を表明。
(29)1935年 - 特高警察が日本共産党中央委員・袴田里見を逮捕。
(30)1944年 - 宝塚歌劇が戦時下不適とされ休演となり、最後の公演が行われる。
(31)1951年 - インド・ニューデリーで第1回アジア競技大会開幕。3月11日まで。
(32)1952年 - 十勝沖地震
(33)1966年 - カナダ太平洋航空402便着陸失敗事故東京国際空港カナダ太平洋航空DC-8が着陸に失敗し墜落。64名死亡。
(34)1967年 - 高見山が外国人初の関取に。
(35)1974年 - ハロルド・ウィルソンがイギリスの69代首相に就任。
(36)1976年 - スーパーコンピュータCray-1の1号機がロスアラモス国立研究所に納入される。
(37)1977年 - ルーマニア地震英語版
(38)1978年 - 長谷川恒男アイガー北壁の冬季単独登頂に成功。ヨーロッパアルプスの3大北壁の冬期単独初登攀の成功は世界初。

(39)1993年 - 大阪市営地下鉄堺筋線動物園前 - 天下茶屋が延伸開業し全通。
(40)1999年 - バンダイワンダースワンを発売。
(41)1994年 - 衆院選の小選挙区比例代表並立制導入などの政治改革関連4法案が成立。
(42)2000年 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが家庭用ゲーム機PlayStation 2を日本国内で発売。
(43)2002年 - アンセット・オーストラリア航空が運行を停止。
(44)2006年 - アメリカの惑星探査機パイオニア10号」に対し最後の信号送信確認を行い、運用終了。
(45)2009年 - 国際刑事裁判所スーダン大統領オマル・アル=バシールに対しダルフール紛争における人道に対する罪ジェノサイド罪で逮捕状を発行。国際刑事裁判所の現職の国家元首の起訴は初。
(46)2012年 - 2012年ロシア大統領選挙が行われ、ウラジーミル・プーチン首相が当選。
(336.59KB:35KB/line)
    
                        インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。
ただ今、6755編目です! 
2017年3月4日(土)現在掲載分
昨日3月3日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コーナー

 今朝一番の仕事は、昨夜来の「英語版きょうのできごとです。「No.119 (March 3, 2017)"On March 2, 1836, Texas declares independence from Mexico, and eventually seeks to be annexed by the United States."」がそれです。英語勉強を兼ねたものだけに、達成感はバツグンです。でも、ホンネは週末(アメリカは一日遅れ)が楽しみではあります。その分、緊張感から開放されてホッとする気分でもあるからです。「サンデー毎日」でなく、日々刻々の変化があってヨシ!って気分です。このことを称してヨシダ曰く、戦時中の「月月火水木金金」です。今時の若いモンは「?それって、どういう意味!?」と問うでしょうね(笑)。戦時中の政府は国民に休まず働け!と叱咤激励したのです。(11:50)
 日本を離れて9ヵ月後に誕生したテレビ人気番組。「ホンマでっか!?TV」ですが、司会の明石家さんまさんのひょうきんな司会ぶりは容易に想像できます。「故郷は遠きにありて思うもの」でなく、「故郷は遠くなりにけり」デス!ま、その分、故郷に母国にまったく未練や郷愁を感じない・・・と言ったら「お前はそれでもニッポン人か!?」というお声を意識しないでもありません★意地悪なブログをお許しのほど、ですが、たまにCNNの画面で日本の光景や人たちなかんずく、話をする時の仕草や表情をみて感じることは逆に違和感でさえあります。日本人固有の「シャイぶり」が気になって仕方ありません。自己表現力不足に通じるからです。一種のごまかし表現でさえあると酷評します★おっと、当該記事は「No.6755:池田清彦氏「地震より怖いのは破局花粉だよ。火砕流は海を渡るし、山も登る」まぐま編集部だより2017.3.4.池田清彦)」です。(14:45)
 

No.6755
池田清彦氏「地震より怖いのは破局花粉だよ。火砕流は海を渡るし、山も登る」

まぐま編集部だより2017.3.4.池田清彦
ヨシダブログ:「・・・人類がちょっと増えすぎて絶滅寸前なんじゃないかと(笑)」で始まり、「遊びながら、楽しみながらしぶとくやるってのが大事。そんな感じでメルマガも楽しんでもらえたらいいなと思っています」というメッセージで終わる記事▼「No.6724:「世界の終わり」に本気で備え始めたシリコンバレーのIT長者たちMONEY VOICE2017.2.13.(12日付)カレイドスコープのメルマガ』よりの抜粋)」といった物騒な記事もあれば、「No.6745:NASA、地球に似た7惑星発見 水存在の可能性日本経済新聞2017.2.23.ワシントン=川合智之)」)もあったりのこの宇宙。文字通り、運を天に任せてクヨクヨせずに生きることがベストですよね・・・▼「中見出し等」は、生物学的観点から見て、いま一番気になる社会問題や環境問題はありますか?、■いきなり、すごい話ですね、■日本でも最近、火山の活動が活発になってきています。大昔は日本でも大規模な噴火がたくさんあったんですよね、■天変地異が起きて人類は絶滅という話ですが、そもそも生き残る可能性のある生物はいるのでしょうか?、■メルマガについてもお伺いします。メルマガをはじめようと思ったきっかけを教えていただけますか、■どんな人に読んでほしいですか? 、■では最後にメルマガ読者にメッセージをお願いします・・・と続きます▼ふと、想うに、このテレビ番組は在日中に観たことがあったっけ?と自問自答。グーグルでみるに、「・・・ 『ホンマでっか!?TV』(ホンマでっか!?ティーブイ、英称:HONMADEKKA!?TV)は、2009年10月19日からフジテレビ系列で毎週水曜日の21:00 - 21:54(JST)に放送されている情報バラエティ番組である(ウイキペディア)」と。ヨシダの離日は同じ年の1月で、全く縁のないテレビ番組。母国は遠くに去りしもの・・・です。写真18枚添付ファイル)(119.6KB:24KB/line)
     「フジテレビの「ホンマでっか!?TV」」の画像検索結果「フジテレビの「ホンマでっか!?TV」」の画像検索結果   「フジテレビの「ホンマでっか!?TV」」の画像検索結果        「フジテレビの「ホンマでっか!?TV」」の画像検索結果
           「池田清彦」の画像検索結果  「池田清彦」の画像検索結果「池田清彦」の画像検索結果「池田清彦」の画像検索結果
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                                          「池田清彦さん著書群
  昨3日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日4日の第一記事掲載(13:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」に保存しています。おって、折角の関連写真であるにかんがみ、当該記事末尾の「写真○枚添付ファイル」をクリックすると写真を含む記事全体がご覧いただける仕組みにしています。1ページの編集容量を限度(1000KB=1GB)以内に抑えつつ、折角の写真を可能な限りの大きさに保って保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承ください。

        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
         (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-21.jpg

"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

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"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

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  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
   
★なお、末尾にあしらた米漫画「ピーナッツ」のひとコマ。ワンちゃんを相手にピーナッツ君が言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは「自利から他利」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!! 
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 (注)最近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれ ば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りる」という利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう! 
 なお、末尾の「カッコ内数字記号(朱文字)」は本トップページの「編集量現在値」でして、契約編集ソフト会社(cPanel社)との契約に基づくのが1ページ当たりの許容編集量限度(1000KB=1MB)であるに鑑み、「最大限の情報ご提供」という勝手な編集者のサービス精神(?)をもって、その限度量精一杯の利用を心掛けるための指針としているものです。
 最近は英語版がそれを上回るほどの情報提供であるために、現存する画像をその都度旧いものから必要に応じて削除しながら最大限の画像情報等のご提供を心掛けるという際どい編集手法に徹しています。 
                                                   (797.2KB)                        2017年3月4日(土)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳4ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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