「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
 事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブロ」だけでも現時点(2017年3月14日現在)でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届きません。
 色々とフィリピン契約業者との交渉をしたのですが、日本流が通じず、ラチがあきません!試行錯誤の結果、到達したヨシダ結論は、「ヨシダウェブサイト編集内容の大転換(大袈裟な!)」です。具体的には、既存の同主力コラムを一応、卒業して、個人のウェブサイトに相応しく(?)、「個人的ブログ主流」のタイプへの大転換を決するに至りました。85歳もの高齢者が趣味で編集しているウェブサイトらしく(?)、「爺さんのひとり言」的な内容を主要なものにすることです。
 具体的には、現在の既存のサイトにある
編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換です。ちなみに、ヨシダウェブサイトの「編集容量(
データーサイズ(編集容量)は現時点で3.2GB近くで、単行本に換算したら「ン拾冊」相当になるシロモノでして企業筋の同容量を横目に先んじているほどのボリュームです。「ヨシダのウェブサイト容量は楽天さん並みだゾ~!」とばかりに、です(笑)。
 と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。具体的には、「ダイアリー・コーナー」を主流にした編集者の立場で「ひと言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月15日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳4か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年3月24日(金)
       
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
              Since 10th March, 2001
 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

                ウィキペディアから拾った3月24日の「できごと」 
                   (英語版きょうのできごと;March 24)
 編集ソフトが変更され、「リンク用ファイル」の編集に手こずっているため現在はリンクできません。
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示したものです★過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しており、その編集振りの進歩や変化も窺えます。

2 「足利尊氏」の画像検索結果「足利尊氏」の画像検索結果「defeated」の画像検索結果  「battle word」の画像検索結果「1336年 豊島河原合戦」の画像検索結果「箕面市地図」の画像検索結果「escaped word」の画像検索結果 「九州地図」の画像検索結果
     3  「1603, elizabeth 1 death and james 1 after the former death」の画像検索結果  「1603, elizabeth 1 death and james 1 after the former death」の画像検索結果「1603, elizabeth 1 death and ajmes 1 after the former death」の画像検索結果「1603, james 1」の画像検索結果関連画像 「1603, england and scotland」の画像検索結果
    5     「1860年 桜田門外の変」の画像検索結果「1860年 桜田門外の変」の画像検索結果  「1860年 桜田門外の変」の画像検索結果   「1860年 桜田門外の変」の画像検索結果   「1860年 桜田門外の変」の画像検索結果 
    「1860年 桜田門外の変」の画像検索結果 「1860年 桜田門外の変」の画像検索結果12 「北伐: 蒋介石」の画像検索結果   「北伐: 蒋介石」の画像検索結果         関連画像
           関連画像  「南京事件1928」の画像検索結果    「南京事件1928」の画像検索結果  14「1934, us perlament approved philippines independence」の画像検索結果「1934, us perlament approved philippines independence」の画像検索結果「1934, us perlament approved philippines independence」の画像検索結果
    「Tydings–McDuffie Act」の画像検索結果 「Tydings–McDuffie Act」の画像検索結果   「Tydings–McDuffie Act」の画像検索結果 「Tydings–McDuffie Act」の画像検索結果
 24「1980 óscar arnulfo romero y galdámez assassinated」の画像検索結果      「1980 óscar arnulfo romero y galdámez assassinated」の画像検索結果  「1980 óscar arnulfo romero y galdámez assassinated」の画像検索結果  関連画像「1980 óscar arnulfo romero y galdámez assassinated」の画像検索結果     関連画像
 29     関連画像「1989年 - エクソンバルディーズ号原油流出事」の画像検索結果  「1989年 - エクソンバルディーズ号原油流出事」の画像検索結果         関連画像関連画像
 31「1995年 - 深海調査船かいこうがチャレンジャー海淵の世界最深部を探査」の画像検索結果「1995年 - 深海調査船かいこうがチャレンジャー海淵の世界最深部を探査」の画像検索結果「1995年 - 深海調査船かいこうがチャレンジャー海淵の世界最深部を探査」の画像検索結果「1995年 - 深海調査船かいこうがチャレンジャー海淵の世界最深部を探査」の画像検索結果「1995年 - 深海調査船かいこうがチャレンジャー海淵の世界最深部を探査」の画像検索結果
 37 「2015年 - ジャーマンウイングス9525便墜落事故」の画像検索結果    「2015年 - ジャーマンウイングス9525便墜落事故」の画像検索結果  「2015年 - ジャーマンウイングス9525便墜落事故」の画像検索結果        「2015年 - ジャーマンウイングス9525便墜落事故」の画像検索結果   「2015年 - ジャーマンウイングス9525便墜落事故」の画像検索結果「2015年 - ジャーマンウイングス9525便墜落事故」の画像検索結果
(1)1185年元暦2年/寿永4年2月21日) - 治承・寿永の乱: 屋島から敗走する平氏軍を源氏方が追撃。(志度合戦
(2)1336年建武3年2月11日) - 足利尊氏豊島河原合戦に敗れ、九州に落ち延びる。
(3)1603年 - イングランド女王エリザベス1世の死去に伴い、スコットランド王ジェームズ1世がイングランド王としても即位。スコットランドとイングランドが同君連合となる。
(4)1603年(慶長8年2月12日) - 徳川家康征夷大将軍に就任する。
(5)1860年安政7年3月3日) - 桜田門外の変が起こる。
(6)1869年明治2年2月12日) - 江戸幕府の貨幣鋳造所だった金座銀座が廃止される。
(7)1882年 - ロベルト・コッホ結核菌の発見を学会で報告。
(8)1891年 - 日本で度量衡法公布。(施行1893年1月1日)
(9)1895年 - 李鴻章が第3回日清講和会議の帰途狙撃される。
(10)1914年 - シーメンス事件による国政の混乱の責任を負い、第一次山本権兵衛内閣総辞職
(11)1925年 - 京王電気軌道(現在の京王電鉄)の京王線新宿駅 - 京王八王子駅間)が開業。
(12)1927年 - 北伐: 蒋介石率いる国民革命軍南京に入城するも軍の一部が暴徒化し外国人を襲撃、これに対し列強の駐留軍が城内に砲撃し多数の死傷者を出す。(南京事件
(13)1933年 - ドイツ議会で全権委任法が可決。
(14)1934年 - アメリカ議会でフィリピン独立法が可決。
(15)1953年 - 国際電信電話株式会社(KDD、現在のKDDI)設立。
(16)1959年 - イラクが中東の反共軍事同盟バグダット条約機構を脱退。
(17)1964年 - ライシャワー米大使が日本人少年に刺され負傷。輸血された血液から肝炎に感染し、売血が問題化する。
(18)1965年 - 水系を指定する政令により「隅田川」が正式名称に。
(19)1967年 - 大阪市営地下鉄2号線(谷町線)東梅田駅 - 谷町四丁目駅間が開業。
(20)1972年 - 北アイルランド問題: イギリス政府が北アイルランドの直轄統治を宣言。
(21)1975年 - 合成洗剤事業の出遅れや第一次オイルショックによる資源節減等の影響で、大手老舗メーカー・ミツワ石鹸が倒産。同社の生産設備および商標は旧日本サンホームとの関係からP&Gサンホームが買収。
(22)1975年 - 集団就職列車の運行が終了。
(23)1976年 - アルゼンチンで軍部による無血クーデター。イザベル・ペロン大統領が失脚。
(24)1980年 - エルサルバドルのカトリック司祭・オスカル・ロメロがミサの司式の最中に狙撃を受けて暗殺される。
(25)1983年 - 中国自動車道が全線開通。東京首都高速道路東名高速道路中央自動車道)から熊本県八代市九州自動車道八代IC)まで高速道路で結ばれる。
(26)1987年 - 三菱重工爆破事件を起こした東アジア反日武装戦線大道寺将司益永利明への最高裁で上告棄却で死刑判決が確定。
(27)1988年 - 上海列車事故高知学芸高の修学旅行中の生徒教員など29人死亡
(28)1988年 - JR東日本木原線(大原 - 上総中野)がいすみ鉄道に転換。
(29)1989年 - エクソンバルディーズ号原油流出事故。タンカー・エクソン・ヴァルディーズ号が暗礁で破損、4万1300トンの油が海に流出する。
(30)1993年 - シューメーカー・レヴィ第9彗星が発見される。
(31)1995年 - 深海調査船かいこうチャレンジャー海淵の世界最深部を探査。
(32)1999年 - コソボ交渉決裂で NATO 軍がユーゴスラビア空爆
(33)1999年 - 千葉都市モノレール1号線千葉駅 - 県庁前駅間が開業。
(34)2001年 - 芸予地震発生。
(35)2001年 - アップルMac OS Xの最初のバージョンをリリース。
(36)2008年 - ブータン国民議会(下院)で、前年12月の国家評議会(上院)選挙に続いて初めて普通選挙による選挙(2008年ブータン総選挙)を実施。ブータン調和党が圧勝。
(37)2015年 - ジャーマンウイングス9525便墜落事故が発生。(276.62KB)

                                            インタネット情報&ヨシダブログ                  
 ご案内のように、上掲サイトに終止符を打って、この直後に掲載している「編集者のダイアリー・コーナー」に集約することにしましたので、この場所での掲載は「卒業」させて、本サイト最上段左の「コンテンツ(順不同)」の最後部に「ヨシダ執筆実績」の一つとして位置づけることにしました。「お蔵入り」ってものですが、クリック一つで何時でも簡単に取り出せるのがイイです★このコラムは去る2012年3月9日に新規開設したものでして、ほぼ5年間継続しました。そのボリュームは実に、6766編に及びました。記事のコピー編集は別にして、「ヨシダブログ」だけの字数を単行本に換算したら、「拾ン冊相当だぞ~!」と自負でできるほどのボリュームに至りました★じつは、そこに至るプロセスは他愛もないことがあることをこの際、書き留めておく必要を感じます。ほかでもありません、去る2017年3月13日夜半に前触れもなく、編集ソフトが変更になったのです★米国に本部をもつ「cPanel」というソフトですが、まったく寝耳に水って感じでの変更です。日本では考えられないようなことですが、きめ細かさに関してはニッポン人として不満が否定できません★支障をきたす問題は、「編集ソフト」が今までソフトでは何十、何百もあっても、瞬時に自動的に変換してユーザーがクリックひとつで自由に活用できるファイル群が出なくなったのです★そのファイルの正式名称は知らないのですが、ウェブサイトの一部みたいで、Eメールに添付しても相手が開けるというもの。ウェブサイト画面の当該箇所にリンクすれば、サイト上で開けるシロモノです。それができなくなった(というよりも、作業が複雑で未だに習得していないシロモノ)であることから、悩んだ末に思い付いたのが思わぬオチってところです★具体的には、同コラムの「発展的解消」です。冒頭に言及した通り、「お蔵入り」みたいにしました。代わって思い付いたことは、同コラムの趣旨を継承しながら、「添付画像&ヨシダブログ」を最小限度に押さえたものを、トップサイトにそのままドか~んと掲載することにしたものです★なお、添付画像も従来のように欲張らずに最小限度に留めることにしました。「ウェブサイト1ページの編集許容量=1000KB(1MG)であるからです★・・・と、まあ、こんなプロセスを得て改良したのが去る2015年1月31日から開設している次の「編集者のダイアリー・コーナー 」であるのです。・・・と、長々とご説明しましたが、なにせ凝り性の編集者・ヨシダですので、ご寛容のほど念じあげる次第です。なお、本欄は今ひと時まで掲載させていただきます。(2017年7月20日記)

               編集者のダイアリー・コーナー
                2017年3月24日(金)  
      (本コラムがヨシダサイトの主流になるものと思考します) 

 さあ!主要コラムの本欄を賑わす本日「3月24日」の情報はどんなもになるだろうか!?・・・と、腕をさすっています(笑)・・・
 「3月24日のできごと」でヨシダが特記したいのは「(14)1934年 - アメリカ議会でフィリピン独立法が可決」です。フィリピンを終の棲家とし、フィリピン人家族との共同生活をする身ゆえです★フィリピンは 1565年-1898年の33年間はスペインの植民地。当時指導者は処刑されました。その後は 1898年-1946年の48年間はアメリカの植民地。植民地化された原因などは横に置いといてのことですが、通算81年間の西欧諸国の植民地化がフィリピン(人)に遺した(与えた・取り込んだ)ものは「西欧化した国民性」とでも言えるでしょう。前者からは「ローマ・カトリック教」、後者からは「英語の第二国語化」です★常夏の国の人は概して大らかで、ニッポン人みたいに物事に真剣になり過ぎることがない風情です。自殺率(自殺率の国際比較低さはその典型的な結果とも言えるでしょう。ちなみに、著名なある人物の弁があります。曰く、「私の知る限り、フィリピン人は東南アジアで最高に西欧化した明るい国民性だ・・・」と。明るさと言い、身のこなしと言い、老若男女を問わず、ニッポン人よりはるかに垢抜けしている、と言ったら同胞諸氏から叱られるでしょうか?CNNで時たま眼にする同胞諸氏の仕草がなんとも特異に感じるニッポン人のヨシダ」です。
 「キリスト教社会とイスラム教社会の確執に拍車? オランダとトルコの衝突」(海外ニュースの英語と文化背景・時事解説  世界史をみても明らかなように、アジアとヨーロッパの接点に位置するトルコの動静は、国際情勢に常に強い影響を与えてきました。それは 21世紀になった現在でも変わってはいないのです」がそれです。改めて地図を観て真っ先に想起することは「地政学」の存在と、その恐ろしさでもあると感じるのはヨシダだけではないでしょう★ちなみに、終戦直後からGHQのマッカーサーは「日本人の『地政学』勉学や論議を禁止しました。あまり話題にならなかった歴史的事実ですが、ことほど左様に口にすることすらご法度!だったのです★その「地政学」が近年は大手を振ってのし歩いています。そうした事実すらあまり話題にならないのが不思議な感じです・・・★でも、厄介なシロモノ。その名は「地政学(Geopolitics=Geology&Politics)」に尽きます。古今洋の東西を問わずの人類の争いも、所詮、この学問的なものが原因ですから、実に厄介なシロモノです★戦前戦中に広島市で一番のクラシック音楽喫茶を経営していたハワイ生まれの母の影響で、幼年時代からクラシック音楽には馴染んだヨシダ。「トルコ行進曲」は殊のほか印象的でした。(10:20)
    「キリスト教社会とイスラム教社会の確執に拍車? オランダとトルコの衝突」」の画像検索結果    関連画像「トルコの地図」の画像検索結果「オランダとトルコの地図」の画像検索結果「オランダ地図」の画像検索結果
 「アメリカ在住のジャーナリストが感じた「安倍政権」終わりの始まり」( by 冷泉彰彦『冷泉彰彦のプリンストン通信』 )はアメリカ在住の筆者だけに、独特の内容であることを平素から感じているヨシダです★末尾の言葉は、「・・・一つは、戦後日本の「国のかたち」への反乱意図を持った思想と決別し、清和会をホンモノの保守本流に脱皮させるぐらいの覚悟を見せて頂きたいです。もう一つは、頭脳労働、高付加価値産業の空洞化は止めて頂きたいし、国内の人材の競争力を国際的な労働市場の中で高めるために、国際化と生産性向上を軸とした構造改革を、「抵抗勢力は公職追放する」ぐらいの覚悟で進めていただきたいと思います。この二つに真剣に取り組むのであれば、籠池も加計も小さなエピソードとして、世論は許してくれるのではないでしょうか」と★(特記)添付画像は本記事とは全く関係ありません。(11:10)
          「自民党清和会日本を取り戻す」の画像検索結果 「清和会」の画像検索結果 「清和会」の画像検索結果      関連画像
 「 英語版きょうのできごと 」で直近(24日付)の編集を手掛けてそのままになっていたのき気付き、すぐさま編集して掲載しました。英語スラングの「OK・オーケイ」の発祥物語。クリックしてご覧になりませんか?編集者はニヤニヤ気分です★「「正しい姿勢」をキープするだけで体幹は鍛えられる」(人気トレーナー・木場克己さんのカラダメンテ術)でヨシダが想起すること。ヨシダの座っている時の姿勢は背筋を伸ばしてキリッとしています。ポリオで歩く時の姿勢(風情)は全く様になっていないことから、「せめて、座っている時には誰よりも「毅然とシャキッとスマートな姿勢を!」を意識して現在に至る所以です。背筋をシャキッと伸ばしていると疲れません。パソコンのデスクワークが10時間以上も耐えられる所以だと確信しています。(16:00)
      「座っている姿勢」の画像検索結果 「座っている姿勢」の画像検索結果
 ふと、気付くに、直前記事のなかにある「ドローイン」という言葉。英語の好きなヨシダが??。「ドローインの最も効果的な方法と全知識・失敗例&応用運動も」も目にとまりました。「 ドローインとは、英語で「draw in」と書き、「引っ込める」という意味です。 息を吸って、お腹を大きく引っ込め インナーマッスルを鍛えるエクササイズです 」ハイ、かくいうヨシダはその運動を欠かしません。でも、言葉に関して大いにベンキョウしました!(16:40)
 さあ、次の情報は???それとも、本日の取材はこれにて、終了???



 ・・・と、次に掲載しているコラム「ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)」は些か肩をシュリンクしたくなるような内容ではあるのですが、同コラム本文にも言及することを承知の上であえて、言及させてください。85歳超の爺さんにしては、ようやるわい!と思っていただけると自負してのブログです(笑)★以下、5編の英語詩文等をネイティヴが顔負けするほどの流暢さで朗々と諳んじるヨシダですが、始めたのが60歳頃のこと。四分の一世紀継続しているシロモノです★現在のその仕草をひと言。朝食(二食主義なので「ブレンチ」)をとった後に、太陽が輝く日に限ってですが、「上半身裸で野外に出てからの日課」になっています。他人が見たら爺さんがひとり言・・・、と思われるのが嫌なことから、目立たないような口元で朗じるのです★2年前後で実現する高級住宅土地に取得する「土地建物」に移住したらヨシダの部屋は現在の倍以上で日当たり・風当たりは申し分ない住環境。そうなれば大きな声で朗々と・・・ということになるのを楽しみにしています★・・・と、本サイトのいたるところでこの種のヨシダ自慢(?)ブログになって恐縮ですが、ま、折角実践している爺さんの人生体験をもってご寛容のほど念じる次第です。(2017年3月20日記)

        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
         (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
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"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

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"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

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  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
   
★なお、末尾にあしらた米漫画「ピーナッツ」のひとコマ。ワンちゃんを相手にピーナッツ君が言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは「自利から他利」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!! 
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 (注)最近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれ ば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りる」という利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう! 
 なお、末尾の「カッコ内数字記号(朱文字)」は本トップページの「編集量現在値」でして、契約編集ソフト会社(cPanel社)との契約に基づくのが1ページ当たりの許容編集量限度(1000KB=1MB)であるに鑑み、「最大限の情報ご提供」という勝手な編集者のサービス精神(?)をもって、その限度量精一杯の利用を心掛けるための指針としているものです。
 最近は英語版がそれを上回るほどの情報提供であるために、現存する画像をその都度旧いものから必要に応じて削除しながら最大限の画像情報等のご提供を心掛けるという際どい編集手法に徹しています。 
                                                   (559.57KB)                        2017年3月24日(金)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳4ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
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