「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
 事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブロ」だけでも現時点(2017年3月14日現在)でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届きません。
 色々とフィリピン契約業者との交渉をしたのですが、日本流が通じず、ラチがあきません!試行錯誤の結果、到達したヨシダ結論は、「ヨシダウェブサイト編集内容の大転換(大袈裟な!)」です。具体的には、既存の同主力コラムを一応、卒業して、個人のウェブサイトに相応しく(?)、「個人的ブログ主流」のタイプへの大転換を決するに至りました。85歳もの高齢者が趣味で編集しているウェブサイトらしく(?)、「爺さんのひとり言」的な内容を主要なものにすることです。
 具体的には、現在の既存のサイトにある
編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換です。ちなみに、ヨシダウェブサイトの「編集容量(
データーサイズ(編集容量)は現時点で3.2GB近くで、単行本に換算したら「ン拾冊」相当になるシロモノでして企業筋の同容量を横目に先んじているほどのボリュームです。「ヨシダのウェブサイト容量は楽天さん並みだゾ~!」とばかりに、です(笑)。
 と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。具体的には、「ダイアリー・コーナー」を主流にした編集者の立場で「ひと言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月15日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳4か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年3月23日(木)
       
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
              Since 10th March, 2001
 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

                ウィキペディアから拾った3月23日の「できごと」 
                   (英語版きょうのできごと;March 23)
 編集ソフトが変更され、「リンク用ファイル」の編集に手こずっているため現在はリンクできません。
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示したものです★過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しており、その編集振りの進歩や変化も窺えます。

 1 「1274年 日蓮が幕府に赦免され、佐渡国から鎌倉へ帰る。」の画像検索結果「1274年 日蓮佐渡国から鎌倉へ帰る。」の画像検索結果「1274年 日蓮が幕府に赦免され、佐渡国から鎌倉へ帰る。」の画像検索結果「1274年 日蓮が幕府に赦免され、佐渡国から鎌倉へ帰る。」の画像検索結果 「1274年 日蓮佐渡国から鎌倉へ帰る。」の画像検索結果2 Image result for 後醍醐天皇「Total」の画像検索結果
         Image result for general word新田義貞公肖像.jpg「北畠顕家」の画像検索結果「against word」の画像検索結果   「enemy word」の画像検索結果   「Rebel forces word」の画像検索結果 「足利尊」の画像検索結果「足利尊 word」の画像検索結果
   3「1400年 - ベトナム」の画像検索結果「1400年胡季犛」の画像検索結果     「Usurpation word」の画像検索結果   「Imperier word」の画像検索結果「少帝」の画像検索結果「陳朝」の画像検索結果「少帝陳朝」の画像検索結果「Downfall word」の画像検索結果
 3「ローマ教皇グレゴリウス13世」の画像検索結果「天正遣欧少年使節」の画像検索結果  「visit word」の画像検索結果   「ローマ教皇グレゴリウス13世」の画像検索結果  「1585年 天正遣欧少年使節がローマ教皇グレゴリウス13世に公式謁見」の画像検索結果   関連画像
  6 「patrick henry speech」の画像検索結果「Patrick Henry's "Give me liberty or give me death"」の画像検索結果 「Give me liberty, or give me death!」の画像検索結果      「Give me liberty, or give me death!」の画像検索結果            「Give me liberty, or give me death!」の画像検索結果
  「patrick henry speech」の画像検索結果   「patrick henry speech」の画像検索結果    14「ひめゆり学徒隊」の画像検索結果「ひめゆり学徒隊」の画像検索結果      「ひめゆり学徒隊」の画像検索結果
        関連画像  「ひめゆり学徒隊」の画像検索結果     「ひめゆり学徒隊」の画像検索結果   18    「1953年 - 中国からの引揚第一船「興安丸」が舞鶴に入港。」の画像検索結果
    「1953年 - 中国からの引揚第一船「興安丸」が舞鶴に入港。」の画像検索結果「1953年 - 中国からの引揚第一船「興安丸」が舞鶴に入港。」の画像検索結果 21「1965年 - アメリカが世界初の「ジェミニ3号」を打上げ」の画像検索結果「1965年 - アメリカが世界初の「ジェミニ3号」を打上げ」の画像検索結果 「1965年 - アメリカが世界初の「ジェミニ3号」を打上げ」の画像検索結果  
   
  「2001年 - 旧ソビエト連邦の宇宙ステーション「ミール」が南太平洋上の大気圏で廃棄処分」の画像検索結果  31「2009年 - 第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝。日本代表チームが2連覇を達成。」の画像検索結果 「第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の画像検索結果 「第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の画像検索結果「第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の画像検索結果「第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の画像検索結果
              「第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の画像検索結果   「第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の画像検索結果  「第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の画像検索結果 「第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の画像検索結果「2009年 - 第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝。日本代表チームが2連覇を達成。」の画像検索結果
(1)1274年文永11年2月14日) - 日蓮幕府に赦免され、佐渡国から鎌倉へ帰る。
(2)1336年建武3年2月10日) - 豊島河原合戦開戦。
(3)1400年 - ベトナムで、胡季犛少帝から皇位を簒奪し、陳朝が滅亡。
(4)1585年天正13年2月22日) - 天正遣欧少年使節ローマ教皇グレゴリウス13世に公式謁見。
(5)1633年寛永10年2月14日) - 江戸幕府奉書船以外で海外渡航した日本人の帰国を禁止する。
(6)1775年 - アメリカ独立戦争: パトリック・ヘンリーが「自由を与えよ。然らずんば死を与えよ英語版」の演説を行う。
(7)1801年(ユリウス暦3月11日) - ロシア皇帝パーヴェル1世が暗殺される。
(8)1806年 - ルイス・クラーク探検隊が復路の探検に出発。
(9)1887年 - 所得税法が公布。
(10)1914年 - アメリカ海軍の戦艦オクラホマが進水。
(11)1919年 - イタリアベニート・ムッソリーニが「戦士のファッショ(後のファシスト党)」を結成。
(12)1935年 - ソビエト連邦満州国東清鉄道を有償譲渡する協定の調印がおこなわれる。
(13)1942年 - 第二次世界大戦: 日本軍がインド洋アンダマン諸島を占領。
(14)1945年 - 第二次世界大戦: 米軍の沖縄上陸作戦開始に伴い、ひめゆり学徒隊に動員令が下る。
(15)1945年 - 青森県赤石村で雪泥流(土石流)が発生。87名死亡。
(16)1950年 - 世界気象機関設立。
(17)1951年 - 解散寸前のプロ野球団広島カープ広島県中国新聞などの再建策提出で存続を決定。
(18)1953年 - 中国からの引揚げ第一船「興安丸」が舞鶴に入港。
(19)1956年 - パキスタンが世界初のイスラム教徒による共和国となる。
(20)1962年 - 帝都高速度交通営団(現在の東京地下鉄丸ノ内線が全線完成。
(21)1965年 - アメリカが世界初の2人乗り宇宙船「ジェミニ3号」を打上げ。
(22)1976年 - 児玉誉士夫邸セスナ機特攻事件
(23)1986年 - 南岸低気圧の通過で、関東地方でこの時期としては季節外れの記録的な大雪
(24)1989年 - アメリカユタ大学の2教授が常温核融合に成功したと発表。その後真偽を巡る論争に発展。
(25)1996年 - 中華民国台湾)初の総統直接選挙(1996年中華民国総統選挙)で李登輝が当選。
(26)1998年 - ロシアエリツィン大統領、キリエンコ燃料エネルギー相を第一副首相に昇格させ、首相代行に任命、組閣を指示する。
(27)1999年 - パラグアイの副大統領ルイス・マリア・アルガーニャが暗殺される。
(28)1999年 - 能登半島沖不審船事件自衛隊に初の実戦命令となった海上警備行動が発令される。
(29)2001年 - 旧ソビエト連邦宇宙ステーションミール」が南太平洋上の大気圏で廃棄処分される。
(30)2008年 - JR常磐線荒川沖駅の構内で、殺人容疑で指名手配中の男性被疑者が通行人を刃物で切り付け、8人が死傷。(土浦連続殺傷事件
(31)2009年 - 第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝。日本代表チームが2連覇を達成。(現地時間)
(32)2009年 - 成田国際空港にて中国・広州発成田行きのフェデックス80便「MD-11型」機が着陸に失敗して炎上、乗員2名が犠牲。(フェデックス80便着陸失敗事故
(33)2010年 - 鹿児島県姶良市が市制施行。
(34)2013年 - SuicaPASMOKitacaTOICAICOCASUGOCAnimocaはやかけんmanacaPiTaPa間との乗車カード相互利用が開始される。(527.21KB)

                                            インタネット情報&ヨシダブログ                  
 ご案内のように、上掲サイトに終止符を打って、この直後に掲載している「編集者のダイアリー・コーナー」に集約することにしましたので、この場所での掲載は「卒業」させて、本サイト最上段左の「コンテンツ(順不同)」の最後部に「ヨシダ執筆実績」の一つとして位置づけることにしました。「お蔵入り」ってものですが、クリック一つで何時でも簡単に取り出せるのがイイです★このコラムは去る2012年3月9日に新規開設したものでして、ほぼ5年間継続しました。そのボリュームは実に、6766編に及びました。記事のコピー編集は別にして、「ヨシダブログ」だけの字数を単行本に換算したら、「拾ン冊相当だぞ~!」と自負でできるほどのボリュームに至りました★じつは、そこに至るプロセスは他愛もないことがあることをこの際、書き留めておく必要を感じます。ほかでもありません、去る2017年3月13日夜半に前触れもなく、編集ソフトが変更になったのです★米国に本部をもつ「cPanel」というソフトですが、まったく寝耳に水って感じでの変更です。日本では考えられないようなことですが、きめ細かさに関してはニッポン人として不満が否定できません★支障をきたす問題は、「編集ソフト」が今までソフトでは何十、何百もあっても、瞬時に自動的に変換してユーザーがクリックひとつで自由に活用できるファイル群が出なくなったのです★そのファイルの正式名称は知らないのですが、ウェブサイトの一部みたいで、Eメールに添付しても相手が開けるというもの。ウェブサイト画面の当該箇所にリンクすれば、サイト上で開けるシロモノです。それができなくなった(というよりも、作業が複雑で未だに習得していないシロモノ)であることから、悩んだ末に思い付いたのが思わぬオチってところです★具体的には、同コラムの「発展的解消」です。冒頭に言及した通り、「お蔵入り」みたいにしました。代わって思い付いたことは、同コラムの趣旨を継承しながら、「添付画像&ヨシダブログ」を最小限度に押さえたものを、トップサイトにそのままドか~んと掲載することにしたものです★なお、添付画像も従来のように欲張らずに最小限度に留めることにしました。「ウェブサイト1ページの編集許容量=1000KB(1MG)であるからです★・・・と、まあ、こんなプロセスを得て改良したのが去る2015年1月31日から開設している次の「編集者のダイアリー・コーナー 」であるのです。・・・と、長々とご説明しましたが、なにせ凝り性の編集者・ヨシダですので、ご寛容のほど念じあげる次第です。なお、本欄は今ひと時まで掲載させていただきます。(2017年7月20日記)

               編集者のダイアリー・コーナー
                2017年3月23日(木)  
      (本コラムがヨシダサイトの主流になるものと思考します) 

 さあ!主要コラムの本欄を賑わす本日「3月22日」の情報はどんなもになるだろうか!?・・・と、腕をさすっています(笑)・・・
 「3月23日のできごと」でヨシダが特記したいのは「(31)2009年 - 第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝。日本代表チームが2連覇を達成。(現地時間)」です。野球そのものに対するヨシダの関心よりも、野球人の根性を尊重します。その際たる人物はイチローさん!★人生第二、第三毛作を通してよく引き合いに出したのがイチローさんの人物像なかんずく、「語録」でした。以下にそのほんの一部を添付します。
     「イチロー 名言」の画像検索結果「イチロー 名言」の画像検索結果「イチロー 名言」の画像検索結果
      「イチロー 名言」の画像検索結果「イチロー 名言」の画像検索結果「イチロー 名言」の画像検索結果
 「やっぱりマイナス金利は「毒薬」だった 日銀は「敗戦の教訓」から学んでいない」(DIAMOND Online2017.3.23.中原 圭介 :経営コンサルタント、経済アナリスト)」にヒットして感ずること。ド素人の身で当初からさい疑的だったアベノミクスなかんずく、日銀金融政策ですが、市場にばら撒く膨大な万円札の行方は「ブラックホール」ではないか?とまで偉そうに言及しました。じじつ、同じような発言をズバリした記事にヒットし、編集もしましたが探す時間がありません★筆者:中原さんの1年前の記事があります「マイナス金利は『劇薬』というより『毒薬』だ」がありますが、絵に画いたモチみたいな金融政策が出来るとしたらこの世に不況という文字は生じないとさえ酷評したヨシダでした★「中見出し」は、■利ザヤが稼げない銀行の決算はやはり悪化、貸家への融資が不良債権予備軍に、軌道修正できなかった太平洋戦争の「二の舞い」に・・・と続きます★末尾の言葉5行に同感するヨシダです。曰く、「・・・ここ数年の日銀を見ていてつくづく思うのは、太平洋戦争の教訓をまったく生かしていないということです。日銀幹部の誰もが政策の方向性が間違っているとわかっているにもかかわらず、大幅な軌道修正をできなくなってしまっているからです。これでは、敗戦の「二の舞い」になるのではないでしょうか。経済全体を危険な方向へと導いてしまうのではないかと、非常に心配しているところです。」がそれです★それにしても、想うことは、「組織の中で苦言を呈すれば、自身の身が危うくなる。最高責任者でないなら、余計な言葉は慎め・・・」ってこと。こういった感情を皮肉屋のヨシダは「サラリーマン的」とう独自の表現で皮肉ってきたものです。(12:50)
           「やっぱりマイナス金利は「毒薬」だった 日銀は「敗戦の教訓」から学んでいない」」の画像検索結果「やっぱりマイナス金利は「毒薬」だった 日銀は「敗戦の教訓」から学んでいない」」の画像検索結果
 アベノミクスなかんずく、日銀の金融政策を評して「円の究極の行く先はブラックホールへ」といった意味の記事に当時ヒットして編集したものがありますが、当面、グーグルで検索したら次のものにヒットしました。「『世界が冷笑 ロイター発「ブラックホール化する日銀」の衝撃』」、「「コラム:ブラックホール化する日銀の国債購入」(REUTERSロイター)」がそれです。冗談にしては酷過ぎる説。でも、それしかないのでは?・・・としか言いようがありません・・・が・・・。(14:20)

 さあ、次の情報は???  さあ!主要コラムの本欄を賑わす本日「3月23日」の情報はどんなもになるだろうか!?・・・と、腕をさすっています(笑)
 ・・・ ★ふと、気になること。本コラムは現段階で編集容量は840.48KBで、制限の1000KB(1MB)一歩手前!欲張るな、というサインです(笑)。






 ・・・と、次に掲載しているコラム「ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)」は些か肩をシュリンクしたくなるような内容ではあるのですが、同コラム本文にも言及することを承知の上であえて、言及させてください。85歳超の爺さんにしては、ようやるわい!と思っていただけると自負してのブログです(笑)★以下、5編の英語詩文等をネイティヴが顔負けするほどの流暢さで朗々と諳んじるヨシダですが、始めたのが60歳頃のこと。四分の一世紀継続しているシロモノです★現在のその仕草をひと言。朝食(二食主義なので「ブレンチ」)をとった後に、太陽が輝く日に限ってですが、「上半身裸で野外に出てからの日課」になっています。他人が見たら爺さんがひとり言・・・、と思われるのが嫌なことから、目立たないような口元で朗じるのです★2年前後で実現する高級住宅土地に取得する「土地建物」に移住したらヨシダの部屋は現在の倍以上で日当たり・風当たりは申し分ない住環境。そうなれば大きな声で朗々と・・・ということになるのを楽しみにしています★・・・と、本サイトのいたるところでこの種のヨシダ自慢(?)ブログになって恐縮ですが、ま、折角実践している爺さんの人生体験をもってご寛容のほど念じる次第です。(2017年3月20日記)

        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
         (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-21.jpg

"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

       「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果    「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果
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"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

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  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
   
★なお、末尾にあしらた米漫画「ピーナッツ」のひとコマ。ワンちゃんを相手にピーナッツ君が言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは「自利から他利」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!! 
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 (注)最近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれ ば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りる」という利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう! 
 なお、末尾の「カッコ内数字記号(朱文字)」は本トップページの「編集量現在値」でして、契約編集ソフト会社(cPanel社)との契約に基づくのが1ページ当たりの許容編集量限度(1000KB=1MB)であるに鑑み、「最大限の情報ご提供」という勝手な編集者のサービス精神(?)をもって、その限度量精一杯の利用を心掛けるための指針としているものです。
 最近は英語版がそれを上回るほどの情報提供であるために、現存する画像をその都度旧いものから必要に応じて削除しながら最大限の画像情報等のご提供を心掛けるという際どい編集手法に徹しています。 
                                                   (814.96KB)                        2017年3月23日(木)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳4ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
                    yoshidayuuki@rocketmail.com
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