「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
 事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブロ」だけでも現時点(2017年3月14日現在)でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届きません。
 色々とフィリピン契約業者との交渉をしたのですが、日本流が通じず、ラチがあきません!試行錯誤の結果、到達したヨシダ結論は、「ヨシダウェブサイト編集内容の大転換(大袈裟な!)」です。具体的には、既存の同主力コラムを一応、卒業して、個人のウェブサイトに相応しく(?)、「個人的ブログ主流」のタイプへの大転換を決するに至りました。85歳もの高齢者が趣味で編集しているウェブサイトらしく(?)、「爺さんのひとり言」的な内容を主要なものにすることです。
 具体的には、現在の既存のサイトにある
編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換です。ちなみに、ヨシダウェブサイトの「編集容量(
データーサイズ(編集容量)は現時点で3.2GB近くで、単行本に換算したら「ン拾冊」相当になるシロモノでして企業筋の同容量を横目に先んじているほどのボリュームです。「ヨシダのウェブサイト容量は楽天さん並みだゾ~!」とばかりに、です(笑)。
 と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。具体的には、「ダイアリー・コーナー」を主流にした編集者の立場で「ひと言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月15日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳4か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年3月16日(木)
       
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
              Since 10th March, 2001
 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った3月16日の「できごと」 
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示したものです★過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しており、その編集振りの進歩や変化も窺えます。
      2「37年 - カリグラがローマ皇帝に即位」の画像検索結果「crowned」の画像検索結果「Roman emperor crown」の画像検索結果「Roman emperor logo 」の画像検索結果   「Roman emperor logo 」の画像検索結果   「Roman empire land map 597 ac」の画像検索結果
    3「長屋王」の画像検索結果「長屋王」の画像検索結果「長屋王」の画像検索結果     「長屋王」の画像検索結果「長屋王」の画像検索結果
  「長屋王」の画像検索結果「長屋王」の画像検索結果 「長屋王」の画像検索結果 「長屋王」の画像検索結果「長屋王」の画像検索結果 4 「1521, Ferdinand Magellan arrived in philippines」の画像検索結果
  
     関連画像「1521, Ferdinand Magellan in philippines」の画像検索結果 6 「1684年浄瑠璃の竹本義太夫らが道頓堀に竹本座を開設」の画像検索結果 「1684年浄瑠璃の竹本義太夫らが道頓堀に竹本座を開設」の画像検索結果
  「1684年浄瑠璃の竹本義太夫らが道頓堀に竹本座を開設」の画像検索結果  関連画像  「1684年浄瑠璃の竹本義太夫らが道頓堀に竹本座を開設」の画像検索結果  「1684年浄瑠璃の竹本義太夫らが道頓堀に竹本座を開設」の画像検索結果「竹本座」の画像検索結果11  「1871–72 FA Cup」の画像検索結果
      「1871–72 FA Cup」の画像検索結果  関連画像  関連画像      関連画像「1871–72 FA Cup」の画像検索結果
         「1871–72 FA Cup」の画像検索結果「1872, the oldest sucker tournament, wandreres vitory」の画像検索結果 「1871–72 FA Cup」の画像検索結果         関連画像
   13「1900, Sir Arthur John Evans discovered」の画像検索結果「1900, Sir Arthur John Evans discovered」の画像検索結果関連画像   関連画像「1900, Sir Arthur John Evans discovered」の画像検索結果
             「1900, Sir Arthur John Evans discovered」の画像検索結果「1900, Sir Arthur John Evans discovered」の画像検索結果「クレタ島」の画像検索結果「クレタ島」の画像検索結果 
 29「1966, Gemini 8 success in docking」の画像検索結果
「1966, Gemini 8 success in docking」の画像検索結果「1966, Gemini 8 success in docking」の画像検索結果            「1966, Gemini 8 success in docking」の画像検索結果      「1966, Gemini 8 success in docking」の画像検索結果
               関連画像45「2012年 - NHK『中学生日記』が最終回」の画像検索結果  関連画像「2012年 - NHK『中学生日記』が最終回」の画像検索結果
              
「2012年 - NHK『中学生日記』が最終回」の画像検索結果   関連画像「2012年 - NHK『中学生日記』が最終回」の画像検索結果「2012年 - NHK『中学生日記』が最終回」の画像検索結果
(1)紀元前597年 - 新バビロニア王国エルサレムを征服、エホヤキンに代えてゼデキヤを王に。(バビロン捕囚
(2)37年 - カリグラローマ皇帝に即位。
(3)729年神亀6年2月12日) - 長屋王が謀叛の疑いで邸宅を包囲され自害。
(4)1521年 - フェルディナンド・マゼランフィリピンに到達。
(5)1660年 - イングランドで、オリバー・クロムウェルが軍を率いて長期議会を解散させる。
(6)1684年貞享元年2月1日) - 浄瑠璃竹本義太夫らが道頓堀竹本座を開設する。
(7)1754年 - ニューカッスル公トマス・ペラム=ホールズイギリスの第4代首相に就任。
(8)1781年 - アメリカ独立戦争: ヘンリー岬の海戦が行われる。
(9)1792年 - スウェーデングスタフ3世が銃撃される。3月29日に死亡。
(10)1815年 - ウィレム1世ネーデルラント連合王国オランダ)の初代国王に即位。
(11)1872年 - 世界で最も古いサッカー大会・FAカップ第1回大会英語版の決勝戦が行われ、ワンダラーズFCが優勝。
(12)1885年 - 『時事新報』の社説として福沢諭吉脱亜論が掲載される。
(13)1900年 - アーサー・エヴァンズクレタ島クノッソス遺跡を発掘。
(14)1910年 - 鈴木梅太郎ビタミンB1(オリザニン)の抽出に成功。
(15)1921年 - 英ソ通商協定締結。事実上、イギリスがソ連承認
(16)1926年 - マサチューセッツ州ロバート・ゴダード液体燃料を初めて用いたロケットを発射。(17)1928年 - キリンレモンの販売が開始。
(18)1928年 - 日本統治下の台北台北帝国大学が設置される。
(19)1930年 - 和歌山中学漕艇部遭難事故
(20)1934年 - 瀬戸内海・雲仙(現 雲仙天草)・霧島(霧島屋久)の各国立公園が日本初の国立公園に指定。
(21)1935年 - アドルフ・ヒトラーが、ドイツヴェルサイユ条約を破棄し、再軍備すると宣言。(ドイツ再軍備宣言
(22)1938年 - 衆議院本会議の国家総動員法案賛成演説で社会大衆党議員の西尾末広が「スターリンの如く大胆に」と発言。他党から問題視され、議員除名が決議される。
(23)1946年 - 片岡仁左衛門一家殺害事件
(24)1950年 - 徳田要請問題で、日本共産党書記長である徳田球一衆議院証人喚問を受ける。
(25)1952年 - フランスの海外県レユニオン島シラオス英語版で、1,870mmの24時間雨量の世界記録を観測。
(26)1952年 - 有楽町日劇ミュージックホールが開場。
(27)1960年 - ラジオ山形が、社名を『山形放送(YBC)』に変更し、テレビジョン放送を開始。
(28)1963年 - 新潟県能生町小泊で地すべりが発生。死者・行方不明者4人。また、当該箇所で北陸本線の列車が脱線転覆し負傷者が出る。
(29)1966年 - アメリカ合衆国の人工衛星「ジェミニ8号」が打ち上げられ、同日、史上初の宇宙ドッキングに成功。
(30)1968年 - ベトナム戦争アメリカ軍によるミ・ライ村(ソンミ村)虐殺事件が起きる。
(31)1969年 - ビアサ742便がベネズエラマラカイボに墜落、155人が死亡。(ビアサ742便墜落事故
(32)1976年 - イギリスの首相ハロルド・ウィルソンが病気により辞任。
(33)1978年 - イタリアの元首相アルド・モーロが極左テロ組織「赤い旅団」により誘拐。後に殺害される。
(34)1978年 - フランス・ブルターニュ半島沖で大型タンカー「アモコ・カディズ」が座礁し、史上最大の海洋汚染事故となる。
(35)1980年 - 都営地下鉄新宿線新宿駅 - 岩本町駅が延伸開業し、京王線相互直通運転を開始。
(36)1983年 - 千葉県佐倉市国立歴史民俗博物館が開館。
(37)1986年 - スイス国連加盟を問う国民投票が行われ、76.6%の反対により否決。
(38)1988年 - イラン・コントラ事件で、オリバー・ノース中佐とジョン・ポインデクスター海軍中将が告発される。
(39)1988年 - イラククルド人の住むハラブジャを毒ガス・神経ガスで攻撃し、5,000人を殺害。(ハラブジャ事件
(40)1990年 - 台北中正紀念堂前広場で6,000名の学生が座り込み、各種政治改革を要求。(三月学運
(41)2002年 - フランス マルヌ・ラ・ヴァレディズニーランド・パリに次ぐ2つ目のテーマパーク、ウォルト・ディズニー・スタジオ・パークが開園。
(42)2003年 - イラク戦争開戦前に世界規模の抗議行動が行われる。
(43)2006年 - 北九州空港開港。
(44)2009年 - マダガスカル・クーデターマダガスカル軍アンドリー・ラジョエリナ支持派が大統領府を占拠。
(45)2012年 - NHKで半世紀にわたり放送されたテレビドラマ『中学生日記』が最終回を迎える。
(46)2012年 - 新幹線100系300系電車が引退。
(47)2012年 - 小田急電鉄から、ロマンスカーRSEHiSEが引退。同時にJR東海371系電車の小田急線への乗り入れを終了。
(48)2013年 - 東急東横線渋谷駅地下化。みなとみらい線 - 東武東上線西武池袋線の相互直通運転開始。同時に東京メトロ日比谷線との相互直通運転廃止。
(49)2013年 - 新幹線E5系による「はやぶさ」が世界最速タイとなる320km/h運行開始。(528.33KB)

On This Day in American History
On March 13, 1942, the U.S. Army establishes the K-9 Corps. It is the first official recognition of war dogs by the U.S. armed forces. More than a million dogs had served on both sides during World War I, carrying messages and providing psychological comfort to soldiers.
On This Day in American History
On March 14, 1950, the FBI’s 10 most wanted list debuts. Director J. Edgar Hoover approves the list after a news story about the ‘toughest guys’ the FBI wants to nab captures widespread public attention. The aim of the FBI’s new ‘Ten Most Wanted Fugitives’ list is to publicize particularly dangerous fugitives.

 ・・・と、その前に、ざっと情報源をチェックします・・・。真っ先にヒットした記事は、「 並外れた技量や信念を持つ人は、強いオーラを放っている 」(日本経済新聞「春秋」)Thomas Earl Starzl (March 11, 1926 – March 4, 2017) で満91歳の誕生日一週間前にご逝去。思わずグーグル画像に目を向けました。偉大な人物の面影を追しつつ、尊敬と哀悼の念を強します(合掌)。(9:40)
     「Thomas Starzl」の画像検索結果 「Thomas Starzl」の画像検索結果 「Thomas Starzl」の画像検索結果
 16年間のヨシダ経営者人生第三毛作で東京クライアントがありました。現在でも新入総合職の拙著「」を読んだ感想文が舞い込んできて、「著者レポート」を返送してお役に立っていますが、新幹線から観る富士山は数え切れにほど多数に及びます。何歳になっても好奇心旺盛なヨシダ。新幹線上下線で随分と幅広く姿を追ったものでした。まるで好奇心旺盛な子供のように・・・でした★富士山に関して目にとまった記事があります。「富士山の雪のカタチはなぜ左右非対称なのか」(三谷宏治:K.I.T.虎ノ門大学院主任教授)(DIAMOND Online)がそれです★ちなみに、ヨシダの終の棲家・フィリピンで有名なのが、「フィリピインの富士山:マヨン山」です。並べて写真を添付します。(10:10)
  「Mayon Volcano」の画像検索結果「Mayon Volcano」の画像検索結果  
 ・・・・・・と、どうですか!?ウェブサイト編集ソフトの変化(ヨシダは「改悪」と酷評!)でヨシダが転換した自身のウェブサイト編集政策の大転換(?)。編集する者としても、「広く浅く・・・」といった感じの短い編集ブログです。編集する側も観ていただく方にも肩がこらずに気軽に・・・といった按配に気付きますがどうでしょう?「窮すれば通ずる」とはこのことだ!とニンマリって気分です。(10:25)    
 「アメリカ帝国は終焉へ向かう、日本は「連欧連亜」を目指せ(DIAMOND Online:進藤榮一・筑波大学名誉教授)
   「アメリカ帝国は終焉へ向かう、日本は「連欧連亜」を目指せ」の画像検索結果「アメリカ帝国は終焉へ向かう、日本は「連欧連亜」を目指せ」の画像検索結果「「連欧連亜」」の画像検索結果「アメリカ帝国は終焉へ向かう、日本は「連欧連亜」を目指せ」の画像検索結果
 中見出しは、「 19世 紀末の米国と似たポピュリズムの台頭」、「世界経済の中心は米欧世界からアジア世界へ」、日本が目指すべきは脱亜入欧から連欧連亜への道・・・と続きます▼ふと、余計なことを想像するヨシダ。「日和見り主義」と言われることも、生存競争の激しい世の中での処し方処方箋は古今洋の東西を問わず「生き残り戦略の根幹」ではありますよね・・・。(11:00)   
  「グーグルの研究本部長が予言「AIが人に代わる未来は来ない」(DIAMOND Online)を読んでそうだろう!と思う反面、程度の問題ですが、部分的には人がなしてきている分野の大小はあっても「代わる」要素は充分あることはゼッタイに否定できません。AIの初期段階とも言える産業ロボットが確実に人間の分野に入り込んでその分、仕事を奪っていることは歴然です▼「中見出し」は、ひらめきで新しい技術を開発し AIブームの3つの波も経験してきた、今までと同じ課題においてAIの進化はさらに加速する、「シンギュラリティ」説には無理がある AIは人間に代わるものではない・・・と続きます▼ちなみに、「シンギュラリティ(説)」という英語そのもの意味はある程度想像できないことも無いが・・・と首を傾げながら、ベンキョウ熱心なヨシダはグーグルに頼りました。曰く、「「シンギュラリティ(技術的特異点)」という概念がありますが、それはどんなものだと思われますか?また、その時期が2045年だといった説もありますがどう思われますか?この用語を提唱したレイ・カーツワイルによれば、「100兆の極端に遅い結合(シナプス)しかない人間のの限界を、人間と機械が統合された文明によって超越する」瞬間の事である   まず、シンギュラリティ自体を信じるか、信じないか。シンギュラリティが意味するのは「無限に進歩が続き、向上が永遠に右肩上がりに続く」ということを示唆しています。しかし、物事というのは進歩して改善しても、あるところにくるとどうしても横ばい状態にならざるを得ないという状況があります。永遠に無限に進歩が続くというのは、やはり無理であり、必ず限界があると私は思います・・・(ウィキペディア)」と▼要するに、所詮は人間が既存の言語に魂や未来性を「挿入」するといった感じですネ。 英語の勉強になりますが、この単語の原点は「singular(並はずれた、まれにみる、非凡な、奇妙な、風変わりな、珍しい)」というもの。接尾語「rity」で名詞になることから、拡大解釈が出てくるワケで、造語の分野に発展する・・・とヨシダは分析します。その発言者の個人的概念が一般化するというワケだと認識します。ハイ!英語学習をしてみました。(14:00)

 

(以下は、「インタネット情報&ヨシダブログ)の最終版ですが、当分の間、このままにしておきますので悪しからずご了承のほど。ほかでもありません、ヨシダ独自開発(?)の肩こり解消法と、終の棲家とするフィリピンとその女性諸氏の母国ニッポンでの活躍に関する記事であるからです。)
No.6766

在米日本人作家が警告する、トランプ・リスク「最悪のケース」
MAG2NEWS2017.3.8.(1日付)by 冷泉彰彦『冷泉彰彦のプリンストン通信』
ヨシダブログ:1993年来、米国滞在で活躍されるご人物だけに、現地の状況を肌で感じられている内容と受けとめます。1993年と言えば、ヨシダが「一ヶ月間米国取材旅行」をした時代で忘れ難い年代です▼冷泉家(れいぜいけ)と言えば、「近衛中将に代々任官された羽林家と呼ばれる家柄の公家」 で、 冷泉天皇(れいぜいてんのう、天暦4年5月24日(950年6月12日)- 寛弘8年10月24日(1011年11月21日)、在位:康保4年10月11日(967年11月15日) - 安和2年8月13日(969年9月27日))は、日本(平安時代中期)の第63代天皇」・・・ということから、筆者の冷泉彰彦さんはそのご子孫?とまで好奇心を抱きました(笑)。ご本名は前田文夫氏で 作家の角川春樹さんから助言され命名されたと知りました▼ 前回の同氏著記事は、「No.6739:全米メディアは安倍トランプ会談の「成果」をどう報じたのか?MAGNEWS2017.2.21.(15日付)  )」でしたので、ご参考に供します▼「中見出し」は、■冷泉彰彦が予測するトランプ政権の未来と火種ですが、インタビューアーの投げ掛ける質問は11件で、それだけに判りやすい長文記事です。写真27枚添付ファイル)(143.82KB)
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   「冷泉彰彦著書」の画像検索結果       関連画像  「冷泉彰彦」の画像検索結果        関連画像   「冷泉彰彦」の画像検索結果   
No.6765
肩こり激減!○○を使ったユニークストレッチ法とは?
DIAMOND Online2017.3.8.藤崎雅子/5時から作家塾(R)
ヨシダブログ: 「中見出し等」は、■ボール2個だけで コリ解消から基礎代謝UPまで、■ボール2個だけで コリ解消から基礎代謝UPまで、■深い呼吸をしながら リラックスして行うのがポイント(1.背中ほぐし、2.肩(首の付け根)ほぐし、3.脇の下ほぐし)・・・と続きます▼なにか新しいモノを作るには「発明心」(?)が必要です。青年時代に3つの「実用新案特許」を取得して、英語力を駆使してアメリカから二つの新技術導入に成功して、それらの商品販売や技術普及で全国を飛び回った人生経験者のヨシダが、その特技(?)を活かして「考案」したのが本記事が示す「肩こり解消法」に通じます▼添付画像下段2列の選択肢もヨシダの発明心と技に通じます(笑)。20数年間も愛用している小道具の「画像表現」には苦笑いです。写真を撮って添付すればイイものを、と自身に言い聞かせながら、あえてこの工夫で貫きます▼ご覧のように「ゴルフに穴を開けて棒を差し込む(だけ」のシロモノ。この小道具で両肩に生じた石みたいなコリを解消してきているのです!▼そこに至るエピソードをひとつ。同小道具を使い始めて何年かのこと。かの日本経済新聞日曜版の最終ページ一杯に写真付きでドカ~んと掲載されていた日曜特別記事。「ゴルフボールを広げた布の中央に置いてグルグルと巻いたもの。両端を握って、コリ急所にあてがいつつ体重をかける・・・というシロモノ。欠点は両手が必要かつ、急所(一点集中的)にあてがうのが難しく、かつ瞬時に移動することも難しい・・・という難点を見抜いたものでした▼ヨシダ式のそれは微妙な局部へのあてがいや移動は自由自在!かつ、体重をかけつつ移動することで「ローリング指圧効果」が可能!・・・てモンでした▼ちなみに、ヨシダの肩こりは健常者とは異質。両脚が不自由なことから、ステッキを左手に持って体重を預けながら歩を進めることから、両肩なかんずく、ステッキを持つ左手よりその逆の右肩に極度の無理を招来したという半世紀以上もの蓄積が両肩なかんずく右肩に生じたのです。並みの自助努力で解決できるシロモノでないことを自覚していました▼一念発起!ってものでした!フィリピンに移住しての決意は、永年継続していた自己流ストレッチング体操を「両肩こり解消」の一点に絞った内容を心がけたもの。チョッとやソッとで真似なんてできね~ぞ!って気分は現在まで持ち続けて成果をあげています。具体的には「右肩の奥一点」を目がけての葛藤。石みたいな状態だったのですが、「これって、ホントに解消できるだろうか!!!???」といった不安を抱いたほどでした▼不思議なものでして、一端、石みたいに凝り固まった筋肉すじ。歯を喰いしばっての痛みを凝らえつつで努力も柔らかになったのも束の間、元の状態に戻る生理現象に気付いていたもの。それとの「シーソー・ゲーム」みたいな努力です▼ちなみに、そういった筋肉筋の現象を金属物理学で言えば「内部応力」と見抜いていましたので、諦めることなく、それとの持久戦だ、とばかりに努力して現在に至ります。遠からず開放されるものと確信しつつ、です▼でもでもですが、一旦はときほぐした部位が戻る現象をもって、ヨシダはそれが「休憩して再々度のチャレンジをせよ」という神さまの心と受けとめます。なにせ、毎日10時間以上のパソコンワークだけに、若い者でも耐えられないハードワーク。さっと、ベッドに横になるなり、フロアに強いている薄目のマットに横になってのストレッチング・・・と、ひゃ~!超長ブログ!この辺りで本記事ブログはジ・エンドとします。乱ブロ中身はご容赦のほど・・・。 写真27枚添付ファイル)(77.2KB)
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No.6764
外国人家事代行  第1陣の25人が9日、日本へ向けて出発。4月にも神奈川県で業務開始
日刊まにら新聞2017.3.9.加藤昌平
ヨシダブログ: フィリピンという国を終の棲家として現在に至るヨシダの心情は横に置いといて・・・のこと。「取り合えず関連画像を選択して掲載します。ブログは後回し!って気分。少しでも早くにフィリピン女性の魅力を知っていただきたい一心からです・・・」とは、本記事の持つ深い意義を評価して予定する添付画像を編集したのを機に「仮掲載(編集中)」としたものです▼ダイアリーにもブログしていますが、英語の大好きなヨシダだったら、英語が彼女らの第二国語であるだけに、介護しながら会話を楽しんでもらえるんだぞ~!ってもの▼家族も絶好の英会話機会とうけとめ、「ちょっと、私(僕)を相手にして話して・・・。後は当方た年寄りの面倒を看ますから・・・」といった場面も想像されるでしょう(笑)▼日本人女性と比べて云々は同胞女性に失礼ですが、お愛嬌や仕草や表情等々はカノジョらが上手ですよ!フィリピンの国民性のひとは「ホスピタリティー(親切心)」であるからです。無表情な大和撫子より、ニコッと笑ってハギングする国民性のほうがイイでっせ・・・とはヨシダの皮肉です(シツレイ!)▼・・・と、まだまだブログしたいのが編集者の心境。でも、イイ加減にしときます。鼻の下が長~いぞ~、というお叱りを意識するからです(笑)。 写真33枚添付ファイル)(56.74KB)
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        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
         (自慢話でなく、意義深く、想い出の数々を秘めてのものです)

  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て日光浴を楽しむ折に、呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、前述したようにな形で見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
 「主の祈り」に蛇 足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学天文学教授の娘さ ん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいたご人物。 
 後年、出版社が募集した懸賞論文に応募して「佳作」に なった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
   http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-21.jpg

"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。
 同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く、「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代では・・・」と、肩をすくめました。
 ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 

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                    「Lincoln Memorial」の画像検索結果     「Lincoln Memorial」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果
 

"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の多くの経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred and twenty! と。119歳まで生きたフィリピンの女性のことを胸にって、随分と欲張ったヨシダ流の朗誦文にしています。

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  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿です。
   
★なお、末尾にあしらた米漫画「ピーナッツ」のひとコマ。ワンちゃんを相手にピーナッツ君が言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは「自利から他利」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!! 
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 (注)最近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれ ば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りる」という利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう! 
 なお、末尾の「カッコ内数字記号(朱文字)」は本トップページの「編集量現在値」でして、契約編集ソフト会社(cPanel社)との契約に基づくのが1ページ当たりの許容編集量限度(1000KB=1MB)であるに鑑み、「最大限の情報ご提供」という勝手な編集者のサービス精神(?)をもって、その限度量精一杯の利用を心掛けるための指針としているものです。
 最近は英語版がそれを上回るほどの情報提供であるために、現存する画像をその都度旧いものから必要に応じて削除しながら最大限の画像情報等のご提供を心掛けるという際どい編集手法に徹しています。 
                                                   (810.31KB)                        2017年3月16日(木)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                         
 (満85歳4ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
                    yoshidayuuki@rocketmail.com
        URL(日本語版):http://www.abombsurvivor.com/index_japanese.html
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