このド素人的ホームページは本日8月28日で満85歳10ヶ月になった吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」でして、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめてもと、自我自賛しています(笑)。 (2017年8月28日記)

  「吉田祐起」の画像検索結果
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満86歳0か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパン・タイムズ紙「Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'」にどか~んと掲載されたものです。写真中央は2014年9月11日のパスポート更新の際に写したもの。尤も免許証のものは眼鏡をつけていますが、編集ファイルから誤って削除して従来の掲載ファイルすべてが抹消された形になったので、撮影前に眼鏡を外して写したのがあったために差し替えました。右の写真は2017年10月21日に写した「ステテコ&半そで」の年中姿でデスクに向かう満86歳一週間前のものです。
                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)(注:編集者自身が実は驚いています!そうだった、こんなものを編集していたんだっけ!と。再編集してもっとかっこイイコラムにしようかな、と思っているところです。2017.6.22.)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
    本書はある動機を得ての5毛作への大転換自分史デス!
14.人生いろいろ いきいき ハツラツ わが人生は五毛作!
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
29. グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い

                         English               
                  2017年11月21日(火)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」 とか、ファイル数にしたら227千余編にもなるんだゾ~!っと、ヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った11月21日のできごと
                       (過去のきょうのできごと一覧表)
                      (英語版きょうのできごと;November 21
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
(331.15MB/22.1KB/line)
    1「235 Anterus,」の画像検索結果「rome Pope hous...」の画像検索結果 2「1783年 - モン...」の画像検索結果「1783年 - モン...」の画像検索結果
     4「ナポレオン・ボナパルト大陸封鎖令」の画像検索結果 「ナポレオン・ボナパルト大陸封鎖令」の画像検索結果 「大陸封鎖令」の画像検索結果「ナポレオン・ボナパルト大陸封鎖令」の画像検索結果    関連画像  関連画像
        5関連画像  関連画像「旅順虐殺事件」の画像検索結果  「旅順虐殺事件」の画像検索結果  「旅順虐殺事件」の画像検索結果
       7   「1905, Annalen der Physik,  E=mc²  」の画像検索結果「1905, Annalen der Physik,  E=mc²  」の画像検索結果 「1905, Annalen der Physik,  E=mc²  」の画像検索結果    関連画像「1905, Annalen der Physik,  E=mc²  」の画像検索結果
   9「HMHS Britannic」の画像検索結果「Charles Bartlett, captain of HMHS Britannic」の画像検索結果「HMHS Britannic」の画像検索結果       「HMHS Britannic sinking location」の画像検索結果     「HMHS Britannic sinking location」の画像検索結果
    11「1939年 - ヨー...」の画像検索結果「1939年 - ヨー...」の画像検索結果「1939年 - ヨー...」の画像検索結果
    12   「Battle of Tarawa」の画像検索結果    「Battle of Tarawa」の画像検索結果    「Battle of Tarawa」の画像検索結果
    「Battle of Tarawa」の画像検索結果「Battle of Tarawa」の画像検索結果  14    「金剛 (戦艦)」の画像検索結果   「金剛 (戦艦)沈没地図」の画像検索結果
   「金剛 (戦艦)」の画像検索結果「金剛 (戦艦)沈没」の画像検索結果  関連画像 16「現代かなづかい」の画像検索結果「朝日新聞」の画像検索結果
    19   関連画像「1969年ニクソン大統領・佐藤総理会合沖縄返還」の画像検索結果「1969年ニクソン大統領・佐藤総理会合沖縄返還」の画像検索結果 「1969年ニクソン大統領・佐藤総理会合沖縄返還」の画像検索結果 「1969年ニクソン大統領・佐藤総理会合沖縄返還」の画像検索結果   
    20「Advanced Research Projects Agency Network」の画像検索結果「Advanced Research Projects Agency Network」の画像検索結果 「Advanced Research Projects Agency Network」の画像検索結果 「Advanced Research Projects Agency Network」の画像検索結果「Advanced Research Projects Agency Network」の画像検索結果
    「Advanced Research Projects Agency、ARPA」の画像検索結果 「Advanced Research Projects Agency、ARPA」の画像検索結果 「Advanced Research Projects Agency、ARPA」の画像検索結果   関連画像   「Advanced Research Projects Agency、ARPA」の画像検索結果
    「ドナルド・デービス」の画像検索結果       「ドナルド・デービス」の画像検索結果    「ローレンス・ロバーツ」の画像検索結果   「ローレンス・ロバーツ」の画像検索結果
  25「1986年 - 伊豆大島・三原山の噴火、全島民が一時島脱出。」の画像検索結果「1986年 - 伊豆大島・三原山の噴火、全島民が一時島脱出。」の画像検索結果        関連画像「1986年 - 伊豆大島・三原山の噴火、全島民が一時島脱出。」の画像検索結果関連画像
   36「2011年 - オウ...」の画像検索結果「2011年 - オウ...」の画像検索結果「2011年 - オウ...」の画像検索結果「2011年 - オウ...」の画像検索結果
(1)235年 - ローマ教皇アンテルスが即位。
(2)1783年 - パリでモンゴルフィエ兄弟熱気球による初の有人飛行に成功。
(3)1789年 - ノースカロライナ州が12番目にアメリカ合衆国憲法に批准。
(4)1806年 - ナポレオン戦争: ナポレオン・ボナパルトによって大陸封鎖令が発せられる。
(5)1894年 - 日清戦争: 旅順虐殺事件
(6)1903年 - 三田綱町球場にて早稲田大学野球部慶應義塾大学野球部の対抗戦(早慶戦の起こり)。
(7)1905年 - E=mc²の式が載ったアルベルト・アインシュタイン特殊相対性理論の第2論文がドイツの学術誌『アナーレン・デア・フィジーク』に掲載される。
(8)1909年 - 人吉 - 吉松間の開業により、門司(現在の門司港)から鹿児島までが鉄道で結ばれる(現在の肥薩線経由)。
(9)1916年 - 第一次世界大戦: イギリス海軍病院船として徴用されていた客船「ブリタニック」が触雷し沈没。
(10)1930年 - 矢口浄水場通水。
(11)1939年 - ヨーロッパ航路の貨客船「照国丸」がイギリスの機雷に触れ沈没。乗客乗員は全員救助。
(12)1943年 - 第二次世界大戦: タラワの戦いが始まる( - 11月23日)。
(13)1943年 - 阪神武庫川線が開業。
(14)1944年 - 第二次世界大戦: 戦艦金剛サマール沖海戦の帰還中にアメリカ海軍バラオ級潜水艦シーライオンの魚雷が2本命中し沈没。
(15)1945年 - 治安警察法廃止。
(16)1946年 - 朝日新聞大阪本社現代かなづかいによる紙面作りを開始。
(17)1960年 - 東海道本線金谷 - 藤枝間で架線試験電車クモヤ93000により175km/hの狭軌世界記録を樹立。
(18)1963年 - 第30回衆議院議員総選挙投票。
(19)1969年 - 米大統領リチャード・ニクソンと日本の佐藤栄作首相が、安保堅持・1972年沖縄返還などの日米共同声明を発表。
(20)1969年 - インターネットの元型であるARPANETの公開実験が開始。
(21)1970年 - 国連総会で、国民政府中華民国)追放・中共政府(中華人民共和国)招請議案が初めて過半数を獲得。
(22)1970年 - 名古屋市郊外に日本ケンタッキー・フライド・チキンの第1号店(名西店)がオープン。
(23)1974年 - 長嶋茂雄巨人軍監督に就任。
(24)1978年 - 江川卓が読売ジャイアンツと契約。(空白の一日事件
(25)1986年 - 11月15日からの伊豆大島三原山の噴火に伴い、全島民が一時島を脱出。
(26)1989年 - 日本労働組合総連合会(連合)と全国労働組合総連合(全労連)が発足。
(27)1990年 - 全欧安全保障協力会議が欧州分断終結を宣言したパリ憲章英語版に調印。
(28)1990年 - 任天堂の据え置き型ゲーム機、スーパーファミコンが日本国内で発売。
(29)1995年 - ユーゴスラヴィア紛争: ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争終結のためのデイトン合意がなされる。
(30)1996年 - 阪和銀行が経営破綻。日本の銀行としては戦後初。
(31)1996年 - 大阪外環状鉄道おおさか東線)設立。
(32)2002年 - ブルガリアエストニアラトビアリトアニアルーマニアスロバキアスロベニア北大西洋条約機構(NATO)に加盟。
(33)2003年 - 保守新党が解党し、自由民主党に合流。
(34)2004年 - 任天堂の携帯型ゲーム機、ニンテンドーDS北米で発売。
(35)2009年 - 任天堂の携帯型ゲーム機、ニンテンドーDSi LLが日本国内で発売。
(36)2011年 - オウム真理教元幹部・遠藤誠一に最高裁判所が上告審判決(上訴棄却、死刑が確定)。オウム真理教事件の一連の刑事裁判がすべて終結。
(37)2014年 - 当時の内閣総理大臣・安倍晋三により衆議院が解散された(7条解散)。
(331.15MB/22.1KB/line)

                      編集者のダイアリー・コーナー
                 2017年11月21日(火)
(注)本コラムの編集基準は「1ヶ月を上・中・下の3旬に分割」します。3旬に分割しているのは、ワ7ン・サイトの添付画像容量の制限(1000KB=1MB)があるためですが、編集者の欲張り過ぎか、当該記事に対する編集者の納得できる意図の添付画像かは別にして、折角の添付画像を本欄では「一部削除」を余儀なくしています★しかし、「過去の日本語版トップサイト一覧表」では日々の本欄の全てが掲載されていますので、本欄の記録実績は確実に収録されているという編集者の安心感をもって、思い切ってその都度、削除することに徹しています。ヨシダはともすれば、「完全主義者的な性格」が否定できないなと反省する始末です(笑)★ちなみに、自身が執筆(ブログ)したことを「記録に残す(遺す)」ことに、ある種の人生達成感を意識することから、この問題に関しては、そうした対応をしているものです。ご理解のほど念じる次第です。(2017年7月10日記)
本日「11月21日のできごと」で特に関心を強くするのは「(20)1969年 - インターネットの元型であるARPANETの公開実験が開始」としましょう。目下、インタネット関連で楽しみの反面で様々の問題を体験しているからです。すっごいものを発明した先人に脱帽って心境です。
★「特別リポート:NYに潜む危ない鉛汚染、子ども5400人が中毒に」(REUTERSロイター2017.11.20.Joshua Schneyer and M.B. Pel: 翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)は冒頭の言葉「公衆衛生関係者の間では、ニューヨーク市は長年に及ぶ鉛中毒との戦いで、よく知られている。鉛は神経障害などを引き起こす可能性がある有害物質だ 」で始まる1ページもので長文の記事です★「中見出し」は、■<執行上の問題>、<コニーアイランドの子どもたち>、<頭上や足下にも>、■<店頭にも危険が存在> ・・・と続きます。(添付画像=19枚)
   「特別リポート:...」の画像検索結果「特別リポート:...」の画像検索結果「特別リポート:...」の画像検索結果「特別リポート:...」の画像検索結果
    「鉛汚染」の画像検索結果「鉛汚染」の画像検索結果「Lead exposure」の画像検索結果「鉛汚染」の画像検索結果
   「Coney Island」の画像検索結果「Coney Island」の画像検索結果「Coney Island」の画像検索結果「Lead exposure」の画像検索結果
        「lead poisoning」の画像検索結果「lead poisoning」の画像検索結果「lead poisoning」の画像検索結果「lead poisoning」の画像検索結果
                  「writer」の画像検索結果「ロイター」の画像検索結果「Joshua Schneye...」の画像検索結果
今朝受信の「VOA@com」の画像取り込みがXPの不調でできませんのでVOA画像から離れて情報源をゲットして編集します。「 No.312(Nov.21, 2016) (Now, editing!)"1923 Garrett Morgan patents three-position traffic signal"(参考記事: "1923 Garrett Morgan patents three-position traffic signal"(HISTORY) )がそれですが、果たしてリンク等が上手くできるかどうか・・・と不安です。
今朝早くに来訪してパソコン技師(ジョンさん)は一昨日の続きの仕事。相当な程度の進歩を実現してくれました。仕事の合間ごとに交わす世間話の中で知ったことは、彼は元オーナーで零細のコンピューター会社を持っていたもの。その零細事業を第三者に売却して、自身は従業員の立場で現在に至るもの。ヨシダがかつて目にしたことのないほどの優秀な技術を持っていると評価する人物。ひょとしてヨシダグループで新しい道の開拓ができる感触。家長・アーネルを資本家経営者にしてコンピューター事業を興すことのヒント得ました。先が楽しみです★なお、彼の進言を受けてのこと。老朽化したXPに別れを告げて、日本製のパソコンを新たに導入することにしました。一週間くらい先のことですが、大いに楽しみです。4,5年先の土地建物取得を機に、ヨシダ事務所を予定する2階にその新規事業会社に当てることのヒントを得ました。どうやらヨシダが予定する人生第5毛作の一つが新会社設立資本家人生にもなりそうです。アーネルが主役を演じる企画だけに、じっくりと彼と話し合うことになります★本日の取材作業はこれで終了して、日付け変更準備に入ります。過度の欲張りは爺さんには禁物のことと自重してのことです(笑)(13:30)

 

                  末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけま すが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

  財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じで、こんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
    
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              (白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より)         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して、好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真記事はヨシダの記事が同誌に多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に私の写真に並べて添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
    http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
     http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス!クリックすると、その全文ラヴ・ストーリー(?)がご覧いただけますよ。)    
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。と、そんなことから下記の一連の関連画像を添付しました。

       「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果 
(追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できることを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から離日寸前までの16年間、東京の上場予定の老舗運送会社さんは9年間にわたる最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークなお手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、9年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。この漫画が主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
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                        2017年11月21日(火)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                         
吉田祐起
                       (満86歳0ヶ月)

              (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローザ市在住)
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