このド素人的ホームページは本日8月28日で満85歳10ヶ月になった吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」でして、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめてもと、自我自賛しています(笑)。 (2017年8月28日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳11か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)(注:編集者自身が実は驚いています!そうだった、こんなものを編集していたんだっけ!と。再編集してもっとかっこイイコラムにしようかな、と思っているところです。2017.6.22.)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
29. グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い

                         English               
                  2017年10月16日(月)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った10月16日のできごと
                       (過去のきょうのできごと一覧表)
                      (英語版きょうのできごと;October 16
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
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 2「アンドリア公ファブリツィオ・カラーファ」の画像検索結果「Carlo Gesualdo killed his wife  」の画像検索結果「Carlo Gesualdo killed his wife  」の画像検索結果「Carlo Gesualdo killed his wife  」の画像検索結果「Carlo Gesualdo killed his wife  」の画像検索結果
   3「french revolution」の画像検索結果 「Marie Antoinette Josepha was persecuted」の画像検索結果   関連画像「Marie Antoinette Josepha was persecuted」の画像検索結果関連画像関連画像
    関連画像「Marie Antoinette Josepha was persecuted」の画像検索結果「Marie Antoinette Josepha was persecuted」の画像検索結果「Marie Antoinette Josepha was persecuted」の画像検索結果関連画像「Saint-Denis Basilique」の画像検索結果
    4「:Battle of Leipzig」の画像検索結果  「:Battle of Leipzig」の画像検索結果     「:Battle of Leipzig」の画像検索結果     「:Battle of Leipzig」の画像検索結果  
     「:Battle of Leipzig」の画像検索結果  「:Battle of Leipzig」の画像検索結果 「:Battle of Leipzig」の画像検索結果    「:Battle of Leipzig」の画像検索結果
     「カール14世ヨハン (スウェーデン王)」の画像検索結果  「カール14世ヨハン (スウェーデン王)」の画像検索結果  「スウェーデン 国旗」の画像検索結果「:Battle of Leipzig, french army and confederation of german and」の画像検索結果
  5「四元数」の画像検索結果「四元数」の画像検索結果「四元数」の画像検索結果「四元数」の画像検索結果 「四元数画像化」の画像検索結果
         7 「John Brown」の画像検索結果「John Brown's raid on Harpers Ferry」の画像検索結果 「John Brown」の画像検索結果    「John Brown」の画像検索結果「John Brown」の画像検索結果
        「John Brown」の画像検索結果  「John Brown」の画像検索結果  「John Brown」の画像検索結果     「John Brown」の画像検索結果「john brown grave」の画像検索結果
   9「1905年 - クロード・ドビュッシーの交響詩『海』が初演」の画像検索結果「1905年 - クロード・ドビュッシーの交響詩『海』が初演」の画像検索結果「1905年 - クロード・ドビュッシーの交響詩『海』が初演」の画像検索結果「1905  La Mer, trois esquisses symphoniques pour orchestre」の画像検索結果「la mer notes」の画像検索結果
    10 「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果   「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果  「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果    「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果     関連画像
    「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果 「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果  関連画像「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果 「1906 Der Hauptmann von Köpenick grave」の画像検索結果
    11「1916 Margaret Higgins Sanger」の画像検索結果「1916 Margaret Higgins Sanger」の画像検索結果「1916 Margaret Higgins Sanger」の画像検索結果「1916 Margaret Higgins Sanger」の画像検索結果「1916 Margaret Higgins Sanger」の画像検索結果  
       関連画像「1916 Margaret Higgins Sanger」の画像検索結果「1916 Margaret Higgins Sanger」の画像検索結果
    14  「1943年 - 戸塚球場で学徒出陣壮行早慶戦」の画像検索結果   「1943年 - 戸塚球場で学徒出陣壮行早慶戦」の画像検索結果     「1943年 - 戸塚球場で学徒出陣壮行早慶戦」の画像検索結果       「1943年 - 戸塚球場で学徒出陣壮行早慶戦」の画像検索結果
   18「1946年 - リッベントロップ元外相ら10名の被告への刑が執行」の画像検索結果「Ulrich Friedrich Wilhelm Joachim von Ribbentrop 10 criminals」の画像検索結果   関連画像「 persecution」の画像検索結果
  21「Pan Am Flight 006」の画像検索結果  「Pan Am Flight 006」の画像検索結果「Pan Am Flight 006」の画像検索結果「Pan Am Flight 006」の画像検索結果
   28「Jessica McClure」の画像検索結果「Jessica McClure」の画像検索結果  関連画像「jessica mcclure rescue」の画像検索結果「jessica mcclure rescue」の画像検索結果  関連画像
       「jessica mcclure rescue」の画像検索結果「Jessica McClure」の画像検索結果「Jessica McClure」の画像検索結果「Jessica McClure」の画像検索結果「jessica mcclure rescue」の画像検索結果
        「Jessica McClure」の画像検索結果「Jessica McClure」の画像検索結果「jessica mcclure now」の画像検索結果「jessica mcclure now」の画像検索結果
   34「2006 hawaii big earthquake」の画像検索結果「2006 hawaii big earthquake」の画像検索結果「2006 hawaii big earthquake」の画像検索結果  「2006 hawaii big earthquake」の画像検索結果
(1)1384年 - ヤドヴィガポーランド王に即位。
(2)1590年 - イタリアの貴族・作曲家のカルロ・ジェズアルドが、妻とその愛人ファブリツィオ・カラーファの密会の現場をおさえ、2人を惨殺。
(3)1793年 - フランス革命: ルイ16世マリー・アントワネット断頭台で処刑される。
(4)1813年 - ナポレオン戦争: ライプツィヒの戦いが始まる。
(5)1843年 - ウィリアム・ローワン・ハミルトン四元数の概念を発見する。
(6)1846年 - ウィリアム・T・G・モートンマサチューセッツ総合病院で世界で初めてエーテル麻酔を使用した手術を行う。
(7)1859年 - ジョン・ブラウンのハーパーズ・フェリー襲撃英語版。暴力的奴隷制度廃止運動家のジョン・ブラウンハーパーズ・フェリー連邦政府武器庫を襲撃して、奴隷反乱を企てる。
(8)1886年 - 49回目の挑戦の末、岩手県釜石にて洋式高炉での出銑に成功。釜石鉱山田中製鉄所が設立され、日本の近代製鉄が始まる。
(9)1905年 - クロード・ドビュッシーの交響詩『』が初演。
(10)1906年 - ケペニックの大尉事件(ヴィルヘルム・フォークト
(11)1916年 - マーガレット・サンガーニューヨーク州ブラウンズヴィルにおいて、産児制限を指導する診療所を開業。
(12)1923年 - ウォルト・ディズニー・カンパニー創立。
(13)1941年 - 外交交渉継続の是非をめぐる近衛文麿首相と東条英機陸相の対立により、第3次近衛内閣が総辞職。
(14)1943年 - 戸塚球場学徒出陣壮行早慶戦が行なわれる。
(15)1945年 - 国際連合食糧農業機関(FAO)が設立される。
(16)1945年 - 李承晩がアメリカから帰国し、南朝鮮の独立建国運動の指導者となる。
(17)1945年 - ソ連が北朝鮮の行政権を北朝鮮指導者に移管。
(18)1946年 - ニュルンベルク裁判死刑判決を受けたリッベントロップ元外相ら10名の被告への刑が執行される。
(19)1951年 - パキスタン首相リアクァット・アリ・カーン英語版が暗殺される。
(20)1952年 - 昭和天皇皇后が戦後初めて靖国神社に参拝。
(21)1956年 - パンアメリカン航空006便不時着水事故
(22)1964年 - 中華人民共和国タクラマカン砂漠で初の原爆実験に成功し、世界5番目の核保有国となる。(596 (核実験)
(23)1973年 - ベトナム和平への功績が認められ、ヘンリー・キッシンジャーレ・ドゥク・トノーベル平和賞受賞が決定。(トは辞退する)
(24)1978年 - ポーランド人のカロル・ウォイティワ枢機卿がローマ教皇に選出される。(ヨハネ・パウロ2世として、10月22日に就任)
(25)1981年 - 北炭夕張新炭鉱ガス突出事故北炭夕張新炭鉱でガス突出・坑内火災事故。死者93人。
(26)1985年 - 阪神タイガースが21年ぶりにリーグ優勝。狂喜したファンらがカーネル・サンダース像を道頓堀川に投げ込む
(27)1986年 - ラインホルト・メスナーが、史上初の8000メートル峰全14座完全登頂を達成。
(28)1987年 - 満18ヶ月の「みんなの赤ちゃん英語版ジェシカ・マクルーア英語版が、58時間ぶりに地中のパイプから救出される。
(29)1991年 - アメリカ合衆国テキサス州キリーンのレストラン・ルビーズで銃乱射事件が発生。(ルビーズ銃乱射事件
(30)1998年 - スペインの要請により元チリ大統領アウグスト・ピノチェトがイギリスで逮捕される。
(31)1998年 - 埼玉医科大学性同一性障害の女性患者(性自認は男性)に対する性別適合手術を実施。
(32)2004年 - 名鉄空港線常滑駅 - 中部国際空港駅間が空港関係者限定で開業。
(33)2004年 - 茨城県常陸大宮市が市制施行。
(34)2006年 - ハワイ島沖地震英語版
(35)2007年 - 加古川小2女児殺害事件
(36)2008年 - 旭川競馬場における競馬の開催が終了。
(37)2013年 - 平成25年台風第26号により、伊豆大島で大規模な土砂災害が発生。
(395.87MB/18.9KB/line)

                    編集者のダイアリー・コーナー
(注)本コラムの編集基準は「1ヶ月を上・中・下の3旬に分割」します。3旬に分割しているのは、ワ7ン・サイトの添付画像容量の制限(1000KB=1MB)があるためですが、編集者の欲張り過ぎか、当該記事に対する編集者の納得できる意図の添付画像かは別にして、折角の添付画像を本欄では「一部削除」を余儀なくしています★しかし、「過去の日本語版トップサイト一覧表」では日々の本欄の全てが掲載されていますので、本欄の記録実績は確実に収録されているという編集者の安心感をもって、思い切ってその都度、削除することに徹しています。ヨシダはともすれば、「完全主義者的な性格」が否定できないなと反省する始末です(笑)★ちなみに、自身が執筆(ブログ)したことを「記録に残す(遺す)」ことに、ある種の人生達成感を意識することから、この問題に関しては、そうした対応をしているものです。ご理解のほど念じる次第です。(2017年7月10日記)
お知らせ:編集容量の調整で添付画像を片っ端から削除することを余儀なくします。その「添付画像=○枚」を付していますが、すべては過去の日本語版トップサイト一覧表に収録していますので、ご関心あらばクリックしてご覧ください。なお、本欄の当該月日にもリンクをはって即座にご覧いただける仕組みを考えて即実践しています。これで、心置きなく「添付画像の削除」ができるようになりました(笑)。
                 2017年10月16日(月)
本日「10月16日のできごと」で特に関心を強くするのは「(9)1905年 - クロード・ドビュッシーの交響詩『』が初演」です。ほかでもありません、戦前戦中は被爆直前までハワイ生まれのお袋が経営していた広島市随一と称されたクラシック音楽喫茶であったことから、この種のクラシック音楽には幼年期から耳慣れたからです。ベートーベンの「運命」に至ってはタクトを振る真似して曲に先行するほどでした。「ラメール」は波の音を想像さすものを子供心に記憶します★その作曲者ドビッシーの私生活を覗くと曰く、「・・・ドビュッシーはオペラ『ペレアスとメリザンド』の成功で作曲家としての名を楽壇に轟かせた一方、私生活では1904年に妻リリーを捨て、著名な銀行家の妻であったエマ・バルダックと駆け落ちをするというスキャンダルを起こしたのである。これはリリーの自殺未遂にまで発展し、友人の多くがドビュッシーを離れ、彼は世間の批判の矢面に立たされる結果となった。皮肉にもこの作品は、その後の生涯の伴侶となるエマとの生活における第1作となった(ウィキペディア)」と。ドビッシーさんのプライバシーの一端を覗いてニンマリって気分で画像を選びました。かくいうヨシダはこの辺りのことになると、経験上(?)、よき理解者(?)足り得ますネ(笑)。(添付画像=4枚)(15日11:00) 
「ドビッシー」の画像検索結果 「エンマ・バルダック ドビュッシー」の画像検索結果     「エンマ・バルダック ドビュッシー」の画像検索結果「エンマ・バルダック ドビュッシー」の画像検索結果
日本の「破綻」は、もはや杞憂と言い切れない 大義なき選挙戦の裏で財政再建が置き去りに」(東洋経済ONLINE2017.10.15.岩崎 博充 : 経済ジャーナリスト)は(も)不気味な記事ですネ。このところ、この種のネギャティヴな記事がきになります★「中見出し」は、■「逆ザヤ」が鮮明になりつつある日本国債、異次元緩和の限界は最長でもあと3年?●異次元の量的緩和…、●マイナス金利…、●金利操作…、これまでの異次元緩和は革新的、それともおきて破り?、カウントダウン開始は「格下げ」?日本破綻のシナリオ・・・と続きます★「末尾の言葉」は、「・・・日本の財政赤字は貨幣価値の変化でチャラになるかもしれないが、銀行預金や現金が紙くず同然になり、年金生活も成立しなくなる。そんな時代が来る可能性だってある。ただ、残念なことに、今回の選挙では財政再建を積極的に推進する政党を選びたくても選択肢そのものがない」です。(添付画像=4枚)(15日14:00)
 「日本の「破綻」は、もはや杞憂と言い切れない 大義なき選挙戦の裏で財政再建が置き去りに」の画像検索結果      「岩崎博充」の画像検索結果
            岩崎博充著書
明治維新より輝かしい「大政奉還」という偉業 150年前の「慶応維新」は世界史上の奇跡だ」(東洋経済ONLINE2017.10.15.武田 鏡村 : 歴史家)をみて瞬間想い出したことは最後の徳川将軍・慶喜候の言葉です。簡単に言えば、「・・・もし、大政奉還しなかったらこの国は戦場と化すであろう。朝廷に返上してこそ平和が保たれる・・・」といった趣旨★ちなみに、「大政奉還上表文」の「現代語訳」を添付します。「陛下の臣たる慶喜が、謹んで皇国の時運の沿革を考えましたところ、かつて、朝廷の権力が衰え相家(藤原氏)が政権を執り、保平の乱(保元の乱平治の乱)で政権が武家に移りましてから、祖宗(徳川家康)に至って更なるご寵愛を賜り、二百年余りも子孫がそれを受け継いできたところでございます。そして私がその職を奉じて参りましたが、その政治の当を得ないことが少なくなく、今日の形勢に立ち至ってしまったのも、ひとえに私の不徳の致すところ、慙愧に堪えない次第であります。ましてや最近は、外国との交際が日々盛んとなり、朝廷に権力を一つとしなければもはや国の根本が成り立ちませんので、この際従来の旧習を改めて、政権を朝廷に返し奉り、広く天下の公議を尽くした上でご聖断を仰ぎ、皆心を一つにして協力して、共に皇国をお守りしていったならば、必ずや海外万国と並び立つことが出来ると存じ上げます。私が国家に貢献できることは、これに尽きるところではございますが、なお、今後についての意見があれば申し聞く旨、諸侯へは通達しております。以上、本件について謹んで奏上いたします」です★ところで、慶喜公とヨシダは「共通点」を自負します。誕生日が同じであることです。10月28日ですが、慶喜候は1837年(天保8年)、ヨシダは1931年(昭和6年)といったところ。・・・と、こんな他愛もないことにも意義づけるのがヨシダの趣味ってところです。でも、ロマンチックでしょう!若さを保つ一因でもあり得ますネ.(笑)★(追記)「中見出し」は、■龍馬も大歓迎した大政奉還、■新国家設立に向けた龍馬の動き、■無益な血にまみれた「明治維新」・・・と続きます★「末尾の言葉」には同感・・・・!と痛感します。曰く、「・・・上方にいる慶喜や、幕府方を挑発するためである。やがて、この挑発に乗った形となり、鳥羽・伏見の戦いが引き起こされ、戊辰戦争で多くの血が流された。龍馬らが思い描いた「慶応維新」をもとにした平和的な新国家建設は頭から否定され、無益な血にまみれた「明治維新」が強行されたわけである」と★ところで、恰好の歴史勉強になる本欄の編集ですが、当該画像を選択する過程で眼で見る歴史勉強の価値を痛感します。 。(添付画像=10枚)(15日19:00)
 「「明治維新より輝かしい「大政奉還」という偉業 150年前の「慶応維新」は世界史上の奇跡だ」」の画像検索結果          「大政奉還」の画像検索結果  「大政奉還」の画像検索結果 「大政奉還」の画像検索結果
  「大政奉還」の画像検索結果  「徳川慶喜候の自転車姿」の画像検索結果  「徳川慶喜候の自転車姿」の画像検索結果「徳川慶喜候の自転車姿」の画像検索結果
                            薩長史観の正体―歴史の偽装を暴き、真実を取り戻す武田鏡村著書[図解]安岡正篤の人間学

                      末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)
 
        財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じで、こんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
    
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              (白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より)         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して、好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真記事はヨシダの記事が同誌に多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に私の写真に並べて添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
    http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
     http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス!クリックすると、その全文ラヴ・ストーリー(?)がご覧いただけますよ。)    
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。と、そんなことから下記の一連の関連画像を添付しました。
       「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果 
(追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できることを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から離日寸前までの16年間、東京の上場予定の老舗運送会社さんは9年間にわたる最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークなお手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、9年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。この漫画が主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
       「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果     
              では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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2017年10月16日(月)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                         
吉田祐起
                     
 (満85歳11ヶ月)
              (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローザ市在住)
                    yoshida@a-bombsurvivor.com
                   
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