このド素人的ホームページは本日8月28日で満85歳10ヶ月になった吉田祐起(本サイトでは「ヨシダ」と表現しています)が編集しているものです。編集ソフトの契約は米国本部の「cPanel」と称するソフトのフィリピン契約会社によるものです。編集ソフトはもとより、フィリピンの契約会社等との交渉や問い合わせ等々はすべて英語のみです。日本式のCSとは異なる一面があり、戸惑うことも少なくありませんが、郷に入れば郷に従え・・・って按配で何とか過ごしています。毎日のデスクワークは10時間を下りません。でも、元気ハツラツでやってます!ご覧のように、ホームページ編集ソフトを使わず、レイアウト等々のすべてはド素人的。ヨシダ流儀の編集は「縦長式」でして、両サイドにはなにも配さずに「縦長式一本」でして、スクロール・ダウンしながら全てに目が通せます。目を左右にキョロキョロさす必要がないのがせめてもと、自我自賛しています(笑)。 (2017年8月28日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳11か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)(注:編集者自身が実は驚いています!そうだった、こんなものを編集していたんだっけ!と。再編集してもっとかっこイイコラムにしようかな、と思っているところです。2017.6.22.)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
29. グーグル検索習慣が招来したヨシダ二十歳(はたち)時代の想い出話とその関係画像ポリオアメリカ人女性芸術家との出会い

                         English               
                  2017年10月12日(木)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

              ウィキペディアから拾った10月12日のできごと
                       (過去のきょうのできごと一覧表)
                      (英語版きょうのできごと;October 12
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
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     1   「ペルシャ国王キュロス2世が新バビロニア王国の首都バビロンを占領。」の画像検索結果 「ペルシャ国王キュロス2世が新バビロニア王国の首都バビロンを占領。」の画像検索結果 「ペルシャ国王キュロス2世が新バビロニア王国の首都バビロンを占領。」の画像検索結果 「ペルシャ国王キュロス2世が新バビロニア王国の首都バビロンを占領。」の画像検索結果 「ペルシャ国王キュロス2世が新バビロニア王国の首都バビロンを占領。」の画像検索結果 「ペルシャ国王キュロス2世が新バビロニア王国の首都バビロンを占領。」の画像検索結果
      「ペルシャ国王キュロス2世が新バビロニア王国の首都バビロンを占領。」の画像検索結果 「ペルシャ国王キュロス2世が新バビロニア王国の首都バビロンを占領。」の画像検索結果 「新バビロニア王国の首都バビロン」の画像検索結果「新バビロニア王国の首都バビロン」の画像検索結果
        2  「1492年 - クリストファー・コロンブス率いるスペイン船隊が西インド諸島に初上陸。「アメリカ大陸の発見」」の画像検索結果  「1492年 - クリストファー・コロンブス率いるスペイン船隊が西インド諸島に初上陸。「アメリカ大陸の発見」」の画像検索結果         「1492年 - クリストファー・コロンブス率いるスペイン船隊が西インド諸島に初上陸。「アメリカ大陸の発見」」の画像検索結果「1492年 - クリストファー・コロンブス率いるスペイン船隊が西インド諸島に初上陸。「アメリカ大陸の発見」」の画像検索結果
      「1492年西インド諸島」の画像検索結果「1492年西インド諸島」の画像検索結果「1492年 - クリストファー・コロンブス率いるスペイン船隊が西インド諸島に初上陸。「アメリカ大陸の発見」」の画像検索結果           「1492年 - クリストファー・コロンブス率いるスペイン船隊が西インド諸島に初上陸。「アメリカ大陸の発見」」の画像検索結果「ジェノヴァにあるコロンブスのモニュメント地図」の画像検索結果
   4 Image result for 1792 Columbus Day in new york  Image result for 1792 Columbus Day in new york    Related imageImage result for 1792 Columbus Day in new yorkRelated imageImage result for 1792 Columbus Day in new york
     Image result for 2016Image result for 1792 Columbus Day in new yorkImage result for 2016 Columbus Day in new yorkImage result for 1792 Columbus Day in new yorkImage result for 1792 Columbus Day in new york
       9「Theodore Roosevelt first named "white house" 」の画像検索結果            「Theodore Roosevelt first named "white house" 」の画像検索結果 「Theodore Roosevelt first named "white house" 」の画像検索結果
        「"white house", executive office 」の画像検索結果「"white house", executive office 」の画像検索結果「"white house", executive office 」の画像検索結果
   11   Image result for 1928 first iron lung in boston hospital    Image result for 1928 first iron lung in boston hospitalImage result for 1928年 - ボストンの病院で人工呼吸器「鉄の肺」が初めて使われる。
       Image result for 1928 first iron lung in boston hospitalRelated imageImage result for 1928 first iron lung in boston hospital   Related image    
   12Image result for 1928年 - 東京松竹楽劇部(後の松竹歌劇団)を設立。 Image result for 1928年 - 東京松竹楽劇部(後の松竹歌劇団)を設立。Image result for 1928年 - 東京松竹楽劇部(後の松竹歌劇団)を設立。    Related image
      13「大政翼賛会」の画像検索結果「大政翼賛会」の画像検索結果「大政翼賛会」の画像検索結果「大政翼賛会」の画像検索結果「大政翼賛会」の画像検索結果「大政翼賛会」の画像検索結果
           「大政翼賛会」の画像検索結果「大政翼賛会」の画像検索結果   「大政翼賛会」の画像検索結果「大政翼賛会指導者 橋本欣五郎、末次信正、有馬頼寧」の画像検索結果「橋本欣五郎」の画像検索結果「有馬頼寧」の画像検索結果
   18  Image result for )1960年 - 浅沼稲次郎暗殺事件。日比谷公会堂で行われていた三党立会演説会で右翼青年の山口二矢が浅沼稲次郎日本社会党委員長を刺殺。  Image result for )1960年 - 浅沼稲次郎暗殺事件。日比谷公会堂で行われていた三党立会演説会で右翼青年の山口二矢が浅沼稲次郎日本社会党委員長を刺殺。 Image result for )1960年 - 浅沼稲次郎暗殺事件。日比谷公会堂で行われていた三党立会演説会で右翼青年の山口二矢が浅沼稲次郎日本社会党委員長を刺殺。   Image result for )1960年 - 浅沼稲次郎暗殺事件。日比谷公会堂で行われていた三党立会演説会で右翼青年の山口二矢が浅沼稲次郎日本社会党委員長を刺殺。   Image result for )1960年 - 浅沼稲次郎暗殺事件。日比谷公会堂で行われていた三党立会演説会で右翼青年の山口二矢が浅沼稲次郎日本社会党委員長を刺殺。
        19 「1960, united nations headquarters」の画像検索結果')「1960, united nations headquarters」の画像検索結果  「Lorenzo Sumulong 」の画像検索結果「Lorenzo Sumulong resolution for anti colonization」の画像検索結果「Lorenzo Sumulong resolution for anti colonization」の画像検索結果
            関連画像 「Shoe-banging incident」の画像検索結果「Shoe-banging incident」の画像検索結果  「Shoe-banging incident」の画像検索結果
    22 Image result for 1968 19th olympic in mexico city Image result for 1968 19th olympic in mexico city     Related image Image result for 1968 19th olympic in mexico city Related image
          23 「1970, nicson declare 40,000 sokdiers withdraw from vietnam」の画像検索結果    「1970, nicson declare 40,000 sokdiers withdraw from vietnam」の画像検索結果「1970, nicson declare 40,000 sokdiers withdraw from vietnam」の画像検索結果「1970, nicson declare 40,000 sokdiers withdraw from vietnam」の画像検索結果
   24「1971, iran selebrated 2500 year」の画像検索結果     「1971, iran selebrated 2500 year」の画像検索結果「1971, iran selebrated 2500 year」の画像検索結果「1971, iran selebrated 2500 year」の画像検索結果「1971, iran selebrated 2500 year」の画像検索結果
    37       「1999, united nations declare world population over 60 billions 」の画像検索結果     「1999, united nations declare world population over 60 billions 」の画像検索結果「1999, united nations declare world population over 60 billions 」の画像検索結果「60 billions world population 」の画像検索結果
   41Image result for 2005年 - 中国が有人宇宙船「神舟6号」を打ち上げ。Related imageImage result for 2005年 - 中国が有人宇宙船「神舟6号」を打ち上げ。  Related imageImage result for 2005年 - 中国が有人宇宙船「神舟6号」を打ち上げ。
(1)紀元前539年 - ペルシャ国王キュロス2世新バビロニア王国の首都バビロンを占領。
(2)1492年 - クリストファー・コロンブス率いるスペイン船隊が西インド諸島に初上陸。(ノルマン人以外のヨーロッパ人による「アメリカ大陸の発見」)
(3)1654年 - デン・ハーグの南に位置するデルフトで弾薬庫の火薬が爆発。市街の4分の1が破壊され、100人以上が死亡。
(4)1792年 - ニューヨークで初めてのコロンブス・デーが祝われる。
(5)1810年 - ミュンヘンで第1回オクトーバーフェストが開かれる。
(6)1822年 - ペドロ1世が初代ブラジル皇帝に即位。
(7)1868年慶応4年8月27日) - 明治天皇即位の礼を挙行。
(8)1881年 - 日本で1890年国会を開設する旨の「国会開設の詔」を発布。
(9)1901年 - 米大統領セオドア・ルーズベルト大統領府を正式にホワイトハウスと命名。
(10)1924年 - 荒川放水路が完成し通水式。
(11)1928年 - ボストンの病院で人工呼吸器「鉄の肺」が初めて使われる。
(12)1928年 - 東京松竹楽劇部(後の松竹歌劇団)を設立。
(13)1940年 - 大政翼賛会が発足。
(14)1943年 - 第二次世界大戦: 日本政府が「教育ニ関スル戦時非常措置方策」を決定。理工系・教員養成系以外の学生の徴兵猶予を停止。(学徒出陣
(15)1944年 - 台湾沖航空戦始まる。10月16日まで続き、アメリカ空母19隻を撃破したとの大本営発表が報道される。
(16)1953年 - ラジオ青森(RAB、現・青森放送)開局。
(17)1956年 - 砂川事件: 立川基地拡張の為の砂川町第二次強制測量で警官と反対派が衝突。14日に政府が測量を断念。
(18)1960年 - 浅沼稲次郎暗殺事件日比谷公会堂で行われていた三党立会演説会で右翼青年の山口二矢浅沼稲次郎日本社会党委員長を刺殺。
(19)1960年 - 靴叩き事件英語版国連総会で、ソ連が提出した「植民地主義非難決議」に反対するフィリピンのロレンソ・スムロンの演説を、ニキータ・フルシチョフが靴で机を叩いて妨害。
(20)1964年 - ソ連が初の3人乗り宇宙船「ヴォスホート1号」を打ち上げ。
(21)1968年 - 赤道ギニアスペインから独立。
(22)1968年 - 第19回夏季オリンピックメキシコシティオリンピックが開幕。
(23)1970年 - ベトナム戦争: 米大統領リチャード・ニクソンが、クリスマスまでに4万人以上を撤兵させると表明。
(24)1971年 - ペルセポリスイラン建国二千五百年祭典がはじまり、16日まで行事が続いた。
(25)1974年 - 読売ジャイアンツ長嶋茂雄が現役引退を表明。
(26)1976年 - 最高裁が、財田川事件で死刑判決を受けた男性の再審請求を認め、審議を高松地裁に差戻し。1984年に無罪判決。
(27)1978年 - 国土計画がプロ野球球団クラウンライターライオンズを買収し、本拠地を福岡から埼玉・所沢へ移転することを発表。翌シーズンから西武ライオンズとなる。
(28)1979年 - ダグラス・アダムス銀河ヒッチハイク・ガイドシリーズの第1作『銀河ヒッチハイク・ガイド』が刊行。
(29)1979年 - 台風20号により沖ノ鳥島南東で870hPaを観測。海上における世界で最も低い中心気圧の台風
(30)1983年 - ロッキード事件裁判(丸紅ルート)の第一審で、元内閣総理大臣田中角栄に懲役4年・追徴金5億円の有罪判決。
(31)1986年 - サントリーホールが開場。
(32)1987年 - マサチューセッツ工科大学利根川進ノーベル生理学・医学賞受賞。
(33)1994年 - アメリカの金星探査機「マゼラン」が金星大気に突入し消滅。
(34)1997年 - 大月駅列車衝突事故。JR中央線大月駅構内で、特急列車回送列車が衝突し脱線。
(35)1997年 - 京都市営地下鉄東西線醍醐駅 - 二条駅間が開業。ならびに京阪京津線京津三条駅 - 御陵駅間が廃止。
(36)1999年 - パキスタンパルヴェーズ・ムシャラフ陸軍参謀長が無血クーデター。
(37)1999年 - 国際連合人口基金によると、この日世界の人口が60億人を突破したとされる。
(38)2000年 - 米艦コール襲撃事件発生。イエメンアデン港でアルカーイダメンバーによる自爆テロ。米兵17名が死亡。
(39)2002年 - バリ島爆弾テロ事件 (2002年): インドネシアバリ島のナイトクラブで爆弾テロ。202人が死亡、300人以上が重軽傷。
(40)2004年 - 山梨県笛吹市が市制施行。鹿児島県川内市ほかの合併により薩摩川内市が発足。
(41)2005年 - 中国が有人宇宙船「神舟6号」を打ち上げ。
(42)2006年 - 靖国神社鎮霊社が32年ぶりに一般公開される。
(43)2006年 - 北海道日本ハムファイターズプレーオフ第二ステージで福岡ソフトバンクホークスを破り25年ぶりの優勝を果たす。
(44)2008年 - リトアニア議会選挙第1回投票と原発操業をめぐる国民投票が同時に実施される。国民投票は投票率が50%に満たず無効となる。(601.86KB/28.7KB/line)

                    編集者のダイアリー・コーナー
(注)本コラムの編集基準は「1ヶ月を上・中・下の3旬に分割」します。3旬に分割しているのは、ワ7ン・サイトの添付画像容量の制限(1000KB=1MB)があるためですが、編集者の欲張り過ぎか、当該記事に対する編集者の納得できる意図の添付画像かは別にして、折角の添付画像を本欄では「一部削除」を余儀なくしています★しかし、「過去の日本語版トップサイト一覧表」では日々の本欄の全てが掲載されていますので、本欄の記録実績は確実に収録されているという編集者の安心感をもって、思い切ってその都度、削除することに徹しています。ヨシダはともすれば、「完全主義者的な性格」が否定できないなと反省する始末です(笑)★ちなみに、自身が執筆(ブログ)したことを「記録に残す(遺す)」ことに、ある種の人生達成感を意識することから、この問題に関しては、そうした対応をしているものです。ご理解のほど念じる次第です。(2017年7月10日記)
お知らせ:編集容量の調整で添付画像を片っ端から削除することを余儀なくします。その「添付画像=○枚」を付していますが、すべては過去の日本語版トップサイト一覧表に収録していますので、ご関心あらばクリックしてご覧ください。なお、本欄の当該月日にもリンクをはって即座にご覧いただける仕組みを考えて即実践しています。これで、心置きなく「添付画像の削除」ができるようになりました(笑)。
                 2017年10月12日(木)
本日「10月12日のできごと」で特に関心を強くするのは「1928年 - ボストンの病院で人工呼吸器「鉄の肺」が初めて使われる」です。ほかでもありません、ヨシダが二十歳前から中国新聞写真記事のアメリカ人女性主人との文通が招来したさまざまの想い出エピソードがあるからです。同記事の写真は「鉄の肺の彼女と、鉄の肺の先端に出ている彼女の頭の上に取り付けられた「電子タイプライター(ワープロ)」が主人公であったからです。記事の狙いは当時初めて市場に出たワープロが主人公って感じさえしたものです★ヨシダが生まれる3年前の鉄の肺の存在がこのできごとの主役ではあるのですが、ヨシダにとってはその延長線上にそのアメリカ人女性との文通エピソードがあるのです。詳細は英語版トップページに写真付で掲載していますが、「An episode about Yoshida and Mrs. Ann Adams, polio artist」と、"Ann Adams"をクリックしてご覧くださいませんか?★そうだ、本欄には当時を振り返って主人公のアメリカ人女性が口に棒をくわえて絵画の筆をとっている姿写真と、沢山の写真交換の中で彼女が鉄の肺に入ってその傍に立っていた一人息子ケニー君が現在では大きくなって開業医をしている写真数枚を此処に添付します★「1993年の米国一ヶ月間トラック運送業界取材旅行」の際に、フロリダ州ジャクソンヴィルの子息ケニー君に電話して、「お墓参りする時間がないのでご無礼します・・・」と伝えた時の彼の丁重な感じの言葉遣いが印象的でした。"I really appreciate your kind...."と。ヨシダって、案外とたくさんのエピソードを持ってますよ・・・。(添付画像=11枚)(11日18:00)
      「iron lung」の画像検索結果「electric typewriter」の画像検索結果
   「son word」の画像検索結果「dr. kenneth adams」の画像検索結果「dr. kenneth adams book」の画像検索結果「dr. kenneth adams」の画像検索結果「dr. kenneth adams clinic」の画像検索結果    「心の経済学」で社会を豊かに ノーベル賞のセイラー氏」(日本経済新聞2017.10.11.福山絵里子、久保田昌幸 )は感銘を受ける記事です。「中見出し」は、■人間は合理的じゃない老後の資産をどう増やさせる?、 日本でも震災後は節電にナッジ、人は公正でありたくもある・・・と続きます★「末尾の言葉」曰く、「・・・人の心のひだを見つめ続けたセイラー氏の研究姿勢は、経済学者にとどまらず、政治家や官僚、そして企業のリーダーのあり方にも警鐘をならしている」と★ 文中で共感強くする言葉は「・・・「世の中をより良くする」理論を組み立てたことにある。それがナッジだ。ナッジは英語で「相手を肘で軽くつつく」という意味。セイラー氏は、人それぞれの選択は尊重した上で、選択肢を工夫すること(これがナッジ)で、世の中を良くしようとする。わかりやすい例としては、男子トイレの小便器に描かれるハエの絵がある。ハエを狙っておしっこをするかどうかは個人の自由だが、ハエを狙ってくれればトイレは清潔に保たれる。だからついハエを狙いたくなるように、絵を描いておこうということだ・・・」と★ナッジはNuge。これに関連する画像を添付してご参考に供します。ニヤニヤ気分で・・・。(添付画像=15枚)(11日19:00)
 Image result for 「心の経済学」で社会を豊かに ノーベル賞のセイラー氏Image result for Richard H Thaler  Image result for ノーベル賞のセイラー氏英語
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Image result for nudge meanImage result for ナッジRelated imageImage result for target wordImage result for nudge toiret 昨日のこと、何時も期待して待ち受けるのが早朝受信の「VOA@com」ですが、cPanelの不具合でウェブ編集もできず、Outlook Expressのメール受信もできぬままに推移し、夕方になって回復。午前2時半過ぎの受信ですが、遅ればせながら編集に入っています。記事は「No.282(October 11, 2017)"On October 10, 1845, the United States Naval Academy opens in Annapolis, Maryland. "(参考記事: "1845 Birth of the U.S. Naval Academy"(HISTORY) )です。合衆国海軍兵学校誕生の歴史を追います。(11日20:00)
今朝5時過ぎ受信の「VOA@com」は「No.283(October 12, 2017)"On October 11, 1793, yellow fever breaks out in Philadelphia."(参考記事:"1793  Yellow fever breaks out in Philadelphia(HISTORY)")です。アメリカで黄熱病が流行った当時の模様を学びます。(6:00)
明治維新を主導したのはなぜ薩長だったのか、ハーバード大教授が徹底解説 アルバート・クレイグ教授に聞く」(DIAMOND online2017.10.12.佐藤智恵:作家/コンサルタント)の「中見出し」は、■日本史における明治維新の意義、■日本の強みと課題・・・と続きます★「末尾の言葉」は、「・・・「西洋に追いつけ」というのはもはや意味がありません。日本は引き続き科学技術、経済、教育に力をいれていくべきだ、というのは簡単ですが、国としてどの方向をめざすのか、誰もわかっていないところが問題だと思います。日本はすでに西洋よりも進んだ文明国になったともいえますから、多くの課題を解決していく実験場となっていくのでしょう」です。(添付画像=9枚)(9:30)
Image result for ハーバード大Image result for 明治維新を主導したのはなぜ薩長だったのか、ハーバード大教授が徹底解説 アルバート・クレイグ教授に聞くImage result for 明治維新 薩長
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                  末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)
 
        財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上  されど 財をなさずんば・・・
 人生第一、第二、第三毛作の通算60余年間を経営者として貫き、フィリピンに移住して始まっている人生第四毛作はそうした経営者人生の総仕上げって感じで、こんな自編集ウェブサイトを通じて経営者的視野でブログし続けているヨシダです。わが人生は経営者人生成り!と自負するために、以下に掲げる名格言は殊のほか大好きなものです。
         ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                  されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                        事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)      
    
「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果「『晩笑堂竹荘畫傳』」の画像検索結果
                              (白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より)         
 人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して、好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記左端の経済ウィークリー誌「経済レポート」の表紙写真記事はヨシダの記事が同誌に多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。なお、この格言の主白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。
 末尾に蛇足の弁をひとつお許しのほど。最下段に私の写真に並べて添付しているのは著作資料の一部です。「わが人生論」(青少年に贈る言葉 広島編(下))は全239頁、60余名の寄稿者です。蛇足の厚かましい弁を本サイトでブログしています。「この自作・自編集のウェブサイトを単行本に換算したら「ン拾冊相当」になるんだぞ~!と(笑)。
    http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg 
「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上    されど 財をなさずんば 事業保ち難く 事業なくんば 人育ち難し」の画像検索結果「財を遺すは下 」の画像検索結果
     http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果「「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の画像検索結果  関連画像
 (最下段右端の書籍のヨシダ受賞論文は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 デス!クリックすると、その全文ラヴ・ストーリー(?)がご覧いただけますよ。)    
 なお、グーグル資料によると、明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。と、そんなことから下記の一連の関連画像を添付しました。
       「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果関連画像 「少年団日本連盟」の画像検索結果 「後藤新平氏 三島通陽氏」の画像検索結果 「少年団日本連盟」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果「日本ボーイスカウト」の画像検索結果 
(追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できることを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から離日寸前までの16年間、東京の上場予定の老舗運送会社さんは9年間にわたる最大のクライアントでした。
  「人を遺す」はすなわち、社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前 者に対することは、「毎月の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークなお手伝い。具体的には、拙著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、9年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが85歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得るものとして自身のウェブサイトのトップの末尾に掲載して自他共に味わいたいという心境です。

★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から利他の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。この漫画が主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、この漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。    
       「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果     
              では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
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2017年10月12日(木)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                         
吉田祐起
                     
 (満85歳11ヶ月)
              (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローザ市在住)
                    yoshida@a-bombsurvivor.com
                   
yoshidayuuki@rocketmail.com  
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