満14歳の学徒動員勤 務先で被爆し、倒壊した建物の下敷きになり一旦は死を覚悟したポリオ障害者ヨシダが奇跡的に助かり、若くして独立自営業に転じて始まった自称・人生第一、 第二、第三毛作の通算60余年に及ぶ経営者人生を母国ニッポンで送った吉田祐起(よしだ ゆうき)が80歳直前にして人生第四毛作なる人生を「終の棲家」 とするフィリピン共和国に移して現在に至ります。その理由や目的、そうの成果等々は、この「手作り・自我流ウェブサイト」をご覧くだされば理解いただける ものと思います。(2016.9.10記)

       http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳10か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」の新家屋に移ったら立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27. 「ポリオ障害で自力で歩くことも立つもできない85歳の著者が自らの体験を通して贈る『障害に応じた人たちへの健康管理法』」(長~い仮題<笑>ですが、著者の狙いは、「障害者の方々が何々!!??と関心を抱かれることを期待してのことです。なお、執筆開始し次第に、そのまま執筆中の生臭い原稿がクリックしてご覧いただけるようにするつもりです。

                           English               
                 2016年9月24日(土)
        
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,590KBと いう異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれはそれをオーバーして いるデーターサイズです。ちなみに、上掲のリンクをクリックすると2500KBがグラフの最高でヨシダのそれは突破しています。
   お気付きの点やご意見は遠慮なく yoshida@a-bombsurvivor.com 宛でご一報くだされば嬉しい限りです。  
             Since 10th March, 2001

 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果      「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳を直前にするニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。      

                        (スペシャル告示!)
 去る9月16日は最初の編集記事で大きなヒントを得ました!「No.6535:仕事がデキる人は走りながら脳を鍛えている 長時間のデスクワークが脳を退化させる理由東洋経済ONLINE2016.9.16(15日付)重森健太関西福祉科学大学教授/理学療法士)」がそれです!★「障害者向けの健康管理法」とでも題する本の出版(でなく、本サイトでの開示)です。数あるのが「健康ノウハウ」関連書籍ですが、健常者ばかりを対象にしたもので、ジョギングはもとより、歩くこともできない障害者の方々のためには、手足の届かないものばかり★ポリオ障害者のヨシダが半世紀近くもの長期間にわたって実践して効果を体感している様を赤裸々に語る独特の書です。しかも、経費のかからない、このウェブサイトでの開示です★万が一にでも心ある方の目にとまり、「出版」となればこのうえもない喜びと受けとめます。おし、著作権料を払っていただけるなら、障害者向けの献金にするつもりです★と、単行本出版に関してのヨシダのエピソードをひとつ!離日直前にかの拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」の文芸社から電話を受け、拙著自分史「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」の出版の誘いを受けました。わずかの協力金が条件でしたが、ヨシダのこれからの人生は母国でのそれとは様変わりで関心は抱かないので、と断った経緯があります★なんだか、今朝の心境は神さまがヨシダに与え給うた「更なるやりがい人生」への誘いって感じを抱きます。(9月16日10:45)
 自我自賛的で恐縮ですが、下記の英語版記事(ヨシダ訳付)をクリックしてご覧くださいませんか!?
ヨシダの新しい「人生目標」をゲットした心境デス!本サイト英語版に暫くの間、掲載継続しているものです。ヨシダの新しい目標人物足り得る記事です。(2016.9.20.)
No.6533(Special presentation to the English native visitors!)
Negrense woman who turned 119 could be world’s oldest living person
Manila Bulletin2016.9.14. by Philippine News Agency


            ウィキペディアから拾った9月24日の「できごと」 
                            September 24. Events(英語版)
                                    「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
2010年平成22年)のように、西暦の後に丸括弧を添えて元号明治大正昭和、平成など)表記をする場合、日本国内、もしくは、日本が深く関与している出来事であることを、「日本の〜」「日本において〜」等々の表現を割愛する目的で用いている 。
   3「堂島米会所」の画像検索結果「堂島米会所」の画像検索結果「堂島米会所」の画像検索結果「堂島米会所」の画像検索結果
        「堂島米会所」の画像検索結果  「堂島米会所」の画像検索結果「堂島米会所」の画像検索結果「堂島米会所」の画像検索結果「堂島米会所」の画像検索結果
      4「1789, president washington named 13 marshals」の画像検索結果「1789, president washington named 13 marshals」の画像検索結果「1789, president washington named 13 marshals」の画像検索結果「1789, president washington named 13 marshals」の画像検索結果「1789, president washington named 13 marshals」の画像検索結果「1789, president washington named 13 marshals」の画像検索結果
     「1789, president washington named 13 marshals」の画像検索結果関連画像「original marshals badge 1789」の画像検索結果「1789, president washington named 13 marshals」の画像検索結果  「1789, president washington named 13 marshals」の画像検索結果
    5  「Battle of Shiroyama」の画像検索結果 「Battle of Shiroyama」の画像検索結果「Battle of Shiroyama」の画像検索結果 「Battle of Shiroyama」の画像検索結果
       「Battle of Shiroyama」の画像検索結果「Battle of Shiroyama」の画像検索結果 「Battle of 城山 memorial」の画像検索結果 「Battle of 城山 memorial」の画像検索結果
  6「Devils Tower」の画像検索結果    「Devils Tower」の画像検索結果          「Devils Tower」の画像検索結果            関連画像
      「Devils Tower」の画像検索結果「Devils Tower」の画像検索結果「Devils Tower」の画像検索結果「Devils Tower」の画像検索結果関連画像「Devils Tower」の画像検索結果
      「Devils Tower」の画像検索結果  関連画像  「Devils Tower」の画像検索結果  「Devils Tower」の画像検索結果
  10「1949年 - インド首相のジャワハルラール・ネルーから贈られたゾウ・インディラが上野動物園に到着。」の画像検索結果「1949年 - インディラが上野動物園に到着。」の画像検索結果 「1949年 - インド首相のジャワハルラール・ネルーから贈られたゾウ・インディラが上野動物園に到着。」の画像検索結果 「1949年 - インディラが上野動物園に到着。」の画像検索結果「1949年 - インド首相のジャワハルラール・ネルーから贈られたゾウ・インディラが上野動物園に到着。」の画像検索結果 「1949年 - インド首相のジャワハルラール・ネルーから贈られたゾウ・インディラが上野動物園に到着。」の画像検索結果
       11「1952年 - 明神礁噴火」の画像検索結果 「1952年 - 明神礁噴火」の画像検索結果 「1952年 - 明神礁噴火」の画像検索結果  「1952年 - 明神礁噴火」の画像検索結果
       「1952年 - 明神礁での噴火を観測中の海上保安庁の測量船が噴火に巻き込まれ、31名全員死亡。」の画像検索結果     関連画像34「サウジアラビアのメッカ」の画像検索結果          「2015 Mina stampede」の画像検索結果   
    「2015 Mina stampede」の画像検索結果  「2015 Mina stampede」の画像検索結果   「2015 Mina stampede」の画像検索結果「2015 Mina stampede」の画像検索結果
(1)622年 - ヒジュラムハンマドメッカからヤスリブ(メディナ)へ移動。(ヒジュラ)
(2)1338年暦応元年/延元3年8月11日) - 足利尊氏北朝から征夷大将軍に任ぜられる。
(3)1730年享保15年8月13日) - 大坂堂島米会所の設置が江戸幕府より公式に認可される。
(4)1789年 - アメリカ大統領ワシントンが13人を保安官に任命、連邦保安官誕生。
(5)1877年 - 西南戦争: 城山の戦い英語版西郷隆盛らが自刃し、西南戦争が終結。
(6)1906年 - デビルズタワーが初のアメリカ合衆国ナショナル・モニュメントに指定。
(7)1920年 - 東京帝国大学が女子聴講生の入学を許可。
(8)1938年 - ドン・バッジ全米テニス選手権で優勝。史上初の年間グランドスラムを達成。
(9)1948年 - 本田技研工業設立。
(10)1949年 - インド首相のジャワハルラール・ネルーから贈られたゾウインディラ上野動物園に到着。
(11)1952年 - 明神礁での噴火を観測中の海上保安庁の測量船が噴火に巻き込まれ、31名全員死亡。
(12)1959年 - 黒いジェット機事件。神奈川県藤沢市藤沢飛行場に米軍のU-2型偵察機が不時着。
(13)1959年 - イタリアミラノで第1回ゼッキーノ・ドーロが開催。
(14)1960年 - アメリカが建造した世界初の原子力航空母艦「エンタープライズ」が進水。
(15)1960年 - 国際開発協会(IDA、第二世界銀行)設立。
(16)1964年 - よみうりランド開園。
(17)1965年 - 国鉄が、コンピュータによる指定券発売窓口「みどりの窓口」を開設。
(18)1968年 - スワジランド国連に加盟。
(19)1970年 - ソ連の無人月探査機ルナ16号」のカプセルがの土を乗せて地球に帰還。無人機で月の土を回収した最初の例。
(20)1971年 - 廃棄物の処理及び清掃に関する法律が施行。(清掃の日)
(21)1973年 - ギニアビサウポルトガルからの独立を宣言。
(22)1973年 - 小澤征爾ボストン交響楽団の常任指揮者に就任して初コンサート。
(23)1989年 - フランスの高速鉄道TGVの2番目の営業路線・LGV大西洋線が開業。世界で初めて300km/h運転を開始。
(24)1993年 - ノロドム・シハヌークカンボジアの国王に再即位。
(25)1999年 - 台風18号熊本県に上陸し、日本海を北上。高潮被害で死傷者が多数出る。
(26)2000年 - シドニーオリンピック陸上女子マラソンで高橋尚子が金メダル。女子マラソンでの日本人初の金メダル。
(27)2000年 - イラクサッダーム・フセイン大統領石油の決済通貨を米ドルからユーロに変更することを表明。
(28)2000年 - 有楽町そごう東京店がこの日の営業を最後に閉店となる。
(29)2005年 - ハリケーン・リタがテキサス・ルイジアナ州境に上陸。
(30)2007年 - Folding@homePS3が単独で当時のスーパーコンピュータと同等の値である1PFLOPSに到達。
(31)2008年 - 自由民主党麻生太郎総裁が第92代内閣総理大臣に選出され、麻生内閣が発足。
(32)2010年 - 尖閣諸島中国漁船衝突事件の主犯として逮捕・拘留していた中国人船長を、処分保留のまま釈放。
(33)2012年 - 京急本線追浜 - 京急田浦間で土砂崩れが発生。走行中の列車が乗り上げて脱線する事故となる。
(34)2015年 - サウジアラビアのメッカで群衆事故(2015年メナー群衆事故)。

                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6549編目です! 
2016年9月24日(土)掲載分
昨日9月23日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 人間って「錯覚・勘違い」といった類のものはつきものです。ほかでもありません、手前の「満年齢(満○○歳○ヶ月)」(ヨシダ流表示法)をつい最近まで正しく「満84歳10ヶ月」としていたものを、どうしたことか勘違いして「間違っていた」と錯覚してウェブサイトトップの表示を修正。ところが、一週間くらいしてそれが勘違いと認識しました。「満83歳10ヶ月」に戻します。幼稚な算数的錯覚ですがあるもんだなあ、と苦笑いです★ただいま、この時間でひと通りの取材を終えましたが、コレッといったものにヒットしません。ま、その分、「きょうのできごと」編集に精出せます。ハイ、手持ち無沙汰は皆無です。この年代の爺ちゃんとしては不思議がられるでしょう★先ほども朝食を済ませて日光浴を楽しみました。常夏の国で日光浴(?)という声を意識しますが、自分の部屋に閉じ篭ってデスクワークする立場にあっては朝の日光浴はバツグンです★暇さえあれば昼寝しているのがフィリピン人の生活模様。それでいて、若死にする人は少なくありません。緊張感といった人間本来の「生きがい追及」姿勢が見られない感じです★ところで、昨日はどうしたことか、一日一食主義に戻ってみました。ほかでもありません、二食の飲用水量は1.5ℓボトルを2本平らげる習慣を身につけて「快便」は達成したものの、いささか満腹感が過ぎる感じ。家長・アーネル(時おり、冗談でドクター・アーネルと呼び、彼自身は緊急対策関連の資格保有者)に飲用水の調整が必要では?と問うてみるに、「ノーノー!水は別ですよ!」と★でも、一日一食主義に戻してみることへの検討は頭からはなれません・・・★傍らのXPパソコンが受信するFacebookのメール「・・・たくさんの友達が待っています」がありますが、Facebookは全く無縁の存在。片っ端から削除するのですが、時おり中身をみて感じるに、「イイ歳してまだ、<お友達を探しています・・・>」といった類が少なくありません。孤独なのかなあ~・・・、と失礼ながら余計な想像を抱きます。そんな時に想い出すのは「フェースブックやツイターは自己妄想者を生んでいる」です★・・・と、これってヨシダのそれができない者の「僻み」ではなく、人それぞれの「人生生き甲斐論」の問題だな・・・と感じるに過ぎません★と、何処やらから声が聞こえてきそうです。「・・・ヨシダさんって、イイ歳してもっと人生を楽しむことをしないのかな~?可哀想に・・・」と。ハイ、ご親切ありがとうございます。でも、本人は至って満足かつ、ある種の同輩族とは比べものにならないほどの幸せ感を抱いてますので・・・と。(9:40)
 ・・・と、そうこうしていたら、くだんのFacebook 事務局からメールが入り、「・・・フェースブックを利用していらっしゃいませんが、必要な手続きをしませんか?」といった趣旨の親切なご案内・・・。膨大な量(大袈裟な!でもホント!)の「ヨシダウェブサイト編集容量」!これ以上に別段間口を広げるニーズを全く感じませんので・・・が本音です。(10:00)
 皮肉タップリのヨシダブログができて満足です(大笑い)。くだんの記事は「No.6547:日本はGDP27位。外国人が「日本人の働き方は世界一非効率」と意見MAG2NEWS2016.9.24.)」です。同胞よ、もっと、世界を観よ、と言いたいですね・・・。異国からであるからこそできる、この「ヨシダ流皮肉&表現手段」です。(10:10)
 「No.6549:日銀の新政策は追加緩和ではなく引き締め。株高・円安は短命に終わろう金融経済ジャーナル2016.9.24.馬渕治好)」を編集しながら感じること。円高願望はヨシダ個人の損得では全くなく、同居するフィリピン人家族と親戚筋諸氏への幸せに通じるという点です。イイもんですね、「大義名分」(?)があるってことは・・・(笑)★先ほどアーネルが差し向けて来訪したのが顔なじみの近所に住む日本人女性。自動車の部品会社勤務から、最近IBM社に転じ、同社では唯一の日本人社員。もと、スチュワーデスだったとか。ウィーク・エンドの献立希望を聴きにきてくれました★おかしなもので、異国の地で7年。食生活の大変化をした現在のヨシダは格別の日本食への拘りは皆無。折角だからじゃあ、「すき焼きを少量だけ。味噌汁は不要です」と。これって、ホントの心境です。食への過度の拘りは無用と感じるヨシダ。その分、することを沢山持っているし、生きがいを抱いている、に通じます。(12:45)
 「No.6549:トランプが勝つとアラン・リクトマン教授が予測 アランの予測は過去30年一度も外れたことがない宮崎正弘の国際ニュース・早読み2016.9.24.通算第50-35号宮崎正弘)」を編集しながら痛切に想うこと。それはほかならぬ、「英語を学んでいてヨカッタ!」のひと言です。(17:50)


 

No.6549
トランプが勝つとアラン・リクトマン教授が予測 アランの予測は過去30年一度も外れたことがない
宮崎正弘の国際ニュース・早読み2016.9.24.通算第50-35号宮崎正弘
ヨシダブログ: テレビでトランプ候補の話しぶりを観た瞬間にアンチ・トランプになったヨシダ。理屈抜きのヨシダの直感で現在に至ります。が、しかし、ヒラリー氏の病気が表面化した瞬間に「アッ!もうだめだ・・・」と呟いたものでした。経営者人生を長くしたそれは経営者たるの第一条件を健康と自負したものであるからでした。政治家は何をか況や、であるからです▼極めて短い本記事のタイトルは「トランプが勝つとアラン・リクトマン教授が予測 アランの予測は過去30年一度も外れたことがない」とあることから、執拗に同教授の足跡(英文)をグーグルで追いました。短い本記事の中に、そのリクトマン教授の写真やプロフィール(本記事よりも長い)等や人物像をキャッチしましたので添付しました▼ひと波乱もふた波乱も、しかも全世界に渡ってトランプ大統領時代の動向が気になります。世界の諸問題の強力な抑止力になるか、動乱とまでいかなくてもひと波乱もふた波乱も予想されます。でも、少なくとも、今までの通念では通らない時代の到来を予想します。フィリピンの片隅で息をひそめて(?)見守るしかない感じです▼末尾に添付したワシントン・ポスト紙画像は、画面が判読できないことから、本記事にあるものであるかどうかは分かりません。でも、過去30年間の同教授の「予測実態」は挿入した諸資料の随所に沢山で出てきます。ちなみに、日本語で検索しては全く出てきません。でも、この程度の英語も理解できなニッポン人は時代遅れですよね・・・。(写真10枚添付ファイル
        Profile Image for Allan Lichtman「White Protestant Nation 」の画像検索結果「allan lichtman presidential predictions」の画像検索結果「national book critics circle award」の画像検索結果
            「allan lichtman presidential predictions」の画像検索結果「allan lichtman presidential predictions」の画像検索結果「allan lichtman presidential predictions」の画像検索結果
         「allan lichtman intervewed by whashington post」の画像検索結果「allan lichtman and whashington post」の画像検索結果   「allan lichtman and whashington post」の画像検索結果
           「allan lichtman and whashington post」の画像検索結果     「allan lichtman and whashington post」の画像検索結果     関連画像
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No.6548
日銀の新政策は追加緩和ではなく引き締め。株高・円安は短命に終わろう
金融経済ジャーナル2016.9.24.馬渕治好
ヨシダブログ: 日銀のドラスティックに過ぎる経済対策に当初から感じてきたヨシダ。輪転機をジャンジャン回して万円札をジャンジャン市場の投入する有様を「ブラックホールに吸い込まれて行方不明になる万円札・・・?」とまで皮肉りました▼日銀の政策ひとつで、超長期のデフレ経済が一気に解消するなんて、ドダイ、絵に画いたモチのように実現するなら、歴代の日銀総裁もその手でコントロールできたハズ。できなかったには、それなりの理屈では解決できない実態があったと言えるでしょう▼「株高・円安は短命に終わるであろう」に対するヨシダの率直な感想は、その分、自身の損得云々では全くなく、共同生活するフィリピン人家族とかれらの親戚筋等々に少なからぬメリットを与えるという「自利から他利」のためにほかありません ▼「中見出し等」は、なぜ日銀会合直後に株が買われ円が売られたのか?、■株高・円安の動きは一時的、■追加緩和というより、引き締め・・・と続きます。写真6枚添付ファイル
              
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No.6547
日本はGDP27位。外国人が「日本人の働き方は世界一非効率」と意見
MAG2NEWS2016.9.24.
ヨシダブログ: 母国では6余年間もの長期に渡って経営者人生を送ったヨシダ。「働き具合」はその有様でなく、結果です。つまり、どれだけ生産性をあげるか、です▼添付した資料は見えにくいですが、想像にお任せします。こと、日本人の「労働生産性」に関する限り、先進国の名に些か恥じる感じを否定できませんネ▼本記事は「外国人からみた日本人の働き方の実像」ですが、その実像と結果は図表に如実に現れています。当該外国人はそこまではみていない感じですね・・・▼トラック運送事業の「労働生産性」に関する日米格差は「生産性に伴う賃金システム」や荷主との運送契約締結有無等が招来するものと言えますが、その中身は「能率給的要素・契約主義Etc.」の有無が背景です▼もうひとつ、蛇足の弁。トラック運送事業に関連すれば、「個人の働き具合がベースになる賃金システム」。その代表はヨシダが永年提唱しなながら運輸官僚の官僚主義的思惑から実現しませんでしが、欧米諸国&発展途上国等で一般化している「個人トラック制度」。日本だけが異例の制度として有する「最低車両台数規制」、別名「『個人トラック制度』」という名の働き方の否定」がそれです▼ヨシダの知る限り、「最低車両台数規制」という名の魔物は母国ニッポンだけの制度です!官僚主義・島国根性やお上主義の成せる結果とさえ皮肉ります。(写真8枚添付ファイル
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 昨日23日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日24日の第一記事掲載(11:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を 抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

             自然に到達した「自利から他利」の実践とその心

   近年のこと、ときおりヨシダが自身の人生の生き方を巡って使う言葉に「自利から他利へ」といった趣旨の考え方とその実践があります。
  この文句(思想)は別段、学んで得たものでなく、わが人生を振り返りつつ、現在のそれらとわが心境からしてヨシダの心の中に自然に発生したと言ったほうが 適切なものであることを告白します。教えられて・・・といった類の人生哲学ではないことを強調します。もっとも、それを裏返せば、由緒あるこの言葉の由来 を知らなかった、というヨシダの無学ぶりを曝け出すことになるのですが、祐起がユウキ(勇気)を出して告白の念をこめて記します。
 念のためにグーグルで当該言葉を検索してヒットした言葉を紹介します。
                「TKC全国会の基本理念 「自利トハ他利ヲイフ
                           「飯塚毅」の画像検索結果
 大乗仏教の教諭には「自利利他」の語が実に頻繁に登場する。解釈にも諸説がある。その中で、私は「自利とは他利をいう」と解するのが最も正しいと信ずる。
 仏教哲学の精髄は「相即の論理」である。般若心経は「色即是空」と説くが、それは「色」を滅して「空」に至るのではなく、「色そのままに空」であるという真理を表現している・・・・(飯塚毅)」と続きます。詳細は上掲のリンクからご覧ください。
  なお、TKCというのはご存知と思いますが、「株式会社TKC」という、宇都宮市に本社を置く会計事務所、税理士事務所や地方公共団体などの情報サービス を行なう企業でして、ヨシダが経営者人生を通じて世話になった税理士先生が属しておられた組織です。今回、本欄の修正作業中に出会った記事として喜んでい ます。追って、本コラム末尾に掲示している関連「色紙」の一つが奇しくも、本欄筆者・飯塚毅博士揮毫のものです。 
  さて、此処でヨシダが強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人 生体験とその実践を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。蛇足の弁を補 足します。クリスチャンのヨシダが早くから接した同じような聖書の言葉に「Give and you shall be given.(与えよ、さらば与えられむ)」がありますが、日英語の微妙なニュアンスの差異を感じないでもありません。
  再度強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人生体験とその実践 を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。以下に、この言葉を巡るがごと く のヨシダの生き様の一端を披瀝します。
★ポリオが招来した人生観
  笑い話的になりますが、ヨシダは赤子の時にポリオに罹り、両足の自由を失いました。健常者からみれば、その時点で他利どころか、自利の自由を奪われたよう なもの。不思議なことに、物心がついてからでも、恨んだり悔やんだりの他人のせいにしなかったこと。不自由な身体で他利ではなく、自利でもなく、如何にし て歩く(目的場所まで)かといったことが課題でした。
 幼年・少年時代のヨシダがわが身の障害に対して自覚しかつ、大きな示唆を得た出来ごとがあ ります。家庭の都合(一家の柱・親父を失った後の長男としての自覚)で夜間高校に通いながら働いていた時代のこと。戦後初めてという広島県下高校弁論大会 で優勝したのが縁。タイトルは「How I've fought my way out.(如何にしてわが逆境を克服したか)と」題したもの。
   英語の殿堂・ミッション・スクールの女学生を向こうに回して優勝したのが縁で、親しくした米人女性宣教師(ミス・アンダーソン)(故人)がユウキにくれた 言葉が現在にして活きています。「ユウキ、ポリオは神さまから授かったもの。それを克服して生きることで神さま の栄光を世に現わすことになるのですよ・・・」でした。
 つまり、ポリオは神さまの贈り物。感謝して受けとめ、その価値を世に現わせ、という受けとめ方でした。その意味では「他利」どころか、両親に心配をかけた親不孝者。自身に向けては障害克服という名の「自利」ではあったでしょう。
★人生第一毛作が招来した「他利」への生き方の芽生え
  父亡き後のヨシダ家長男を意識して「自立」への位置を早くにしたヨシダは、当時の義兄(長姉の婿)の進言をうけて職人自営業に入りました。得意の英語を駆 使して先進国アメリカの技術をマスターし、自身が発明開発した器具商品等の販売指導を含めて全国規模で活動しました。大阪の商社と手を組んでのことでした が、むろん、当時の青年ヨシダは大の男顔負けの稼ぎをしたものですが、それ以上に「他利」を果たしました。具体的には数えきれないほどの「弟子」を抱えて 指導したこと。
 最大の「他利」は人生第ニ毛作への転換を機に、当時雇用していた若い弟子に、工具設備一式と商権全てを無償で譲渡しま した。ここでも「他利」を実践したと自負します。もっとも、その裏では、当時の大の男が顔負けの稼ぎをしたことは(も)事実ですが、他利のほうがはるかに 大だったと自負します。
★人生第二毛作の終盤で「他利人生」
  長じて結婚した相手との出来事が第二の「他利」 になったとは、半世紀以上も経った現在のヨシダの解釈。他愛もないことに、先ずは耳(目)をお貸しください。プライバシーをあえて披瀝するのは結果論に過 ぎませんが、ヨシダの「自利より他利」の心を裏付ける結果になったからです。恥を忍んでの告白めいた証言です(笑)。
 当時の家内の養父母創業の小さな運送事業を創業者死去で「身売り」寸前のところ、白羽の矢がヨシダに当たったのです。当時のヨシダは米国から導入した新技術や自身が発明開発した技術や器具の販売指導等で、二十歳時代から全国を講演・実演旅行で飛び回っていた時代。
  特に強調したいのは当時の広島県会議員さん(議長職のご人物だったと記憶します)がそれを高く評価してヨシダの耳に入れてくださった言葉が現在にして鮮明 です。「吉田君、公費で米国実習留学しないか?」と。今から考えると「飛びつきたいほどの誘い」でしたが、平然と聞き流したのです。現在(当時)の目先の ミッションに一層の魅力と生き甲斐を感じていたからです。笑い話ですが、万一、それを受けて渡米していたら、現地のアメリカ人女性と結婚してアメリカに本 拠を持つ身になっていただろう・・・と。これって、ホントに起こり得たであろうことへのヨシダの回顧です。
 ということからの自負もあったりで、請われて家内の養父母創業の個人事業を継承したものです。その後、32年間に及んだ同事業経営でしたが、曲がりなりにも「7社グループによる総合物流商社体制」を確立したものです。
 ・・・と、ここまではイイとして、養母の死がある事件を誘発しました。世にある「お家騒動」でして、財産相続を巡る家内側の問題。上場企業に勤めていた 彼女の弟を引き抜いて子会社の社長に据えていたまではヨカッタとして・・・と、後はご想像に任せたほうがイイでしょう。
  と、世にも不思議な要請が家内から出てきたのです。「養父母死去で家名が絶えた。草葉の陰で両親が嘆いているので旧姓に戻して(離婚して。でも今まで通り の一 緒の生活で・・・)という常識を逸した要求!ハイ、自尊心の低くないヨシダは振り切って家を飛び出しました。ちなみに、その家は税務署の進言で「社宅」に していたのです。全てをGIVEして「他利」に徹したものでした。
 お家騒動の発端は特筆に価します。会社規模を大きくなるにつれて台頭してき たのが、従業員側のある種の思想。「会社も大きくなったのだから、労働組合があってもイイだろう・・・」といった概念。2回労組つぶしを体験して3回目の 労組結成を前にしたヨシダの胸中に飛来したことは、「ヨシ、中小企業では稀にみるような『近代的労使関係』を樹立してやろう」といった意地でした。
 最初の行動は、「7社グループ企業の決算書期分(計21通)をドカ~ンと労組にさらけ出したのです。結果は労組側からの「自主的賃下げ提案」でした。
 実はこのことが旧創業者家族(家内とその弟、なかんずく後者)の陰謀を招来したのです)。その陰謀を語る前に避けて通れないある事実がありますので、以下に記します。
 第一次オイルショック直後のこと、当時、ヨシダ個人で取得した住宅地購入がありましたが、「土地ブームは去った」の考えのもと、まだ、数回の銀行借り入れ 返済金を横目に一気に売却したのです。「土地ブームは去った!」がヨシダの洞察でした。じじつ、後年、その通りになりました。
 土地ブームに陰りが出る直前だっただけに、売却益は相当ありました。具体的には、「1.会社資本金(当時5百万円)を倍額増資、2.自家用給油所建設、3.創業者墓の建設、4.余った金をある別荘地購入」の4つをやり遂げたのです。
  諸悪(?)の根源は、「倍額増資」を第三者割り当てですべきところ、「気前よく」、従来の持ち株比率で増資したのでした。相当額のお金を他の親族株主に無 償提供したのです。肝心のヨシダの持ち株比率は 「49.9%」(支配株主権未満)でした。家内(当時)のそれと合わせれば、90%以上が株主構成比率。まさか・・・がポイント。その背後に暗躍したのが 家内の実弟。かれが唆したのです。蛇足ですが、後年、その姉弟は仲たがいして放逐され、現在はヨシダの実子たちで継承されて現在に至ります。
 肝心の「離婚劇」の実態ですが、世にも不思議な離婚理由(前述)を跳ね除けて「家出」をしたのがケッサクでした。後述する「拾い手」があったものの、まさか 亭主のヨシダが家を出て行くとは想像しなかたのが前妻さん。「帰ってきて!」と何度も自動車電話にかけてきましたが、無視しました(笑)。
 と、 小説の題材にもなり得るドキュメンタリー・ストーリーであり、その結果ですが、「これでヨシ!」がヨシダのホンネでした。ハイ、退職金は弁護士を立てての 交渉になりました。相手側の弁護士さんが当方の弁護士に言ったそうです。「こんな経営者はみたことない!」と(笑)。蛇足ですが、その姉弟は喧嘩別れで弟 は行方知れず。ヨシダが予言したとおりに、「姉弟の喧嘩別れ」になりました
 ・・・と、余計なことを記述しましたが、少なくないグループ企業資産を与えました。ヨシダが現在にして到達した「他利の原点」です。
★人生第三毛作終盤で実践した「他利」
  第二の興味ある出来事は、その時に運よく(?)ヨシダを「拾って」くれた女性がありました。二児の未亡人。子たち共々、快く「一緒に生活してもイイよ!」 と言ってくれたのです (笑)。16年間に及んだ「同棲生活」と言ったら何だか気恥ずかしいですが、その間、コンサルタント会社設立に要した1千万円の資本金を除いては、退職 金+年金等の殆どを自由にさせました。
 と、ある心境の変化(と、これまで言及すると本編が超長文になるので止しますが)を得てのフィリ ピンを引退後の永住の地と定めて現在に至るもの。住んだ住ませてもらった家を指してヨシダは意地悪く(?)言いました。「・・・この家の4,5軒相当額は お前さんにやったよな」と(笑)。一旦は「一緒にフィリピンに行かないか?」という言葉だけは伝えましたが首を振ったのは当然。
 話は前後しますが、英語を活用したいのが引退後の海外生活。当初はマレイシアが頭にありました。ほかでもありません、大手商社のクアランプール支店長 だった甥が言うに、「伯父さん、海外移住だったらマレイシアにいらっしゃいよ。ボクがすべてお膳立てしますよ・・」と。
 ところが、そこのふとした縁で知り合ったフィリピン女性。日本で働きたい一心での名目上(?)の日本人男性との結婚歴の女性との奇しき出会いと、フィリピンへの足がかり役。感謝の念もあって、応分のGIVE(他利)をやってのけたものでした。
★人生第四毛作序盤で実践中の「他利」
  さて、と、今から考えると、そこまでの母国におけるわが人生78余年は概ね「GIVE」の人生。「他利」に通じます。でも、この考え方は当時のヨシダには 皆無でした。幾分かの「被害者意識」も皆無だったと言ったら、聖人君子?でも、不思議なことに被害者意識は皆無でした。現在にして想うことは、裏返せば その分、「他利」の生き方を実践していた、させられてきた、という解釈であり自負です。
 さて、フィリピン生活に転じてからのこと。恥を偲んでの 話ですが、単身生活を送っているヨシダの生活状況をみて心配して助言してくれたのが他でありません、地元バランガイ事務所職員のアーネルという人物。と、 その前にはこんなこと もありました。娘さんみたいな若いフィリピン女性と結婚している同胞(日本人男性)がヨシダに言いました。「ヨシダさん、もし、孤独死でもしたらどうす る!? 死臭が漂って近所の人が初めて気付いて・・・」と。障害者のお爺さんが一人住まい、ともなれば、他人事でなく心配してもらったことはありがたいことでは あったのですが・・・。
 意に介さなかったヨシダでしたが、くだんの人物が紹介してくれて、乗り気ではなかったものの、まるで「押しかけ女房」って感じで居候状態。困惑する中で、心に決めたのは運を天に任せての同棲生活。
  ある日、一緒にクルマで銀行に行く途中のこと、被害事故に遭遇し、その処理等で彼女が表に出て、手際よくフィリピン人加害のドライバーや警官を相手に処理 してくれたのはヨカッタとして、それが発端となった金銭的な処理が彼女の心に魔を生じせしめたのです。
  泣きながら低賃金で子ども二人を養っているので・・・と謝るドライバーを放免したのはイイとして、金銭処理を彼女に任せたことから・・・が災いのもと。ク ルマがなくなって、ヨシダ自身の動きができなくなったことが彼女の采配の自由を招来。と、善意に解釈するのもヨシダ流ではあったのです。 端折っての話、 彼女の故郷の大きな持ち家に引越し。それからが、問題でしたが、飛ばしての話です・・・。
 同女を紹介したアーネルが責任を感じてのこと。親戚同士の縁を切って、ヨシダを「救出」してくれたのです。ヨシダはパソコン1台だけを持ってアーネルと姉の助っ人で「脱出」したのです。ヨシダの持ち物の全てをそのままにして(捨てて)、でした。
 他愛もない、かつまた、「ヨシダさんはドジ踏んだ」という声を覚悟の告白ですが、現在にして思うことは、此処でもヨシダは結果論ですが、「他利」に生きた、自利どころか、自損を承知の上で、ということです(笑)。
 ・・・ と、その助っ人・アーネルがヨシダを連れ戻して、此処で我慢して・・・というのが、到底、辛抱できない環境。翌日からアクションを起こしたのは、中流でイ イから一戸建ての借家手配。無一文だった当時のヨシダにとっては、次の年金需給日が頼り。受給した年金等の全ては奪われたとしても、これから受け取る年給 は手付かずかつ、確実な収入ってところで、心配はなかったのですが、後始末に要した支出は少なくなく、中流の名の知れたビレジ(住宅団地)での生活には 「資金繰り」が大変。それらをすべて取り仕切って処理してくれたのがアーネルでした。もろん、それを可能にしたのは「ヨシダの確実年金収入」という財源の 担保でして、それを前面に出したアーネルの金策でした。
 ヨシダの決断は素早かったです。アーネル家族との共同生活への決断でした。なにせ、かれ は地方行政事務所(バランガイ)勤務だけに収入は多くありません。ヨシダのオファーを断る理由は皆無。そこで始まったのが、自称:「相互扶助精神に基づく 運命共同体生活」でした。かれらを「貧困から脱出さす」という条件と裏腹に、「ヨシダの終生介護」という相互扶助・相互信頼協約です。具体的には、ヨシダ 受給の年金全てをアーネルに託して・・・という図式。他人が聞いたらビックリ仰天間違いありません。ちょっとやそっとで真似できるシロモノではありませ ん。この辺りのドキュメントは(も)「自利より他利」に通じます。
★「他利人生」の総括
 ・・・と、自身の「秘話的」なことを臆せず記述するのは「自分史」執筆の身であることもありますが、大事なことは「他利」に生きながら、実は「自利」(終生面倒見を受ける)という事実をわが人生なかんずく、失敗体験を通しても言えることに気付いたのです。
  かくしてヨシダが最近になってしみじみ感じることがヨシダ人生のあり方に他ありません。つまり、自利を追うのでなく、他利を優先すれば自然と自利となって 戻ってくるというシナリオです。「まずは、冒頭に提示した他利の格言あり」ではなく、自らの人生選択肢から得た教訓であり得るのです。
 現在のヨシダは今まで以上に「達観」した心境で、アーネル家族の幸せを最優先して悔いることは全くありません。今まで以上の感謝の心を強めてアーネル家族らとの共同生活に甘んじているのが実情です。
  数年間に及んだ危機からの脱出生活と、それを取り仕切ってくれたアーネルに対しては最大限の幸せ追求を第一義としています。数年間に及んだ生活建て直しの 実現を得て、ようやく手にしたのが自家用車。存分に活用して幸せを獲得してくれ、と。それを受けたかのように振舞うのがアーネル。クリスマスともなれば、 貧しい子達へのプレゼント等、分に応じた奉仕活動をかれ自身が果たしています。
 不思議なものでして、「自利より他利」に生きることの幸せ感は 何ものにも勝ります。食するもの、生活する環境等々すべてが感謝、かんしゃ、カンシャ!となるのです。人間って、リッチな人でも多少の不満はあるもの。欲 にはキリがありません。ところが、どんなことが生じても、あっても、不思議と不満にならないのです!その分、パートナーたちが喜んでくれる、というシナリ オです。
 と、そんな人生経歴を得た現在のヨシダの胸に去来することに、心の中に絶えず感謝の念が起き上がることです。ひとつひとつの行動の中で 起こるのが感謝の心にほかありません。一日にその感謝の心を捧げるのは何百回、何千回にもなるでしょう。「感謝、かんしゃ、カンシャ!」とする所以です。 異例とも言えるようなこの個人的なウェブサイトのトップ面に証言する編集者のヨシダの心境を臆せず記述しました。
   「飯塚毅」の画像検索結果
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負する米漫画「」スヌーピー」のひとコマです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)

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  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれ ば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りるという利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!                                 (637.32KB)  

                                                2016年9月24日(土)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                           
吉田祐起
                       
(満84歳10ヶ月)
               (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
                    yoshidayuuki@rocketmail.com
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