満14歳の学徒動員勤 務先で被爆し、倒壊した建物の下敷きになり一旦は死を覚悟したポリオ障害者ヨシダが奇跡的に助かり、若くして独立自営業に転じて始まった自称・人生第一、 第二、第三毛作の通算60余年に及ぶ経営者人生を母国ニッポンで送った吉田祐起(よしだ ゆうき)が80歳直前にして人生第四毛作なる人生を「終の棲家」 とするフィリピン共和国に移して現在に至ります。その理由や目的、そうの成果等々は、この「手作り・自我流ウェブサイト」をご覧くだされば理解いただける ものと思います。(2016.9.10記)

       http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳10か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」の新家屋に移ったら立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

 以下、鋭意、継続中でして、本欄に移動掲載したいものがあるのですが、手がまわらないって調子です。ヨシダの主要執筆作品集コーナーってところです。

                           English               
                 2016年9月16日(金)
        
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,570KBと いう異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれはそれをオーバーして いるデーターサイズです。ちなみに、上掲のリンクをクリックすると2500KBがグラフの最高でヨシダのそれは突破しています。
   お気付きの点やご意見は遠慮なく yoshida@a-bombsurvivor.com 宛でご一報くだされば嬉しい限りです。  
             Since 10th March, 2001

 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果      「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳を直前にするニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。      

                        (スペシャル告示!)
 本日最初の編集記事で大きなヒントを得ました!「No.6535:仕事がデキる人は走りながら脳を鍛えている 長時間のデスクワークが脳を退化させる理由東洋経済ONLINE2016.9.16(15日付)重森健太関西福祉科学大学教授/理学療法士)」がそれです!★「障害者向けの健康管理法」とでも題する本の出版(でなく、本サイトでの開示)です。数あるのが「健康ノウハウ」関連書籍ですが、健常者ばかりを対象にしたもので、ジョギングはもとより、歩くこともできない障害者の方々のためには、手足の届かないものばかり★ポリオ障害者のヨシダが半世紀近くもの長期間にわたって実践して効果を体感している様を赤裸々に語る独特の書です。しかも、経費のかからない、このウェブサイトでの開示です★万が一にでも心ある方の目にとまり、「出版」となればこのうえもない喜びと受けとめます。おし、著作権料を払っていただけるなら、障害者向けの献金にするつもりです★と、単行本出版に関してのヨシダのエピソードをひとつ!離日直前にかの拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」の文芸社から電話を受け、拙著自分史「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」の出版の誘いを受けました。わずかの協力金が条件でしたが、ヨシダのこれからの人生は母国でのそれとは様変わりで関心は抱かないので、と断った経緯があります★なんだか、今朝の心境は神さまがヨシダに与え給うた「更なるやりがい人生」への誘いって感じを抱きます。(9月16日10:45)

            ウィキペディアから拾った9月16日の「できごと」 
                            September 16. Event(英語版)
                                    「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
2010年平成22年)のように、西暦の後に丸括弧を添えて元号明治大正昭和、平成など)表記をする場合、日本国内、もしくは、日本が深く関与している出来事であることを、「日本の〜」「日本において〜」等々の表現を割愛する目的で用いている 。
   2「Plymouth, england 1620」の画像検索結果「Plymouth, england 1620」の画像検索結果「mayflower captain christopher jones 1620」の画像検索結果「mayflower captain christopher jones 1620」の画像検索結果     「1620 pilgrims mayflower compact」の画像検索結果「1620 pilgrims mayflower compact」の画像検索結果
     「mayflower captain christopher jones 1620」の画像検索結果「Plymouth, england 1620」の画像検索結果「Mayflower left Plymouth, 1620」の画像検索結果 「Mayflower left Plymouth, 1620」の画像検索結果「Plymouth, england 1620」の画像検索結果
  4「Grito de Dolores, mexico independence movement」の画像検索結果「Grito de Dolores, mexico independence movement」の画像検索結果  「Grito de Dolores」の画像検索結果   「Grito de Dolores, mexico independence movement」の画像検索結果「Miguel Hidalgo speech」の画像検索結果「Grito de Dolores, mexico independence movement」の画像検索結果
  5 「David Livingstone」の画像検索結果 「malawi lake map」の画像検索結果      「David Livingstone arrived at  Malawi lake」の画像検索結果   「David Livingstone」の画像検索結果 
   「David Livingstone」の画像検索結果「David Livingstone」の画像検索結果「David Livingstone」の画像検索結果「David Livingstone」の画像検索結果
 12「Wall Street bombing 1920」の画像検索結果 「Wall Street bombing 1920」の画像検索結果 「Wall Street bombing 1920」の画像検索結果 「Wall Street bombing 1920」の画像検索結果 「Wall Street bombing 1920」の画像検索結果
       関連画像「Luigi Galleani」の画像検索結果 「Wall Street bombing 1920 criminals」の画像検索結果  「Wall Street bombing 1920 criminals」の画像検索結果
   21 「第2室戸台風」の画像検索結果 「第2室戸台風」の画像検索結果「第2室戸台風」の画像検索結果「第2室戸台風」の画像検索結果「第2室戸台風」の画像検索結果
  31 「サブラー・シャティーラ事件」の画像検索結果   「サブラー・シャティーラ事件」の画像検索結果    「サブラー・シャティーラ事件」の画像検索結果   「サブラー・シャティーラ事件」の画像検索結果 「サブラー・シャティーラ事件碑」の画像検索結果
     44   「James K. "Jimmy" Leeward.」の画像検索結果         「James K. "Jimmy" Leeward.」の画像検索結果 「jimmy leeward crash」の画像検索結果「jimmy leeward crash」の画像検索結果
    「James K. "Jimmy" Leeward.」の画像検索結果      関連画像「jimmy leeward crash」の画像検索結果「jimmy leeward crash」の画像検索結果       関連画像
(1)1573年天正元年8月20日) - 一乗谷城の戦い: 朝倉義景が自決し、朝倉氏が滅亡。
(2)1620年ユリウス暦9月6日) - メイフラワー号が北アメリカを目指しイギリスのプリマスを出港。
(3)1776年 - アメリカ独立戦争ハーレムハイツの戦い
(4)1810年 - メキシコ独立革命ドロレスの叫びミゲル・イダルゴ神父による演説の後、農民・原住民らが決起。
(5)1859年 - デイヴィッド・リヴィングストンマラウイ湖に到達する。
(6)1877年 - エドワード・S・モース大森貝塚の1回目の調査を実施。
(7)1887年 - 井上円了が哲学館(現在の東洋大学)を開設。
(8)1890年 - エルトゥールル号遭難事件発生。和歌山県串本沖でオスマン帝国の軍艦が遭難。
(9)1898年 - 関西鉄道の新木津駅 - 木津駅が開業。現在のJR片町線が全通。
(10)1908年 - W・デュラントゼネラルモーターズ(GM)を創業。
(11)1910年 - 奈良軌道(後の大阪電気軌道、現在の近畿日本鉄道の前身)設立。
(12)1920年 - ニューヨークウォール街イタリア無政府主義者によって馬車に仕掛けられた爆弾が爆発、38名の死者と約400名の負傷者を出し、世界初の車爆弾を用いたテロとなった。(en:Wall Street bombing)
(13)1923年 - 甘粕事件:憲兵大尉甘粕正彦らがアナキスト大杉栄伊藤野枝らを連行し虐殺。
(14)1936年 - 東京地下鉄道(浅草 - 新橋)と東京高速鉄道(新橋 - 渋谷)が直通運転を開始(現 東京メトロ銀座線)。
(14)1939年 - 日ソ間でノモンハン事件停戦協定が締結される。
(15)1941年 - 第二次世界大戦イラン進駐: イラン皇帝レザー・パフラヴィーが、子のモハンマド・レザー・パフラヴィーに譲位。
(16)1945年 - 第二次世界大戦: 香港の日本軍の岡田梅吉陸軍少将と藤田類太郎海軍中将が香港総督府でイギリス軍への降伏文書に署名する。
(17)1948年 - 日本で、配給制だったマッチが8年ぶりに自由販売となる。
(18)1948年 - アイオン台風が上陸。関東地方甲信越地方に大きな被害。
(19)1954年 - 国営競馬を引き継ぎ、日本中央競馬会が発足。
(20)1955年 - アルゼンチンで反ペロン派によるクーデターが勃発。フアン・ペロン大統領が失脚。
(21)1961年 - 第2室戸台風(台風18号)が近畿地方に上陸。死者行方不明202人。
(22)1963年 - マラヤ連邦シンガポール北ボルネオサラワクが統合し、マレーシアが建国される。
(23)1966年 - ニューヨークのメトロポリタン歌劇場が開場。
(24)1971年 - 成田空港問題: 東峰十字路事件
(25)1975年 - パプアニューギニアオーストラリアから独立。
(26)1975年 - カーボベルデモザンビークサントメ・プリンシペが国連に加盟。
(27)1975年 - MiG-31が初飛行する。
(28)1977年 - 計量行政審議会が、メートル法移行により禁止されていた尺貫法による曲尺鯨尺の製造販売を許可。
(29)1978年 - イランM7.7の大地震。死者2万5千人。
(30)1980年 - セントビンセント・グレナディーンが国連に加盟。
(31)1982年 - サブラ・シャティーラの虐殺レバノンパレスチナ難民キャンプで親イスラエル派民兵が難民約1500人を虐殺。
(32)1985年 - 北海道の国鉄美幸線がこの日限りで廃止。
(33)1987年 - モントリオール議定書が採択される。オゾン層破壊物質を全廃へ。
(34)1992年 - ポンド危機(ブラック・ウェンズデー)。イギリスの通貨ポンドの為替レートが急落。
(35)2003年 - 新幹線100系電車が「ひかり309号」をもって東海道新幹線から引退。
(36)2003年 - 名古屋立てこもり放火事件が起こる。
(37)2004年 - ハリケーン・アイバンアラバマ州に上陸。
(38)2006年 - 中日ドラゴンズ山本昌広が、日本プロ野球史上最年長記録となる41歳1か月(史上73人目)でのノーヒットノーランを達成。
(39)2007年 - プーケットワン・トゥー・ゴーOG269便着陸失敗事故
(40)2007年 - Folding@Homeが分散コンピューティング史上初となる1PFLOPSを達成。
(41)2009年 - 鳩山由紀夫が第93代内閣総理大臣に選出され、鳩山内閣が成立。民主党社民党国民新党3党の連立政権となる。
(42)2009年 - 読売グループJリーグ東京ヴェルディの経営から完全撤退することを正式発表。
(43)2011年 - アメリカオバマ大統領が特許制度関連の改革法案に署名。これにより、同国における特許が「先発明主義」から、先進国が軒並み採用している「先願主義」に転換することとなった。
(44)2011年 - リノ・エアレースにてP-51改造エアレーサーギャロッピング・ゴースト英語版」が観客席に墜落する事故が発生。死者11名。負傷者69名。
(45)2013年 - 平成25年台風第18号が上陸、京都府福井県滋賀県特別警報が初めて発令される。
(46)2015年 - 熊谷連続殺人事件

                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6536編目です! 
2016年9月16日(金)掲載分
昨日9月15日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 おはようございま~す!きょうも一日、精出しま~す!と威勢のイイご挨拶。ふと、眼にとまった記事があります。仕事がデキる人は走りながら脳を鍛えている 長時間のデスクワークが脳を退化させる理由(東洋経済ONLINE2016.9.16.(15日付)重森 健太 :関西福祉科学大学教授/理学療法士)」です。6ページに及ぶ長い記事。「長時間のデスクワークが脳を退化させる・・・」で????!!!!と、感じると言うよりも、ある種の反発や抗議の念を抱くのはヨシダです★走ることもできない身で、しかも、長時間のデスクワークが日常のヨシダの立場であるからです★とまあ、著者にケチをつける気は毛頭ないのですが、「健常者のみを対象にした」この種の記事が横行し、障害者に対するものが皆無であることを従来から痛感してきているヨシダです。「・・・障害者の方々は別の方法があるとは思いますが・・・」といった類の気配りや助言があってもイイものを・・・と皮肉ります★でもま、無理もないです。健常者は無論野言、障害者の方でヨシダみたいな生き方をしている人は稀有もしくは皆無(?)であると思うからです。じじつ、85歳前のヨシダは障害者の健康管理に関する赤裸々かつ、説得量のある健康維持法体験記等に接したことは皆無です★その背景には、障害者自身のこの種の執筆活動をしている人のことを眼に耳にしたことは皆無です★・・・と。ふと、今、気付くことに、「リオ・パラリンピク」の真っ只中!ベストなモデルがあったんだ!!!!!、がヨシダの現在にして痛感する歴然たる事実!★しかし、残念なことは、そういった「障害者健康管理実践の良き証言者・証明者」足り得る人たちの「赤裸々な健康管理体験記」みたいな執筆活動の事実に接したことはないことです。あったとしても出版社は関心を示さないないでしょう。出版しても、所詮、売れる対象は限られた数の障害者・・・といった出版社側の打算が見え隠れかな・・・と★・・・とまあ、現状を嘆いたり、批判したりするのも大人気ない・・・と。ここは一番、ヨシダに与えられた宿命とうけとめ、「書くことは苦にならないヨシダの持ち味」を活かして、しかも、無料のヨシダウェブサイトにディスクローズすればイイじゃあないか!!!??と、感じる今朝のヨシダです★ネギャティヴな情報からポジティヴな発想!!!!って按配の今朝のヨシダの心境です。これって、ヨシダ幼年時代からの根性デス!★おっと、肝心のくだんの東洋経済ONLINEさんの記事。ムロン、編集します。この場このコラムで書いたことがそのベース足り得るでしょう。「転んでもタダでは起きね~ぞ~!!!」デス!(8:30)
 直前のヨシダブログに追加します!ひと昔の話。アメリカのシリコン・ヴァレーで活躍する知識集約型の最たるコンピューターの専門家のこと。昼休みなどを利用してテニスに興じる光景を想起します。当時はジョギングは今ほど普及していませんでした★・・・と言うことは、走るだけが唯一の手法ではない、という解釈です。ジョギング最優先主義のホンネをヨシダ流に皮肉りましょう。ゴルフにしてもテニスにしても、独特の技術を要します。しかも、お金がかかります。健康管理投資が不可欠です★ところが、走る(ジョギング)には投資は無用。しかも、大勢の人たちと一緒の仲間意識。加えて、見落としてはいけないことは、「観られている&観ることができる」というジョギングのメリットです★この辺りのジョギング効果を指摘する人はあまりいませんよね。車いすのヨシダの目線で言えば、「ジョギングしながら景色を眺め、色んな人の姿にも接し、ひと汗かく醍醐味を味わいながら・・・さぞかし楽しいだろうな・・・でも、ところが、それさえしない輩のなんと多いことよ!自身が健常者であることの感謝も感じない輩・・・」とさえ皮肉ります。文句がある方は遠慮なくメールを寄越してくれませんか!? 議論しませんか!?(8:55)
 ひゃ~!欲張って本サイトでは重複しますが「ダイアリーコーナーのヨシダブログ&と編集記事ブログ」に加えました。後日、単独で見れるために、です。自意識過剰と批判されるのも承知の上の編集者選択肢としてご勘弁を・・!★くだんの記事は「No.6535仕事がデキる人は走りながら脳を鍛えている 長時間のデスクワークが脳を退化させる理由東洋経済ONLINE2016.9.16(15日付)重森健太関西福祉科学大学教授/理学療法士)」 です★なんだか、本日のブログ活動はこれだけで充分!って気分です。(10:30)
 「No.6536自殺が日本の若年層で高止まり、死因1位の深刻実態DIAMOND Online2016.9.16.井手ゆきえ [医学ライター])」では(も)、長~いブログになりました。本件に関しては浅からぬヨシダの過去の執筆に関連するからです★ふと、余計なことを想像する昨今のヨシダです。来比して数年間、あまつさえフィリピン人と生活し始めて3年余の通算7年余のフィリピン生活で感じることのひとつは、フィリピン人の読書姿をついぞ見たことがないこと。空港や公共輸送機関内や家庭内等々で、です★最近は家中の人たちは子供に至るまで先進諸国並みに「スマホに夢中」ってところです★ヘンな話ですが、これだけ多忙を極めかつ、高齢のヨシダでありながら、日中の停電時(と言っても極めて稀有なことで最後の停電日の記憶がありません)には庭先に出て平素縁のない読書をしたものです★家中のフィリピンの人たちはテレビを観るか昼寝をするか、スマホか・・・のいずれかです★日本人だったら鬱(うつ)に」なるほどボケ~としています。★注目すべきことはフィリピン人の自殺率は極めて低いこと。「自殺率の国際比較」がそれを証明します。「日本人特有の『恥の文化』」が招来するものと思いますが、ウ~んと、考えさせられる一幕です。(13:55)
 ・・・と、さきほどトイレで用足し中に頭を横切ること。ハイ!ヨシダはそんな時も何かをプラス思考で考えて、その直後の動き(ブログ活動)にも反映させます。胸を横切ることは、・・・それでいて、フィリピン人は日本人より短命であるという歴然たる事実です★「長寿と自殺は表裏一体(!?)」というヘンな印象or 論理を抱くひと幕でした。(14:10)

 

No.6536
自殺が日本の若年層で高止まり、死因1位の深刻実態
DIAMOND Online2016.9.16.井手ゆきえ [医学ライター]
ヨシダブログ日本人の異常なほどの自殺動向に関しては、ヨシダは「ドライバー教育」関連して、早くから指摘しています。拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」(2004年4月15日刊:全364頁)では「P.42~44」にわたって図表入りで書いています。「好きなことをして生活するのが最高の幸せだ→人はヒト、俺はオレ、個性発揮の時代」のフレーズの中で図表つき記述をしたものです。ドライバ職で自殺したケースは皆無だ、がその背景でした▼当時の実態は「自殺者が5年続いて3万人を超え・・・」でした★この自殺件数のことでエピソードがあります。原稿段階では「この状態が今後とも続くであろう・・・」でした。ところが、出版社担当者から、「そうかもしれませんが、あまりイイことじゃあないので、割愛しましょう・・・」という助言を受けて、心ならずもカットした経緯があるのです。ご存知のように、その後、通算14年間続いてようやく3万人を割って現在です▼「中見出し等」は、■午前0時に一つの山 思春期・若年成人の自殺数がピークに(図1:女性は午後から夕方にかけて第一の波があるものの、やはり午前0時台の自殺者数は多い、(図2:なぜ、午前0時なのか、理由はわからない)、■中高年・高齢者層は減少に転じたが若い世代の自殺は深刻な状況、■対策が手薄で実態が見えにくい思春期・若年成人の自殺、■「助けを求める」能力を育てることが自殺予防につながる・・・と続きます▼「質問:若年層の自殺は減らすことができると思う?」に対する回答は、「」そう思う50.87%、そうは思わない34.1、わからない15.03%」です▼(添付写真説明:写真上2枚の説明:本記事筆者・井手ゆきえ [医学ライター]さん(左)の写真を随分と検索しましたが、ようやく、たった一枚の写真にヒットしました。写真説明にはっきりと「 ダイヤモンド・オンライン – 井手ゆきえ 8/6/2014 」とありますので間違いはないと思いますが、万が一、そうでなかったらご勘弁ください。ご本人の意思で意図的にグーグル除外にされるケースがあることを知るヨシダの不安です。上右の写真は本記事内のものですが、「写真はイメージです。本文とは関係ありません」とあります▼下段は記事中に出てくる人物関連のもの。「NPO法人OVA(オーヴァ)伊藤次郎代表理事」のリンクはヨシダ引用です)・・・と、これらは編集者ヨシダの気配り&敬意によるものです。写真9枚添付ファイル
      「井手ゆきえ著書」の画像検索結果
   「NPO法人OVA(オーヴァ)伊藤次郎代表理事」の画像検索結果  「NPO法人OVA(オーヴァ)伊藤次郎代表理事」の画像検索結果「NPO法人OVA(オーヴァ)伊藤次郎代表理事」の画像検索結果
     
  「日本人の自殺者統計」の画像検索結果「日本人の自殺者統計」の画像検索結果「日本人の自殺者統計」の画像検索結果
No.6535
仕事がデキる人は走りながら脳を鍛えている 長時間のデスクワークが脳を退化させる理由
東洋経済ONLINE2016.9.16(15日付)重森健太関西福祉科学大学教授/理学療法士
ヨシダブログ:本記事予告編的なヨシダブログを「ダイアリー・コーナー」でしていますので、本サイトでは重複しますが、後日の本記事当該ヨシダブログとしてそのまま下記に添付します。長編の本記事筆者に敬意を表する意味で、長文のブログ感想とします▼「おはようございま~す!きょうも一日、精出しま~す!と威勢のイイご挨拶。ふと、眼にとまった記事があります。仕事がデキる人は走りながら脳を鍛えている 長時間のデスクワークが脳を退化させる理由(東洋経済ONLINE2016.9.16.(15日付)重森 健太 :関西福祉科学大学教授/理学療法士)」です。6ページに及ぶ長い記事。「長時間のデスクワークが脳を退化させる・・・」で????!!!!と、感じると言うよりも、ある種の反発や抗議の念を抱くのはヨシダです★走ることもできない身で、しかも、長時間のデスクワークが日常のヨシダの立場であるからです★とまあ、著者にケチをつける気は毛頭ないのですが、「健常者のみを対象にした」この種の記事が横行し、障害者に対するものが皆無であることを従来から痛感してきているヨシダです。「・・・障害者の方々は別の方法があるとは思いますが・・・」といった類の気配りや助言があってもイイものを・・・と皮肉ります★でもま、無理もないです。健常者は無論のこと、障害者の方でヨシダみたいな生き方をしている人は稀有もしくは皆無(?)であると思うからです。じじつ、85歳前のヨシダは障害者の健康管理に関する赤裸々かつ、説得量のある健康維持法体験記等に接したことは皆無です★その背景には、障害者自身のこの種の執筆活動をしている人のことを眼に耳にしたことは皆無です★・・・ふと、今、気付くことに、「リオ・パラリンピク」の真っ只中!ベストなモデルがあったんだ!!!!!、がヨシダの現在にして痛感する歴然たる事実!★しかし、残念なことは、そういった「障害者健康管理実践の良き証言者・証明者」足り得る人たちの「赤裸々な健康管理体験記」みたいな執筆活動の事実に接したことはないことです★あったとしても出版社は関心を示さないでしょう。出版しても、所詮、売れる対象は限られた数の障害者・・・といった出版社側の打算が見え隠れかな・・・と★・・・とまあ、現状を嘆いたり、批判したりするのも大人気ない・・・と。ここは一番、ヨシダに与えられた宿命とうけとめ、「書くことは苦にならないヨシダの持ち味」を活かして、しかも、無料のヨシダウェブサイトにディスクローズすればイイじゃあないか!!!??と、感じる今朝のヨシダです★ネギャティヴな情報からポジティヴな発想!!!!って按配の今朝のヨシダの心境です。これって、ヨシダ幼年時代からの根性デス!★おっと、肝心のくだんの東洋経済ONLINEさんの記事。ムロン、編集します。この場このコラムで書いたことがそのベース足り得るでしょう。「転んでもタダでは起きね~ぞ~!!!」デス!(8:30)▼直前のヨシダブログに追加します!ひと昔の話。アメリカのシリコン・ヴァレーで活躍する知識集約型の最たるコンピューターの専門家たちのこと。昼休みなどを利用してテニスに興じる光景を想起します。当時はジョギングは今ほど普及していませんでした★・・・と言うことは、走るだけが唯一の手法ではない、という解釈です。ジョギング最優先主義のホンネをヨシダ流に皮肉りましょう。ゴルフにしてもテニスにしても、独特の技術を要します。しかも、お金がかかります。健康管理投資が不可欠です★ところが、走る(ジョギング)には投資は無用。しかも、大勢の人たちと一緒の仲間意識。加えて、見落としてはいけないことは、「観られている&観ることができる」というジョギングのメリットです★この辺りのジョギング効果を指摘する人はあまりいませんよね。車いすのヨシダの目線で言えば、「ジョギングしながら景色を眺め、色んな人の姿にも接し、ひと汗かく醍醐味を味わいながら・・・さぞかし楽しいだろうな・・・でも、ところが、それさえしない輩のなんと多いことよ!自身が健常者であることの感謝も感じない輩・・・」とさえ皮肉ります。文句がある方は遠慮なくメールを寄越してくれませんか!? 議論しませんか!?(8:55) 」▼「中見出し等」は、■普通に生活していたら脳はどんどん退化する、■最強の脳は走ってつくる、■走ると起こる「脳にいいこと」(① 足を動かすだけで脳が刺激される)、② 血流改善で脳に栄養が行きわたる)、③ 脳細胞が増える、④ 海馬が大きくなる=記憶力がUPする、⑤ 脳細胞の成長因子「BDNF」が増える)、■体を鍛えながら脳を鍛える走り方のコツ、■デュアルタスク・トレーニングでさらに集中力を高める(【STEP1:基本動作】、【STEP2:応用編】)、■3分でひらめきを生む方法・・・と続きます。ハイ!落とし前は筆者の著書・「走れば脳は強くなる」の販売促進です!!!!!先生著書の販売促進になれば幸いです▼さて、ヨシダブログの狙いは別段、著者に云々の何ものもありません!これが現世というもんだ、とはヨシダ精一杯の皮肉です。ゴメンなさいね、著者・重森健太先生・・・。お詫びの印に先生関連のPR資料を添付して読者に供します▼もうひと言のヨシダ皮肉。先生は当年御齢39歳。倍以上のヨシダの目線でみれば失礼ながら本ブログに対するご理解は得られないでしょうし、人生体験からもこの種の発想や動機も得られないの通常ですよね・・・。シツレイしました。写真7枚添付ファイル
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 一昨日14日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日16日の第一記事掲載(10:15)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を 抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

             自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
   近年のこと、ときおりヨシダが自身の人生の生き方を巡って使う言葉に「自利から他利へ」といった趣旨の考え方とその実践があります。
  この文句(思想)は別段、学んで得たものでなく、わが人生を振り返りつつ、現在のそれらとわが心境からしてヨシダの心の中に自然に発生したと言ったほうが 適切なものであることを告白します。教えられて・・・といった類の人生哲学ではないことを強調します。もっとも、それを裏返せば、由緒あるこの言葉の由来 を知らなかった、というヨシダの無学ぶりを曝け出すことになるのですが、祐起がユウキ(勇気)を出して告白の念をこめて記します。
 念のためにグーグルで当該言葉を検索してヒットした言葉を紹介します。
                「TKC全国会の基本理念 「自利トハ他利ヲイフ   

                           「飯塚毅」の画像検索結果
 
大乗仏教の教諭には「自利利他」の語が実に頻繁に登場する。解釈にも諸説がある。その中で、私は「自利とは他利をいう」と解するのが最も正しいと信ずる。

 仏教哲学の精髄は「相即の論理」である。般若心経は「色即是空」と説くが、それは「色」を滅して「空」に至るのではなく、「色そのままに空」であるという真理を表現している・・・・(飯塚毅)」と続きます。詳細は上掲のリンクからご覧ください。
  なお、TKCというのはご存知と思いますが、「株式会社TKC」という、宇都宮市に本社を置く会計事務所、税理士事務所や地方公共団体などの情報サービス を行なう企業でして、ヨシダが経営者人生を通じて世話になった税理士先生が属しておられた組織です。今回、本欄の修正作業中に出会った記事として喜んでい ます。追って、本コラム末尾に掲示している関連「色紙」の一つが奇しくも、本欄筆者・飯塚毅博士揮毫のものです。 
  さて、此処でヨシダが強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人 生体験とその実践を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。蛇足の弁を補 足します。クリスチャンのヨシダが早くから接した同じような聖書の言葉に「Give and you shall be given.(与えよ、さらば与えられむ)」がありますが、日英語の微妙なニュアンスの差異を感じないでもありません。

  再度強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人生体験とその実践 を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。以下に、この言葉を巡るがごと く のヨシダの生き様の一端を披瀝します。
★ポリオが招来した人生観
  笑い話的になりますが、ヨシダは赤子の時にポリオに罹り、両足の自由を失いました。健常者からみれば、その時点で他利どころか、自利の自由を奪われたよう なもの。不思議なことに、物心がついてからでも、恨んだり悔やんだりの他人のせいにしなかったこと。不自由な身体で他利ではなく、自利でもなく、如何にし て歩く(目的場所まで)かといったことが課題でした。
 幼年・少年時代のヨシダがわが身の障害に対して自覚しかつ、大きな示唆を得た出来ごとがあ ります。家庭の都合(一家の柱・親父を失った後の長男としての自覚)で夜間高校に通いながら働いていた時代のこと。戦後初めてという広島県下高校弁論大会 で優勝したのが縁。タイトルは「How I've fought my way out.(如何にしてわが逆境を克服したか)と」題したもの。
   英語の殿堂・ミッション・スクールの女学生を向こうに回して優勝したのが縁で、親しくした米人女性宣教師(ミス・アンダーソン)(故人)がユウキにくれた 言葉が現在にして活きています。「ユウキ、ポリオは神さまから授かったもの。それを克服して生きることで神さま の栄光を世に現わすことになるのですよ・・・」でした。
 つまり、ポリオは神さまの贈り物。感謝して受けとめ、その価値を世に現わせ、という受けとめ方でした。その意味では「他利」どころか、両親に心配をかけた親不孝者。自身に向けては障害克服という名の「自利」ではあったでしょう。
★人生第一毛作が招来した「他利」への生き方の芽生え
  父亡き後のヨシダ家長男を意識して「自立」への位置を早くにしたヨシダは、当時の義兄(長姉の婿)の進言をうけて職人自営業に入りました。得意の英語を駆 使して先進国アメリカの技術をマスターし、自身が発明開発した器具商品等の販売指導を含めて全国規模で活動しました。大阪の商社と手を組んでのことでした が、むろん、当時の青年ヨシダは大の男顔負けの稼ぎをしたものですが、それ以上に「他利」を果たしました。具体的には数えきれないほどの「弟子」を抱えて 指導したこと。
 最大の「他利」は人生第ニ毛作への転換を機に、当時雇用していた若い弟子に、工具設備一式と商権全てを無償で譲渡しま した。ここでも「他利」を実践したと自負します。もっとも、その裏では、当時の大の男が顔負けの稼ぎをしたことは(も)事実ですが、他利のほうがはるかに 大だったと自負します。
★人生第二毛作の終盤で「他利人生」
  長じて結婚した相手との出来事が第二の「他利」 になったとは、半世紀以上も経った現在のヨシダの解釈。他愛もないことに、先ずは耳(目)をお貸しください。プライバシーをあえて披瀝するのは結果論に過 ぎませんが、ヨシダの「自利より他利」の心を裏付ける結果になったからです。恥を忍んでの告白めいた証言です(笑)。
 当時の家内の養父母創業の小さな運送事業を創業者死去で「身売り」寸前のところ、白羽の矢がヨシダに当たったのです。当時のヨシダは米国から導入した新技術や自身が発明開発した技術や器具の販売指導等で、二十歳時代から全国を講演・実演旅行で飛び回っていた時代。
  特に強調したいのは当時の広島県会議員さん(議長職のご人物だったと記憶します)がそれを高く評価してヨシダの耳に入れてくださった言葉が現在にして鮮明 です。「吉田君、公費で米国実習留学しないか?」と。今から考えると「飛びつきたいほどの誘い」でしたが、平然と聞き流したのです。現在(当時)の目先の ミッションに一層の魅力と生き甲斐を感じていたからです。笑い話ですが、万一、それを受けて渡米していたら、現地のアメリカ人女性と結婚してアメリカに本 拠を持つ身になっていただろう・・・と。これって、ホントに起こり得たであろうことへのヨシダの回顧です。
 ということからの自負もあったりで、請われて家内の養父母創業の個人事業を継承したものです。その後、32年間に及んだ同事業経営でしたが、曲がりなりにも「7社グループによる総合物流商社体制」を確立したものです。
 ・・・と、ここまではイイとして、養母の死がある事件を誘発しました。世にある「お家騒動」でして、財産相続を巡る家内側の問題。上場企業に勤めていた 彼女の弟を引き抜いて子会社の社長に据えていたまではヨカッタとして・・・と、後はご想像に任せたほうがイイでしょう。
  と、世にも不思議な要請が家内から出てきたのです。「養父母死去で家名が絶えた。草葉の陰で両親が嘆いているので旧姓に戻して(離婚して。でも今まで通り の一 緒の生活で・・・)という常識を逸した要求!ハイ、自尊心の低くないヨシダは振り切って家を飛び出しました。ちなみに、その家は税務署の進言で「社宅」に していたのです。全てをGIVEして「他利」に徹したものでした。
 お家騒動の発端は特筆に価します。会社規模を大きくなるにつれて台頭してき たのが、従業員側のある種の思想。「会社も大きくなったのだから、労働組合があってもイイだろう・・・」といった概念。2回労組つぶしを体験して3回目の 労組結成を前にしたヨシダの胸中に飛来したことは、「ヨシ、中小企業では稀にみるような『近代的労使関係』を樹立してやろう」といった意地でした。
 最初の行動は、「7社グループ企業の決算書期分(計21通)をドカ~ンと労組にさらけ出したのです。結果は労組側からの「自主的賃下げ提案」でした。
 実はこのことが旧創業者家族(家内とその弟、なかんずく後者)の陰謀を招来したのです)。その陰謀を語る前に避けて通れないある事実がありますので、以下に記します。
  第一次オイルショック直後のこと、当時、ヨシダ個人で取得した住宅地購入がありましたが、「土地ブームは去った」の考えのもと、まだ、数回の銀行借り入れ 返済金を横目に一気に売却したのです。「土地ブームは去った!」がヨシダの洞察でした。じじつ、後年、その通りになりました。
 土地ブームに陰りが出る直前だっただけに、売却益は相当ありました。具体的には、「1.会社資本金(当時5百万円)を倍額増資、2.自家用給油所建設、3.創業者墓の建設、4.余った金をある別荘地購入」の4つをやり遂げたのです。
  諸悪(?)の根源は、「倍額増資」を第三者割り当てですべきところ、「気前よく」、従来の持ち株比率で増資したのでした。相当額のお金を他の親族株主に無 償提供したのです。肝心のヨシダの持ち株比率は 「49.9%」(支配株主権未満)でした。家内(当時)のそれと合わせれば、90%以上が株主構成比率。まさか・・・がポイント。その背後に暗躍したのが 家内の実弟。かれが唆したのです。蛇足ですが、後年、その姉弟は仲たがいして放逐され、現在はヨシダの実子たちで継承されて現在に至ります。
 肝 心の「離婚劇」の実態ですが、世にも不思議な離婚理由(前述)を跳ね除けて「家出」をしたのがケッサクでした。後述する「拾い手」があったものの、まさか 亭主のヨシダが家を出て行くとは想像しなかたのが前妻さん。「帰ってきて!」と何度も自動車電話にかけてきましたが、無視しました(笑)。
 と、 小説の題材にもなり得るドキュメンタリー・ストーリーであり、その結果ですが、「これでヨシ!」がヨシダのホンネでした。ハイ、退職金は弁護士を立てての 交渉になりました。相手側の弁護士さんが当方の弁護士に言ったそうです。「こんな経営者はみたことない!」と(笑)。蛇足ですが、その姉弟は喧嘩別れで弟 は行方知れず。ヨシダが予言したとおりに、「姉弟の喧嘩別れ」になりました
 ・・・と、余計なことを記述しましたが、少なくないグループ企業資産を与えました。ヨシダが
現在にして到達した「他利の原点」です。
★人生第三毛作終盤で実践した「他利」
  第二の興味ある出来事は、その時に運よく(?)ヨシダを「拾って」くれた女性がありました。二児の未亡人。子たち共々、快く「一緒に生活してもイイよ!」 と言ってくれたのです (笑)。16年間に及んだ「同棲生活」と言ったら何だか気恥ずかしいですが、その間、コンサルタント会社設立に要した1千万円の資本金を除いては、退職 金+年金等の殆どを自由にさせました。
 と、ある心境の変化(と、これまで言及すると本編が超長文になるので止しますが)を得てのフィリ ピンを引退後の永住の地と定めて現在に至るもの。住んだ住ませてもらった家を指してヨシダは意地悪く(?)言いました。「・・・この家の4,5軒相当額は お前さんにやったよな」と(笑)。一旦は「一緒にフィリピンに行かないか?」という言葉だけは伝えましたが首を振ったのは当然。
 話は前後しますが、英語を活用したいのが引退後の海外生活。当初はマレイシアが頭にありました。ほかでもありません、大手商社のクアランプール支店長 だった甥が言うに、「伯父さん、海外移住だったらマレイシアにいらっしゃいよ。ボクがすべてお膳立てしますよ・・」と。
 ところが、そこのふとした縁で知り合ったフィリピン女性。日本で働きたい一心での名目上(?)の日本人男性との結婚歴の女性との奇しき出会いと、フィリピンへの足がかり役。感謝の念もあって、応分のGIVE(他利)をやってのけたものでした。
★人生第四毛作序盤で実践中の「他利」
  さて、と、今から考えると、そこまでの母国におけるわが人生78余年は概ね「GIVE」の人生。「他利」に通じます。でも、この考え方は当時のヨシダには 皆無でした。幾分かの「被害者意識」も皆無だったと言ったら、聖人君子?でも、不思議なことに被害者意識は皆無でした。現在にして想うことは、裏返せば その分、「他利」の生き方を実践していた、させられてきた、という解釈であり自負です。
 さて、フィリピン生活に転じてからのこと。恥を偲んでの 話ですが、単身生活を送っているヨシダの生活状況をみて心配して助言してくれたのが他でありません、地元バランガイ事務所職員のアーネルという人物。と、 その前にはこんなこと もありました。娘さんみたいな若いフィリピン女性と結婚している同胞(日本人男性)がヨシダに言いました。「ヨシダさん、もし、孤独死でもしたらどうす る!? 死臭が漂って近所の人が初めて気付いて・・・」と。障害者のお爺さんが一人住まい、ともなれば、他人事でなく心配してもらったことはありがたいことでは あったのですが・・・。
 意に介さなかったヨシダでしたが、くだんの人物が紹介してくれて、乗り気ではなかったものの、まるで「押しかけ女房」って感じで居候状態。困惑する中で、心に決めたのは運を天に任せての同棲生活。
  ある日、一緒にクルマで銀行に行く途中のこと、被害事故に遭遇し、その処理等で彼女が表に出て、手際よくフィリピン人加害のドライバーや警官を相手に処理 してくれたのはヨカッタとして、それが発端となった金銭的な処理が彼女の心に魔を生じせしめたのです。
  泣きながら低賃金で子ども二人を養っているので・・・と謝るドライバーを放免したのはイイとして、金銭処理を彼女に任せたことから・・・が災いのもと。ク ルマがなくなって、ヨシダ自身の動きができなくなったことが彼女の采配の自由を招来。と、善意に解釈するのもヨシダ流ではあったのです。 端折っての話、 彼女の故郷の大きな持ち家に引越し。それからが、問題でしたが、飛ばしての話です・・・。
 同女を紹介したアーネルが責任を感じてのこと。親戚同士の縁を切って、ヨシダを「救出」してくれたのです。ヨシダはパソコン1台だけを持ってアーネルと姉の助っ人で「脱出」したのです。ヨシダの持ち物の全てをそのままにして(捨てて)、でした。
 他愛もない、かつまた、「ヨシダさんはドジ踏んだ」という声を覚悟の告白ですが、現在にして思うことは、此処でもヨシダは結果論ですが、「他利」に生きた、自利どころか、自損を承知の上で、ということです(笑)。
 ・・・ と、その助っ人・アーネルがヨシダを連れ戻して、此処で我慢して・・・というのが、到底、辛抱できない環境。翌日からアクションを起こしたのは、中流でイ イから一戸建ての借家手配。無一文だった当時のヨシダにとっては、次の年金需給日が頼り。受給した年金等の全ては奪われたとしても、これから受け取る年給 は手付かずかつ、確実な収入ってところで、心配はなかったのですが、後始末に要した支出は少なくなく、中流の名の知れたビレジ(住宅団地)での生活には 「資金繰り」が大変。それらをすべて取り仕切って処理してくれたのがアーネルでした。もろん、それを可能にしたのは「ヨシダの確実年金収入」という財源の 担保でして、それを前面に出したアーネルの金策でした。
 ヨシダの決断は素早かったです。アーネル家族との共同生活への決断でした。なにせ、かれ は地方行政事務所(バランガイ)勤務だけに収入は多くありません。ヨシダのオファーを断る理由は皆無。そこで始まったのが、自称:「相互扶助精神に基づく 運命共同体生活」でした。かれらを「貧困から脱出さす」という条件と裏腹に、「ヨシダの終生介護」という相互扶助・相互信頼協約です。具体的には、ヨシダ 受給の年金全てをアーネルに託して・・・という図式。他人が聞いたらビックリ仰天間違いありません。ちょっとやそっとで真似できるシロモノではありませ ん。この辺りのドキュメントは(も)「自利より他利」に通じます。
★「他利人生」の総括
 ・・・と、自身の「秘話的」なことを臆せず記述するのは「自分史」執筆の身であることもありますが、大事なことは「他利」に生きながら、実は「自利」(終生面倒見を受ける)という事実をわが人生なかんずく、失敗体験を通しても言えることに気付いたのです。
  かくしてヨシダが最近になってしみじみ感じることがヨシダ人生のあり方に他ありません。つまり、自利を追うのでなく、他利を優先すれば自然と自利となって 戻ってくるというシナリオです。「まずは、冒頭に提示した他利の格言あり」ではなく、自らの人生選択肢から得た教訓であり得るのです。
 現在のヨシダは今まで以上に「達観」した心境で、アーネル家族の幸せを最優先して悔いることは全くありません。今まで以上の感謝の心を強めてアーネル家族らとの共同生活に甘んじているのが実情です。
  数年間に及んだ危機からの脱出生活と、それを取り仕切ってくれたアーネルに対しては最大限の幸せ追求を第一義としています。数年間に及んだ生活建て直しの 実現を得て、ようやく手にしたのが自家用車。存分に活用して幸せを獲得してくれ、と。それを受けたかのように振舞うのがアーネル。クリスマスともなれば、 貧しい子達へのプレゼント等、分に応じた奉仕活動をかれ自身が果たしています。
 不思議なものでして、「自利より他利」に生きることの幸せ感は 何ものにも勝ります。食するもの、生活する環境等々すべてが感謝、かんしゃ、カンシャ!となるのです。人間って、リッチな人でも多少の不満はあるもの。欲 にはキリがありません。ところが、どんなことが生じても、あっても、不思議と不満にならないのです!その分、パートナーたちが喜んでくれる、というシナリ オです。
 と、そんな人生経歴を得た現在のヨシダの胸に去来することに、心の中に絶えず感謝の念が起き上がることです。ひとつひとつの行動の中で 起こるのが感謝の心にほかありません。一日にその感謝の心を捧げるのは何百回、何千回にもなるでしょう。「感謝、かんしゃ、カンシャ!」とする所以です。 異例とも言えるようなこの個人的なウェブサイトのトップ面に証言する編集者のヨシダの心境を臆せず記述しました。

  
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★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負する米漫画「」スヌーピー」のひとコマです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
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 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれ ば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りるという利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!                                 (601.43KB)  

                                                2016年9月16日(金)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                           
吉田祐起
                       
(満84歳10ヶ月)
               (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
                    yoshidayuuki@rocketmail.com
          URL(日本語版):http://www.abombsurvivor.com/index_japanese.html
                           URL(英語版):http://www.abombsurvivor.com