満14歳の学徒動員勤 務先で被爆し、倒壊した建物の下敷きになり一旦は死を覚悟したポリオ障害者ヨシダが奇跡的に助かり、若くして独立自営業に転じて始まった自称・人生第一、 第二、第三毛作の通算60余年に及ぶ経営者人生を母国ニッポンで送った吉田祐起(よしだ ゆうき)が80歳直前にして人生第四毛作なる人生を「終の棲家」 とするフィリピン共和国に移して現在に至ります。その理由や目的、そうの成果等々は、この「手作り・自我流ウェブサイト」をご覧くだされば理解いただける ものと思います。(2016.9.10記)
    http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳0か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」の新家屋に移ったら立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。
                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

(お伝えします)
本サイトを開く時間が長いことをお詫びします。「きょうのできごと」(英語版)の写真編集等で可能な限り多く、かつ大きさも保ってご覧いただく意図から、常に最大限度の編集許容量を保っています。「絵物語的な表現」を狙ってのこととしてご寛容ください。(編集者)

                         English               
                 2016年10月31日(月
       
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)にみる.主要企業からみるヨシダサイトは絶えず1000KB(1MB)以内に押さえている状態でして、楽天さんのそれは別にして他の追従を許さないほどのものです。
   お気付きの点やご意見は遠慮なく yoshida@a-bombsurvivor.com 宛でご一報くだされば嬉しい限りです。  
             Since 10th March, 2001

 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳を直前にするニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。      

           ウィキペディアから拾った10月31日の「できごと」 
                           October 31 Events(英語版)
                                           「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★「ヨシダブログ」は想うこと感じること等々を憚ることなくしています。現在の本コラムだけのそのヨシダブログ編集容量値だけでも、単行本に換算したらン拾冊相当分だぞ~と、他愛もなく自負しています★本コラムの編集の最大の魅力は自然に「世界史の一端」を学ぶことと受けとめて楽しく編集しています。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。
    3   「マルティン・ルター「95ヶ条の論題」の画像検索結果「マルティン・ルター「95ヶ条の論題」の画像検索結果「マルティン・ルター「95ヶ条の論題」の画像検索結果 「マルティン・ルター「95ヶ条の論題」の画像検索結果 「マルティン・ルター「95ヶ条の論題」の画像検索結果 関連画像
     関連画像「贖宥状」の画像検索結果 5「秩父事件」の画像検索結果 「秩父事件」の画像検索結果 「秩父事件」の画像検索結果
   「秩父事件」の画像検索結果「松方デフレ」の画像検索結果「秩父事件」の画像検索結果       「秩父事件」の画像検索結果「松方デフレ政策」の画像検索結果
    8「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果「Lincoln」の画像検索結果「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果Carl G Fisher 1909.jpg「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果
    「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果         「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果     関連画像
   「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果 「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果  「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果  「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果
     「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果      「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果  「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果
        「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果   「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果 関連画像
     「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果 「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果  関連画像「1913, first intercontinental Lincoln highway opened」の画像検索結果    
    「lincoln park logo」の画像検索結果       「Lincoln Park (San Francisco)」の画像検索結果   「Lincoln highway」の画像検索結果        「times square logo」の画像検索結果       Skyline of Times Square
 9 「Battle of Tsingtao」の画像検索結果「Battle of Tsingtao」の画像検索結果「Battle of Tsingtao」の画像検索結果「Battle of Tsingtao」の画像検索結果
       「what Battle of Tsingtao gave japan」の画像検索結果 「Battle of Tsingtao」の画像検索結果   「Battle of Tsingtao」の画像検索結果    「Battle of Tsingtao」の画像検索結果
10「battle of beersheba 1917」の画像検索結果 「battle of beersheba 1917」の画像検索結果 「battle of beersheba 1917」の画像検索結果「battle of beersheba 1917」の画像検索結果
   「battle of beersheba 1917」の画像検索結果   「battle of beersheba 1917」の画像検索結果「battle of beersheba 1917 map」の画像検索結果  「battle of beersheba 1917」の画像検索結果  「battle of beersheba 1917 map」の画像検索結果
   関連画像「battle of beersheba 1917 map」の画像検索結果「battle of beersheba 1917 memorial」の画像検索結果 関連画像「battle of beersheba 1917 memorial」の画像検索結果
13  「Mount Rushmore National Memorial Park 1941」の画像検索結果「Mount Rushmore National Memorial Park 1941」の画像検索結果「Mount Rushmore National Memorial Park 1941」の画像検索結果「Mount Rushmore National Memorial Park 1941」の画像検索結果
  「President Calvin Coolidge」の画像検索結果  「Mount Rushmore National Memorial Park 1941」の画像検索結果「Mount Rushmore National Memorial Park 1941」の画像検索結果「Mount Rushmore National Memorial Park 1941」の画像検索結果
 「Mount Rushmore National Memorial Park 1941」の画像検索結果「Mount Rushmore National Memorial Park 1941」の画像検索結果「Mount Rushmore National Memorial Park 1941」の画像検索結果「Mount Rushmore National Memorial Park 1941」の画像検索結果「Mount Rushmore National Memorial Park 1941」の画像検索結果「Mount Rushmore National Memorial Park location map」の画像検索結果
50「2011, world population exceed 7 billions」の画像検索結果「2011, world population exceed 7 billions」の画像検索結果「2011, world population exceed 7 billions」の画像検索結果「2011, world population exceed 7 billions」の画像検索結果「2011, world population exceed 7 billions」の画像検索結果
(1)475年 - 最後の西ローマ皇帝ロムルス・アウグストゥルスが即位。
(2)1471年文明3年9月18日) - 伯耆国守護山名豊之が家中の謀叛により殺害される。
(3)1517年 - マルティン・ルターが、ローマ教会の贖宥状の販売を糾弾する「95ヶ条の論題」を教会の壁に貼り出す。
(4)1864年 - ネバダ準州が州に昇格してアメリカ合衆国36番目の州・ネバダ州となる。
(5)1884年 - 秩父事件
(6)1892年 - アーサー・コナン・ドイルシャーロック・ホームズシリーズの最初の短編集『シャーロック・ホームズの冒険』が刊行。
(7)1898年 - 第1次大隈内閣が総辞職。
(8)1913年 - 初のアメリカ合衆国横断自動車道路・リンカーン・ハイウェイが開通。
(9)1914年 - 第一次世界大戦: 青島の戦いが始まる。
(10)1917年 - 第一次世界大戦: ベエルシェバの戦い英語版)。
(11)
1924年 - 西表島北北東海底火山が噴火。その後大量の軽石が漂流し、日本各地の海岸に漂着。
(12)1940年 - 第二次世界大戦: バトル・オブ・ブリテンが終結。
(13)1941年 - ガットスン・ボーグラムによるラシュモア山の4つの大統領像が完成。
(14)1941年 - 第二次世界大戦: アメリカ海軍駆逐艦ルーベン・ジェームズ」がドイツのUボートの雷撃を受け沈没。115人死亡。
(15)1951年 - 沖縄社会大衆党結成。
(16)1961年 - ハリケーン・ハティがイギリス領ホンジュラス(現在のベリーズ)に上陸。死者275名。
(17)1961年 - 第二次スターリン批判を受けヨシフ・スターリンの遺体がレーニン廟から撤去。
(18)1964年 - 国鉄関門連絡船がこの日限りで廃止。
(19)1967年 - 日本武道館吉田茂の戦後初の国葬
(20)1968年 - ベトナム戦争: リンドン・ジョンソン米大統領が翌日からの北爆停止を言明。
(21)1968年 - 文化大革命: 中国共産党第8期12中全会劉少奇中国共産党からの永久追放と全ての職務の解任が決議される。
(22)1969年 - 日本記者クラブ結成。
(23)1969年 - 北海道の定山渓鉄道、滋賀県の江若鉄道がこの日限りで廃止。
(24)1970年 - 埼玉県和光市が市制施行。
(25)1973年 - この日限りで、日本国内の放送局は一斉免許更新(再免許)、財団法人 日本科学技術振興財団テレビ事業本部によるテレビ放送の運営を終了。翌日から東京12チャンネル(現在のテレビ東京)にテレビ放送事業の運営を引き継ぎ。また、琉球放送の英語放送が停波。
(26)1976年 - 日本ビクターが世界初の家庭用VHS方式ビデオテープレコーダ「HR-3300」を発売。
(27)1977年 - 自然環境における天然痘の最後の感染事例が報告される。
(28)1978年 - 京王新線開通。
(29)1979年 - ウェスタン航空2605便事故。73人が死亡。
(30)1984年 - インドのインディラ・ガンジー首相がシーク教徒の警護警官により暗殺される。
(31)1984年 - 文部省宇宙科学研究所 (ISAS) の臼田宇宙空間観測所が開設。
(32)1986年 - 日本鉄道創業の地である汐留貨物駅(旧新橋駅)がこの日限りで廃止。
(33)1986年 - 北海道の国鉄胆振線富内線がこの日限りで廃止。
(34)1988年 - エフエム埼玉(現・NACK5)開局。
(35)1989年 - 三菱地所ニューヨークロックフェラー・センターを買収。
(3)1992年 - ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が、ガリレオ・ガリレイに対する裁判の誤りを認め、破門を解く。ガリレオの死後350年目。
(37)1994年 - アメリカン・イーグル航空4184便墜落事故。68名全員死亡。
(38)1994年 - 神奈川県平塚市湘南自動車検査登録事務所が業務開始[1]。「湘南ナンバー」が誕生。
(39)1998年 - イラク武装解除問題イラク革命指導評議会国際連合大量破壊兵器廃棄特別委員会 (UNSCOM) との協力を全面的に停止することを決定。
(40)1999年 - エジプト航空990便墜落事故。203名死亡。
(41)2000年 - シンガポール航空006便墜落事故。乗員乗客83名が死亡。
(42)2000年 - 国際宇宙ステーションの最初の滞在者を乗せたソユーズTM-31が打ち上げ。
(43)2000年 - 超党派野党、参議院に選択的夫婦別姓制度を求める民法改正案を提出。
(44)2001年 - 神奈川県湯河原町に「西村京太郎記念館」が開館。
(45)2003年 - マハティール・ビン・モハマドマレーシアの首相を辞任。
(46)2003年 - 国際連合腐敗防止条約が採択される。
(47)2004年 - イラク日本人青年殺害事件: イラクの聖戦アルカーイダ組織に殺害された日本人男性の遺体が発見される。
(48)2005年 - 第3次小泉改造内閣発足。
(49)2007年 - 任天堂がこの日をもってファミリーコンピュータスーパーファミコンNINTENDO64などのハードの修理サポートを打ち切り。
(50)2011年 - 世界人口が70億人を突破。
(51)2011年 - 外国為替市場で戦後最高値の円高となる1ドル=75円31銭をつけた。
(52)2013年 - 赤川仮橋がこの日を以って廃止。
(53)2014年 - 試験飛行中のスペースシップツー一号機「VSSエンタープライズ」が墜落。1名死亡。
       
                        インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6588編目です! 
2016年10月31日(月)掲載分
昨日10月30日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コーナー

 さあ、ヨシダの誕生月10月最終日!と言えば??でしょうが、何事にも「ひと区切り」を尊重し意義付けることの好きな性分ゆえのことです★本日「10月31日のできごと」写真編集では「 (8)1913年 - 初のアメリカ合衆国横断自動車道路・リンカーン・ハイウェイが開通。」に凝り性を発揮しました。当該写真はなんと、32枚!★それには、理由があります。人生第二毛作はトラック運送事業経営者時代。主力貨物のセメント輸送と高速道建設との縁を深くしたことから、思わずそのリンカーン道路の建設途上に関心を寄せた結果です★ケッサクなと自負することは、そのリンカーン道路の両基点であるカルフォルニアの「リンカーン・パーク」とニューヨークの「タイム・スクエア」を結ぶ写真編集の演出をしたことです。「絵物語発想」が「できご写真編集」の原点たる所以です(笑)★もうひとつのニューモア!リンカーン・ハイウエイを評して画像曰く、"Of the People, by the People, for the People"。「人民の、人民による、人民のための(ハイウエー)」をゲティスバーグ演説でもじったとこがアメリカ的といったところですネ。(0:00)
 今朝一番にフェミニスト(?)のヨシダの目を捉えたのは、"Ecuadorean beauty queen crowned Miss Earth 2016"(Manila Bulletin:Robert R. Requintina)でした!過日は、No.6585:ミス・インターナショナル、フィリピン代表に栄冠REUTERSロイター2016.10.28.)」を掲載したばっかり。今度はエクアドルの女性が栄冠獲得!フィリピンといい、エクアドルと言い、南国独特の魅力を備えていますよね。「英語版きょうのできごと」への編集は避けられない感じ。ちなみに、彼女の写真の片鱗を下記に掲げます・・・。(8:20)
    「Ecuadorean beauty queen crowned Miss Earth 2016」の画像検索結果    「Ecuadorean beauty queen crowned Miss Earth 2016」の画像検索結果「Ecuadorean beauty queen crowned Miss Earth 2016」の画像検索結果
 「Ecuadorean beauty queen crowned Miss Earth 2016」の画像検索結果    「manila bulletin logo」の画像検索結果「Robert R. Requintina」の画像検索結果
 上掲の英語記事を編集しました、「No.26(Oct. 31, 2016): "Ecuadorean beauty queen crowned Miss Earth 2016" 」がそれですが、クリックしてご覧くだされば嬉しいです。英語学習に役立ちます★本日の日本語版記事編集は昨日につづいてゼロですが、結構、達成感を味わっています。(16:55)


 昨30日の記事1編を下記に掲載していますが、本日31日の第一記事掲載( : )をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」に保存しています。なお、折角の関連写真であるにかんがみ、当該記事末尾の「写真○枚添付ファイル」をクリックすると写真を含む記事全体がご覧いただける仕組みにしています。1ページの編集容量を限度(1000KB=1GB)以内に抑えつつ、折角の写真を可能な限りの大きさに保って保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承ください。
No.6588
男女格差  比は調査対象114カ国中7位とアジアで最高。教育、健康分野でトップ
日刊まにら新聞2016.10.30.水谷竹秀

ヨシダブログ: 本記事筆者のご人物像に極めて大きな興味を抱きます。マスメディアの記者(筆者)は往々にしてプロフィールや写真を公表したがらない傾向が否定できません。折角の記事をブログする立場にあってはそれは最大の関心事。「・・・あ、こんなキャリアの筆者だから、こんな主張や分析をされるのだな・・・」という点に結びつけるのがヨシダ流の好奇心であり評価基準とします▼・・・と、どこやらか声が聞こえてきそうです。「ヨシダさん、かの有名な開高健ノンフィクション賞受賞者の水谷竹秀さんを知らないなんて・・・」という声を意識します。恥を忍んでの告白は本欄でも言及ならぬブログすることの少ないことが<ヨシダの読書未熟歴>」。でも、聞くは(告白する)は一時の恥・・・と平然と受け流しつつのこの種のブログです▼本記事全体を通し、なかんずく筆者のご経歴や本書出版等々から考えるに、「日本を捨てた男たち」「脱出老人」辺りになると、なにやら自他共にヨシダ人生とオーバーラップする(できる)ことが苦笑い(?)って感じです(笑)▼その点に関して一つだけの告白!「建前と本音の使い分け」という日本人固有の日本人社会に愛想をつかした、というのが適当でしょう。人生第三毛作で取り組んだ日本のトラック運送事業界規制緩和提言(最低車両台数規制を廃止して欧米並み、世界並みの「個人トラック制度」導入提言とそれへの業界・官僚が取った姿勢の結果でした。アホくさいので、これ以上言及しません!▼男女平等の日比格差。料理は旦那がするのがジョウシキ。フィリピン女性の明るさは日本人女性とは全く比較になりません!CNNで時たま目にする同胞女性の表情や仕草に違和感を否定できません。世界に通用しないそれは日本人固有のモノと簡単に片付ける勿れ!▼半世紀前に読んだジャパン・タイムズ紙「社説」曰く、「Japanese Enigmatic Smile」(日本人の不可解な笑み)がその背景を物語ります。同胞諸氏なかんずく大和撫子諸氏にシツレイ!!!!▼短い記事に似ずに、多くの当該写真を添付しました。 なんだか、気分サッパリ!って感じです。(写真23枚添付ファイル
     「2016年版「男女格差報告」」の画像検索結果「2016年版「男女格差報告」」の画像検索結果 
     「日比格差」の画像検索結果「2016年版「男女格差報告」」の画像検索結果
             「日比格差」の画像検索結果「日比格差」の画像検索結果 
             「水谷竹秀日刊マニラ新聞」の画像検索結果             「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果      関連画像
      「水谷竹秀日刊マニラ新聞」の画像検索結果  「水谷竹秀日刊マニラ新聞」の画像検索結果 関連画像「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果  関連画像
       「開高健」の画像検索結果「開高健賞」の画像検索結果「水谷竹秀著書」の画像検索結果「水谷竹秀著書」の画像検索結果
           「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果
       「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果
 
             「末尾の特別情報お知らせコーナー」(仮称)        
           (本コラムは一定期間掲載するヨシダ好みのブログです。)           
    
毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?

                 (本コラムは月内まで継続掲載します。)     
 プライベートなことでかつ、単純で大人気ない(?)とも思えるようなことをヨシダは執拗に意識して現在に至ります。ほかでもありません、「28日」という日は吉田祐起の誕生日のそれに当たることから、この日を中心にわが人生の歩みが刻まれている、という自覚や認識です。
 つまり、年に12回の誕生日を意識して「満83歳○ヶ月」とウェブサイトにも掲載し、自身もそれを意識して送っているのです。あと、何日で28日・・・といった具合にです。これって、ちょっと、ユニークはモノの考え方だと自負します。
  時が経つことで、洋の東西を問わず、意味深長なのが「光陰矢の如し」という言葉。英語でも"Time flies like an arrow" と人々は口にします。矢の如く時が去った、と感じることは、その分、人生を短く送っていることを意味するのであって、まさか、時が早く去って歳をとったか ら ヨカッタとは誰も思わないハズです。
 強いてそれをポジティヴに解釈すれば、苦しい時もあったけど、あっと言う間に過ぎ去った、苦しいこと を 克服 してきた、開放された、といったくらいの解釈も成り立つでしょうが、それとて、味わうべき喜怒哀楽の人生がその分、短く去ったことを意味する結果でしかな い、というのがヨシダです。
 折角この世に生を受け、与えられた人生ならば、その喜びを文字通り、日々味わいつつ、感謝しつつ過ごす(消化する)という考え方のほうが、その逆の苦しい人生、早くに過ぎ去って欲しいもの・・・よりもずっと、ハッピーだと思うのです。
  さらに、こんなことも頭に描かれると思います・・・。例えば、何かを達成するとか、成し遂げるものを持っているとします。ヨシダ流の処し方は、優先順位の 見 極めです。沢山ある仕事の優先順位を頭にしっかりと入れて処す方法。ストレスもなくなります。計画的にというのは誰でも言いますが、その処し方の基本はな んと言ってもターゲットとする日の設定でして、ヨシダの場合は毎月の28日がそれになっているという感じです。
 その日(28日)が来たら、ウン、オレはあれもやった、これもやり遂げた、出来なかったことは次の月の28日をひと区切りに・・・といった按配です。これって単純なモーチベーションに過ぎませんが、案外と効果的です。
  結果的には、折角与えられた人生期間を感謝の念をもって着々と消化して事を成し遂げる、といった図式です。同じ1年サイクルで巡ってくる自身の誕生の 「日」をハッピー・バース・デイ!と心の中で呟きながら日々の経過を味わいつつ・・・といったシナリオです。こうした考え方がヨシダが永年、心に入れてい るキーワードに繋がるのです。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」がそれです。
 ところで、これも他愛もないことですが、10月 28日はかのマイクロソフトのビル・ゲイツさんの誕生日(1955年)を早くに認識してきたものです。人間のスケールからすれば、ドダイ比較対象する何も のもないのですが、誕生日だけは同じ!と言える(思える)のがイイ味ってところです(笑)。ヨシダはビル・ゲイツさんと同じ誕生日って思うだけでも、思わ ないよりずっとマシって按配です。
 ふと、この記事を書きながら好奇心旺盛なヨシダは即座にヨシダの認識するその他の著名人を平素世話になるグーグルさんから拾い出しました。多くある人物の中からヨシダの好みに従って人物名と写真を列記して誕生日の味わい方を増幅さす次第です。

 1.ヘンリー3世(1012:イングランド王)、2. Maria Anna of Neuburg(1667:スペイン王カルロス2世の2度目の王妃 、3.John Laurens(1754:南北戦争時代米軍人・政治家)、4.徳川慶喜(1837:江戸幕府第15代将軍・最後の将軍)、5.嘉納治五郎(1860.教育家)、6.横河民輔(1864:横河電機創業者)、7.Ormer Locklear(1891.スタント飛行士・俳優)、8.エルザ・ランチェスター(1902:イギリス生まれの米女優)、9.Douglas Seale(1913.英国舞台映画俳優)、10.Pearl Hackney(1916.英女優・コメディアン・ Eric Barker妻)、11.Richard Laurence Millington Synge(1914.英人科学者:1952年ノーベル賞受賞) 、12.東富士欽壹(1973:大相撲第40代横綱)、13.ジェイコブ・D・コックス(南北戦争北軍将軍・共和党・第28代オハイオ州知事・第10代アメリカ合衆国内務長官)、14.ビル・ゲイツ(1955:マイクロソフト創立者)、15.吉田祐起(1931.本サイト編集者)
 ヨシダって好奇心旺盛 でしょう。こんなことに時間を使うから超多忙人間(?)。日々をかみ締めながら生きるから「光陰矢の如し」は無縁たる所以です(笑)。
   「Henry III」の画像検索結果「Maria Anna of Neuburg」の画像検索結果「John Laurens」の画像検索結果Kanō Jigorō c1937.jpgOrmer Locklear (1920).jpgエルザ・ランチェスターElsa Lanchester
     「Douglas Seale」の画像検索結果「Pearl Hackney」の画像検索結果 Richard Laurence Millington Synge.jpgAzumafuji 1950 Scan10025-2.JPGCox, Jacob D. M.C. Ohio (Secty of Interior in Grant Adm.).jpghttp://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
★なお、末尾にあしらた米漫画「ピーナッツ」のひとコマ。ワンちゃんを相手にピーナッツ君が言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは「自利から他利」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!  最末尾の「常設漫画コラム」にしたいのがホンネです。(笑)  
    「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りるという利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう! 
 なお、末尾の「カッコ内数字記号(朱文字)」は本トップページの「編集量現在値」でして、契約編集ソフト会社(cPanel社)
との契約に基づくのが1ページ当たりの許容編集量限度(1000KB=1MB)であるに鑑み、「最大限の情報ご提供」という勝手な編集者のサービス精神(?)をもって、その限度量精一杯の利用を心掛けるための指針としているものです。
 最近は英語版がそれを上回るほどの情報提供であるために、現存する画像をその都度旧いものから必要に応じて削除しながら最大限の画像情報等のご提供を心掛けるという際どい編集手法に徹しています。                                  (664.12KB) 


                                      2016年10月31日(月)   
               “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                      
吉田祐起
                    
 (満85歳0ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
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